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野性刑殺  作者: のりまき
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新星誕生!

【前回のあらすじ】

 小蘭華おらんか討伐後、帰りのステルス機内で不覚にもイチャコラしまくってから互いを意識し始めた、小学生レベルの恋愛感情の持ち主である靖利と熊田…のことはさておき。

 葉潤はうるは自らに課した使命のため、休暇返上でとある新興宗教についての潜入捜査を続けていた。

 お得意の変身能力でまんまと教団本部内への侵入に成功した彼は、教祖や信者もろとも葬り去った。

 が、それは世界規模での強大な組織力を誇る邪教組織のほんの末端に過ぎないのだ。


 しかし今回は破壊した祭壇の中から、台座に埋め込まれた不可思議な小石を発見。

 それは先日のシャチUFOから回収された機体の破片と同じく異世界の物質で、獣人の理性を狂わせ闘争本能を駆り立てる作用が確認された。

 異世界からの地球侵略が密かに進行中であることを察知した御丹摩ごたんま署の面々は、いまだ正体を現さない彼奴らとの全面対決を誓う。


 一方、非番中の熊田はかつての親友の墓参りに訪れた先で、その恋人だった幼馴染の鹿取蓉子かとりようこと再会する。

 UFO討伐のマスコミ報道で靖利の存在を知り興味津々な彼女は、是が非でも会わせろと熊田にせがむのだった…。





 暗がりの中、突然けたたましいドラム音が雷鳴のように轟き渡る。

 それに呼応するようにベースがシンプルなリズムを刻み、それらをつんざくギターのスラッシュが次第にメロディアスなコードを爪弾き始めた。

 すると一本のレーザー光が上空を貫き、そこから何本もに枝分かれして場内を眩く照らす。

 それまで真っ暗闇だった広大な空間に、夥しい数の群集が詰めかけているのが判った。

 ある者はリズムに合わせて身体を揺さぶり、またある者はのっけから気が触れたかのように叫びまくり…とにかく尋常ならざる熱気が漲っている。


《れでぃーす・あ〜んど・ぢぇんとるめーん。》


 一筋のスポットライトに照らされ、唐突にステージ上に姿を現した少女が、えらく古風な口上を述べると、その場のボルテージが一気に跳ね上がった。


『ニャオちゃあーんッ!!』


 観客席から名前を呼ばれたステージ上の少女は、チャイナドレス風の改造刑殺官制服にメガネ姿。ただし正式な制服とは色味が異なり、紫がかったコバルトブルーだ。

 これだけ異様な興奮状態の場内でも顔色一つ変えない彼女は…言うまでもなく、あのニャオだ。


《今宵はステキな処刑場へようこそ。》


 いきなり物騒なコトをのたまい出したが、群衆は真逆に『ぅを〜〜〜〜ッ!!』と大喜びだ。実にイカレている。


《まずは残りの処刑人をご紹介。

 一人目、無期懲役の暴走虐殺HWM・七尾ボンバイエ。》


 ニャオのアナウンスに合わせて二筋目のスポットライトがステージ上に降り注ぎ、そこにスタンバッていた小柄な人影を照らす。

 一見チビっこいが、出るトコ出てるナイスバデエ。この見た目年齢でこのセクシーさはまさしく存在自体が犯罪級!


「こんばんわ〜七尾ボンバイエどぅえ〜っす! 『なおなお』って呼んでねぇ〜☆」


 図々しくも自分で愛称を指定しやがったボン子が着用しているのは、ニャオ同様の女性刑官制服…だが、やはりいつもとはかなり色味が異なり、目がチカチカするような蛍光イエローだ。


「ボンちゃあーんっ!」「カワイーッ!」「目からビームで切り刻んでぇ〜っ!」


 ファンから本人以上にイカレた声援が飛ぶが、誰一人として彼女が指定した愛称では呼ばない。


「…プンスカ♩」


 あ、怒った。見た目にはまったく判らないけどメチャ怒ってはるわ。てか怒りの沸点低すぎね?


「じゃあお望み通りに会場ごと切り刻んで差し上げるですよぉ〜♩」


 と、会場を飛び交うレーザー光線と同様に目を光らせ始めた矢先、


「ちょちょちょお〜っ、何やってんのさ!?」


 慌ててステージ脇から飛び出してきた、これまたちんまい人影を、遅れてスポットライトが追っかける。

 まんま天使のような見た目に、またまた女性刑官服姿だが、その色合いは公務員にはあるまじきショッキングピンク!


《二人目、異次元からの来訪者・ナンバーセブン。》


 元来嘘がつけないAIのニャオはそのまんまズバリ紹介しているが、もちろん観客は誰一人まともには受け取らない。


「ナナちんキター!」「またまたカワイー!」「美幼女コンビ最高ーッ!」


 いや幼女て。年齢不詳なセブンはともかく、HWMのほうは明らかにこの場の誰よりも御年配なんだが…。

 会場大盛り上がりの中、ナチュラルボーンキルゼムオールなHWMを止めるべく背後から羽交締めにするセブンに、


「そもそもアータが『ナナちん』呼ばわりされてるから、本来『七尾』姓のあたしがそー呼ばれないんですよぉ〜!」


 アカン怒りの原点ソコだった。なだめるには明らかなミスキャストだが、


「とにかく落ち着いて、目からビームはらめぇ〜!」


 それでもセブンは必死でボン子を止めようと身体を押し付ける。


「アハーソ興奮していきり勃った男の娘の股間があたしのお尻にジャストフィットぉ〜ん☆」


「って公衆の面前でナニやってんだお前らぁーッ!?」


 たまりかねてステージに飛び出す最後の一人

…長い黒髪の長身美女にスポットライトが降り注ぐと、会場の熱気は最高潮に!


「待ってましたァッ!」「お姉さまァーッ!」「あたしにも齧り付いてェーッ!!」


 …観客のイカレっぷりも最高潮に。あんな大顎に齧られたらタダじゃ済まんぞ。


《ラスト、デカいタッパに乙女なチキンハートの我らがリーダー・鰐口靖利わにぐちやすり。》


 …ニャオの紹介になにやら不穏な私情が滲み出てる気もするが。

 勢いきって飛び出してから、大勢の視線が自分に降り注いでることに気づいた靖利は、途端にロボットのようにぎこちない動きで愛想程度に手を振り返す。

 そんな彼女のスタイル抜群な身体を包み込むのは、いつにも増してパッツンパッツンなエメラルドグリーンの女性刑官服。

 よもやグリーンがリーダーとは…。最近の戦隊モノにはいないし。


 そんなこんなでステージ上に勢揃いした御丹摩ごたんま署の女性陣に、街一番の巨大ホールを埋め尽くした無数のファンからやんややんやの拍手喝采。


《…では皆さん、打ち合わせ通り行きますよ。》


 小声で囁くニャオに各々頷き合い、何度も練習を重ねた陣形ポーズをとる。

 それを確認したニャオは再びアナウンスモードに戻り、


《お待たせしました。私達…》


『ポリッシュ・ポリシーですっ☆』


 全員一致でグループ名を斉唱。

 ポリッシュ・ポリシー、略してポリポリ。

 『ポリス』に掛けてあるのは言うまでもない。なんたるナメくさったネーミング。

 それでもさらなる大歓声を浴びて、


《それでは、状況開始!》


 ニャオのお馴染みの開始宣言に、満場の観客はウワァーーーーッ!と大歓声。


《さっそく第一曲…》


 …え、歌うの?

 実質こっちのがリーダーっぽいニャオのアナウンスにそこはかとない不安がよぎったところで、


「ちょい待ち。その前に…これだけは言わせてくれ」


「…ボ、ボクも…」


 マイクパフォーマンスを奪った似非リーダーの靖利がステージ中央に進み出ると、その後をセブンもトコトコついてくる。

 そして二人揃ってマイクを掲げ、しこたま深呼吸して…


『なにコレぇ〜〜〜〜っっ!?』


 涙交じりの絶叫が会場中に響き渡った。





 靖利の疑問に答えるためには、しばらく前に話を戻さねばなるまい。

 葉潤が持ち帰った謎物質のおかげで明らかとなった異世界からの侵略行為に、皆が戦う決意を新たにしていたところへ…


「…なんか盛り上がってるトコ悪ィが、ちょっといいか?」


「オ、オッサン…!?」


 署長室のドアをノックもせずに開け放ち、ひょっこり顔を出した熊田に、それまで意気揚々としていた靖利は一転して挙動不審に。

 しかも今日の彼は珍しく人化してイケオジになり、さらには漆黒のスーツ…てか喪服でバッチリコーディネート。モロに靖利のツボだ。


「おやァ熊田くゥン。キミが非番中に出署するなんて珍しいこともあるもんだねェイ?」


 百地ももち署長も興味深げ。

 職務に熱心な葉潤とは違い、熊田はオフはきっちり満喫するタイプだ。


「いやなに…ちょっとソイツに会ってみたいってな命知らずがいるもんでな」


 と熊田に直接指差されて、靖利の胸は一際高鳴る。

 だがそれ以上に周囲の関心はますます跳ね上がった。

 実質的には犯罪者の巣窟な刑殺署に自ら尋ねてくる一般人など普通は皆無だし、あまつさえ見ず知らずの刑官をご指名してまで面会したがるなど、まさに命知らずな行為だからだ。

 それも熊田の知り合いと来た。一匹狼の熊田に、そんな肝が据わった知人がいたというだけでも驚きだ。


「で、まずは署長に許可をと思ったんだが…全員揃ってんなら話が早ぇ」


 と熊田が手招き…しようとするよりも早く、


「どうも〜♩」


 気さくに手を振りながら勝手に入室した獣人女性を見るなり、皆はますます色めき立った。

 なにしろ『女性』である。あの熊田にそんな知り合いがいたという時点で二度ビックリだ。

 しかもこれが、なかなかの美人ときてる。

 そう判るからには人化している訳だが、ご丁寧に当部の角だけ獣のまま残してあるため、すぐに『鹿型獣人』だと誰もが判る。いわゆる半人半獣の姿だ。


 かつて地球上に人間と獣人が等しく溢れていた頃には、自身が獣人であることを周知し、かつ人間をいたずらに怯えさせないために、こうした半獣形態をとる者が多かった。

 だが人間不在となった現在では、わざわざそんな気を回す必要も無くなったため、日頃は獣形態のまま過ごし、式典などの公式の場でだけ人化するのが一般化している。

 何故なら、半獣形態はいわば中途半端に人化を止めたモードであるため、どちらか一方の形態に割り切るよりもストレスが掛かるからだ。

 そして、半獣形態を好んで多用するのは、普段から自分の顔を売ることが必須な企業トップなどのやんごとなき人々…。

 それが熊田の知り合いってだけで三度目の驚きである。


「どもども、鹿取かとりと申します。はいコレ名刺です〜♩」


 極上の営業スマイルを浮かべた彼女に手慣れた様子で名刺を手渡されると、さすがの署長も若干気圧された様子でそれに目を通し…


「鹿取エージェンシー代表取締役…鹿取蓉子かとりようこ

 はて、どこかで耳にしたよーなァ…?」


《有名広告代理店ですね。現在ではその他に映画・音楽・出版など…あらゆるエンターテイメント事業を展開する一大グループ企業です。》


 すかさず解説を挟んだニャオの弁に、これまた誰もが総毛立つ。


「え…マジ…?」


 そんなバケモノが、よりにもよって熊田の知り合いとは…。

 頭をハンマーで思いっきりブン殴られた挙句、ようやく身近に感じ始めた彼との距離を一気に引き離されたような感覚の靖利に、


「えっ、まっ、やぁ〜だぁっ! ホンモノのほうがメチャメチャ可愛くてイケてるじゃな〜いっ!?」


 鹿角美人はお構いなしにズイズイ顔を近づける。獣人は人間以上にテリトリーを気にするが、ンなもんガン無視のゼロ距離近接だ。

 大親友のピン子ですら、ここまで無遠慮に近づくことはなかったし、ボン子も最初のうちはそれなりに遠慮していた。今じゃもーすっかり開き直ってチョメチョメだが。

 あと、彼女にはツノが生えている。

 ツノ付きは大概エラいし強いし三倍速い。

 そして鮫に角は無い。

 肉食動物と草食動物という食物連鎖的な立場の差はあれど、一応は人類である獣人社会においてはヒエラルキーが最優先される。


「ぇ…ぇと…?」


 様々な疑問や感情が渦巻いて、咄嗟に反応できない靖利の様子を見て、


「ハイハイそこまでぇ〜。お姉さまをビビらせるなんてなかなかのお方ですねぇ〜?」


 と、溜まりかねたボン子が間に割って入ったが、それを見た鹿女はますます目を輝かせて、


「わっ、こっちもすんごいハイレベル!?

 …よく見たらそっちの男の娘も、こっちのメガネっ子も余裕で面接試験パスできるじゃん!

 何なのこの警察署〜!?」


 そーゆーアータこそ何なのか?


「男の娘って…一瞬で見抜かれた!?」

「メガネっ子…やはり私はメガネが本体なんでしょうか?」


 審美眼に長けた鹿女の査定に、揃ってショックを受けるセブンとニャオ。異世界人とAIまでもを戸惑わせるとは恐るべし。


「えーっと…ずいぶんユニークな人だけど、もう少し落ち着いて頂けますか?」


 傍若無人な鹿女をなだめるべく呼び止めた葉潤だったが、


「…っ!?」


 彼の顔に目を向けた途端、鹿女はポポッと頬を染めて、


「あ、あのぉ…結婚を前提にお付き合いしませんか!?」


「いやいやオメェ、アイツに操を立ててたんじゃねーのかよっ!?」


 反射的にツッコんだ熊田に、鹿女はいけしゃあしゃあと、


「誰もそんなコト言ってないし?

 あの人以上にカッコイイ人がなかなか現れなかったから、なんとなーく次に移る気になれなかっただけだし〜♩」


 あー…お気に入りのドラマが終わったりキャラの出番が終わったりした直後は◯◯ロスとか言って黄昏れてみたりするけど、その後の新作がそれをも上回る面白さだとアッサリ乗り換えて、前作はマッハで忘れる視聴者の行動原理キタコレ。


「あ、あはは…少し考えさせてください」


 おんやぁ? 即お断りしないあたり、葉潤にも思うところがあるのか? なんやかやで美人ではあるし。

 薄々気づいてる方も多いだろうが、神父なんぞやってた割には彼に他人への思いやりは皆無なので、通常は下手に希望を持たせるようなことはしないし。


「ったく、どいつもこいつも…」


「あ、あの…結局ナニがしたいんだこの人?」


 頭を抱える熊田に遠慮がちに擦り寄った靖利がおっかなびっくり尋ねると、


「…あ〜そうそう、一番大事な用事を忘れるところだった!」


 鹿女はポンっと手を打ち鳴らす。

 『馬鹿』って書くぐらいだから一般に頭悪さげに思われがちな鹿だが、実際にはそんなコトはない…と思いたい。

 その馬鹿女、いや鹿女はやおら靖利の肩をガッチリ掴み、


「YOU、アイドルやっちゃいなYO!?」


「…はぇ?」


 いやこの御時世、そのセリフはもうアウトだろ…。





 人類が文化的な生活を営む限り…

 たとえ獣人が支配する世界になっても、アイドルだのスターだの、映画だのテレビだのといったエンターテイメントは必要不可欠である。

 繁殖力がすこぶる高い獣人が大地にはびこり、人口が優に数百億を超える昨今、コミュニケーションや社会規範を築くためにもその存在はますます重要となっている。

 なので靖利も物心つく前からそうした存在に囲まれて育ち、誰もがそうであるように幼い頃にはそんな存在に憧れもした。

 だが靖利の場合は男兄弟が多い環境下で育った影響もあり、次第にヒロインよりはヒーローに憧れるようになり…

 また水泳で注目されるようになってからは、夢とも現実ともつかない曖昧な存在よりも、必然的に実在する有名アスリートを目指すようになっていった。

 従って…


「ア…イドル…って、あたいが!?」


 鹿女の勧誘はまさに寝耳に水、万に一つも考えたこともない突拍子もない提案だった。


「そそそ。次代のスーパースターの発掘…それこそが私の仕事であり使命。

 その私が一見した瞬間にビビビッとキタ…これぞまさしく、アナタの宿命だって!」


 力説する鹿女の瞳は、人化しているにもかかわらずイマイチ視点が定まらない鹿の目そのもので…よーするにイッちゃってる。


「い、いやいやイヤイヤ無理むりムリッ!?」


「そんなコトないないナイナイ、有りアリ在り蟻ッ♩」


 当然のごとく拒絶する靖利の意見を頭ごなしに再否定して、ゴリゴリ押しまくる鹿女。さすがは業界人ならではのしつこさだ。


「これは…ある意味、宗教勧誘よりも悪質かもね…」


《そんな悪徳業者に求婚されてましたね貴方は。》


 他人事のように呆れ返った葉潤だったが、ニャオの的確すぎるツッコミに当事者であることを再認識してサァー…ッと鮮やかに青ざめた。


「だ、だって…あたいは刑官だし…っ」


 刑殺官の大半は元重犯罪者。

 それでなくとも処刑対象者をバッタバッタと殺害して回る刑殺官はいわば大衆の敵であり、タレントとは真逆の存在だ。

 そんな代物がアイドルデビューなど、まさに愚の骨頂。靖利が尻込みするのは当然である。


「どってことナイナイ、そんなの♩」


 ところが鹿女の戦略プランはその遥か先を見据えていた。


「かつては獄中の囚人達が結成したバンドが人気を博したり、おカタイイメージの弁護士がバラエティー番組出演で親しみやすさを得た挙句、国会議員や都道府県知事になったり…なんてコトもザラにあったわよ」


 そう言われても、刑務所も裁判所も弁護士も現代社会では存在しないため、靖利にはいまいちピンと来ない。

 ついでに意見対立ばかりで一向に進展せず時間だけを浪費する議会制度も、現在ではAIの登場で半ば形骸化した結果、大幅に小規模化・簡略化されている。


「こないだのニュースでピンと来たのよ。

 普段は世間の嫌われ者、社会の汚物みたいに扱われてる刑殺官が、アナタの場合は何故だか逆に誰も彼もがチヤホヤ…」


「おまっ、もうちょいオブラートに包めっ!」


 署長の眼前だというのに歯に衣着せぬ鹿女に慌てふためく熊田だが、肝心の百地は興味深げに耳を傾けている。


「調べてみたら、学生時代にも既にその片鱗が十二分に発揮されてたみたいね?

 かつての水泳界のホープが、突然の大量殺戮…でもそれは不良に絡まれた親友を助けるためのやむを得ない行動だった。

 それが判った途端、世間は一転してアナタの擁護に傾いて、挙句には地域の権力者を追い出す運動にまで発展した…」


 このエピソードは今でも有名なので、ニュースまとめサイトを見ればすぐにヒットする。

 だが当事者の靖利にとってはいまだに悔いが残る事件であり、エゴサにも興味がないため世間の評判など知ったこっちゃない。

 ただただ、一見軽そうな印象とは裏腹に、したたかに地盤固めをしてきた目の前の鹿女の侮れなさに恐れをなすだけだ。


「つまり…アナタには生まれながらにスターとしての素質があるのよ!

 どんな逆境も跳ね除けて、かつての敵をも味方につける、誰にも真似できないカリスマが…!」


 言われてみれば、確かに…と誰もが腑に落ちた。

 最初はあからさまに邪険に扱っていた熊田ですら、今では靖利の天然パワーにすっかり魅了されてしまったことだし。


「それこそが私の追い求めてきたモノよ。

 混沌の中から導き出される希望の光…

 過去の常識にとらわれないニューウェーブ…

 ありそうで無かったネオスタンダード…

 まったく新しい次世代のアイドル!

 私は、それをこの手で創りたいのよっ!!」


 熱く語る鹿女の言葉には、得体の知れない吸引力があった。

 まるで、新たな宗教の源流のような…。


「ほう…これは確かに面白そうだね…」


 日頃からカルト教団を追っている葉潤としては、この兆候は見逃せない。

 なんだかんだで鹿女に興味を持ったようだ。

 …それが彼女の求める想いかどうかは、また別の話だが。


「ねっ、私と一緒に新たな時代を創りましょっ、靖利さんっ!?」


「そ、そそそーは仰られましても…」


 ま、こんだけ盛りに盛られた後で、ソレを目指せとか言われたら、フツーはそーなりますよね〜。

 その心意気や誠にアッパレだけど、実際にやらされるのはこっちなんだし。誇大妄想な上司を持った部下が散々苦労させられるのは何処も同じか。

 ガタイのデカさと踏ん切りの良さには定評のある靖利だが…基本はまだ十代のビビリな乙女に過ぎないのだ。

 しかし、鹿女には既に妙案があった。


「ダイジョブ、ここにいる娘達も一緒にデビューするから。グループアイドルとして!」


『…ハァッ!?』


 それこそまさに寝耳に水…いや寝耳に熱湯な爆弾発言に、容赦なく吹き飛ばされるその他の面々。

 対岸の火事を決め込んでたら、いつの間にか周り中が延焼して逃げ場を失っていた!


「だってだって、みんなメチャ可愛くってキャラ立ちまくってるし。そのまま放っとくなんて勿体無いじゃない!?」


「お前なぁ、またそんな勝手な…」


 と呆れ果てる熊田だったが、しかし。


「はぇ〜…あたしがアイドルですかぁ〜。

 世の中ときどき信じられないコトが起きるもんですねぇ〜長生きはしてみるもんですぅ♩」


「ボク、テレビ出れるの? ドカヘルライダーみたいに!?」


 …あれ? ボン子もセブンも意外とヤル気だ?

 ちなみに『ドカヘルライダー』とは…って説明するまでもないか。いわゆるニチアサ枠の小っちゃいお子様とそのお母様と大っきいお友達向けのトラディショナルヒーローである。


「いやいや待て待て、あたい達が勝手に決めていいコトじゃないだろ!?」


 この期に及んでなおも常識的な靖利は、最後の砦とばかりに祈るような視線を百地署長に手向ける…が、


「イィ〜〜〜〜イ話だねェイ! 存分にやりたまえイッ!!」


 ハイ、予定調和ですね解ります。


「いやはや、まったくお嬢さんの言う通りィ!

 庶民の共感も得られないまま法の番人を名乗るなど、あってはならないはずなのにダ…

 いつしか我々はそれが当然と思い込んで、自らの理屈を庶民に押しつけていたンだねェイ!

 このは話は今すぐ上に通しておくからァ、諸君らも存分にアイドル活動に勤しみたまェイッ!!」


「あわわわショチョーン…」


「とゆー訳だから鰐口くゥン…コレは『職務命令』だ、ヨ☆」


 物分かりが良過ぎて、かえって話が通じなくなってる百地を前に、靖利の希望は儚くも潰えた。


《…では私は今後の勤務日程を練り直します》


 仕方なさげに踵を返しかけたニャオに、


「なに言ってんのメガネちゃん、アナタもアイドルやるのよ?」


 瞬間、ニャオのホログラムに激しいノイズが走り、室内のあらゆる照明機器がチカチカ明滅した。

 署内の電源設備は彼女が一括管理しているので、それだけ衝撃的なお達しだったのだろう。

 AI殺すにナイフは要らぬ。空気読めない上司が居ればいい。

 

《…メガネ…ちゃん?》


 想定外な鹿女の言葉に、油が切れたロボットのようにギギギィ〜ッと振り返るニャオ。


「そそ。アイドルグループにはアナタみたいなインテリタイプのメガネっ子が必要不可欠でしょ?」


《…そーゆー割には実際、メガネを掛けたアイドルなんてほとんどお見かけしませんし、そもそもインテリなんて最も程遠い…以下略。》


 コラコラ、そゆことは解ってても言っちゃイケナイ!


「てゆーのは建前で、三人だけだと靖利ちゃんだけ異様にデカくて後はチビだからバランス悪いし。

 三人とも後先考えないイケイケばっかだと勢いにかまけた昭和アニメみたいで、ファンがついていけない恐れがあるわ。

 メガネちゃんが加わることで、身長的にも精神的にも俄然調和が取れるのよ♩」


 ホントにノンオブラートだなアンタ!?

 てか昭和アニメて…いったい何世紀前よ?


《…とのことですが?》


 最終判断を委ねるニャオに、百地署長は大らかに頷き返し、


「キミもたまには仕事を忘れてはっちゃけてみても良くはないかねェイ?

 AIにしておくには惜しいくらい愛らしいと、私も常々思っていたことだしねェーイ♩」


 いやアイドルだって仕事ですから!

 しかし後半の殺し文句が効果テキメンだったのか、ニャオはすぐさま鹿女に向き直り、


《ふつつか者ですが、今後ともよろしくお願い致します。》


 案外扱いやすいなコイツも。

 ちなみにニャオは普段からあらゆる業務を並列処理でこなしているため、今さら新事業の一つや二つ増えたところで、どうということはない。

 てな訳で残るは靖利のみと相成った次第だが…ここで熊田がナイスフォロー。


「諦めろ。一旦火が点いちまったコイツは意地でも曲がらねぇからな」


「…よく解ってんだな?」


 人知れず…いや見た目にもハッキリ嫉妬してる靖利に、女の機微に疎い熊田は知ってか知らずか、


「まぁ生まれつきの腐れ縁だしな…」


 ソレが靖利の最も恐れるアドバンテージなのだが。

 どうやら鹿女はスマート限定な面喰いで、ワイルドすぎる熊田は対象外らしいが…

 靖利の見立てでは彼も充分すぎるほどのイケメンで、戦闘機に乗せれば他の追従を許さないほど理知的だ。(※大幅な恋愛補正アリ)

 幼馴染ということで距離感が近過ぎるからその魅力に気づかないだけで、靖利もそうだったように、何らかの劇的なキッカケさえあれば…?


「だがコイツの人を見る目は確かだし…さっきからの話を聞いてて、俺もなるほどなぁって思った」


 ほらほら、絶大な信頼を寄せてる点も既にあるし…って、『なるほど』?


「お前はあらゆる意味で規格外だし、知らず知らず他人を惹きつける妙な魅力もあるし…その上、美人でスタイルもいい」


「んなっ…!?」


 熊田としては実の娘を諭す父親のような心境なんだろうが…ソレ、思くそ殺し文句ですから!


「しかもそこいらの見た目がマブいだけのタレントとは違って、途轍もない実力を持ってる。

 デビューすりゃあ放っといてもそこそこイイ線いくんじゃねーか?」


「あぐっ…かはっ…ひくっひくくっ…!」


 アカン、いつもは辛辣だった相手から立て続けに褒め殺されて、容易くキャパオーバーした靖利がひきつけを起こしとる!

 向かうところ敵無しな期待のルーキーの、最大の弱点はメンタル面の脆弱さだったか!?


「そしてアンタもなんからしくないわね。普段はンなコト、口が裂けても言わないでしょ?」


 と鹿女に不思議がられて、熊田はバツが悪そうに、


「コイツが頷かなきゃお前が困るだけだろ?」


 ぶっきらぼうに答えて、プイッとそっぽを向く。


「…フフッ。ありがと♩」


 幼い頃から兄妹同然に育った二人、勝手知ったる阿吽の呼吸である。


「これは…お姉さまが正気を失ってて助かりましたねぇ」


「だよねー。熊田ッチも気が利くんだか利かないんだか…?」


 などと傍らでボン子と葉潤がヒソヒソ囁き合ってるが…ともかくこれでやっと鮫女のデカいケツ、いや重い腰が上がりそうな気配。

 満を持して鹿女…いやもう上司だから敬愛を込めてこう呼ぼう。鹿取社長が最終確認。


「ンで、ヤル気になった? アイドル。」


「ヨロシクおなしゃースッ!!」


 軽ぅ!? 闇バイトの勧誘並みに軽いなお前ら。

 そしてやはりこの場の誰よりも扱い易い靖利なのであった。





 てな訳でようやく動き出した『刑殺官アイドル化プロジェクト』。


《まずは常道通り、各種レッスンからですかね?》


 何気にヤル気なニャオが指導員も兼任。しかも制服同様に、各自のトレーニングウェアとレッスンスタジオまで用意しての万全の構えだ。

 普通なら仕事上がりに自腹を切って…となるところだが、コレは署長も了解済みなれっきとした仕事であるため、通常勤務の合間を縫って、キッチリ税金投入して行われた。

 そしてこれがまた、最初から練習の必要もないほどに完成され尽くしている。

 AIだから当たり前なボン子とニャオは言うに及ばず、最近までトップアスリートだった靖利はもちろん、セブンまでもが異様に身体能力が高いおかげだ。


《歌唱力も重要です。ついでに何曲か作ってみました。》


 まずが自分がお手本をば、と先頭切って歌ったニャオが、自信満々なだけあってイキナリ凄かった。ボカロも数世紀も経てばこれほどまでに発達するのか。

 作詞作曲のデビュー曲その他も、このまま売っても充分ヒットチャートを狙える凄まじき完成度。


「凄ッ…てかアナタ、メタクソヤル気ね!?」


《どうせヤルからには徹底的に世界制覇を目指します。某アイドル育成SLGで徹底的に学んだから大丈夫です。徹底的に…!》


 鹿取社長に力強く頷き返凄いニャオだが…AIが熱血しちゃったら、それもうタダの熱暴走では?

 しかも引用ネタが不安以外のナニモノでもない。ゲームでリアル学んだ気になってる奴あるある!


《では皆様もご唱和を。》


 しかしこれはさすがに個人差があった。

 ボン子はニャオ同様、基本ボカロだから難なく歌いこなせるが…

 靖利の歌唱力は聴けなくはないものの、学校帰りのカラオケレベルな素人同然に過ぎず…

 セブンに至っては歌という概念そのものを知らなかった。というか楽器と歌声の区別すらつかないらしい。


《まぁ配信盤は私と七尾巡査をメインボーカルにして、鰐口巡査は裏メロ担当、セブン巡査はSE担当ということで。》


「え、ボク効果音!? なんかカコイイ☆」

「てかあたいらの扱い、何気にヒドくね?」


 無邪気に喜ぶセブンはさておき、判っちゃいたけど圧倒的な能力差に口を尖らせる靖利だったが、


《美人で歌唱力抜群などという天に二物を与えられた者は現実には皆無ですし、コレはコレで。》


 全世界のアーティストに謝れ。


「ま、要は売れさえすりゃイイのよ。

 各種音楽賞の目安だって、歌唱力よりは楽曲のインパクトと売上だしね。

 レコーディングで調整しまくって何とかなったら、あとは事務所の勢力次第でどーにでもなるわ♩」


 救いようのない現実論キタコレ。芸能事務所のシャチョさんがそれでいいのか?


《そんなことよりも、グループのステージコスはこんな感じでいかがでしょうか?》


 一番肝心な部分を一言ですっ飛ばしたニャオは、いつの間にか勝手にデザインを進めていた各自のコスチュームを、当人達には無許可でいきなりその場で蒸着。

 ニャオはお馴染みチャイナドレス風改造刑官制服をより中華風にちょこっとアレンジし、配色を変えただけの格ゲー2Pバージョン。

 けれども元々かなりセクシーなデザインのため、色が変わっただけで印象が大きく異なっている。


「おおっコレはぁ…解ってますねぇ〜♩」


 そしてボン子のは制服にゴスロリ風な意匠を施し、さらに腹部のコルセットでコンパクトグラマーぶりをより強調したナイスデザイン。

 下乳が締め上げられたおかげでツンッと上向きなバストが、(主に靖利の)劣情を嫌が上にも掻き立てる。

 スカートもパニエが入ってフワフワで、全メンバー中最もゴージャスな印象だが、背丈が低いため全体のバランスを崩すことはない。


「って、ボクのはなんかますます短くなってない!?」


 セブンが真っ赤な顔でコスの上着とスカートの裾を引っ張る。

 さらには上着の袖も肩出しスタイルとなっており、全体的に露出度高めだが、彼の背丈がちんまいこともありイヤラシさは皆無。

 一言でいえばツンツルテンがコンセプトで、彼の元気なイメージをより強調したそうな。

 ニャオいわく、下はショートパンツにすべきか最後まで悩んだらしいが、見えそで見えない(何が?)ハラハラドキドキを採ったそうな。


「つーか、なんか…パッツンパッツンで動きにくいぞ!?」


 最後に控えた靖利のコスは、当人の申告通り全身ぴちぴちだが、デザイン的には最も元の刑官制服に忠実。

 だのにメンバー中最も背が高くて目立つこともあり、自然と人目を惹く。

 そして彼女達が刑殺官であることを再認識する…そのためにあえてほとんど手を加えなかったという心憎い演出だ。

 しかし靖利元来の美貌とグラマラスさが相俟って、シンプルでも他メンバーにまったく見劣りしない。


「をっほ〜っ、イイじゃないイイじゃないっ☆

 アナタ、何気に万能ね!?」


 鹿取社長のゴーサインも得られたようだ。


《お褒めに預かり光栄に存じます。

 新人ということを考慮すれば、もっと露出度を上げてインパクトで吊る線もアリかと思い悩みましたが…》


「それは諸刃の剣ね。やりすぎるとかえってお茶の間をカオス空間に陥れて…画面に映った瞬間にチャンネルを切り替えられるとゆー悲劇を呼ぶわ!」


 今どき茶の間とかチャンネルとか…何処の時空から来たんだこの人?


「かつて大コケした伝説のアイドルグループ『◯イントフォー』も、大きいお友達に配慮しすぎたレオタードコスでさえなければ普通に売れたと思うわ。

 あの衣装は映画『宇宙怪獣ガ◯ラ』に出てきたマッ◯文朱演じるスーパーウーマン三人組みたくて衆目に耐えなかった…。

 スターデスト◯イヤーをモロパクった巨大宇宙船なんて予想以上にまんまだったし…アレが末期状態の大映にトドメを刺したと言っても過言じゃないわね」


「えーっと…途中からいったい何の話?」


 大丈夫だ靖利、いまだ昭和時空に生きてるこの人には誰も太刀打ちできっこない。

 …と、そこへ、


「いや〜盛り上がっとるようだねェイ♩」


 スタジオの扉を開けて、百地署長がひょっこり顔を出した。

 その隣には…誰だアレ? 靖利は初めて見る顔で、やたら眼光が鋭く、やたら人相が悪いが、制服のバッジを見る限りやたら偉そうな紳士も一緒だ。

 その後に続いて入ってきた鼻の下が伸び切った葉潤と、対照的にさほど関心無さげな熊田を目にして、


「…ぅぎゃっ!?」


 悲鳴を上げた靖利はピチピチコスを両手で覆い隠して社長卓の陰に転がり込んだ。

 以前は魅惑のボディライン丸わかりな田舎モン丸出しの超薄着で街中をほっつき歩いてた天然娘とは思えない劇的進化だ。

 それを含んだ女性陣をくまなく舐め回すように眺め倒した紳士は大げさに頷いて、


「実にスバラシイ! 綺麗どころばかり見繕ってくるのは百地クンの趣味とばかり思っていたが、よもやこのための伏線だったとは!」


 ぶっちゃけ伏線もヘッタクレもない只の趣味だが、紳士は満足気に何度も頷き返して、


「今回の案件には上もかなり乗り気でね、以降の処理は僕に一任されたよ。

 正直、厄介事を押し付けられたものだとウンザリしていたが…これなら楽しく仕事をこなせそうだ」


 コイツは…見るからによくいる輩だ。

 実際の仕事は現場に丸投げのくせに、たまに顔を出しては無理難題言い出して周囲を混乱させるだけのお邪魔虫だな。

 靖利だけではなく、その場に居合わせた全員がムスッとした顔色を浮かべているのを知ってか知らずか、紳士は社長卓に向き直り、


「鹿取社長、現状の進捗具合は?」


 自己紹介するまでもなく、いきなり名指しされてビクゥッ!?となった鹿取社長は、


「えーっと、まだまだ準備段階ですけど順調に進んでいまして…」


《歌唱力を含む基礎訓練と楽曲、ステージ衣装はなんとかサマになりそうなレベルです。》


 代わったニャオの説明に、紳士は自分の手柄のように胸を張って、


「よしっ、これならイケそうだな!

 鰐口巡査、このプロジェクトの成功如何はすべてキミにかかっている。そんなところでコソコソしていないで、もっと堂々としていたまえ!」


 暗に「こっちゃ来い!」と命じる紳士に、靖利はますます身を屈めて、


「ぁぅ…でもあの…今はちょっと…」


 いつもの威勢や覇気が微塵もない涙目な彼女の様子に、熊田はヤレヤレと嘆息して、


「嫌がってんだから無理に引っ張り出さなくてもいいだろ。どうせ後で嫌でもたんまり拝まされることになるんだし。

 今どきンなことやってるとパワハラやらセクハラやらで訴えられンぞアンタ?」


「オッサン…♩」


 助け船を出してくれた熊田に不覚にもときめく靖利だったが…よくよく考えれば彼の存在のせいでソコに隠れたんでしょーがアータ?


「パワハラねぇ…今どきそんな言い草が通用するのは儲ける気がない民間企業だけだろう。

 刑殺ここでは上からの命令は絶対だと…何度言い聞かせたら解るのかねキミは?」


 売り言葉に買い言葉。そして当然のようにイキナリ修羅場ってる雰囲気が濃厚に。


「ケッ、相変わらず気に入らねえ奴だな。今日という今日はぶちのめして黒焼きにしてやるぜ…トカゲ野郎ッ!」


 啖呵と共に熊田は人化を解き、熊形態にモードチェンジ!


「キミのほうこそ相変わらず懲りないね…。

 良かろう、今日こそはその傍若無人な態度を改めさせてあげよう…っ!」


 上から目線の口上を切った紳士の顔が、突如ビキビキッと地割れのようにヒビ割れたかと思いきや、一瞬にしてウロコ肌に豹変した。

 しかしギョッとしたのも束の間、その身体は周囲の風景に溶け込むようにジワリと馴染んで…影も形もなくなった!


「クソッ、またコレかよ!? 大見得切った割にはコソコソしやがって…!」


 そういう熊田こそ、啖呵を切った割にはのっけから余裕が無いようだが…


「…んで、誰だったの? あのキモい人」


 相手の姿が見えなくなったことに安心して率直な印象を口にする鹿取社長だったが、


真羅樫まらがし刑視正だヨ。当プロジェクトの責任者を買って出てくれた、私の同期だねェイ。

 アー姿は見えんがネ、まだそこいらへんにいると思うから、下手な口は利かないほうが身のためかァもしれないねェーイ?」


「刑視正て…メチャメチャ偉い人ッ!?」


 サァーッと青ざめた鹿取社長も偉いことは偉いが、社会的ステータスは相手のほうが遥かに上だ。

 そんなお偉いさんと同期だとこともなげに言う百地署長も、普通に出世していればとっくにその座に着いていただろうに…。


「てか、そんなエライ人と喧嘩してるの、あのバカ!?」


 顔面蒼白な社長の弁に、靖利も慌てて飛び起きた。


「アー大丈夫大丈夫ゥ。この程度で機嫌を損ねるような小物じゃないし、熊田クンとはもう何度もぶつかってるからねェーイ♩」


 そういう割にはさっき思くそ機嫌を損ねたように見えたし、さっそく姿を眩ませたあたりに小物臭漂いまくりだし、そんな状況をあえて放置してる署長のほうがよっぽど大物に思えるのだが…?





 さっき熊田が口走ったことでもうお解りだろうが、真羅樫はトカゲ型獣人である。

 姿を掻き消したように見えたのは…実は体色を周囲に同化させているだけで、居場所は最初からほとんど移動していない。

 このような特徴を持つ爬虫類としてはカメレオンが有名だが、実は程度の差こそあれど大概のトカゲは体色を変化させる。

 もっとも、カメレオンの体色変化は今日では擬態のためではなく、仲間同士のコミュニケーションのためとする説が一般的だが…

 真羅樫の能力は本家を遥かに凌駕する究極的進化を遂げており、一旦姿を眩ませば目視での確認はほぼ不可能である。

 ただし…


「ニャオシステム並びに七尾巡査。解っているとは思うが余計な手出しは無用に願おう」


「…了解です。」「ちぇ〜っ、毛ち◯ぼぉ」


 あ、先に釘を刺された。

 視覚不能というだけで、サーモグラフィー等を用いれば彼の所在はプレ◯ターのようにモロバレである。

 が、上司の命令ならば仕方がない。


「チッ、匂いも判りゃしねーしよぉ…」


 試しに鼻をヒクつかせた熊田が早々に断念する。

 大抵の野生動物は人間の比ではないほどの優れた嗅覚を持っているが、爬虫類はこれまた大抵が無臭ときているのだ。

 しかし…二人の直接対決は結局、未遂に終わった。


「あ、あのっ…これでいいんスか?」


「んなっ…!?」


 あっさり居場所を割り出して取っ捕まえ、ステージ衣装を恥ずかしげに披露した靖利に、さすがの真羅樫も意表を突かれた。

 いかに優れた嗅覚だろうと、あらゆる野生動物のソレは対象物と至近距離になければ有効とはならず、あまつさえ水中に没してしまえばほとんど使い物にならない。

 だが鮫の嗅覚は水中でも有効で、2キロ先の獲物の匂いをも察知する。

 さらには『電気受容感覚』なる特殊センサーを持ち、端的に言えば肌感覚で相手の居場所を特定できるのだ!


「ま…まったく、最初からそうやって素直に応じれば要らん騒動は招かんのだよ!」


 空威張りする真羅樫だったが、周囲の女性陣からの白い視線に耐えかねて、


「あ〜、まぁその、何だ…すまなかった」


 申し訳程度に頭を下げた後、それを誤魔化すように再び虚勢を張って、


「だが…ウムッ、合格だ!」


 どういう評価基準なのか皆目不明だし、聞きようによってはむしろこっちの方がセクハラっぽいが、とにかく総責任者のお眼鏡には適ったらしい。


「その調子で今後も頑張ってくれたまえ。

 熊田クンも彼女に救われたようだな。感謝するがいい」


「ケッ、虫のいい奴だぜ…」


 有耶無耶のうちに決着がお流れとなった熊田は、舌打ちしながらのっそりと靖利のそばに寄り、


「ったく余計なことしやがって。

 まぁ、その、なんだ…あんがとよ」


 相変わらず素直になれない小学生の悪ガキレベルの彼に、しかし靖利はいつものように言い返したりはせず、


「ンなことよか…ど、どーだコレ?」


 全体的には普段の制服とさほど変わらない姿を、おっかなびっくり熊田に見せつけてくる。

 ハッキリ言って真っ裸を見せびらかされるよりも照れる仕草だ。


「ん…なんつーか…お前は何着せても似合うに決まってんだろ。美人だからな…」


 それだけ吐き捨ててプイッと目を逸らす彼に、靖利はホッとしたように微笑み返す。

 この激甘空間はいったい何なのか?

 周りで見てるその他一同のほうが照れ臭くて仕方がない。


「コホンッ…こーゆーのは業界的にはマズいんじゃないかね?」


 気まずさを咳払いで誤魔化して問う真羅樫に、鹿取社長は平然と、


「今はもうアイドルはう◯こしないなんて本気で思い込んでる輩もいないでしょうし、色恋沙汰の一つや二つ、別にいいんじゃないですか〜?

 むしろ逆にそのほうが話題になりますし♩」


 話が解る社長で良かったな、二人とも。

 …ちと解りすぎるし明け透けすぎるキライはあるが。


「てか、JK世代がこーんな中年おやぢとデキてるだなんて、誰も気づかないっしょ?」


「…それはそれで別の意味で問題のような気もするが…まあいい。

 それで、まずはどうやって売り出すつもりかね?」


 面倒ごとには目を瞑る事なかれ主義の真羅樫に、待ってましたとばかりにニャオが、


《まずはオーソドックスに、ネットにプロモを公開します。ブツはすでに完成しています。》


 この短時間で、いつの間に!?


《では早速。》


 とニャオが言うなり、レッスンスタジオの壁一面に施された鏡に、そのままネットの某有名動画サイトが映し出された。

 そこにおもむろに展開されたのは…先日のシャチUFO騒動後に、熊田に抱かれて戦闘機で帰還した靖利の、もはやお馴染みの動画。

 もうみんなすっかり見飽きてるだろうに、それを垂れ流しただけで早くも閲覧数が凄まじい勢いで伸び始める。


「やっぱり人気ありますね〜お姉さま♩」

「あ、あはははは…」


 ボン子に冷やかされて力なく笑う靖利だが、この映像は何度見てもいまだに照れる。

 しかも相手の熊田本人がすぐそばで一緒に観ているというだけで、もう直視できない。

 …と、その映像がおもむろに静止・暗転し、


"全ては始まりに過ぎなかった…。"


 という巨大字幕がその上に重なった。

 続けざまに、


"巷で噂の美人刑官・鰐口靖利(17)"


「…な、なんか犯罪者みたいだな、あたい」


 これ見よがしに本名と実年齢を週刊誌風に紹介されて総毛立つ靖利だが、実際そうだからな。


「あ゛?…お前、まだそんな歳だったのかよ!?」

「モロ犯罪じゃん。ヤッタね熊田ッチ♩」


 成長しすぎな彼女の体格と、まだ十代という情報から、勝手に十九歳だと予想していた熊田が慌てふためき、さっそく葉潤に茶化されている。


「マジか…俺の丁度半分じゃねーか」

「…え゛っ!?」


 と今度は靖利がのけ反った。

 てことはアータ、熊田我雄(34)!?

 ワイルドすぎる彼の見た目から勝手に予想していた年齢よりも十歳は若かった。

 そして二人して思う。


(歳が違いすぎるから有り得ないと思ってたけど…ギリギリ有り、かも♩)

(マジガキぢゃねーか…こりゃ無ぇな)


 微妙に不穏なズレを生んでいる間にも、プロモはまだまだ流れ続けていた。


"鰐口靖利(17)…

 アイドルデビューしちゃいました☆"


 ここで他のメンバーも合流し、一緒に華麗なダンスを披露。BGMにはデビュー曲らしき息ピッタリでいかにもなアイドルソングが流れている。

 だが誰一人としてこんな撮影やレコーディングをした覚えがないので、どうやら非常にリアルなAI合成動画らしい。

 しかも少々華麗が過ぎる。何なら本人達よりよっぽど上手い。イキナリ詐欺臭濃厚。

 つーかなんだこの媚び媚びな笑顔と甘えさくった歌声は?

 うわ〜似合わねー…とその場の誰もが密かに思った矢先、


「マジかっ!?」「ヤベーぞこりゃ!」「だってこの子、刑官だろ?」「ありえねーガセ乙」「いや大マジだって!」「刑殺のホムペにも載ってるぞ!?」「ますますヤベー!!」「所属事務所、鹿取エージェンシーかよ!?」「超大手じゃん!」「マヂ天下狙ってる!」


 動画のコメント欄にマジかマジかと怒涛の勢いで流れ出す大量のレス。しかも一瞬でソース元確定。

 ニャオの手際も大概良すぎるが、それすら凌駕するネット民の仕事の早さには脱帽を通り越してもはや恐怖しかない。


「ファンサイトはあるのか!?」「曲とか出てんの!?」「誰でもいい、はやく調べろ!」「そーゆーお前も調べろやっ!!」「あったぞ、まだ何の情報も載ってないけど!」「てことはプロモ先行か!?」「くそっもどかしいぜ!」


 公式発表を待たずして、ネット民達は新情報求めて東奔西走。なんたる行動力そして辛抱の無さ!


「あたし絶対ファンになる!」「オレも!」「超期待☆」「バンガレ!!」


 しかし概ね好意的に受け止められたようで、レス内容は次第に応援メッセージへとシフト。


「フム、なかなかの好感触だな」


 満足気にほくそ笑む真羅樫の様子を受けて、


《ではここらでメンバー紹介といきましょう。》


 ニャオはすぐさまプロモ第二弾をアップ。


"一触即発暴走HWM・七尾ボンバイエ"

"異次元からの侵略者オトコノコ・ナンバーセブン"

"才色兼備の中央AI・ニャオシステム"

"リーダー:大量殺戮暴れ鮫・鰐口靖利"


 おおよそアイドルとは思えないレスラー染みたキャッチコピーが各メンバーの顔写真に重なり、引き続き詳細な罪状が表示される。


「なんでお前のキャッチだけマトモなんだよ!?」


 すかさずニャオに詰め寄る靖利を押し除け、


「そんなことよりも、これはマイナスイメージなのでは…?」


 と渋り顔の真羅樫や鹿取社長に、ニャオは平然と、


《下手に隠してもどうせすぐに暴露されますし、それなら最初から洗いざらい公開しておいたほうが後腐れもないでしょう。

 マイナスからのスタートならば、後はプラスしかありませんし。》


 ポジティブ過ぎる気がしなくもないが、万能AIの彼女が言うならそーゆーものなのだろう…。


「いやコイツ時々けっこー抜けてるぞ?」


 という靖利の反論に耳を傾ける者はもはや皆無だった。

 人はこうして日々AI依存を強め、思考力を失っていくのだろうか…?

 参考までに、プラス方向が無限大ならマイナス方向も無尽蔵で、底など存在しない。

 などという不毛なやり取りなどそっちのけで、ネット界隈はメンバー発表に大盛り上がり。


「七尾ちゃんカワイイ!」「正直デカいのには興味ないけど、小さい子には興味津々♩」「お巡りさんコイツです!」「でも確かにちっこいけどグラマラスでエッッッロ♩」「えっコレHWM!?」「しかも悪名高いヘボミシリーズだぞ」「こんなのデビューさせて大丈夫なのかよ?」「可愛いからすべて許すッ!」


 実態を知る者のツッコミも少なからずあったが、彼女の愛嬌にかかればすべてはアウターゾーンの彼方に追いやられるのだった…。


「このなんかフワフワした娘、人間?」「現実離れした可愛さだよな!?」「まるで天使みたい♩」「だから異次元級って意味?」「ナンバーセブンって名前?もミステリアスで善き♩」「でもルビに『オトコノコ』って…」「…マジ!?」「掟破りの男の娘メンバーキターッ!?」


 まさに異世界からの堕天使セブンは、早くもその性別を巡って熱い論議の的に。

 まぁ天使には元々性別無いしな…。


「メガネっ子もキター!」「しかも何でかチャイナ風?」「この娘は刑殺を取り仕切るAIシステムだよ」「元は台湾メーカー製だからじゃない?」「ホログラムのインターフェースなんだ」「え…てことは実体が無いの?」「ホントだ、よく見たら少し透けてる!」「AIアイドル、カッケー!!」


 ニャオにも刑殺マニアの事情通を介してオタでコアなファンが早速てんこ盛り。

 あとやっぱりメガネ重要。むしろ本体。


「この靖利って娘、まだこんな若かったんだ!?」「南島育ちの鮫型獣人か」「道理で最近までここいらじゃ見かけなかったんだな」「見かけてたらとっくに大騒ぎになってるよ」「てかもうなってる。あの『緑ピンフ』を壊滅させたのもこの娘」「マジかよカッケー!?」「メチャ美人だしね〜♩」「なのにどことなくボーイッシュでツボ♩」「背も高くてモデルみたい!」「あたしも食べてー☆」


 そして一番人気はやはり靖利。既にあちこちで顔が売れていたため、老若男女問わず幅広いファンを獲得している。


《という訳で、のっけから貴女の爆発的な人気で華々しいスタートダッシュを飾ります。

 頑張ってください、リーダー。》


 ニャオ以下全メンバーと関係者の絶大な信頼を得て、責任も絶大な靖利は早くも戦々恐々。だから性根はまだ未成年のビビリなんだってばよ。

 しかし…


"刑殺イメージアップキャンペーンアイドルユニット:

 POLIsh-POLIcy

 Just DEBUTing!!"


 最後にユニット名がデカデカと表示され、プロモ動画は終了した。

 が、いいね数やコメント投稿はなおも凄まじい勢いで伸び続けている。

 これでもう引っ込みはつかなくなった。

 どのみち刑官に逃げ場などない…。


「…ま、やるだけやってみろ。骨は拾ってやるから安心しとけ」


 縁起でもない憎まれ口ばかり叩く熊田の存在が、今はなによりも心強い。


「しゃーねぇ…こりなりゃ当たって砕けろだ!

 殺ってやるぜテメーらッ!!」


『押忍ッッ!!!!』


 リーダーを中心に円陣を組み、気合い注入しまくりなメンバー達。

 到底アイドルとは思えない男塾な合図だし、砕けても殺ってもダメだが、とにかくスゴイ気迫だ!


「ではデビューライブは一週間後、東◯ドームで開催するから、それまで精々精進してくれたまえぃ!」


 気合い漲る皆に、総責任者の秋元…ではなく真羅樫からの最後通牒が。


『了解ッ!

 …って早ッ!?』





 いつの時代もお偉いさんの無茶振りは容赦なく唐突だ。

 準備期間はたった一週間、その上トンデモネー会場を用意してくれやがった!

 どう考えてもデビュー間もないド新人が立っていいステージではないが、金さえ払えば何処だろうと買えない場所はない。

 そして刑殺の活動資金は庶民から巻き上げた税金だからして…事実上無制限。

 あまつさえ、ちゃっかり大量のチケットを売り捌いてガッツリ儲ける気満々の、何処ぞの万博さながらな悪徳商法。

 自分達の血税でこさえたイベントを金払って見に行く二重徴収システム…国民よ、はよ気づけ!


 それでも上からの命令には逆らえない。

 ポリポリの面々はわずかな準備期間をひたすら特訓に費やし、やれるだけのことはやった。

 無論その間にも仕事はどんどん入ってくるから、殺るだけ殺ってみたし。

 熊田と葉潤も協力してくれたし、それほど厄介な任務ではなかったのが不幸中の幸いか。

 先行配信された楽曲のセールスも好調で、街中どこからでも彼女達の歌が流れてくる。

 そしてそれを聞くたびに、その中にギリギリ聞こえる程度にミックスされた自分の歌声に靖は頭を抱え込んだ。


「ぅぅ…何なんだこの苦行は…?」


「そんなに気にされることでもぉ…お姉さまのお声はほとんど聞こえませんしぃ〜?」


 それはそれで商売的にどうなのか?

 そして何気に辛辣なボン子。

 デビュー曲ではメインボーカルを務めているだけに自信満々でディスってきやがる。


「気にしないようにしてても聞こえちまうんだよ…あーあたいの歌、下手だなって…」


《否定はしません。音程やリズムは取れていますが、ただそれだけですね。正直これでお金を頂くのは申し訳ないレベルかと。》


 もっと辛辣な奴イターッ。

 しかしそれはニャオの歌声にも言えることで、いかにも楽しげに歌ってるボン子に比べるとイマイチ感情の起伏に乏しい。


「くうっ…!?」


「でもまだ活動し始めたばかりだしね。これからどんどん練習して上手くなればいいんだよ♩」


 と靖利を励ますセブンは、デビュー曲では端々に絶妙な合いの手を入れてイイ味出しまくりである。

 本人がどう思っているかは知らんが、一頃流行ったテクノポップ調歌謡の合間合間にラップ調の声がウザ絡みしてくるアレの感じで、なんならメインボーカルよりも目立ちまくり。


「ぶっちゃけ、今日ではたとえ本人達が一切歌わなくたって、AI合成だのゴーストシンガーだのを駆使していくらでもブツをでっち上げることは可能だけどね〜」


 だから芸能事務所のシャチョさんがそれ言っちゃったらオシマイだってば蓉子たん。


《ですが今回はデビュータイトルということで、各自の歌声をあえて成分未調整で収録し、その特徴を掴んでもらうことにこだわりました。》


 何気にマジレスするニャオはレコーディング監督をも兼任しているが、自身がそのAIだってことを時々忘れて生声にこだわるとか、プロすぎやしないか?


 そうこうしてるうちにも時は無情にも流れ…

 そしてライブ当日。





『なにコレぇ〜〜〜〜っっ!?』


 そんなこんなでようやく冒頭の靖利とセブンの絶叫に戻ってきた訳で。

 覚悟は決めたはずの二人だが…

 ライブ会場のドーム球場に所狭しとひしめく、ここまで多くの人間を目にしたのも初めてなら…

 それらの全てが自分達を観るためだけにこの場に集結したという恐るべき現実に、今さらながらに怖気付いていた。


《でぇーい往生際が悪い! 予定通りサクサク進めて有象無象を昇天さしたらんかいっ!》


 片耳に装着したインカムから鹿取社長の無慈悲な指示が飛ぶが、無茶振りもいいところだ。

 なにしろ彼女達がファンと対面したのは今日が初めてで、それまでは自分達が具体的にどんだけウケているのか知りようが無かったのだから。

 ド田舎の場末のカラオケボックスしか知らなかった人間が、いきなり無数の観客の眼前でろくなパフォーマンスなど出来る訳がない。

 ここいらへんが官公庁の皮算用の激甘さというか、人為的要因を常に度外視というか…いい加減学べ。


「大丈夫ですよぉお姉さま、ナナちゃん〜。あたし達も一緒ですからぁ〜♩」


 さすがはHWMのボン子、気は短いけど人前で上がることは無い。気は短いけど…ってHWMとしてソレどーなのよ?

 今はそのミニマムボディがたまらなく頼もしい。ちっさいけど実はおっぱいサイズは靖利の次にデカくて包容力あるし♩


《ぶっちゃけ、歌のほうは音声合成でどうとでもなりますし…何なら無しでもそれなりに聴こえるようには作ってありますから。

 お二人はとりあえずステージ上に居るだけで結構です。》


 ぶっちゃけすぎだろクソAI!?

 だが確かにソレ聞いて少しは気楽になれた。

 そして四人揃って戦隊モノのような謎ポーズを決める。


「え、えーっと、それでは聴いてくらはい!

 あたい達のデビュー曲…」


 若干噛み噛みだが、リーダーとしてMCくらいは適度にやっておこう。


「『処刑されるお前が悪い』ッ!!」


 …デビュー曲にしてはアグレッシブすぎね!?

 だが観客はンなことお構いなしに大盛り上がり。どいつもこいつもイカレ過ぎてステキ☆

 そしてスポットライトが消え、再びレーザー光がステージ上を飛び交う。

 客の顔がシルエットと化し識別不能になったおかげで、やっと落ち着けた。

 続けざまに大音量で流れる楽曲の最中、あとは散々練習した通りに踊りつつ、曲に合わせて口をパクパクするだけ。アイドルあるある☆

 いやもちろん運動量と疲労度が無関係なボン子とニャオは普通に歌い踊ってますが。ぶっちゃけもうコイツらだけで良くね?


「七尾たぁーんっ!」「セブンくぅーんっ!」「メガネ神様ァーッ!」「靖利お姉さまァーッ!」


 デビュー後ほんの数日しか経ってないのに、早くもメンバー各自についたコアなファンからの声援がアツイ。

 …ファン層が若干偏りがちなのがちと気になるが。

 そして時折、


「ぅおおお靖利たんのおぱーいはオデのモンだぁあぁあァーッ!!」


 会場の異様な熱気にラリったファンがステージ目掛けて突撃を敢行。獣人は人間よりも本能が優るぶん抑制が効きづらいから仕方なし。

 そしてステージ直下の各所に待機した警備ドローンのレーザー照射をジュワッ!と浴びて、一瞬で消し炭に。自業自得だから仕方なし。

 これは後にポリポリファンの間で『昇天』『即身仏』などと揶揄される尊き行為としてライブ名物に。

 会場のあちこちで物理的に燃え上がるファンの芳ばしい匂いに、ライブは嫌が上にも盛り上がる。


「フンガァッ! このオレ様の篤き想いが、ドローンごときに止められるものくわァーッ!」


 中にはドローン警備をすり抜けてステージ上までよじ登ってくる猛者もいるが、心配御無用。

 ポリポリメンバーの本職はあくまでも刑殺官てあり、それぞれが尋常ならざる攻撃力を持ち合わせているのだから。

 歌やダンスの片手間に彼女達の満面の笑顔による鉄拳制裁を喰らい、さながらアントニオ猪◯の闘魂注入を受けた輩のように、


「あざーーーーっスッッ!!」


 と幸せそうに爆散し肉塊と化す彼らの勇姿は『徒花あだばな』と称され、一部ではどこぞの過激派の自爆テロのように神聖視された。

 君死にたもうことなかれ。良い子のみんなは真似しないでネ♩

 一応、熊田や葉潤も警備を申し出てステージ脇に待機しているが、これなら出番も回って来ないだろう…

 と思った矢先、


「靖利ちゃあ〜〜〜〜んっ!!」


「…っ!?」


 長年聴き馴染んだ声色が間近に聞こえた気がして、靖利は思わず動きを止めかけた。

 しかし、そんなコトある訳がない。ここは生まれ故郷から遥か遠く離れた大都会。

 しかもアソコは先日のUFO騒動で壊滅的な被害を受け、いまだ自由な渡航すらままならないはず…。

 そう思い直してダンスを再開した靖利の耳に、


「靖利ちゃんっ! あたしだよぉ〜っ!!」


 これだけの騒音の最中、またしても鼓膜をつんざく甘ったれた嬌声が。

 もう間違いない。聞き間違えるはずもない。

 それが証拠に…薄暗がりの中でも見間違えようもないほどに見馴れたその人影が、ステージ中央の真下…靖利のすぐ目の前に立っていた。

 背丈はボン子やセブンよりは高いが、高校生としてはだいぶん低めで靖利の胸の辺りくらい。

 両サイドがハネたおかっぱ頭が、その幼い印象をことさら強調している。

 何より印象的なのは、見るからに人懐っこくてあどけない、輝くようなその笑顔。


「…ピン子?」


 曲に合わせての口パクも忘れて、ついその名を呼んだ。

 すると彼女はますますはち切れそうな笑顔を披露し、ステージ目掛けて突進してきた!


《警告、警告! 速やかに下がりなさい。指示に背いた場合、身の保証は…》


 すぐさま物騒なメッセージとともに警備ドローンがすっ飛んできたが、靖利に夢中な彼女はお構いなしに猪突猛進。

 このままでは、さっきからひっきりなしに消し炭と化している他のファンのように…!


「ダ…ダメだっ止めろォッ!!」


 ピン子とドローンのどっちへ向けての怒鳴り声か判然としないが、靖利は弾かれたようにステージ上からダーイブ!

 だが到底間に合わない。ドローンのレーザー射出口がキラリと閃いて、


「邪魔しないでッ!!」


 そこにマトモに叩き込まれたピン子の左手の掌底にエネルギーの行き場を失い、ボフンッ!と爆散した。


「…へぁ?」


 一瞬遅れてステージ上から降り立った靖利は、その残骸につんのめってタタラを踏んだ。

 周りに居合わせたファン達も、憧れの存在が目の前にいるというのに、想定外の事態に唖然として身動きできない。


「靖利ちゃん…ホンモノの靖利ちゃんだぁ〜っ♩」


 無邪気に抱きついてくるピン子の軽すぎる体重を久々に味わいつつも…大混乱中の靖利は再会の喜びどころではない。

 …どういうことだ?

 幼い頃から腕っぷしが強かった希少な鮫型獣人の靖利とは違い、何処にでもいるようなペンギン型獣人のピン子は、これといった特技は無い極々平凡な少女だった。

 むしろペンギンなのに泳ぎが下手っぴで水嫌いというマイナス要因しかないのを、持ち前の愛嬌で見事に克服していたくらいで…

 だからして、間違っても警備ドローンを片手で粉砕できるようなスーパーウーマンではないし、そんなことは人化した靖利にも無理だ。

 それがいったい、何がどうなって…


「…!」


 一つだけ思い当たるフシがあった。

 何処にでもいるようなありふれた獣人に超人的な能力を与える…が、引き換えに二度と普通の人類には戻れないよう身体を蝕む、悪魔の技術。

 まさか、ピン子…そんなまさか!?


「痛っ!? い、痛いよ靖利ちゃん…っ」


 次の瞬間、力任せに左腕を捻り上げた靖利の所業にピン子は顔をしかめた。

 …ただそれだけだった。手加減を知らない怪力の靖利にイキナリそんなことされたら、普通は泣き叫ぶほどの悲鳴を上げていただろうところを。

 そんなピン子の手のひらには…案の定、あの輝きが宿っていた。

 島一帯を壊滅させるほどの破天荒な能力を小蘭華おらんかに与えたあのUFOや、葉潤がカルト教団から回収したあの謎物質とまるで同じ…

 金属ともガラスともプラスチックともつかない摩訶不思議な輝きを放つ、あの邪悪な塊が…手のひらの中央に深々と埋め込まれていた。


「…なんで…こんな…っ?」


 愕然とする靖利の絶望に満ちた表情に、


「靖利…ちゃん?」


 半ば怯えつつもキョトンとした視線を向けるピン子の無邪気さが、今はかえって憎らしい。


《…申し訳ありませんが、アクシデント発生のため、一時的にリーダー抜きでのライブとなります。引き続きお楽しみください。》


 気を利かせたつもりなニャオの、しかし靖利にとっては無慈悲なアナウンスが会場に響き渡った。





 お仲間一台があっさりスクラップと化したことで遠巻きに包囲する警備ドローンの中心を、熊田と葉潤に護衛されながらライブ会場から抜け出した靖利達は…

 ステージ裏の控え室に引き込み、鹿取社長や百地署長ら関係者に取り囲まれていた。


《…客席はすぐに平穏を取り戻しました。しばらは私達だけで持ちそうです。》


 ステージ上のパフォーマンスをこなしつつ、分散処理でこちらにも顔を出したニャオが状況を説明する。実体を持たない代わりにいくらでも分身を生み出せる彼女ならではの利点だ。

 ライブを再開したあちらでは、セカンドシングル曲『法律だからはやく逝って♩』が大盛り上がりで、こちらまで大歓声が聞こえてくる。

 てゆーかまたこんなタイトル…刑殺は本気でイメージアップするつもりがあるのだろうか?


「あ、あのぅ…ゴメンなさい」


 これだけ大勢の大人に囲まれれば、さすがに自分がしでかした事の重大さが理解できたようで…ピン子は一気にしょげ返っていた。


「ゴメンで済めば刑殺は要らんっ! なんてことをしてくれたんだキミはっ!?」


「いやいや、こんな場合ならではの刑殺じゃないかネェ? ちょっとこっちへ来たまえィ」


 出鼻を挫かれてオカンムリな真羅樫刑視正を引きずって、百地は部屋の片隅へと移動した。

 ただでさえ緊迫した場面にこんなヤカマシイおっさんは確かに逆効果だ。


「今はそんなことよりも…ちょっと手を見せてくれるかい?」


 務めて優しく話しかけた葉潤のハンサムぶりに照れつつ、ピン子は素直に左手のひらを差し出してみせた。

 …何度も見直すまでもなく、やはりあの物質だ。


「…コレを何処で?」


織家おるか部長にメチャクチャにされた島のお片付けを手伝ってて…

 瓦礫を持ち上げたとき、急に手のひらに何か刺さったみたいなズキンッて痛みを感じて…

 慌てて見てみたら…もう、こんなになってて…」


 ピン子の証言通りなら…あの日、突然天空から降り注いだ怪光線によって、島の上空で粉々に破壊されたシャチUFOの破片が、たまたまソコに落下したのだろう。

 破片は広範囲に広がり回収は不可能とされたが、ごく微量でもあれだけ驚異的なパワーを発揮する厄介な異世界物質なのだから、もっと慎重になるべきだった。

 あるいはこれも侵略者の思惑通りだというのか…?


「それからなんか、時々スゴイ力が出せるようになっちゃって…。

 いつもは普通になんともないから、誰にも言ってなかったんだけど…」


 いつの日か再会を夢見た靖利を目の前にして、警備ドローンに邪魔されたからカッとなって…ということか。

 あ、そうだ。肝心なことを訊かねば。


「なんで此処にいるんだ? 渡航制限はどうした?」


 という靖利の質問に、ピン子はそれこそペンギンみたいに可愛く口を尖らせて、


「だって…靖利ちゃん、なかなか連絡してくんないから…」


 む? そういや最近バタバタ忙しすぎて、すっかり忘れてたな…と靖利は個人用のスマホを取り出し、着信履歴を確認。


「…ぅおっ!?」


 電話やらメールやらチャットやらの着信履歴が合わせて、一時間毎に数十件、一日平均数百件…ここ数日は特に頻度が増して、トータルで優に一万件越え。

 その全てが彼女からのものだった…てゆーか前科者の靖利に他に連絡してくる者など、いるはずも無い。


「えっ、何コレ怖っ!?」

《立派にストーカー規制法抵触レベルですね…。》


 鹿取社長とニャオが露骨に青ざめる。


「靖利ちゃん、UFO事件の後すんごいネットで話題になってて…あたしも色々訊きたかったのに、その頃から連絡つかなくなっちゃって…」


 そこでピン子は何故だか傍らにいた熊田の顔をギロリと睨みつけた。

 あー…とその場の誰もが納得。

 あの時のマスコミ報道では、熊田"王子"に抱かれてぐっすり眠りこける靖利が、麗しの眠り姫のように扱われていたからなぁ…。


「でも忙しそうだから仕方ないなって我慢してたのに…今度はいきなりアイドルデビュー!?

 何なんソレッ!!??」


「ですよねっ☆」


 本当にどうしてこうなった?

 靖利自身がいまだに混乱中なのだから、ピン子ら旧知の仲の者はなおさらだろう。


「だから直接会いに来たの!」


 端折りすぎ!

 ピン子の拙い口調に変わって経緯を説明すれば…

 とにかく靖利に会いたい一心で避難所から抜け出した彼女は、唯一の渡航手段である定期船乗り場へ向かった。

 しかし島は事件後いまだ封鎖期間中。定期船は当面運休中だという。

 そこへたまたま通りかかった警備員に、なんとかして本州へ渡る方法はないかと尋ねると…

 本気で取り合わなかった彼は、冗談半分に答えた。「何か犯罪でも犯せば、刑官が連行しに来るかもな」…と。

 

「だから、そーしたの」


「ちょ…お前、何言って…?」


《…事実です。彼女は直後、定期船乗り場への放火容疑で補導。》


 なんてこったい…と頭を抱えたのは靖利だけではなかった。

 警備ドローンの破壊なんて大罪を犯す前に、とっくに散々おやらかしになられていたとわ。

 つい最近まで引き篭もっていたとは思えない行動力だが、その全てがことごとくヤバい。

 ピン子にヤンデレめいた傾向があることには薄々気づいてはいたが…よもや、これほどとは。

 ニャオによれば、ピン子は所持していたスマホの充電器をその場でへし折り、バッテリーを発火させて建物に投げ込んだらしい。

 非力な彼女にそんな芸当がこなせるとは思いもしなかったが…左手を使ったのか。


《その後の事情聴取で「友達が自分に無断でアイドルになったのが許せない」などと意味不明な供述を繰り返したため、精神鑑定のため本州の刑殺署へ移送されています。御丹摩署ではありませんが…》


「…なんかゴメン。」


 なんか知らんが思わず詫びる靖利だった。

 なんか知らんが底知れぬ怖気おぞけを感じて。

 そうして希望通り靖利がいる東京へとやって来たピン子は、割り合い素直に鑑定に応じ…生来の社交性の高さを発揮して、担当官とすぐに打ち解けた。

 そこで靖利達アイドルグループ『ポリポリ』のデビューライブが今日行われることを聞き出す。急展開すぎ!

 然らばいつまでも捕まってはいられない。

 何とかして出して貰おうと、試しに左手を担当官の頭にかざしてみた。

 するとその頭は先程の警備ドローン同様に木っ端微塵に吹き飛んだ…りはせず、何故だか急に素直にピン子の言うことを聞いて、署の裏口から逃してくれたのだという。


《あの物質の洗脳効果の影響でしょうか?

 どうやら彼女自身の意志でコントロールできるようですね…》


 破壊だけではなく精神攻撃も可能とは。しかも既に使いこなしてるぅ〜っ!?

 そして念願のライブ会場周辺に到着したピン子は、早速チケットを購入…しようと思ったがとっくに売り切れてて、しかもプレミアが付いててメチャンコ高かった!


「なので仕方なくダフ屋のオジサンに左手を当てて…」


《転売行為への加担、並びに不正入手も立派な犯罪行為ですね。》


 またもや頭を抱え込まされる一同。

 この子はまったく悪びれもせず、ナチュラルに悪事に加担し続ける天性の犯罪者なのか…?

 通常こんだけ色々やらかしまくれば、どこかのタイミングで即処刑されても文句は言えないはずだが…運が良いのか悪いのか?

 一言でまとめれば、カワイコちゃんに甘いのはどこの国も一緒である。

 そんな塩梅で、まるでRPGのような予定調和イベントを見事クリアし、晴れて会場内への潜入に成功したピン子は、やっとの思いで靖利との再会を果たしたのだった。


「靖利ちゃんに会ったら、これだけは絶対言いたかったんだよ!」


「あ〜えっと…勝手にアイドルになっちゃってスンマセン?」


 ポリポリ頭を掻く靖利に、ピン子は「違うよ!」とフルフル首を振って…


「…ありがとう。ずっとあたしを助けてくれて」


 本当に嬉しそうに微笑むピン子に、靖利だけではなくその場の誰もがノックアウトされた。

 この子は…ただただ、それが言いたかっただけで…幾多の困難を乗り越えて、ここまで…。


「ピン子…ごめん。」


 だが…そんなピン子に、靖利はこれからさらなる苦労を叩きつけねばならない。

 それが刑殺官としての使命なのだと、自身に言い聞かせて。


「…何とか出来ないのか?」


《何ともなりません。彼女がこれまでに犯した数多の悪事を合算すれば…》


「そうじゃなくて…コイツの左手だよ。

 ピン子は右利きだから…最悪、切り落とせば…」


「ちょっ!? え…何の話? じ、冗談だよ…ね?」


 靖利とニャオの会話に不穏な空気を察知したピン子は思わず尻込んだ。

 が…そんな彼女を憐れんだ眼差しで見つめる二人の顔は、微塵も笑ってなどいない。


《…不可能ですね。スキャンした結果、この物質は既に彼女の全身に根を張っています。悪性腫瘍のように…》


 どうやらこの物質は生体に寄生すると自己増殖を繰り返し、やがては宿主の精神までをも蝕んでしまうらしい。なんというおぞましさ。

 そして、導き出された只ひとつの結論。

 …もはや、ピン子を救う手立ては…無い。


「…俺が代わってやってもいいんだぜ?」


 実に辛そうな靖利の様子を見かねた熊田が助太刀を申し出るも、彼女は静かに首を横に振り、


「いや…あたいが殺る。

 …あたいじゃなきゃダメなんだ…っ」





「ちょちょちょっ、だから冗談やめてってばぁっ!?」


 大親友に目の前で殺害予告されて慌てふためくピン子だが、もちろん靖利は大真面目だ。

 それが証拠に…ツーっと一筋、頬を伝い落ちた涙が、見る間に滝のように溢れ出して靖利の顔をぐちゃぐちゃに濡らしていく。


「許してくれ…ピン子。なるべく苦しまないよう、一瞬で済ませてやるからな…っ」


 危険な異世界物質をこのままのさばらせてはおけない。いずれピン子が汚染され尽くしてしまう前に…この手でケリをつけなければ…っ。


「…靖利ちゃん…」


 一方のピン子は納得がいかない。いく訳がない。

 この左手に埋まった小さな石コロのせいで、なんで命まで奪われねばならないのか?

 けれども…それに応じなければ、きっとますます靖利に辛い思いをさせてしまう。


 …思えば、小蘭華率いる不良グループに海底へと引きずり込まれた、あの日…ペンギンなのに泳げないピン子はとっくに死んでいたはずだった。

 それを命懸けで…自分の人生を台無しにしてまで救い上げてくれたのは、他ならぬ靖利だった。

 それなのに…ピン子は一時的にせよ、そんな靖利の鮫としての本性に恐れをなして、彼女を拒絶し、傷つけてしまった。

 大親友が聞いて呆れる酷い仕打ちだ。

 にもかかわらず、靖利はそれからも引き篭もりと化したピン子を気遣い、励まし続け…

 性懲りもなくまたもや襲いかかり、島を壊滅状態にまで陥れた小蘭華を退け、再びピン子の命を救ってくれた。

 靖利がいなければ、今のピン子は居なかったのだ。

 であれば…靖利がそう望むのなら、この命を差し出しても惜しくはない気がしてきた。


 …いやいやちょい待ち。

 冷静に考えれば明らかにおかしな理屈ではある。

 だが、既にお気づきだろうが…ピン子の靖利絡みの倫理基準は、元からかなりおかしかった。異世界物質なんぞの影響を受けずとも。

 そして靖利のほうも刑官としての仕事に慣れすぎて、人命を奪うことへの抵抗感が薄れつつあった。

 かくして変x変=変態、の図式が成立してしまった訳だが…困ったことに両者ともかなりの美少女。

 安易に触れてはイケナイ空気を察した周りの者は、そそくさと視線を逸らす。


「…いいよ…靖利ちゃんにだったら…全部あげちゃってもイイ…♩」


 そう呟いて白い首筋を靖利へと差し出すピン子の目にも、キラリと光る大粒の涙。

 …間違ってもそれ以外のモノは捧げていないので、くれぐれも誤解なきように。


「ああ…ピン子の身体…相変わらず細くて真っ白だな…あたいとは大違いだ」


 ピン子の首筋にそっと手を掛けた靖利は、それを撫でながら優しく囁きかける。

 …え〜、お解りでしょうが重ね重ね以下略。


「靖利ちゃんの…おっきくって、逞しくって…男の子みたい♩」


 恍惚とした表情で靖利のソレに手を添えたピン子は、愛おしげに上下にさすり…

 …ハイ解ってます規制はご勘弁をば。


「あばよ…ピン子。どうせあたいもすぐそっちに逝くだろうさ」


「うん…待ってる♩」


 最期の笑顔を交わし合った…その直後。

 肉と骨のひしゃげる無惨な音が鳴り響いた。




【第六話 END】

 今回はのっけからラストまで疾風怒涛の展開です。

 本編を先に読んでないとネタバレになってしまいますが、全てはピン子をどっかにねじ込みたいと思ったが故のこと。

 最初は完全なるゲストキャラ扱いで、第一話時点では名前すら無かった子が大躍進です。

 しかし、彼女が棲まうのは小蘭華のせいで壊滅状態となった小笠原諸島…。

 そこからわざわざ靖利達のいる東京まで相当無理して出てくるからには、よっぽどの理由がなきゃアカンでしょ?


 …とゆー事情でイキナリ浮上したのが『刑殺官アイドル化計画』。

 実際には第四話終盤に鹿取蓉子を登場させて伏線を張ったりしたので、それほど唐突でもない…かな?

 実は作者はアイドル業界にはさほど詳しくないクセにやらかしちゃった…てな訳で、昨今必須な名物プロデューサーが不在だったりしますが。

 まあこのへんは鹿取社長がかな〜りブッ飛んだ存在ですし、大概のことはニャオさえいればどーにでもなってしまいますので(笑)。

 作品的にもそろそろ世界的な大変革が必要かなぁと思っていたので、良くも悪くもエライことになってます。

 そんなこんなで構成にも結構手間取ってしまいましたが、なんとかそれなりなカタチにはなりましたかね?


 でもラストではこれまた驚天動地の酷いオチ…次回はどうなっちゃうんでしょーかねーワクワク♩

 せっかくのヤンデレ枠(笑)をそんな無碍に扱いたくはないですしね…クククッ。

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