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野性刑殺  作者: のりまき
9/20

氷乃素顔!

【前回のあらすじ】

 異世界から地球を狙う侵略者達が、近年蔓延るカルト教団を利用し、違法薬物を売り捌いて資金稼ぎをしていることを知った御丹摩ごたんま署の面々。

 さらにその薬物は大手製薬メーカーのマチルダ製薬が無認可で製造し、売人に街中でバラ撒かせているらしい。

 しかし現状では証拠に乏しくガサ入れもできそうにないため、全署員を二班に分けて潜入捜査を試みることに。


 どちらも売人との接触には難航したものの、熊田・靖利・ボン子の偽装親子班はふとしたきっかけで知り合った占い師の老婆から重要な証言を得る。

 月の生まれで地球に移住した彼女によれば、件のクスリは月世界ではありふれた精神安定剤として出回っており、それを街中で売り捌く売人達が雑居ビル内の自己啓発ゼミを騙る宗教団体に出入りしているという。

 遥か昔に月へ向かった家族と離れ離れになったままのボン子は、老婆と意気投合してアドレス交換をする。


 同様に葉潤はうる・留未・セブンの偽装兄弟班は、街中の露天商から、すぐそばの雑居ビルにマチルダ製薬のマークが入った巨大な金属ケースが運び込まれるのを見たという証言を得て、さっそくビル内部へと潜入。

 結局同じカルト教団のアジトにたどり着いたニ班は、なぜだか前以て捜査情報を得て待ち構えていた教祖達と対決。

 手帳にサインした者の自由を奪う教祖の特殊能力にまんまとハメられた靖利達ポリポリメンバーは身動きがとれず、その上情報提供した占い師と露天商まで人質にとられた御丹摩署員は大苦戦を強いられた…

 かと思いきや、これまでは事務方で戦力外と目されていたニャオの機転と圧倒的な攻撃力のおかげで大逆転。見事に教祖一味を倒した。


 そして件のクスリは、ミステリーマニアな留未の推理で天井裏の物置きに隠されていたのが発見された。

 ところが金属ケースに収められていた大量のクスリに晒された老婆が過剰摂取オーバードーズで容態を急変させた。

 月の住人だった彼女には留未の左手の治癒能力も無効で、ボン子の腕の中で最期を看取られながら、慣れ親しんだ地球での末路を迎える。

 憧れの月世界人との早すぎる死別に泣きじゃくるボン子だったが…突如として老婆の亡骸に異変が。

 亡くなったばかりの老婆の遺体が砂のように崩れ去ったかと思えば…後にはストーリー序盤で闘った、五本脚の異形の甲虫が横たわっていたのだ。

 予想外なこの顛末は、いったい何を意味するのだろうか…?





〈…そうですか、知られてしまいましたか…〉


 月の代表者は沈痛な面持ちでうなだれた。

 ここは刑視庁舎の大会議室。

 臨時総会にもかかわらず、以前のように日本中の重鎮達が勢揃いしている。

 現在の総理大臣にとって代わった国家評議会議長や軍のトップである国防軍将軍閣下をはじめ、刑視総監や刑殺庁長官等々…

 もちろん今回の緊急招集のきっかけをこさえた御丹摩署の百地ももち署長やお目付役の真羅樫まらがし刑視正の他、今回は当事者である署員全員も参加を許された。


《はい。そちらの出身者だった老女がとある薬品の過剰摂取オーバードーズにより死亡後…本来は月にも地球にも生息しないはずの『件の甲虫』へと身体変化を遂げたのを、ここにいる署員全員が目撃しました。》


 ニャオの追及に合わせて、モニターに映る月の代表を睨みつける御丹摩署員一同。

 とりわけボン子の恨みがましい視線は、今にも彼?彼女?…線が細過ぎていまいち性別不明だが、とにかく代表者を射殺しそうなほどに鋭い。


〈…ならばもう隠し立ては不用でしょう。

 あの姿こそが我々月の民の本性…

 すなわち、貴方がた地球人同様の『獣人』なのです。〉


『!!??』


 あまりにも衝撃的な回答に、地球側からどよめきが漏れる。


「…しかしィ、あの虫は元々他の星系に棲む生命体でしょウ。それが何故、月にィ?」


 皆を代表して質問する百地署長に、月の代表は頷き返して肯定し、


〈正確には、我々が呼び寄せたのです。

 我ら月の民が生存環境に適応できるための身体を手に入れるために…〉


 遥か昔、地球の環境汚染が居住不能レベルにまで深刻化した時…

 人類はそれでも住み慣れた星での暮らしにこだわる派閥と、新天地に望みを託す派閥とに大きく二分化された。

 前者は自身に遺伝子改造を施して獣人となり、後者は地球から最も近い天体・月をテラフォーミングして移り住んだ。

 ご存知の通り月の重力は地球よりも軽く、それ故に大気も高山並みに薄かったが、それでもかろうじて、そして地球よりは住み易いとされた…

 …はずだったのだが。


〈それでも当初は原因不明の死因で亡くなる者が後を断たず…やがてそれは『地球の呪縛』であると噂されるようになりました。〉


 地球はこの世界の創造者が人類観察のために用意した『生け簀』であり、それ以外の場所への居住は認められていないのでは…と。


〈そこで我々にはさらなる選択肢が突きつけられました。

 一つは、より良い居住環境を目指すこと。

 大規模な探査隊が組織され、夢多き大勢の若者が宇宙そらへと旅立ちましたが…

 その結末がお世辞にも芳しいものではなかったことは、皆様の中にもより詳しい人がいらっしゃることかと。〉


 そう言って、月の代表はモニターの向こうに居並ぶ地球側の出席者を見据えた。

 お互いモニター越しのため、『誰』に注目しているのかは定かではなかったが。


〈残るもう一つは…より強靭な肉体を手に入れること。

 これについては『さる資料』により、件の虫の存在が当初から有力視されました。〉


 植物さえも育たない不毛の惑星に大繁殖する、異形の甲虫達。

 あらゆるモノを貫き、裁断する鋭利な五本脚を持ち、一切の食糧を必要としないまま無限とも思える長寿を生き永らえ、単体では生殖できず女王虫の産卵のみで増殖する、存在意義自体が謎の生命体。

 外見からして人類とは似ても似つかない彼奴らのDNAは、なんと人類とほぼ同一だという。

 それはつまり、比較的容易に遺伝子改造が可能であるということ。

 そしてこの能力さえ備われば、どんなに過酷な環境下でも生きていけるはず…。


〈そこで早速、資料にある方法で異星より数匹を呼び寄せてみたところ…そちらでも先日発生した『リソース限界値突破』が発生しました。〉


 アレか…と靖利達は顔を引き攣らせる。

 この世は仮想現実であり、植物や微生物まで含めたあらゆる生命体の総数はとっくにシステム許容数の限界に達しているという。

 セブンが突然こちらに出現したあの時…通常は一生命体につき一リソースを消費するところを、彼単体で数万体分ものリソース数を有したため、世界管理システムが過剰反応。

 彼という『異物』を世界から排除するため、件の虫が刺客として送り込まれたのだ(第一話〜第二話参照)。


〈どうやら元々生命体が不在の月を居住可能な環境に改造した際に、かなりのリソースを消費していたようで…。

 総勢数十匹にも満たない甲虫を始末するため、我が星の防衛軍の大半が壊滅状態に陥りました。〉


 そうした多大な犠牲を経て、やっと入手した彼らのDNAを組み込んだことで、ようやく月の民の異常死は治まった。

 また、一切のエネルギー摂取行為を必要としない彼奴らの恩恵により、月面上の乏しい食糧事情でも十二分に生存可能となった。

 しかし、その代償として…


〈故に、現在の我々に男女の区別や生殖能力は存在しません。〉


 それこそが、モニターに映る彼らが総じて性別不明な容姿をしている理由だった。

 だが勝手に生殖できないということは、リソース上限を超えない範囲での人口の徹底管理が可能というメリットでもある。

 そこで彼らはクローン技術により子孫を増やし、希望する家庭にその生育を委ねることで今日まで社会を維持してきたのだ。


《そこまで完璧な社会システムを構築できた、にもかかわらず…何故、あのような薬物が必要なのですか?》


 ニャオがやっと今回の本題に切り込んだ。

 地球のマチルダ製薬が製造する違法薬物は、彼ら月の民の間ではありふれた精神安定剤として広く利用されているという。

 何故、地球のクスリを…そもそも何故、そんなモノが必要なのか?


〈それは文字通り…我々には常に精神の安定が必要だからです。〉


 クローン培養により誕生した月の民は、寿命が尽きれば速やかに回収され、分解施設で処理され、未来の月を育むための『養分』として再利用される。

 故に現在の大半の住民は、彼らの本性がこの『虫』であることを知らない。知ればおそらく大パニックだ。


〈もっとも、死すれば必ずしもあのような姿に戻るという訳でもなく…今回は極めて稀なケースだったと思われますが。〉


 彼によればあの占い師の老婆は、元々遺伝子改造を受けている月の民がさらに獣人化改造を受け、さらには環境が著しく異なる地球上で死亡するという特殊な事態が重なったために、あのような死体となったのでは?とのこと。

 一般的には心身ともに過大なストレスを受け続けることで獣人としての本能が刺激され『先祖返り』するケースが大半らしい。

 そこで人々の闘争本能を極力刺激しないよう、徹底してストレスフリーな生活水準を提供してはいるが…それでも人間、必ずどこかに限界は来るものだ。


〈そんな折、そちらのさる製薬メーカーから接触がありまして…件の製品を紹介されました。〉


 月側の言い分によれば、接触はあくまでもマチルダ製薬からだったとのこと。

 検証の結果、当該薬には月の民の興奮状態を劇的に緩和する効能が認められたため即採用となり今日に至るのだという。

 地球の獣人には真逆の効能をもたらす麻薬だというのに、なんとも皮肉なものだ。


〈当該薬の有効成分は、製薬メーカーの守秘義務につき非公開とされており…いまだに当方では製造不能なため、輸入に頼らざるを得ません。

 それがよもや、そちらでは違法薬物だったとは…〉


 月側の言い分も理解できなくはない。

 おおかたの国では普通に売られている酒類だって、一部の国では信仰的な理由から違法とされているくらいだし…

 現在では百害あって一利なしとされ大幅な規制が進んだタバコも、大昔には年齢制限すら無かった。

 いずれにせよ、彼らが違法とは知らずに利用を続けていたというのは、どうやら事実だろう。


「…そちらの事情はお察ししましたがねイ、こちらとしてもこのまま野放しという訳にはいかないものでしてェ…

 内定捜査が済むまではとりあえず出荷停止となるでしょうがァ、それでもよろしいでしょーかねェイ?」


〈…やむを得ません。なるべく速やかにお願いします。〉


 百地署長の提案に渋々頷く月の代表だが、


「フンッ、一介の署長ごときが、まぁた勝手に話を進めおってからに…!」


 傍らで聞いていた将軍様がいまいましげに毒付いてきた。無理もないことではある。

 その将軍に目配せされて、今までずっと沈黙を貫いていた評議長がようやく重々しく口を開いた。


「…最後にこれだけは確認させて頂きたい。

 今回の件について、貴方がたには何ら侵略的な意図はない。…ということでよろしいですかな?」


〈無論です。以前にも申し上げましたが、もはや完全に月の環境に適合した我々にとっては、他の天体に移住など到底不可能なのです。〉


 故に今さら地球を手に入れたところでどうしようもない、と。


〈それ以前に我々には、長年の苦労の末に今日の社会を手にしたという自負があります。

 むしろ、爆発的な人口増加にお悩みのそちらが、いつ月にまで手を広げようと決断するかと冷や冷やしているくらいですよ。〉


 最後にはしっかり釘を刺すことも忘れず…

 こうして地球と月の交信は終了した。


「…どこの国だろうと星だろうとォ、自分の土地にしがみつきたがるのは人間の本性というものですかねェイ?」


 やれやれと肩の凝りをほぐしつつ、百地署長が皮肉めいた愚痴をこぼせば、


「テリトリーにこだわるのは獣の本能というやつさ。あっちも結局、獣人だったんだから尚更じゃないか?」


 と、真羅樫刑視正がいつもの嫌味な口ぶりでさらに皮肉る。


「けどねィ、いつまでも同じ土地を耕してばかりじゃ土が痩せ衰えて、いずれ使い物にならなくなるのは目に見えてるだろゥ?

 そうなる前に種子を広く野に放って、新たな土地に芽吹かせる…そんな植物的な野心も時には必要だと思うがねェイ?」


「植物にも野心…か。

 フフ、実にキミらしい見解だな」


 評議長がそんな百地を頼もしく見つめた。

 一国の代表者にすら一目置かれる男…。

 たしかにこれほどの人物には滅多にお目にかかれないだろうが、何故にそこまで皆にアテにされるのか…?

 詳しい事情を知らない御丹摩署の部下達には知る由もない。


《…ともかく、これで月の黒幕説の線は消えましたね。

 とりあえず、マチルダを今後どう扱うかですが…》


「あ〜ソレについてはこちらにお任せ願おう」

「左様。いつまでも一部署にばかり手柄を取られ続ける訳にもイカンからな」


 ニャオの質問には刑視総監と刑殺庁長官が揃って胸を張った。


「…では、お手並み拝見といきましょうかねェイ?」





 その後は刑視総監達の宣言通り、御丹摩署員の出る幕もないほどの怒涛の勢いで強制捜査が進んだ。

 全刑殺の総力を上げてマチルダ製薬関連各社へのガサ入れが敢行され、連日凄まじい点数の証拠品が押収された。

 捜査に非協力的な者や抵抗する者は容赦なく拘束あるいは処刑され、全幹部社員の過半数が瞬く間に減少した。

 驚異的な成果が上がる一方、月側からは「件の薬品の今後の入手は可能なのか?」と不安視する声が再三寄せられた。

 これについて地球側は「製薬手法が判明次第、より安全な代替品を他社より提供する」との回答でなだめすかし続けたのだが…

 じきにそうも言ってはいられない事態に直面することになった。


「原材料が『獣人』だとぉっ!?」


 皆を代表して素っ頓狂な喚き声を上げた熊田の周囲で、全署員が総毛立つ。


《正確にはその死体ですが…どのみち同じことですね。》


 自身は当事者ではないためかサラリと言い放ったニャオに、全獣人署員が「冗談じゃない!」と詰め寄る。

 参考までに、獣人の屍肉に限っては食用が公式に認められている。半分は野獣である獣人達にとって、血肉の誘惑には本能的にどうしても抗えない事態は往々にして起こり得るからだ。

ま だが、大手企業が自社製品のために仲間達の身体を利用しているとなれば話は別だ。


「それってやっぱり…『トランスフォーム細胞』絡みで?」


 葉潤の問いかけにニャオは大いに頷き返して、


《はい、ズバリそれです。月では作り出せない成分と聞いた時点で薄々予想はつきましたが。》


 『トランスフォーム細胞』…それこそが、獣人達が瞬時に獣形態と人間形態とを任意に切り替えられる秘訣だ。

 葉潤たち太古から存在する獣人である『先天種』が暗躍していた時代には"魔力"だの"妖術"だのと言われていた彼らの変身能力だが…

 それが、タコやイカのような生物が一瞬で体表の色や質感を変化させるのと同様な化学変化であることを数世紀前にさる研究機関が発見。

 それらを人工的に掛け合わせて新規開発されたのが先述の細胞である。

 かつての先天種の場合は変身には多大な身体的苦痛を伴ったらしいが、この『トランスフォーム細胞』はほぼノンストレスでモードチェンジが可能。

 さらには靖利のように巨大鮫と人間など、明らかに質量が大きく異なる生物間の変身をも可能とした。

 現在は月へと移住した旧人類がまだ地球の支配者であった頃から、アスリートや軍人を中心に獣人化を希望する者が決して少なくなかった背景には、この細胞の恩恵により両者の共生が充分可能となったことが非常に大きい。


《ですが、月の民の祖先はそんな獣化を嫌い、人体ではなく生活環境を自分達に合わせるべきだと主張して地球を離れました。》


「結局、現在では宇宙甲虫をベースとした人体改造をしちゃってるから、ある意味では獣人と呼べなくもないですけどぉ…」


「でも僕らみたいに自由には姿を変えられないから、その『トランスフォーム細胞』ってのは持ってないんだよね?」


 ニャオ、ボン子、セブンが代わる代わる解説してくれた。作者代行乙♩

 もっともセブンの何にでも変身できる能力は、並みの獣人とは違うチート級の性能であるばかりか、生体細胞だけでは説明不能な変形までもを可能にしているが…。


「あのクスリが月面じゃ製造不能な理由はそれで納得いったけど…そもそもなんでトランスフォーム細胞が必要なんだい?」


 小首を傾げる葉潤には留未が人差し指をピンと立てて、


「獣人が頭で考えた通りに変身するには、かなり高度な制御機能が必要だと思うから、その成分が月の人の獣人部分の精神安定には効果を発揮するんじゃないですか?

 けど元々月には存在しない物質だから、摂りすぎるとあのお婆さんみたく暴走しちゃうし…

 逆にあたし達獣人には、はじめから充分持ってるところへ更に高濃度な成分を余計に補給しちゃうことになるから、お酒のアルコールみたいに酔っ払っちゃう…んじゃないかなぁ?」


《…私の解説の余地がない完璧な説明ですね。実に素晴らしい♩》


 滅多に人を褒めないニャオにおだてられて得意満面な留未に、をを〜!?と感心しきりな面々。すると親友の靖利も鼻高々に、


「ピン子は昔からメチャメチャ頭イイんだよ。高校の成績も常に三位以内だったし」


 マジ!? ただの駄々っ子かと思いきや…まさに人は見かけによらないものである。


「そんな将来有望な奴が、今じゃしがない刑殺官か…。人生ってなぁままならないモンだな。

 んで、他人事でなんでかエラソーなお前のほうはどうなんだよ?」


 熊田に痛いトコ突かれた靖利はうぐっ!?とつんのめって、


「…し、下から数えて三位以内です…」


「靖利ちゃんはスポーツ特待生枠だったもんね…」


 留未の擁護も今や意味を成さず…。

 なんとも両極端すぎる幼馴染コンビである。


「そうか…悪いコト訊いちまったな。アホの子ほど可愛いとは言うが…」


「えっ♩」


「あんましアホ過ぎると魅力も半減だしな」


「ぐはあっ!?」


「…ま、気にすんな。俺達刑官にはもう試験もなんにもナイ♩からな」


「ぅぅぅ…っ」


 気になる相手からのからかい半分な慰めに、かえって肩身が狭い靖利なのだった。


「ちなみに俺もそこそこ成績は良かったけどな、これでもエリートだったし♩」


「んがぁっ!?」


 単なる筋肉ダルマかと思いきや…そういや元エースパイロット候補生だったね、この熊サン。


「あ、僕も右に同じく。神父って推薦とか資格審査とか色々あるからね♩」


 葉潤までもが要らん自慢しやがった。

 AI搭載のボン子やニャオは言うに及ばずだし…てことは。


「こん中じゃあたいが一番アホの子だったんかい…」


 刑官としてはエリートな靖利、まさかの真相に気づく。


「大丈夫、お姉ちゃんはおっぱい大きいし♩」


「あたいの価値は乳だけなんかァーイッ!?」


 セブンの不用意な援護射撃に誤射されまくりな靖利だった。


「アホの子談義は置いといて…その『原材料』を、マチルダの連中はどっから調達してやがった?」


 涙をちょちょ切らせて落ち込む靖利を容赦なく脇に転がして、大幅に脱線した話を無理くり軌道修正した熊田に、


「まさか、クスリ以上に非合法なやり口で…?」


 と葉潤も追従するが、対するニャオの答えは、


《非合法といえば非合法ですが…ある意味、最も合理的な方法です。》


 そして唐突に皆のほうを指差した。

 それって…まさか?


《その通り…処刑後の亡骸をマチルダに横流ししていた者が、刑殺内部にいます。》



 ◇



 第一話でも触れたが、処刑後の死骸の処理は刑殺官に一任されている。

 なので持って帰って食すなり、近所中に配り歩くなり自由にして構わないのだが…さすがに『販売』は禁止行為だ。

 さらに、任務終了後の担当刑官はニャオシステムの転送によりすみやかに所属署へ強制的に帰還させられる。

 この際、持ち運べる手荷物のサイズや重量には一定の規制があるため、死骸を丸々持ち帰ることはできない。

 そこで大抵の場合は現場処理班にお任せと相成る訳だが…


「マチルダに転売できるだけの死骸ともなれば、そこそこまとまった数量が必要だよね?

 ってことは、ホシはやっぱり処理班…?」


「いや待て、処理班は俺たち巡査ぜんかものとは違ってれっきとした公務員だろ?

 つーことは端から違法じゃねーか!」


 という葉潤と熊田のやり取りを聞いて、留未はつまらなそうに、


「ふ〜ん? やっぱどんな組織でも腐敗や汚職とは切り離せないものなんだね…」


「って、まるで他人事だけど、そーゆーピン子ももうその組織の一員なんだからな?」


 靖利が言う通り、これは刑殺全体を揺るがす一大スキャンダルだ。

 マチルダを追っていたはずが、とんでもないブーメランを食らってしまった。

 自分達の身内に裏切り者がいる…。

 ありがちな展開ではあるが、それがすぐ身近で起きているとなれば戦々恐々とせざるを得ない。

 せっかくイメージ改善のためのアイドルプロジェクトもうまくいっていたのに…ただでさえ一般市民を手にかけることで悪評高き刑殺が、これでは元の木阿弥ではないか!?


《しかも私のチェックをすり抜けて行われていたとなれば、単独犯とは考えにくく…》


「犯行は組織的に、それもかなり大規模に…とゆーことですかねぇ〜?」


 さらに最悪だ。ニャオとボン子の推察が真実ならば…下手すれば刑殺が内部崩壊しかねない。


「んで、ホシの目星はついてんのか?

 なんなら処理班の連中を片っ端から締め上げてやりゃあ…」


「…キミはそれで一度痛い目に遭ってるだろう? いつまで経っても進歩のない男だな」


「ンだとぉ!?」


 図星を指された熊田が激昂して振り向けば…真羅樫刑視正と百地署長がセットで立っていた。

 犬猿の仲な真羅樫はともかく、百地に恩義を感じている熊田は仕方なく押し黙る。つーか本来なら一巡査が刑視正に楯突くなどあり得ない愚行なのだが…。

 ちなみに『図星』というのは、かつて軍のトップガン候補生だった熊田が刑官への転職を余儀なくされた過去のことで…詳細は第四話をご参照あれ。


「その件についてだけどねェイ。たった今、首謀者を拘束したところだそうだヨ♩」


 百地の弁に一同、牙を抜かれて肩を落とす。

 また出る幕がなかった…実は刑殺って超優秀だったんだな。

 その首謀者とやらは、これまた何の捻りもなく現場処理課長。

 ニャオのチェックをすり抜けた手法としては、処刑者の死体そのものではなく製薬メーカーが欲する成分のみを抽出して課長権限で刑殺外部に持ち出し、報酬は今どき現金のみで受け取っていたという、これまたアナクロなものだった。


 何故そんなことをしでかしたのかといえば、単純明快に「もったいないから」。

 元々不毛な星をテラフォーミングしたため、今日でも生活に必要なあらゆる物資が不足気味な月では。仲間の死体すら肥料等に再利用しているというのに…

 一時期の環境汚染を完全に脱してあらゆるモノが溢れている地球では、死体は喰えるものだけ喰らって、あとはポイ捨て。

 しかも…それが仕事だと理解してはいるものの、前科者の巡査達が連日目覚ましく活躍する一方で、真っ当な公務員である処理班はその残飯処理を繰り返すだけの日々…。


 ほとほと嫌気が差していたところに、ある日マチルダ製薬側から当該成分を都合して欲しいとの打診が秘密裏にあった。

 ただ廃棄するだけのゴミが金になるならありがたいし、良い憂さ晴らしにもなる。

 そんなふとした出来心でいざ売っ払ってみれば…予想以上の報酬が手元に舞い込んだ。

 これにすっかり味を占めてしまった処理班の連中は、当初のエコ精神はどこへやら、今ではすっかり金の亡者に。

 取引も日増しに大胆になってきていたから、今回の件がなくともいずれバレるのは時間の問題だった。


「…ん〜、気持ちは解んなくもねーけどさ。

 でもそしたら、アンタらにあたいらと同じ仕事ができんのか?って話だよな…」


 署長の口からすべてを聞き終えて、靖利はついつい嘆息した。

 刑官になってまだ日が浅い彼女にも思うところは多々あって…前科者の自分が今じゃアイドルにまで登り詰めてチヤホヤされてるのは、何か間違ってる気がしてならないが。


「…ん〜? あのぉ、質問いいですか?」


 一方、留未は靖利と同じ感嘆詞ながらも、いまいち納得いかない様子で署長に挙手した。


「たしか、月側におクスリの話を持ちかけたのはマチルダの方からでしたよね?

 んで、そのマチルダから今度は処理班に…。

 それまで月の人とはまったく交流が無かったはずのマチルダが、どうやってその悩みを知って、しかもその有効成分がトランスフォーム細胞だって判ったんですか?」


 言われて初めてハッとする署員一同。

 ミステリーマニアの肩書きは伊達じゃない。

 同じ話を聞いてても、同じ三位でも、上からと下からじゃ大違いってやつっスよ。


「ほほぉ〜オ? さすがだねェイ♩」


 よくぞ気づいてくれたとばかり、百地はニヤリと口角を上げて、


「実はソレねェ…互いに言ってる事が真逆なんだよォ」


 てゆーと?


「マチルダとしては、商談を持ちかけてきたのは月側や処理班だって言ってるんだよネェ♩」


 どっちが先でも似たようなモンだと思った人は、立派なミステリーマニアにはなれないゾ☆

 どっちかが嘘を吐いてると思った人も同様。有罪が確定してるのに、今さら隠し事もあるまいて。

 戦争のきっかけも大概はこうした些細な行き違いからであり…それがどうして大戦にまで発展するかといえば、それは無論…

 争いを起こしたくて仕方ない奴がいるからだ。


「つまり…第三者の介入?」


「その通ーりィ! そしてェ、我々が追ってる『第三者』っていえばァ〜!?」


 『異世界』…!!


「まぁ〜た連中かよ。なんかもぉ、あらゆる悪事はショッ◯ーの仕業、みてーなもんか?」


 まだそんな歳でもないのに例えが古過ぎる熊田はさておき、


「でも単なる侵略工作にしては回りくど過ぎない? 結果的にみんなそれなりのメリットにあやかってた訳だし」


「もう何世紀も前からそんな関係を維持したままだし…本気で侵略を狙ってるなら、もっと手っ取り早い方法を選ぶはずですよね?」


 葉潤と留未のインテリコンビの言い分はごもっともだ。

 が、これについては意外にも靖利が、


「異世界にもいろんな派閥があるんじゃねーか?

 あたいが居た頃の水泳部も部長派とあたい派とに分かれてたりしたしな…」


 実際には靖利のカリスマが抜きん出ていて、権力を笠に着た小蘭華ですら思うようには立ち回れなかったせいで、あのような凶行に及んだ挙句、その因縁がつい最近まで続いた訳だが。(第一話〜第四話参照)


「ほぉ、靖利クンにしては鋭いねェ?」


 時々わりとヒドイ署長サンだが、


「だが私もそう読んでるねェ。あちらにも様々な主張を唱える者がいて、互いに足を引っ張り合ってるとすれば納得がいくゥ。

 …あの頃のようにねェイ…」


「…まるで何か知ってるような…というよりは、実際見てきたような言い草じゃないか?」


 真羅樫刑視正に突っ込まれた百地署長は、何故だか少しだけ寂しげに笑って…


「まァともかく、これで連中も少しはおとなしくしてくれれば有難いんだがネェ?」


「それは望み薄だろうな。

 こっちがこれだけ派手な動きを見せたんだ。 あっちもじきにやり返してくるだろうさ…」


 真羅樫の分析は常に冷静で適切だが、この時ばかりは杞憂であってほしいと誰もが願ってやまなかった。





 とはいえ敵の素性がいまだ皆目判らない以上、こちらもろくな身動きはとれない。

 とりあえず通常任務を続けながら、臨機応変に対応することになった。

 …とモノは言い様だが、早い話が何もてきない訳で。

 だからといって遊んでる暇はない。靖利達にはさらにアイドル活動もある訳で。


「…やれやれ、やっと非番かよ。ずいぶん久しぶりな気がするのはあたいだけか?」


 てな塩梅で、実に久々に靖利・ボン子・セブンの三人揃って自宅に帰ってきた。

 留未だけは別班扱いなのでまだ勤務中だが、常に葉潤と一緒なのでアレはアレで喜んでるらしい。


「屋上の露天風呂もやっと直ったみたいですからぁ、後で一緒に入りましょ〜☆」


 占い師の老婆との死別後えらく堪えていた様子のボン子も、やっといつもの調子に戻ったらしい。


「それにしても…なんかどんどんトンデモナイことになってきちゃったね?」


「ああ…まさかもう刑殺にまでちょっかい出してやがったとはな」


 珍しく弱気なセブンに、靖利も思わず溜息。

 なにしろ侵略者は数世紀も前から既に活動しており、月や地球の主要組織にまで入り込んでいたのだ。

 こんな世界規模の圧倒的なスケール感で暗躍する相手に、いったいどうやって立ち向かえばいいのか…?


「捜査情報もバレバレでしたしねぇ〜」


 ボン子が言うように、前回の親玉だったカルト教団の教祖は事前に御丹摩署員の動向を把握し、しかも情報をリークした占い師と露天商まで拘束して人質にとっていた。

 手際が異様に良過ぎた割には、肝心の戦力が御粗末すぎて歯応えが全然無かったが。


「まるでぇ、月の人達もドップリ関わってたことを知らしめるためにぃ、あえて噛ませ犬に使ったみたいなぁ〜?」


「んにゃ、それは考え過ぎじゃねーの? それで結局、自分達まで噛んでたことがバレちまったら処理班もおまんまの食い上げじゃん」


 そんな靖利の反論を聞いて、セブンがアレっ?と小首を傾げて、


「ひょっとして、お姉ちゃんは処理班が情報を漏らしてたって思ってるの?」


「えっ違うのか?」


「処理班に情報収集能力なんてありませんよぉ〜。基本的に後片付けだけのお仕事ですしぃ〜」


 ボン子にまでダメ出しを食らって、靖利は赤面しつつも焦りを感じた。

 えっ、もしかして…解ってなかったの、あたいだけ?…と。


「もっと他にいるじゃあないですか〜。さっきも留未たんの予想外に鋭い洞察力に恐れをなして、途中からダンマリを決め込んじゃった人がぁ〜♩」


 …そんな人いたっけ?

 みんな割と好き勝手に喋ってた感はあったけど。いつもは率先して場を仕切ってくれる奴がサボってたせいで…

 …あ。


「あと、いつも大量の情報収集や解析をこなして、あたし達に的確な指示を出しつつ、関係各所への連絡までリアルタイムでこなせる超有能なヒトがぁ〜♩」


 ここまで懇切丁寧に説明されれば靖利にも判る。

 その人物を褒めてるというよりは小馬鹿にしたようにほくそ笑んでから、ボン子はふと物思いに耽った…ように見えて、実は我が家のセキュリティー情報にアクセスしていた。


「…ちょうど『真犯人』さんがいらっしゃってるみたいですからぁ〜、ちょっくら懲らしめに行きましょーかぁ〜?」





「…此処へ来るのも久しぶりですね。」


 ドーム状の真っ白な屋根に覆われた、ひんやりした部屋のド真ん中で、お団子頭のチャイナ服メガネっ子…ニャオは独り呟く。

 いつもは《》で囲まれている彼女のセリフは、今は肉声につき普通の「」で表記させていただく。

 肉声…つまりは実体を持つ身体が発する声だ。

 すなわち、今のニャオには『実体』がある。

 何故かといえば、そのほうが予期せぬ機材トラブル時に臨機応変に対処できるからだ。

 この部屋のすぐそばには無数のスーパーコンピュータが所狭しと居並んだ広大なサーバールームがあり、彼女は通常はその部屋の中央で自らを電脳空間に接続し、コアCPUとして機能している。

 いわゆる生体コンピュータに近いが、『生身』ではないのでその表記はやや語弊を伴う。

 ニャオの全身はナノマシンの集合体に置換されており、元の肉体をコールドスリープ状態で保管してあるのがこのドーム室なのだ。


 かつては人体をナノマシン化するのは至難の業だった。

 さる企業の研究記録によれば、特に脳幹を置換しようとすると、突然あの五本脚の甲虫に豹変した挙句、外宇宙の辺境星系にまで転移されてしまった…とある。

 脳以外の部位や、他の身体からの脳移植なら何ら問題ないにもかかわらず。

 どうやら当行為はこの世界の創造者の想定外の行動であり、システム的なバグが発生してそうなるらしかった。

 あるいはこれ以上、人類の知能を底上げするのは許さない…という禁則行為への警告だろうか?

 人間ごときが神と同等の知恵を身に付けたがるなど、おこがましいにも程があるぞ…と。


 しかし、数少ない成功例もあった。

 それが『ニャオシリーズ』である。

 どういう訳だか唯一彼女だけが、脳をナノマシン化することが可能だったのだ。

 そこで彼女は、生まれ来る自身の子供に遺伝子改造を施すことでクローン技術以上に精巧かつ確実な、自身に極めて近似した後継者を作り出し、その脳をナノマシン化することで代々生体コンピュータとして存在し続けてきた。

 だが…身体そのものは人間と大差ない生身である以上、どうしても生物としての宿命である寿命は避けられない。

 ナノマシン大脳の恩恵により老化を極限まで抑え込むことに成功し、晩年まで思春期時代と変わらない容姿を保つことには成功したが、それでも精々ニ〜三百年で活躍限界が訪れた。

 そこでニャオはついに全身のナノマシン化に挑み、見事成功。

 以来千年近くの永きに渡っていまだ現役稼働中である。

 それでも…


「時折りこうして生身だった頃の自分を見ないと、自身が人間であることを忘れそうになるのは…生物のたがを外れた者への天罰なのでしょうか…」


 永遠の寿命は今日も彼女の精神を蝕み続ける。

 それでもかろうじて安寧を保っていられるのは…

 ドーム室の中央で、棺のような冷凍冬眠コールドスリープ装置に半裸状態で横たわって眠る、彼女自身の肉体があればこそだ。

 しかしニャオはナルシストではないため、いつまでも長々と自分の身体を眺める趣味はない。

 彼女のお目当てはそれよりも…その左右に同様に横たわる、よく似た顔の…というよりもニャオに瓜二つの女性達にこそある。


「…ご無沙汰してました。海鳥ハイニャオお婆様…海猫ハイマオお母様。」


 ニャオシリーズの先々代、先代にして彼女の実の祖母と母親の二人も、ここに一緒に眠っていた。

 シリーズ名としては祖母の海鳥が『ニャオツー』、母の海猫が『ニャオスリー』となる。

 ちなみに初代である無印の『ニャオワン』は、かつてのとある天才プログラマーが開発した完全にデジタル上のみのAIであるが…ここいら辺のくだりは前々作『はのん』並びに前作『へぼでく。』をご参照頂ければと。


 実は冷凍冬眠はいまだに不完全なシステムであり、特に解凍時に何らかの異常を来たすケースが顕著である。

 そして三体とも現時点では完全に活動休止した事実上の『死体』であるため、これを蘇生させる技術は現時点においては存在しない。

 そこで、将来的に完璧な解凍技術が開発されることに期待して、もはや太古と呼べる昔から延々眠らされ続けている次第だが…

 人類の在り方も大きく変わり、技術革新どころか逆に衰退ロストテクノロジーが叫ばれる現在、果たして彼女達が再び目覚める時は訪れるのだろうか…?


「…では、いずれまた。」


 それでも彼女達の現状に遜色ないことに安堵したニャオが、そそくさと引き上げようとした…その時。


「もぉ〜そんな悠長なコトは言ってられませんよぉ〜♩」


 耳慣れた間延びしすぎな口調とともに、部屋の戸口に立ちはだかったのは…ボン子。

 その後ろから、


「ぅわっ、なんだココ…寒っ!」


 スポブラにショートパンツという薄着すぎる部屋着のまま此処まで来てしまった靖利とセブンが震えながらついてきた。

 冷凍冬眠用の部屋だからして寒いのは当たり前。ドーム状なのも効率良く満遍なく冷やすためだし。


「…此処は我がフー家の墓です。勝手に立ち入られては困ります。」


 大切な聖域を荒らされたニャオはさすがにムッとしているが、


「それ以前に、ここはあたしん家の敷地内だってことをお忘れですかぁ〜?」


 超お嬢様なボン子には口を噤まざるを得ない。

 ニャオの実家はかつて台湾で隆盛を誇った世界的な総合企業『福グループ』で、先々代の海鳥はその後継者候補だった。

 とりわけ科学分野に造詣が深く、あの常に頭上に輝く月のテラフォーミングを行なったのも、軌道エレベーターの建造も、すべてこの企業が中心となっている。


 その海鳥が日本に嫁ぎ、さる人物に総裁役を委ねたこともあり、本人の強い希望で墓地…いや休眠地はこの地に作られた。

 その人物というのが、これまたかつて日本の歴史始まって以来とも謳われた名君である総理大臣の『波音リョータ』氏。

 その波音氏は、大昔から国を陰ながら支え続けてきた『秘密結社ゴタンマ』のメインスポンサーでもあった。

 この社名からもうお解りかもしれないが、つまり御丹摩署はその広大な研究施設があった跡地に建っているのだ。


 そして、そんな巨大組織を率いていた首領が『七尾ななお』氏。

 苗字で一目瞭然な通り、ボン子こと七尾ボンバイエ嬢の父にあたる。

 彼は『不死者』…厳密にいえばクローン再生を繰り返して数百年間その座に君臨し続けた稀有な存在であり、尋常ならざる多数の妻子に恵まれたシネバイイノニ、デモシナナイ羨マケシカラン男である。

 ボン子はその総勢百名以上に及ぶ子供達の末娘なのだ。


 これら二大巨頭企業と波音総理の貢献により、人類の科学技術はわずか数十年で数世紀分は進歩したと言われている。

 彼らがいなければ現在の獣人も月の民も、HWMもニャオシステムも、果てはテラフォーミングも軌道エレベーターも…何もかもがここまでは発展しなかったことだろう。


 そしてさらに重大な事実を一つ。

 ニャオの先代であり母親の海猫が嫁いだ先はは、ゴタンマ首領の七尾氏だった。

 つまり、彼女達は事実上の…


「…貴女も私の妹なら、少しは姉の顔を立ててもよろしいのではないですか?…ボンバイエ。」


「ムゥ〜ッ、あたしがその名前をフルネームで出されるのがイヤだってことを知ってて呼びやがりましたねぇ〜?…海月ハイユエお姉様♩」


 そう、実の姉妹関係にあたる。父親が同じ異母姉妹というやつだ。

 とはいえニャオが生身の肉体を捨てたのは遥か昔であり、ボン子は元々HWMとして開発されているため地の繋がりは無いが。

 しかも両者の生誕には数世紀もの隔たりがあるため、家族という意識すらない。

 さらにはご覧の通り…互いにライバル同士だった母親より出でたが故か、元より犬猿の仲である。


「というか人の本名をサラッと暴露しないでください。何処で誰が聞いているか判ったものではありませんし。」


 と、ニャオも本名で呼ばれたボン子以上に眉をひそめる。どうやらセキュリティー上の問題以上に自分の名を気に入ってはいないらしい。


「え〜っなんでだよ? カワイイじゃん、ユエちゃん♩」


 と靖利が早速からかうが、


「あ〜…調べてみたら、海月って『クラゲ』って意味だよ」


 と通信端末で検索したセブンにより、その理由はすぐに判明した。

 親はオシャレだと思って付けた名前が、後々思わぬ悲劇を呼ぶことは往々にしてあるものだ。

 完全にウケ狙いだと思われる『ボンバイエ』に比べればよっぽどマシだが…笑うに笑えないビミョー過ぎる名前に、誰もが微妙な表情に。


「そんなこたぁどーだっていいんですよぉ〜。

 あたしがわざわざお伺いしたいのはぁ…

 あのカルト教団に捜査情報をリークしたのは、アナタですかぁ〜?ってことなんですよぉ!」





「…………。」


 いつになく険しい顔のボン子の追及に、ニャオは無表情なままの無言で答えた。つまりは肯定と受け取って良さそうだ。

 何故なら、AIは基本的に嘘がつけない仕様になっているから。


「…マジかよ?」


 事前に聞いてはいたものの、靖利にはやはり信じ難い。

 クソ真面目なほど職務に忠実で、任務達成のためなら如何なる犠牲も厭わない冷酷無情な司令官様が…裏切っただと?


「アナタのせいでぇ…お婆ちゃんはぁ〜…っ!」


 ボン子は占い師の老婆の恨みを忘れてなどいなかった。

 冷静に考えてみれば、彼女が月の出身だと知ったときから不思議な事態が続いた。

 たとえ彼女や露天商が刑殺に情報を売ったとしても、教団としてはどの道いつかはバレることだから放っておけばいいし、腹いせならその場で殺せばいいだけだ。

 なのに何故、わざわざ人質などという尚更手間がかかる手段に打って出たのだろうか?

 …つまり、老婆はあくまでも事件解決までは生かしておく必要があったのだ。

 そして、教団側が隠し持っていたクスリを目の前にしたとき、どのような反応を示すのかを知りたかったのだ…ニャオは。

 だからそれを問い質すため、ボン子はずっとチャンスを窺っていたのだ。

 ニャオがいつものホログラムではなく、実体を伴って顕れる、この瞬間を。


「アナタはぁ…お婆ちゃんがああなることを知ってて、わざと教団を焚き付けたんですねぇ〜ッ!?」


「何だとぉっ!? いくらなんでもそりゃ酷すぎるだろがオイッ!!

 …ってアレ? なんで掴めるんだお前!?」


 ボン子の糾弾を聞いて一気に頭に血が上った靖利はニャオの胸ぐらを掴んで締め上げ…そしてようやく彼女に実体があることに気づいた。


「わざわざそんなコトしなくたって、お婆ちゃんからあの虫と同じ臭いがしてたから、すぐ判ることだったのに…可哀想すぎるよ…」


 セブンもセブンで、そこまで判ってたなら早よ言えや!

 だがあの時、老婆は一切アヤシイ動きを見せなかったため放置していたらしい。

 …占い師って時点で充分すぎるほどアヤシイっちゃあアヤシイが。


「…私は…何も間違ったことはしていません。

 あの老婆には月の工作員である可能性がありましたので…」


「何処にお年寄りをスパイに使う国があるんですかぁっ!?

 いい加減なことばっか抜かしてるとぉ…この部屋の電源落としますよぉ!?

 ただでさえたった三人分を冷凍パックにするだけでムダに電気代かかってるんですからぁ!」


 ここの施設と隣のサーバールームは元々ゴタンマの所有物だった。

 やがてニャオシステムが全国のインフラを担うようになると、公共性を重視しサーバールームの管理権は国に譲渡された。

 しかしこの冷凍冬眠室はあくまでも個人的な用途のみで使用されているため、引き続き七尾家が管理している。

 そして七尾家の家族が宇宙に旅立った際、刑殺官という懲役刑が課せられ地球を離れられないボン子に地球上の財産の一切合財が譲渡された。

 つまり、もとは同じ家族だろうとニャオはもはや公共物であり、それが一個人の邸宅に不法侵入した挙句、所有物を無断使用している構図は責められて然るべきなのであーる!


「そ、それは…」


 ボン子の口ぶりから単なる脅しではないことを察したニャオは珍しく言い淀んだ。

 それに気を良くしたボン子はニヤ〜リとほくそ笑んで、


「なら土下座。まずは土下座ですよぉ〜!

 日頃からホログラムばかりで地に足を着けて生活してないからそーなっちゃうんですよぉ!

 ホラぁ今すぐ地べたに膝を突いてぇ!

 両手もベタ〜ッと地面について這いつくばってぇ!

 オデコが擦り切れるほどグリグリ床に擦り付けて、死ぬほど詫びやがれですよぉ〜フヒャハァーッ!!」


 …日頃はかろうじてお嬢様らしく振舞っているボン子だが、一皮剥けば所詮はこんなモンである。

 ヘボミ型HWMはすぐ調子に乗り、それが地なのか暴走なのか判別不能な点が最も不評であった…。


「ち、ちょっと待って! 趣旨が変わっちゃってるよ!?」


 あまりの酷さに見かねたセブン達が止めに入るも、


「あたしゃ〜最初っからそのつもりだったんですよぉ! 高慢チキな中華クラゲの鼻をへし折ってやるってぇ〜!」


「…残念ながらへし折られるほど高い鼻は持ち合わせておりませんが。」


「まだゆーかこの隠れ露出フェチがぁーっ!?」


 とはいえチャイナドレスって素足がチラッと覗く程度で露出度低めなのに、なんでかエロいよネ♩


「…今の鰐口わにぐち巡査よりはよっぽど控えめかと。」


「どさくさに紛れて人を巻き添えにすんじゃねーぞこのメガネクラゲッ!!」


 などと早くも収拾つかなくなってきたところへ、


「…やはりこーゆーコトになっておったかねェイ?」


 耳馴染んだ独特のイントネーションに皆がギョッとして振り返れば…

 百地署長以下、熊田に葉潤に留未までもが勢揃いしてゾロゾロ部屋に入ってくるところだった。


「って、え? なんで靖利ちゃん達まで一緒にいるの?」


 という留未の素朴な疑問に、いまだボン子達との同居を彼女にだけは伏せていた靖利がサアーッと青ざめるが、


「この留未くんが、ニャオくんの応対ぶりがいつになく素っ気ないことに気づいてねェイ?」


 百地署長ナイスフォロー。

 ニャオシステムはたとえメインCPUのニャオが抜けても、サブCPUのみで充分機能するが…要は別人であるため、微妙な違いに違和感を覚える者も稀にいる。


「いつもならすぐに復旧するところが、今日に限って妙に長引いているようだから、気になって来てみたんだよオ♩」


 常日頃からニャオの働きぶりをすぐそばで見ている彼は、さらに微妙な点にまで気づいていた。


「…にしてもみんな、すんごいラフな格好で目の毒だなぁハフハフ♩」


 着の身着のままな靖利達を見てさっそく鼻の下を伸ばした葉潤に、留未がイラっとした顔で左手に念を込めている。それマジ木っ端微塵に吹っ飛ぶからやめたげて。


「…ぎゃっ!? みみみ見てんじゃねーよこのエロ熊!」


 いつもは薄着でも平然としている靖利も、見て見ぬフリな熊田の視線に気づくや、慌てて身体を覆い隠してうずくまった。

 ちなみに熊だけじゃなく狼もライオンもちゃ〜んと見てますから♩

 相変わらず自身の肉体スペックの高さをまるで理解しきれていない娘である。


「ってオメーが見せてんだろが!

 あと、そんなバカデカい乳がスポブラなんぞで支えきれるもんかよ。もっとちゃんとした乳バンド着けないと垂れるぞ?」


 しっかりちゃっかり見てるからこその的確なアドバイスに、やるせなさも倍増な靖利だった。

 一方ニャオも、棺の中に横たわる半裸状態の自分の身体に気づくなり、それを男性陣の視線から覆い隠すようにそそくさと移動して、


「なるべく見ないで頂けるとありがたいです。

 そんな大した代物でもありませんし…」


 珍しく照れてる。普段が普段なだけに意外すぎる姿だ。


「まあまあ、そう謙遜したものでもないヨ♩

 念のため様子を見に来て正解だったネェイ☆」


 だが既に遅かったァーッ!?

 そして署長もまだまだ気は若いゾっと♩


「…お気遣いはありがたいですが、この場所は当家の墓所でして、部外者の侵入は…」


「それ以前にあたしん家だって言ってんですよぉ〜!

 無断で部下宅に踏み込んでくる上司とか、どんだけブラックなパワハラ部署ですかぁ〜!?」


 プライバシーの侵害にはうるさそうなニャオに、ブチギレついでのボン子も同調するが、


「あ〜諸君ら刑殺官の身柄は、いちお〜署長の所有物という扱いになっとるからねェ。

 諸君のモノは私のモノ、私のモノも私のモノだヨ♩」


 嗚呼なんたる凄まじきジャイアニズム!?

 現代刑殺はブラックを通り越してもはやヴァルハラです…。


「そんなことよりィ、ここは私の顔に免じて許してやってはくれんかねェイ七尾クゥ〜ン?」


「ムゥ〜ッ、ここぞとばかりに上司特権発動ですかぁ〜?」


 HWMなのに命令嫌いなボン子はなおも噛みつこうとするが、


「アレは私のためにやってくれたコトなんだろゥ?…ニャオくん。」


 優しく我が子を諭すように呼びかけた署長に、ニャオはハッと息を呑み…観念したようにうなだれた。

 だが周りの皆は目が点に。月の民だというあの老婆の正体を明かすことが、どぼぢで署長のためになるというのか?


「まァ〜なんてコトはないんだがねェイ?

 この私も月から…いや正確に言えば、宇宙から降りてきたってだけのことなんだよォ〜ウ♩」


『……!?』


 充分大それた事実を吐露した百地に、皆は遅れて騒然となった。





 話は数世紀前…テラフォーミングが成功したはずの月面にて、入植者達の謎の異常死が多発した時期にまで遡る。

 ある者は神の祟りだと畏れ、またある者は地球とのごく僅かな差異が人間には不向きなのではと疑ったが、どれも決め手には欠けた。

 中には再び地球に還ろうと獣人化を希望する者もあったが、ここに居る連中は元々それを嫌って地球を離れた者ばかりだ。

 様々な検討がなされた挙句、「このまま月に腰を据えて生存の道を探ろう」と主張する保守派と、「さらに人類に適した星を見つけに行こう」と主張する革新派とに大別されることとなった。


 まだ若く、夢と希望に溢れていた百地もそこにいた。

 彼が月へ来た大元の理由も、地球から避難してきたその他大勢とは異なり「まだ見ぬ世界をこの目で直に確認したい」という若者が故の好奇心からだった。

 そして一旦は周囲の意見に従って獣人化しつつも、やはり未知への誘惑には勝てず、家族も恋人も捨てて宇宙を目指したのだった。

 何の迷いもなく後者を支持した彼は、やがて結成の運びとなった宇宙探索隊の一員となった。

 この頃にはまだ地球と月との交流が盛んだったため、豊富な資材を調達してラグランジュポイントにて巨大な宇宙探査船が何隻も建造された。

 そして百地のような野心家が多数乗船し、暗黒の大海原へと矢継ぎ早に漕ぎ出していった。


 SF作品ではすっかりお馴染みのワープ航法とコールドスリープを併用し、船員達は艦内で日常生活を営みつつ、何百年もかけて広大な宇宙を片っ端から調べていった。

 が、しかし…人類の居住に適した地球のような惑星はなかなか見つからない。

 生命体らしきものが生息する星こそ予想以上に多かったが、意思疎通が計れるレベルとなると皆無であり、しかも人間が生活していける環境とは到底思えなかった。

 かつて地球に調査目的で訪れていたと噂されるグレイなる宇宙人も、こんな失望感を抱いて去ったのだろうか?

 ともあれ、これなら宇宙戦争の心配は当面せずに済みそうだ。


 事前に根気がいる調査だと充分理解していたつもりだが、ここまで梨の礫だと気も滅入る。

 まるで…地球という星が、最初から人類のために用意されていたような何者かの意図さえ感じる。

 問題はそれだけではなかった。

 元々がどういった事態に見舞われるか不明で危険な船旅である。不慮のアクシデントで消息不明になる艦が日増しに増えていった。

 志を高くして旅に参加したはずの乗組員達も次第に疲弊し、小競り合いなど日常茶飯事、なかには大規模な反乱の挙句、宇宙船の崩壊あるいは艦船同士の戦闘にまで及んだ例もあった。

 そこまで酷い事態にはならずとも、予想外に長期間の運用に因んだ機体や設備の老朽化は避けられない問題であり、航行可能な船は次第に減少していった。

 また、冷凍睡眠技術には開発当初から雑多な問題点があり事故率が高く、その老朽化も相まって志半ばで事故死する船員が激増した。


 …遂には百地が乗る船のみが残された。

 出航から早数世紀、最初は一隊員に過ぎなかった百地もいつしか船長にまで出世していた。

 最初こそは「獣人の分際で…」などと陰口を 叩く者も多かったが、じきにその人並外れたパワーが重宝がられ、勇猛果敢にして沈着冷静なリーダーとしての頭角を現したのだ。

 が、その頃には現存する隊員はわずか数十名にまで目減りし、既に運行に支障をきたすレベルに陥っていた。

 そして百地は決断した。

 この探査計画は失敗であると。

 速やかに月に帰還すべきである…と。

 こうして彼らの長旅は大いなる失意のうちに頓挫した。


 しかし、月に戻った彼らは予想外に温かく受け入れられた。

 無駄な時間を浪費し、夥しい予算と人命を散らしただけにもかかわらず、何一つ批判が出なかった。

 そこに百地はかえって作為めいた居心地の悪さを感じ取った。

 さらには月の連中も、彼が旅立った頃とは大きく様変わりして、何というか…人種そのものが入れ替ったような…まるで別世界に来てしまったかのような違和感が拭いきれなかった。

 事実、月の民は件の宇宙甲虫とDNA融合を果たし、別次元の生命体へと進化していたのだが、百地はそれを直感的に見抜いたのだ。

 もう、ここは自分が知る世界ではない…。

 ただでさえ数百年を経て親しき者など皆無な月面には、もはや何の未練も無かった。


 そして百地は地球への移住を決断した。

 亡命や密航ではなく、せめてものケジメとして正式に月政府に申請したところ、驚くほどあっさり受理された。

 月側としても、もう自分達の同類ではない彼にいずれ正体を知られるよりは、さっさと厄介払いできて幸いと考えたのだろうか。

 程なく、先日の占い師の老婆のように交渉団の一員として地球を訪れた百地は、地球に移住したい意向を打診。

 彼の類稀な経歴および豊富な経験と実行力、そして何より元から獣人であることを高く評価した地球政府は、驚くほどの高待遇で迎え入れてくれた。

 かつての壊滅的な環境汚染から回復こそした地球だが、引き換えに文明レベルの低下が著しく、百地が持つ高度な知識を必要としていたのだ。


 紆余曲折あった挙句、彼の身柄は本人の希望もあり、地球時代の本籍地だった日本が引き取ることとなった。

 地球もすっかり様変わりしたものの、月ほどの異様な変容はなく、百地はやっと一安心できた。

 昔でいうところの総理大臣である評議長に、希望するポストなら何でも用意しようと格別の待遇を受けた彼は…誰もが予想外の希望を口にした。


「ではァ…刑殺署長でお願いしましょうかネェ?」


 よりにもよって…と誰もが落胆した。

 しかしこれこそが百地の野望の第一歩だった。

 調べてみれば刑殺署長の権限や自由度は意外なほど高く、しかも人の生死に直結したチートすぎる仕事だったのだ。

 加えて、よりチート性を極めた破天荒すぎる人材を、自身の手足として善悪の垣根を超えて行使することが可能だ…!

 そこでやりたい放題に振る舞うために、元は部下で野心の塊のようだった真羅樫と意気投合し、彼をとっとと刑視正にまで出世させた恩恵で、さらなる権限と自由度をも手に入れた。

 百地自身が出世して刑殺幹部になってしまえば自由度など皆無に等しくなり、かえってやりづらくなる。あくまでも署長であり続けねばならないのだ。


 人類には地球以外に安住の地は無いというなら…そう仕向けている張本人『創造主』を引きずり出してやる…!

 これまでの経験から、ソレが意図的に世界を操作しているのは明らかだった。

 たとえば世界の軍事バランス。

 各々の国家が平均的な軍事力を有するよりも、わずか数カ国の列強大国が弱小国を牛耳るほうが結果的に良好なのだ。

 戦争は、それを力尽くで覆そうと目論む国が出てきたときに発生する。

 ならば…こちらが故意にバランスを崩すような行為に出れば、創造主はどう思うだろうか?


 一騎当千の熊田や古来種の葉潤、暴走状態が通常運転のボン子に、その気になればネットから世界を支配できるニャオ。

 そして、もはや怪獣レベルの途方もないパワーを秘めた靖利。

 これらの人材は決して偶然集ったのではなく、百地の思惑通りにピックアップされたものだ。

 そもそもこれだけ強力な能力の持ち主がマトモな社会生活など送れる訳がないから、そうした連中を一早くゲットできるという理由でも刑殺署長という職は打ってつけだった。

 これだけ揃えば、わずか数名で小国程度ならあっという間に占領もしくは壊滅できるだろう。

 オマケに、相手を挑発する意味合いも兼ねて署員でアイドルユニットまで結成し、これ以上ないほど悪目立ちさせてみたりもした。


 まるで人類のこれ以上の進化を拒むような、理不尽な境遇ばかり強要してくる創造主には、是が非でも直に文句を言ってやらねば…!

 ただそれだけの希望を胸に、やっとここまでたどり着けた。

 果たして、創造主の答えは?


 …コレがそうなのかは不明だが。

 案の定、靖利が署に加わってすぐに世界システムがリソース超過に陥った挙句、セブンが異次元から送り込まれてきた。

 同時期に謎の侵略組織がにわかに活動を活発化させ、あからさまに靖利を狙って宿敵の小蘭華おらんかをぶつけてきた。

 この闘いで小笠原が壊滅状態となり多数の死傷者を出したものの、結果的には怪我の功名とやらで、左手に異世界物質を宿し、貴重な治癒能力が使える留未という思わぬ人材まで確保できた。

 敵に塩を送るとは…やはり百地の予想通り、創造主は焦っているようだ。


 いまだ我々の前には姿を現さない卑怯千万な連中ではあるが…その行動の一貫性の無さから、どうやらあちらにも対立する複数組織が存在するらしい。

 はてさて、お次はどんな手段に出ることやら…?





「…署長さんも月の人だったんですかぁ?

 どーしてもっと早く教えてくれなかったんですかぁ☆」


 すべてを聞き終えるなり、ボン子がいきなり百地に噛みついた。

 だがそれは不満や抗議というよりは、むしろ逆に大歓迎するような感じで、なんなら彼を熱く見つめるキラキラお目々がハートマークにすらなりかけている。

 もはや老婆の件での恨みは時空の彼方。

 アポロ計画の飛行士といいタキシードなんちゃらといい、月の男はそんなにエエのんか〜?


「クソチビの分際でオッサン趣味かよ。そっちの連中も似たり寄ったりだし、ウチの女どもはどいつもこいつも大概だな…」


 そーゆー熊田も思くそオッサンで思くそ鮫にマーキングされているのだが…。


「いやねェ、七尾家の御令嬢ということだから、すぐにでもこちらから挨拶差し上げようとはしたんだけどねィ?

 ニャオくんに『アレに関わるとロクなことは無いから』と止められちゃってねェ…」


 という百地の弁解に、ボン子が「何ですとぉ〜!?」とあからさまに睨みつけるが、


「…だから貴女に明かしたくはなかったのですよ。」


 対するニャオはやれやれと首を振って、


「貴女みたく愛らしい人に本気になられたら…私では太刀打ちできないじゃないですか…。」


 小声でボソリと吐き捨てて、俯きがちにかすかに頬を染める…あまりにも意外なその態度に誰もが唖然とした。

 これは、つまり…


「…ケッ、AI様までオメー等と御同類かよ? どーなってんだウチの署は?」


 熊田の弁がすべてを物語る。

 日頃から鉄面皮で通してるニャオだが、断じて人工物ではなく元は人間。

 感情が無いわけではなく…自身の肉体を捨てた思春期の、純真でコンプレックスの塊みたいな当時と何も変わってなかったのだ。


「まァー私はこう見えて年齢ミレニアムな年寄りだからねィ。ニャオくんやボン子くんとなら丁度釣り合いが取れるかもしれないねェーイ♩」


 などと百地もまんざらでもなさげ。人間、歳を重ねるにつれて見た目なんざどーでもよくなってくるものなのか?

 てか二人とも見た目的にはモロOUT!


「ではさっそく結婚しましょ〜☆」


「お待ちなさい。色々すっ飛ばしすぎです。これだから暴走HWMは…」


「あたしは婚前交渉ウェルカムですのでぇ〜♩

 …それはさておきぃ、ウチのことご存知だったんですかぁ〜?」


 先ほどボン子の家柄を知ってるような素ぶりをみせた百地に問うと、彼は「無論だネィ!」とばかりに大いに頷き返して、


「私が宇宙探索隊に志願した最たる要因は、『彼』の存在あってこそだからネ!」


 …『彼』? 家柄について訊いたのに、返ってきたのは一個人について。

 と、いうことは…


「『七尾ななお』。

 彼こそが宇宙探索隊を組織したリーダーだよォ!」




【第九話 END】

 今回は思いのほか難産でした。

 前話からほぼ一ヶ月を経て、やっとこさ書き上げました。

 理由としては大型連休を挟んだり、『エルデンリング』にハマったり、そのせいで日々寝不足だったりしたせいですが〜(笑)。

 最大の要因としては、「百地署長のエピソードをな〜んも考えてなかった」ことに尽きますね。

 初回からいかにも思わせぶりに登場して、誰も彼もが一目置いてるような印象で、百地自身も某司令ばりに何か企んでるような発言が目立ったにもかかわらず…全部ハッタリの行き当たりばったりでした♩


 てなもんでストーリーも佳境に入ったことだし、そろそろタネ明かしをば…と思ったら、肝心のタネが無いことに気づきまして(笑)。

 さらには前回で月の民の正体をあ〜んな感じにしちゃったもんだから、そのままだとアレコレ矛盾が生じることになってしまいまして。

 おかげで調整には散々苦労しましたが…なんとか矛盾も目立たず(笑)、それなりに納得いくレベルには仕上がったかな?


 そんなこんなで作者的にもやっと全貌が見えてきたところですが…まだまだ最大の謎が残っております。

 そう、メインヒロインの靖利はなんでまたあんなに強力無比なのか?…ということ。

 どう考えたって他の獣人とは一線を画してますし、普通だったら存在自体許されないリーサルウェポンですしね(笑)。

 実はこれまた、百地が彼女を署員に抜擢した理由でもあります。

 百地の過去バナも次回に続きますので、今後はそのへんに焦点が当たりそうかな?

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