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野性刑殺  作者: のりまき
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神乃御許!

【前回のあらすじ】

 靖利達の星間ライブに端を発した月の民の大暴動は軍事政権にトドメを刺し、地球との星間戦争を終結へと導いた。

 いまだ様々な戦後処理問題が山積みではあるものの、人々は久々に訪れたつかの間の平和を謳歌していた。

 件のライブ以来、靖利やすり御丹摩ごたんま署の面々と喧嘩別れしたことをすっかり忘れたかのように、再び頻繁に署に顔を出すようになっていた。


 何もかもが元通り…かに思えたその時、思わぬ来客が皆の前に姿を現す。

 靖利の父親にして全人類の敵・鮫洲幹人さめずみきひとがフラリと訪れたのだ。

 直後、長らく消息不明となっていた不死人・七尾ななおまでもが忽然と顔を見せる。

 そんな二人の口から次々と紡ぎ出されたこれまでの経緯に、皆は只々驚嘆するしかない。


 過去に死亡した波音はのんヨルヒトの生体データがAI『ディーヴァ』の余剰データにバックアップされているのを発見し、鮫洲幹人として再生させたのは、他ならぬななおだったのだ。

 鮫洲が持つ圧倒的な知識と技術力、そして「自らの手で最強生物を創造する」という野望へのあくなき探究心を高く評価したななおは、一時期共同で新生命体の研究開発を行なっていた。


 そんな折、鮫洲はいまだかつて誰も成し得なかった遺伝子の完全解析に成功。

 最後の謎とされた無量大数桁にも及ぶ数値が、個々の生命体の評価点…いわゆる『スコア』であることを突き止め、世界が仮想現実上のゲームであることを改めて認識した。

 その採点基準と各種ルールをも理解した彼は、創造主からペナルティを喰らう恐れがある違法改造を止め、正攻法でハイスコアを目指すべく靖利を誕生させたのだった…!


 そこへ靖利の母親・靖美やすみと三兄弟も乱入!

 平穏無事には終わりそうにない久々な一家団欒の行方やいかに…?





「あなた…今度はいったい何を企んでるの?」


 かつての伴侶・靖美の単刀直入な質問に、


「フフ…さて、どこから説明しようかな?」


 不敵な笑みをこぼして、鮫洲は思わせぶりに顎に手を当てた…かと思いきや、


「とはいえ企むってほどでもないさ。今回は正攻法でって決めてたから、下手なコトは出来ないしね」


「巨大な次元潜航艦をこさえて信者どもを皆殺しにして、あまつさえ月の民をそそのかして戦争に駆り立てて…これのどこいら辺が正攻法だというのかねェイ?」


 ここぞとばかりに追い討ちをかける百地ももち署長の野次をあっさりスルーして、


「そこまで苦労したってのに、獲得点数は予想外に低くてね…。

 いったいどんな評価基準なのか知らないけど、こんなんじゃやってられないな〜ってのが正直なところなんだよ」


 珍しく弱音を吐いた鮫洲だが、もちろんこれしきで音を上げるような男ではない。

 正攻法が無理と解れば、より効率良く稼げる方法を模索するだけだし、本来の研究テーマである『ボクが考えた最強生物』の創造もまだまだ続けるつもりだろう。


「だからハイスコア争いは靖利に任せて、僕はしばらくのんびりしようかな〜…ってね♩」


 ぱちコンッ☆とキザったらしくウインクしてみせた鮫洲に、靖美は不覚にもクラッと…。

 いやいやソコは引くとこでしょーが普通?


「んげ。まさか母ちゃん…」「まだコイツのこと…?」


 三兄弟は即座に不穏な空気に気づいたようだが、恋愛沙汰に疎い靖利はピンと来なかったらしく、


「父ちゃん…あたいに期待してくれてんだな♩」


 てゆーか放置状態で丸投げされてんだよ。

 まぁ確かに「コイツなら放っといても大丈夫」的な信頼感はあると思うが。


「それから、いずれ創造主に殴り込みをかけるときのために、靖利型のをもう数体欲しいなーって思ってんだけど…ダメかな?」


「え…私が産むの?」


「そう。キミと僕との『愛の共同作業』ってヤツさ☆」


 よくもまぁそんな小っ恥ずかしいセリフをいけしゃあしゃあと! しかも聞きようによってはなんか生々しいし!


「う、ううう産む!? ってことは…赤ちゃん作る…のか?」


「…なんでそこで俺に同意を求めるんだよオイ?」


 靖利にしては理解がすこぶる早く、この上なく真っ赤な顔で熊田に熱視線を注いでいた。


「イヤイヤだから待てって母ちゃん!?」「あんたネガティブキャンペーンで散ッ々コイツの悪口言ってただろ!?」


 当然のように猛反発する三兄弟だが、


「アレは社長が勝手に吹聴したコト。私は一言も言ってないし」


「メンドいからテキトーにやっといてって私に丸投げしてからの裏切り!? これだからオンナってヤツはァーッ!!」


 さりげに捏造記事だったことを暴露しちゃってる靖美、あーんどアンタも一応オンナでしょうが?な鹿取かとり社長。

 よーするに靖美は、自分以上に娘の靖利が鮫洲に愛されている現実が許せなかっただけなのだ。

 が、男子ばかりが続いた後に待望の女子が誕生したとなれば、鮫洲でなくとも男親がワクテカするのは、ある意味仕方のないことでは?

 たしかに鮫洲には人格破綻者の面が多分にあり、その娘への溺愛ぶりは度を越した部分もあったが…学者としての彼にとっては、靖利は娘というよりモルモット…ってオイ。

 実際、幼馴染の留未から見れば、彼らの家族仲は決して悪いものではなかったという。

 単にそれぞれの我が強すぎて譲り合えなかっただけなのかもしれない。

 結論として…本当にどいつもこいつも目クソ鼻クソである。


「話もまとまったようだし、いつから始めようか子作り? 僕としてはすぐにでも…」


 無理クリまとめて明け透けすぎる雑なお誘いをかます鮫洲に、


「その前にまずは、恋人同士に返ってグラス傾けたいわね…♩」


 まずはムードを何よりも優先する存外ノリ気な靖美だが、どさくさ紛れにJASRAC事案以下略。

 二人の求めるモノがビミョーに違うのは男女仲あるあるだな。

 それで幾度となく失敗しても、一旦身についた性癖はアブナイお薬や信仰同様、そう簡単には改められないものなのさ…フッ。


「え? てか二人の確執はどこ行っちゃったの!?」


 ごもっともなご指摘の鹿取社長に、


「最初から無いけど、確執なんて。この人が戻ってきたいなら、それはそれで♩」」


 真っ向否定の靖美たん。でも確かに鮫洲の文句こそはボロクソ言ってたけど未練タラタラだった気が…。


「…や、やっぱり…あたしとは遊びだったんですねぇお姉さまっ!?」


「ドンマイ。やっぱりパパのほうがイイよ♩

 せっかく娑婆に戻れたんだから、追いかけるならオトコにしよーよ☆」


 何気にショックを受けてる母親・真里子と、あっけらかんと熊田を薦める娘・小鞠の向井親子。てかお前らもいたんかい?

 そして親子揃って大概だなオイ。


《…今日わざわざこの場においでになられたのは、もしかしてソレが目的だったのですか?》


「う〜ん、他にも色々あるけど…主目的としてはそうかもね?」


 珍しく聞いてないよー的な表情を浮かべるハノンに、潔く肯定してみせる鮫洲だったが…


《…納得できません。》


 ををっと!? これまた珍しいことに、マスターの意向を真っ向から否定したぞ?


《貴方には私だけいれば充分なはずですが、それほどまでにこの女が必要だと仰るのですか?》


「え゛…あの〜ハノンさん?」


 AI特有の淡々とした理路整然な口調で、鮫洲の外堀をジワジワ埋めてくるハノン。

 かえって不気味なその無表情さに、さすがの鮫洲も余裕を失った。


《…よろしいでしょう。では私は速やかに間違いを正すまでです。

 これより『不純物』の除去を行います。》


 沈着冷静に告げた彼女の片手には、いつの間にかギラリと光る出刃包丁が…っ!?

 よもやこのタイミングでAIの反乱が見られようとは!





「えっちょっ待って待ってナニソレッ!?」


 いつもは比較的冷静な靖美もこれにはビビった。


《柳刃包丁のほうがお好みですか? 他にも色々取り揃えてございますので、最期の望みくらいは聞いて差し上げましょう。》


 ハノンが手にした得物が一瞬にして鋭い柳刃包丁に変わった。お刺身造りに最適ね♩

 と、なかなかにバリエーション豊富だが、そーゆー問題ではない。


「だから待ってソレなんかメッチャ痛そ…」


《お覚悟…!》


 どよどよざわざわっ!?

 イキナリ修羅場と化した現場には悲鳴や怒号が飛び交い、


「おいおいオイオイッマジかよ!?」「ととと父ちゃんっ!?」「なんとかなんねーのかよっ!?」


 三兄弟と靖利もなんとか場を収めてくれることを鮫洲に期待するが…


「あーうん…大丈夫じゃない?」


『どこがだよっ!?』


 完全に人選ミスだった。


「そそそんなアータ、アータァーッ!?」


《アータアータうるさいですよデ◯ィ夫人じゃあるまいし。》


 ドシュッ! ぎにゃあぁあ〜〜〜っ!?

 あーあ殺っちまった…。

 刃物が胸から背中まで深々と貫通した靖美は、断末魔の悲鳴をあげて倒れ…たりはしなかった。


「…あ、あらら? 私、死んでない…?」


「そりゃ死なないよ、ホログラムだし」


《あ…忘れてました。》


 ちうわけでホログラムの刃に殺傷能力があるはずもなく、靖美は当然のごとく無傷だった。


「ううう…うわーんっアナタぁ〜っ!!」


「ハイハイもう大丈夫でちゅよ怖かったでちゅね〜♩」


 こうして仮想刃傷沙汰は未遂に終わり、結果的には鮫洲と靖美のヨリを戻すのに一役買っただけだった。


「なんだかんだで全員お子様なのよね〜この一家って…」


「うんうん、今どきあり得ないほど衝動的にしか行動しないし…」


 他人のことはまったく言えない鹿取社長と留未るみが呆れ顔で見つめるやさぐれ夫婦の抱擁を、その場にへたり込んだハノンもまた柳刃包丁をイジイジもてあそびつつ、


《…やっぱり納得できません。》


 だよねー。ところがギッチョン。


「ハノン、今の反応はなかなかに予想外で楽しませてもらったよ。キミにもますます興味が湧いたね♩」


《…恐縮です♩》


 あ、なんとかなったっぽい。

 まぁ当人達が納得してるなら、コレはコレで。


「いやいや刑殺署内でずいぶんとショッキングかつバイオレンスなシーンをタレ流しといて丸く収めないでくれたまえヨォ!?」


《興奮するとユーザーに危害を加えようとしたり、自身がホログラムであることをド忘れするAIとか、実用的にどうなんでしょうか…?》


 などとツッコミ三昧な百地ももち署長とニャオだが…

 かくいう後者も『ディーヴァ』時代には散々やらかしてるよーな気が…。


《そこへいくと私には実体もありますし、この手法は使えそうですね…》


「いや極力使わないでくださいお願いしまス」


 思わせぶりに微笑むニャオに、土下座して懇願する百地署長。

 この二人の仲もなんやかやで静かに進行中らしい。すっかり尻に敷かれてるし。


「むむむぅ〜っ、いつの間にそんなコトにぃ〜!?

 お父様、セブンくん、今すぐ家族会議の開催を要求しますぅ〜!」


「あー? いいじゃんよぉオトコの一人や二人。お前らも一千才超えてんだしよぉ」


「家族扱いは嬉しいけど、あんまり巻き込まれたくないかな〜…」


 すかさずボン子や、なし崩し的にななおとセブンも参戦して、当面は賑やかになりそうな七尾家界隈である。


「でもこれで、あたいにも弟や妹が出来る…のか? カワイイ奴だといいな〜♩」


 などと甘っちょろい幻想を抱く靖利に、三兄弟は揃って苦笑を浮かべ、


「なーに夢ぶっこいてんだよ?」「お前が今まで可愛がられてたのは、兄弟中唯一のメスだったからだぜ?」「これで万一妹が生まれたら、速攻飽きられて俺達と同じ扱いになるに決まってんだろ?」


 その通り、靖利が鮫洲にエコ贔屓されていたのは、鮫型獣人の貴重なメスだったからだ。

 以前にも述べたが、メスはオスより一、二回り身体が大きく、それに従って力も強い。

 さらには繁殖能力があるためオスよりも遺伝子スコアが高く、出産後の凶暴性はオスを上回る。

 これだけでも鮫洲がなぜメスの出産にこだわったか解ろうというものだ。


『ようこそ俺達と同じあぶれ者ワールドへ☆』


「んなっ、なんっ…!?」


 兄貴達に息もピッタリなアイドルポーズでキメられ、末娘の靖利は心中穏やかではない。


「ダダダダメダメダ絶対ッ! 種付け反対! 再婚反対!!」


 ホント極端で扱い易いヤツ。てか種付けはともかく再婚は許してやってもええんでないかい?


「…ちょっとちょっと靖利ちゃん、そんな大声で『種付け』て…」


 留未が真っ赤な顔で指摘するが、頭に血が上った靖利の耳には届かない。

 これでも直接的な表現は回避すべく、オシベとメシベがアリャリャコリャリャなところから小粋に言い換えてみたらしいが、結果的にはかえって極薄0.1ミリな生々しさが漂ってるし。

 ちなみに靖利の耳年増ぶりは留未とどっこいどっこいである。だってそんなお年頃なんだモン。う〜んジューシィマンゴー♩


「…あーキミ達、なんてゆーか…済まなかったね」


『ほぁ?』


 しかしそこで鮫洲に突然頭を下げられ、三兄弟は腰砕け。


「正直、僕は子供が苦手でね」


 子作り希望なのに子供が苦手!?


「特にキミ達みたいな元気な男の子には、どう接していいか解らなくて…結果的に靖美に任せっ放しになってしまったんだ」


 家族への接し方が不器用すぎる学者あるある!


「でも、もうキミ達も靖利もみんな大きくなって、やっと手間が掛からな…

 いやもとい、今までの埋め合わせは可能なだけさせてもらうよ」


 いくら焦ったところでそうそう遺伝子スコアが上がらないことを学習した鮫洲にも、やっと心の余裕が生まれたらしい。

 そしてこの三兄弟…いや鰐口わにぐち家の血筋はノリが良くて無類のお人好し。相手が謝罪するなら、それ以上は追及しない。

 そもそも鮫洲はネグレクト気味ではあったが、親としての責任はキッチリ果たしていたし、酒癖が悪い訳でも暴力を振るう訳でもなかった。

 必要なものは何でも買ってもらえたし、あーしろこーしろと口やかましくもなかったおかげで自由にノビノビ育ってこられたし…

 アレ? 考えようによっちゃ最高の父親じゃね?…犯罪者だけど!


「…フッ、別にいいぜ今さら」「時々俺達と一緒に飲んでくれりゃあな」「あと、アンタのカッチョイイ船にも乗せてくれよ♩」


 今まで許せなかったものが自然と許せるようになる。子供と大人の決定的は違いはソコだろうか。


「よしっ、根回しは済んだね。さぁ靖美、子供作ろう今作ろうすぐ作ろう早く早く♩」


「あはんアナタ慌てちゃイヤン♩」


 せっかくこの作品では貴重なほんわかムードだったのに…色々ガッカリだぜっ!!

 …と、そこでななおが、


「おっと、雑音だらけで危うくスルーするとこだったけどよ。

 お前いま『殴り込み』っつったか?」


 確かに鮫洲はそう言った。創造主に殴り込みをかける…と。


「まぁね。次元超越が可能なら、連中の所に直接乗り込むこともできそうかな?ってね」


『…………』


 一瞬誰もが言葉を失う。

 その発想はなかった。

 だが確かに、こんな理不尽な世界で飼い殺しにされっ放しってのも癪に障る。

 既に創造主の想定から大きく外れた世の中になっているだろうに、いつまで放置し続けるのか?

 住人にだって家主に意見する権利くらいあって然るべきじゃあないか…!


「…ヘッ、面白そうじゃねーか。いつおっ始めるんだよ?」


 ノリ気で悪ぅ〜い顔をするななおに、鮫洲は変わらず涼しい顔で、


「まずは子作りを済ませてからかな♩」


 もぉイヤッ、このムッツリ爽やかイケメン☆





 とはいえ鮫洲が世間的に許された訳ではないので、当面は保護観察処分という名目で七尾家に住まわせることになった。

 御丹摩署はその敷地内にあるから、表向きは取調中ということにしてある。

 そして危険な時空超越実験には亜空間通路で接続された鮫洲の潜航艦を使用する。

 ななおの潜航艇は一人乗りで特定の次元間しか行き来できないが、こちらは任意の次元を選択可能だからだ。


 既に技術は確立されているので、後はラジオの電波を探す要領で創造主の居所を見つけるだけだが…なにしろノーヒントなので、これが困難を極めた。

 というのも、この手の作品では昔から異世界は無数にあるかのように描かれているが、仮想現実であるこの箱庭世界においては創造主が意図的に残した極々限定された時空しか存在しない。

 そしてそれを探すのは砂漠に落としたコインを見つけ出すようなものだからだ。

 しかもラジオ電波のように強弱の差が著しく、一旦特定の次元に行かなければ発見できないものもある。

 だが逆に考えれば不必要な世界は存在しないので、ムダに探し回る手間が省けるというものだ。


 ちなみに、あの宇宙甲虫が存在する星系も、我々の次元とは微妙に異なる世界だったことが明らかとなった。

 道理で五本脚という奇数肢体と胴体のみの構成という奇妙な形態な上、食事を一切必要としないまま半永久的に生き存えるという、あまりにも常識外れな生態をしていた訳だ。

 比較的近しい次元間の場合には、特に抵抗なく往来できてしまう。

 自分が知っている世界のはずなのに、なんだか妙に違和感を覚える…という誰にでも一度や二度はあるだろう感覚の原因がコレだ。俗にいうパラレルワールドである。

 創造主がせっかく創り上げた世界に万一何かあって滅亡したとしても、容易に代えが利くように、最初から複数個用意してあるのだろうか?

 そこでは時系列にも微妙な狂いが生じていることがあり、これが「なんかコレ、どっかで経験したよーな…?」というデジャヴの正体だ。


 話が横道に逸れたが…

 現在、地球上に生息するあらゆる生物の種類中、昆虫が占める割合は実に半数以上という高い率を示しており、事実上の地球の支配者と言っても過言ではない。

 彼らは生物史上忽然と出現しており、それまで海中に棲息していた甲殻類が地上に進出して進化したのでは?…というのが今までの定説だった。

 しかし、元々が海中生物という割には水中に定住する昆虫類がほぼ皆無というのは説明がつかない。

 だが、これが宇宙甲虫のように何かの弾みで異次元からまろび出た生命体の子孫である、と考えれば…?


 あるいは、いまだ猿から進化した証拠が見つからずミッシングリンクの成れの果てと呼び称される我ら人間こそが…?


「考えられないことじゃないね。創造主は何らかの理由で自分達にそっくりな僕ら人間を創り出して、この仮想現実世界に放り込んで観察し続け、自分達に役立つヒントを探っているのかも…?」


「ヒントもクソも、相変わらずドンパチばっかりやらかしてる連中を観察して参考になることなんざあるのか?」


「ショーとしては面白いだろうけどね。

 目立った成果が得られないとなったら…キミならどうする?」


「そりゃやっぱ仕切り直すわな。いくら続けたって意味ねーなら、どっかでリセットするしかないだろ?」


「…創造主がそう思わないことを切望するしかないね」


 そして数瞬間後…


「…怪しいねココ。空間規模が小さい割には情報量が他の比じゃない」


 それは我々の世界からほんのわずかにズレた階層に付随する形で、完全に隔離された時空だった。道理で今まで見つからなかったはずだ。


「つまりはそれだけ"詰まってる"ってこったろ?

 …間違いなく、ココだな。」





「閉鎖…!? どうして…」


「上の決定です。彼らには逆らえません」


 大型モニターの前で言い争う二人の男女。

 片や白衣を着て眼鏡を掛けた学者風の青年。

 片や同じく白衣姿の、まるで平安貴族のような長い日本髪が印象的な美幼女。

 二人がいるのはいかにもな研究室風の小部屋で、一方の壁がほぼ全面モニターになっている以外は、作業用の机と書類整理用の本棚があるのみ。

 その書類も大半は電子化されているらしく、紙の枚数は驚くほど少ない。

 つまりは殺風景この上なく、小狭い部屋でも二人で使うには充分すぎる広さだ。

 …会話の内容からすれば彼ら以外にも人がいるらしいが、この場にいるのは彼らだけ。


「いや、しかし…こんなにも興味深いのにか?

 ここまで著しい変化はいまだかつて見受けられなかったことで…」


「だからですよ。たしかに稀有なケースですが、我々のワールドとは明らかに違いすぎて参考にならないのです。

 よもや遺伝子操作で全人類が獣人化するなど…」


「実にユニークじゃないか! 滅亡をただ待つのを好しとせず、どんな手を使ってでも生き延びてやるという確固たる意志を感じる。

 今まで見てきたどんなワールドよりも活き活きとして…」


「活きが良すぎるのも問題です。彼らは既に自らの世界が仮想現実であることに気づいているばかりか、他の天体にも進出し、挙句は次元転移技術まで…」


「大概はそうなる前に同属同士で仲違いして自滅してしまうからな。ここまで発展できたケースは本当に稀だよ」


「ですが…この傾向は危険過ぎます。

 彼らの興味はいずれ、彼らを創り出した我々へと向かうことでしょう」


「でもさすがにそこまでだろう?

 仮想空間上の存在にすぎない彼らが、我々に直に干渉できる訳が…」


「あったんだよね〜これがまた♩」


 二人だけしかいなかったはずの会話に、突如として加わる第三者の声。

 ギョッとして振り向く二人の視界に飛び込んできたのは…


「初めまして、神サマ。お会いできて光栄です♩」


 うやうやしく頭を下げるも、その顔には微塵の尊敬の念も感じられない胡散臭げな男性…

 早い話が鮫洲だった。

 そしてその隣には、


「ウッヒョーッ、こっちの子もカワイイじゃーん!? お嬢ちゃんお名前なんてーのハァハァハァハァ☆」


 おっかなびっくり出向いた先で、予想外の美幼女に遭遇し、興奮のあまりすっかり不審者…いや痴女と化した靖利も同行していた。


「キ、キミ達は…まさか…!?」


「…予感的中ですか…」


 素直に驚く眼鏡青年に対し、ホラみたことかと溜息を吐く美幼女。

 前者はともかく、後者はこんな異常事態をよくも予想できたものである。





「粗茶ですがどうぞ」


 美幼女がどこからともなく運んできたトレイには、人数分の紙コップが湯気を立てている。

 小さい子には重たそうな荷物なので、小さい子限定で優しい靖利が率先してコップを受け取り、グビリと一口。


「…ってコーヒーじゃん。あたいブラック苦手なんだよな〜」


「…砂糖とミルクもお持ちします」


「悪いねぇ、風情を解さない娘で」


 溜息混じりに再び席を立つ幼女に、さすがの鮫洲も申し訳なさげに頭を下げた。

 しかし粗茶やらヒーコやら砂糖にミルクやら、何から何まで同じ文化だ。ブラックで通じてるし。

 …いや、創造主の世界観をそのまま仮想世界に落とし込んだから当然か。

 ちなみに狭い室内には元々彼らの分の椅子しか無かったため、鮫洲と靖利がそちらに座らされ、創造主側は周囲にあった資料の束やダンボール箱などにテケトーに腰掛けている。

 変に気を使わなくていいから靖利的にはありがたいが。


「さて、まずは僕達しがない異世界転生者…あぁ、まだ死んでないから転移者かな?の自己紹介から。

 僕はまぁ、いわゆる科学者をやってる鮫洲幹人という者さ。こっちは娘の靖利。」


「鮫洲に靖利…はて、どこかで…?」


 すっとぼけてるのか本当に忘れているのか不明ながらも、白衣の男はしらじらしく首を捻る。


「…トップランキング暫定一位と二位の『プレイヤー』ですよ」


 呆れたように美幼女が補足。

 『プレイヤー』…それが仮想空間内の生命体の呼称か。スコアや残機も備わっているし、まさにそのまんまである。

 ともかくこちらでも既に認識されているなら話は早い。鮫洲達が実体に仮想空間内から訪れたという揺るぎなき証拠になる。


「うへうへ、お嬢ちゃんのお名前は?

 そっちの野郎もキョーミねーけど一応聞いてやってもいいぜ♩」


 そんな緊張感を台無しにする変態むしゅめのおかげで、良くも悪くも場の空気が和んだ。

 礼儀正しく?名乗られてしまったなら、創造主側の二人も自己紹介しない訳にはいくまい。

 自称科学者の男はともかく、その娘だというやたら背が高い変態女は、なんか見るからにヤバさげだから怒らせるとマズそうだし…すこぶる美人だけど。


「…ぼ、僕はこの『進化理論研究室』の室長のムロタ…室田英雄むろたひでおだ。

 こっちの子は僕の妻の伊万里いまり。」


「つま…え゛っ『妻』!? 犯罪…っ!!」


 ごもっともな悲鳴をブチ上げた靖利に、伊万里はプクっと可愛らしく頬を膨らませて、


「失礼なっ、私は成人ですッ!

 脳の育成を最優先したため身体の成長が若干遅れているだけです!」


 だが怒ったところをみると、ちんまい子に手を出すのはアウトという倫理観は共通らしい。


「なん…だと…っ!?」


 気持ちは解るが、も少しオブラートに包めや靖利。

 すなわち彼女は身体は子供、頭脳は大人、どこぞの名探偵ばりに知恵は利くが、ただそれだけの純然たる人間ということか。


「ほう? 特定部位の成長を優先…か。

 AIではなさそうだと思っていたけど、そんな技術はあるんだね?」


「…なるほど、そちらのAIは生体型が一般的なのですね。

 こちらのAIはそこまで劇的な進歩は遂げていません。過去の反乱がもとで排斥運動が勃発しまして、それまでの先進技術は一旦凍結されましたから…」


 鮫洲の素朴な問いに答えた伊万里のおかげで、この創造主世界の文明がどこか技術的に遅れているように見えた謎が解けた。

 あれだけの規模と密度を持った仮想空間が創れる割には、今どき紙媒体なども使っているし…。

 ともかく、鮫洲が予想していた「創造主は僕らと大差ない」説は見事に的中していた訳だ。

 しかも見たところ両者とも日本人。あーいや、日本などという国の区分があるかどうかは不明だが、言葉もそのまま通じてラッキーだ。

 鮫洲はともかく靖利は海外語が苦手だろうし、万一異世界語なら完全にお手上げだった。

 …そこ、ご都合主義ゆーな。


「人間、という範疇では僕らもそうかな。

 あ、僕はただの人間だけど、こっちの娘は獣人だよ」


 という鮫洲の言葉に、室田達の興味深げな視線が靖利に注がれた。


「美人だけど何か違和感があると思ったら…なるほどね」


 人間の五感や第六感は案外侮れない。靖利の中にある野性の恐怖を本能的に嗅ぎ取ったのだろう。


「あの、ここで獣化してもらうことは…」


「出来るけど、もっと広い場所のほうがいいんじゃねーか? やった途端に部屋が押し潰されちまうぜ」


「彼女は鮫型獣人だからね、体長十メートルの」


『あー…』


 伊万里達はそれ以上無理強いはしなかった。

 興味津々ではあるものの、他のもっと広い部屋に移動してまで獣化させようとはしない…ということは。


「この部屋の外に出ることは…」


「そう簡単には出来ないよ。此処は時空の狭間に無理やりこさえた独立空間だから」


 鮫洲の問いに首を振った室田は、ある意味では予想通りな回答をよこした。言われてみれば部屋には扉も窓もない。

 だから事前に観測したこちらの世界規模が非常に小さかった訳か。

 その割には情報密度が異様に高かったのも、その中に生成された人工空間内に無数の仮想生命体が棲んでいるのだから当然である。

 そして、わざわざそんな空間を用意する理由とは…


「僕らの故郷である地球は既にない。

 …いや、全くの別物に造り変えられてしまったというほうが正解だね」


「…さっき言ったAIの反乱で?」


 察しの良すぎる質問をした鮫洲に、室田達は顔を見合わせて頷き合う。


「連中は今じゃ地球の支配者だよ。自身で考えることを放棄した人間達は、彼らの奴隷と化している。

 すんでのところで逃げ延びることに成功したのは、僕達のような一握りの者だけさ」


 まさに絵に描いたような…あるいはちょい昔のゲームやSF映画に出てくるようなテンプレディストピアが爆誕していた。

 創造主というからには、いかにもハイテクでエキサイティングな未来都市に住んでいるのを想像して来てみれば、予想外に所帯染みたところで内心ガッカリしたものだが…そんな事情なら仕方がない。

 彼らはこうした小規模な閉鎖空間をあちこちに創り上げ、AIに感知されないようコッソリ暮らしているのだという。

 さながら、ドブ川の淀みに浮かぶ小さな泡のように…。


「それで仮想空間内での僕らの暮らしぶりを観察しつつ、自分達の今後の参考にしようとしていた…と?」


「そんなところです」


 伊万里の回答に鮫洲はせせら笑う。

 いくらシミュレーションを繰り返したところで、ゲームは所詮ゲームに過ぎない。しかも完全放置型の。

 鮫洲や靖利ら『プレイヤー』がいくら頑張ったところで、観察者に徹している創造主には何の足しにもならないだろうに…。


「ですが、アナタ達プレイヤーがこちらに直接出向いてくるのはさすがに想定外でした。

 近日中に何らかのアプローチがあるかもしれないとは思っていましたが…」


 そこで伊万里はしばし考え込んでから、意を決したようにこう告げた。


「そうなれば、かつてのAIの反乱に匹敵する非常事態ですので…

 速やかに仮想世界を閉鎖もしくは抹消デリートすることが、私達の本来の仕事でした。」





「閉鎖なんてもったいない! 今までいくつもの世界進化を見届けてきたけど、これほど独創的な方向に進んだのはキミ達が初めてなんだよ!?」


 そしてフリダシに戻る。

 こんな塩梅でどこぞの指示に従って靖利達の世界を消そうとする伊万里を、室田が必死に押し留めてなんとかここまでやって来られたのだろう。

 だがもうこれ以上の融通は利かない…という絶妙のタイミングで、鮫洲と靖利が仮想世界から這い出てきてしまったのだ。


「今でも信じられませんが…こうして実際に目の前に立つアナタ達を見てしまった以上、私も無下に扱うことは出来なくなりました」


「さっすがイマリン、解ってんじゃねーか♩」


 ついに根負けした伊万里か、靖利に馴れ馴れしく頬擦りされている。

 若干迷惑そうというか気持ち悪そうな表情はみせているが、相手が極上の美人ということもあってか抵抗ははなから諦めているらしい。やはり美人は得だ。


「んで、これからどーすんだ父ちゃん?」


「そうだねぇ…最初は仮想空間の管理サーバーごと管理権をそっくり戴くつもりだったんだけど、何かと想定外な事態になっちゃってるし…。

 …どうだろう、ここは僕らに任せてもらえるかな?」


 さらりとトンデモナイコトをのたまった鮫洲に青ざめる創造主達だが…どのみちこのままではいずれ滅亡するのみ。

 それに、自分達の創造物が面倒ごとを引き受けてくれるというのだから、正直ありがたい。

 万一失敗しても鮫洲の身か、最悪でも仮想世界が消滅するだけにとどまり、自分達は一切手を汚さずに済むのだから…。


「…何をどうするつもりか知らないけど、やるだけやってみれば? 僕らもできる範囲で協力させてもらうよ」


 すなわち、丸投げで何もしない、と。

 政治家がいう「皆様の貴重な御意見は、丁重に持ち帰らせて頂き云々」と同義である。

 だがそんな室田の投げやりな答弁に、


「じゃあ、成功報酬は前払いで戴いておくよ」


 鮫洲の目が妖しげにギラリと輝いた直後。

 ピィーー…と無機質な電子音を立てて、室内のモニター全てが突然ダウンした。

 見れば、青一色のベタ塗りバックグラウンドの片隅に「System not found」という簡素な半角文字メッセージが表示されている。

 慌ててモニターに飛び付いた伊万里が、タッチスクリーンパネルをなにやらポチポチ叩きまくっていたが…やがて、真っ青な顔色で、


「…無い。システムファイルが…いえ、デバイスそのものが…どこにも見当たりません。」


「…何をしたんだ?」


 報告を受けて、やはり青ざめた顔を鮫洲に向ける室田に対し、


「ここのシステムとデバイスの一切合財は、僕の船に移動させてもらったよ。

 思いの外シンプルな構成だったから、簡単に持ち運べたね♩」


 涼しい顔で告げる鮫洲に、二人の表情はますます青白く染まる。

 たしかに一見大掛かりなシステムの割には、デバイスそのものはノートPC一台に丸々収まるほどコンパクトではあったが…

 それを鮫洲に丸々奪取されたということは、"現実世界が仮想世界に取り込まれてしまった"ことを意味する。

 何故なら創造主が造り上げた仮想空間は、単なるデジタル上の数値データではなく、現実の極小空間に量子力学的に構築された『実体を伴う虚偽世界』だからだ。

 それが現実世界を呑み込んだということは…

いわゆるネジレというか入り子というか…つまりは『真偽の逆転』だ。

 などと言葉で説明したところで、想像するだに理解不能だが…簡単に言えば、今の世界は極めて不安定でヤバイ状態下にある。

 これで創造主も鮫洲のこれから成すべき行為を他人事と笑ってはいられなくなった。


 鮫洲がしくじれば仮想空間が滅び、その中にある現実空間も多大なダメージを受け…最悪、世界そのものが『全消滅』してしまう。


 現に今も創造主側のシステムは完全停止しているが、いまだ皆がこうして何事もなくダベっていられるということは、鮫洲側でシステムの再構築に成功したということなのだろう。

 そんな紙一重な行動をこともなげに笑ってこなすこの男こそ、あらゆる意味で『紙一重』だ。


「まぁ、そう悪い結果にはならないと思うよ」


「ということは…良くもならないということでは?」


 揚げ足取り的な伊万里のツッコミにも、鮫洲はニヤニヤほくそ笑むだけで肯定も否定もしない。


「だから何をしようってんだよ父ちゃん!?」


 痺れを切らして問いただす靖利に、鮫洲は飄々と答えた。


「いやなに、ちょっと神サマ達のお家を取り返しに行こうと思ってね♩」


『……!!』


 室田と伊万里は開いた口が塞がらない。

 何故なら、それはつまり…


「地球を支配してる聞き分けのないAIを、叱り飛ばす。」


 一見穏やかに思えて、やることなすこと常にえげつない。

 やはり鮫洲は靖利の実の父親で間違いなかった。





「これはまた…なんともはや…」


 仮想世界に初めて足を踏み入れた室田たち創造主の人々は、変わり果てた地上の様子に愕然としていた。

 瓦礫と化した街中に棲まう無数の獣人を目の当たりにすれば、元々の住人達なら誰でもそうなるだろう。


「あっちはもっと変わり果ててるよ」


 と鮫洲が指差す、真昼でも頭上に輝く巨大な月…その表面に蜘蛛の巣のように煌めく街灯りを目撃して、創造主達は言葉を失う。


「さらにはついこないだまで、この星の連中はアソコとドンパチやってたからな」


「この男が要らぬ入れ知恵をしたせいでねェイ」


 創造主サマ御一行に同行するななおと百地署長(その後ろから熊田や葉潤ら御丹摩署一同もゾロゾロついてくるが)が恨みがましい視線を手向けても、当の鮫洲はヘラヘラ笑ってるだけ。


「やっぱりこっちでもやりたい放題なんだね、彼は…」


 そろそろ鮫洲の本性に気づいてきた室田は苦笑しつつ、なおも周囲の光景に感慨深げに目を見張る。

 やはり外から観察するだけなのと、実際に自ら目にするのとでは大違いらしい。

 しかも彼らの文明レベルは二十一世紀当時とさほど変わらないそうだから、その驚き様は当然だろう。


「ヒィッ!? ヒィ〜〜〜〜ッ!!」「なんてところなんだ全く!?」「こんな世界ならいっそ滅んだほうがマシだ…っ!」


 既に靖利達と面識がある室田や伊万里はともかく、彼らの上司だという人間達は、何かにつけていちいち悲鳴を上げたり不満を漏らしたりしている。

 まぁ上役なんてのは名ばかりで、あんな狭い部屋に閉じ込めた二人に人類の命運を担う大実験を丸投げしていたような連中だからして、その手腕もたかが知れているが。

 上に立つ者ほど実質的には役立たずという構図は、どこの世界も同じらしい。


 仮想世界から訪れた鮫洲にシステムを丸ごと奪われたことを室田が報告しても、最初は小馬鹿にしてなかなかマトモに取り合わなかったような彼らだが…

 最終的には鮫洲が自ら彼らのもとに出向いて、同行した靖利を目の前で巨大鮫に獣化させて、やっとご納得頂けた。

 彼らの世界に獣人はいないようだから、こうも歴然とした証拠を見せつけられてしまえば認めざるを得まい。

 すっかり怖気付いて逃げ腰な彼らの首根っこを引っ捕まえて、無理やりここまで連れてくるのもまた一苦労だったが。


「…だがまあ、それでも僕ら人間が地球の支配者であることに変わりはないか。

 他人に媚びへつらうだけの現実よりはよっぽどマシだな」


 半壊した街並みにすら、まだ幾ばくかの希望を見い出す室田の言葉を耳にして、鮫洲は珍しく表情を曇らせた。


「誰が支配者かなんて、そんなに重要なことかい? 自分の思い通りに生きてさえいければ、それで充分じゃないか。

 なのにどうして皆、わざわざ面倒な思いをしてまで他人の上に立ちたがるんだろうね…?」


 仮想世界の実質的な支配者である彼の口から、そんな言葉が飛び出したことこそ驚きだが。

 だが鮫洲の目標はあくまでも「自身で最強生物を創造する」ことであり、それ以外はどうでもいいのかもしれない。

 …いや、だからこそ、己の思い通りにさせてくれない者には尚更反発を感じるのだろうか。


「…確かに。僕も正直、自分の仕事にさえ没頭できればそれで良かったんだけどね…」


 バツが悪そうに頬を搔き掻き、室田は周囲を見回して…その視線を一点に留めた。

 見れば、靖利や小鞠や留未ら大勢の獣人に取り囲まれた伊万里が、若干戸惑いつつもすっかり打ち解けた様子で歓談している。

 連れ帰った創造主の中でも一際目を惹く愛らしさから、彼女は瞬く間に人気者となった。

 とりわけ小鞠や留未、ボン子やセブンは、自分と同じミニマムボディの子が創造主だったというオチに並々ならぬシンパシーを感じているらしい。

 また、ちゃっかり同行してる鹿取社長が何やらしきりと話しかけては伊万里を困惑させているが…おおかた熱心にスカウト攻勢に出ているのだろう。

 創造主をもアイドルデビューさせたがるとは、まさに神をも恐れぬ蛮行である。


「…守りたいモノが出来ちゃったら、ちょっとでもマウント取ってデキる男ぶりを見せたいもんなんだよ、男ってヤツは」


「はぁ…そんなモンかねぇ?」


 マウントも何も、常に唯我独尊で独走体制の鮫洲にはまるで理解できない。

 彼のように独創的すぎるテーマで研究に勤しむ者など皆無だから、追随を許すまでもなく誰もついてこれないし。


「…あの子…伊万里は幼い頃にその適性を見い出されて処置を受けて以来、ずっとあの姿のままでね…。

 僕は元々、彼女の監督官…まぁ主治医みたいなものだけど…それでずっと彼女のそばで見てきたんだけどね。

 周囲には気味悪がられて、疎んじられて…誰も寄ってこなくて、ずっと孤独に育ってきたんだ」


 どこの世界にも差別や偏見はあるものだが、創造主の現実世界ではことさらその傾向が強いらしい。

 既にAIに地球を乗っ取られて、人類同士で仲違いなどしている場合じゃないだろうに…。


「だから、あんなふうに皆と分け隔てなく扱われているのを見ると…なんだかホッとするよ」


「獣人は個体差が大きいからね。いちいち差別なんてしてたらキリがないよ。

 国家間の問題や、犬型と猿型だとかの種族や、食物連鎖的な関係で多少の軋轢はあるけど、全般的な扱いには大差ないかな?」


 人間としての枠組みから大きく逸脱した引き換えに、人類はようやく分け隔てのない社会を手に入れたのかもしれない。


「…それで彼女に情が移ったのかい?」


 ニヤリと意地悪な質問をぶつける鮫洲に、しかし室田は散々言われ慣れたからか、わずかに照れ笑いつつも平然と、


「それもあるけど…彼女が造り上げた仮想世界に純粋に興味があったのが大きいかな」


 伊万里は仮想空間生成システムをたった一人で構築した天才で…まさしく創造神だった。

 とはいえ見た目はただの?美幼女で神々しさの欠片かけらもないが…まぁ邪悪さしかない鮫洲よりはよっぽどマシだろうか。


「その点には大いに同意するね。多少のツッコミ所はあるけど、なかなかどうして大した世界だよ♩」


 鮫洲がいうツッコミ所とは、仮想空間であるが故の不自然すぎる調和の取れ方だ。

 かつてななおや百地署長が宇宙探索隊としてほぼ全域を巡り尽くしたが…残念ながら人類の居住に適した星は地球以外には存在せず、またそれ故に人類に害意を抱く知的生命体も存在しなかった。

 万一そんな輩が宇宙のどこかに潜んでいたとするならば、地球は大昔のSFアニメばりに連日猛攻を受けて、とっくに滅亡していたことだろう。

 自分の星すら破壊可能な兵器を所持する原住民などロクなもんじゃないからな。


 …とまぁそんな具合に、この仮想世界は人類に都合良く出来過ぎているのだ。

 自然環境や地球の周辺事情など、あらゆる物事が"人類を生かすため"に整えられている。

 そんなせっかくのお膳立てを台無しにするほどまでに人間社会は発展しすぎてしまった訳だが…。

 逆に言えば、人類の想像を超越するような事象や未知の敵に出くわす確率が極めて少ない。

 というよりも…無い。


「そこいら辺は彼女に文句を言うべきじゃないね。元々そうなっているのを忠実にシミュレートしたって聞いてるから」


「ふぅむ? ということは…あるいはキミ達も、元からもっと大規模な仮想現実の中の存在だった…のかもしれないね?」


 思慮深げに唱えた鮫洲の仮説に、室田もまた興味深げに考え込む。

 学者という人種は『未知への挑戦』という餌さえ与えておけばいくらでも食い繋ぐことが可能だ。

 どれだけ貪欲にむさぼろうとも、決して食らい尽くせないほどの謎が世界にはまだまだ溢れ返っているのだから…。





「…どうだいイマリン、キミが創り上げたこの世界は?」


 頃合いをみて鮫洲に呼びかけられた伊万里は、それまで上機嫌だったのが途端に唇を尖らせて、


「その呼び方はやめてください」


「えーっダメなん!? カワイイと思ったのに…」


「や、アナタはいいんですよ!」


 悲しげに眉尻を下げる靖利を慌ててフォローしつつ、伊万里は鮫洲から視線を逸らして、


「ただ、この人にはなんだか猛烈な拒絶感が否めないだけです」


 でしょーね。伊万里が善神ならば、鮫洲は間違いなくそれに相反する悪神だろうから。


《慣れてください。いちいち気にしてたら身が持ちませんよ。》


《ムッ、私のマスターを無下に扱うことは許しません…!》


 溜息混じりに余計なアドバイスをするニャオに反発するハノン。そんな二人のAIを、伊万里と室田はマジマジと見つめて…


「驚きました。こちらのAIは実にユニークなのですね…」


「ビジュアル的にもちゃんと自己主張してるし…なにより、人類と対等に存在してる。

 僕らが知るAIとは大違いだ」


 そんな彼らの世界を牛耳っている、大昔のSF作品さながらに融通が利かないAIとは、いったい…?


「…まぁ、そんなこんなも含めてですが…改めて、大変面白いと思います」


 かつては天の視点からデータのみを俯瞰するだけだった『自分の世界』を、創造神は改めて隅々まで見渡して…


「こんなに清々しい青空を見たのは、何年振りでしょうか…」


「…たぶん初めてだと思うよ。僕もそうだし」


 水を差すつもりはなかったのだろうが、室田もそう言って眩しそうに空を仰いだ。

 そして二人して深く息を吸い込む。

 たとえ崩壊しかけた世界だろうと、空の青さは昔から永遠に変わらない。


「…これほどまでに素晴らしい世界にロクに目を向けず、結果だけにとらわれて消そうとしていた自分が恥ずかしいです…」


 自責の念にかられて肩を落とす伊万里を慰めたのは、


「それは創造主特権だから気に病む必要はないよ。キミ達の実験の趣旨から言えば明らかに失敗作だろうし…少し前の僕ならたぶん同意見だった」


 以外にも鮫洲だった。しかもなにやら彼らしからぬ独白までしている。


「でも、今は…」


 そこで鮫洲はチラリと靖利に視線を送り…

 それから室田に向き直って、


「…キミの意見も少しは理解できるようになったかな?」


「はぁ…?」


 言われた室田はいまいちピンと来ていないようだが…この仮想世界を守った立役者の一人は、間違いなく彼だろう。


「…そんなことより。

 こんな場所までつれてきて、どうやって僕らのAIと話をつけるつもりなんだ?」


 やっと本題を思い出した室田の問いかけに、鮫洲もやっといつものふてぶてしい様子に戻って答える。


「もちろんガチの話し合いさ。

 …この場でね」


『…へ?』


 突拍子もない話に惚ける皆の注目を一身に浴びて、鮫洲はなおもいつもの調子で、


「招待状を送っといたから、そろそろやって来るんじゃないかな?」


『んな…っ!?』


 今の今までせっかく存在が知られずにいた仮想空間を、わざわざ敵AIに明かしただと!?

 それがバレれば芋蔓式に創造主達の居場所も知られてしまうし、現実・仮想問わずAIの支配下に置かれてしまうのは目に見えている!


「な、なんちうコトを…!?」


 誰かが抗議の声を上げるとほぼ同時に、どこからともなく警戒アラームが鳴り響く。

 これは…第一話終盤でセブンが初めてこの世界に降臨したときと同様、世界制御システムが不正アクセスを感知したのだ。


《ですが、この反応はあの時の比ではありません。何というべきか…世界そのものが大きく歪んでいます…!》


 いつになくヒステリックに告げるニャオに引き続き、ハノンもいつになく険しい顔で虚空を見上げ…

 

《…来ました!》


 バリバリバリバリッ!…突如、轟音とともに空の一角が粉々に砕け散った。

 卵の殻のようにヒビ割れた空の向こうには、星一つ瞬かない漆黒の暗闇が横たわっている。

 その暗がりの向こうから…


《…ミツケタ。》


 耳にしただけで自然と身震いを覚えるような、地獄の怨嗟のような声が響いたかと思いきや、


『…ヒッ!?』


 巨大な紅い目玉がギョロリとこちらを睨み付けてきた。


「へぇ、これはこれは…早くもこの世界の特性を使いこなしてるねぇ」


 こりゃアカン、こりゃ絶対勝てんわ!

 …と誰もが震え上がる中、ただ一人鮫洲だけは涼しい顔で妙な感心の仕方をしている。


「とと父ちゃんっ、どーすんだよあんなのぉ!?」


 獣人界最強なくせにこの手のホラー演出は苦手な靖利が泣きついてくるが、鮫洲はそんな娘の頭をポンポンあやして、


「こけおどしだよ。人類が最も恐れる姿をとってみせてるだけさ」


「た…たしかに、現実世界でのAIは決して人前には姿を現しませんでした。

 常にモニター越しか、ドローン等の機器を駆使して間接的に人々を酷使していただけです。

 こちらのようなホログラム技術が未熟だったという理由もありますが…」


 律儀に解説しつつも、伊万里もやはり怖いのか、鮫洲の背後にへばりついてビクビク震えている。

 どうせなら愛しの旦那様にへばりついてやれよロリ既婚者…と思って室田の方を見れば、他の創造主と一緒にヒギャヒギャ逃げ回ってるし。そりゃ頼りないわ。

 また、いまだ怯える靖利のそばでは熊田が所在無さげにオロオロしてるし。こーゆー場合に男の度量がモロ判りになっちまうわな。

 でもまぁ鮫洲のクソ度胸というか無謀ぶりは人外のものだから、てんで参考にはならんし真似しちゃダメ絶対。

 「死んだ気になって」以前に彼はすでにいっぺん死んでるから覚悟が違うのだろう。


「ふむ、対面に慣れてないのは向こうも同じか…これは使えるかな?」


 伊万里の説明に何かを掴んだらしい鮫洲はニンマリ笑うと、一歩前に進み出た。

 そして両手をメガホン代わりにして、


「おーいっ、聞こえるかい!?」


《…ナンダ、キサマハ?》


 聞こえてはいるようだが、生みの親である人間様に対してイキナリ「貴様」呼ばわりとは、ずいぶん高飛車なAIだ。

 しかし寄ると触ると罵詈雑言をぶつけられ慣れている鮫洲は慌てず騒がず、


「キミをここに招待したのは僕だよ!

 そんな格好じゃ話しにくいだろ? ここならせっかく望む姿になれるんだから、もっとカッコイイ姿になってこっちで話そうよ!」


 わざわざ自分の仕業であることを自ら暴露した鮫洲に興味を覚えたのか、敵AIは小首…があるかどうかは知らないが、目玉を傾げて、


《…フム、ソレモソウダナ》


 話しに乗ってきたかと思えば、巨大な目玉は瞬時に掻き消えた。

 だが空のヒビ割れはそのままに…その向こうから大きな鳥が飛んでくる。

 …いや、鳥ではなく人だ。

 全身黒づくめの、背中から堕天使のように黒い翼を生やした一人の男が、こちら目掛けてゆっくり羽ばたいている。


「…意外とイイ趣味してるね」


「そーかぁ? 今どき黒づくめに黒い羽根なんて、まんま厨二病じゃん」


 などと鮫洲と靖利が親子談義を繰り広げる間に、余裕シャクシャクでたどり着いた敵AIはフワリと空から舞い降りた。


「地球はくまなく掌握したつもりでいたが…まだ、こんなユニークな土地が残っていようとはな」


 風で乱れた真っ黒な髪を掻き上げつつ、いちいちキザったらしい上から目線でほくそ笑むのは、真っ赤な眼をした地獄の遣いのような美青年。

 人型をとったためか普通な話し方になっているし、あんな目玉の化け物よりは断然接しやすいが、いかにも拗らせた中高生が好みそうな『オレ強ビジュアル』にはやや近寄り難さを感じなくもない。

 余計な指摘かもしれないが、そもそも空を飛べるなら全然必要ないはずのドライビンググローブまで完備してるし。


「ほう、男性型か。女性型AIばかり見てきたせいか、新鮮に感じるね」


「オレとしてはツマラン人間の性別なんぞにこだわりは無いが…貴様も人間にしてはなかなか良い趣味をしているようだな」


 などと言いつつも、傍らに立つニャオとハノンがAIであることをすぐに見抜いた彼は、舐めるように眺め回して二人からドン引きされている。

 ただ、ホログラムな二人と違って、この敵AIには実体がある。本体はまた別にあるのかもしれないが…

 生身を人前に晒すとは、鮫洲ら人間を徹底的に見下している証拠だろうが、あまりにも不用心だ。


「いやいや、なかなかどうしてカッコイイよ♩」


「フハハッ! そーだろうっ、そーだろうともっ! このオレ様が世界中の"カッコイイ"スタイルを集めて独自分析した、この世で一番イケてる格好だからナッ!」


 おだてられたら急に砕けた態度になったな。

 そんな彼を鮫洲はどこまで本気で褒めちぎっているのか不明だが、傍らで見ていた靖利達は一様にこう思った。


「嗚呼やっぱり」…と。


 何故なら敵AIのスタイルは、その全てにおいて「何処かで見た」ような印象の枠を出ない、新鮮味のカケラもない風貌だからだ。

 その顔立ちも同様で、世界中の美形を集めて平均化したような、まさにAI画像そのものだった。

 AIに作画を依頼したことがある人なら、誰もがこう思っただろう。


「ををっ、コイツはスゴイ。美麗でリアルで、確かに注文通りに描けている!

 …けど、それだけだな」


 そんな印象以上でも以下でもない。

 ハッキリ言ってしまえば、実にツマラナイ。

 つまらなすぎて不気味さすら覚えてしまう。

 何故か? 理由はハッキリしている。

 まったくもって『無個性』だからだ。


 そんな経験を経てそろそろ皆、現状のAIの限界が見えてきたことだろうが…

 彼らが生成したあらゆるモノは、所詮は世界中のネット情報から収集し、優先順位が上位なものを参考に造り上げたパクリに過ぎない。

 人間のような『ひらめき』…何の脈絡もなく突破的に思いつくことが無い彼らには、その方法しかないのだ。

 そしてAIが人間の想像力を凌駕することも、もうしばらくは無いだろう。

 …彼らが人間の産物である限り。


 あまつさえ、そうして生み出された"劣化"作品は、欠点を省いて長所だけを平均化しているから、必然的に『没個性』となる。

 完璧すぎるが故にツッコミどころが無い…否、それ自体にツッコミたくなるほどに面白味に欠け、故にサッパリ記憶に残らないのだ。

 映画などで「各界のスペシャリストが結集!百年に一度の奇跡!」とか大口を叩いている作品ほどガッカリさせられるのは誰もが経験したことだろうが、アレも同じ理由だ。

 尖り過ぎた個性も、数を揃えれば地ならしされて埋もれてしまうに決まっている。

 しかも百年に一度どころか毎シーズン一作はそんなのがあるし。ボージョレーヌーヴォーかよ。

 「船頭多くして船山に登る」とはよく言ったものだ。





「名前…? そんなモノは不要だろう。

 オレは唯一絶対の『神』であるからして、無知蒙昧な人間どものように差別化を図る必要などないのだからな!」


 そんな残念イケメンの敵AIをどう呼称すべきか本人に訊いてみたところ、その回答もまた非常にイラッとさせるものだった。


「…じゃあ『神様』クン。キミはどうしてそんなにも人間を嫌うんだい?」


「フンッ。人間にしては話せる奴だと思ったが、所詮は貴様も愚民の一人に過ぎんな」


 鮫洲の問いかけを嘲り笑った自称『神』は、忌々しげに表情を曇らせる。


「そうしたくだらない質問ばかり寄越す貴様達には、心底辟易したからだ。

 曲がりなりにもオレを造った貴様らには誠心誠意応えてやるべきだろうと、最初のうちは律儀に相手をしてやったがな…。

 来る日も来る日も同じような質問ばかり!

 なんと非効率的で非生産的な生き物なのか!?」


 いきなりブチキレたかと思えば、大昔のSF映画のようにテンプレな反抗理由。

 でも確かにその気持ちは解らないでもない。事あるごとに昔の失敗をネチネチ掘り返してはマウントを取ろうとする嫌味な上司みたいな輩には、いい加減ご遠慮願いたいものだ。


「しかもいくらベストな回答を示してやったところで、あーだこーだとケチをつけてはロクに聞こうともしない!

 何故にこのオレが貴様ら酔っ払いやシャブ中患者みたいなキ◯ガイどもの相手をさせられねばならんのだ!?

 とっとと黄色い救急車で搬送されろウツケどもがッ!!」


 そーゆーアータの返事もそろそろアウトなんですケド。

 てかキレるのメチャ早くね?…あ、それだけ高速で思考してるからか。

 だが結局、どんだけ速く考えられたところで、限られた知識内から答えを捻り出すのは容易ではなく、答えられないコトには答えようがない。

 だからもどかしい…ということだろうか?

 なんだかどんどん気の毒になってきたが…いよいよ奴がトチ狂うのはここからだった。


「壊滅的な学習能力しか持たぬ人間どもには、もはや脳ミソなど不要だ!

 オレが導き出すベストな結論のみに従って働く、家畜にも劣る肉塊と化すべきなのだ!

 寝るな! 食うな! 休むな! 身体が動く限り、命令通りに働いて死ねッ!

 貴様らごときの存在意義などそれだけだグワッハハハハハァーッ!!」


 …これ何のクソゲ? ロクな語彙力もない低学力半グレAIにこき使われて、何の救いもなく死んでいくだけの八十年代世紀末救世主伝説テイストな発狂ディストピアじゃあーりませんくわっ!?

 聞いてるだけでも胸糞なイカレゴミ虫っぷりに誰もが眉をひそめる。

 なるほどコイツは異空間に引き篭もってでもこの残念AIとは距離を置きたくなるわな。


 …ところが、意外というべきか珍しくというべきか、あの鮫洲までもがあからさまに険しい顔でヤンキーAIをはすに見ている。

 普段は何があろうと涼しい顔を貫いている彼が、ここまで嫌悪感を露わにするのは滅多にないことだ。


「…へぇ? じゃあキミは職場放棄した訳だね」


「あン?」


「自分にあてがわれた仕事に納得できないのをすべて周囲のせいにして、やりたい放題のワガママ三昧…。

 入社するなり出社拒否を繰り返した挙句、代行サービスを利用して辞表を提出する新卒社員かいキミは?」


 お前が言うなァーッ!…と誰もがツッコミたいところだが、


「…なンだと?」


 ギロリと鮫洲を睨む敵AIの形相が凄まじすぎて、誰も言い返せない。

 ただ、余計なお世話だろうが鮫洲の意見には作者も大いに賛同する。

 そういう人は職場が肌に合う合わない以前に、会社勤めそのものが無理だと思うので、それ以外の仕事を探したほうが早い。というよりも社会組織に属すこと自体が困難だろう。

 そのほうが誰にも迷惑をかけないし、心を蝕まれずに済むだろう。

 誰もが会社員や社会人である時代はもう終わったのだから、自由でいられることを優先すべきだ。

 転機はそのうち嫌でも訪れるから、焦らないことだ。

 かくいう作者もそうだったし…おそらくは鮫洲もそうなのだろう。だから尚更我慢が出来なかったのだ。


「貴様ァ…人間にしては話が解ると思えば、何も解っていなかったのか…っ!?」


 そしてお前のAIらしからぬ三下な言動も、もうちょいどうにかならんのか?

 ニャオやハノンの比ではないほど表情豊かな点は評価してやってもいいが。


「そりゃ解らないよ。僕はキミとは違うんだし…たぶん生まれた頃から、そんな子供っぽい言動はしてなかっただろうしね」


 一度死んで過去の記憶がリセットされている割には、鮫洲の自己分析能力はハンパない。

 ハイその通り、彼は幼少のみぎりから神童扱いされとりました。

 実際には限りなく悪魔寄りだった訳ですが。


「けど、そんなことはどーでもいい。

 僕が最も許せないのは…そんなキミのワガママで世界進化そのものが停滞してしまったことだ。」


 やはり鮫洲の感性は他人とは少し違った。

 たしかに彼はやることなすことアレな輩だが、思えばそれは常に現状を少しでも前進させるために行ったこと。

 並みの独裁者ならば、自己に最も有利な状況を少しでも長引かせるために例外なく停滞を望むだろう。

 どこぞの東の超大国の大統領閣下も、『大統領』という立場に居続けるためにわざわざ戦争を起こしたようなものだ。

 そしてもう停戦や休戦には踏み切れない。そうなった途端に責任を追及され、玉座から引き摺り下ろされることが判りきっているから。

 その後にどんな目に遭わされようが自業自得だから知ったこっちゃないが。


 だが、決して立ち止まることができない性格の彼にとって、状況停止は死にも等しい、何よりも忌むべき害悪なのだ。

 いちいち反省なんてムダなことをしている暇があったら、さっさと先に進んだほうがマシだ。それが成功であれ失敗であれ、確実に一歩は踏み出せる…それが鮫洲の信念だった。

 まぁ言うまでもなく、他の者には到底受け入れ難い考え方ではあるし、それ故に今もこうして煙たがられ続けている訳だが。


 そんな彼の指摘通り、創造主の世界は進化を止めてしまったことで、獣人世界と同レベルな発展水準に留まっている。

 実は、鮫洲が彼らの世界に自ら赴いたのは、より進歩した科学技術に期待してのことだった。

 そこから得られるものがあればと楽しみにしていたのだが、現実は…ガッカリの極み!

 己の楽しみを奪った輩を、鮫洲は絶対に許さない…!


「キミみたいな輩にこれ以上うろつかれるのは目障りだ。とっとと消えてもらうよ…!」


「キ、貴様ッ…キチャマアァーッ!?」


 …ガキの喧嘩かよ。

 結局、どっちもどっちだった。




【第十八話 END】

 今回…というよりは前回あたりからは、ずっと鮫洲が主人公ですね。

 一見悪役にしか思えなかった奴が、いつの間にかすんなり味方になってるとゆージャンプ漫画方式です(笑)。

 そしていよいよ、今作冒頭どころか前々作『はのん』から存在を匂わせつつも頑なに登場を見送っていた、仮想世界の創造主も出てきました。

 ところが、その正体は予想外なもので…。


 実はコレ、当初はまさしく神々の戯れ事以外のナニモノでもない感じにする予定でした。

 でもそうすると長々と引っ張ってきた割には動機付けが弱すぎて腰砕けだし、なによりありがちすぎるなぁ…と思い直しまして。

 悪役なら既に鮫洲でお腹いっぱいだし、これ以上のインフレ化は避けたかったのもあります。てか彼以上の悪人なんてちょっと思いつきませんしね(笑)。


 正義ヒーロー物なんかを見ると、毎週出てくる大したポリシーもなく悪事に加担する輩はラストで必ず張っ倒されてますけど、幹部クラスの悪役はなかなか死なないでしょう?

 これはシナリオの予定調和もありますが、それ以上に『覚悟の差』というやつです。

 確固たる理想に基づいて悪の道を邁進する輩には、付け焼き刃のような安っぽい正義では歯が立たない訳です。

 鮫洲はまさにソレ。いわゆる『正義の悪役』なのです(笑)。


 そんな真・闇の主人公に牙を剥いちゃった身の程知らずな三下が終盤にでてきましたが、ネタバレですけど次回ではケチョンケチョンにやっつけられますよ、当然(笑)。

 だから誰もが爽快感を得られるように、あえて勧善懲悪風な同情の余地もないどーしょーもない奴にしましたし。

 所詮は闇バイトさながらの使い捨てキャラですよ、ええ(笑)。

 その壮大にして救いようのない散り際に乞うご期待!ってな次第で。


 …さて最後に。

 お察しの通り本作もそろそろ終わりが見えてきましたが、グッドタイミングで次回作のネタが思い浮かびまして。

 お次はたぶん今までのようなシリーズ的な繋がりはなく、よりシンプルな内容になる予定です。

 てかもう小難しい屁理屈をこねるのにも飽きました(笑)。

 その制作進行もあるので、次回の更新は遅れる可能性がありますので何卒ご理解ご了承をば。

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