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野性刑殺  作者: のりまき
8/20

月乃素顔!

【前回のあらすじ】

 ソレを宿した獣人に超常的な能力を与えはすれど、その代償に肉体や精神を蝕み続け、やがては制御不能な怪物へと豹変させる異世界物質。

 アイドルとなった靖利を追って故郷から駆けつけた幼馴染・ピン子の左手にもやはりソレが埋め込まれていた。

 愕然としつつも刑殺官としての職務を全うすべく、靖利は泣く泣くピン子の処刑を行う…。


 しかし寸前でセブンに阻止され、命拾いしたピン子。

 セブンによれば、彼女は物質との共存にかろうじて成功した、極めて稀少な『適合者』なのだという。

 かくしてピン子改め本名・向井留未むかいるみはなし崩し的にアイドルユニット『ポリポリ』のメンバーに加わり、持ち前の愛嬌で初っ端から大人気となる。


 必然的に御丹摩ごたんま署所属の新米巡査ともなった留未は、指導役を買って出た葉潤はうるとバディを組み、さっそく勃発したコンビニ強盗事件を辛くも解決する。

 そこで現実の厳しさに直面した留未は一時的に落ち込みはしたが、葉潤の献身的な?慰めで元来の明るさを取り戻した。


 そこへニャオから衝撃的な一報が飛び込む。

 先の強盗事件のきっかけとなったドラッグは、業界最大手メーカーのマチルダ製薬で製造されており、その背後には異世界組織の尖兵であるカルト教団の影が見え隠れしているのだった…。





 とはいえ相手が大企業とあっては、ろくな証拠もなしに突撃するのは愚の骨頂というもの。

 いまだ全貌が見えない侵略組織のこと、どのみちそう易々と尻尾は出すまい。

 となれば…ここは捜査のセオリー通り、まずは地道に足で稼がねば。


《という訳で総員、潜入調査をお願いします。》


 ニャオの指示は至ってシンプルだった。

 まず御丹摩署の巡査六名を三名ずつの二班に分ける。

 班編成は署員達で話し合った結果…


「そ、それではお願いするぜ…しますね、ア・ナ・タ♩」


「なんで俺がお前と夫婦役なんだよ。見た目にも年齢違いすぎだろ?」


「まーまー。コレはコレでオモロいじゃないですかぁ〜♩」


 ちうわけで靖利・熊田・ボン子演じる親子連れ班と、


「こっちもお願いしまーす先輩…じゃなくて、お兄ちゃん♩」


「どっちにしても無理ありまくりだよね…。

 ま、潜入捜査なら僕の十八番だし♩」


「じゃあ行こっか、お兄ちゃん、お姉ちゃん♩」


 見た目的にさすがに夫婦は無理があるので、年の離れた三兄弟という設定の留未・葉潤・セブン班。


《設定は特に重要ではありませんが…コレでまずは街中を徘徊します。》


 そして迂闊に声を掛けてきたドラッグの売人を確保し、洗いざらい吐かせるのだ。

 現在では大抵のドラッグは野放しとなっているため、売人達も堂々と商売をしている。

 声掛け対象も以前のようにあからさまな常習者だけではなく、どう見ても普通のサラリーマンやお友達グループ、果ては家族連れなど、まさに無秩序化している。

 実は単独客よりもグループ客のほうが商売は成功しやすい。

 一人だとさすがに警戒を緩めない彼らも、面子が何人もいれば互いへの信頼感から警戒心も薄れがち。

 そして、最初に話に応じるのは得てしてグループのリーダー格だ。

 つまりソレさえまんまと仕留められれば、他のメンバーも「アイツがOKするなら大丈夫か…」と芋蔓式に釣れるのであーる!


 だがここで注意すべきは、刑殺とは別組織な巡回警備ドローンの存在だ。

 以前のハイエナ型獣人のようにいかにもアヤシイ格好をしていると、すぐに連中が飛んでくる。

 かろうじて一体を始末できても、即座に仲間が群れをなして襲ってくるため、チョロい奴ならその時点でお陀仏だ。

 今回は売人の捕獲が目的のため、アレに出てきてもらっては困るのだ。

 なので刑官達もごく普通の民間人を装う必要があるのだが…


「…なぁオイ、アレって…」「ああ…どう見ても『ポリポリ』だよな?」「サ、サイン貰ってこよっかな♩」


 靖利の姿に目をとめた通行人がヒソヒソ噂している。


「お、おかしいな? ちゃんと変装してるのに…」


 いかにもイイトコの有閑マダム風を装った靖利が首を捻るが、


「当たり前だ。お前みてーなデカ女がそうそう居るもんかよ。明らかに人選ミスじゃねーか」


 熊田に呆れられて、またもやガビーン!?と涙をチョチョ切らせる靖利だった。


「さすがはお姉さま、どこへ行っても人目を惹きまくりですねぇ〜♩」


 などと感心しきりなボン子のほうは、潜入捜査につき特例措置としてHWMの証であるインカムを外している。彼女世代の機体はこれだけで人間とはまるで見分けがつかなくなるのだ。

 もっとも以降の機種については、人間に酷似するのは問題だとする各種団体の抗議を受けて、自然界にはあり得ない髪色や肌色など一見してHWMと判る特徴が盛り込まれているが。


「感心してる場合かよガラクタ、これじゃのっけから捜査失敗じゃねーか…」


「う〜ん、有名人って判った途端にあえて距離を取る人も多いですからねぇ〜」


「すんまへんあたいのせいで…」


 加えて熊田の前だとどうにも意識しまくって、いつもの威勢が喪失しがちな靖利のポンコツぶりも問題だろうか…と思いきや、


「フヘフヘフヘ、そこのステキなご家族さん。占いに興味はあるかぇ?」


 通りがかった雑居ビル脇の小狭い路地に店を構える、マントヒヒ型獣人の老婆が声を掛けてきた。

 文明がどれだけ進歩しようとも、人々の不安や苦悩が解消されることは無い。

 そうした場合にアテにするのは、やはり神だの仏だの御先祖様だのといった、いわゆるオカルトだ。

 よって宗教や占いや、はたまた霊感商法の類いが潰えることは未来永劫あり得ない。

 そうしたモノに少なからず嫌悪感を抱く御仁もあるだろうが、人類の歴史はいわば宗教の歴史であり、決して切り離せない代物である。


「占い師か…売人じゃねぇが、怪しいっちゃアヤシイな。どうする?」


《要は捜査の糸口さえ掴めれば何でも構いません。応じてみてください》


 熊田が小声で通信端末に囁きかけると、すぐさまニャオからの指示が返ってきた。

 ならばと三人揃って頷き合い、


「ではではぁ、お父様とお母様の相性を占って頂けますかぁ〜?」


「コラ待て、捜査にぜんぜん関係ねーだろ!?」


「ま、まぁまぁ…コレはコレで…」


 ナイス質問なボン子と興味津々な靖利に押し切られ、熊田も渋々承諾。


「そうさのぉ…まずはそこな殿方。なんだかんだ言って奥様の美貌にメロメロよのぉ。

 奥様はそんな殿方の優しさと頼もしさにこれまたメロメロだがね。

 よって相性はバッチグーじゃ♩」


 死語連発な老婆の見たまんまな占い?に、熊田はバツが悪そうに明後日を向き、靖利は瞳をキラキラ輝かせ、そんな二人の様子にボン子はニマニマ。


「あと、そこなお嬢ちゃんはHWMよの?」


「ほへぇ…よく判りましたねぇ?」


 一目で自分の正体を見破った老婆に、ボン子は興味深げに身を乗り出す。


「いや何、昔勤めておった場所にそなたと同型のがウジャウジャ湧いておっただけじゃ」


 そんなゴキブリみたいに…。

 これまた占いでも霊能力でも何でもなく、ただの経験論だった。


「あたしと同型のHWMがそんなにいた時期といえばぁ、ここいらだと数百年前になりますけどぉ〜?」


 さすがにそれだけ長寿な獣人は滅多にいない…と思えば、


「あっちはこっちと違って物持ちが良いからの。まだ現役の機体も多いんじゃないかぇ?」


 真昼間でも頭上にハッキリ見える月を、老婆は懐かしそうに見上げている。

 と、いうことは…


「ああ。私は元々あっち生まれじゃよ」


 なんと、世にも珍しい月面から地球への移住者だった。

 彼女いわく、月面世界は現代社会でいうところの共産主義に近く、身分の差はなく食事や生活物質はすべて配給、通貨はネット上のポイントのみ…と、聞きようによっては理想郷にも思える魅力を感じる。

 こういうと実際には人権蹂躙の温床なのでは?と勘繰ってしまうが、むしろ人材は貴重な働き手として手厚く保護され…それ故に彼女には息苦しかった。

 犯罪も戦争もなく、来る日も来る日もノルマ達成のためだけに同じ日常を繰り返す、いわば「停滞しきった世界」…。

 何ともやるせないが、自分自身ではどうすることもできない現実…。

 たとえどんなに恵まれた世界であろうと生き辛さを感じてしまう人間というのは、常に一定数存在するものだ。


 やがて彼女は、まだ見ぬ地球に憧れを抱くようになった。

 獣人という名の魑魅魍魎が跳梁跋扈し、常に争いが絶えない阿鼻叫喚の地獄絵図。

 到底、人が住めた世界ではない…と誰もが悪いイメージばかりを口にするが、それが彼女にとってはたまらなく刺激的に思えた。

 そして、そんな地球に実際に降り立つことができる唯一の方法である『親善特使』を目指し、がむしゃらに仕事に明け暮れた。

 …晴れて念願叶って地球への特使の一員に選考された際、遺伝子改造を受け獣人化。

 周囲の者には変わり者と揶揄され、なかにはあからさまに侮辱する者までいたが、いずれそんな連中とは無縁の世界へ向かうのだと思えば気にもならなかった。


 そして降臨(月から地球に降下すること)。

 無事に特使としての務めを果たした彼女は、そのまま月社会に別れを告げ地球上に残った。

 月への部外者の移住は事実上不可能だが、逆は希望すれば可能なあたり、月面側がいかに地球側を軽視しているかの表れともとれるが…

 ともあれ、彼女はこうして地球に棲まう獣人の仲間入りを果たしたのだった。


「…まさかこんなに近くに月の人がいるとは思いもしませんでしたぁ〜♩

 色々お訊きしてもよろしいでしょうかぁ〜?」


 かつて離れ離れになった家族が移住した月。 そこからやって来たという老婆にボン子はすっかり釘付けだが、


「今は仕事中だぜガラクタ。そういう話は後で気が済むまでやってくれ」


 と熊田は釘を刺した上で(誤解されかちだが、これも彼なりの気遣いなのだろう)、


「だがまぁそんなら話は早い。

 婆さん、俺達は刑殺官だ。こういう厄介なクスリを扱ってる連中を追ってる」


 あっさり自分達の正体を明かして捜査への協力を仰いだ。それなりに信頼できる人物と踏んだのだろう。

 熊田が差し出したドラッグのパッケージを一瞥した老婆はフンッと鼻を鳴らし、


「ソイツなら、此処に出入りしてる連中が持ってるのを見たことがあるさね」


 と、背後の雑居ビルを顎で指した。


『マジか!?』


 いきなり当たりくじを引いたらしい。

 興奮して仲良く身を乗り出す熊田と靖利に、老婆は若干狼狽しつつ頷き返し、


「ソレは私らにとっては何の変哲もない精神安定剤さね。不眠症に効果がある、一種の睡眠薬として普通に出回っておった。

 地球に来てから初めて知ったが、クスリ慣れしとらん獣人達にとっては効き目が強すぎて幻覚効果が…」


 実に興味深い話ではあるが、


「ンなこたぁこの際どうでもいい。

 ソイツを持ってる連中は、此処で何をしてるんだ?」


 すると老婆はニヤリと笑い、


「表向きは自己啓発ゼミナールとか謳っとるがの…ありゃあどう考えても宗教さね。

 夜な夜な妙な念仏がここまで聞こえてきよるし…ただの自己啓発なら、そんなクスリなんざ必要ある訳ないさね」


「…ドンピシャだな。ありがとよ、婆さん!」


 すぐさまビル内へ乗り込もうとする熊田と、慌ててその後を追う靖利だったが、


「さぁて…私はそろそろ潮時さね。最後に面白い話もできたから、お代はサービスしとくよ」


「もうお会いできないんですかぁ〜?」


 老婆がそそくさと店を畳もうとするのを見て、別れを察したボン子が残念そうに尋ねる。


「あんな連中を敵に回したら、何されるか分かったもんじゃないからね…」


 店じまいを進めつつ、老婆は遠い目をして、


「私ゃもうずいぶん長いこと此処で商売やってきたんだ。面白い知り合いも増えたし、それなりに思い入れはあるけどね…。

 ここ最近じゃあんな妙な連中が蔓延るようになったせいで、すっかり商売上がったりさね。

 せめてもの仕返しと言っちゃあ何だけど、あんた達のお役に立てたなら何よりだよ」


 などと口では言いながら、老婆は懐から取り出したスマホのチャットアプリを素早く立ち上げて、ボン子と要領よくID交換してはる。

 メッチャ手慣れてる上に、登録フレンド数も尋常じゃない。どうやらアフターフォローもバッチリな優良店らしい。


「ではでは〜、後ほどじっくりお話しさせて頂きますねぇ〜♩」


「お嬢ちゃんの同型機は昔の職場に大勢おったが、お友達は初めてじゃのぉ。

 なにしろ会話がブッ飛んどるイカレたのが多くて、まともにコミニュケーションが取れんかったからのぉフォッフォッフォ♩」


 何かと逸話に事欠かないヘボミシリーズの功罪がこんなところにも…。

 かくいうボン子も普段の行動を見る限りさほどマトモとは思えんが、まぁチャットだけなら実害もなかろうて。





 一方の葉潤班はといえば…


「あっ、アレ可愛い! お兄ちゃん、買ってください♩」


「買わないって! なにナチュラルにたかってんの!?」


 てな訳で、売人に目をつけられるまではテキトーに街中をうろつこう。

 せっかくだからまだ都会に不慣れな自分に観光案内してくれと留未がせがむので(上京後はずっと留置所にブチ込まれてたからね)、うっかり了承してしまったのが運の尽き。

 街中の露店に所狭しと並べられたアクセサリーに手を伸ばす留未を無理やり押し留めようとする葉潤の隣で、


「じゃあボクはこっちがイイかな?」


「『じゃあ』じゃないっ!…あ、でもそれくらいなら…」


「ってなんでクソチビのはオッケーであたしのはダメなんですかっ!?」


「…なんかお姉ちゃんて、ボクにはやたら厳しくない?」


「うん、年下にはキョーミ無いし」


「キョーミ無いってだけで頭吹っ飛ばしたりしないでよ。あれくらいじゃ死なないけど痛いことは痛いんだからね?」


 傍目には肉体年齢も過激さもどっこいどっこいな留未とセブンの救いようのないやり取りに、


「たかるならせめて値札見てからにしてよ。だいたい、そんな安物リングになんの使い道があんの?」


「あらまー失礼ね!? ウチのはみ〜んな正規ルートで仕入れた極上品よ!」


 葉潤の意見にカチンときた、ちょいオネエ入ったちょいマッチョなロバ型獣人の店主が言い返すも、


「そんな正規品が露店になんて並ぶ訳ないだろ?」


「んまぁー失礼で憎いアンチキショウねっ!?」


 口の減らない葉潤が火に油注ぎまくりで、ますます収拾つかない騒動に。


「ちゃんと使い道ありますよぅ。ホラホラ、こうすれば攻撃力アップ♩」


 まだ支払いが済んでないリングを左手の薬指にハメてご機嫌な留未だが、


「キミの左手は最初から攻撃力MAXでしょ。ゲームアイテムじゃあるまいし、それならまだメリケンサックのほうが…

 …てゆーかよりにもよってなんでその指!?」


「あっるぅえ〜? なんかもぉ外れませーん♩」


 コイツ割りかし計画的やな…。


「鹿取社長が作ったご飯が美味しいからって朝っぱらから食べすぎるから、太ったんじゃない? おっぱいには全然脂肪が行かないのに」


「ムッキャアーッ!? も〜怒った! 買ってくれるまで絶対外さないもんっ! だから買って買って買ってぇ〜〜〜〜っ!!」


 相変わらずデリカシーゼロな葉潤のツッコミにブチキレた留未は、顔を真っ赤にして駄々っ子モードに。てかキレるの早っ。

 これには幼馴染の靖利も散々手を焼いてきたが、オトナな葉潤は冷静に、


「仕方ない、指ごと切り落とそう。どーせすぐに生えてくるでしょ?

 洗えばまた売れるから、アンタも文句ないだろ?」


 いやオトナ過ぎぃーっ!?なZ指定発言。


『怖ッ!?』


 揃って青ざめる留未と店主。


「いやいやアンタ達兄妹なんでしょ!? だったらもっと仲良くしなさいよっ!」


 急にオネエ染みた店主に葉潤はいけしゃあしゃあと、


「いくら兄妹でもケジメはちゃんとしないとね。体罰は肉親ならではの特権だから♩」


「無ぇわよンな特権! DVで訴えたろかい!?」


「ベッドの中では優しいのに…お兄ちゃんのイ・ケ・ズ☆」


「…今夜はその洗濯板、アバラごと引っ剥がしていいかい?」


「イヤァーッ乱れてるっ、乱れまくりよこの兄妹!? X指定方向にもZ指定方向にもっ!!」


「あふんっ。猟奇的なカレシ♩」


「だからなんでそんな嬉しそうなの? カレシでもないし」


「猟奇的にも限度があるわよっ!!」


 …てな塩梅で、賑やかすぎることこの上ない珍集団にわざわざ声を掛ける売人などいるはずもなく、予想外に苦戦していた。


「しょうがない…ニャオちゃん、経費で落としといて」


《落ちませんよ。明らかに捜査とは無関係な私物ですし。》


 通信端末越しに陳情するも、ニャオは相変わらずな塩対応。


「なら落ちるようにしよう。

 おいアンタ、僕らはこういうモンだけど」


「んなっ…け、刑殺…!?」


 どこいらへんが潜入捜査の達人なのか知らんが、急に態度が豹変した葉潤が刑殺手帳を提示してみせると、店主はあからさまに動揺し始めた。


「な、何も悪いコトなんかしてないわよ? ウチは優良で健全な商売を心掛けて…」


「この店、許可取ってる? ここの路地は治安が悪いから出店禁止区域になってるはずだけど?」


「ぅぅっ…」


 口ごもった店主はしばらく視線を彷徨わせた挙句、


「…見逃してくれたら、イイコト教えてあげるわよ?」


「へぇ? 『イイコト』の内容にもよるかな」


 すると店主は表通りに面したとある雑居ビルを指差して、


「あそこのビルん中で、な〜んかアヤシイ商売やってる連中がいるのよぉ…!」


「お宅よりも?」


「ウチは商売自体は健全なのよ、一緒にしないでちょーだい!

 …最初は自己啓発ゼミとか何とか言ってたんだけどね。夜通し客足が途絶えないし、な〜んかアヤシイお経?がここまで聞こえてくるコトあるし…アレは明らかにカルトね」


「…ほほぉ?」


 興味深げに身を乗り出す葉潤に気を良くした店主はさらに、


「皆な〜んか死んだ魚みたいな腐った目をしてフラフラ吸い込まれるようにしてビルに入ってくから、もぉ〜気持ち悪くって…最近じゃ暗くなる前にお店畳んじゃうから、身入りが悪くて困ってるんだけどさ…

 一度だけ、見ちゃったのよぉ!」


 散々どーでもいい愚痴を聞かされた後、彼はようやく本題を切り出した。


「辺りがすっかり暗くなった頃に、あのビルの裏口に小型の貨物トラックが停まってね…。

 二人がかりでやっと持ち上げられるようなクソ重たそうな金属製コンテナを荷台から下ろした男達が、えっちらおっちら中に入っていったのよ…!」


 ふぅむ…何らかの業者ならパンフレットくらいは用意するだろうから、荷物の運び込み程度なら別段おかしくはないが…人目をはばかってわざわざ金属製コンテナなんて使うあたり、確かに怪しい。


「その車は運送業者とかの?」


「絶対違うわよ。荷台には業者名も何も書いてなかったし、白ナンバーだったし…」


 ますます怪しい。そんなかさばる荷物を運ぶのに、今どき運送業者を使わず自前で御来場とは。


「でもコンテナに描いてあったマークがチラッと見えて…『マチルダ』で間違いないわね!」


「『マチルダ』…『マチルダ製薬』?」


「それ以外ないでしょ。だから憶えてたのよ。自己啓発におクスリが必要だなんて、聞いたコトないもの!」


 と自信満々に応える店主を見て、葉潤たち三人は互いに頷き合った。


「売人さんじゃなかったですけど…」「ようやく当たりだな…!」「早速行ってみる?」


 その前に…と葉潤は再び通信端末に向き合い、


「ここの出店くらいは認めてやってもいいだろ?」


《構いませんよ。というか違法店舗の摘発などという取るに足らない仕事は本来、警備ドローンの管轄ですし。刑殺は知ったこっちゃありません。》


 ハメられた!と店主は愕然。


《ですが私物購入はやはり経費とは認められません。》


「やれやれ…了解。

 という訳だから、コレぐらいサービスしてくれるだろ?」


 パチリとウインクする葉潤に、店主も渋々頷き返した。


「てゆーかそこは自分で買ってやる、くらいの甲斐性を見せてくださいよ…」


「不満なら指ごと返品してもいいんだよ?」


「あっ要ります要ります!」


 慌てて左手薬指のリングを覆い隠す留未を見て、葉潤は思わず苦笑した。


「ねぇねぇ、ボクには何かくれないの?」


「ちゃっかりしてるわねぇ〜このおチビちゃんは!? 何でもいいからとっとと持ってって!

 今日はトコトンついてないから、もう帰る!」


 お言葉に甘えて商品を物色し始めたセブンを尻目に、店主はテキパキと店じまいを進めつつ、


「あっそれと今の話、ウチが言ったってことは…」


「解ってるよ。貴重な情報ありがとさん☆」


 思えばずいぶんお気の毒な店主をねぎらいつつ、眼前にそびえる雑居ビルを見据える葉潤だった。





「んで、結局合流しちまうんだな…」


「ま、薄々予想はついてたけどね…」


 正面入口から正々堂々突入した熊田班と、裏口からこっそり侵入した葉潤班は、二階へと続く階段の踊り場で鉢合わせた。

 四階建ての古びたこの雑居ビルは、二階以上へ昇るにはこの階段を使うしかなく、エレベーターは故障中、外部の非常階段も朽ち果てて崩落していた。

 さほど広くもないようだが、案内板等は無いため屋内の勝手が判らない。


「そのなんちゃらゼミってのは何処でやってんだ?」


「大概、最上階って相場が決まってるでしょ。部外者を近づけないためと、脱走者を逃さないためにね」


 さすがは場数を踏んできた葉潤なだけに説得力がある。

 その後ろでは靖利や留未も仕入れた情報を交換し合っていた。

 マチルダ製薬の社員と思しき者達が、金属製のコンテナを直々に運び込んでいた。

 その中身は恐らく、カルト教団の主な収入源である違法ドラッグ。

 それは月面に住まう人間にとっては単なる精神安定剤だが、地球上の獣人には効果テキメンな麻薬として作用する…。


「つーことは…月で使うための薬を、わざわざ遠く離れた地球でこさえてるってことだよな?」


「しかも違法を承知でね。なんでだろ?」


 首を捻る靖利と留未に、


「う〜ん…月では原材料が入手できないからとか、月面では物理的・化学的に調合不能だとか、人件費が安く上がるからとか…色々理由は考えられますけどぉ〜?」


 とボン子がいくつか理由を列挙すれば、


「月の情報って、ネットでは何も検索できないんだよね。地球こっちの情報も(月)では同じらしいけど…」


 いち早く地球の生活に慣れるため、日頃から情報収集に勤しんでいるセブンが不満げに口を尖らせた。

 もちろん独自に月面世界を調査研究している非公式サイトは多々あれど、どれもこれも憶測の域を出ない不確実な情報ばかりだ。


「連中が地球との定期交流に訪れてる最たる理由も、案外コレなのかもな…」


 熊田が言う通り、両世界の交通手段としては現状ではソレしかあり得ない。

 地球と月の間に築かれた『軌道エレベーター』を利用するのだ。

 エレベーターといっても物理的に繋がっている訳ではない。

 まずは両者の成層圏(月面も現在テラフォーミングにより大気が存在し、地球上とほぼ同様に呼吸が可能だ)まで専用の大型シャトルで上昇し、赤道上の数カ所に築かれた中継ステーションにドッキング。

 そこからは便宜上ゴンドラと呼ばれる事実上の宇宙船に乗り込み、両星間に定期的に配置された誘導ビーコンからのレーザービームガイダンスに導かれて、約三十八万キロの距離を数日かけて往来するのだ。

 自力で飛行する必要がある従来の宇宙船よりは手間が掛からず安全性も高いが、おいそれとは利用できないほどのコストを要するのは想像に難くない。


「そんな代物を使ってまで欲しがるだなんて…本当にただの精神薬なのかな?」


「あのお婆さんが嘘をついてるようには思えなかったですけどぉ…あるいは彼女達も知らない用途でもあるんでしょーかぁ〜?」


《成分分析の結果、獣人にとっては一種の幻覚剤や興奮剤として作用するだけで、従来のドラッグほどの常習性もなく比較的安価で優良なクスリと言えます。》


 葉潤の疑問にはボン子とニャオが続け様に答えたが、やはり決め手に欠ける。てゆーか終いには薬効を褒めちゃってるし。

 …などとやりとりしつつ三階まで昇ってきたところで。


「…待て。」「なんだお前らは?」


 四階へと続く階段の昇り口にいた、仁王像のように筋骨ムキムキな二人組のドーベルマン型獣人に呼び止められた。

 やはりゼミは最上階で行われているらしい。しっかり警備員まで配置して。


「ここから先はゼミの受講生以外は立ち入り禁止だ。」「案内状か入会届を提出するが良い。」


 双子なのか、まさに阿吽の呼吸だ。もう一匹いるか三本首ならケルベロスを名乗れそう。

 いまにもはち切れそうなピチピチの黒いスーツにグラサン姿で、威圧感が半端ない。

 たぶん他の受講生にはもう少し愛想が良いのだろうが、あからさまに不審な刑官六人組にはメッチャ警戒しているようだ。

 しかしこちらも猛者揃い。二対六なら力尽くで強行突破することも可能だろうが…下手して証拠隠滅でもされたら潜入捜査の意味がない。

 とはいえ、誰もそんな書類を都合よく持ってるはずが…


『コレでいいですかぁ?』


 なんと、ボン子と留未が揃って案内状と入会届を提出。


「…大変失礼しました。」「どうぞお通りください。」


 ソレを見るなり急に礼儀正しくなった仁王犬達は、サッと道を開けてくれた。

 よくわからんが、とにかく助かった。


「…二人とも、よくそんなの持ってたな?」


 階段を昇りながら小声で尋ねる靖利に、ボン子と留未は揃って、


「ビルの入り口に置いてありましたよぉ?」

「何かの役に立つかもって持ってきて正解だったね♩」


 フツーに置いてあったんかい。

 しかも二人以外は誰も気づかんかったんかい。捜査以外のコトに関心なさすぎ!

 タダで配ってるモノはとりあえず貰っておく、庶民感覚あふれる彼女達の勝利である。

 …とかやってるうちに四階に到着。

 この階は他階とは構造が異なり、階段を昇り終えてすぐの位置に金属製のゴツいドアが一枚だけ。他に通路はない。

 それとなく周囲を見回すが、防犯カメラの類は見当たらない。とはいえセキュリティーが甘い訳でもなさそうだが…


「ドアも開いてるな」「入ってもいいんじゃない? さっきチェックは通過できたんだし」


 示し合わせて熊田と葉潤がドアをくぐれば…中は大広間になっていて、誰もいなかった。

 照明は点いておらず、窓から射す陽光だけがフロアをぼんやり照らしている。

 広々とした空間に、天井を支えるために等間隔に居並んだコンクリート製の支柱が、さながら神殿のような荘厳な雰囲気を醸し出している。

 怪しげな物はおろか、物を隠せそうな物陰すら無い。


「参ったな…これじゃ何も隠しようが無ぇぞ?」

「他のフロアに置いてるのかな?」

「んにゃ、この階の部屋は構造的にここだけだろ?」


 お目当ての金属製コンテナを探して室内を見渡しつつ、室内に踏み込んだ途端…

 ゴォーンッと重々しい金属音を立てて背後のドアが閉じた。


「ありゃ、閉じ込められちまったぞ?」

「念のため、誰か外に置いとくべきでしたかねぇ〜?」


 靖利とボン子が今さらのように呟くが、


「あ、それダメ絶対。映画やゲームだとパーティーがバラけた途端に殺られちゃうし」


 ゲーム脳な留未がすぐさま却下。確かに戦力の分散には実際なんのメリットも無い。


「それに…どうやらおとなしく帰してくれる気はなさそうだよ?」


 セブンが警戒を強めながら頭上を見上げたので、皆も同様に天井に目をやれば…


「クックク…ようこそ此処〜へ♩

 御丹摩署の諸君。」


 天井に貼り付いていたヤギ型獣人がデ◯ラー総統のような不敵な笑いと共にこちらを見つめ返してきた。

 正直、マジビビった。どうやってるのかは知らんが根性で貼り付いてるらしく、なんかプルプルしてるし。

 放っとくとメンドっちいことになりそうなので先手必勝で叩き落としても良かったが、すこぶるカッコ悪い登場の仕方に免じて降りてくるまで待ってやろう。

 …とか思ってるうちにさっき階段で遭ったドーベルマン兄弟までのっそり部屋に入ってきたし、やっぱりメンドイことになった。





「…なんで僕らが御丹摩署員だって判ったんだい?」


 葉潤の素朴な疑問に全員ハッとする。

 よほどの刑殺オタクでもない限り、こちらが名乗りもしないうちから何処の署員かなんて判りもしないし気にもしないだろう。


「フッ、知れたことよ。

 …その前に、ちょっと降ろしてくれる?」


 ヤギ型獣人は真下に居並ぶドーベルマン兄弟に懇願して、天井からおっかなびっくり降ろして貰ってる。

 どーやってそんなトコに昇ったかは知らんが自分でやったんだろうに…なんで独りで降りられないのか? ますますカッコ悪っ。

 そういやよく崖っぷちで立ち往生してるヤギを救出する模様をニュース等で見かけるな…。

 そして無事に床に降り立ったヤギ型獣人は、こちらをビシィッと指差して、


「…フハハッ、知れたことよ! そこなデカい女…貴様アイドルだな!?」


 あ、仕切り直した。そしてやっぱソレでバレちゃいますか。


「しかもその他のポリポリメンバーも全員揃っとるじゃないか♩

 …あいや、私がイチオシなニャオたんがいないのはちと残念だが…」


《ファンだったようです。》


 どこぞの日和アニメで聞いたよーなパクリゼリフと共に、ニャオまでわざわざホログラムで出てきちゃったよ。ファンサービス過剰だろ。


「のほっ、きかなきかな♩

 とゆーことなのでサインください☆」


「あ、はぁ…」


 サインをねだられて断る訳にもいくまい。新人アイドルは最初が肝心だからな。

 靖利達は渋々ヤギが差し出した手帳にサインを書き込む。

 ニャオまで何処ぞからのレーザー照射でサインを焼き付けている。そんな芸当も出来たんかい。


「…で、お宅が教祖かい?」


「ぬ? い、いや、我らはただの怪しいゼミで…」


 皆のサインを貰ってホクホクだったヤギ型獣人だが、葉潤の指摘にあからさまに動揺して、自らアヤシイって認めちゃった!


「今さら誤魔化さなくていいよ。つい先日、似たようなヤギ顔の教祖がいたカルト教団をブッ潰したばかりだし」


「ほぉ、我が弟を屠ったのは貴様だったか?」


 葉潤に向ける彼の視線が険しさを増す。


「ああ、そいつは悪いことをしたね。けどこっちも仕事なんでね」


「…ククッ、まぁ良い。貴様一人に束になってかかっても敵わなかった彼奴らの単なる力不足よ。

 所詮、奴は我ら四兄弟中では最弱…」


「はいテンプレゼリフ乙。

 てことはお宅の他にまだ二教団あって、お宅よりかはいくらか歯応えがありそう…ってことかい?」


「ムゥッ、何故それを!?」


「いや今自分で言ったばかりでしょ?」


 四天王だの十二神衆だのが出てきたら、とりあえず一番弱い奴から張っ倒していくのはバトル漫画の常道である。


 ドッと疲れた顔で溜息をつく葉潤に、熊田も同情気味に苦笑して、


「なんだかずいぶんバカっぽい奴だな。ドタマにツノ生やしてる分、脳みそ足りてねーんじゃねぇか?」


「それだと鹿取社長も同じってことに…あ、なんか納得」


 満場一致で禿同な、失礼にも程がある御丹摩署員達。

 今まさに社長が急にくしゃみを連発して鼻水垂らしてる光景が目に浮かぶようだ。


「というか…ここにいるのはお前達だけか?

 信者はどうした?」


 熊田の指摘に靖利達も改めて室内を見回すが、やはりヤギ教祖とドーベルマン兄弟の三人のみ。


「クッククッ知れたことよ。貴様らが来ると知って貴重な金ヅルをわざわざ残しておくこともあるまいて…」


 フム…やはりどういう訳だか捜査情報が漏れているらしい。

 ムダな流血を避けるだけ先日の教団よりかはマシかもしれないが…やはりカネ目的で信者を集めていたのか。


「そいつは殊勝な心掛けだがよ。俺達をたった三人でどうにかできるとでも思ってんのか?」


 熊田の言う通り、こちらは精鋭揃いの御丹摩署フルメンバー。数の上でも能力的にも連中のほうがはるかに部が悪いはず…


「クッククッ、何人来ようがどうとでもなるわ…コレさえあればな!」


 教祖が誇らしげに掲げたのは…先ほどポリポリ全員でサインした、あの黒革の手帳。

 まさか…と嫌な予感を抱いた靖利が、先手必勝で飛びかかろうとするが、


「クソッ動けねーぞ、どうなってんだ!?」


 物理的には何の拘束も受けていないはずなのに、指一本動かせない。


「うわホントだ!?」「マズくないコレ!?」


 慌てて確認したセブンと留未も同様に微動だにできない。


「あやや、あたしまで動けませぇ〜んっ!?」


 なんと、獣人だけではなくHWMのボン子まで封印されていた。アンドロイドとはいえ機構的には人間を模しているため、より精巧になればなるほど同様に扱われてしまうらしい。


《…なるほど。どうやらあの手帳に署名した者は行動制限を受けてしまうようですね。》


 わざわざ顎に手をあてて考え込むニャオの解説を補足すれば、手帳自体のカラクリというよりはこれが教祖の能力らしい。

 しかも、ポリポリメンバーは刑殺官ということもあって全員本名で活動している。

 …つまり『真名まな』を知られてしまうと、術の効果はより強力になるようだ。

 思えば、ファンとはいえ敵にサインをほいほいくれてやったあたりから既に皆おかしかった。あの時点で何らかの術に掛けられていたのだろうか?


「俺達はサインしてねぇから当然動けるが…」

「これで一気に三対ニか…確かにピンチかもね」


 自由が効く熊田と葉潤には、ドーベルマン兄弟がそれぞれ対峙する。見た目にも教祖よりは手こずりそうだ。


「加えて、こちらには『人質』もいるからねぇ…クックククカカッ!」


 勝ち誇る教祖の下卑た笑い事に合わせ、ドーベルマン兄弟が部屋の外から引っ張ってきたのは…


「…チッ、私としたことがドジ踏んじまったねぇ」

「ヒィッ、言うこと聞きますからコワイことしちゃイヤァ〜ンッ!」


 ヒヒ型獣人の占い師と、露天商のオネエロバ!


「お婆ちゃん!? どぉして…」


「悪いねぇ。あんた達なら大丈夫だと思ったけど、気になって様子を見に来たらこのザマさ」


 驚くボン子に頭を掻く占い師の隣では、


「ウチはフツーに逃げてたのに捕まっちゃったわよぅ!? 自宅の場所までバレてたし、いったいどーなってんのぉ!?」


 露天商がパニクってヒスを起こしている。

 単に刑殺に口を滑らせただけで捕まえるとは、異様な執念深さだ。


「おいおい、ますますテンプレ悪人っぽい真似してくれてんじゃねーか?」

「あるいはお宅もグルだったかと勘繰って悪かったね」


 葉潤が言うように、ここへ署員達を案内したのはこの二人だが、しっかり捕まってるのを見るにどうやら教団とは無関係だったらしい。

 それにしても、ほんのつい先刻の出来事だったのに…ずいぶん手際が良すぎる連中だ。


「クッカカカカッ、これでもう手も足も出まい!?」


 勝ちを確信して高笑う教祖だったが、


《確かに手足は出せませんが、ビーム照射ならなんとか。》


 チュインッ! ニャオの反論に合わせて、教祖が手にした黒革の手帳が突然燃え出した。


「ぅ熱ちっ!? なんなん何だとぉうっ!?

 貴様ッ、何故まだ動けるっ!?」


《私の署名は肉筆ではなくデジタル署名です。

 加えて…本名ではありません。》


 慌てて手帳を放り出した教祖に、ニャオは律儀に解説した。

 手帳が燃えても靖利達はいまだ動けないまま…すなわち前述の通り手帳自体にカラクリは無く、被術者自身が術者に真名を伝えることで一種の洗脳状態に陥ってしまうようだ。

 そして『ニャオシステム』はあくまでも刑殺管理システムの呼称であり、ニャオ自身の名前ではない。

 以前ボン子について説明したが、日本国憲法によれば高度な知能を有する生命体は、たとえ人工物であっても一個人と見做し人権が認められる。

 それはニャオについても同様であり、れっきとした氏名を所有しているのだ。

 が、デジタル上の存在であるニャオにとって本名を知られることは、言うなればパスワードがバレてしまうことと同義であるため、極々限られた人物にしか公開してはいない。

 つまり…


《これで三対三。形成逆転ですね。》


 ドーベルマン兄弟は葉が立ちそうだが、ヤギ教祖には大した戦闘力はない。

 一方こちらは熊田と葉潤というベテランに加え、実体を持たないため攻撃のしようがないニャオまでいる。

 しかもあちらは下手に人質をとってしまったため、それを拘束しながらマトモにやり合うのは不可能だ。

 ガザ地区のいざこざを見れば判る通り、人質外交なんてものは双方が睨み合いを続けたまま身動きがとれなくなり、戦闘がムダに長引くだけの愚策に過ぎない。


《という訳で、お待ちかねの状況開始です。》





 幾分ややこしい自体に陥ったので乱戦が予想された今回だが…

 まずは教団側が、せっかくとった人質をあっさり解放。というか放置。同人数の戦闘では足手まといになるだけだし。

 どうやら敵サンは威勢を張るほど場数を踏んではいないらしい。

 呆気にとられた占い老婆とオネエ店主だったが、すぐに刑殺側に逃げ込んで、動けない靖利達をバリケード代わりにして身を潜めた。

 これで俄然こちらが有利に。


 で、まずはドーベルマン兄弟。この二人は熊田と葉潤がそれぞれ担当。

 さすがに双子で息もピッタリ。ただ単に動きをシンクロさせるだけではなく、時折ピンチになった相方を助けに入ったり、互いに入れ替わって対戦者を撹乱させたりといった味な真似を仕掛けてくる。

 だが、それが彼らの弱点でもある。なにしろ見分けがつかないほどなのは容姿だけではなく、格闘技のスタイルや腕前までもがソックリそのままなので、いわゆる量産型を相手にしているのと同じなのだ。

 対して刑殺側は熊田・葉潤それぞれがニュータイプ級の大ベテラン。しかも戦闘スタイルは大きく異なりつつも双子並みに呼吸を合わせ、熊田は圧倒的な力技で、葉潤はスピードと小回りの良さで双子を翻弄し、ジワジワと部屋の片隅に追い詰めていく。


「ぬぐぅ…もはやこれまで…!」「無念…!」


 と、同じタイミングで懐から刃物を取り出した双子に、熊田と葉潤は同時にその場から飛び退いて回避。

 しかし、その刃先がこちらを襲うことはなかった。

 二人は固く握りしめたその刃物で…互いの胸を刺し貫いたのだ。


「我ら二人…」「死に場所も同じなれば本望…っ!」


 最期は最高の笑顔を交わし合って、二人は同時に果てた。

 相手とは徹底して己の拳のみで語らい、凶刃はあくまでも自決用…。


「サムライだったな…」「実に潔い散り際だったね…」「…あの世でも仲良くやんな」「どうせ行き先も同じだろうしね」


 敵ながらアッパレな双子の死に、熊田も葉潤も珍しく合掌を送ったり

 何故にこのような好人物達が、これほどまでに下衆い教団に加担していたのか定かではないが…そこはまあ人それぞれだろう。


 さて、残るはヤギ教祖のみ。

 とはいえこちらは安心して見ていられる。

 なにしろ敵の一人相撲なのだから。


「ぅお〜のれおのれニャオシステム!? 当たりもかすりもしないとは卑怯千万!」


《貴方に罵られる義理はありませんが、確かにイージーモード過ぎますかね。》


 何度も言うようにニャオには実体が無いので、教祖側には何の攻撃手段もない。

 対するニャオは相手が何処にいようと、虚空からのレーザービームで的確に狙い撃ってくる。

 それを紙一重でかわすだけで教祖は手一杯だが、動きを止めれば確実に殺られる。


「アレはあたし以前のシリーズの攻撃手段のパクリですかねぇ〜?」


《貴女に出来る大概のことは私にも可能ですから。》


 現在では直接目からビームを放つボン子だが、彼女以前のシリーズ機はニャオのように衛星軌道上の攻撃衛星にアクセスし、そこからのビーム照射を行っていた。


「でもアレ、なんでか偉い人に怒られて使用禁止になっちゃったんですよねぇ〜?」


 加えて技術の進歩でレーザービーム照射装置が軽量小型化できた恩恵もあるが、高出力な衛星の威力に比べればパワーダウンは否めない。それでも対人用としては十二分な破壊能力を誇るが。


《どこの国の攻撃衛星だろうと無断でハッキングするからですよ。私は正規の手段で使用申請を行なっています。》


 元々の攻撃衛星のビーム照射は、広範囲を一気に焦土と化すことを想定しており、チョコマカ動き回る標的をちまちま精密射撃することには本来不向きである。

 また今までは原理上、軌道上からの垂直方向にしか照射出来なかった。

 だがニャオの場合は複数機の衛星や街中のリフレクター…つまりは鏡等の反射材を巧みに組み合わせ、たとえ死角にいる相手だろうとピンポイントで狙い撃つことが可能なのだ。


《つまり、私の場合はその気になれば建物ごと貴方を蒸発させることも可能です。被害が甚大すぎるので今回は行いませんが。

 あの兄弟のように潔く負けを認めたほうが無慈悲で凄惨な最期を遂げずに済みますよ?》


 物騒すぎる最後通牒を突きつけるニャオに、どのみち負ければ処刑されるしかない教祖は負けを認める訳もなく…


「クカカッ今に見てろよ! この私の窮地を"あのお方"が捨て置かれるはずもなかろう!?」


《…口が滑りましたね。やっぱり黒幕がいるようですね?》


 この機を逃さず畳み掛けるニャオに、教祖はしまったと青ざめつつも、


「ムグゥッ!?…し、しかしここで私を殺せば、それが何処の誰だか不明のままになるぞ?」


《ではお答え願えますか?》


「言うわけがなかろう!? 答えた途端に消し炭にされるに決まっておろうが!」


《…やはりご理解頂けませんか。たとえ貴方に毛頭答える気がなくとも、いずれ口を割りそうな者を"あのお方"なる御仁がこのまま放置しておくでしょうか?》


「んな…っ!?」


 教祖は弾かれるように虚空を仰いだ。

 以前、何者かにそそのかされて凶行に及んだシャチUFOこと織家小蘭華おるかおらんかも、突然上空から降り注いだ高出力ビームによって一瞬で始末された。

 と、いうことは…教祖はやはり同じ相手を恐れているに違いない。


《まぁそのような存在に依存せずとも結果は変わりませんが。》


「なっ…」


 慌ててニャオに視線を引き戻した教祖の背後から…ピュインッ!

 ビルの窓を突き破って彼の後頭部を直撃した極細ビームが、脳みそを焼き切って眉間に風穴を穿ち、反対側の窓から再びビル外へと通過していった。

 ヤギ教祖はしばし全身をピクピク痙攣させた後、マネキン人形のようにバタンッと床に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。

 と同時に靖利達の拘束も解け、てんでに動き始めた。


《…状況終了。》


 あっけないといえばあっけない幕切れだが、世の中得てしてそんなモン♩

 事務方のニャオがここまでチートに闘えるのは誰にも予想外だったが。


「っていいのかよ、敵の口を割らせないまま殺っちまって?」


 呆れる熊田にニャオは平然と、


《どのみち彼らは詳細はなにも知りません。一連の事件と同一の黒幕が動いていることさえ確認できれば結構です。

 あとは…ここに運び込まれたという例のクスリさえ入手できれば。》


 そうだった。いちばん肝心なことをコロッと忘れていた。


「さすがに他階ってことはないだろうけど…この最上階、他に部屋は無さそうだよね?」


 フロア全体をくまなく見渡した葉潤が首を捻る。


「ということは…どこかに収納スペースがあるってことですよね?」


「そゆこと。留未ちゃん解る?」


 問われた留未は、先輩からの初依頼とばかりに顔を輝かせて、


「うん、だいたい。」


 なんですと!? 誰にも解けない難問かと思いきや、予想外の回答に皆が色めき立つ。

 すると留未は得意満面にピンっと人差し指をおっ立てて、


「あたし達がこの部屋に入ったとき…教祖さんは何処に居ましたか?」


 …天井にへばり付いてたな、そーいえば。


「人は隠し事をしようとするとき、よせばいいのにわざわざ隠し場所の周辺をうろつくもんなんです。それも著しく不自然な形で。

 昔、あたしにナイショでちょっとエッチな漫画をこっそり読んでた靖利ちゃんもそうでした。急にお部屋の模様替えをしたと思ったら、見慣れない戸棚の陰に…」


「ぅわ〜〜〜〜っどさくさに紛れて何バラしてんだお前わっ!?」


 真っ赤な顔で慌てふためく靖利だが…行動原理がいちいち男の子のソレである。

 だが言われてみれば…確かに、隠れるにしてももっとマシな場所がいくらでもあっただろうに…柱の陰とか。

 それを、見つかってもすぐには逃げられないような場所に陣取るなど不自然極まりない。現に自分一人では降りられなかったし。


「でも念には念を入れて、そう簡単には見つからないように…あ、あった♩」


 教祖がいた天井から程近い位置に生えている支柱をまさぐっていた留未の手がピタリと止まる。

 一見、よくあるセパレート穴…コンクリ壁はセメントをブロック型に流し込んで作るが、その型の位置合わせのための穴である…に思えて、よくよく観察すれば押しボタン式の隠しスイッチになっていた。


「向こうの柱にも同じスイッチがあるはずです」


 と、自分が触れている柱の対象位置の柱を顎で示せば、


「…後で覚えてろよピン子」


 恥ずかしい顔を暴露された靖利が執念深くボヤきながら同様に柱を調べて、


「…あったぞ」


「じゃあ同時に押してみるよ。タイミングを合わせて、三…二ぃ…一…今!」


 幼馴染ならではの呼吸でピッタリ同時にスイッチを押せば…ゴトンッ!

 ゴォンゴォンゴォン…重々しい反響音と共に天井がゆっくり左右にスライドすると、その中から金属製のタラップが静かに伸びてきた。

 両柱はガタイの大きな靖利が精一杯手を伸ばしても絶対届かないほど離れている。

 核ミサイルの発射装置にも採用されているという、事情を知る者が複数人いないと解除不能な、最も有効的で手っ取り早いセキュリティー対策法だ。


「…はいご開帳♩」


 あっさり謎を解いてみせた留未の予想外の推理力に、これまた誰もが唖然。


「スゴイね彼女…!」


「アイツは筋金入りのミステリーオタクだからな」


 感嘆する葉潤に、幼馴染の靖利も鼻高々。


《ある意味もっとも刑殺官向きな人材ですね。》


 とニャオも感心しきりだが、逆に言えば他が脳筋すぎるだけである。





 果たしてタラップを昇った先には、いわゆる屋根裏部屋があった。

 メンバー中最も高身長な靖利でも背を屈めれば楽に歩き回れるほどで、御丹摩署の全員とついでについてきた占い老婆とオネエ露天商が余裕で収まるほど広々としている。

 照明スイッチは見当たらないが、タラップが稼働すると自動的に点灯するように仕掛けられていた。

 仄暗い灯りに照らされた室内には雑多な備品が詰め込まれていたが…


「あっ、コレよ! あたしが見たのは!」


 部屋の最奥に鎮座する金属製の大型ケースを発見したオネエ店主がそばに駆け寄り、


「ほらほらココ! コレってマチルダ製薬のマークでしょ!?」


 とケース側面に入ったロゴマークを興奮気味に指差す。

 目立たないようにという配慮からか、かなり小さめではあるが、確かにCMや街中で頻繁に見かけるお馴染みのマークだ。

 そんなに隠したいなら、いっそマークを消すかケースだけ持って帰れば良いような気もするが、そこいらへんのブランド意識と融通の利かなさは巨大企業ゆえだろうか?


「こんなモン見ちまったばっかりに、アンタもとんだとばっちりだねぇ」


「まったくよ。もぉマチルダのお薬なんて絶対買ってやんないんだからキィーッ!」


 ずいぶん親しげな占い師と露天商だが、共にこの界隈に出店しているだけに古くからの顔馴染みだった。

 後者のほうが新参者で、商売のルールや警備ドローンの巡回時間などのあらゆる手ほどきを前者たち先輩業者から指導されて以来の仲だという。

 さて、件のケースにはご丁寧に錠前まで掛かっていたが、靖利が持ち前の怪力で引きちぎり、さっそく開封してみれば…


「よっしゃ、やっぱ大当たりだな!」


《はい。皆さんにお見せしたブツそのものですね。》


 社名こそ無いが、いくつものカプセルが連なったプチプチシート…色合いといいサイズといい、まさしくコレだ。

 それがケース内にはまさに山盛りに詰め込まれていた。


「コレが月面では精神安定剤として出回ってるんですよね、お婆ちゃん?」


「ああ、そうさね。あっちじゃ風邪ひいて医者にかかってもコレが処方されるくらい一般的に普及してるから、呑んだことのない人間はたぶんいないだろうねぇ」


 何故に風邪で精神安定剤が?

 まぁ風邪の特効薬など、この時代になってもいまだに存在しないが。


「てゆーか、月にもバイ菌なんているのか?」


 靖利が鋭いツッコミを入れたが、言い方がいちいち昭和っぽいのは何故に?


「そりゃいるさね。月のテラフォーミングには地球上の素材が利用されたというし、似たような環境なら当然、同じモノが蔓延るさね。

 でもこのクスリが、まさか地球製だとは思わなかった…け…ど…?」


「…どしたんですかぁ〜?」


 会話の途中で急に顔をしかめた老婆の異変に、ボン子がいち早く気づいた。


「い、いやなに、ちょっと息苦し…ぐ…かはっ!?」


 次第に誰の目にも明らかなほど様子をおかしくした老婆は、ついには苦しげに胸を押さえてうずくまった。


「お婆ちゃん!?」「どうしたんだよオイ!?」


 予想外の事態に皆がうろたえる中、ニャオだけが冷静に状況を観察し…


《…すぐにそのケースを閉めてください。原因はおそらく…過剰摂取オーバードーズ!》


「なんだと!? でもこの婆さん、クスリなんて一錠も…」


 至極当然な熊田の反論に、しかし葉潤もハッと気づいたように、


「たかがクスリの運搬用ケースがこんなに頑丈な理由はソレか!?」


 そう。配布用のクスリに過ぎないなら段ボール箱にでも詰めればより取り回しが良くなるものを、どうしてこんなに重量がかさむ金属製ケースなんかに入れていたのか?

 それはつまり、このクスリがそれだけ危険な代物だからだ。

 一見普通のカプセル錠剤にしか見えずとも、これだけ大量に集めてあれば、あたかも放射能漏れのように薬効成分が周囲に漏れ出して…!

 しかし何故、他の者はまるで無反応なのに、この老婆だけに異状が表れたのか?

 それは無論…


「…そうだ、左手!」


 遅ればせながら自身の左手の効果に気づいた留未が老婆にソレをかざす…が、症状は一向に改善しない。


「効かない…どーして!?」


「お婆ちゃんは…元々月の人なんですぅ!」


 ボン子の言葉に皆が今さらのように原因に気づいた。

 月の住人と地球の獣人達は、見た目にはほとんど何の違いもない。

 ところが実際、両星には重力や大気の酸素濃度など、かなりの相違点が存在する。

 そんな異なる環境下で長年育まれてきた両者には、生物学的に大きな開きが生じ…

 結果的に、同じ治療法が有効ではないとすれば?


 同様に、件のクスリは月面の人間には単なる精神安定剤に過ぎないが、地球の獣人達には麻薬として作用する。

 逆にいえば、ただそれだけのことで、カプセルを直に服用しない限りはなんの影響もなく、外部に漏れ出た成分も無害だ。

 ところが、月の住人に限ってはそれとは真逆の反応を示すとしたら?

 たとえば…未開封の薬でも、結構な匂いがパッケージ外にまで漂うものは多い。

 そして薬効なんてものは実際、大半が"思い込み(プラシーボ)"だ。

 人によっては、そんな臭気にすら過剰反応を示すことも…!


「クソッタレがぁっ!!」


 靖利は慌てて金属ケースを叩き閉じて、さらに皆から一番遠い壁際にまで蹴飛ばした。

 だがもう手遅れだった。


「ごぼあっ!?」


 噴水のように大量に喀血した老婆は仰向けに倒れ、全身を掻きむしるようにもがき苦しみ始めた。

 内臓が機能不全に陥っている…これではもう、助からない。


「お婆ちゃんっ、お婆ちゃあ〜んっ!?」


 半狂乱になったボン子が老婆を抱き起こしたときには、彼女はもう虫の息だった。


「こ、これも…生まれ故郷を捨てた罰なのかもねぇ…」


 ずいぶん前にすべてを投げ打って月から地球へと降り立った彼女には、少なからず月に残してきた様々なしがらみへの罪悪感が常にあった。


「けど…後悔なんざ、微塵もしてないさね。

 お陰で好き勝手に暮らしてきたし…親しい仲間も大勢できた。

 そして、最後に…アンタ達みたいに楽しい子達にも巡り会えた」


 自分の周囲に集うボン子たち御丹摩署の顔触れを眺め回して、気丈にも笑った。


「月ではいつも変わり者呼ばわりされて…友達なんざろくに出来なかったことに比べたら…

 この私も人並みに…幸せってヤツを味わうことが出来たさね…」


 微笑む老婆の目尻に光る、大粒の涙。


「でも…悔しいねぇ。

 もう少し…ここで…アンタ達と…」


 もう何も映らない瞳に見果てぬ夢を映して…

 老婆はそのまま動かなくなった。


「…お婆ちゃん…っ」


 彼女の最期を腕の中で看取ったボン子の顔がグシャグシャに歪む。

 仕事柄、人の死に様なんて数えきれないほど見てきた。

 それこそ、何百年も…やがて悲しみが枯渇するほど。

 それなのに…。


「…やっと…月のお友達ができたと思ったのに…!」


 刑官になった自分を残して、家族が住み慣れた地球を離れてから数世紀あまり…。

 彼らが月へ向かったという情報を最後に連絡は途絶え…

 最初は頻繁に行われていた両星間の交流も、最近ではめっきり少なくなり…

 現在では両星の特使が定期的に往来するのみ。

 歴史を紐解いても、両星間に争いなどは一度もなかったはずだが…いつしか報道管制が敷かれ、お互いの情報は何一つ入手できなくなった。

 だからこそ…ボン子にとって月は憧れの地であり、そこに住まう人々はどんな有名人よりも眩しく思えた。

 そんな貴重な知り合いが…

 いつか必ず叶えたい将来の希望が…

 今、目の前で消えてしまった。


「ぅぇぇ…うわぁ〜〜〜〜んっ!!」


 やがて子供のように泣きじゃくったボン子に、誰もが唖然となった。

 たとえどんな場面だろうと、いつも朗らかな笑みを絶やさなかった彼女が…なりふり構わず号泣している。


「ボンちゃん…」


 彼女と同じ家に住み、胸の内では親友だと思っていた靖利も…初めて見た彼女の素顔に動揺を隠せない。


"泣かないで""ボンちゃんは何も悪くない""あたしがそばにいるから…"


 どんな言葉を投げかけようとも、今の彼女には紙きれのように薄っぺらい気持ちにしか思えないだろう。

 思えば、出会った当初からボン子は靖利にとても優しかったが…

 それは決して友情などではなく…

 祖母が曾孫を可愛がるような感情からだったのだと…今更ながらに思い知らされた。


 HWMは高度な知能を有した人工生命体だ。

 生まれたばかりの頃こそ事務的で冷淡だったり、はたまた感情の振り幅が大き過ぎたりと難儀な性格をしているかもしれないが…

 人間同様に俗世間で揉まれ続けるうち、次第に自我が芽生えて自然な表情を見せるようになる。

 ただ…その寿命はメンテナンス次第では人類とは比較にならないほど永く…常に孤独に苛まれ続ける。

 彼女達が積極的に他の者と関わりを持とうとするのは、そうした孤独感をまぎらわせたいが故だろうか。

 永遠に近い時を生きる者の苦悩など、誰にも解りはしないのだ…。


「…待て、なんか様子がおかしいぞ!?」


 そんな彼女達の様子をいつになく苦々しい表情で眺めていた熊田が、急に声を上げた。

 見れば…たった今、息を引き取ったばかりの老婆の身体が…干涸びている!?


「え゛…なんなんですかぁコレ!?」


 さすがのボン子も一発で泣き止み、老婆の身体をその場に横たえて後ずさった。

 死んだばかりの生物が、直後にこんなミイラみたいに萎れることなど…当然だがあり得ない。

 いや、そればかりか…萎れた端から砂細工のようにボロボロ崩れ落ちて…

 やがて、全身が一気にドザァッと崩壊すると、その後に残ったのは…!?


「…ちょっ…コイツは…っ!?」「な…んで…?」


 呆然自失の靖利達の目の前に横たわっていたのは…一匹の巨大虫。

 そう…あの日、異世界から突然現れたセブンを追って七尾邸の屋上露天風呂に出没した、五本脚の異形の甲虫だった。

 予想外すぎる事態に訳もわからず立ち尽くすしかないその場の面々の中で…


《…やはり。》


 唯一、ニャオだけがメガネ越しの眼を怪しく輝かせていた。




【第八話 END】

 今回はいつもより約一週間遅れでお届けします。

 いやはや、やっとこさ書き上がりました。

 主要メンバーも出揃ったことだし、いよいよ物語の真相にアクセスをば!…と意気込んではみたものの。

 調子こいてひたすらスケールをでっかくし過ぎたためにどこからどう切り込んで良いか解らず、最初の一週間はほとんど手付かずのまま経過したとゆー(笑)。

 でもそういえば、まだボン子とニャオの過去話をやってなかったっけ…と気付いた途端に何やら一気にひらめきまして。

 御丹摩署のフルメンバーが総出で捜査にあたるせいか、これまでで最も刑事モノらしい筋書きになりました。

 そして、主戦力の靖利をはじめとするその大半が敵の術中に堕ちて使い物にならず苦戦するなか、今までは戦力外と思われたニャオが意外にも善戦するという珍しい話となっております。


 また、これまで以上にハードSFな様相を呈する今回。

 今までストーリーにはほとんど関わってこなかった、月の民に関する項目が多いですかね。

 で、月と地球とを繋ぐ『軌道エレベーター』って代物…SFでは割とメジャーに登場するガジェットですけど、普通はせいぜい衛星軌道上までなんですよね。

 ところが本作ではうっかり月まで続いてるように書いちゃいまして、いまさら訂正するのもメンドイし(笑)。

 でもホラ地球は自転してるし、月だって公転してるし、なによりメチャンコ距離が遠いから、物理接続はかなーり難しいじゃないですか?

 てな訳で色々考えた結果、作中に出てきたように実際には物理的なエレベーターじゃないってコトになりましたので、ハイ。

 でも以前には思くそ「物理的に接続」って書いた覚えが…(笑)。


 あとは物語序盤にて売人が持ってたイケナイおクスリが、ここに来てまさかの重要アイテムに。

 その陰には、月の民と地球の大手企業のなにやらアヤシイ動きが…?

 そして、最後の最後に三たび登場した、五本脚の異形の甲虫は…一体全体どゆことなのか!?

 いや〜陰謀論って本当に楽しいモノですね♩

 それではまたお会いしませう!by水野晴郎


 …あ、結局今回は触りだけになってしまったボン子とニャオの過去話については、次回みっっっちりやりますので。

 ついでにいまだ謎のままだった百地署長についてもネ☆

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