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いらっしゃい!
――ドカーン!!
土煙とともに轟音が響く。しかし、予期していた衝撃は少女に訪れず、かわりに彼女はやわらかく、そしてヌメりけのあるクッションを尻の下に感じた。少女は身がまえていたところから恐る恐る目を開け、周囲を見渡す。一面に広がるのは瓦礫の山だが、少女はとりあえずの無事にほっとした表情を浮かべた。しかし、すぐに彼女の顔に影が覆いかかる。
「ごきげんよう、お嬢さん」
声が降ってきた頭上に泳いだ少女の瞳を、白い布がかすめる。
「私、ドクター・ファウストと申します」
状況にそぐわない物腰柔らかな口調が、不気味さを醸しだすその人影は、天からぶらりと吊り下がっていた。少女は息をのみ口を引き結ぶ。
「お父上の命で貴女の護衛に参上しました」
モノクルの奥の男の目が、逆さまに少女を映している。
「以後お見知りおきを、ミス・エレナ・メフィストフェレス」
少女の名前――本当の名前を発した男の唇は、ゆるく弧を描いた。