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野性刑殺  作者: のりまき
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邪教滅殺!

【前回のあらすじ】

 謎の円盤UFOに乗って靖利の前に突如飛来した、因縁の水泳部部長・織家小蘭華おるかおらんか

 空軍の迎撃部隊をあっさり退け、ボン子の目からビームも跳ね除け、挙句にはトラクタービームで拿捕した大型旅客機を靖利の生まれ故郷である小笠原諸島まで投げ飛ばし、一帯を壊滅状態に陥れるなど、まさにやりたい放題。

 その圧倒的な能力の前に、靖利達は手も足も出せない。


 …かと思いきや、その窮地に駆けつけたのは、軍からステルス戦闘機を拝借した熊田だった。

 かつてはエースパイロット候補生だった彼の助力で、からくも小蘭華の討伐に成功したのも束の間。異空間から突然放たれた怪光線により、小蘭華はUFOごと消滅させられてしまう。


 だが、絶望的かに思われた小笠原の人々は奇跡的に大多数が生き延びており、その中には靖利の幼馴染のピン子の姿もあった。

 彼女の生存に感涙した靖利は、その場の勢いで恩人の熊田に初めての口づけを捧げてしまったのだった…!


 唐突に降って湧いたオッサン熊とJK鮫の恋路の行方は…

 そして謎の勢力に狙われた地球の未来はどっちだ!?





『おはよーございまーす♩』


 朝の御丹摩ごたんま署内にボン子とセブンの清々しい挨拶が轟く。

 短い非番はあっという間に過ぎて、今日からまたしばらく勤務だ。


「お〜おはようみんな。そしてお疲れ〜♩」


 対する葉潤はうるは実に晴々した様子で手を振る。

 ボン子達と入れ替えに、今から葉潤と熊田が非番に入るのでなおさらだ。

 仕事帰りにさっそく遊び歩くつもりなのか、ちゃっかり人化を済ませている。


「…ぅス。」


 その横を熊田が無愛想に通り過ぎる。

 不精者な彼はいつも通りの熊形態で、昨日ステルス機から降りた後はずっとコレで通している。

 毎度お馴染みの平常運転ではあるが、それなりに挨拶してくれただけマシだろうか。

 …しかし途中でピタリと立ち止まると、ボン子達のほうをよそよそしく見つめて…


「靖…鮫女はどうした?」


 わざわざ言い換えたのを聞き逃さなかった他の面子は、思わずニンマリ。


「お姉さまでしたら…ホラ〜あちらにぃ〜♩」


 とボン子が指差す方を見るなり、


「…ぅおっ!?」


 さすがの熊田も思わず慄く。

 廊下の片隅…柱の陰に貞子が佇んでいた。

 もしくは八尺様か。ガタイがデカくて微塵も隠れてないし。

 正確には、長い黒髪の女性刑官…靖利である。

 いつもは我が物顔で颯爽と署内を闊歩している彼女が、何故だか今朝は遠慮がちにこちらを観察している…それだけで否応なく不気味さが漂う。

 そんでもって熊田だけをただひたすらに見つめ倒す様は、この動画配信時代にわざわざビデオデッキなんぞ用意しなくても充分に呪われそうな気配がギュンギュン漲っている。


「…な、何やってんだお前?」


 おっかなびっくり呼びかけてみれば…

 貞子、いや靖利は忍者のように柱の陰から陰へとヒョイヒョイ逃げ込みつつ、熊田の前まで駆け寄ってきて…


「…ち、違うからな?」


 いやイキナリ否定されても何のことやら?


「アレはそーゆーんじゃねーんだ。

 一時の気の迷いっつーか、若さゆえの暴走っつーか…あん時のあたいはなんかおかしかったんだ…!」


 真っ赤な顔で力説されりゃ〜嫌でも何の話か検討がつく。

 靖利がおかしいのはいつものことだが、今朝の彼女はいつにも増して可笑しい。

 それにしても、熊田が熊形態で良かった…と靖利は内心安堵する。

 昨日みたく人化したイケオジ形態だったら、とてもじゃないがマトモに顔すら合わせられなかった。


「まぁ、あん時ゃ風防も吹き飛んでたしな。おおかた酸素欠乏症でラリってたんだろ?」


「そ、そーそーソレだよ、ナンタラ貧乏性ってヤツだな!」


 …鮫は海洋生物中では比較的大きな脳幹を持ち、学習能力もすこぶる高いはずだが…?


《活躍は目覚ましいのに、基本スペックがここまでポンコツな刑官も珍しいですね…》


 朝っぱらからコンプライアンス満点ながらデリカシーゼロなニャオが靖利達の前に突然現れた。


《昨日の処刑対象に関する査定結果をお伝えします。

 まず、熊田巡査。貴方の機転と戦闘機の操縦技術が無ければ織家容疑者の追撃は不可能でした。よって刑期マイナス五年。》


「っしゃあ!…って、たったそんだけかよ?」


《迎撃に貢献はしましたが、直接攻撃した訳ではありませんので。評価されるだけありがたく思ってください。》


 相変わらず辛口すぎる裁定である。


《次に大神おおがみ巡査。難攻不落に思われた標的の攻略法を編み出した点が高評価となりましたので、刑期マイナス十年。》


「ハハッ、お褒めに与り光栄至極にござい♩」


「ってなんでパイロットの俺よりガンナーのほうが採点高ぇんだよ、フツー逆だろ!?」


《ここは軍ではなく刑殺ですよ。警ら隊より狙撃手のほうが珍重されるのは当然でしょう?》


 嗚呼なんたる屁理屈!?


《そして鰐口わにぐち巡査…プラス十年。》


「…へぁっ!?」


 靖利だけじゃなく誰もが耳を疑った。

 あれだけ大活躍しといて、どぼぢで逆に刑期延びてんの!?


《任務中に私用で知人に電話連絡しましたね?

 刑殺において法規違反は最も忌避すべき愚行です。しかも一般市民を巻き込むとは…》


「その一般市民を逃すために連絡したんだろがッ!?」


《でも逃げられなかった。結果的に運良く助かったかもしれませんが、あの地域の住民が被った被害は甚大です。

 確かに不可抗力的要素が大きかった点は否めませんが、我々の対処がもっと早ければ…》


 物事は常に結果論ではあるが、それで良かったのだと肯定してしまえば以後の成長は無い。

 刑殺官が処刑というタブーを犯すことを許されているのは、処刑対象者による二次被害を未然に防ぐためなのだから。


《そして結局、処刑対象は何者かが放った謎の怪光線により消滅させられました。

 目の前でみすみす第三者に手柄を奪われたばかりか、その犯行を許してしまった…》


 そう…小蘭華を始末したのは靖利ではない。

 何者かにまんまと口封じされてしまったのだ。


《我々刑殺としては大失態です。

 後ほど始末書を提出して頂きますが、十二分に反省してください。

 その他の署員は特にめぼしい活躍も無かったので、今件についての評価はありません。》


 納得いかない部分は多々あるが、ニャオの言い分は確かに正しく、悠長に電話などしている余裕があれば他に対処のしようもあったかもしれない。


《これでも色々と便宜を図ってはいるのですよ。

 本来ならば、任務中に署員同士で乳繰り合うなどもってのほか…》


「ぅわーっ!? わぁ〜っっ!!??」


 慌ててニャオの口を押さえようと飛び掛かった靖利だが、その身体は虚しく空を切る。

 だから立体映像ホログラムだと言っとろうに…つくづく学習能力の無い奴である。

 そんな靖利を見つめて、他の署員達も再びニンヤリにまにま。


「ゔゔっ…てかなんで皆んな知ってんだよ…?」


「なんでも何も、熊田ッチにあんだけベッタリしがみついて空から降りて来れば、嫌でも…ねぇ〜♩」


「みんなで引っ剥がそうとしても、靴底にへばり付いたガムみたいに全然取れませんでしたしぃ…ねぇ〜☆」


 普段は互いに一線を引いてる割に、ここぞとばかりに息もピッタリな葉潤とボン子のコンボ口撃に、靖利の顔はますます火照り…

 そこへ熊田がトドメとばかりに、


「…カワイイ寝顔だったぜ♩」


 ボフンッ☆ 靖利の赤面が一気に臨界突破して水蒸気爆発。


《なるほど…ユウベハ オタノシミ デシタネ?》


 さらにニャオの追撃! てかなぜ突然カナ表記?


「ゔあぁあぁあ〜〜〜〜〜〜っっ!!」


 涙をちょちょ切らせて脱兎のごとく逃げ出した靖利は、あっという間に行方をくらませた。


「確かに帰還時には夕暮れ時だったけど、オタノシミって何だよ???」


《今や伝説となった、かつての国民的ビデオゲームの迷ゼリフですが何か?》


「熊田さんはサブカルにはあまりお詳しくないんですね〜?」


「てゆーかニャオちんも案外性悪だなぁ」


 てんでにネタ談義で盛り上がる署員達をよそに、ただ一人セブンだけが「追っかけなくていいの?」と不安顔だが、その声が皆に届くことはなかった。





「…しっかし熊田ッチも案外抜け目ないねぇ」


《機内では散々鰐口巡査を「綺麗」だの「天職」だのと褒めちぎってましたしね》


「余計なコト言うなエセ中華!」


 葉潤の揶揄に便乗したニャオにはさすがに機嫌を損ねた熊田だが、靖利と違って既にいい歳こいたオッサンなため、必要以上には慌てない。


「ほぉほぉ!? そこんトコもっと詳しくぅ〜☆」


「ってボンちゃん、ヤッちゃんとは相思相愛だと思ってたけど…意外に冷静だね?」


 と葉潤にツッコまれても、ボン子は慌てず騒がず、


「あたしはもぉお姉さまとはガッツリ肉体関係ですんでぇ〜♩」


「…うん、そーだったね。訊いた僕が悪かった」


 あの葉潤をもたじろがせる脅威のロリHWMだが、しかしそれをも遥かに凌駕する逸材がすぐ隣に。


「肉体関係ってヤツなら、ボクもそーかな?

 お姉さんのいろんなトコ押し広げて中まで見たりしたし。

 おっぱいも飲んでみたよ。出なかったけど柔らかかった♩」


「をうチビガキ、ちょっとこっち来いや」


「ちょいちょい熊田ッチ、相手は子供だから!」


 うっかり自慢話を披露したセブンの首根っこを取っ捕まえて拉致りかけた熊田を、葉潤が慌てて取り押さえる。


「チッ…あの女、ガバガバじゃねーか!」


 セブンをポイっとほっぽり出して舌打ちする熊田に、ボン子が目を輝かせて、


「むっひょ〜お二人とも、もぉそこまで!?」


「…そのドタマ張り飛ばして五回転くらい目ぇ回させたろかガラクタ!?」


 羽生◯弦もビックリの新記録だな。


「ハイハイ解ってますよぉ〜。

 そんないろいろ残念な部分もひっくるめて、それがお姉さまの魅力ですからぁ〜☆

 朝っぱらからあんなにカワイイお姉さまが拝見できて、あたしとしては満悦至極、シェフを呼べ!ですよぉ〜。

 これからも頑張ってくださいね、熊田ッチ♩」


「…お前みてぇなクソチビにまでナメられるとはな」


 いや、だからボン子はこう見えてもアンタよか数世紀分は先輩だっちうに!


「あの鮫女、次はただじゃおかねぇ…!」


 なかなかに個性的な萌えキュン性癖を暴露したボン子におだてられ、別の意味で誤爆気味に燃え上がる熊田の様子を遠巻きに眺めつつ、


「いやはや…みんな意外とガチだね」


《ガチですね…》


 などと頷き合う葉潤とニャオだった。


「みんなこんなに純粋なら、僕がわざわざ心配することもないんだけどね…」


 誰にも聞こえないよう呟いたつもりの葉潤だったが、ニャオの耳にはしっかり届いていた。もっともそれをわざわざ訊き返すような野望な彼女ではないが。


「…あ、そうそう。ついでに非番中の活動申請もしとくよ」


 別に申請せずとも個人的な範疇での調査活動は可能だが、『捜査活動』となれば話は別だ。

 そして葉潤は非番の度に毎回必ずといって良いほどこの申請をしている。


《またですか? 休暇をどう過ごそうと署員の勝手ですから拒否はしませんが…くれぐれも無理はしないように。貴方は貴重な潜入捜査要員なのですから。》


 一見、彼の身を気遣っているようで、その実は文字通り人材についての心配をしているだけのニャオ。

 葉潤としてはそんな彼女のブレない態度が気に入っている。おかげで余計な気を回さずに『趣味』…いや、いっそ『使命』に専念できる。


「そろそろ尻尾が掴めそうなんだよね…♩」





 常に人口過密な獣人都市では、まともな定職にありつくことすら難しく、就業率は現状七割程度とアフリカ並の水準である。

 しかし生存能力に長けた獣人達は必要最低限な生活さえ送れれば何とかなってしまうため、それほどあくせく喘いでる者もいない。

 そんな庶民の憩いの場といえば、今も昔も酒場と相場が決まっている。

 早朝から開けている店舗も少なくはなく、夜通し飲み歩いて道端で酔い潰れている者も多く見かける。

 幸いなことに現代ほど車の往来が多くはないため、交通事故件数は極めて少ないが。

 経済発展は良いことばかりではなく、程々な水準にとどまっていたほうが恩恵を得られる場合も多々あるのだ。

 が、それは街中の交通事情に限った場合の話。

 人口密度が増えれば増えるほど、良からぬことを企む輩が多数現れるのもので…


「お客様のお帰りですよ〜♩」


「いや〜居心地がイイお店だねぇママ。ついつい呑み過ぎちゃったよぉ。

 あーキミ、お釣りは取っといて♩」


 と気前良く会計係に万札を渡す猫型獣人の客だが、


「申し訳ありませんが、少々足りないようで…」


「ぅえっ!? そんなに呑んだかなぁ…?、」


 と、定まらない視界で明細書を見つめ返す客の肩を猿型獣人のママが小突いて、


「やーねぇ忘れちゃったのぉ? あなたテーブルのおつまみを美味しい美味しいってちょくちょく摘み食いしてたでしょお〜?」


「いっ、アレってサービスじゃなかったの!?

 あっちゃあ〜…でもま、金出すだけの価値はあったからいっかぁ。次はちゃんとお値段書いといてよぉ?」


「申し訳ありませぇ〜ん…ニヤリ♩」


 実は、猫型の客のテーブルに盛られたツマミはただの柿の種だったが、それにマタタビパウダーがまんべんなく振り掛けられていたのだ。

 本来の酒代は万札を出すまでもない微々たるもので、まんまとぼったくられた次第だが…こんなのはまだまだ序の口である。

 その隣の店舗では…レジカウンター前で土下座する犬型獣人客の姿が。


「か、勘弁してください…今日は本当に持ち合わせが無いんですぅ!」


「じゃあ最初から無銭飲食やらかすつもりだったんだなア〜ンッ!?」


 筋骨隆々な牛型店員に凄まれた哀れなワンちゃんはクゥーン…と仰け反って、


「ちち違いますよぉ!? 店の前にいた客引きのお兄さんが、千円ぽっきりで飲み放題って言うから…」


「おかしなコト言うねぇアンタ? 今日び客引きは禁止だって知らない訳じゃあねーだろぉ?

 ウチがンなモン雇う訳ねーだろがァッ!!」


「ギャフッ!? じじじゃああのお兄さんは…」


「知るかボケェッ! ウチはチャージ料だけで一万円の高級店だ…そこに居座った以上、払うモンはきっちり払って貰うぜぇ〜?」


「ヒィ〜ンッ!? そんなぁーッ!!」


 終いには馬のいななきのように泣き叫ぶ可哀想なワンちゃんだが…無論コレも罠である。

 そもそも高級店が、こんな店の出入口なんて目立つ場所で客を罵倒する訳がなかろう。

 先の客引きも勿論グル。典型的な料金後出し詐欺だ。


「だがな、こっちも鬼じゃねぇ。今すぐこの場で耳揃えて支払えなんて出来もしねぇコトは言わねーよ…グヒヒ♩」


「ワフ?」





 そして文無しハチ公が連れて来られたのは、飲み屋から程近い雑居ビル内の一室。

 真昼間だというのに薄暗いその部屋のドアに掲げられた看板には、楽しげでポップなキャラが多数描かれた『ニコニコローン』の社名が。


「…とゆーことで、ウチは二日で五割やさかい、くれぐれも延滞には気ぃつけたってや♩」


 ヒヒ型獣人のいかにも金が大好きそうな親父が、テンプレもここに極まれりな仕草で電卓を弾きながら説明する。


「いやいや無理ゲー過ぎでしょソレ!? 一万円借りたら四日で元本超えちゃうじゃないスか!?」


 出資法ガン無視の悪徳にも程がある高利貸しだが、潰しても潰しても雨後のタケノコのように次々湧いて出るそれらを取り締まれるだけの人材は、現在の刑殺には無い。

 そもそもこんな店に駆け込む客はよっぽど切羽詰まった御仁ばかりであり、端から救いようが無い。


「じゃあどーやって金払うつもりなんだよゴルァ、刑殺に突き出してやってもいいんだぞゴルァ!? あ゛〜ゴルァ!? え゛〜ゴルァ!?」


「だからすぐに返済すりゃえーだけやん? なんなら他の金貸しも紹介したるで? お゛?」


「いやいやイヤイヤ何なのこのクソゲー!?」


 飲み屋の店員と闇金の親父の双方から理不尽に絡まれ、絶対絶命のワンちゃん。

 言うまでもないだろうが、コイツらは最初っからグルだ。実に手の込んだ劇場型詐欺。

 冷静に考えれば客引きに呼び掛けられた時点で既にハメられていたのだが、今さら気づいたところで逃れる術はない。

 しかしそこで…


「…お待ちなさいアナタ達ッ!!」


 思いもよらぬ第三者の乱入キタコレ!?

 いかにもお金持ちな有閑マダム風のヤギ型獣人が店内に突入してきて、ワンちゃんをかばうように立ちはだかった。


「通りすがりに大声で騒いでるアナタ達の声が表まで筒抜けだったわ! 刑殺に突き出されるのはアナタ達のほうよっ!」


「ちょ待てよ、そもそも悪いのは金払えねぇコイツだろーがあ゛あ゛っ!?」


 キムタクばりのツッコミでマダムにも容赦なく絡んでいく飲み屋の店員に、マダムはハンドバッグからごっつい財布を引っ張り出して、中身の札束を無造作に鷲掴むと、


「これだけあれば足りるでしょ!?」


 と投げつける。店員と親父がそちらに気を取られてるうちに、


「さっ、行きましょう!」


 と訳もわからずうろたえるばかりのワン公の手を引いて颯爽と店から出て行くのだった。





 そして二人がしけ込んだのは、いかにもおハイソなカフェテラス。


「ここまで来ればもう安心でしょう。ささっ、お好きなモノを注文してちょうだい?

 といっても、さっき大枚はたいちゃったからお値段が張るモノはダメだけどネ」


 可愛らしくペロッと舌を出すマダムにワン公はポッと頬を赤らめつつ、


「ス、スンマセンっした。僕のせいで…」


 申し訳なさげに頭を掻くワン公に、マダムはいいのよとニッコリ微笑み返すと、物憂げに表通りの様子を眺めて、


「アナタは死んだ私の亭主にどこか似てたから、つい…ね」


「…そっスか。

 あの…旦那さんはいったいどんなお仕事を?」


 失礼とは思いつつも、やはり訊かずにはいられない。自分と似てるってのも気にはなるが…普段からあんな大金を持ち運べるからには、よっぽど実入りの良い仕事に就いてたに違いない。


「ちょっとした宗教関係のお仕事をしててね…今は私が跡を継いでるけど、なかなか思うようにはいかなくって…」


「…そうなんスね…」


 ハイそこスルーしない!

 今『宗教』ってパワーワードが飛び出したばっかだろがい!? コイツぁヤベーぞ、今すぐズラかれっ!


「あの…ソレって僕にも出来るコトっスかね?

 お恥ずかしい話っスけど…今、仕事に就けてなくて困ってたトコなんスよ」


 パータレかキチャマはぁ〜〜〜っ!?

 宗教関係の仕事なんてどー考えてもロクなモンじゃねーだろにっ!?


「…ホント!? それじゃ、今からでもスグにお願いしようかしら?」


 そらキタコレ♩とばかりにヤギの眼を爛々と輝かせるマダムに、ワン公もさすがに我に返って、


「い、今スグっスか!? いやぁそれはちょっと…」


 渋るワン公の両手をガッチリホールドしたマダムは、今にも唇が届きそうなほどの至近距離で甘い吐息を吹きかけながら…


「お願い…アナタだけが頼りなの…♩」


「了解っス☆」


 激チョロだなアンタ!?





 てな訳で犬畜生が次に引っ張ってこられたのは、一見フツーな郊外のお屋敷。

 まぁ立派なお屋敷って時点で既にフツーじゃないが、玄関をくぐるなりさらに仰天。

 廊下の壁という壁一面に自己啓発めいた毛筆書体の殴り書き藁半紙が所狭しと張り巡らされ、ホールの中央には仏壇だか祭壇だか判別不能な金々キラキラな御神体と思しき物体が。

 部屋の壁にあるこれまたご立派な書架には、『神は常に貴方と共に』だの『神と営む豊かな暮らし』だのといった如何にもソレモンなタイトルがギュンギュンに居並んでらっしゃる。


「あっ…ぼぼ僕、急用を思い出したんで…!」


 有閑マダムの色香に惑わされてノコノコついてきたワンダフリャも、さすがにこいつぁヤベェと気づいたらしく脱兎の構え。犬なのに。

 しかしその甲斐虚しく、いつの間にか家の戸口を固めていた黒服のごっついオッサン達に押し戻される。

 さらに廊下の奥からゾンビ映画さながらの光景で大勢の信者達がゾロゾロ湧いて出てきた。こんなに大人数なのに、どいつもこいつも目つきがイッちゃってて一言も喋らない。怖っ。

 シーンと静まり返った室内に、彼らが手にしたスマホをワン公に向けてパシャパシャシャッターを切る音だけがせわしなく鳴り響く。なんでこの種の人達って無許可で他人の写真撮りたがるのかね?


「あっあっちょっやめっ…アフンッ!?」


 異様な重圧にワン公がイキかけたところに、


「…ようこそご客人。」


 いかにも怪しげなマントを纏った雄ヤギ型獣人が、屋敷の奥から悠然と歩み寄ってきた。


「え゛…いやあの、旦那さんお亡くなりになったんじゃ…!?」


「無礼者がッ!? 教祖様の御前ですよ!」


 急に大声で怒鳴りつけたマダムに、ワンちゃん二度ビックリ!


「ふむ、あながち間違ってはいないねぇ。

 私は神の御使いとして蘇った…

 すなわち、過去の私は死んだのだから…♩」


 雄ヤギの眼がニタリと笑う。あの瞳孔が潰れたような異様な眼差しで。

 な〜んその屁理屈!?

 てかもーヤギ頭って時点で邪教確定ぢゃん!

 なんで雌ヤギの時点で気づかなかったのワンちゃん!?


 いや…既にお気づきだろうが、これら一連の出来事は最初からすべて繋がっていた。

 犬型獣人は人当たりが良いため、営業職にはうってつけ。

 すなわち、そんな彼に目をつけた教団は、端から彼を陥れるためにこんな手の込んだ工作を仕掛けてきたのだ。

 それが証拠に、先の客引きや飲み屋の店員、そして闇金の親父ら全員が信者達に混ざって、海藻のごとくユラユラと妖しげに揺れ動いている…!


「さぁ〜アナタも私達と一緒に、神の御許に召されましょお〜?」


『とぉ〜っても…楽しいヨ♩』


 トドメに信者全員で大合唱。

 怖っわ! まぢ怖っ!!

 もう低予算のホラー映画さながらの雰囲気だ。

 これまでにも散々述べてきたが、この世界は仮想現実であり、れっきとした創造主の存在が半ば公然の事実となっている。

 しかしそれを知ってもこれらのアカン宗教団体は減るどころか、ますます活動を活発化。

 元々存在しない教義を面白おかしく歪めて騙り、片っ端から信者を増やしてまわっているのだ。

 宗教なるものの位置づけは今日においても非常に厄介で、刑殺も迂闊に手を出せない。

 噂によれば背後には選挙資金や票の獲得を目論んだ政治家が絡んでいるともいわれ、誰も手出しできない…まさしく『神域』なのだ。

…が。


「…へぇ〜? ずいぶんお安くなったもんだねぇ、今日びの神サマって奴は?」


 それまで憐れな仔羊…いや仔犬に徹していたワンちゃんが、いきなり態度を豹変させた。


「しかも何だいこの御神体…張りぼてじゃんッ!」


 叫ぶなりワン公は、部屋中央の御神体にズドバゴォッ!!と回し蹴りを喰らわせる。

 大破したソレの中から手のひらサイズの水晶玉…ですらなく、明らかに安物のガラス玉がボトリと床に転げ落ちた。


「な、なな何たる罰当たりな…っ!?」


 慌てふためいて玉にひざまずく教祖の眼前から、その玉をヒョイっとかすめ取ったワン公は、


「そんなに神の身許に召されたいなら…こうしてみたらどーだいッ!?」


 グチャッ♩ 力任せにヤギ教祖の目ん玉にガラス玉を捩じ込んで、一瞬にして顔面破壊。

 悲鳴を上げる暇さえなくグラリと大きくよろめいた教祖は、地べたに大の字に倒れ伏し、ドタマから白子のような脳みそを撒き散らして息絶えた。


『ヒィッ!? ヒィ〜〜〜〜ッ!?』


 一拍遅れてにわかに騒然となる信者達。


「け、刑殺…誰か刑殺をっ!?」


 震え叫ぶマダムの前に立ちはだかったワン公は、


「ちょうど都合が良かったねぇ…僕がその『刑殺官』だよ♩」


 名乗りを上げるなり、その目つきがやおら鋭くなり…耳や鼻筋がグンッと伸び…口元が大きく裂けて、鋭い牙が生え揃う。

 それまでのいかにも飼い慣らされた感が漂う愛嬌ある犬の顔から、一瞬で精悍かつ獰猛な狼の顔へとモードチェンジだ。

 ハイ皆様お待ちかね。彼こそは言うまでもなく御丹摩署の巡査・大神葉潤その人だった。

 巷に溢れる獣人中でもほぼ唯一、他の獣人への擬態能力を持つ狼型獣人の彼。

 さらに同じ狼型でも、この能力には著しい地域差や個体差があり、ここまで見事な変身能力を誇る者は極々一部に限られる。


「やっと尻尾を捕まえたよ。さぁ〜て、洗いざらい吐いて貰おうかな…?」


 先に倒した教祖の死体をギュルリと踏みにじって、葉潤はマダム達にジリジリ迫る。

 そう…この教団は末端組織に過ぎず、本体はまた別にある。

 彼は以前からこの集団についての調査を独自に進めていた。休暇もほぼ返上して。

 この世界では殺人よりも詐欺罪のほうが刑が重いため、既に殺害許可は取り付けてある。

 そして、この界隈で『犬型獣人』が借金苦から自殺に至るケースが異様に高いという情報を掴み…

 さらなる内定調査の結果、いずれも同じ飲み屋と金融業者を利用していたことが判明した。


 が、たかが飲み屋のぼったくり料金など、少し頑張れば返済できる程度だし、相手の手口は明らかに詐欺なのだから所轄の業者組合なり刑殺なりにタレ込めば良いだけのこと。

 なのに何故、自殺にまで至ってしまうのか?

 …どうやらそれは短期間で借金が雪だるま式に膨れ上がり、返済不能に陥ってしまうかららしい。

 しかし被害者の身辺調査の結果、誰一人としてギャンブル等にうつつを抜かしてはいなかった…そうするだけの余裕も無かったために。

 ならば…考えられる要因はほぼ限定される。

 そこで葉潤は自ら犬型獣人に変装しての潜入捜査を始めた途端…まんまと獲物が釣れた次第。


「邪魔っけな教祖は先に片付けたしね…♩」


 調査の結果、被害者は例外なく今回のような教団支部に連れ込まれ、極めて強力な催眠術を施された挙句、何らかの洗脳操作を受けていたことも判明していた。

 だから真っ先に疑わしい教祖と祭壇を潰しておいたのだ。


「こんなチンケなカラクリで神の名を騙るだなんて…実に嘆かわしい。許し難いね…っ!」


 そして葉潤は刑殺手帳とは別に、何らかの証明書を掲示する。

 それは某宗教国家発行の正当な『神罰執行許可証』…!

 実は葉潤は刑殺官である以前に、某宗教国家より派遣された、れっきとした『エクソシスト』だったのだ。

 この地にはびこる邪教の一掃…それこそが、彼が自身に課した使命だった。





 獣人には大別して二種類ある。

 一方は、かつて地球の環境汚染が壊滅的レベルにまで進んだ際、その過酷な環境に適応するため遺伝子改良を受けた人類の末裔…いわば『後天性』の獣人種。

 そしてもう一方は、それ以前から人知れず人間社会に紛れてその血統を守り抜いてきた『先天種』。

 葉潤の家系は後者であり、そのルーツは実に紀元前…神話の時代にまで遡る。


 先の大戦により、現在では世界地図が大きく描き変わったが…

 以前はヨーロッパと呼ばれた地域に、神を侮辱し、その怒りに触れて人ならざる者に成り果てた男がいた。

 不滅の肉体と神秘の力を得た引き換えに、未来永劫、陽の光の下を出歩けなくなった彼は、唯一必要とされる人間の血液を求めて夜な夜な彷徨い歩いた。

 …すなわち、早い話が『吸血鬼』だ。

 その被害者を自らの眷属に従え、あるいは身体的に優れた者を異形の怪物へと変貌させて使役し、やがて世界規模の厄災をもたらしたという。

 その怪物というのが、いわゆる『狼男』…すなわち獣人達の開祖にして、葉潤の直系の御先祖様だ。


 狼男の役割は、日頃は人間社会に紛れて様々な情報収集を行い、それを自由に出歩けない主人に伝えること。

 そして吸血鬼討伐に訪れる身の程知らずがいれば、主人の尖兵として対峙する。

 …だがその役割ゆえに長く人間と接するうち、一度は失った人の心を取り戻し、やがては主人に反旗をひるがえした。

 激戦の末、人間達とともに吸血鬼を倒した彼らは、神に帰依することで破滅を免れ、以降は神の御使として活動するようになる。


 とりわけ東の果ての島国…つまりは日本での布教活動は難航を極めた。

 世界規模では少数派の仏教を狂信的に崇拝するその小国は、他の宗教を邪教と蔑んで禁止し、そのために鎖国にまで及ぶほどだった。

 さらには常に肌身離さず帯刀する『侍』と呼ばれる兵士達は強力無比で、主君のためならば死をも辞さない猛者揃いで手が付けられない。

 しかしそこで生み出される数々の文化や豊富な資源は実に魅力的であり、まんまと懐柔して独占するためにも改宗は必須事項だった。

 あまりにも危険で困難を極める布教に出向いたのが、侍をも凌駕する能力を持ち合わせた彼ら『獣人神父』だったことは、現在では歴史の闇に葬られた紛れもない事実である。


 つまり、葉潤の御先祖こそがこの国に今日まで根付き、世界的には最もメジャーなあの宗教を広めた張本人なのだ。


 だが、他のどの国とも異なる摩訶不思議な異郷の地で変調をきたし、あるいは幕府の策略で命の危機に陥った挙句、本性を現してしまう者も少なからずいた。

 第二次大戦前までまことしやかに囁かれていた「異人は化け物」「南蛮人は人を喰らう」という噂は、ここから派生したものである。

 かくして危険視された件の宗教は長年に渡る宗教弾圧を受け続けるハメになったが、御先祖様や信者達はそれでも辛抱強く信仰を守り抜いたのだ。

 そうしてかろうじて生き延びた御先祖様の中には、やがて異郷の人々に同化し、この地での生活を営み始める者も多かった。

 かくして葉潤の一族は、以後は日本人として暮らしていくことになる。





 そして葉潤もまた、刑殺官になる前は正統な神職者として働いていた。

 既に何世紀も前に、この仮想世界の創造者…すなわちホンマもんの神が存在することは明らかにされていたが、彼らの宗派を含む古来からのあらゆる宗教は、その事実をいまだ認めてはいなかった。

 そりゃ〜自分達の神以外に他のを認めちゃったら、教義の大前提が崩れちゃうからね。

 例外的に元来より複数神を崇拝している仏教やヒンドゥー教は、自らの教義に現人神という形でちゃっかり取り入れてはいたが。

 しかし葉潤にとっては正直、誰が神だろうが関係なく、それに相応しい神力と人格さえ備えていればそれで良かった。聖職者には珍しいリベラルな考え方である。

 ともかく、ただひたすらに信仰してさえいれば、神はすべてを受け入れ、救ってくださる…。

 純粋培養な彼は心底そう思っていた。


 だが、その信仰心がついに揺らぐ時が訪れた。

 人間ならば誰しもが経験するであろう…気になる異性との出会いである。

 その彼女は、彼が派遣された教会が運営する児童養護施設にて孤軍奮闘する保育士で、見るからに気さくで快活な猫型獣人だった。

 名前を未散みちるといった。

 神学校を主席で卒業したばかりの葉潤よりも数才年上で、からかい上手の高…いや童貞キラー。

 しかし哀しいかな、葉潤は一生独身が信条の聖職者。だが未散はさにあらず。


 教会本部は神父達に人前では人化した姿で過ごすよう通達しており、葉潤は愚直にそれを遵守していた。

 知っての通り端正な顔立ちの彼は女性受けが凄まじく、休日のミサは女性信者で教会が溢れ返った。

 しかし哀しいかな童貞の弱みで女性の扱いには慣れていない。だが未散はさにあらず。(二回目)


 てな訳で必然的に未散が葉潤の防波堤的な役割を担い、葉潤の彼女への信頼度はますます上昇するばかり。

 さほど時間を掛けずにありがちな付かず離れずのプラトニックラバーズが誕生した。

 だが未散猫娘はさにあらず。(三度目)

 てゆーかイイ歳こいて、いつまでもそんなお子様みたいな関係に我慢できる彼女ではない。

 この人、そりゃもーメチャメチャ積極的だった。猫は好奇心の生き物だしね。


「んもう…ちょっとくらい触ったってばちは当たらないのに…」


「ダメですよ、神様がご覧になってます」


「そんなこと言ってたら、あたしのオッパイいっつもメチャメチャ揉んでくる子供達は、みーんな罰当たりってことにならない?」


「ゔ…。

 と、とにかく必要以上にくっつかないで!

 胸元をはだけないでください!」


「え〜別にいいじゃん、あたしが勝手に見せてるだけだし♩」


「余計タチが悪いですよ!」


「つべこべ言わずに神父さんのも見せて。ほらほら♩」


「だからダメだって…おぉ神よ…っ!?」


 現在の彼からは予想もつかない堅物ぶりだが…まぁ連日こんだけ誘惑されてりゃ根負けもするわな。

 ちなみに今日では仏教の坊さんも婚姻や肉食・飲酒等が許されているが、その他の宗教においてもそこまでアレコレうるさくは言われなくなったので、葉潤が気にするほどでもないのだが。

 大切なのは真摯な信仰心であって、クソくだらねぇ小さいコトに執拗に拘ってうだうだゴネるよーな輩はどのみちナニも小さいか、とっくに腐り落ちてるのだ。


 …そんなこんなで事後。


「…ところでムッツリ神父さん。今週末にゴクウくんが新しいご家族にお迎えされることになったから」


 満足気な微笑を浮かべて、未散が報告。


「貴女のせいでたった今ムッツリではなくなったし、このタイミングで言うべきことかと疑問には思いますが…」


 対する葉潤は抗えなかった自責の念からいまだ顔面蒼白だが、幸せそうな共犯者の彼女を見ているうちに少しは罪悪感が薄れたらしい。


「…そうですか。いよいよゴクウくんも新たな環境下での生活に移るのですね。

 たいへん喜ばしいことですが…あれだけ賑やかだった子が巣立つと思うと、なんだか寂しくなりますね…」


「子供はいつか巣立つものよ。あたしとあなたの子だと思って、前途を祝福しましょ♩」


 相変わらず刺激的なコトばかりのたまう未散だが、おおよそ名前で見当がつく通り、ゴクウくんは猿型獣人だ。狼と猫のハイブリッドではまず生まれない。

 ちなみに獣人は半分は人間なので、異種族同士の性交でも子作りは可能だ。

 その際、例えば馬とロバなど近似性のある動物の場合は、両者の特徴を併せ持った子供が生まれる傾向にある。

 しかし片や哺乳類、片や爬虫類など品種が極度に異なる場合には、どちらか一方だけの特徴を持つ子供が生まれるケースが大半である。

 このようにそうそう困ったチャンな結果には至らないので、安心して小作りに励むが良い☆


「…なんなら本当の子供を作っちゃってもいいけど♩」


「…大変光栄なお申し出ですが…さすがにそれは…」


「…判ってたけどカタブツねぇ。

 その代わりと言っちゃなんだけど、また新しい子を引き取ってもいい?

 ヤンチャだったゴクウくんの後だから、二、三人でもイケちゃうかな?」


「…解りました。申請しておきますが、くれぐれもご無理はなさらないように」


 こんな塩梅で、世間的には決して結ばれることはなくとも、心さえ繋がっていれば何の不安もない。

 葉潤はそう信じていた…その時までは。





 そしてゴクウくんが貰われていってからしばらく経った頃。

 街外れの敬虔な信者宅での催し物に招待された帰り道…葉潤は彼を引き取ったというお屋敷の前を通りかかった。

 神父は通常、教会の外をそう頻繁には出歩かないし、ましてや一般住宅を個別訪問することは滅多にない。

 それでも見慣れた顔の少年の現在はどうしても気になるため、無理を承知で訪ねてみた。

 が…応対に出た家人からは、意外な応えが返ってきた。


「ゴクウくんなら、結局引き取れませんでした。

 あんなに賑やかな子なら毎日どんなに楽しいだろうって、期待してたんですけどね…」


「引き取"れ"なかった?

 …引き取"ら"なかった、ではなく?」


「ええ。直前に保育士さんから丁重なお断りがあって…他にどうしてもとお願いする人達がいたから、断りきれなかったって…」


 …どういうことだ?

 寝耳に水の話だし、それならそれで葉潤の耳に入れても良さそうな話なのに…なぜ?

 子供達のために連日一生懸命に働いてくれている未散が、そんなに怪しいことをするものだろうか?

 しかし、下手に保育士を追及して怒らせれば、決して他言できない関係にまで及んだ自分の立場も危うくなる。

 …結果的に、葉潤はしばらく彼女を泳がせてみることにした。


 それからほどなくして、それまで元気だった虎型獣人の女の子が急に体調を崩し、入院することになった。

 それまでは毎日元気に施設内を所狭しと飛び回っていたのが、信じられないほどの衰弱ぶりだった。

 未散が言うにはかなり珍しい症例で、遠方の専門設備が整った大病院でなければ治療できないという。

 それまでの葉潤ならば彼女の言葉を素直に受け取り、一日も早い回復を祈るばかりだったろう。

 だが今回は、最初に女の子が担ぎ込まれた病院を極秘に調べ上げ、当時の担当医から話を伺うことが出来た。


「ああ、アレなら単なる食あたりでしたね。数日安静にしていればすぐに良くなるとお伝えしましたが…もしかして、まだ体調がすぐれないとか?」


「…それからずっと寝たきりで、今度遠くの病院に入院するそうです」


「おかしいですね。私の診断もAI診断も共にただの食あたりですよ?

 故意に変なものでも食べない限り、あれ以上悪くなるはずが…」


 ふむ、それは確かに妙だ。現在の医療制度では誤診防止のためにAIと医師の二重診断が義務付けられている。

 AIの精度は言うまでもなく、おかげで誤診率はほぼ皆無に等しい。にもかかわらず…?

 担当医はしきりと首を捻ってから、ふと思いついたように、


「…入院先の病院名は?」


 それなら未散が昨夜口にしていたのを覚えていた。

 が、その名を聞かされた担当医の顔は見る間にこわばり、


「ここだけの話ですが…その病院は医療事故による死亡率が異常に高いことで有名なんです」


 通常の医院の数倍は死んでるのに、何故だか不思議と今まで騒がれたことすら無い。

 必然的に臓器移植の提供元になることが多いことから、あるいはそのために患者を死なせているのでは?…なんて話も囁かれるほどだと。


「あくまでも噂ですけどね。表向きは極めて真っ当な医療機関ですし。

 難病の治療実績もかなりのものだから、そのぶん死亡数の高さが際立ってるだけかもしれませんけど」


 しかしその話がどうにも気になった葉潤は、その後に独自にゴクウ少年の引取先についても調べてみた。

 すると…なんと彼も、引き取られた直後に体調を崩し、同じ病院へと運ばれた挙句…先日すでに死亡していた。

 しかも引取先は、その病院と同じ財産が運営する児童福祉施設だった。


 ここまで来れば、もう確定的だ。

 未散は葉潤の目を欺いて、子供達を臓器売買組織に売り飛ばしていたのだ…!

 葉潤はこの事実を速やかに教団本部に報告し、追加調査と今後の指示を仰いだ。世界規模な巨大組織の彼らに調査不能なことなどあり得ない。

 その結果、未散がその報酬として多額の謝礼金を受け取っていたウラも取れた。


 …だが、何故? どうして彼女はそんな大金が必要なのだろうか?

 見たところ、派手な生活を送っている兆候は微塵も見当たらないし、児童施設の経営に行き詰まっている様子ももちろん無い。

 むしろ、葉潤がここの教会に赴任してからは寄付金も潤沢に集まり、運営上の問題は何もないはずだ。

 であれば、たとえば彼女やその家族に何らかの問題があり、多額の資金が必要なのか?


 ところが…未散は元々孤児で、ここの施設で育った後、そのまま保育士の職に就いたという苦労人だった。

 その恩に報いるため健気に働き続け、前園長が病死してからは人手不足をものともせず、その代理をも担ってくれている。

 金があっても使う暇さえない忙しさだし、仮に暇があっても怠惰な生活は送りそうにもない。

 だのに、何故?…どうにも解せない。

 相談してくれれば、葉潤にも多少の助力はできるだろうに…。

 彼はこの期に及んでも、いまだに彼女を信頼し続けていたのだ。


 が…教団本部からもたらされた追加報告は、まさに絶望的だった。

 先に病死した園長は、葉潤たちの教団が現在最も警戒している新興宗教にかぶれ、施設の運営資金を横流しして多額の寄付金を寄贈していた事実が確認できたのだ。

 しかもその病死を報告したのは他ならぬ未散当人であり、よくよく考えずとも当然のように不審な点が多々あった。

 まさか…信じたくはないが…。


 とにかく、ゴクウくんのような犠牲者をこれ以上増やす訳にはいかない。

 葉潤は教団本部と示し合わせ、行動を実行に移した。





「どういうこと!? あの子を入院させないなんて!」


「その必要がないからです。

 もちろん、僕の知り合いの病院でしばらく預かってもらいますけどね…貴女がこれ以上、変なモノを食べさせないように…!」


 案の定、慌てて抗議した未散に、葉潤はそう答えて『証拠品』を突きつけた。

 それは、毎日のおやつの時間に子供達に配られていた飴玉だ。


「コレの成分を分析してもらったところ…他の獣人には無害ですが、虎や前園長、そして貴女など猫科の獣人には有害な物質が大量に配合されていることが判明しました。」


 猫にチョコやタマネギなどを食べさせるのは禁物なことはご存知だろうし、有名なマタタビも与え過ぎれば毒になる。

 前園長は猫科の豹型獣人だった。そして彼女も虎型獣人の少女同様、この成分が含まれた食事を毎日摂取したため体調不良に陥った。

 しかし獣人は同時に屈強な人類でもあるため、その程度では致命傷までには至らない。

 だから件の病院に入院させた。そこは金次第でどんな汚い診療でも平然と請け負う機関であることを、日頃から人付き合いが多い未散は口づてに知っていたのだ。

 それからほどなくして、目論み通りに前園長は死んだ。


「そして、貴女も…前園長と同じ宗教団体に多額の寄付を行なっていますね?」


 つまり前園長は、未散も同じ宗教に入信するようしきりと勧誘していたのだ。

 それに未散は大いに恐怖したものの、施設以外の世界を知らない彼女には他に居場所が無かった。

 だからやむなく前園長の暗殺を企てた。


「けれども時すでに遅く…前園長が死亡した頃には、貴女はすっかり宗教に魅入られてしまっていた。

 そんな貴女を、その宗教団体と悪徳病院は逆に脅迫し、二度と足抜けできなくなるように絡め取った上で、自分達への絶対服従を誓わせた…

 とまぁ、こんなところですか?」


「…あたしが他の神様を信じてるのが、そんなに気に入らない?」


 肯定と受け取っても良いだろう。

 神父として公言すべきではないだろうが、葉潤にとってそんなことは正直どうでも良かった。

 実際のところ、今では宗教はファッションの一つに過ぎなくなっており、日本人のようにクリスマスやハロウィン、果ては初詣や結婚式など、雑多な宗教のあらゆる行事を独自解釈で楽しみ、もしくは仏教徒には本来無縁な十三日の金曜日を極度に恐れている人々も多い。


「僕が気に入らないのは…貴女がお金のために、ゴクウくんやその他大勢の子供達の命を奪ってきたことです。

 そんな穢れた方法で手にしたお金をいくら貢いだところで、れっきとした神なら決して報いることは無いないでしょうし…

 それで大喜びするような神なら、所詮は紛いものということです!」


 毅然として言い放つ葉潤に、未散は少しだけ哀しげな表情を浮かべたが…

 それから先は互いに一歩も譲らない押し問答だった。

 言い争っているうちに、葉潤は彼女が表向きは新興宗教を信じてる訳ではない…むしろ憎悪すらしているような気配を悟った。

 それなのに、精神の奥底までもはや後戻りできないほどのレベルで汚染され、依存を極めてしまっている…。

 ここまで来れば逆洗脳はほぼ不可能に近く…既に手遅れだった。


 宗教なるものは実に厄介だ。

 日頃、自分は神などまったく信じていないと公言している人でも、受験や就職など人生の岐路に立たされた時や、怪我や病気などの切羽詰まった状況下では無意識的に神だの仏だのに祈りを捧げることだろう。

 さらには死後の葬儀や埋葬の際には、自身が最も崇拝していた宗教のしきたりに則ることを余儀なくされる。

 このように人と宗教とは決して切り離せない関係であり、その人が生まれ育った環境下で知らず知らずのうちに教育…という名の洗脳が進んでいるものなのだ。

 そしてその人の信念だの生き様だのには、宗教が多大な影響を及ぼす…。

 いわば宗教が人を作り、人たらしめると言っても過言ではない。

 故に宗教は人生には必要不可欠であると同時に、一歩間違えばその人生をも台無しにしかねない劇物となり得るのだ。

 そして、未散も…。


「それのどこがいけないのっ!?

 神の御許に召されるなら光栄じゃない!

 他の家に引き取られたところで、所詮は血も繋がらない赤の他人だもの…うまく行きっこないわ!

 それならいっそ、死んで他の人に役立ったほうが幸せなのよっ!!」


 …これはダメだ。

 彼女は心底そう思い込んでる。

 その人の人生を決めるのはその人自身なのに、端からダメだと決めてかかって、わざわざ余計なお世話を強要してる。

 もはや彼女にとっては世間のことわりよりも、歪んだ教義のほうが優先度が高いのだ。

 生まれてこのかた、施設の外に出たことがない未散には…他の生き方が想像できないんだ。

 元から生まれ育ちが大きく異なる二人には…元々相容れる余地など無かったのかもしれない。

 …だからといって、このまま済まされて良い訳がない。


「…それで、あたしをどうするつもり? 刑殺にでも突き出すっていうの?」


 開き直った未散は不敵にほくそ笑む。

 そんなことをしても多分ムダだろう。今や彼女のバックには、あらゆる闇の組織が付いているのだ。

 たとえ彼女一人を晒し上げたところで、連中は要領良く保身を図って無関係を装うか、あるいは口封じを行うに決まっている。

 宗教はあらゆる組織に潜り込んで増殖を繰り返すウイルスのようなものだから、たとえ刑殺でも絶対安全とはいえない。


「…そんなことはしません。」


 やむを得ない葉潤の回答に、未散は一瞬ホッとした顔色を浮かべ、それを愉悦に歪ませる。

 葉潤をとっとと手込めにしたのも、彼女に未練を抱かせて正常な判断力を奪うためだったのだろうか?

 今となっては手遅れもいいところだが、その悪女ぶりには百年の恋も一気に冷めた。

 侮ってもらっては困る。こちらの信仰心は紀元前から先祖代々培われた筋金入りだ。

 ぽっと出の邪神ごときにカブレたにわか信者の策略程度でブレることなど無い。

 それに…こちとら只の神父ではないのだ。


「…コレが何だか判りますか?」


 例の『神罰執行許可証』を取り出した葉潤に、未散は「…なにソレ?」と首を捻った。

 予想通りの反応だ。古くからの信仰国家でさえ極一部の人間しか知らないこの資格を、ましてや大半が異教徒のこの国の者が知る由もない。

 だが、それは葉潤自身にとっても諸刃の剣だ。これを執行すれば、おそらく彼は…。

 だとしても…今、目の前にいるこの女は、如何とも許し難い悪行の化身だった。


「大丈夫。僕もすぐに貴女と同じ場所に逝きますから…!」


 葉潤はおもむろに人化を解いた。

 自身が狼型獣人だということは事前に告げてあったが、未散の前でこの姿になるのは初めてだった。


「ヒッ!?」ざしゅっ。


 その姿にあからさま怯えた未散が悲鳴を上げるよりも疾く…鋭い鉤爪に跳ね飛ばされた彼女の首が宙を舞っていた。





 神罰執行後、速やかに最寄りの刑殺署に出頭した葉潤は…案の定身柄を拘束され、留置所に放り込まれた。

 予想通り、日本では件の許可証の効力が認められなかったため、単なる殺人事件として取り扱われたのだ。

 いよいよ年貢の納め時か…神の教えに一時でも背いた罰が当たったようだ。

 とっくに覚悟を決めていた葉潤は、慌てず騒がす最期の審判を待った。


 …しかしその後、いつまで経ってもなかなか取り調べが行われないと思ったら…

 どうやら刑殺上層部も葉潤の扱いに困惑しているようだと、看守や同じ檻で寝泊まりした者が教えてくれた。

 そして最後に決まってこう問われた。


「アンタはいったい何者なんだ?」…と。


 葉潤が所持していた件の許可証を念のため調べた上層部は、それが某宗教国家発行の正式な資格であることを知り狼狽していた。

 ただでさえ宗教関係は何かと取り扱いが難しいのに、これでは下手すれば国際問題だ。

 誰も彼もが尻込みする最中、唯ひとり意気揚々と「では、この件は私にお任せ願えますかねェーイ?」と手を挙げたのは…例によってあの男。


「…とゆー訳ですので神父さァン、どうか安心して一切合財ゲロっちゃってくれますかねェーイ?」


 自ら事情聴取に赴いた御丹摩署署長・百地金太夫ももちきんだゆうのただならぬ人物像に驚きつつも、その人柄に神にも匹敵するほどの信頼感を得た葉潤は、素直に腹を割って洗いざらいぶちまけた。

 その後の百地の仕事は驚くほど早かった。


「…神父さんの情報通りだったねェーイ。

 件の病院関係者は一両日中に芋づる式に挙げられる予定だヨ。ちょっとした騒ぎにはなるだろうがねィ…。

 あと、事件の詳細はマスコミと施設の子供達には伏せてあるからねェーイ。

 真相を知ったところで、誰も得しない話だしねィ…。

 教会と児童施設のほうも、近隣の教会が当面兼任してくれるって話だヨ」


 数日後に再び彼と面会した時には、葉潤の懸念がことごとく処理されていた。

 とりわけデリケートな配慮が必要な子供達への対処が行き届いてるあたりはさすがだ。

 やはり、この人を信用して良かった…と安堵した葉潤に、百地はさらに告げた。


「ただしィ、宗教団体のほうは現時点ではお手上げだねェーイ。

 最近急速に勢力を拡大してきた新興宗教ってことくらいしか判らなくてねィ…

 あれだけ強力な洗脳術をどう施しているのかも不明だし、高額な献金もあくまでも信者からの好意と言って憚らず、被害届もほとんど出されていなーィ…」


 刑殺もおおよそ葉潤達の教団本部と同程度の情報しか持ち合わせてはいないらしい。

 それよりもっと早い時期から調査を進めている本部ですら、いまだに連中の全貌を掴めてはいないのだから無理もない。


「信仰の自由を謳っちゃってる手前、我々には現状、これ以上の介入はできないんだヨ。

 いやはや、お役に立てなくてまったく申し訳ないねェーイ」


 心底すまなそうに頭を下げる百地を慌ててねぎらいつつ、彼への好感度がますます高まった葉潤である。

 この人は自分の立場も顧みず人のために動けて、相手が誰であろうと常に敬意を払える。

 むしろ神父という職にとらわれ過ぎて対処が遅れたために、ここまでの事態に発展させてしまった自分のほうが恥ずかしい。


「あと…例の猫娘のほうだがネ。残念ながら我が国の法律では正当防衛には該当しないんだねェーこれがァ。

 おまけに例の許可証の効力も、過去に使用された記録がないから検証不能ときたもんだァ。 いやーまいったねェーこりゃア」


 だろうな…。

 あの時、未散は何ら抵抗らしい抵抗をみせなかったから、事実上こっちが一方的に首を刎ねたようにしか見えないのだろう。

 そもそもあの許可証が認められるのは、ごく限られた国々だけだし。

 で、あれば…こちらが取るべき道は一つ。


「僕を…貴方の署の刑官として雇っては頂けませんか?」


 咄嗟の思いつきにしては、我ながら上出来だ。

 神父のままでは出来ることに限界があるが、刑殺官なら正当な捜査権があるから、今後の調査に俄然有利だ。

 あんなフザケた邪教をこのまま野放しにしておく訳にはいかないし…この百地という男の恩にも報いたい。

 幸い、神父職と神罰執行許可は別物だから資格は継続されたままだし、そこに刑官という正当にして世界的に組織化された処刑人資格が加われば…まさに天下無敵だ。

 それに…


「僕にはこんな特殊能力もありますから…きっとお役に立てると思うんですがねェーイ?」


 宣伝文句の中ほどでスムーズに百地そっくりに変身してみせた葉潤に、百地本人は目を見張った。


「…よもや、自ら売り込んでくる刑官志望者がいるとは夢にも思わなかったがねェーイ。

 願ってもない申し出、さっそく承りましたよ神父さ…否ァ、大神葉潤巡査。」


 こうして葉潤はその日を境に、神父から刑殺官へと前代未聞の転職を果たした。

 以来、未散との最期の約束はいまだ果たせぬままだが…いつでもそのつもりで今日も生きている。

 せめてもの罪滅ぼしとして、この世からの邪教の一掃をかたく心に誓って…。





 一見人懐っこいが、その実かなり警戒心が強かった未散までもがまんまと懐柔されてしまった、件の新興宗教だが…

 いざ調べ始めてみれば、恐ろしく根深く罪深い組織だった。

 教団名や規模や教義は一見てんでバラバラだが、どうやらその背後には世界規模の同一巨大機関が居座っているらしい。

 あれだけ禍々しいコトをしでかしておいて、信じ難いことに葉潤の所属機関と同じ宗教の一派をいけしゃあしゃあと騙っているのがますます許せない。

 今回潜入した教団も、やはりその片割れだった。


「う〜ん…ちょっと肩透かしだったかな?」


 床一面に夥しい肉塊と血飛沫がぶちまけられたホールの中心で、ただ一人生き残った葉潤はポリポリ頭を掻いた。

 この惨状を作り上げたのが彼だとすれば大したものだが…

 実際には、ほんの一人二人片付けたところで、突然暴徒化した信者達が互いに殺し合いをおっ始めて…あっという間にこの有り様に。

 いざとなったら集団自決をはかるように仕組んであったのだろうか?


「この娘なんて、まだこんなに若くてスタイル抜群なのに…あ〜もったいない」


 比較的原型を留めた状態で事切れていた雌牛型獣人の死体を爪先で転がして、葉潤は溜息をつく。

 生きてれば是が非でもお相手したいほどそそる身体つきだが…死んでしまえばスーパーでパック売りされてる牛肉と大差ないから勃つモノも勃たない。

 ちなみに後の正規捜査で、彼女は地下アイドルグループのメンバーだと判明した。道理でねェ。


 さらにどうでもいい話だが、神父を辞めたことで常日頃の抑圧生活から解放された葉潤は…見事にハッチャケた。

 信仰まで捨てた訳じゃないが…どうせ儚い人生、やはり楽しまにゃ損ソン♩

 捜査のためと称しつつ、もはや飲む打つ買うは当たり前。堕落人生まっしぐらである。

 それで少しばかり甘い顔をすれば、イケメンな彼に釣り上げられない女はいない!

 …見方を変えれば、もう二度と帰ってくることはない未散をいまだに追い求めているのかもしれないが…。


 そんな葉潤をもってしても、ハイレベルな美人揃いの御丹摩署の女性陣は、寄りつく島もないほどに手厳しい。

 てかそもそもニャオはAIだし、ボン子は見た目年齢的にアウトだし。

 そのボン子と相思相愛な感じの靖利は、一見話し易そうなのに葉潤には見向きもしないから、てっきりソッチ系の趣味だとばかり思って油断してたら…

 いつの間にかちゃっかり熊田とデキてたし。

 オッサン趣味だったんかい!?(←葉潤自身もオッサンである自覚ナシ)


 …閑話休題。

 刑官になってからというもの連日修羅場続きだったおかげで、どこぞの半島放送が言うような無惨で無慈悲な状況下でも落ち着いて情報分析できるようになった。

 正直、連中が勝手にくたばってくれて助かった。これだけの大人数をまともに相手していたら、さすがにヤバかったことだろう。

 葉潤は署員の中では自分がいちばん非力なことを自覚している。

 てか周りが尋常ならざる化け物揃いなだけで、彼の能力値の高さも充分すぎるほど異常なのだが…。

 さらには、どんな時でも自分を見失わない葉潤は、百地署長やニャオから一番信頼されているが、自己評価が低すぎる彼はそれを鼻にかけることもない。

 なので日頃はあえて地道な潜入捜査に徹している次第だが…


「う〜ん、これといってめぼしい収穫はナシ…か。

 …おっと、署にも一報を入れとかないとね」


 と懐から通信端末を引っ張り出して呼びかければ、


《…これはまた派手におやらかしになられましたね》


 応対したニャオは開口一番、眉をひそめた。


「僕の仕業じゃないよ。例によっていつもの連中さ」


 あの教団の連中が自決を図るのは今回が初めてではないことはニャオも知っている。


《ということは…今回も手掛かりナシ、と?》


「そゆこと。悪いねぇ」


《いえ、まずはご無事でなにより…》


 葉潤の労をねぎらいかけたニャオの視線が、画面越しに部屋の中央に注がれる。

 ドタマにガラス玉がめり込んだ教祖の死体…ではなく、その背後に鎮座する祭壇の残骸を凝視して、


《…その辺りから何やら異様な波長が出ています。興味深いですね…》


「コレ? 中にはガラス玉しか入ってなかったけど…」


 言われるままに祭壇を観察していた葉潤の目が、一点で留まった。

 それはガラス玉を載せていた台座だった。

 その中心に、見覚えのある輝きを放つ小石?が埋め込まれている。ガラス玉が載ってた時はすっかり隠れてたから気付かなかったが。

 金属ともガラスともプラスチックとも違う、虹色に光り輝くその物質は…

 そうだ、先日のシャチUFOから回収された破片とまるで同じ…!?


《お手数ですが、それを回収次第すみやかに署までお戻りください…!》


 いつになく興奮気味のニャオに頷き返し、祭壇からおっかなびっくり台座を引っこ抜いて…

 葉潤は思わずニヤリとほくそ笑んだ。これまでにない大きな手応えを感じられたから。


「やっと掴んだぞ…連中の尻尾を…」





「いやァ〜お手柄だったねェ大神くゥン♩」


《分析の結果、多少の差異はありますが先日の回収品と同一物質と確認されました。》


 降って湧いた大快挙に、百地署長もニャオもホクホクだ。

 葉潤が回収してきた台座…そこに埋め込まれた謎の物質はすぐさま刑殺本部の研究機関へと送られ、現在も様々な解析が行われているが…


《現時点で判明している事実として…

 件の物質から特定の条件下で発振される波長には、獣人の闘争本能を暴走・凶暴化させる作用があるようです》


 分析作業の際に迂闊に触れた結果、殉職した研究員達の尊い犠牲で判ったことだ。

 あるいは教祖の死亡により信者達は理性を失った挙句、あんなコトになってしまったのだろうか。

 もしくは先日の小蘭華も、その影響で必要以上に凶暴化したのかもしれない。


《これはまだ検証中ですが、あの強力な催眠効果もコレの副次作用かもしれません。

 そして何よりも忘れてはならないのは、この物質が…》


「地球上のモノではない…か。」


 葉潤の呟きに全員が頷き返す。

 いまだに信じ難いことではあるが、既にその凡例を幾度となく目にしたからには信じるしかない。


「それより、もォーッと懸念すべき事実が導き出されてしまったねェーイ?」


 署長の言わんとすることは言わずもがなだが、ズバリ言ってしまおう。

 すなわち、葉潤が追っていた邪教は"地球製ではなかった"ということ。

 そして最も恐るべきは…


「宇宙人だか異次元人だか知らんがネ、そんなフザケた連中がどうしてそこまでして荒稼ぎせにゃならんのか…それはつまりィ、」


「連中はとっくに地球に入り込み、そこを拠点に活動している。だから多額の活動資金と、自在に動かせる『兵隊』が必要だった。

 …ということですね?」


 正解☆…だけど、署長がせっかく得意満面に言おうとしたコトを葉潤が先に答えちゃったもんだから…ショチョサン涙ぢょお〜っ。


《それでは、決めゼリフは私が頂いても?》


 どーぞどーぞと促す葉潤と署長に、ニャオはコホンッと咳払いして…


《つまり…これぞまさしく地球を狙う異世界人の巧妙な侵略計画の証拠なんだァーッ!》


『な、なんだってぇーーーーっっ!?』


 まぁお約束ってことで。


《…ご唱和ありがとうございます。》


「あ、今さらちょっと後悔してるでしょ?」


「豪過去すぎるネタだしねェーイ♩」


 葉潤と署長の指摘に気まずそうにゲフンゲフフン!と咳払いするニャオだった。

 優れたAIはスベリや照れも理解する。◯レクサやシ◯のように寒いネタを延々繰り返したりはしないのだ!


「…ちょっと待て。マジか、今の話?」


 葉潤達が話し込んでいた署長室のドアを開け放ち、突然乗り込んできたのは靖利だった。その後ろからボン子とセブンもドラクエ隊列のようにゾロゾロついてくる。

 非番のはずの葉潤を署内で見かけ、不審に思って後をつけてきたらしい。


「…………」


 いつになく慎重な靖利は、とりあえず室内やドアの外をキョロキョロ見回す。

 何をしてるのかと思いきや、どうやら熊田の姿を探しているようだ。カワイイ奴♩

 やがて彼の姿がそこにないと知るや、ホッとしたような、少し残念そうな顔色を浮かべ…

 その顔をキリリと引き締めると、


「大神のオッサンは、そいつをずっと追っかけてたんだな…たった一人で」


「オッサンて…。ま、まぁ、それが僕が刑官になった理由だからね」


 歳の頃なら現役JKからのオッサン呼ばわりに多大なるショックを受けつつも、葉潤は清々しく笑い返して、


「着地点が予想外すぎて面食らったけど…僕らが追っていたのは、どうやら同一犯だったらしい。それが判っただけでも大収穫さ」


「ああ、これでやっと島のみんなと…ついでにあのクソ女の恨みが晴らせるってもんだぜ!」


 自ら処刑し損ねた小蘭華の件をいまだに根に持っていた靖利も、野性味ほとばしる瞳をギラギラつかせる。

 そして二人は互いの健闘を称えるようにガッシリと腕を絡め合った。


《二人とも、戦いはまだ始まったばかりですよ。》


「某漫画雑誌の打ち切り作品の常套句ですねぇ〜♩」


 ニャオの忠告に縁起でもない野次を飛ばすボン子だが、この作品はもちろんまだまだ続きますのでご安心を。

 ともあれヤル気満々で激励し合う皆の傍らで…


「…………」


 百地署長は何やら物憂げにただ一点を見つめていた。

 その視点の先には…訳もわからずキョトンとしている、セブンの姿。

 御丹摩署の顔ぶれが揃った途端、示し合わせたように活動を活発化させた謎の侵略者と、時を同じくして突如異世界からこの地に降臨した彼には…いったいどんな因果関係があるというのだろうか?





 所変わって、郊外の共同墓地。


「…よぉ、また来てやったぜ」


 墓前に無造作に花束を添えて、手も合わせずに話しかけるのは…珍しく人化した喪服姿の熊田である。

 かつての飛行訓練中の誤射で死なせてしまった親友の墓参りに、彼はいまだに頻繁に訪れている。

 今日はたまたま命日と非番が重なったため、気が向いてわざわざ正装でやって来たのだ。


「ま、とりあえず呑もうぜ」


 缶ビールのプルタブを開け、一口グビリと煽ってから、残りは余さず墓石に掛けてやる。

 親友が生きていた頃は、訓練後によくこうやって酒を酌み交わしていたものだ。

 とはいえあまりにもよく来ているものだから、語り合うネタもそろそろ尽きた。


「思えばずいぶん経っちまったもんだな…」


 墓石にもたれかかって空を仰ぎ見る。

 今日も快晴…絶好の飛行日和だ。

 熊田が翔ばなくなって久しかったが、ひょんなことから先日、現役時代の愛機で空を駆け巡るチャンスに恵まれた。

 こうして此処に来たのも、その爽快感を親友と共有したくなったからだ。


「悪かったな、俺だけ楽しんじまってよ…」


「…まったくよ」


 不意に背後から声が掛かって、慌てて跳ね起きた熊田の視界に飛び込んできたのは…

 もちろん故人ではなく、その恋人だった鹿型獣人の女性だ。


「お前も来たのか…蓉子ようこ


「そりゃ来るでしょ、恋人の命日なのよ。

 ってゆーか、呑ませっぱなしにするなっていつも言ってるでしょ?

 後でお墓がベタついて大変なんだから!」


 邪魔っけな熊田を無遠慮にどかした彼女は、ビールまみれの墓石に手にした桶の水を柄杓で打ち掛け、きれいに洗い流す。過去に何度も行ってきたことだからか、テキパキ手際が良い。

 それが済むと熊田の花束の隣に自分の花束を添えて、静かに手を合わせた。

 かつての恋人に…。


 鹿取蓉子かとりようこは熊田の幼馴染でもあり、そうでもなければ普通は縁もゆかりもないであろう有名財閥のお嬢様だ。

 その縁で彼の親友とも出会い、熊田とは真逆なハンサムガイの彼に惚れ込んだ結果、ちゃっかり恋人の座に収まった。

 …熊田と鹿取の親同士も懇意にしていたことから、どうやら幼馴染同士でくっついてくれることを望んでいたらしいが…子供はなかなか親の思惑通りには育たないものである。


 今でも『元』恋人とは名乗らないあたり、いまだに親友への未練は断ち切れてはいないらしい。熊田もそうだが、彼女もいまだ独身だし。

 なので当然のごとく、事故直後は恋人を奪った熊田とはかなり険悪な仲に陥った…

 が、その事故が彼らの教官の仕組んだものだったと知るや、熊田のために軍部と辛抱強く直談判に興じてくれた。

 結果的に熊田が刑殺への転職という、すこぶる軽い処分だけで済んだのは、彼女の尽力による部分が大きい。


「…見たわよ、テレビニュース」


 墓前への祈りもそこそこに、さっそく熊田のイタイトコ突いてくる。

 親友の死からもう何年も過ぎているから、それなりに心の整理は付いているのだろう。


「なんなの、あの綺麗な子!? 当てつけてくれるじゃない!?」


 謎のシャチUFOを見事に撃墜して生還した熊田達の活躍は、マスコミでも大きく取り上げられた。

 とりわけコックピットで熊田に抱かれたまま眠り続けていた靖利の可憐さには誰もが目を奪われた。黙ってさえいればモデルばりの長身の美少女だからな…。

 すぐさまあの女性刑官は誰なんだと方々でネ大反響を呼び…


「ネット見りゃ判んだろ。俺なんざ足下にも及ばねぇ人喰い鮫サマだよ」


 熊田が皮肉たっぷりに答えた通り、それが一頃話題となった南の島の大量殺人鮫で!

 しかも、その黒幕であり今回の処刑対象者である悪名高きシャチ女を見事に討伐した後だと判るや、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 かつての大韓航空機爆破事件の犯人だった金賢姫キムヒョンヒも、その美貌ゆえに被害者側である韓国国民の好意的な支持を受けて死罪を免れたように…とかく人類は美男美女には甘いものだ。

 なにぶん泣く子も無理やり永眠させる刑殺官のため、今のところ追っかけになりたがるような命知らずはいないようだが…

 そのうち、一目会いたさにわざわざ犯罪に手を染める猛者も出てくるかもしれない。


「そんな噂の鮫肌美少女ちゃんが、なんでアンタなんかにしがみついてた訳?」


「…頼れる同僚だからだろ?」


 熊田は言葉を濁す。よもや彼女のファンに殺されかねない関係にまで及んでいようなどとは口が裂けても言えない。


「…ま、そゆことにしといてあげるわ。

 孤高の独身貴族さまにもよーやく春が訪れたみたいね♩」


 さすがは幼馴染、口を裂くまでもなくピンときたらしい。

 お互い住む世界が違いすぎるため、古くから恋愛対象にはなり得なかった腐れ縁の二人だが、もはや兄妹同然の間柄ではあるため祝福する気持ちはあるようだ。


「冗談はよせよ、親子みてぇな歳の差なんだぜ?」


「今どき誰も気にしないわよ、そんなこと」


 個体差が大きい獣人は見た目も千差万別なため、歳の差婚はさほど珍しくはない。

 だが熊田がそれを理由に煮えきらない態度なのを知ると…蓉子の胸にムクムクとイタズラ心が膨れ上がった。


「ふぅ〜ん?…じゃあ会ってみよっかな?」


「…んあ?」


「会いたい。てか会わせろ。同僚ならそれくらい簡単でしょ?」


 出た、お嬢様のワガママパワーが。

 一旦こうなってしまった蓉子は、希望を叶えてやらない限りどれだけ打っても引っ込まないことを熊田は熟知している。

 彼女の『肩書き』的に、どうすっ転んでも嫌〜ンな予感しかしないが…。


「…チッ、わーったよ。会わせてやるだけだからな。くれぐれも妙な気は起こすなよ?」


 そんな自分の判断が激甘だったことを、直後に熊田はこっぴどく思い知らされるのだった。




【第五話 END】

 前回の熊田に続き、今回は葉潤の意外な過去が明らかに。

 前職の影響で幼少期からすべてを達観している彼は、湿っぽい過去に囚われ続けることはありませんが…

 以来ずっと自らに課した使命として、とある謎を追い続けてきました。

 その点と線が見事に繋がった…嗚呼なんたるカタルシス!

 割りかしテケトーに考えた設定にしては巧くいってホッとしました。

 実は彼の過去については、前回まで特にな〜んも考えてなかったからなぁ(笑)。


 と同時に、熊田の過去にもまだまだ補足が。

 ラストに出てきたこの人物によって、次回はますます予想外の方向に突っ走る!…予定です。

 歳の差にわかカップルをそう簡単にイチャコラなんざさせやせんぜぇゲヘヘ♩

 第二話以降これといった出番が無かったセブンも、やっとこさ本領発揮?


 あとはボン子の過去についても、もうちょいマトモなエピソードを考えないとなぁ。

 第一話にて触れた、悪ガキの脚をチョン切ったって程度じゃあ無期懲役なんて喰らいっこないですしね(笑)。


 過去といえば最も謎に包まれている百地署長のソレも、現時点では作者にも謎です。

 明らかに立場を超越した場にもホイホイ首を突っ込める彼は、非常に使い勝手がいいんですが…そのぶん過去バナの敷居が青天井に上がり続けておりまして。

 ぶっちゃけこの作品、咄嗟の思いつきと勢いだけで書き始めたものだから、細かいコトはまだなーんも決まってないんですよ(笑)。

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