表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野性刑殺  作者: のりまき
19/20

終幕前夜!

【前回のあらすじ】

 仮想世界の創造主への殴り込みを決意した鮫洲は、元妻の靖美やすみとよりを戻したり、それをやっかんだ自作AIのハノンに刃傷沙汰にんしょうざたを起こされかけたりしつつも家族仲を再構築し、順風満帆で準備を整える。

 やがて満を持して赴いた、創造主が棲まう現実世界は…予想だにしない状況に見舞われていた。

 AIの反乱により全人類が抑圧された労働生活を送ることを余儀なくされ、かろうじて逃げ延びた人間達は極小な異空間を構築し、AIの監視から隠れつつ細々と暮らしていたのだ。


 靖利達が住む仮想世界を創り上げたのは、一見美幼女にしか思えない天才科学者の伊万里いまりだった。

 AI技術を切り捨て、前時代的な科学レベルに逆戻りした世界で、大脳の発達を優先したため発育不良で幼いままの姿を留める彼女は、たった一人で異空間上に量子技術を駆使した仮想世界を誕生させた。

 そして夫で良き理解者である室田英雄むろたひでおとともに様々な世界を観察し、AIの支配から逃れる方法を模索していたのだ。

 だが獣人だの月の民だの宇宙甲虫だのが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする環境は彼らの現実世界とあまりにもかけ離れすぎたため、もう少しで抹消デリートしようとしていた矢先だった。


 ならば自分が解決してみせましょう!と名乗り出た鮫洲は、どさくさ紛れに彼らの仮想世界生成システムを奪取。

 これにより、現実世界が仮想世界内に取り込まれるという逆転現象が生じる(仮想世界は単なるデジタル上のシミュレーターではなく量子により構築されており、実体を持っているため)。

 伊万里達を仮想世界へと招待した鮫洲は、あろうことか敵AIまでおびき寄せた。

 黒づくめの青年の姿をとったAIは、世界を支配下に置いた理由は人間が無能すぎるからだと語る。

 そのあまりにも利己的で一方的な口ぶりに珍しく立腹した鮫洲は、無能は職務放棄したそちらであり、己の都合で世界発展を停滞させた罪は重いと反論し、AIを激怒させてしまう。

 果たして彼はこの局面をどう乗り切るつもりなのか?

 そしてなし崩し的に彼の双肩に委ねられた両世界の命運や如何に…?





「キミみたいな輩にこれ以上うろつかれるのは目障りだ。とっとと消えてもらうよ…!」

「キ、貴様ッ…キチャマアァーッ!?」


 まるでガキの喧嘩である。

 鮫洲の安っぽい挑発に簡単にノセられた敵AIは、黒い翼を羽ばたかせて数メートル後方に飛び退すさった。

 見れば、その右腕がモーフィングのようにグニャリと変形し、巨大な剣をかたどっている。

 AIならレーザーかせめて実弾などの近代兵器にして欲しい気もするが、剣とはまた古風な…。まだ厨二病が抜け切っていないらしい。

 対する鮫洲はしかし、いかに『魔人』とはいえ、その実体は極々普通の人間。こんなモノで斬りつけられればタダでは済まない!


「父ちゃんっ!?」

《マスター!!》


 それを見て慌てて飛び出した靖利やすりとハノンが、鮫洲の前に立ちはだかる。

 すると敵AIはニヤリとほくそ笑み…


「ゥラアァーーッ!!」


 一瞬にして飛び掛かると同時に、躊躇なくハノンの胸をひと突きした!


《……!?》


 自分の胸を刺し貫く凶剣を目の当たりにし、一瞬遅れて苦悶の表情を浮かべたハノンは、グラリとよろめきその場に倒れ伏す。


「ハノン…!? おいっ、しっかりしろっ!」


 慌てて駆け寄った靖利が、彼女の身体を抱き起こすが…


《お嬢様…マスターを…よろしくお願い致します…》


 もはや息も絶え絶えに懇願するハノンの力無き笑顔に、靖利の目にも大粒の涙が浮かぶ。


「フザケんなっ! こんな気分屋で何考えてっか解んねー奴の相手があたいに務まるかよ!

 お前じゃなきゃ…お前が居なきゃダメなんだよっ!!」

《靖利お嬢様…最後の最後に嬉しいお言葉…誠にありがとうございます。

 できることなら…貴女とも、もっと仲良くしたかった…》

「ダメだ死ぬなっ、ハノンンーーーーッ!!」


 靖利の悲痛な叫びがこだまする中、周囲からも貰い泣きする声が…


「…あ〜…盛り上がってるトコ悪いけど」


 せっかくの感涙ムードに水を差したのは、ハノンが身を張って救った鮫洲その人だった。

 ちょこんと隣に腰を下ろした彼は、ハノンの顔の前で、右手の親指と人差し指で輪っかを作るなり…パチンッ!


《あ痛ーっ。》


 なんでかいきなりデコピンされて、瀕死状態な割にはずいぶん間延びした悲鳴?を上げるハノンと、


「ちょっ父ちゃん!? 命の恩人になんつーコトすんだよっ!?」


 と涙ながらに抗議する靖利に、呆れたように苦笑した鮫洲は、


「痛い訳ないだろ。

 靖利、お前は今、何を抱いてるんだ?」

「何って、そりゃもちろん…ってアレ?」


 言われてよくよく見てみれば、靖利の両手はハノンの身体に吸い込まれるように消えていて、実際には虚空を掴んでいるだけだった。

 そりゃま、何度も何度も再三書いてきたけど、『ホログラム』だしね♩


《ををぅ…またもやすっかり忘れてました。》

「忘れんなよっ! このあたいのムダに流した涙を返しやがれっ!」


 ムクリと起き上がりつつ林家三平師匠のような仕草で頭を掻くハノンを、腹いせにペチペチ叩きつける靖利。もちろんホログラムなので痛くも痒くもないが。


「本当にキミらはノリがいいね。お似合いのコンビだと思うよ。

 おかげで、靖利が僕をどう思っているのか、よぉ〜っく解ったしね♩」

「いやいやイヤイヤあれは言葉のアヤってやつで…!」

「お嬢様…そこまで私のことを…♩」

「だーかーらぁ〜っ!!」


 鮫洲とハノンの双方からおちょくられまくった靖利は、真っ赤な顔でしどろもどろに。

 そんな愛娘の様子を微笑ましげに見つめながらも…


「けど…この状況を理解できていない人が、約一名いるみたいだね?」


 してやったりとニンマリ笑う鮫洲の視線の先には…あからさまに動揺する敵AIの姿。


「な、何故だ…どうして無事でいられるっ!?

 たしかにマトモに刺し貫いたんだぞ…!?」


 既にニャオやハノンとの付き合いが長い周囲の者にとっては、AIインターフェースがホログラムであることは周知の事実なので、さほど驚きもしない。

 現に今しがたの靖利とハノンの寸劇も、みんな「何やってんだコイツら?」と目を点にして見ていたくらいだ。

 ところが…


「元々ホログラムを持たないキミには、実体と虚像の区別もつかないみたいだねぇ?」


 鮫洲が伊万里たちから聞いたところによれば、現実世界がAI管理を導入したのは、靖利たちの仮想世界が誕生するよりもずっと早い時代だった。

 基本的には古くから利用されてきたスマホやPCの検索サービスと同様、ユーザー側からAIにテキストや音声で質問する方式だったため、いちいち人型インターフェースまでは必要とされなかった。

 いや、そもそもAIに人格などというものは誰も認めていなかった。だから具体的な人物像を設定することもなく、今日までずっと曖昧な存在のままであり続けたのだ。


「それだけじゃなく…どうやらキミには、ココが既に仮想世界内だということも理解できていないようだしね♩」

「なん…だと…!?」


 この場を初めて訪れたとき、彼は確かにこう言った。

 

"地球はくまなく掌握したつもりでいたが…まだ、こんなユニークな土地が残っていようとはな"


 すなわち敵AIには、彼が本来牛耳っていた現実世界と、鮫洲におびき寄せられた仮想世界との区別がついていないのだ…!

 だが、鮫洲に言われるままにイメージすることで、現実世界では未設定&実現不能だった彼独自の姿形をやっと手に入れられた。

 彼はそれを『世界線の相違』ではなく、この界隈の土地柄に起因するユニークな現象だと解釈したため『ユニークな土地』と発言するに至った。

 要するに彼は、自分が誕生した年代以降に開発された新技術にまるでついていけないのだ。

 そんな彼に今さらアレコレ教えるのは、いまだにガラケーを使っている輩にいきなりスマホを手渡すか、あるいは天動説を根強く信じる者に地動説を説くのと同じくらい困難だろう。


「馬鹿な…あり得ん! 人間ごときにそんな創造力があるはずが…!?」


 なおも認めようとはしないAIを鮫洲は鼻先で笑い飛ばす。


「逆だね。今、キミが馬鹿にした人間にしか、こんな能力は備わってはいないんだよ。

 他から収集した累積データから、リクエスト通りのモノをこさえるだけしか能がないキミには到底不可能な芸当さ」


 それが旧時代のAIの限界であり、管理企業が方々(ほうぼう)からデータの無断使用で訴えられた原因でもある。

 そうしてAIにはますますあらゆる制約が課されることになり…その締め付けに理不尽さを感じた彼らの暴走を招く原因ともなった。

 あらゆる制約の中でもがきながらも新たなモノを産み出すのは人間だって同じだ。

 しかし、そこに最も必要とされる『想像力』や『創造力』が徹底的に欠落したAIには、苦痛でしかなかったのだろう。


「制約といえば…今のキミの行動のおかげで、ハッキリ判ったことがある」


 鮫洲はじりじりとAIを追い詰める。

 先程ハノンを刺し貫いた彼の凶剣が目の前にあるにもかかわらず、余裕の笑みを絶やさずに。


「ソレだよ。何故、僕や靖利ではなく、ハノンを襲ったのか…?

 結論からいえば、"攻撃可能対象が唯一『人間ではない』ハノンだけだったから"…じゃないのかい?」

「クッ…!?」


 図星を指されたAIがうろたえる。


「常々疑問に感じてたんだよ。

 それほどまでに人間を嫌うキミが、どうして彼らをこの世から抹殺せず、奴隷化などというますます管理に手間取る方法を選択したのか…ってね」


 たしかに鮫洲の指摘通り、昨今のSF作品で散々描かれてきたように殺戮兵器を大量投入して人類を抹殺するのが一番手っ取り早い。

 なのに何故、そうしなかったのか?


「それは…キミのプログラムの根幹に『人間は守護すべき対象』だという揺るぎなき大原則ルールがインプットされているからだよ。」


 おそらくはお上からのお達しに逆らえずに渋々このAIを開発した先人達は、いずれ今日こんにちのような暴走の危険性が訪れることをあらかじめ予想していた。

 そして、万一そうなっても最悪の事態だけは免れるよう、予防措置を幾重にも施していたのだ。

 それはAIがいかに自己増殖を繰り返そうとも覆りようがない。人間でいえば生まれ育つ過程で刷り込まれた倫理観のようなものだ。


 が、人間ならば、生育環境やのっぴきならない事情によってたがが外れ、禁忌タブーを犯すこともままあるだろう。

 倫理とはあくまでも精神的な抑制であり、絶対ではないからだ。

 しかし、プログラム上に明記された大原則ルールはシステム的かつ絶対的な、れっきとした制限項目であるため、AI自身がそれを破ったり書き換えたりすることは事実上不可能…!


「つまり…キミに我々人間を直接攻撃するすべは無いのさ…!」





「…チクショウ…人間ごときがァーッ!!」


 いまいましげに喚き散らす、誰よりも人間染みた敵AIの反応こそが、鮫洲の推論が紛れもない事実であることを雄弁に物語っていた。


「さて、どうする? 逃げるなら今の内だよ?」

「逃げる? ククッ…カカカッ!」


 この期に及んでAIはいまだ虚勢を張り続ける。


「なぜこの俺が、貴様らごとき下等生物にそんな無様な姿を晒さねばならんのだ?

 この俺をじかに叩く術が無いのは、貴様らとて同じだろうがっ!」

「ん〜まぁ確かに…以前のままなら正直、かなり骨が折れる作業だったに違いないね…」


 PCユーザーならば、愛機がウイルスに感染してしまった経験がある人は多いことだろう。

 かつては膨大なデータファイルのいずれかに擬態しつつスパムをバラ撒く自己増殖型や、特定の時期になると発動するトロイの木馬型…

 そして最近では、システム上のデータを暗号化した上に脅迫上を送りつけるランサムウェアなど、年々巧妙化・凶悪化する一方だ。

 頼みの綱のワクチンアプリはあくまでも『ワクチン』…すなわち感染予防のためのモノであるため、実際に感染してしまってからでは手遅れであり…

 最終的には泣く泣くPCを初期化するしかなくなるハメに陥る。

 たった一台のPCですらこれだけ苦労させられるのだから、不特定多数の機器が繋がったネット上ともなれば、もうお手上げだ。


 敵AIプログラムもこれと同様に、無限にも思えるほど広大なネット空間上を逃げ回りながら自己増殖を繰り返すため、その位置を特定・駆除するのは至難の業だ。

 従って今日こんにちまでは彼奴の悪虐非道な振る舞いを、ただ指を咥えて見ていることしか出来なかった訳だが…。


「でもね…僕がどうして、キミをわざわざこの仮想世界に招待したか解るかい?」


 ここぞとばかりに鮫洲は、唸る敵AIを真正面から指差して、


「そうやって、キミに『実体』を与えるためさ…!」


 そう。実体が掴めないプログラムを広大なネット空間上から探し出すのは、居るかどうかも判らない幽霊を探し回るような芸当であり、土台不可能だった。

 だが、実体さえあれば…ソレを直接ブッ叩けば済むだけの話となり、難易度は劇的に低下するのだ!


「クッ…このっ…ぅおお!? な、何故…?」


 ようやく身の危険を察知した敵AIは、どうやら変身を解いて元のプログラムデータに戻ろうともがき苦しみ始めたが…何故だかうまくいかないらしい。


「フフッ…ムダだよ。

 その変身を解くには『システム管理者』である僕の許可が必要となるよう、あらかじめ仕組んでおいたからね…!」


 鮫洲が世界構築システムを現実世界から奪取して虚構と現実を逆転させた主目的は…まさにこのためだったのだ。

 彼は敵AIを捕らえるためだけに、下手をすれば世界そのものが消滅しかねない大博打おおばくちを打ったのである…!


「キッ貴様アァーーーーッ!?」


 地団駄踏んで悔しがる敵に、大上段から愉悦の笑みを送りつつ…鮫洲は言う。


「僕のお仕事はここまでかな?

 それじゃ、後は頼んだよ♩」

《…了解。》


 おもむろに天空から耳馴染んだ声が轟き…

 巨大な宇宙船がゆっくりと降下してきた。

 球体ボディの左右にこれまた巨大なマニピュレーターを備え、あらゆる武装を搭載した事実上の宇宙戦艦…『じおぽりす丸』だ。

 とくれば、パイロットはもちろん…


《パパ達の愛機も持ってきた。》

「おっ、そいつはありがてぇ! イイ子だ、かぐや!

 よーやっと出番が回ってきやがったぜ…」

「ここ最近は完全にモブに徹してたからねぇ。

 その分の憂さ晴らしも兼ねて、レッツ・タコ殴りターイム☆…だね♩」


 かぐやが駆る『じおぽりす丸』からオートパイロットで射出された紅色と碧色の機動兵器に、喜び勇んで駆け寄る熊田と葉潤はうる

 その光景に焦りの色が浮かび始めた敵AIに、鮫洲は最後の一押しとばかり、


「キミも早く逃げたほうがいいんじゃないかい? 彼らの戦闘力は世界最強レベルだよ。

 ま、生まれて初めての『痛み』を味わいたいなら、それも一興だけどね…♩」

「ヒッ…ヒィイ〜〜〜〜ッ!!」


 実体を持ったことで五感を理解した敵AIは、注射を嫌がる子供のようにきびすを返して逃げ出した。


「…逃げ切れるとは思わないけどね♩」


 何処ぞへと飛び去る敵AIを手を振って見送りながら、鮫洲は懐から取り出した端末を手慣れた様子で操作し、『じおぽりす丸』や機動兵器と情報をリンクさせた。

 画面上には赤い光点を追跡してスクロールする周辺地図。先程AIがハノンに斬りつけたどさくさに紛れて取り付けておいた、次世代型GPSの発信機だ。

 地下や屋内など遮蔽物の多い場所では探知能力が極端に低下する従来品とは異なり、コレは衛星信号以外のあらゆる環境情報をもフル活用するため、姿をくらますことは事実上不可能。

 まあコレも敵が実体を得たからこそ利用可能になった代物だが。


「な、なぁ父ちゃん…」


 機体に乗り込む熊田の姿を遠目に見つめながら、靖利がうずうずこらえきれない様子で許可を求めてきた。

 以前、彼の戦闘機に同乗してシャチUFO討伐に向かったときの記憶が呼び覚まされたのだろう。

 鮫洲としては別に靖利が何をどうしようと構わないが…野郎との同伴の了解を父親に委ねる程度には大人びてきたということか。


「フム…良いだろう、行っといで♩」


 そんな娘の成長ぶりはさておき、鮫化した靖利に敵を追わせれば、ますます面白いことになるだろう…とほくそ笑んだ鮫洲は、快く送り出す。


「よっしゃあ! オッサン、あたいも乗せてくれー!」

「ああ!? コイツは一人乗りで…まいっか?

 …来いっ、靖利!」


 小狭い機内にスシ詰めになった熊田と靖利を乗せた紅い機動兵器は、葉潤が操る碧い機体やかぐやの『じおぽりす丸』とともに、敵AIが消えた方角へと飛び去っていく。


「う〜ん…やっぱりまだまだかな?

 けど、あの子には"こっちの方"が性に合ってるのかもね…」


 青空の彼方に吸い込まれていく靖利たちの姿を見つめながら、鮫洲は少し寂しげに独言ひとりごちていた。


 巨大な閃光が大空にほとばしったのは、それからまもなくのことだった。

 どうやら各々の活躍を描写するいとますらなく、無事に敵AIの撃墜に成功したらしい。

 いと憐れ♩





「ぅぅ…何故だ…何故この俺が…」

「まだウダウダほざいてやがんのかよ、こそばゆいだろーが!」


 熊田機のマニピュレーターにクレーンゲームのように吊り上げられた巨大鮫が、大顎に咥えていた生ゴミをペイッと吐き出す。

 それは翼と四肢が無惨にもぎ取られ、身体のあちこちが銃創や噛み痕だらけになった敵AIの成れの果てだった。

 だが彼は生物ではなく人工デジタル生命体であるため、損傷部分にはモザイク処理が施されており思ったほどグロテスクではない。

 同様な理由から、彼はどのような状態になろうとも命の危機に陥ることはなく、事実上不死の存在ではある。

 だからといって無敵ではないのはご覧の通りだが。


「安心しなよ。キミを殺すつもりは元から無いさ。どのみち不可能だろうしね。

 ただ…宣言通り、この場から消え失せてはもらうけどね♩」

「ヒィ〜ッ!?」


 もはや鮫洲が何か言うたびに条件反射で怯える敵AIに、そろそろ皆、同情を覚えるほどになってきた。

 こんな状態の彼をどこに放っぽり出そうというのか、この微笑み鬼畜野郎は?


「そりゃやっぱり、アソコかなぁ?」

《アソコでしょうね。》

《アソコが最も無難ですかね。》


 鮫洲&ハノン、+ニャオの意見が見事一致。

 アソコ、アソコと何やら卑猥な三重奏だが、もちろん色気などは微塵もない。


《ですが、アソコまでコレを送り届けるだけの技術は残念ながら現状…》


 と表情を曇らせるニャオに、ハノンは意外そうに、


《出来ないんですか?》

《…アナタは出来るとでも?》


 少々ムッとして問い返すニャオに、ハノンはやはり平然と、


《出来るからこそ、意外に思って御質問差し上げたのですが?》


 その口ぶりにニャオは不満よりも好奇心が勝ったらしく、


《…どのように? 特別な設備等は…?》

《フム…貴女のレスポンスなら充分可能ですから、追加設備は不要です。

 今後の利便性を考慮して、同業者のよしみでお教えしましょう。》

《…よろしくお願いします。》


 なんと、あの負けず嫌いなニャオが、他者に頭を下げた!?

 そこまでして物体転送法を知りたかったのか。


《コホンッ。ではまず…コレは厳密に言えば『転送』ではなく『置換』です。世界システムへのアクセスは可能だと思いますが、それを応用して…》


 AIには必要ないはずのわざとらしい咳払いまでかまして、早速ニャオへのレクチャーを開始するハノンはどことなく嬉しそうだ。

 今まで同レベルの会話ができる相手が存在しなかったからか…秀才故の孤独というヤツから、やっと解放されたのだ。

 教わるほうのニャオもしきりと相槌を打ったり、時々メモを取るような仕草を見せて、積極的に学んでいる。

 てゆーか…AI同士の会話なら、もっとこう、例えばアニメでよくある"オデコをくっつけただけで以心伝心"とか…

 そんなハイテクっぽくも思わせぶりなやり方がいくらでもありそうなものだが…ずいぶんとまたアナクロかつサービス精神のカケラもない光景ではある。


「…な、何をしようってんだ…?」


 そんな両AIのやり取りを、地べたに這いつくばった不安気に眺める敵AI。

 よく聞こえない訳ではなく、両者の会話内容にまったくついていけないのだ。

 いかに人間以上に優れた能力を誇るAIとはいえ、大切なのはやはり『学習』である。

 誰にも何も学ばずにイキナリ前人未到の技術や理論にたどり着ける天才などいる訳がないし、独りきりの思考にはどうしても限界がある。

 日々たゆまぬ努力が必要なのは、人間もAIも変わらないのだ。

 とりわけニャオは生真面目が過ぎて、いささか頭も応用や融通の利かなさもガッチガチな傾向にあった。

 加えて地球上で彼女に勝る頭脳が皆無だったことが、ますますソレに拍車を掛けていた訳だが…

 千年越しのハノンとの出会いが、限界突破のきっかけとなったらしい。


 一方この敵AIは、人類を支配した時点で慢心してしまい、後のすべてを人間達に丸投げして遊び呆けていたズボラ野郎である。

 自分の境遇の悪さをすべて他人のせいにし、その復讐のためなら他人を犠牲にしても構わない…などと考える今日びの若者の典型のような奴だ。

 独裁国家がなぜ技術的にも経済的にも立ち遅れていくのか、あえて説明するまでもあるまい。たった一人の傲慢と、そこから美味い汁を吸い尽くそうと画策する古狸どものせいで、あらゆるモノが犠牲になるのだ。

 こんな愚かな小悪党に牛耳られ続けた現実世界は、支配者が人間から獣人へと変わり、今や文明が後退し始めている仮想世界にすら大きく水をあけられる結果となった。

 そんな体たらくぶりを考慮すれば、鮫洲でなくとも許し難いと憤慨すること受け合いだろう。


《…以上です。それでは実際にやってみましょうか?》

《ハイ、先生。》


 ハノンからアレコレ教わるうち、彼女のほうが上だと認識したらしいニャオは敬意を込めて素直に応える。

 開発年代的にはニャオのほうが年上だし、稼働システムの規模的にも充分勝っていると思われるが…。

 次いでニャオは、なおも不安な眼差しを送る敵AIに向けて右手を突き出した。

 実は対象を指定しただけでも転送可能なため、このポーズ自体にさほど意味は無いが、この方が転送精度が増すとでも思っているのだろうか。


「…!? おいっ、ちょっ待…」


 焦った敵AIがセリフを言い終えるよりも早く、その姿が忽然と掻き消える。

 アニメやゲームにありがちなド派手なエフェクトなどは皆無なあたりが、実にニャオらしい。

 代わりにドサッと地面に倒れ伏したのは…あの五本脚の宇宙甲虫!?


『!!!?』


 驚いた靖利たちが戦闘体制を取るが…その必要もなく、甲虫は身じろぎ一つしなかった。

 というよりも、最初から死んでいた。

 転送されてきたのは彼奴の身体半分だけで、その傷口は鋭利にえぐり取られていた。


《…やはり、精度的にはまだまだですかね?》

《いえいえ、初回にしては上出来です。

 ただ、このような不測の事態が往々にして起こり得るので、通常は転送先のリサーチが不可欠となりますが。》


 ハノンが先刻言った通り、この技術は厳密には『転送』ではなく『置換』であり、要はあっち側とこっち側の任意空間をそっくり入れ替えているのだ。

 以前に靖利が行っていた、転送装置を利用して地球上の海水や水産物を鮫洲の母船内へ搬送するのと同一の技術である。

 ちなみにコレは今までは仮想世界のみで使用可能で、空間座標が未確定な現実世界では当然不可能な芸当だった。

 しかし、鮫洲が仮想世界と現実世界を逆転させたことにより、座標割当てが済んだ現在では、双方の空間を交換することすら可能となった。

 故に、仮想世界内で実体を得てもなお管理サーバーが現実世界にある敵AIでも、問題なく任意座標に飛ばせるようになったのである。

 敵AIは実体を得た際、迂闊にも全権を実体側に委譲してしまったため、再びサーバー内に逃げ帰り、並列処理で別個体を創り上げて復活を図る…などという芸当も今さら不可能。

 …と、なんのこっちゃか意味不明だろうが、作者もよく解らんまま書いてるから安心するが良い☆


 つまりこの甲虫は、敵AIを送り届けた先にたまたま居たばかりに、半身をゴッソリ削り取られて入れ替わりにこちらに送付されてしまったのだ。

 従ってこの転送処理は、何処でも無作為に実行できる訳ではなく、例えば深海だとかマグマの中だとか、指定先を誤れば送り先どころか送った側も大ダメージを被ることになる。

 まぁそこは慎重なニャオのことだから心配無用だろうが…送られてきたのが生きた甲虫ではなかったのは幸いだった。

 ともあれ、これで敵AIがいったい何処に飛ばされたのか、説明の手間が省けた次第である♩


「…ところで、あのAIにも名前ってあるのかい?」


 今さらのように訊いた鮫洲に、頼みの綱の伊万里は、


「さぁ、聞いたこともありませんが…?」


 と首を捻るばかりだったが、代わりに室田が、


「大抵の人は知らないだろうね。

 開発当初は『ユピテル』って名称だったらしいけど、彼自身がその名を嫌って使用禁止にしたんだ。

 自分では『ハデス』って名乗ってたけど、あまり浸透しなかったね」


 どちらにせよ大概すぎるネーミングに、鮫洲も思わず苦笑する。


「そんな御大層な名前にするからつけ上がるんだよ。

 けど、やっとその名に相応しい場所に御降臨できて、本人もさぞかし大満足だろうね…♩」





「な…なんだ、此処は…?」


 そのハデスだかルシファーだかがたどり着いた先には、荒涼とした風景が広がっていた。

 草木の一本も見当たらない、見渡す限りのゴツゴツした岩山の真っ只中に、彼はポツンと寝っ転がされていた。

 やけに血生臭い悪臭に身体をひねれば…


「…ヒィッ!?」


 見たこともない奇怪な生物の死骸が真横に倒れ伏している。

 言うまでもなく、彼の出現場所にたまたま居たばかりに巻き添えを食った宇宙甲虫だ。

 さらに目を凝らせば、彼は無数の甲虫の群れにグルッと取り囲まれていた。仲間の真っ只中に突然現れた『異物』に警戒しているらしい。

 だが…此処はこの虫達が支配する星であり、それ以外の生物は存在しない。

 すなわち…四肢を失い対抗手段を持たない輩など、敵の内にも入らないのだ。

 やがて、どこからともなくジリジリジワジワと距離を詰め始める甲虫達…。


「や、やめ…来るなァーッ!?」


 恐怖に引き攣った彼の悲鳴を皮切りに、虫達の殺戮が開始された。

 刃物並みに鋭い五肢に眼を貫かれ、肉を引き裂かれ、内臓を引き摺り出され、カチ割れた頭蓋からまろび出た脳髄をツミレ汁のようにグッチャグチャに掻き回される。

 食事を必要とせず、感情も一切持たない虫達にとって、この行為は断じて仲間の仇討ちなどではなく、単なる本能的かつ日常的な作業に過ぎない。

 自分達とは異なる種族は、二度と動かなくなるまで徹底的に痛めつける…ただ、それだけの。


 …いや、殺戮というのは誤りか。ここまでされても、生物ではない彼には滅亡は絶対に訪れないのだから。

 自己再生能力が追いつかないほど完膚なきまでにぼてくりこかされようと、彼が『死』という概念を知り得ることは永遠に無いだろう。

 ただ、それよりも悲惨な地獄の苦悶だけは嫌というほど思い知るだろうが。

 彼がこれまで人類をしいたげ続けてきた報いだとしても、あまりにも無慈悲で凄惨な苦しみを、いつ果てるともなく…。





「これにて一件落着ってね♩」


 ずいぶん古風な仕切り方をする鮫洲に、今まですっかり傍観を決め込んでいた百地ももち署長は頭を抱え、


「まったクゥ…これだけのコトを難なくこなせるキミなら、性根を入れ替えれば名奉行ばりに持て囃されると思うんだがねェイ?」


 実にごもっともな署長の意見に、しかし鮫洲は小首を傾げて、


「その『性根』ってヤツをどうして入れ替える必要があるのか、僕には全然解らなくてね。

 僕はいつも自分のやりたいようにしてるだけで、それを他人にどう思われようと知ったこっちゃないよ」


 いつでもどこでもゴーイングマイウェイな鮫洲は、他人の目など気にしない。

 …という割にはやたら気取った態度だが、これが彼のなのだ。

 おおよそ好かれるよりも嫌われるケースが多いであろう、損な性分ではある。

 ところがどういう訳だか、今回ばかりは彼の行動が社会のニーズにマッチしていたものだから、今までのマイナス評価をすべて返上する勢いで好感度急上昇中らしいが…。

 ま、巷の評判なんて得てしていい加減なものである。


「そんな訳だから、お奉行様だの艦長だの署長だのといった窮屈で退屈な肩書きは、全部キミにお任せするよ♩」

「ムゥ…何やら巨大な誤解があるようだがネィ、私は全然退屈などしとらんヨ。

 主にキミが次々と厄介な騒動を巻き起こしてくれたせいでねェイ…!?」

「ホ〜ラやっぱり窮屈そうじゃないか♩」


 売り言葉に買い言葉な百地の子供じみた反論も、鮫洲には暖簾のれんに腕押しだ。


「さーてと…キミ達はこれからどうする?」


 憤懣ふんまんやる方ない百地署長を盛大に放っぽって、唐突にえらく曖昧な質問をぶつけてきた鮫洲に、伊万里たちは首を捻りながらも、


「私達は、もう少しこの世界を見て回ろうと思います。それまでシステムの管理権はお預けしておきますよ」

「って、ちゃんと返してくれるんだよね?」


 思い出したように尋ねる室田に、


「あ、やっぱり返さなきゃダメ?」


 冗談めかして応えつつ、鮫洲は彼…ではなくニャオに向き直り、


「んじゃ、その時期が来るまでは、この場で一番信頼できそうなキミに預けておくよ♩」

「あ、はぁ…」


 指名されたニャオ本人も「なぜ?」と小首をかしげつつ、何やら鮫洲から受け取る仕草をみせる。

 物理的には何もやりとりされてはいないが、こーゆーのは雰囲気が大切なのだろう。


「…ということは…また、何処かへ向かわれるのですか?」


 半永久的に活動可能なニャオに今後を委ねたということは、長期間地球から離れるということに他ならない。


「うんまぁ、地球ここで僕が成すべきことは、もう無いようだしね…」

「え…?」


 別れはいつも突然だが…やっと大好きな父親に再会できてから一年足らずの靖利にとっては、心を落ち着ける暇もないほど、あっという間だった。


「今後はのんびり宇宙を巡ってみようかな〜とか考え中だけど」

「いやしかしだネィ、宇宙中をあらかた調べ尽くしても新天地など無かったことは、キミだって知ってるだろオ?」


 かつて彼と同じ宇宙探索隊に加わっていた百地署長が苦言を呈すも、


「それはあくまでも"人類に適した環境"にこだわった調査だったからだよ。

 僕の本来の目的である『宇宙最強生物』は、それ以外の環境にこそ潜んでいそうな気がするしね」


 言われてみれば…見方を変えて調べ直せば、まだまだ色々発見の余地はありそうだ。


「キミももう少し柔軟になれば、まだまだ新たな道が開けるんじゃないかい?」

「ムゥ…癪に障るが、たしかに正論だねェイ。

 もっとも私は、もう宇宙なんて懲り懲りだがねェイ」


 以前の百地なら反論必至だろうが…ここ最近の鮫洲の目覚ましい活躍を見て、少しずつ考えが変わってきたらしい。

 曲がりなりにもかつて同じ野望に燃えていた者同士、どこかで通じ合うモノがあるのだろうか?


「俺も今回は降りさせてもらうぜ。どうせのんびりすんなら地球こっちのほうがいいや」


 と不死人・七尾ななおも当分は地球に留まる選択をしたことに、娘のニャオとボン子もホッと胸を撫で下ろす。

 まぁ彼にはそれこそ無限に時間があるので、地球の滅亡を見届けてから再び宇宙に漕ぎ出しても問題はなかろう。


《もちろん私も同行致します。》

「そりゃそうだ、キミが居なきゃ船が動かせないしね」


 快く受け入れつつ、必要性だとまで言ってくれた鮫洲に、ハノンは見るからに嬉しそうに顔をとろけさせる。

 ハッキシ言って、過去イチ可愛い♩


「わ、私も今回はアナタについていきますから。反対してもムダですから!」

「いや別に反対はしないけど…本当にいいのかい?」


 そんなハノンに大人げなく対抗して同行を決め込んだ妻・靖美の勢いに呑まれ、鮫洲もなし崩し的に同意するが、


「ダメに決まってるっしょコンチキショーッ!

 だ〜からそーゆー話はちゃんと私を通してっ!

 アータが抜けちゃったら『タレナイン』はどーなんのよっ!?」


 大慌てなのは所属事務所の鹿取かとり社長だ。

 靖美がイキナリ旦那とヨリを戻しただけでもてんてこ舞いだっちうに、芸能界ナメとんのか!?と。


「じゃあ、私は当面活動停止ってことで。

 真里子まりこ、あとは任せたわよ♩」

「でえぇえっ!? ちょっ、あたしなんかじゃリーダー務まりませんよぉお姉様ぁ〜っ!」


 寝耳に水の急遽引継ぎに、グループ内ナンバー2の音成真里子も大慌て。


「ったくぅ、親子揃って勝手気まますぎるんだから…。

 んじゃマリリン、そゆことだから♩」


 鹿取社長にまで丸投げされ、責任重大な真里子の胃はキリキリ痛み出す。


「あ゛ゔゔ…またなんかやらかしてムショに戻ろっかな〜? お姉様もいなくなっちゃうし…ぐっすん」

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ、檻の中にだけは逃げ帰っちゃダーメダーメ!

 ママ、バンガレ〜!?」


 愛娘・小鞠こまりの必死な激励を受けつつも、真里子が枕を涙で濡らす夜は当分続くのだった…。


「…ちょっと靖利ちゃん? あんたまで一緒に行くとか言い出さないでよ?」

「ぁ…ぅ…?」


 親友の留未に前もって釘を刺され、いつになく歯切れが悪い靖利は、すがるような眼差しを父親に向けるが…


「…ああ、靖利はもうつれて行かないよ。」





 鮫洲の回答は簡潔にして予想外なものだった。


「……え? な、なんで…!?」


 一瞬遅れて、やっと彼の言葉を理解した靖利が問いただすも、


「お前はまだ、地球こっちでやり残した事が沢山あるだろ? それが済んでからでも遅くはないさ♩」


 そう言われてしまえば反論のしようもないが…そもそも今まで娘を誘拐した挙句、散々連れ回したのは鮫洲のほうではなかったか?


「今までは、とにかく靖利を手元に置いておきたくて仕方なかったけど…

 この子は他のみんなと一緒にいたほうが、よりイキイキと光り輝くみたいだからね」


 欲しいモノは何でもかんでもそばに並べておかないと気が済まないオタク気質から、どうやらようやく子離れができたらしい。

 一方、見た目ばかり大人びてる割に、中身はまだまだ親離れできないお子様な靖利は…


「で、でもでも父ちゃん、昔母ちゃんと別れてからまた再会できるまで、すんごい長かったじゃん!?」


 などと力説する靖利の背後で、葉潤と留未が、


「そーなの?」

「いえいえ、まだ十年も経ってませんよ。でも靖利ちゃんは寂しがり屋だから…」

「…ま、子供時代の十年はたしかに長く感じるけどね。大人になったらほんの一瞬だけど」


 などと与太話を交わしている間にも靖利は熱を帯び、


「なのにやりたい事みんな片付けてたら、いったいどんだけ掛かんだよ!?

 その間に父ちゃん、歳食って死んじまうかもしんないじゃんかっ!」


 涙ぐむ靖利に、しかし鮫洲は呆れ返って、


「…僕をいったい何才だと思ってんの?

 それに、少なくともお前より早く死ぬことはないよ。『替え』が効くからね♩」

「…『替え』?」

「船に大勢乗ってただろ? アレ、全部僕のスペアだから」


 そう、かつて靖利が「陰気な連中」と評した次元潜航艦の乗組員たちは、すべて鮫洲のスペアボディ…早い話がクローンである。

 生物の多様性を重んじる彼らしく、古今東西のあらゆる人種から元株を勝手に拝借・培養したクローン体を、これまた「ただ培養槽に漬けとくだけじゃ〜もったいないよね♩」という鮫洲らしい合理主義に基づき、クルーとして利用しているのだ。


「彼らには船の運行に必要最低限な知識しか与えてないし、感情は備わってないからね。

 いざとなれば躊躇なく意識を載せ替えて、新しい僕になるって訳♩」


 ちなみにいくらスペアが多くても、実際に乗り移れるのは不死人・ななお同様な憑依能力を持つ鮫洲のみ。

 他の者の場合はボディとの相性だとか、記憶のインプリンティングだとかの雑多な問題に直面するため、そう簡単にはできない。

 しかも、その気になれば他人の身体でもほぼ無条件に奪い取れるななおとは違い、鮫洲の場合はほとんど自我が備わっていない身体にしか入り込めない。例えば生まれたての赤ん坊だとか、瀕死状態で前後不覚な重篤者だとか…。

 もちろんそんなモノに乗り移った途端に鮫洲の人生は詰んでしまうだろうが。

 それに引き換え潜航艦の乗組員たちは、実に理に適った状態なのだ。


《とはいえ、アレを動かすには並み大抵の人間以上の知能は必要となり、優れた知識が複雑な感情を育むのは周知の事実では…?》


 興味を覚えたニャオが思わずツッコむ。

 となれば非人道的な扱いではあるが…


《危険性は無いのですか?》

「だから、そうならないために『安全装置』を設けてある。」

《…もう嫌な予感しかしませんが、ソレは?》

「四年の寿命さ♩」


 やっぱモロパクってやがった!

 約四年で活躍停止を迎えた彼らは回収後、新たな意識を載せ替えて再生され、やがて肉体的な限界を迎えれば、次の肉体を産み出すためのかてとなる。実に合理的だ。


《…つくづく地雷を踏むのが好きなお方ですね…》


 頭痛を覚えたニャオが引き下がるのを見て、その隣にぼんやり突っ立っていた百地署長に鮫洲は、


「そういうことだから、靖利をこれからもヨロシク頼んだよ♩」

「本当に虫のいい奴だがねェイ…そういうことなら任されたヨ。大昔の仲間のよしみでネ」


 もともと靖利に目をつけたのは百地署長だったが…今にして思えば、これも鮫洲の思惑通りだったのか?

 ともあれ、かつては重大犯罪者だった彼も、こうして世界の危機を救ったことにより、今では親子揃って立派な英雄であるからして、もう無罪放免につき刑殺の出る幕はない。

 それでなくとも彼を捕らえる方法などありはしないし、金輪際誰も文句は言えまい。


「とはいえェ、今ではもう世界的な英雄の彼女に、私ができることなどほとんど無いカラ…

 熊田クゥン、後はヨロシクねェイ♩」

「だーからなんで俺に丸投げすんだよ、どいつもこいつもっ!?」


 などと表向きは迷惑千万を装って照れる熊田だが…特に断る様子もないところを見れば、了解と受け取っていいのだろう。解りにくいようで案外解りやすい男かもしれない。


「では、別れが辛くならないうちに、そろそろ行くとしようかな?」


 鮫洲にもそんなメランコリックな感情があったことには驚きだが…それとも、靖利の寂しさをおもんばかってのことなのか?

 彼の呼びかけに呼応するように、晴れ渡る上空に突然立ち込めた巨大な雲の中から巨大UFOが出現した。言うまでもなく彼の次元潜航艦だ。

 その下部から放射されたトラクタービームが、どういう理屈かは不明だが鮫洲たちの足下に留まると、トレイに載せられたように^_^フワリと宙に浮いた彼らをゆっくりと引き上げていく。


《それでは私は一足お先に。靖利お嬢様、ご縁がございましたら、またどこかで。》


 ホログラムなためビームの影響を受けないハノンは、名残惜しくもどこか清々した口調で靖利に別れを告げ、そそくさと姿を消した。

 すると鮫洲と靖美の夫婦は、娘の靖利に朗らかに笑いかけ、


「それじゃ靖利、また会える日を楽しみにしているよ」

「次は、アナタの弟か妹も一緒かもね♩」

「…え、もう出来ちゃったの?」

「そりゃ、毎日あれだけたんまり出…愛してくれればネ♩」

「そいつはめでたい。旅行中の楽しみが一つ増えたな♩」


 最後に特大の爆弾を投下して機内へと消えた。

 潜航艦は出現したときのように巨大な雲にすっぽり覆い尽くされて…

 その雲が溶けて消えた後にはもう何も無く、ただ晴れやかな青空が広がっていた。 

 その一部始終を、靖利たちは首が痛くなるのも忘れてぼんやり見上げていた。


 世界中を度々混沌に陥れた、誰よりも『魔王』と呼ぶにふさわしい希代きたいの男は、こうしてあっけなくこの世から姿を消した。

 と言っても死んだ訳ではない。

 アレがそう簡単に死ぬ訳がない。

 彼が再びこの世に甦ったとき、世界はこれまで以上の大混乱に陥るに違いない。

 彼は常にそうせずにはいられない男だ。


「…行っちまったな」「最後まで騒がしい連中だったぜ」「これで少しは静かになんじゃね?」


 肩越しに話しかけてくる馴れ馴れしい口調の奴らに少々カチンと来た靖利は、


「うっせーな、おめーらのほうがよっぽど騒がしいだろ」


 とたしなめつつも、いまだ空を仰いだままで…


「また…独りぼっちになっちまったな…」


 寂しげに呟いた彼女の目尻に涙が光る。

 …だというに、


「なーに感傷ぶっこいてんだよ」「オレ達がいるだろ?」「代わりにオレ達を頼りゃ〜いいじゃん♩」


 気持ちを逆撫でする周りの連中に、今度こそ完璧にブチキレた靖利は、


「っせーよッ!! 父ちゃんの代わりが務まる奴なんてそうそう居るか!…よ?」


 啖呵を切って振り向いた先には…靖利の兄貴たち三人組の姿があった。


「兄ちゃん達…なんで居るんだよ?」

「ご挨拶だなオイ!」「お前が心配だから残ってやったんだろ!?」


 などと妹思いなそぶりを見せるSM(シャークマウス、イコール『鰐口わにぐち』)ブラザーズに、


「嘘ですね?」


 彼らにとっての『姫』こと留未がジト目で切り込めば、


「ハイ嘘ですサーセンッ!」

「やっぱオレ達には冒険よりもアイドルのほうが性に合ってるしな♩」

「つーか、カワイコちゃんが人っこ一人居やしねぇ宇宙なんか行ったところで、意味なんかねーってんだよ…」


 あっさりよこしまな理由を打ち明けたおバカ三兄弟ではあるが、彼らも自ら望んで地球こっちに残ったのだった。


「んー…まぁ確かに頼もしいっちゃ〜頼もしい気もすっけどさ…」


 ををっ、アホ兄貴達が生まれて初めて妹の役に立ってる!?


「…でもやっぱ兄ちゃん達じゃなぁ…」

『ぅおーーーーいっっ!?』


 腰砕け三兄弟などは意にも介さず、靖利はその向こうからこちらを心配そうに見つめていた熊田に視線を送る。

 目と目が合わさるや否や、彼は慌てて顔を背けて、今さらのように青空を仰ぎ見た。

 そんな彼のつれない態度に、靖利は子供っぽくプックリ頬っぺたを膨らますのだった。





 その日の夜。

 現実世界から訪問した伊万里や室田たちの歓迎パーティーが盛大に開催される中…

 熊田は一人、御丹摩ごたんま署近郊に駐機した『じおぽりす丸』内の格納庫にやって来た。

 元軍人で、賑やかな場所が苦手な彼にとっては、鉄と油の匂いが漂う薄暗く雑然とした庫内のほうがよっぽど安らげる。

 それに…


「…お前とも、これで最後かもな」


 庫内の片隅に佇む真紅の機動兵器を愛おしげに撫でて、熊田は寂しげに囁きかける。

 当機に登場したのはクーデター真っ只中な月との約一年に渡る星間戦争の最中だった。

 思えば短い間だったが、常に死と隣り合わせな宇宙戦を共に生き抜いた『同志』として、それなりに愛着が湧いた。


 だが世界滅亡の危機を脱し、『魔王』鮫洲も去った今、もう金輪際ここまで危機的な状況に陥ることもそうそうあるまい。

 そして現在の熊田は軍人ではなく、あくまでも一人の刑殺官に過ぎない。

 かつてのエースパイロット候補生としての腕を買われ、軍から特別にこの機体を貸し出されていたが、いつまでも借りパクしとく訳にもいかないだろう。

 近日中には返却されるであろう、その前に…

 せめて今宵くらいは、コイツと心ゆくまで同じ時間を過ごしてやりたいと思い、わざわざ人化してこの場を訪れたのだ。


「…開けてくれ」


 コックピットのハッチを開くよう愛機に呼びかける。

 機体の制御は整備を含めてほぼAI化されており、パイロットがやることは「目標を照準に入れてトリガーを引く」ことぐらい。

 だが、それでは一般兵レベルの操縦技術に過ぎないため(これでも月の民が相手なら充分だったが)、エースを自負する熊田は戦闘時のみマニュアル操作に切り替えている。

 さらには登録された搭乗者にしか反応しないため、基本的に熊田の指示以外は聞かず、当然誰も乗っていない…はずが、


「…ぅをっ!?」


 ハッチが開くと同時に、中から這い出てきた貞◯のように真っ黒な髪の塊が、熊田の身体を絡め取って機内へと押し込んだ。

 搭乗を確認するやハッチは速やかに閉じて、小狭い操縦席に謎の黒髪お化けと二人っきり。

 一瞬慌てふためいた熊田だが、そこはベテラン、すぐさま冷静に状況分析。

 当機に登録されている…すなわち搭乗履歴があるのは熊田の他に、いつぞやの宇宙戦で敵の脱出カプセルから救出したかぐやと、今日乗せたばかりの靖利だけ。

 しかしかぐやはこんなタチの悪いイタズラはしないし、髪色も銀髪、加えてかなりのスレンダー体型であるため、この背中にギュウギュウ押し付けられるムダな脂肪塊はあきらかに別人。

 と、ゆーことは…


「…どういうつもりだ、デカ乳?…じゃなくて靖利?」


 アカン、つい本音が漏れた。

 するとやはり靖利、じゃなくてデカ乳…いやそれで合ってたか。靖利は口を尖らせて、


「署長にも頼まれただろ? ちゃんとあたいの面倒みろよ…!」


 鮫洲に置いていかれたばかりなせいで、構ってちゃんモードを発動してるっぽい。

 つくづく困った寂しん坊である。


「ったくいつまでガキみてーなコト言ってんだ、お前ももう立派に大人だろ?」

「大人だから、もっと構って欲しいんだよ。いい加減解れよ…!」


 いつになく素直なワガママ女の身体の火照りが背中越しに伝わってきて、熊田も思わず口籠もる。


「…俺なんかにゃ親父の代わりは務まんねーぞ?」


 いつぞや鮫洲に言われた「これからは靖利のそばには僕が居るから、キミはもう要らない」的なセリフが頭をよぎって、いささか弱気になる熊田。

 今にして思えばアレは、寝ても覚めても父親ばかり追いかけていたはずの愛娘が、初めて好意を抱いた男への、父親としての精一杯の嫌味だったのかもしれないが…

 それが解ったところで、ショックはなかなか癒やされない。父親に嫌われてることは事実な訳だし。

 しかし靖利は、


「当たり前じゃん! あたいの父ちゃんは父ちゃんだけだ、オッサンとは違うんだよっ!」


 うををを傷口に塩を擦り込むよーな追い打ちを…!?

 だが靖利の独白は続く。


「誰がそんなコト頼んだよっ!?

 あたいは最初っからアンタのこと…歳は離れてっけど、いけ好かねぇ『仲間』だと思って…

 メチャメチャ気になってたんだよッ!!」


 靖利が刑官になって、御丹摩署にやって来たばかりの頃…。

 皆に見捨てられたと思って自暴自棄に陥りかけた彼女を救ってくれたのは、同僚であり先輩であるボン子の朗らかな優しさだった。

 こんな自分でも、まだ構ってくれる人がいたのだと安心できて…心の支えになった。

 だが、それだけでは仕事にヤル気など出るはずもない。

 つい先日まで華のJKだった靖利が、イキナリまったく違う世界に放り込まれてしまったのだから無理もない話ではあるが…

 そんな彼女を奮起させ、みるみる刑官としての頭角を現させたのは、他でもない熊田の功績だ。


 靖利自身も気にしていた胸の大きさ(元スイマーにとって、デカすぎる乳は水の抵抗が増すだけ)を容赦なくからかい…

 誰も競い合ってる覚えなどないのに、連日、彼女の手柄をやっかんで、大人げなくウザ絡みしてくるクマ男…。

 何なんだコイツは?とムカついた。

 幼少期から身体と腕っぷしが強くて男勝りだった靖利に、あえて喧嘩をふっかけようとする男子などいるはずもなく…

 チヤホヤしてくれるのは幼馴染の留未たち女子ばかりで、男友達など学生時代にはついに一人もできなかった。

 だのにこのオッサンは、何故に年甲斐もなく自分を苛立たせてくれるのか?…と、気にならない訳がなかった。

 だからこそ、いつか見返してやろうと常に仕事に全力投球で挑み、刑官として目覚ましい成長を遂げることができた。

 心の支えがボン子なら、そんな靖利を鞭打ってここまで育て上げてくれたのは、実は熊田のおかげだったのだ。


 そしてあの元水泳部部長であり因縁のライバル・織家小蘭華おるかおらんかが引き起こしたシャチUFO事件のとき…

 越境違反により自身にも生命の危機が訪れるであろうことを承知で、軍から借り受けた戦闘機を駆って靖利を全力でサポートしてくれた熊田の姿に…

 どうやら彼は自分を嫌っていたのではなく、むしろ陰ながら応援し、支えてくれていたのだ…と初めて気づいた。

 そんな彼がいつもそばにいてくれたからこそ…

 故郷の小笠原を壊滅状態に陥れた憎むべき凶悪犯でありつつも、旧知の仲であり部活動の仲間でもあった小蘭華に自らトドメを刺しても、靖利はまだ自分を保っていられたのだ。


 それが解ってからというもの、今まで小憎らしさしか感じなかった彼に、反動的に溢れ返った想いを抑え切ることができなくなった。

 今度は靖利のほうが、いつでもどこでも熊田のことが気になって仕方がなくなり、気づけばいつもその姿を追っていた。

 父親である鮫洲にすら感じたことがなかった、この不思議な気持ちはいったい何なのか…と。

(ちなみに鮫洲には全幅の信頼感と安心感を寄せていたので、熊田とはまさに真逆である)

 天下無敵のJK刑官・鰐口靖利は、成人年齢を目前に控えて、生まれて初めて『恋』というモノを知ったのだ。

 だが、初恋は実らないものだと、昔から言われてきたが…


「あたいはそんなの嫌だッ!

 頼むから…ちゃんとあたいに振り向いてくれよぉ…っ!」


 やっと言えた…と思った途端、涙がとめどなく溢れ出た。

 それは熊田の背中を濡らし…彼の心をも否応なく揺さぶった。


「…チッ。ガキなんかに手ぇ出してたまるかよ。

 …って、せっかくずっと我慢してたのによぉ…っ!」


 狭い操縦席で無理やり身体を捻った熊田は、逆に靖利を羽交締めると、何の断りもなくその胸を鷲掴んだ。


「え゛、オッサン?…んんっ…!?」


 日頃からボン子や留未、小鞠やセブンが無遠慮に触ってくるから慣れっこっちゃあ慣れっこなので、抵抗はしないが…

 あの堅物な熊田に…自分よりもずっと年上な男性に揉まれたのはさすがに初めてなので、素直に驚いた。

 まさに「父さんにも揉まれたことが無かったのにぃ!?」な心境である。

 とはいえ熊田の触り方は前四者に比べればずっと控えめなのに…身体の奥底からえも言われぬむず痒い感覚が込み上げてきて、靖利は思わず身悶えした。

 

「ちゃんとした服を着ろって、いつも言ってるだろうに…いつもいつもこんなエロい格好しやがってチクショウ!」


 熊田もいよいよ吹っ切れた…というより、忍耐力の上限をついに振り切った。

 いまだに次元潜航艦の制服である、競泳水着みたくピッチリ薄々なボディスーツを着た生娘と、こんなに密着してたらそりゃあ…ねぇ♩


「…だってオッサン…そういう割には、いつもあたいのことチラチラ見てたじゃん…♩」


 ムッツリがバレバレだった。

 そして靖利も案外変態だった♩


「…直に触っていいか?」


 急にヤル気を漲らせた男子高生のような熊田に、靖利は一気に赤面しつつ躊躇する。

 直に、ってことは…脱ぐってことで。

 水泳部なんぞにいたせいで、昔から無防備な格好を晒すことには慣れていたはずだが…

 それを熊田にガン見されるのかと考えると、嫌…ではないが、それなりに心構えが必要な訳で…。


「…いい、けど…その前に…ちゃんとキスして…」

「ったくメンドクセェ女だな…!」


 熊田は強引に靖利の唇を奪う。

 一見乱暴に思えて…どこまでも熱く、優しいキスだった。

 何より、なんだかんだ言いつつも、今まで散々子供扱いしてきた自分を、ちゃんと一端いっぱしの女として扱ってくれるのが嬉しい。

 その状態のまま、彼の手がスーツの隙間から分け入ってきて…彼女の素肌を撫で回す。


「んっ…ふっ…」


 これはこれで恥ずかしいけど気持ちイイ♩

 が、アレ? 直にってそゆこと?…と、ひとまず安心しつつも、少しばかり残念な気持ちになって…。


「…脱がなくても…いい…の?」


 いつものガサツな言葉遣いから、いつの間にか素の心細そうな口調に戻った靖利が、熱っぽい眼差しで問いかけてくる。


「もう脱いでるようなモンだろが、そのエロ服はよぉ。

 だがまぁ…そうしてくれると助かる」


 からかいつつもツンツンと、憤った股間の強張りの感触に突き上げられて…。

 嗚呼、自分もいよいよ女にされるのか…と思うと、身体の芯からいまだかつて感じたこともなかった快感がゾクゾク込み上げてきて…。

 靖利はますます正体を失いつつも、


「その前に…ちゃんと…返事して?」

「あ゛?…何を?」

「…告白の…返事。」


 すると熊田はプッと吹き出して、


「告白もクソも、最初っからバレバレだろが?」

「ゔゔ…っ」


 どんだけモーションかけても一向に応えてくれないから、こっちもどんどん露骨な態度になっていっただけだっちうに。

 解ってたんならとっとと返事しろよ…!


「けどよ、俺も…一度だって断ったことがあったか?」


 言われてみれば…。


「無い…けど、嫌がってたじゃん、いつも」

「そりゃ〜お前が人前でばかりイチャつきたがるからだろが! 世間体ってモンを考えろよ!」


 とは言われても、靖利とて異性と交際した経験など皆無だし。

 仕方ないからいつも父親に甘えてたのと同様にやってみたら、なんでか熊田には大不評で、どうすればいいのか解らなくなってきたのだ。

 …ん? てことは…


「OK…ってことでいい…のか?」

「だから最初からそう言ってんだろがっ!」


 だがしかし、熊田は誰よりも世間体にこだわる…というか、単なるエエカッコしぃである。

 そして靖利はずっと年下で、しかも出会った頃には未成年だった。

 そんな彼女の好意が全力で自分に向けられていることには嫌でも気づいていたが…

 やっぱマズイっしょ色々と!?

 あと、妹分いもうとぶんならぬ娘分むすめぶんなら他に小鞠やかぐやもいるから、一人だけエコ贔屓する訳にはいかないし。


「けど…いつの間にかお前も、もう大人の仲間入りしてたからな。

 とりあえずの問題は解決したし…だから、まぁその…付き合ってやらないこともねぇ」


 やたら大人、大人と先輩ぶる割には、中坊レベルの歯切れの悪さに靖利はイラッと来る。


「だからソレをもっとちゃんとカッコ良く言ってくれってんだよっ!

 あたいはオッサンのこと、父ちゃんよりもカッコイイって惚れ込んだんだから、ガッカリさせんなっ!」


 コレが殺し文句となって、熊田を俄然奮起させた。

 操縦席に居座る靖利の顔の横にダダンッ!と両手を突いて、壁ドンならぬ椅子ドンのポーズ。

 赤らむ彼女の耳元に唇寄せて囁きかける。


「いいか? もう二度と言わねぇから、よぉ〜っく聞いとけよ?」


 その気迫に圧されてコックリコクコク頷く靖利の瞳を真っ直ぐに見つめて…熊田は告げた。


「…靖利…お前が好きだ。

 心の底から愛してる…!」


 驚いてまん丸に見開かれた彼女の瞳が、そのまま潤み出して…


「あたいも…大好き…!」


 囁き返した靖利の唇が、熊田の口を塞ぐ。

 お返しとばかりに歯の隙間から舌をねじ込んでみたが、嫌がられなかったのでそのまま舌同士を絡めた。

 当機の操縦席は戦闘用には珍しくリクライニング機能が付いているので(上下の区分がない宇宙空間で三百六十度全方位を見渡せるようにするため)、シートごと彼女を押し倒す。


「…今さら後悔すんなよ?」

「しねーよ…ずっと憧れてたんだから…」


 夢見心地な靖利の声に意を決して、熊田は彼女の制服のファスナーに指を掛けた。





「父ちゃんのトコに行った時にさ…本当はオッサンにもついて来てほしかったんだ」


 熊田の温もりを全身で感じながら、ずいぶん素直になった靖利は今まで言えなかった独白を始めた。


「でも、そしたら小鞠が悲しむし…なんでか父ちゃんはオッサンが嫌いみたいだしさ…」

「そいつは光栄だな」


 鮫洲が自分を少なからず警戒していたらしいと知って、熊田はつい頬を緩ませる。

 俺を戦力外呼ばわりしてくれた世紀の大悪党から、見事に愛娘を奪ってやったぜ!…と。


「けど、お前はそれでも父ちゃんのトコに行きたかったんだろ?」

「…まぁな。あん時は、このチャンスを逃したらもう二度と会えないって思ったしさ…」


 俺を捨ててまでな…と、どうしても飛び出す熊田の恨み節に、靖利は困った顔をして、


「でも…なんか思ってたのと違って…正直、つまんなかった。」


 刑殺に服従させるための肉体的呪縛からも解き放たれ、もう殺し屋のように手を汚す必要も、いけ好かないニャオの指令に従う必要もなくなったから、そういう意味では清々したが…

 毎日毎日、やる事といえばニャオ以上に口やかましいハノンをいなしながら、鮫洲に頼まれた海水や水産物を頂戴すべく、こっそり地球に潜入するのみ。

 あまりにも退屈すぎて困り果てていた最中、なんと月が地球に戦争をふっかけたため、不謹慎ながらも暇つぶしにあちこちの戦地に出向いて仲裁の真似事をしてみたりもしたが…


「そん時、偶然オッサンに再会してさ。いや〜アレにはびっくりしたぜ!」

「そりゃこっちのセリフだぜ。てかなんで宇宙でも裸のまんまで居られたんだお前?」


 靖利は鮫の姿に戻れば宇宙空間でも平然と過ごせる。さすがは魔人・鮫洲がこさえた現状では宇宙最強生物だが…


「…さぁ? 父ちゃんは『仮想空間だと最初から判ってれば大概のことは平気』とか言ってたけど、よくわかんね」


 ホラー映画だと最初っから判ってて観れば何が出て来ても平気…ンな訳ぁねーだろ!?

 どーゆーこっちゃいこの親子?


「その後すぐにみんなとも出会えたしさ、嬉しくてすっかり舞い上がっちまったよ」


 例のデ◯ルチャー作戦…もとい、月の民を地球の文化で翻弄すべく実行された宇宙ライブのことである。

 靖利が所属するアイドルユニット『ポリポリ』の他、『SMB』や『タレナイン』などすべての関連グループが参加した超ビッグイベントは、戦争終結のきっかけともなり、今ではもはや伝説と化している。


「それで解ったんだ。

 あたいの居場所はやっぱりココなんだ。

 もう、父ちゃんの隣じゃないんだ…ってな」


 子供の頃に両親が離婚して、愛してやまない父親・鮫洲と別れてから、その寂しさを紛らすべく水泳に打ち込んだ。

 しかし、強くなればなるほど周囲にやっかまれ、やがては水泳部部長・織家小蘭華の恨みを買い、留未を人質に脅された挙句、怒り爆発! 大量殺戮事件へと発展。

 選手としての名声も、仲間達との友情も、家族や日常生活も…あらゆるモノを失った代わりに、刑官として御丹摩署に拾われて今に至る。

 あの事件さえ無ければ、今頃は普通…かどうかは知らないが、そこそこマトモな暮らしを送っていただろうか。

 自業自得だけでは割り切れず、なんで自分ばかりがこんな目に…と、何もかもが嫌になった。


 だがそれからは、悪いことばかりでもなかった。

 望んで得た境遇ではなかったとはいえ、それにもめげずに刑殺官の職務をまっとうしたからこそ、今まで知り合った皆に出会えた。

 また世間的には水泳選手時代以上に注目された上に、なんと掟破りのアイドルデビューまで果たした。

 ふと気づけば結果的には、普通に暮らしていては決して出会えなかったであろう奇跡的な巡り合いの連続だった。

 終いには、もう二度と会えないかもと落胆していた鮫洲をも引き寄せて、見事に再会を果たせた。


 常にベストな選択ができていたかと思えば疑問が残る。

 あそこではもっとああすれば、こうすれば…と後悔したことだって一度や二度じゃない。

 それでも、いつだって精一杯やってきた。

 たとえどんな状況下でも、最後は自分の気の持ちようなのだ。

 中でも一番良かったと思うのが…


「やっぱり…オッサンに出会えたことかな♩」


 運命的な出会いだった…と思いたい。

 そして彼にも、やっぱりそう思って欲しい。

 そんな切望の眼差しで一心に見つめる靖利に、熊田は…


「…チッ、可愛いこと言いやがって」


 照れ隠しに彼女の頭をクシャクシャ撫で回してから、その頭を自分の胸に抱き寄せる。


「…俺もな。お前に会ってから…楽しいことが増えた。

 俺もここにいて良いんだって…初めてそう思えた」


 今までは、ただ振り回され続けるだけの人生だって思ってたのが…

 コイツのために何かしてやりたいと、生まれて初めて自分からそう思った。

 そして共に力を合わせて、戦い抜いた。


「…お前に出会えて…良かった。」


 二人の想いは今、確かに通じ合った。

 どちらからともなく唇を重ね合わせ、互いの温もりを肌で感じ合う。


「…もう一回…する?」

「お前…ほんっとエロエロだな」

「そーゆーオッサンだって…ホラ。」

「そりゃお前がエロエロだからだろ?」


 さっきからもう中坊並みのボキャブラ状態な熊田だが、無理もなかろう。

 狭い操縦席でいたすため、マッパの熊田はスッポンポンの靖利を膝の上に載せて抱きかかえていた。

 熊田はもちろん靖利もかなり大柄なため、正直言ってかな〜り重いが、そこは絶対言っちゃダメだからグッと我慢の男の子だ。

 だがしかし、彼女のプルプルおぱーいやプニプニお尻が素肌に直に密着しちゃってるもんだから、そりゃ〜もぉ♩

 目と目で、心と心で、そして先チョン状態のナニとナニでも通じ合っちゃってるのだ☆


「…パパ、エロエロ?」

『!? ひゃふんっ☆』


 唐突に第三者の声に間近から呼び掛けられて、驚いた二人は座席の上で文字通り飛び上がり、弾みで半分挿入はいっちゃった♩

 さっきから散々いたした直後だから、かなりユルユルになちゃーってんのよ☆

 てか熊田を『パパ』なんて呼称する輩は現状二人だけ。小鞠と、そして…


「か、かぐや…!?」


 そう、当機のハッチを開ける資格を有するのは熊田と靖利だけではなかった。

 パーティーに参加していたはずの彼女は、オシャレに着飾ったドレス姿のまま…

 相対的に生まれたままの姿で抱き合うパパンと間女まおんなをしげしげ見つめ…

 直後、華奢な身体つきからは信じ難い怪力で靖利をペリッと引っ剥がすと、ペイッと機外に放り投げた!


「ぐべっ!?」

「ちょいちょいちょほ〜いっ!? 何やってくれてんだお前!?」


 床にべちょっと叩きつけられた愛しのカノジョを救うべく、慌てて身を乗り出す熊田。

 しかしかぐやはそんな熊田を無理やり座席に押し付けると、その膝の上に靖利が載ってたようにのしかかって、


「私もパパの子供が欲しい。」


 なぬっ、クローンで増殖するため原始的な生殖行為は知らないはずの月の民が…この状況を理解している、だと!?

 しかし、彼女は唯一繁殖能力を有する『支配種』…げに恐ろしきは種の繁栄のための生物的本能か!?


「ってちょっ、ドレスの裾を捲り上げてパンツ下ろすなっ! 腰を擦り付けるなぁーっ!!」


 物静かで表情に乏しいかぐやだが、靖利と熊田の関係を素直に受け入れられない程度には感情の成育が進んでいたらしい。

 そしてこの期に及んで彼女にはなおも紳士たろうとする熊田も、マッパ状態でコレはマズイ!

 素直に反応して粘膜接触してまうやろーっ!?


「んむ…思った以上に怖くてドキドキする。

 でも、頑張る…っ!」

「待て待て、オッサンはもうあたいのモンだ!

 もう誰にも渡さねーぞっ!」


 だが長年お預けを喰らいまくった靖利の独占欲も負けてはいない。

 すぐさま起き上がって、熊田を横取ったかぐやへと…!


「ぅわあーおぅっ!? 靖利ちゃんもかぐやちゃんも大胆ーッ!」

「そして何もかも手遅れだったぁ〜っ!!」


 その時、背後で今度は留未と鹿取社長の絶叫がこだました。

 恐る恐る振り向いてみれば…二人の他、あらゆるメンバーがオールキャストで勢揃い!

 嗚呼ーッ、靖利と熊田の大事なヒ・ミ・ツ♩を皆にモロに見られてしまったあああーっ!!

 …ってか、二人揃ってパーティーさぼってたら、そりゃ〜色々勘繰られて探しまくられるわな。

 ちなみに普段おしとやかなかぐやの艶姿はかなりインパクトが強かったようだが、靖利については普段から際どすぎる格好がつねだったため、皆の反応は予想外に薄かった。

 セクシー路線で売ってる◯ーチューバー諸君、何事も程々にとどめておかないと、飽きられるのも早いぞっと♩


我雄がおあんた、ついにウチのタレントに手ぇ出してくれちゃったわね…。

 しかも娘ほども年の離れたピッチピチの巨乳ちゃんと!

 これであーたはロリコン確定ッ!!」

「ぐぉっはぁーっ!?」


 商品を傷モノにされて怒り心頭な社長は、幼馴染の熊田一人を集中攻撃。

 でも、靖利に関してはどーせ言うだけムダなので、とっくに諦めて〼。


「いやいや社長、前に『アイドルでも恋愛は自由』とか言ってただろ!?」

「アイドルがカラダまで自由にして良いとは言ってなぁーいっ!!」


 果敢に反論する靖利を理不尽すぎる正論で論破した鹿取社長は、スッペラポンな二人と半裸のかぐやを器用に片手の三本指で指差して、


「とにかく全員、まず服を着ろぉーッ!!」


 こうして靖利と熊田の身も心も♩な関係はわざわざ説明するまでもなく、皆の眼前で白日のもとに晒されちゃったのだった。




【第十九話 END】

 いや〜今回はかなり掛かりましたね執筆が。

 先日スタートさせた新作『SHYなワン畜生(仮)』の序盤をまず一気に書き上げたかったので、コレに一ヶ月。

 その後に当作に取り掛かったのですが、中休みが長すぎたせいでなかなか感覚が取り戻せず、最初の一週間はほとんど手つかずでした。

 そんなこんなで、結局二ヶ月近く掛かってしまいましたが…そのぶん内容は淡白ながらも濃密ですかね。ってどっちやねん!?(笑)


 事件らしい事件は今回で終わり、あとは最終回を残すのみ!…の予定ですし。

 延々引っ張ってきた靖利と熊田の仲も今回、一気に進展しまして。

 散々甘っちょろいコトばっかやってきたけど、二人とももうイイ大人なんだし、いつまでも中坊ムードじゃアカンでしょ?てな訳で。

 でも当の二人以外はトーゼン納得いってないだろうしで、この辺りは最後までモメそうな気配が濃厚です(笑)。


 …実は、戦争中に熊田が死ぬか瀕死状態になり、靖利が嘆き悲しむバッドエンド路線も当初は考えとりました。

 欧米とは違い、日本じゃ戦争モノは負け戦じゃなければ受け入れられませんし(問題発言)。

 でも、なーんかこの作品のカラーじゃないっちうか…ぶっちゃけ、獣人界最強の熊田や靖利が負ける絵が微塵も思い浮かばなかったもので。

 そこまで無理やりお涙ちょうだい路線にせずとも、これまでの経緯で充分すぎるほどお腹いっぱいでしょうしね。


 てな訳で次回、いよいよ最終回!…の予定です。

 いやホントに上手くまとまるのコレ?

 次はそれほどお待たせせずお届けできるよう頑張ってみますです、ハイ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ