エレナと逆さま博士 ◆ 2 ◆
◇ ◇ ◇
渋滞から遠く離れた市街地のモダンなアパートのある一室からも、同番組が漏れ聞こえてくる。
〈〝お寿司でスシ〟にはL.E.のスパイシーツナロールことロバートがついてるよ。試験頑張ってね! 番組から特製ステッカーを送るよ。お守りには少し遅いかもしれないけど、合格通知と一緒に君の元に届くさ〉
雑多な部屋の中。ドレッサーの前に座る少女は、長い髪を高い位置に束ねていた手をぱっと離して、興奮した様子で立ち上がった。
「やったー! はじめて読まれた! あたしってツイてるぅ!」
この部屋の主、〝お寿司でスシ〟ことエレナ・メランヒトンだ。
「これで今日の試験もばっちりね!」
ラジオからは、L.E.でのスシ需要の高まりやロバート本人のスシ・レストランでのエピソードなど軽快なトーク、そこからシームレスな曲紹介が続くが、エレナの脳内にはここ1年の走馬灯が駆け巡っていく。
寿司アカデミーでの血のにじむような研修の日々。過密スケジュール。飛んでくる怒号。漁船での地獄合宿。難解で意識を失いそうになる座学……。
きりり、とエレナは鏡の中の自分と見つめあう。大丈夫、あたしは全てを乗り越えてきた。あたしのスシへの情熱は――……。
◇ ◇ ◇
雨の夜。あてもなくこの街に来たばかりの頃。あたしは繁華街のゴミ捨て場で行き倒れた。寒いしお腹もすいてて、なんなら幻覚も見えてきた。だって、目の前にぼんやりピンクの何かが見えるんだもの。
「食うか」
そう声がして、「コレ食べられるんだ」なんて思った。残った力を使ってソレを手づかみで口に運ぶ。
――電撃が走った。
◇ ◇ ◇
それがスシだと知ったエレナは、行き倒れていた彼女に手を差し伸べてくれたある親方の助言に従い、寿司アカデミーに入学して今に至る。
「あたしのスシへの情熱は誰にも負けない」
自分に言い聞かせるように呟き、エレナは束ね直した髪をキュッとリボンでまとめあげた。