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野性刑殺  作者: のりまき
7/20

新星爆発!

【前回のあらすじ】

 幼馴染の鹿取蓉子かとりようこにせがまれた熊田は、同僚の鰐口靖利わにぐちやすり御丹摩ごたんま署の面々と引き合わせる。

 念願の靖利をはじめとする女性陣の美少女ぶりにすっかり惚れ込んだ鹿取は、いきなりアイドルデビューの話を持ちかける。彼女は大手芸能事務所の社長だったのだ。

 あろうことか、その話に百地ももち署長ら刑殺上層部がすっかり乗り気になってしまい、やがて世界中を巻き込んでの大騒動に。

 先日のシャチUFO騒動で名を馳せた靖利の潜在人気は、もはや世界レベルとなっていたのだ。


 かくして某ドーム球場でのデビューライブを果たした『刑殺イメージアップキャンペーンアイドルユニット:ポリッシュ・ポリシー』略して『ポリポリ』だったが…

 その会場に突如乱入してきた、故郷の小笠原にいるはずの親友・ピン子の姿に靖利は衝撃を受ける。

 靖利との再会を妨害した警備ドローンを、左手一本であっさり破壊してみせたピン子。

 その手のひらには…案の定、あの異世界物質が埋め込まれていたのだ。


 獣人達の精神を蝕み、本能と破壊衝動に突き動かされた文字通りのケモノへと豹変させる物質はいまだ謎に包まれ、その脅威は手に負えない。

 そしてピン子の物質は、もはや除去不可能なまでに彼女の全身に根を張っていた。

 ピン子をこのまま野放しにしてはおけない…そう悟った靖利は、自らの手でピン子を処刑することを決意する。

 靖利に大きな恩を感じていたピン子もまた、自らの宿命を受け入れ、靖利にその首を差し出すのだった。


 そして今…旧知の親友同士の哀しき処刑儀式が執り行われる…。





 肉と骨のひしゃげる耳障りな音。

 そしてだらりと百八十度、あり得ない方向に垂れ下がったのは…首は首でも、靖利の手首のほうだった!?


「…ぅぷっ!?」


 おぞましき光景に吐き気を催したピン子や鹿取社長は口を押さえてうずくまり、靖利を含めたその他の者は唖然としてその場に立ち尽くした。

 そんな最中、唯一陽気に立ち振る舞っているのは…


「良かった…なんとか間に合った!」


 その小さな片手で靖利の手首を握り潰し、ホッと安堵の息を吐くセブンだった。どうやらステージから抜け出してきたらしい。


「…あっゴメン、咄嗟だったから、つい…」


 申し訳なさげにセブンが手を離すと、支えを失った靖利の手首は柱時計の振り子のようにプラーンプラーンと…


「あ゛…ぐあぁあっ…な、なななんちうコトすんだお前…っ!?」


 遅れて襲い来る激痛にガクリと膝をついた靖利だが、さすがの精神力でいまだ正気を保っている。

 いくら軟骨魚類の鮫型獣人とはいえ、こうも跡形もなく粉々になってしまえばどうにもならない。天下無敵のメインヒロインでも殺られるときは殺られるのだ!

 今日では医学の進歩で再生医療もほぼ完璧な域に達しているし、獣人によっては脅威的な再生能力を持つ者もいる。

 しかしそれでもボン子やセブンのようにその場で瞬時に回復することはなく、またたとえ形状は元に戻ろうとも運動機能の回復には長期間のリハビリを要するのだ。

 従って、靖利の手首をこの場で治す手立ては…


「なんてことすんのこんガキャアーッ!?」


 そこで当然のようにブチ切れたピン子が、お得意の左手の掌底でセブンのドタマを張っ倒す!

 いやお前こそ命の恩人でしかもいたいけな美少年になんてことしてんだこんメス以下略!?

 あまりの勢いに何回転もした彼の頭は、締め付けられた風船のようにドパァーンッ!と大炸裂。


「ぅおげろげろげぼぼぉあ〜〜〜〜っ!?」


 既に限界に達していた鹿取社長、たまらずリバース!

 美少女のソレはまだ鑑賞に耐える向きもあるかもしれないが、三十路のソレは完全アウト以下略。

 その間にピン子は靖利のへし折れた手首にしがみつき、


「待ってて、すぐに治すから!」


 と自らの左手を添えた。

 すると靖利の手首が、まるで時間を巻き戻すかのように元通りに再生していく…!


《治癒能力…!? 私も稼働開始してから数世紀が経ちますが、これほどのチート能力が観測されたのは初めてのケースです…!》


 ニャオが興奮を隠せない様子で呟く。

 自己再生能力ならボン子やセブンにもあるが、他人にまで影響を及ぼす治療能力は極めて稀…というより、世界的にもいまだ報告例は皆無だ。

 ゲーム等のファンタジー作品では序盤から既に体得している、お馴染みのありふれた能力だが…現実世界ではまずあり得ない。

 なにしろコレさえあれば、傷つくことを恐れずいつまでも際限なく闘えてしまうのだから…まさしくチート級だ。


「でしょ? コレが出来るくらいなら大丈夫なんだよ、この子は」


 スプラッタに吹き飛んだ頭をスプラッタに再生しつつ、先に出来上がった口で解説するセブン。


「だけど、あの物質の危険性はこんなものじゃ…?」


「うん。普通だったら能力を発揮する頃には正気を失って暴れ回ってるだろうけど…

 中にはこの子みたくすんなり受け入れて共存できちゃう人もいるんだ」


 葉潤はうるの疑問に答え終わる頃には、セブンの愛らしい笑顔はすっかり元通りに再建されていた。コレもコレで凄まじい能力だが。

 そしてピン子の今までの行動のどこいらへんに正気を感じるのか定かではないが、言われてみれば確かに靖利絡み以外の場合はそれなりに理性的なような気もしなくもない。


「たしか『適合者』って呼ばれてたかな?

 僕もそうらしいけど」


《『適合者』?…その言い方だとまるで…》


 そんなニャオの疑問を遮るように誰かがした「何処で誰に?」という質問に、セブンは小首を傾げて、


「何処でだったかなぁ?…よく憶えてないや。

 …あ、僕はもうステージに戻らなきゃ!?

 とにかく、その子はもう処刑しないでね!」


 そう呼びかけながら慌ただしく控え室から飛び出していくセブンの背中を見つめて、


《…この物質に適合する対象者を見つけるのが、異世界側の真の目的のようにも聞こえますが…》


「ふゥム…疑問はますます増すばかりだねェイ?」


 ニャオの独り言を聞き届けた百地署長が興味深げに頷き返す。


「それにしても、肝心なところはことごとく憶えてないとは…ずいぶん都合のいい記憶喪失もあったものだな」


「あるいはァ…元々、必要な知識以外は植え付けられていないのかもしれないがネ…彼はァ」


 真羅樫刑視正のいまいましげな呟きに相槌を打ちつつ、百地署長はあたかも新しいオモチャを得た子供のように瞳を輝かせて、ピン子をつぶさに見つめていた。

 おかげでセブンが「自分もそうだ」と発言したことは、すっかり放置されてしまったらしいが。


「確かに…落ち着いてよくよく見れば…使えるわね、この子♩」


 口元を拭って気を取り直した鹿取社長も、百地とはまた別の尺度からピン子を興味深げに観察していた。


「やれやれ…どうやらキミ達は、また僕に厄介事を押し付けたいようだな?」


 二人が言わんとすることを的確に察した真羅樫刑視正も、仕方なさげに苦笑してみせつつ、トカゲが獲物を見定めるかのように爛々と光る眼差しをピン子へと向けていた。

 そんな彼らの思惑など露知らず、手首を完治させた靖利とピン子は遅ればせながら、再会の喜びに涙して抱き合うのだった…。





《皆様長らくお待たせしました。リーダー鰐口靖利、完全復活です。》


 ニャオの冷静なアナウンスに促され、


「いや〜どもども遅れてスンマセーン☆」


 生放送中にトイレから戻ってきたうっかり司会者のようにヘラヘラ笑いながら靖利がステージ上に姿を見せると、ライブ会場は爆笑の渦に巻き込まれつつ、再び大盛り上がり。

 失敗をも魅力に変える、まさにアイドルの鏡…だがライブ中に離席するなど言語道断!


「えっと、お詫びと言っちゃあ何ですが…ここで皆んなにデッケェお知らせがありま〜す!」


 と、靖利が頭を掻き掻き横にズレると…その背後に隠れるように控えていた小柄な人影がしずしずとステージ中央に歩み出た。

 スポットライトに照らし出された、そのシルエットは…シスター?

 いや、よくよく見れば基本的にはポリポリメンバー同様に刑殺官制服をモチーフとしたコスチュームだが、そのカラーリングは漆黒に覆われ、足下をすっぽり覆うロングスカートや頭部の頭巾、そして胸元にキラリと光る金色の桜田門ペンダント…どこからどう見てもシスター以外の何者でもない。

 全体的に露出度は皆無に近いが、頭巾から覗くその愛らしい素顔は…


「あれっ、あの顔…!」「さっきの子じゃない!?」


 察しの良いファンは、唐突に会場に乱入してきたピン子だと気づいたようだ。


「紹介しまっス! 新メンバー、アナタのそばの健気なシスター『向井留未むかいるみ』ちゃんでぇーっス☆」


 『ピン子』はあくまでも靖利が付けたニックネーム。

 これが彼女の本名で、その名の通り鰐口家の真向かいに住んでいた同い年の幼馴染だ。

 本名のほうがニックネームより短くて呼びやすいのでは?と勘繰るアナタはDAI語で学習し直すヨロシ♩


「デビューライブで追加メンバー発表キタコレ!」「てことは、さっきの騒ぎは演出だったのか!?」「チキショー心憎い運営だぜぇ!」


 ファン達は何も説明しないうちから勝手に納得して大興奮♩

 そんな激チョロファンに負けず劣らず、


「あ〜カワイイ、キャワエエよピン子ぉ〜クンカクンカ♩」


「や、やだもぉ靖利ちゃん…おっぱいで圧死しちゃうよぉ〜パフパフ♩」


 ステージ上にもかかわらずラブラブじゃれ合いまくりの美少女二人を、鼻息も荒く見つめ倒すファン達の興奮は早くもクライマックス☆

 そんな彼らの視線に気づいたピン子改め新メンバー留未は、顔を赤らめてキョドった挙句、


「あっあのあのあの留未ですっよろひくお願いしらキャフッ…噛んじゃったてへっ♩」


『あざとキャワエエ〜〜〜〜ッ☆』


 登場するなりごく短時間でファンのハートをガッツリキャッチ! さすがはリアルプ◯キュア。

 さすがは水族館の癒し系、見ようによってはペンギンそのものなシスター風コスも相俟って、どこから見ても愛くるしさバツグンだ♩

 その様子をステージ脇から観察する鹿取社長ら運営陣。


「をっほぉ〜さすがは神の癒し手! ヒーリング効果バッチリじゃんネ♩」


「神の御使いかどうかはアヤシイけど、ヒーラーっていえばやっぱりシスターでしょ♩」


 なんやかやで割と息もピッタリな社長と葉潤の隣で熊田が顔をしかめ、


「けどこれからどーすんだ。ぶっつけ本番でイキナリ踊れるもんなのか?」


「鰐口クンは大丈夫だと胸を張ってたけどねェーイ?」


「頼むからこれ以上やらかして余計な仕事を増やさんでくれよぉ?」


 失敗イコール進退問題に直結な百地署長と真羅樫まらがし刑視正はもはや気が気ではないが、


「あんだけ可愛きゃ失敗も愛嬌よ。まずはとくとお手並み拝見♩」


 鋼の心臓の持ち主である鹿取社長に諭され、固唾を呑んでステージを見守るのだった。


《では、新メンバーを加えての新曲『ドタマカチワッタルド』!》


 このタイミングでよりによって新曲とは。てかまたこの手のタイトル…いったい誰の趣味なのか?

 デビュー直後の数曲はPVがネットにて公開されているが、ニャオこだわりの振り付けが人間離れした複雑さで話題にのぼっている。てか実質、人類と呼べるのは靖利一人だけだが。

 そんな超高難易度ダンスを、新人がぶっつけやっつけで踊り切れるものなのか?

 …だが、そんな心配も杞憂に終わった。


『ほぉ…っ!?』


 留未のダンスは初っ端からキレッキレで、しかも他メンバーとの動きも寸分違わぬシンクロぶりだった!

 これが彼女のある意味、左手をも凌駕する固有能力『ペンギンコロニー』だだだ!!

 留未はペンギンなのに泳げないとのことで、勝手に運動音痴だと思っていた方もあろうが…それは誤解も甚だしい。

 単に泳ぎが苦手というだけで、実はその他の運動能力は人並み以上なのだ!

 逆に人に合わせることが苦手な靖利のほうが、留未の絶妙なフォローで助けてもらった経験が幾度となくある。なので靖利はこの幼馴染に絶大な信頼を寄せているのだ。


 このような誤解が生まれる背景には、誰しも幼少期から、ペンギンは飛行できず歩行も苦手な鳥だと教わる『罠』がある。

 また、水族館等の飼育状態では外敵が存在しないため、とり立てて慌てる必要もないことから動作もよちよちスローモーだ。

 しかしこれはあくまでも他の鳥類に比較してのこと。種族によっては時速三十五キロ、ウサイン・ボルト並みの速さで走り回る優れ者も存在し、人間などは到底追いつけない。

 また大半の鳥類同様、基本的には肉食であるため気性が荒く、外敵に対しては闘争心も高い。舐めてかかると痛い目を見るだろう。

 ことお遊戯…にも見えるシンクロ動作に関しては、誰も教えてもいない先から天才的センスで完璧に動作を一致させる、超能力じみた才能の持ち主でもある。

 ペンギンの群れにリーダーは存在せず、一羽が動くと他も自動的にその動きに合わせる習性がある。そうすることで緊急事態に素早く危機を回避できるのだ。


 そして留未もまた、幼少期からの最強のパートナーである靖利を心の底から信頼している。

 故に、この二人のコンビネーションは…常にカ・ン・ぺ・キ☆


『ぅぉぉぉおワァーーーーーーッッ!!』


 極上な美少女ダンスに、当初は戸惑いを隠せなかった観客のどよめきも、すぐさま熱い大歓声へと変わった。

 さらに驚くべきは、留未の歌唱力の高さ。

 無論、この楽曲は彼女の参加を想定せず制作されたため歌唱パートが存在せず、やむなく靖利のパートをデュエットしているのだが…

 その透き通るような歌声に魅了されたニャオが、すぐさま留未のボリュームをメインに切り替えたほどの素晴らしさだった。てか靖利はもっとガンバレ。


「むむむぅ〜、こいつは手強いライバルのご登場ですかぁ〜!?」


 闘争心剥き出しなボン子の呟きをマイクが拾ったことで、美少女ボイスバトルガチ勢がさらに盛り上がったことは言うまでもない。


 そんなこんなで新メンバーが名実ともに公認された新生ポリポリライブは、その後も滞りなく進行し、ラス曲『YOU must DIE』を観客も交えての大合唱。

 サビの「きるきらきりんぐきるぜむお〜る♩」は何度聴いても泣ける名曲だ。


《という次第で本日は状況終了。次の状況に備えて待機願います。》


 ライブを締めくくるニャオの終了宣言後も観客総立ちのスタンディングオベーションが止むことなく続き、初回にして早くも伝説と名高い大成功を収めたのだった。





《前々から思ってたんです。この子はいつか必ずトンデモナイ事をしでかすんじゃないかって…》


 小笠原からの映像通信に応じた留未の両親は、テンプレ台詞とともに涙を流した。

 刑殺官だけで結成されたアイドルグループに自分の娘が参加していることを知った御両親の驚愕ぶりは想像に難くない。

 なにしろ刑官イコール前科者であり、おおよそ一生離職が許されない永久就職先である。

 すなわち…これが恐らく両親との最後の別れになるであろうことに…


「パパ、ママ! あたし頑張るからねっ♩」


 靖利と同じ務め先に入れて、なし崩し的にアイドルにまでなれて、しかも夢の大都会にまで出て来れたことにすっかり浮かれきっていた留未は、一ミリも気づいてなどいなかった!


《本当にバカな子だよ…。靖利ちゃん、このバカをどうかよろしくね?》


「あっハイ、それはもぉ…」


 モニター越しに深々と頭を下げる両親は、もちろん靖利とも顔見知り。それだけに二人のやるせなさが嫌というほど伝わってくる。

 こんなイイヒト達をこんなに悲しませるなんて、何という罪つくりな娘っこだろうか。

 かくいう靖利も人のことは全く言えないが…。


「娘さんは私達が責任を持ってお預かりしますのでェ、どーぞご安心をォ」


 百地署長もうやうやしく首を垂れた。

 そりゃま、戦略の幅を大きく押し広げる貴重な回復要員をゲットできたのだから、未来永劫大切に手元に置いとくに決まってますよネ〜♩

 こうして周囲ばかりがな〜んかモヤモヤする感動的な?別離を経て、留未本人は意気揚々と、


「んで…刑殺官ってナニするの?」


《悪い人をナニするお仕事ですが…これは少々教育に手こずりそうですね。》


 無邪気に小首を傾げる留未に不穏な空気を察したニャオは、早くもげんなりムード。

 いかにも悪人ヅラな熊田や靖利とは違い、こうした人畜無害なツラひっさげて平然と悪事に手を染める天然ボケは実に扱いづらいのだ。

 しかもその能力値はいまだ未知数。左手の効力は絶大だが、それ以外は平均以下の非戦闘員レベルであるため、使いどころが実に難しい。


「じゃあ僕が引き受けようかな? 元神父と似非シスターで相性もバッチリっぽいし」


 誰もが尻込みする新人教育係に名乗りを上げたのは、意外にも葉潤だった。

 獣人の理性を奪いカルト崇拝へと走らせる危険な異世界物質にすんなり適合した留未に、かなり興味を抱いたらしい。

 また、異世界物質同士の対決になった場合にどのような影響がもたらされるのか…いまだ誰も知り得ない知識への探究欲もある。


「いえあの、ウチ本当は仏教なんですけど…よ、よろしくお願いします♩」


 面食いな留未は葉潤の願ってもない申し出に、よくよく考えずに頷いた。靖利ひとすじではあるが、ソレはソレ、コレはコレ☆


「軽っ!? 軽すぎるだろお前!

 このオッサンは見た目からしてまさに狼だぜ? 今までどんだけのオンナを食いものにしてきたことか…」


「えっ…もしかしてあたし、オトナの階段昇っちゃう?」


 軽すぎる上にガードも低すぎ! それもこれも、いつもそばにいた靖利の過保護が過ぎたせいか? 意味の重複♩


「いやいや昇らせないからっ! 僕の守備範囲外だし!」


「ガーン。」


 正直すぎる葉潤の暴露にショックを受ける留未に、


大神おおがみさんはこのあたしにも一度もちょっかい出したことありませんしねぇ〜。

 ニャオさんや靖利ちゃんにはしょっちゅう絡んでますけどぉ♩」


「ガガーン。…てかその話、もっと詳しく!」


 ボン子が余計な追い打ちをかけたことにより、ギロリンちょと新人に睨まれて背筋に怖気が走る先輩の葉潤だった。


「…ま、それはそれで。あと、あたしはこれから何処に住んだら…?」


 言われて皆ハッとする。故郷の島から裸一貫で此処まで出てきて、しかも他署から逃亡中だった留未に棲家などあるはずも無かった。

 いずれ給料が貰えるまでは文無しでもある訳だし。


《では当面はウチの拘置所をご使用頂くということで…》


「お断りします。檻の中は寒いし臭いしおトイレもメンドイし食事もお粗末だし…」


 ニャオの提案を不満タラタラに却下する留未。さすがに経験者は肝が据わっている。


「そゆことでしたらぁ、ウチはお部屋にもまだまだ余裕がありますしぃ…」


 と渡りに船を漕ぎ出しかけたボン子の口を、靖利は慌てて両手で塞ぎ、


「留未のヤバさはもぉ充〜分解ってるだろ?

 万一あたいやセブちんと一緒に暮らしてることがバレてみろ…ボンちゃんなんか一瞬でスクラップにされちまうぞ!?」


 ヒソヒソ耳元で囁く靖利に、人間のような血液など通っていないはずのHWMの顔色が見るも鮮やかに青ざめた。


「ん〜しょうがないね、じゃあ僕ん家においで。弟子入り制度ってやつかな?」


「…はひ?」


 気を利かせたつもりの葉潤が放った甘い誘い文句に、留未の目が思わず点になり、


『手ぇ早すぎっ!?』


 靖利と鹿取社長の悲鳴じみた批難が遅れてユニゾンした。


「守備範囲外とか言っときながら!?」


「出会ったその日にカモナマイハウスカモンカモン!?」


 靖利の意見はごもっともだが、シャチョさんはもう少し落ち着こうか。…てか、まだいたのアンタ?


「なにやら盛大に誤解されてるみたいだけど、同棲って訳じゃないからね?」





 葉潤が言う通り、ギリギリ同棲ではなかった。

 彼の住まいは神父時代から変わらず、教会の敷地内に建つ関係者用の宿舎だった。

 刑官になるため神父の職は辞したが、教団本部から発行された『神罰執行許可証』はいまだ有効。

 ソレにより異端者である保育士・未散みちるを処刑したに過ぎないが、日本国内ではその有効性が認められなかったため有罪となってしまったことに対する、本部からのせめてもの謝罪の意志である。

 また、教会の関連施設である児童養護施設内にて、いわゆる邪教信仰がまかり通っていたことへの口封じも兼ねているらしい。


「へぇ〜っ、結構オシャレですね!?」


「見た目はちょっと古ぼけてるけど、室内は今風なのね♩」


「でもなんか不気味じゃねーか?」


 部屋は個別なので同棲ではないと説明されつつも、一つ屋根の下ということでドキドキしながら現場にたどり着いた留未と、ちゃっかりくっついてきた鹿取社長が高評価を下すなか、やはり同行した靖利だけが青ざめている。


「靖利ちゃん昔っから怖いの苦手だもんね」


 自身はもっと怖いパニック映画の定番モンスターのくせに…ということは友達のよしみで言わないでおく留未だった。


「へぇ、案外カワイイじゃない? ねっ熊田ッチ♩」


「なんで俺に同意を求めるんだ?」


 からかう葉潤を、なんでかついてきた熊田が睨みつけている。靖利はともかく、幼馴染の鹿取社長が心配で念のため同行したらしい。

 そんなことはさておき…

 ライブ明けの深夜ということで、現場に若干の不気味さは漂っているが、それを補って余りある荘厳で瀟酒な物件だ。

 今風というよりも、かつては畳敷きの物件ばかりだった時代に建てられた純洋風建築が、時代の流れで主流となっただけのこと。

 それから数世紀は経過しているが、堅牢な造りのためまだまだ現役。劣化が著しい日本家屋ではこうは行かない。

 御丹摩署にも近く、徒歩でも通えるほどなのもありがたい。付近の治安は良いとは言えないが、まあこの連中ならどうにでもなるだろう。


「あたし一人暮らしって初めてなんですよ♩」


 今後は当面そうなるだろうに、いまだ実感が伴わない留未は半ば旅行気分だが、


「私もそうね。これからヨロシク♩」


『…はぁ!?』


 鹿取社長までもの予期せぬ同居宣言に一同仰天。


「ほらな。気分屋なお前のことだから、絶対そう言い出すと思ったぜ」


 なるほど、熊田はどうせこうなると予想してついてきたらしい。心配は心配でもこっちの心配だったか。


「お前みたいなお嬢様が一人暮らしなんざ出来っこねーだろ。とっとと自宅の大豪邸に帰んな」


「それに留未たんはシスターだからOKだけど、貴女は教会と無関係でしょ?」


「いえあの、だからあたしのアレは格好だけで、本当は仏教徒…」


 早くも馴れ馴れしさを遺憾なく発揮する葉潤に、ほんのり頬を染めつつ抗議する留未の様子を見て、鹿取社長は深い溜息をつき、


「ほーら、だから私がしっかり見張っとかないと。

 こんなちんまいガキにせっかくのイケメンを横取りされたら…否、大切な商品が傷モノにされたら大変だもの!」


 わざわざ言い直しても本音はダダ漏れだが、よーするに二人ともいまいち信用できない故の措置らしい。


「そーゆーアンタこそ、バカでっかい武家屋敷にずっと住んでたじゃない。今、何処にいんのよ?」


「…教えねーよ」


 熊田の実家は大昔から代々続いた軍人の家系で、鹿取邸とは隣同士だった。とはいえ互いに敷地面積がだだっ広いため、行き来するには北海道の牧場地域並みの時間を要するが。

 そして熊田が航空基地にて教官殺害事件を引き起こした後、彼は自ら住み慣れた家を出た。

 事件のそもそもの原因が教官側にあったことは既に周知の事実であり、母親は引き留めようとしたが、軍の規律を重んじる父親は特に何も言わなかった。

 以来、彼が家族に再会したことは一度もなく、ずっと疎遠なままになっている。


「オッサンは一人暮らし…なのか?」


 留未の新居が気になってついてきた靖利が興味津々に訊いてくるが、熊田はもちろん答えない。

 ただでさえ未成年に手を"出されて"しまって自己嫌悪中だというのに、自宅にまで転がり込まれたら完全アウトだ。

 しかし葉潤はこの界隈で何度もプライベート中の熊田を見かけているので、たぶんこの辺りに住み着いているのだろうという予想はついている。はてさて、靖利に教えてやるべきか…?


「とにかく今夜はもう遅いから、新人さんはゆっくり休んだほうがいいね」


 ただでさえ成り行き任せのライブ参加で疲れてるだろうし…と、葉潤が留未をねぎらおうとしたところで、


《お取り込み中のところ失礼しますが事件です。》


 突然けたたましくアラームが鳴り響き、携帯端末からニャオの声が。


《その付近のコンビニにて強盗傷害事件が発生とのこと。至急現場に急行願います。》


 刑事ドラマの十八番、入りたての新人にとってつけたように訪れる小手調べ事件の到来だ。


「ボンちゃんとナナっちは?」


 署で待機中のちびっ子達の様子を尋ねれば、


《七尾巡査とナンバーセブン巡査は仮眠室にて休憩中です。》


 二人とも名前に"7"が付くから紛らわしいが…果たしてこれは偶然の一致なのか?

 ンなことより、居るならそっちに振ればいいじゃん…と思わなくもないが、二人ともライブでは大活躍だったからなぁ。

 アイドル活動も刑殺の仕事の一環なため、終わったからと言ってすぐに帰れるとは限らないのが勤め人のツライところ。

 疲れ知らずなHWMや異世界人も、あれだけの観客を前にしてさすがに疲れてるだろうし…このまま寝かせといてやろう。


「…了解。新人さんの研修ついでにサクッと片付けちゃおうか?」


「いやあたしはもっと疲れてるんですけど!?」


 そんな新人の泣き言は当然のように却下され、刑事モノのセオリー通り、留未の初出動とあいなった。





「ォラァーッ俺に寄るな触るな近づくんじゃねぇっ! 逆らった奴はブッ殺すぞォーッ!」


 そしてもちろん世の中そんなに甘くはない。

 コンビニ強盗の容疑者はよりにもよって、いかにも頑丈そうなサイ型獣人だった。

 通報時点では"傷害"だったが、現場到着時には店舗の内外にスクラップと化した警備ドローンが何台も転がり、不用意に近づいた客や店員が全身鎧なサイの突進で無惨にも轢き潰されミンチと化していた。

 思った以上に修羅場ってる。念のため鹿取社長は置いてきて正解だった。


《という訳で状況開始です。》


「いやいやちょと待てちょっと待って!

 コレ、新人のあたしにはちょお〜っとハードモード過ぎるんですけどぉ!?」


 たしかにコレは非力な留未や葉潤には骨が折れそうな相手だが、だからといって刑官に撤退の二文字は無い。

 殉職して強制退場の四文字ならあるが。

 だが惨殺死体を見ても取り乱さないのはありがたい。

 というよりもこの御時世、車に轢かれたカエルや猫並みにそこら中に死体が転がってるのはさほど珍しくもないことなのだ。


「なら、あたいが手を貸して…」


「ヤッちゃんにお任せしたら超イージーってゆーかチートモードになっちゃって研修にならないでしょ。

 熊田ッチも手出しは無用だからね」


「言われんでも」


 てな具合に靖利と熊田のファンネル使用が葉潤に禁止されてしまったので、留未はやむなく一人で容疑者に立ち向かう。


「あ、あのあのっ…もぉ悪いことはやめといたほうが身のためですよぉ?」


 恐る恐るサイ男に話しかければ、


「あぁ〜!? ガキんちょはすっこんでろッ!!」


 いけないおクスリをキメてラリってるのか、血走った眼のサイ男は相手にすらしない。

 誰彼構わず襲いかからないあたり、まだいくらかの理性は残っているらしい。見た目からしていかにもおガキ様な小柄さで命拾いしたな留未。

 また、すげなくあしらわれてしまった留未の刑官制服は、彼女のアイドルコスをそのまんま正規化したようなシスタースタイルのため、一見して刑殺官とは判らないのもナメられる原因の一端だろうか。


「ンだとぉゴルァ? ナメてんじゃねーぞこの肌荒れ野郎ッ! モラハラでアディー◯に訴えたろかサイコサイ!!」


 まるで靖利みたいな口上だが…コレがいかにも気弱そうな留未の口から飛び出したことには誰もが唖然。しかも似非シスターの格好なだけになおさらインパクト絶大だ。

 今どきのJKをナメたらアカン。


「だてにお前の幼馴染はやってないみてーだな」


「案外頼もしいよね」


「アイツはガキ扱いされるのを何よりも嫌がるんだ…」


 苦笑する熊田と葉潤に、靖利はバツが悪そうに呟いた。日頃の自分の言動を、留未を通して客観視できたら小っ恥ずかしくなったらしい。

 まぁ規格外にデカい彼女の隣に並べば、普通サイズの女子は誰だろうとお子様に見えてしまうから、小柄な留未はなおさら仕方ないっちゃ〜ないが。

 そして葉潤もさっき留未のことを散々子供扱いしたばかりだが…下手したらとっくに死んでたかもしれない。もう、からかうのはやめようと心に誓う。


「そもそも事前情報とずいぶん違うようだけど…?」


「本当にすまねぇこってす…」


 小首を傾げた葉潤の背後から気配もなく近づいてきた店員にいきなり頭を下げられ、一同ビクンッ!? 今日一ビビらされた。

 バイト面接には到底受かりそうにないほどやつれ果てた、年老いたサイ型獣人…ということは。


「…店長さん?」


「はい。あと…あのバカの父親です」


 でしょうね。いったいどういう状況なのか?


「街中で売られてたクスリにのめり込んだが最後、すっかりあんなふうに荒れちまって…。

 仕事も辞めてクスリ漬けの日々…ついには金もなくなって、しょっちゅうアッシらのところにせびりに来てたんでさぁ」


「あ〜アレか…」


 以前ボン子やセブンと買い物に出かけた際、街中でハイエナ型獣人に怪しいクスリを売りつけられそうになった記憶が靖利の脳裏に甦る。

 どうやら相当蔓延しているようだが、今やドラッグ類は事実上野放しとなっており、刑殺の管轄外である。


「それを断ったら、あんな塩梅でして…。

 店の売り上げだってそんなに芳しくなかったってのに…これでもう廃業です。

 明日からどうやって食ってけば…家内と一緒に首でも吊るしか…」


 今日び店舗でのトラブルは命取りだ。客や店員が悪ふざけした動画がネットでバラ撒かれただけであっさり閉店してしまうくらいに。

 なのにこれだけ盛大に犠牲者まで出しちゃっちゃあ…。

 可哀想な気もするが、それは刑殺の管轄外だ。


《ご家族がいらっしゃるなら話が早いですね。処刑委任書にサインをお願いします。端末画面の所定の箇所に署名か捺印を…》


「へぇ、解りやした…」


 父親を名乗る店長はニャオの指示にあっさり同意した。これまで散々手を焼いてきたんだろう…親子なんて愛情が尽きれば赤の他人だ。


「てぇんめぇっ、何やってんだアッ!?」


 コソコソやってる店長にブチキレたサイ男が突進してきた! 肉親相手でも容赦なしか!?

 あんな鉄の塊みたくカッチンカッチンな巨体にマトモにぶつかられたら、電車に撥ねられたように一瞬で木っ端微塵だ!


「アンタの相手はあたしだろがァーッ!」


 自分から注意が逸れた容疑者を、チャンスとみた留未が左手を突き出して飛びかかる!

 一旦走り始めた猛獣は簡単には止まれない。背後から襲えば勝ったも同然!

 …だが、それはあくまでも四つ脚ならではの話だ。


「ウルセェーッ!!」


 闇雲に振り回した男のぶっ太い腕が、運悪く留未の左手を直撃!

 動物とは違い、獣人は二本脚だから両腕に余裕があり、予期せぬ行動に及ぶことをすっかり失念していた。

 そして、全身鎧な野獣の直撃を喰らった留未の細腕は…先端がグシャリと折れ曲がった。


「留未…っ!?」


 先ほど自分もセブンに同じ目に遭わされた靖利がおぞけて青ざめる。

 だが留未のソレは靖利の場合よりも深刻で…腕先が半ばちぎれ、骨が飛び出し鮮血が噴き出していた。


「…え…あれ…?」


 初日から絶体絶命…新米刑事あるあるはここでも健在だった。





「あ…ゔぁあ…っ!?」


 自身の肉体の異変に一瞬遅れて気づいた留未は、まさに皮一枚でかろうじて繋がっている左手の惨状を目の当たりにしてその場にうずくまった。

 遅れて襲い来る激痛にうめきながらも、なんとか左手の治療を試みるが…怪我しているのはよりにもよってその左手だ。

 盲点…というほどでもないが、留未の治癒能力は左手で直接触れられる範囲でしか効力を発揮しない。

 ということは…左手そのものや、その付け根に受けた傷には手首の可動域の都合上触れられないため、回復不能なのだ!

 サイ男がそれを知っていたはずもないが、のっけからこうもピンポイントで弱点を潰しに来るのは予想外だった。

 戦争映画とかでは浮かれた新兵から死んでいくのをよく見かけるけど…よもや、自分もそうなるとは…っ。


「クソがっ、よくも留未をっ!」


 彼女の窮状を見かねた靖利が飛び出そうとするのを見て…留未は思った。

 また、自分は守られるだけなのか…と。


 幼い頃から家も近くて大親友な二人だったが、その立場は雲泥の差だった。

 早い時期から身体が大きく力も強く、おまけに美人だった靖利は誰からも一目置かれる存在で、近所の子供達のヒーロー。

 それとは引き換えに小柄で非力な留未は、ペンギンなのに水が苦手というウィークポイントも相まって、ちょくちょくイジメられていた。

 …実のところは靖利とは別ベクトルの美少女で、しかも靖利よりは手が出し易そうな留未は密かに男子人気が高かったため、気を惹きたい悪ガキ達の標的にされていただけなのだが。

 そんな留未を靖利はいつも助けてくれた。

 それはそれで嬉しくて、どんどん靖利に憧れはしたものの…

 その一方で、留未自身も気づかないうちに鬱屈した感情が溜まっていった。

 自分がどれだけ頑張ろうとも、靖利には到底追いつけず…

 靖利の輝きが増せば増すほど、自分は霞んでいくだけなのか…と。


 やがて、そんな靖利が半ば自分のせいで刑官となり、おいそれとは会えなくなった。

 かと思えば、遠く離れた都会でも靖利の輝きは霞むどころか、ますます眩しさを増す一方で…あろうことか、ついにはアイドルデビューまで!?

 展開が予想の斜め上すぎてもはやついていけないが、このままでは…そんな彼女と自分とのかけがえのない絆が、完全に断たれてしまう!

 そんな恐怖心にかられたからこそ、留未は相当な無茶をやらかしてまで靖利をここまで追ってきたのだ。

 そしてひょんなことから彼女と同じくアイドルデビューし、さらには同じ刑殺官にまでなれた。

 やっと、靖利と同じ土俵に立てた…それが何よりも嬉しかったのだ。


 それなのに…結局ここでも自分は役立たずで、靖利に守られるだけの存在なのか?

 …嫌だ…そんなのはもう懲り懲りだ。

 自分はいつでも靖利のそばにいて…

 彼女と同じ景色を見ていたいんだ!

 だって…


「あたしだって…刑官なんだからァーッ!!」


 自らを奮い立たせた留未は、もう感覚すら残っていない左手を右手で鷲掴むと…

 ブチブチィーッ!と自ら引きちぎった!


『ぅえぇえ〜〜〜〜ッ!?』


 おぞましくも信じ難いその光景に、靖利達は一気に顔面蒼白。

 父親めがけて突進していたサイ男までもがあっけにとられてタタラを踏んだ。

 留未はその機を逃さず、


「死ィねェーーッ!!」


 絶叫とともに、ちぎれた左手をサイ男めがけて放り投げるッ!

 左手は大きくパーを広げたまま、男の顔面にビタンッ!と叩きつけられた!


「あガッ!?」パァーンッ!!


 直後。サイ男の頭部は断末魔の悲鳴すら残さず、風船のように弾け飛んだ。

 ダラリと舌を垂らした下顎だけになった男の身体はしばらく痙攣した後、父親の前に地響きを立てて倒れ伏し…そのまま動かなくなった。


《…状況終了。向井巡査、お手柄でした。》


 ニャオの冷静すぎるねぎらいが聞こえているのか、留未は左手を失った痛みすら忘れて呆然とその場にへたり込んだまま。

 そこへ、サイ男の死体のそばに転がっていた彼女の左手を拾い上げた葉潤が、気の毒そうな表情を浮かべて近づいてきた。


「身体から切り離されてもまだ効果があるなら…これでソレも治せるんじゃない?」


 …確かに。自分でもまだ半信半疑だが、左手は身体から離れても留未の意志通りに機能した。ロケットパンチみたいな感じで。

 それなら…とぼんやり頷き返して、言われるまま左手首の傷口に押し当てる。

 すると、まるで別の生き物のように向きを変えた左手首は、粘土細工がピタリと接合されるように癒着して…あっという間に元通り。


《…何度見ても信じ難い光景ですね。》


 ニャオが感心したように呟くが、言われた留未本人にもいまだに信じられない。

 左手が一瞬で完治したこと以上に…それを自ら引きちぎってみせた己自身の行動が。

 咄嗟だったとはいえ、自分の身体を切り離すなんて破天荒アクションはゾンビ映画でもなかなかお目にかかれない。


「ナイスファイトだったぞ、留未!」


 急に温かいモノが覆い被さってきたかと思えば…留未は靖利にギュッと抱きすくめられていた。

 彼女がいうほどナイスな選択だったかはさておき、結果的にはうまくいったし、留未ならではの新技も開発できた。


「う〜ん…サムライアタック…ハラキリボンバー…バンザイ特攻…どんな名前がいいかな?」


「パータレッ、もぉ二度とすんじゃねーぞンなバカなコトッ!」


 さっそく新技を封印されてしまった。

 そう命じた靖利の身体がプルプル震えてることに気づいて、留未はプッと吹き出した。


「靖利ちゃん、ホントにコワイの苦手だね?」


 ホラー系だけではなくスプラッタ系も大の苦手な靖利だった。普段から自身が殺人鬼さながらの殺戮絵巻を繰り広げているにもかかわらず。


「あぁ、コワイよコンチクショウッ!

 またお前がいなくなっちまうかと思ったら…

 あん時あたいがどんな思いでお前を助けたと思ってんだバカヤロ…!」


 靖利が震えていたのは…泣いていたからだった。

 かつて泳げない留未が、小蘭華おらんかたち不良グループによって違って海底に引きずり込まれた、あの日…

 巨大鮫の姿に戻った靖利は、殺戮の限りを尽くしてまで留未を守り抜き…それがもとで刑殺官になった。そうならざるを得なかった。

 それなのに留未はといえば、そんな靖利の姿に恐怖を覚え、一時的とはいえ拒絶して…。

 靖利はいつでも留未を助けようと必死なのに、留未はいつもそんな靖利を不安にさせてばかりで…。

 そんな靖利と同じ刑殺官になれたと、留未は何も考えず喜び勇んでいるばかりだったが…

 そんな留未を、靖利は、たぶん…。


「ごめん…ごめんね、靖利ちゃん…っ!」


 やっと彼女の気持ちに気づいた留未は、自らも靖利に抱きついて泣いた。

 これでようやく靖利と同じ立場になれたと喜んでいたが…まだまだ全然及びもしなかった。

 きっと自分は彼女には一生敵わないだろう。

 けれども…それでも…自分は靖利と、ずっと一緒にいたいんだ…!

 だから、これからも…!


「これにて一件落着…かな?」


 いつになく優しい葉潤の声に、留未はハッと我に返る。

 たしかに事件は終わった…はず。

 …でも…何かおかしい。

 これでハッピーエンド…なんて喜ぶつもりには到底なれない。

 何なのだろうか、このやるせない気持ちは?

 見事に強敵を倒せたというのに…

 目標としていた靖利にも、怒られはしたけど根性は認めてもらえたというのに…

 …どうして、こんなに虚しいんだろう?

 ぼんやり視線を漂わせた、その先に…

 既に物言わぬ処刑対象者の亡骸と、その傍らに座り込む店長の姿があった。


「…本当にバカな子だよ…お前は」


 やっと落ち着いて話しかけられるようになった息子に、父親は静かに語りかける。


「小さい頃から、人の言うことなんざろくすっぽ聞かねぇで…口ごたえばっかりで…。

 そんなバカ野郎でも…やっぱり可愛い我が子だからって、甘やかしてばっかりで…。

 …あぁ、そうだな。お前も悪いが、私も悪い。きっと最初っから間違ってたんだ…」


 そんなことはない!…と言ってやりたいのは山々だが…留未たち刑官にそれを言う資格はない。

 誰も彼もが親の期待を裏切って、こうしてこの場にいるのだから。


「こんな私の子に生まれたばかりに…っ。

 ごめんなぁ…許してくれ…っ!」


 息子の亡骸にしがみついて号泣する父親の姿を、刑官達は呆然と…いや、愕然として見つめていた。

 …いや、何も間違ったことはしていない。

 殺人は大罪だ。それは誰でも解る。

 そして、それをしでかした犯罪者が、さらに罪を重ねて犠牲者を増やす前に始末できた。

 刑官達は立派に職務を果たしたのだ。


 けれども…そんな処刑対象者たちを狩る刑官もまた…結局は殺人者に相違ない。

 刑官達は法の番人だ。

 しかし、断じて正義の味方などではない。

 それは…彼らが遵守する法律が、決して人々や社会秩序のために作られたものばかりではなく…

 時の為政者の都合が顕著に表れた、おおよそ誰もが納得できない歪な規則をも内包しているからだ。


「日々、増加の一途をたどる重大犯罪を迅速に取り締まるために僕ら刑殺官がいる。

 捌き切れない膨大な犯罪者は、即刻処刑したほうが世の中は円滑に回る。

 理屈は理解できるけど…こんな光景に出くわす度に疑問に思うんだ」


 独り言のように呟いていた葉潤が、おもむろに同僚達に問いかける。


「僕らがやってることは…本当に正しいのかな?」


 新米の靖利や留未には答えられなかった。

 刑殺システムの統括者であるニャオも、黙して語らない。

 ただ一人、熊田だけが答えにならない回答を返した。


「さぁな…考えたことも無ぇや。

 …けどよ、これだけは言えるぜ。

 それが俺達の仕事で…自由になるための唯一の方法なんだ。」


 そう。彼ら刑官もまた…例外なく犯罪者の成れの果てなのだ。





「ぐがぁ〜〜ぐごぉ〜〜がっがっ…んごっ!

 すぴすぴすぴごごごご…んがっ!」


 工事現場のような騒音に、葉潤が何事かと飛び起きれば…隣室から聞こえてくる鹿取社長のイビキだった。

 枕元の目覚まし時計を確認すれば…時刻は深夜二時。


「マジか…勘弁してくれよ…」


 これから毎晩この騒音公害に悩まされるのかと辟易しつつ、とりあえず水でも飲んで寝なおそうとベッドから起き出す。

 非常灯が灯る薄暗い廊下を進み、螺旋階段を降りて一階へと。

 ホールから共同スペースであるリビングを抜けてダイニングキッチンへ向かおうとした矢先…

 仄暗いリビングの長ソファーに、一匹の巨大なイモムシが寝そべってるのに気づいた。

 得体の知れない怪物でもない限り、その正体は一人しか思い浮かばない。


「…留未ちゃん?」


 呼びかけると、イモムシの一端が綻んで、一羽のペンギン…みたいなおかっぱ頭がひょっこり顔を覗かせた。

 飛べもしないのに、羽織っていたタオルケットをふわりと羽ばたかせると、可愛いパジャマ姿がチラリと覗く。

 ただでさえ実年齢よりも幼い印象なのに、そうしていると小学校低学年にしか見えない。

 ヤバイ、声掛け事案に抵触だろうか?


「…解るよ。あれじゃあうるさくて眠れないよね…」


 留未の部屋は葉潤の自室を挟んで鹿取社長の反対側なので、まだいくらかマシかもしれないが。


「あー…それは別に…。靖利ちゃんも歯軋りとかけっこーうるさいから、もう慣れっこだし」


 仲良し幼馴染としょっちゅうお泊まり会していたことを何気に暴露して苦笑しつつ、


「でも…色々考えてたら、なんか眠れなくなっちゃって…」


 留未はそう言って、また頭からタオルケットを引っ被った。

 …思えば確かに色々あった…あり過ぎた。

 アイドルデビューした靖利を追って、ご厄介になってた刑殺署の拘置所から脱走して…

 彼女と再会したライブ会場で、警備ドローンをブッ壊してお縄になり…

 左手に埋まった異世界物質が原因で、その靖利に処刑されかけたところをセブンの機転で命拾いし…

 なし崩し的に刑官になると同時にアイドルデビューを決め…

 初出動先で容疑者に手痛い一撃を喰らわされていきなり大ピンチに陥ったものの、ド根性で任務を完遂させた。

 嗚呼なんたるジェットコースタームービー。

 朝ドラならたっぷり半年間かけて描き切る波瀾万丈なストーリーを、たった一日で全力疾走したのだ。


 だが…そこで得られた"報酬"は、決して手放しで喜べるものではなかった。

 思えば、留未の場合は葉潤達とは違って、確固たる覚悟があって刑殺官になった訳ではない。

 最初はただ浮かれていただけなのが…いざ死線をくぐり抜けて冷静になってみれば、自分がいかにトンデモナイ現場に放り込まれてしまったのか、今さらながらに理解できたのだろう。

 そして…自分が倒した処刑対象者にも、家族というものがあった。

 かけがえのない一員を失った悲しみには善悪など無関係だ。

 仕方がなかったとはいえ…そうさせたのは留未自身。

 そしてまた…そんな自分の両親にも、もう簡単には会えない立場になった。


「…軽はずみだったって後悔してる?」


 いつの間にか、無遠慮にソファーの隣に腰掛けた葉潤が問う。

 ちょっと前なら驚いて跳ね除けたかもしれないが…今はその温もりが不思議と心地よい。


「気休めにもならないだろうけど…キミは僕らみたく、誰も彼もに愛想を尽かされて刑官になった訳じゃない。

 刑期だって僕らに比べれば微々たるもんだろうし…その気になれば、まだまだやり直せるんだ。

 だから、今はまぁ…社会勉強みたいなもんだと思って、気楽にやってみたらどうだい?」


 ずいぶんディープな社会勉強もあったものだ。

 しかも裏社会よりも足抜けは難しそうだし。

 そんなことよりも、今は…このデリカシーのカケラもない狼男が、まるで子供扱いするように自分の頭をポンポンあやしてくるのが腹立たしい。


「…子供扱いしないでください」


「ん? あぁゴメンゴメン」


 でもその見た目じゃあ無理もないだろ?…なんて茶化せばご自慢の左手で細胞レベルで粉砕されそうな気がするから、今は素直に謝っておく葉潤だった。

 なるほど、靖利が骨抜きにされる訳だ。

 何なんだこのカワイイ生き物は?

 ともあれ、このまま放ってはおけまい。

 新人とはいえ相棒なのだから、寝不足で支障をきたしてもらっては困る。

 仕事は明日も、明後日も…これから当分は続くというのに、初日からこれじゃあ先が思いやられる。

 かといって刑官はそこいら辺の五月病な新人サラリーマンのように簡単には辞めることも出来ない。

 とにかく今は眠ることだ。

 寝ても悪夢は醒めないが、気力や体力は確実に回復する。


「とゆー訳だから、おとなしく寝ろ」


「だから、眠れないんですよ」


 えぇ〜いっ、つべこべ口ごたえするんじゃない!


「じゃあ一緒に寝るか?」


「…へあっ!?」


 驚いた留未の顔が、次第に真っ赤に染まるのを見て、葉潤はしまったと思った。

 こうも幼い見た目や言動だと、どうしても子供扱いしてしまう。

 あまつさえ一端のれでぇに対して、セクハラとも受け取られかねないこの発言は…


「…じ、じゃあ…お願いします」


 …問題ナッシングだった。信じられないことに。





「お邪魔します…」


 礼儀正しくお辞儀してから、留未は葉潤のベッドにそそくさと潜り込んできた。

 ギシギシッとベッドが軋む音に、そこはかとないエロスや背徳感を抱きはするものの…

 …うん。解っちゃいたけど、やはり葉潤は微塵もときめかない。

 女の子というよりは仔猫が寝床に入ってきたようなもんだ…ペンギンだけど。

 対する留未はそりゃも〜見るからに心臓バクバクな感じでカチンコチンに固まってる。


「大丈夫だって、何もしないし」


「え…」


 安心させようとしたのに、なんでかすこぶる残念そうな顔をされた。それなりに期待してたんだろうか?


「やっぱり…先輩も靖利ちゃんみたくスタイル抜群な子のほうが好きなんですか?」


 『先輩』!? 予期せぬパワーワードに心ときめく。

 思えば靖利やセブンが来るまでは、御丹摩署内では葉潤がいちばん職歴が浅かったし…

 その二人とも、揃いも揃ってのっけからふてぶてしくて、先輩を先輩とも思ってなかったしで。

 こんなに初々しい呼び方をしてくれたのは、この子が初めてだ。


「あー…人によりけりだとは思うけど、僕は確かにそうかな? うん」


 内心のときめきを見透かされないよう、努めて冷静かつ率直に質問に答えた…のにますます不服そうな顔をされた。

 まぁ、ルックスだけなら極上な美人が常に隣にいれば、少なからずコンプレックスを抱えてしまうのも仕方ないことかも…


「…じゃあ、おっぱい揉んでください」


「どうやったら『じゃあ』で繋がるのその論法!?」


 予想外の申し出に仰天して跳ね起きた葉潤に、留未は顔をますます赤らめて、


「だって…せっかく一緒に寝るんだし」


「だからなんで『せっかく』なの!?

 お父さんお母さんだって寝床でイチャコラしてるのは最初のうちだけなんだぞ!」


 嗚呼哀シキ現実哉。


「でもでもハムスターやグッピーだって、一緒のケージや水槽に放り込んどけば勝手に増えるじゃないですか?」


 ダメだこの子、一般常識の基準が根本的にズレてる!

 あと、基本的になかなか他人に心を開かない靖利とは違って恐ろしく社交的だ。

 加えて犯罪行為への敷居がすこぶる低いのは周知の通り。

 ある意味では葉潤以上に工作員向きな人材だが…このまま放っておくのはヤバイ気がする!


「それに…男の人におっぱい揉まれたら、おっきくなるって言うじゃないですか?」


 あ〜なるほど、元々の目的はソレか。


「一部ではそんな俗説もあるかもしれないけどね?

 そもそも男が揉みたくなるようなおっぱいは元々おっきい…」


 …いや待て。これ以上はマジコロの危険性が高い。


「コホン。なんで男の人? 女性じゃダメなの?」


「靖利ちゃんにはいくら触ってもらってもダメでした」


 なるほど納得…って二人してンなことしてたんかいドキドキ☆

 そして既に結果出てるじゃん。毛根が残ってない状態でいくらニュー◯ぶっかけても効果ないのと同じだよ。…ってだいぶん違うか。


「それに…先輩ならカッコイイから、触られてもいいかなって」


 軽っ!? 軽すぎるよこのペンギンJK!

 でもカッコイイ言ってくれてありがとう!


「でもあのね、世の中には未成年保護法とか淫行罪ってものが…」


「どーせあたし達は前科者なんだから、今さらじゃないですか?」


 …そゆとこだけ嫌に冷静だな。

 だが言われてみれば、それもそうか。

 ここで普通の童貞ラノベ主人公なら、いや、しかし…などと躊躇するところだろうが、散々場数を踏んできた葉潤は普通ではない。


「じゃあ遠慮なく。」


 ふにっ♩


「ぁひんっ!?」


 いきなり馬乗りになって、ほんのささやかに盛り上がった双丘を鷲掴んだ葉潤に、留未はカワイイ嬌声で応えた。


「うん、やっぱ全然ときめかないね」


「…吹き飛ばしてもいいですか?」


「ちょ待っ!? それはマジ勘弁してくださいっ!」


 これまた無遠慮に葉潤の股間に左手をあてがって唇を尖らせる殺人ペンギンに、葉潤はまともに青ざめた。なんて恐ろしいエロチビなんだ…。


「…おっきくなりそうですか?」


「…どっちの話?」


「…両方です」


 乳のほうなら正直、絶望的だな…なんて答えようものなら自分の股間に風穴が穿くので、葉潤は黙して語らない。

 そしてこっちのナニをおっきくしたいなら、まずその凶器をどけろ。ただでさえ無反応なのに、なおさら縮こまってどーしょーもない。


「てゆーか、キミのおぱいと僕のおちんにいったい何の関係が?」


 おちんゆーな。

 しかし留未は極めて冷静に、


「あたしだって…男の人にモテたいんですよ。子供扱いとかじゃなくて…!」


 あ、そーなの? てっきり靖利とデキてるもんだとばかり…


「ソレはソレ、コレはコレです!」


 認めるんかい欲張りだな!?

 だが留未は素直に己をさらけ出した。

 ならば葉潤も正直に答えねばなるまい!


「…それなら無理だね。」


「んなっ!?」


「だってキミ、可愛すぎるもの。だからムリ。僕はカワイイ子は女の"子"としてしか見られないから」


 それを聞いた留未は一瞬キョトンとして…その顔が見る間に真っ赤に染まった。

 一方の葉潤が今度はキョトンとなる。徹底的に突き放したはずなのに、おかしいな?…と。


「…先輩ってホントにデリカシーのカケラも無いですよね…」


 よく言われるが、葉潤にはそれが解らない。

 下手に期待を持たせるよりはバッサリ切り捨てたほうが、お互いスッキリすると思うが?


「けど…それなら、まだ可能性はあるってコトですよね?」


 いやいや"けど"も"それなら"も"まだ"無いけど!?

 だからそんなモン一ミリもないって今伝えたばかりなんだけどな、この鳥頭ムスメは!?


「そのうち、こんなモノに頼らなくっても絶対に先輩を振り向かせてみせますから…」


 凶器の左手がやっと引っ込んだことに安堵する葉潤に、


「はやく私がイイ女ってことに気づけ、このナンパ狼☆」


 留未は思いきりあっかんべーをしてから、屈託なく笑った。

 いつかどこかで見たような、その笑顔。

 獣人のタイプこそ違えど、両方名前に『未』が付いてるし…こんなのも腐れ縁っていうのだろうか?

 お互いまったく気は休まらないはずなのに…そばにいるだけで、どこか安心できる。

 かつての彼女も、この過激テロ娘も、やたらと葉潤に固執する理由はそれか?


「…やれるもんならやってみなよ」


「あ、でもおっぱいは今すぐおっきくなりたいです」


「…まだ続けるのかい?」


 激甘バカポーなんて全員爆ぜればいいのに。


 …翌朝。

 二人を起こしに来た鹿取社長が、ベッドの中でくんずほぐれつしたまま寝落ちしていた彼らの淫行現場を目撃して大騒ぎしたのは言うまでもない。


 ところで。

 この世界の転生システムにおいては、強い因縁で結ばれた者同士は、その後も比較的近くに生まれ出づるか…

 はたまた、たとえどんなに離れていようとも、いずれは奇妙な縁に導かれて群れ集う宿命にあるのだが…

 それはまた別のお話。





 そして御丹摩署では…

 朝っぱらからピッタリくっついて離れない狼とペンギンが皆の注目の的だった。


「…たった一晩でいったい何が…?」


 と危ぶむ靖利に、鹿取社長はチィッと舌打ちしつつ(どーでもいいけどアンタ、自分の会社ほったらかしてて良いのか?)、


「一晩もありゃ仕込みは充分よ。元々捕食関係だしね」


「んなっ!?」


「や、どっちかってーと僕が喰われる側なんだけどね…」


「なななっ!?」


「えへへへっセーンッパイ♩」


「なんなんなん…っ!?」


 昨夜の別れ際の鬱展開には靖利ですら相当こたえて、大丈夫かなぁアイツ?とか心配してたのに…。

 一晩経ったら自分の知ってる子が別人にすり替わってたよーな衝撃に見舞われている靖利のそばで、


「ぅわ〜ぉ、まさに嵐を呼ぶ女ですねぇ…」


 などとワケワカラン感心をしているボン子達一同。

 それ言っちゃったら配属初日からボン子ん家に居候を決め込んだ靖利も相当なもんだとは思うが…

 やはり男女を同じ屋根の下に放り込んだら多かれ少なかれこうなるのは世の常人の常なのか?

 けれども…


「先輩センパーイ☆」


「あんまりくっつかないで。鬱陶しいよ」


 一見、塩対応が過ぎる葉潤も本気で嫌がってる訳じゃなさそうだし、そこに果敢にじゃれつく留未のなんとも嬉しそうな様子が…靖利にはとにかく羨ましい!


「おいおい、ここはいつから幼稚園になったんだよ…」


 とさすがの熊田も引き気味だが…割と最初からだと思うぞ。身長低めなメンバーも多いし。

 そんな熊田の背後からこっそり這い寄る混沌鮫むしゅめ…


「って何やってんだお前は? 俺はあんなキショい真似は絶対やんねーぞ!」


「ずがびぃーーんっ!?」


 すげなく袖にされて涙をちょちょ切らせる靖利たん。

 留未達みたく大っぴらにじゃれあう度胸はないが、せめて隣に寄り添ってみたかっただけなのに…。

 鋼の打たれ強さの留未とは真逆にこっちは豆腐メンタルなんだから、もうちょい手加減したれや熊田ッチ。


《朝っぱらから脳みそのシワまでたるみがちな皆さん、おはようございます。》


 そこへいつものように小洒落た皮肉とともにニャオがひょっこり姿を現した。…てかいつも思うが、もっと穏便な登場はできんのか?

 しかしその傍らに百地署長までいることに気づいた面々は、不穏な空気を感じて一様に口ごもる。

 朝っぱらから彼がこの場にいるということは…


《ご名答。皆さんの眠気やノロケも吹き飛ぶ耳寄りな情報をお持ちしました。》


 眠気はもとから吹き飛んでたけどノロケまでかい。余計な一言はもぉいいから早よ言えや。


《昨夜の処刑対象者が購入した薬物について、その家族から提供された現物の調査を進めたところ…興味深い事実が判明しました。》


 獣人社会の薬物汚染はもはや常態化しており、取り締まりが追いつかないため、その使用は自己責任に委ねられ刑殺の管轄外となってはいる。

 しかし中には極めて致死性の高い明らかな違法品や粗悪品も出回っているため、一応は追跡調査が行われているのだ。


《今回の該当品は、品質こそ可もなく不可もなくで比較的優良なものでしたが…》


「危険ドラッグに優良もへったくれもあるか。いったい何が問題なんだ?」


《問題は、その出所です。》


 痺れを切らした熊田にせっつかれて、ニャオは問題のクスリのパッケージをホログラムに投影してみせた。

 一般的なカプセル式の錠剤が複数個連なった、極ありふれたタブレットとなっており、当たり前だがメーカー名等の表記はない。

 しかし、そのパッケージの端には製造コードと思しき数字とアルファベットの羅列が律儀に刻印されており…


《このコードの表記方式が『マチルダ製薬』のものに酷似しています。》


「マチルダ製薬っていったら…あの!?」


 鹿取社長が驚愕する。

 薬なんぞとはおおよそ無縁なその他の面子はピンと来ないようだが…

 医療機関で使用される正規の医薬品から健康補助食品まで幅広く取り扱い、各種メディアでCMもジャカスカ流している業界最大手の老舗メーカーだ。


《それだけに流通量も他の薬物とは桁違いに多く、価格も比較的安価なため、瞬く間に巷に浸透した模様です。》


 それが事実だとすれば、世界を揺るがす大事件だが…

 しかしニャオは先程、このクスリが「優良」だと言った。ならば刑殺が動く必要はないはずだが?


《ですから問題はその出所です。

 コレを街中で販売している売人の活動拠点を洗ってみたところ…いずれも『世界総合教団』の信者でした。》


「…やっぱりか…!」


 葉潤が歯噛みする。

 先日、彼が壊滅させた小規模教団も、もとを辿ればソコに連なることが薄々判明していた。

 しかし相手は世界規模で急速な発展を遂げた大規模組織であるため、刑殺の力量では太刀打ちできそうにもないのが実情だった。


《つまり…マチルダと総合教団は繋がっています。》


 もっと言えば、教団の活動資金を得るために大手メーカーを利用して荒稼ぎしている訳か。


「…そしてダ。」


 そこで、今まで黙ってニャオの解説に相槌を打ち続けていた百地署長が初めて口を開いた。


「ここまで来ればァ、彼らの背後にいるのが"何者"かァは…もはや歴然だねェーイ?」




【第七話 END】

 今回は文章量としては比較的少なめですが、密度が濃ゆすぎてもうお腹いっぱいな感じなので、程々で締め括りました。

 はい、ネタバレになりますがピン子はやはり健在でしたねぇ〜(笑)。

 サブタイトルの『新星』とは実は彼女のことだった…とゆーオチです。

 そしてちゃっかり御丹摩署メンバーにまで昇格とゆー。これまた当初はまったく想定外でした。


 ぶっちゃけると、靖利の尽力で親しみやすさが増した感じの熊田に比べ…

 葉潤のほうは若干孤立気味というか、他のメンバーに気を遣って一線引いてる感があったので、無理やり引きずり出すためにピン子とバディにしました。

 あと、恋愛的には小学生レベルでなかなか進展しないであろう鮫熊コンビを刺激するため、あえてイケイケにしてあります(笑)。

 男女比率的にも丁度半々でよろしいのではないかっちうことで。


 そんなこんなで主要メンバーもやっと出揃ったようなので、いよいよ黒幕も満を持してその本性を現し始めました。

 果たして、謎の異世界人達はいったい何がしたいのか?

 そして、いまだ謎だらけな百地署長の思惑やいかに?

 そしてそして、セブンはいったいいつになったら活躍できるのか?(笑)

 また作中でもチラッと触れましたが、ボン子の名字『七尾』との関連性は?…え、無関係だと思った? んな訳ないぢゃん(笑)。

 様々な謎を秘めつつ、物語はさらに深みを増していきますので、乞うご期待!

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