戦争終結!
【前回のあらすじ】
星間戦争最前線での『ポリポリ』ライブ中、皆の予想通り?異次元から現れた靖利は、久々に同グループのメンバーとして『じおぽりす丸』のステージを踏んだ。
その際、靖利と共に『じおぽりす丸』に姿を見せた、鮫洲の次元潜航艦のAIインターフェース『ハノン』を見たニャオは、長年の謎だった鮫洲の正体をついに暴く。
彼こそはこの世界が仮想現実であることを最初に見抜き、その創造者への対抗策としてニャオの先代AI『ディーヴァ』や超人類創造の研究開発に勤しみながらも、志半ばで千年前に他界した孤高の天才プログラマー・波音ヨルヒトだったのだ。
彼の死後、その研究は時の首相直属の特務研究機関『ゴタンマ』へと受け継がれ、現在のニャオ型AIやボン子のような次世代HWM、そして現在の地球の支配者である獣人の基礎となった。
すなわち鮫洲は、世界の創造神にも等しい存在だったのだ…!
だが、『じおぽりす丸』が靖利を気軽に迎え入れる様子を見た月側は、地球側と鮫洲が結託していると誤解。
『じおぽりす丸』が未曾有の次元兵器(無論そんなモノは存在しない)を使用する前にと、ライブ中の隙をついて首都東京を標的とした『鳥かご墜とし』を決行してしまう。
しかし機転を効かせたセブンの提案により、彼と靖利とかぐやの共闘で見事『鳥かご』の撃墜に成功。靖利の次元転送に巻き込まれた『鳥かご』は大爆発を引き起こし、月側の作戦は失敗した。
その様子を満足気に見届けながら、靖利は再び次元の彼方に消えていった。
月側の思わぬ反撃に遭い、失敗したかに思われた『ミ◯メイ・アタック』作戦だったが…
実は言論統制下の月の都でもライブ映像がそこかしこで出回り、結果的に大衆の心を掴むことに成功していたのだ。
水面下で巻き起こった時代の渦は、瞬く間に月面全土に広がり、クーデターにより民衆を弾圧していた軍部への抗議活動となって表面化した。
こうして地球vs月の無慈悲で凄惨な戦いは新たな局面を迎えたのだった。
◇
「いやぁ〜〜〜意外だったねェイ?」
「朝起きたら、もぉこのニュースで持ちきりでしたからね…」
デカ部屋に備え付けのテレビにかじりついて感嘆する百地署長と葉潤。
そこに映っているのは、月面で勃発した大暴動の様子を伝える臨時ニュースだ。
臨時とはいえ、どの局も未明からずっとこんな番組ばかり。テレビ以外でも新聞やネットなどあらゆるメディアはこの話題一色だ。
中にはこの影響による戦争休止に言及した気が早い報道も飛び交い、街中はもはや終戦ムードでざわついている。
「あたし達の星間ライブも、ちゃあ〜んと効果あったんですね♩」
『ポリポリ』メンバーの一人でもある留未は鼻高々。そのそばではボン子とセブンも笑顔でハイタッチを繰り返している。
一時期は小国の国家予算並みの大金を投入した大失敗作戦とまで揶揄されていただけに、その喜びもひとしおだろう。
「…ふぇ〜っ、疲れたぁ…!」
そこへ転がり込んできたのは、背中に担いだランドセルごと鹿取社長に摘み上げられて、息も絶え絶えな現役小学生メンバーの小鞠。
「だーから学校なんて行くだけムダだって言ったっしょ?」
「でもでも出席日数がさぁ…小学生で留年なんてしたくないし…友達とも会いたいし…」
などと生真面目な彼女は、今日も元気に登校してみたのだが…
その道中で待ち構えていたマスコミに追いかけ回され、命からがらたどり着いた学校では生徒達に揉みくちゃにされ、圧死しかけていたところを念のため後をつけてきた社長に救い出されたらしい。
いやはや人気者はツライよ♩
「小学校くらい、私が卒業させたげるわよ。なんなら今すぐにでもネ。
カネの力で変えられないモノは無い☆」
「ダメな大人だァーッ!?」
「靖利ちゃん亡き今、人気ナンバー2のアータにはもっともぉ〜っと頑張ってもらわなきゃネ♩」
『勝手に殺さないッ!!』
思わずツッコむその他大勢。
しかし社長はまるで意に介さず、
「あなた達もね。また近いうちに宇宙に行くことになりそうだし」
と、テレビに映る月の模様をニンマリと指差す。
「コレ、たぶんもう終戦じゃない? そしたらさっそく月側からお声が掛かって、友好親善ライブに御招待〜♩」
『超〜皮算用ッ!!』
果てしなくツッコミどころしかないエンタメの化身ではあるが、
《そうとも言えませんよ。》
突然どこからともなく現れたニャオが、珍しく鹿取社長に加勢した。
《実は、既に月側の興行各社から催事の打診がありまして。》
『マジで!?』
《なにぶんまだ戦時下ですので回答は保留してありますが、月側は既に終戦を見込んでいるようです。》
どのような状況下でも商魂たくましい人々はどこにでもいるものだ。
しかも月側初の地球側アーティストによる本格ライブともなれば、どれほどの儲けを産むかは計り知れない。
《あと…お気づきになられましたか? この映像。》
言われて皆は再びテレビ画面に注目。
相も変わらず月側の大暴動の様子が中継され続けているが…
「…あ。そーいえば月の都って、今までナマで映ったことって無いよね!?」
そう。現在の共産国家もだいたいそうだが、ああいった手合いの国々は現状が外部に漏れることを極端に嫌い、ごく一部の区画を除いて映像公開などまずさせない。
だから海外の庶民が知るのは資料映像に映った有名どころや、隠し撮られた辺境の街並みばかりになるのだ。
しかし今現在の映像にあるのは、一見すると地球同様な街並みが広がりつつも、どこかレトロチックな目抜き通りの光景だった。おそらく開拓時代の建造物がそのまま残っているのだろう。
空を見れば、これまた地球同然の青空が広がりつつも、大気が薄いためかどこか薄暗く、よく見ると星々が透けて見えている。
《…つまり、それだけ現政権を担う軍部の影響力が薄らいでいる証拠です。》
「そもそも自国の恥を晒すようなニュースを、軍が許可する訳ないものね。マスコミが勝手放題やらかしてても歯止めが効かなくなってるのよ♩」
ニャオの分析を鹿取社長がフォロー。
なるほど、軍部の力が弱まればもう戦争どころではない。
争いを望む民間人などいる訳がないから、必然的に終戦が近づく…という寸法だ。
「まァ〜その前に戦後保証だの賠償金だのと頭の痛い問題が山積みだろうがねェイ?
とりあえず…この戦争の『首謀者』を捕らえないことには、終わるモノも終わらないねェイ。」
…という百地署長の読み通り、数時間後には首謀者である『月面守備隊』の司令官・兼・月の民臨戦政府代表が拘束されたとの報道が流れた。
「私はハメられたんだァーッ!」
などと大人げなく喚き散らしていたが、最高権力者を誰がハメるというのか?
ハイハイ皆さんそうおっしゃいます。オツムの塩梅はいかがですか?…と誰も真剣に取り上げなかった。
即時に民間人から選出された暫定政府は、地球側に公式に謝意を表明。
こうして地球vs月の星間戦争は約一年で終結。
思い返せばわずかな期間に著しい損害と夥しい犠牲者を記録し、後に『一年戦争』と呼ばれる歴史的な戦いとなったのである。
◇
『VIVA☆戦争終結!!』
そして瞬く間に戦後の世の中へ。
地球はどこもかしこもお祭りムードに溢れ、昨日までの激戦が嘘のような賑わいを見せていた。
さらに月側は誰も望まなかった軍部による抑圧が終わったのだから尚更だろう。
「…んで結局、どっちが勝ってどっちが負けたんだ?」
「そりゃやっぱ地球側の勝ちじゃね? 月側が詫び入れてきたし、今はあーんなコトになってんだしよ」
騒動の発端となった『月面守備隊』は解体され、幹部は全員処罰された。
新たに政府と民間の共同体による自警組織が発足予定だが、軍隊アレルギーを訴える者が相当数なことから慎重に時期を見定めて…となりそうだ。
「でも賠償金は求めないことになったんだろ?」
「ああ、名目上は休戦扱いだからな。
月側の懐事情がかなり厳しいから、勝者は不在ってことにしてやったらしいぜ」
最も重要な戦後保証についてだが…。
暫定政府が公開した月側の財政状況は地球側の試算よりかなり少なく、先の災害復興もろくに進んでいないのに、これではろくな賠償は望めまい…とのことで、事実上ロハとなった。
だがそれは獣人達が底抜けのお人好し…などという訳では勿論なく。
引き換えに、地球と月の往来を自由化し、様々な業者が両星で商売できるように取り計らうこととなった。
無いところから無理やり取り立ててもますます支払いが滞るだけ。それよりは互いの得意分野を活かして商売に精を出した方が見返りも大きかろう…という腹積もりな訳だ。
問題は『鳥かご墜とし』により、往来手段の大半が失われたことだが…民間参入により今まで以上の技術発展が見込まれることから、比較的早期に復旧可能だろう。
「捕虜交換とかってどうなるんだ?」
「居るのか、そんなモン? 今頃みんなブッ殺されちまってんじゃねーか…?」
「とにかく酷い戦いだったからな…」
しかし良いことずくめという訳にも行かず、
たとえば双方の捕虜の引き渡しについては現状未定となっている。
非人道的行為が横行した今回の戦いにおいては、身体的・精神的にかなりの痛手を被った兵士が多く、それらの存在を公にするのは互いに憚られるからだ。
いずれ国交が復活すれば希望者は故郷に帰ることも許されるだろうが、それまでは長期療養中という名目で相手の星に住まわせておく。
そうすればやがて己の生活環境に愛着が湧いて、文句も出なくなるだろう…と。
それでも不平不満を口にする輩には、肉体言語で是が非でも理解していただく…完璧に理解できるまで。
「どーでもいいだろ、この際」
「せっかく穏便に解決できたのに、わざわざ余計な波風を立てたくはないもんな」
「人はいっぱい死んだけどな♩」
「違いねぇ♩」
戦争が終わった途端…人間なんて所詮こんなモンである。
だが何も学んでいない訳ではない。
環境が酷くなればなるほど自我崩壊抑制フィルターが働き、現実をまともに直視できなくなるからだ。
人類の歴史は争いの歴史。辛く長い経験から「気にしない」ことを学び取った。
他人事にばかりかまけるから精神を病む。
自分さえ平気なら、まだ生きていける。
ある意味ではこの上なく正常な進化なのだ。
《〜♩》
近頃、街を歩けば必ずといって良いほどこの曲が聴こえてくる。
「おっ、『ポリポリ』か?」
「よく聴くよな〜最近♩」
「たしかにイイ曲だよな…♩」
『ポリポリ』が最前線ライブで唄った名曲『あなたの声を聞かせて』だ。
彼女達だけではなく『SMブラザーズ』や『タレナイン』も、戦争を終結へと導いた英雄的アーティストとして大人気になった。
さらに長年に渡る楽曲規制がこのほど完全撤廃された月の都では、人間なら誰しもが抱える苦悩を的確に表現した名曲揃いとして、この三グループをはじめとした地球製ソングが大ヒット爆進中だという。
鹿取社長も印税ガッポガッポでさぞかし笑いが止まるまい。
《〜〜♩》
と、ここでまた別の曲に切り替わった。
『……。』
道行く人が思わず足を止めて聴き入っている。
誰も聴いたことがないはずなのに、どこか懐かしくて心に沁み入る…そんな不思議な歌だ。
「コレって…月の歌なんだろ?」
「あぁ。唄ってるのも月の民らしいぜ。
なんて名前だっけな…そう、『かぐや』!」
月ではありふれた単なる労働唱歌も、彼女が唄えば神の調べとなる。
星間ライブ以来、歌に興味を持ったらしいかぐやが唯一知っている曲を口ずさんでいたのをたまたま聴いて、鹿取社長も度肝を抜かれた。
「…ものすごく綺麗な声だな…」
「見た目もスンゴイ美人だぜ。天は二物を与えずっての、ありゃ大嘘だよな〜」
普段はまだ辿々(たどたど)しい喋り方の彼女からこんなにも美しい歌声が飛び出すなど、誰もが予想外だった。
さらには彼女の美麗な素顔とともに、あの星間ライブで巨大船『じおぽりす丸』を操船していたことも明かされるや大反響となり、早くも熱烈なファンを獲得しつつある。
月側からも両星友好の架け橋として期待されているという。
なお、その素性が『支配種』であることはいまだ非公開だが、状況が落ち着いた頃に打ち明けられれば、また大きな話題となることだろう。
月側では彼女達の境遇はまだ微妙らしいが、そうした現状の改善にも一役買うかもしれない。
「ところで…噂の『バレットクイーン』はどうなったんだ?」
「知らんがな。えらく気まぐれらしいしな」
噂の…とは言うまでもなく、靖利のことだ。
星間ライブの最中、月側が解き放った『鳥かご』を一直線に貫いた時の彼女の姿が、まるで弾丸のように見えたことから、また妙なニックネームが増えてしまった。
あれ以来おおっぴらにあちこち出没するようになり、実害もないことからもう誰も警戒していないようだが…。
◇
「んで、次はいつライブやんの?」
「まだ未定だってば。てゆーかまた来たの?」
当たり前のようにフラリと御丹摩署に顔を出した靖利を、留未達はすっかり辟易した様子で軽くあしらう。
それくらいここ最近は頻繁に姿を見せるようになったのだ。
元々は仲間なんだから入り浸られても文句は言えないが、もう刑官ではない奴が何もしないでブラブラしてるだけなので…ぶっちゃけムカツク。
「…なに怒ってんだ?」
能天気ヒロインには解らないようだが、そりゃ怒るだろタイトル詐欺だぞ、もう。
それよりも、留未が一番腹立たしいのは…
「…あん時のあたしの涙を返せ。」
今生の別れすら覚悟したのに、こうも気安くホイホイ帰って来られるとズッコケもいいところだ。
おまけに、
「ハノンちゃん、おひさー♩」
《お久しぶりです、葉潤オジサマ。》
コレだ。鼻の下を伸ばしっぱなしで気さくすぎる挨拶をかます葉潤にも、律儀かつ丁寧にお辞儀し返す美少女AIのハノン。
留未も自分でもそこそこイケてると思ってたのに、それを遥かに凌駕する『美少女』も、それにデレデレするカレシ(と留未は勝手に思っている)も、そんなカレシに媚びへつらう(ように留未には見えてる)ハノンも…
「あ゛〜っ何もかもが気に入らないっ!
てゆーか何なの、コイツらが着てる懐かしのレースクイーンみたいなピッチリムチムチハイレグコスは! 恥ずかしくないんかいっ!?」
「途中から盛大に本音ダダ漏れよん♩」
と指摘しながら颯爽とデカ部屋に現れたのは、次元転送なぞ用いなくても常に神出鬼没な鹿取社長。
「それはそうとハノンたん、あーたもアイドルやってみない?」
『正気かアンタ!?』
相も変わらずな唐突すぎるスカウトに、靖利と留未のツッコミが見事にハモった。
「靖利ちゃんはともかく、この子はあたし達の敵ですよ!?」
「いーじゃんカワイイし♩ カワイイは正義☆ 敵でも味方!!」
よく解らんがよく解る社長の価値基準に、留未は二の句が継げない。
「や、でもコイツ、父ちゃんの船のAIだぞ?」
《そうですね。色々難しいのでは?》
靖利の指摘にニャオも便乗した。
AIならニャオも日常的なあらゆる仕事をこなしながらアイドル活動まで引き受けている。
だがそれは街中のいたる所にある端末を利用して分散処理を行なっているからこそ可能なのだ。
対するハノンの本体は、次元の狭間にいる潜航艦だ。そこからこちらの世界にどうやってアクセスしているのかさえ不明なのに…
《いえ、できますよ。》
なんと、反論したのはハノン本人。
同じAIであるニャオを真っ直ぐに見つめ、
《後輩に遅れを取ることはありません。》
特に怒っている様子もないが、どうやら明らかにニャオを意識しているらしい。
しかも『後輩』という表現。ニャオの分析通り、ハノンは自身が後のニャオ型AIの元祖であると…
つまり、鮫洲の正体がその製作者である天才プログラマー・波音ヨルヒトだと認めたも同然だった。
《…どうやって?》
《そのご質問は守秘義務に抵触しますので。》
《チッ。》
すげなく回答をかわしたハノンに、ニャオは大人げなく舌打ちで返す。
わざわざホログラムで仕草まで再現してみせるところからみて、こちらも対抗意識バリバリなご様子。
「じゃ決まり♩ ほらほら二人とも、もう仲間なんだから仲良くね?」
てな訳で、ハノンの参加までもがホイホイ決定したことに社長がホクホクしていたところへ、
「面白いコトになってるじゃないか?」
と、忽然とその場に現れたのは、キザな革ジャケットに身を包んだサングラス姿の男。
一見場末のマジシャン風だが、もちろん誰もゲストなんか呼んでない…?
「あ、父ちゃん♩」
『…鮫洲ッ!?』
◇
歓迎ムードの靖利以外は満場一致で色めき立つ。
敵の親玉・鮫洲幹人本人がわざわざ御降臨めされたのだから無理もない。
あまりにも自然に沸いて出たものだから、一瞬誰も彼だと気づかなかった。
そして気づいたら気づいたで、あまりの圧の高さに誰一人手が出せない。見たところ武装もせず生身で突っ立っているだけにもかかわらず。
「まずは終戦おめでとう。キミ達地球側の勝ち…ってことでいいのかな?」
何をいけしゃあしゃあと。どうせお前が仕組んだんだろ?…と言いたいのは山々だし、実際その通りなのだが、こちら側は確たる証拠を持たない。
「そう怖い顔をしないでくれよ。
どうやらキミ達は僕を敵視してるようだけど、僕には元からそんなつもりは無いんだし。
敵対するほどの相手でもないってゆーかね、ハハッ♩」
見た目は爽やかイケメンなのに、喋らせるとナチュラルに相手を苛立たせる天才・鮫洲。
己のカリスマをすべて娘に与えてしまったかのような、惚れ惚れするほどの下衆っぷりだ。
「父ちゃんカックイー☆ オトナの余裕ってヤツだな♩」
一方の愛娘は、溢れるカリスマと引き換えに脳みそを耳の穴から全部垂れ流してしまったかのような残念すぎる知能ぶりだし。
てか話がややこしくなるから黙ってなさい。
「あーそれとハノン、アイドルデビューおめでとう」
《ありがとうございます。》
「でもそーゆーのは一応相談して欲しいかな。曲がりなりにも親子なんだし」
《…申し訳ございません。》
なんだかな〜? ハノンは二重の意味で明らかに鮫洲の娘だというのに、靖利とは扱いが雲泥の差のよーな…?
第一、その論法でいくと靖利はハノンの『妹』ってことになるのに、なんでか『お嬢様』呼ばわりさせてるし…?
「…いったい何しに来たのかねェイ、チミは?」
突然の来訪にもかかわらずチンタラやってる鮫洲に痺れを切らした百地署長が問えば、
「あーいや何、ひとつ忠告をね。」
「『忠告』ゥ?」
すると鮫洲は若干改まった口調になり、
「もうじき、先日までの戦争なんて目じゃないほどの強敵がキミらを潰しにやって来るから、それまで精々つかの間の平和を堪能して貰おうかなって♩」
『……は?』
『強敵』?…『敵』と言ったか今!?
まるで他人事だが…ということは、鮫洲は宿敵ではなかった…!?
「だから、さっきからそう言ってるのに。
でも、あの戦争を切り抜けられたキミ達なら、なんとかなるでしょ?
そのために鍛え上げてあげたんだしさ♩」
『はぁ。……はぁ!?』
ここへ来て驚愕すべき新事実!
鮫洲がちょいちょいチョッカイを掛けてきたのは、行く行く未知なる敵と対峙するであろう皆の強化を促進するためだった…!?
ロボットアニメじゃ稀に見かけるオチだけど…『ダイターン3』とか『マイトガイン』とか『ダンクーガノヴァ』とか…えっ前二作は違う?同じ同じ♩…よもやこんな所で!?
《嘘は申しておりません。アナタなら判りますよね?》
説得力を持たせるために、ハノンはあえてニャオを指名。
指された方も素直に頷いて、
《事実です。嘘偽りを騙っている様子はありませんし…
鰐口元巡査ばかりを集中的に狙っていた理由もこれで腑に落ちます。》
つまりは父親から愛娘への愛の鞭ってことで…キモッ♩
「父ちゃん…☆」
「ときめきどころオカシくない!?」
キラキラお目々で鮫洲を見つめる靖利にツッコむ留未だが、この父娘をマトモに相手にするとこっちの精神まで病むからやめとけ。
つーかフツーの父娘は鞭を振り振りチーパッパなんてしません!
「靖利が刑官なんかになってしまったときにはどうしたものかと思ったけど、結果的に鍛錬の成果はそこそこ出ているみたいだしね。
そこいら辺はキミ達には感謝してるんだよ、これでも?」
主にお前が放った刺客のおかげでな。
「でももう充分に食べ頃だろうし、規則だの管轄だのでがんじがらめにされてるようじゃ〜本来の能力が発揮できないからね」
言い方はちょいアレだが、要は収穫時期を見計らって娘の身柄を引き受けに来た…という訳か。
そして刑官として十二分に成長しきった靖利は、今では名実ともに世界的な英雄となった。
『最強生物をこの手で創り出す』という鮫洲の野望は当初から変わらないまま、着実に成果を上げているようだ。
「…だとしても、払った犠牲が多すぎるんじゃないカイ? 地球の人口だけでも何割減ったと思っとるんだねェイ?」
憎々しげに問い詰める百地署長に、しかし鮫洲は平然と、
「そんなの放っとけばすぐに増えるけど、世界そのものが滅んじゃったらそれっきりだよ?」
「…あたし、貴方のことがますます嫌いになったし、全然納得いかないけど…いったい何が来るっていうんですか?」
皆の心情を代弁するように留未が鮫洲を睨みつけるが、彼はやはり動じずに、
「…ああ、ちょうど向こうのほうから来たみたいだよ。予想より早かったね」
『ッ!?』
鮫洲だけでもぢゅーぶん厄介なのに、この上さらにややこしい奴が来るというのか…?
…ドスンッ…ドスンッ…
…確かに、耳を澄ませばデカ部屋の外…廊下の向こうから近づいてくる、重量感ある足音が…。
世界を滅亡の危機に追いやる輩は…徒歩でやって来るのくわっ!?
ドスンッ…ガチャッ。
やがて部屋の前で立ち止まった足音は無造作にドアノブを捻り始めた。
世界滅亡はドアからやって来るというのくわぁ〜っ!?
ギィイィ〜〜〜ッ…
皆が固唾を呑んで見守るなか、老朽化で建て付けが悪くなったドアは耳障りな軋みとともに開き…その向こうから毛むくじゃらの身体が…ッ!?
「…ぅをっ!? 何だよ、みんなして…?」
入室するなり、皆の大注目を浴びてたじろいだのは…おなじみ、クマちゃんでした〜♩
「オッサン、おひさ〜♩」
「なんだ、また来てたのか?…いい加減マトモな服着てこいよ」
靖利とフランクな挨拶を交わした熊田は、彼女の服装に極力視線が行かないよう遠慮がちに室内を見回して…
「ちょうど揃ってたな。メガネとロボ子、お前らに客だ」
珍しくニャオとボン子に声を掛けた。しかも来客だと。
《私に…ですか?》「ほぇ〜?」
千年近くも名指しで客があった試しなど無い両者は、揃って呆けている。
「あぁ、見覚えのない奴が署内をうろついてたから、不審者かと思ったらよ。お前らの知り合いだっつーから連れてきたんだが…。
知らねーって言ってるぜ?」
いまだ廊下に待機中の相手にメンチ切りつつ指をベキボキ鳴らす熊田に、
「ちょ待っ、マジで知り合いだって! 見境なく威嚇すんなよクマ公!」
焦ってる割にはなおさら挑発してみせる相手の声色を聞いた瞬間、
『……!』
ニャオとボン子の目の色が揃って変わった。どうやら本当に知り合いだったらしい。
「ったくよぉ。しばらく見ない内にえらく物騒になったもんだな、この星も…」
などとブータレながら部屋に足を踏み入れたのは、普段着のようなラフな格好の、何の変哲もない極々フツーな学生風の男。
…いや、フツーという割には目つきがカタギとは思えないほど鋭いが、それを押して余りあるほどの甘いマスクで巧く中和している。
その顔を見た途端、
『…お父様っ☆』
ニャオとボン子が笑顔で飛び付いた!
ボン子はともかく、ニャオの無警戒な笑顔なんてレアにも程がある。
レアなのはそれだけではなく、直前まで椅子に踏ん反り返っていた百地署長までもが、
「艦長ッ!? ご無沙汰しとりましタァッ!」
と席を蹴って起立し、敬礼ポーズをキメる始末。普段が普段なだけに小物感パねぇ〜。
「おぅライオン丸、すっかり立派になっちまったな。見違えたぜ!」
男は気さくに百地をからかい、懐かしそうに握手を求める。
千年前から生きている三人組が満場一致で認めたからには、間違いなく彼は…
「そっ。『不死人』七尾ななおだよ♩」
あ、鮫洲が先に種明かししちまった。今日の奴はオイシイところをことごとく掻っ攫っていく。
◇
「いやぁ…僕には茶すら出さなかったのに、彼だとコーヒーが出てくるんだね?」
「やかましイッ、ついでに出してやっただけありがたいと思いたまェイ!
ささっ艦長、粗茶ですガ♩」
「だからコレ、コーヒー…」
てな訳で、場所を所長室に移して仕切り直し。
とはいえデカ部屋にいた他の連中も全部詰めかけているから、かなり手狭になっているが。
「…まさか…こんなトッポい兄ちゃんがラスボスだなんて…!?」
驚愕のあまり鹿角をわななかせる鹿取社長に、
「誰がラスボスだ鹿女、へし折った頭の角でケツの穴ほじくり返したろかい!?」
と態度を急変させたななおは、愉快げにニヤケる鮫洲を「オメーの仕業だろ?」とばかりに睨みつける。
相手が誰だろうと容赦無しな悪態および変態ぶりに、
「…ステキ☆」
やはり社長の性癖もたいがいオカシかった。
てことは、さっきのは鮫洲流のジョークだったのか? 常にニヤケてるから本心がまるで読めないんだよ…。
「ん〜でも、やっぱラスボスっぽくない? この人の異常さは半端ないよ」
「ん? おぉセブン久しぶりだな! ちゃんと此処の連中に拾ってもらえたようだな♩」
久しぶりというにはずいぶん月日が経っているようだが、不死身だと時間感覚も鈍るのだろうか?
ともかくセブンはやはりななおが送り込んだらしかった。
「本当はもっと早く顔出す予定だったんだがな。色々あってなかなか進まなかったから、代わりにコイツを先に送っといたんだよ。
どうよ、コイツは役に立ってるか?」
うーん、どうだろう?…と皆は微妙な顔に。
たしかにセブンは、あの宇宙甲虫を一撃で葬り去ったりと比類なき強さを誇りはするものの…靖利の大活躍の陰に埋もれがちで、いまいちパッとしない存在ではある。
「むぅ…ま、これからだな。俺のクローンをベースにあれこれ盛り込んだ自慢の息子だからよ♩」
え…セブンが…ななおの息子!?
ニャオやボン子はもちろん、
「え゛…聞いてないけど!?」
と、セブン本人も超〜ビビってる。
「ありゃ、言ってなかったっけか?」
「てゆーか、何も聞かされないままこっちの世界に飛ばされたんだよ!?」
「…まあいいや。コイツは俺以上に強ぇからよ、きっと重宝するぜ♩」
いいわきゃないだろ。どうやらかなりチャランポランな性格らしい。
《道理で何か…初めて出会ったときから妙な親近感が…》
嘘こけ。ニャオお前、セブンが出現するなり即刻抹殺を命じてただろ!?(第一話参照)
「お姉さまって呼んでくれてもいいんですよぉ〜♩」
一方のボン子は最初からセブンに何かと世話を焼いていたが、超絶年下の弟と判ってなおさら親しみが湧いたようだ。
今後はますます姉バカで猫可愛がりされることだろうが…その前に。
「ちょっと待て。アンタってさ…」
興味本位で問いかけた靖利を見るなり、ななおは目をまん丸に見開き、
「ををうっ、なんてこった…獣人にもこんなにセクシーなお姉タマがいたのくわぁ〜っ!?」
不死身だろうと何だろうと、女性に興味が失せることはないようである…が。
「あ、ソレ僕の娘♩」
鮫洲が自慢げに告げるなり、ななおはこの世の終わりのような顔色に豹変し、
「ってことは…彼女が噂に名高い『バレットクイーン』なのか? 宇宙船を一撃で轟沈させちゃう戦闘力の…?
しかもオメーの娘かよ。チキショウッ、もう獣人なんか信じねぇぞ…っ!」
どうやら美人でも攻撃力が高すぎるヒロインにはトラウマがあるらしい。詳細は前作『へぼでく。』をご参照あれ。
「???…まいっか、自己紹介の手間が省けたみてーだし。
アンタと父ちゃん、ずいぶん親しげだけど…知り合いなのか?」
そういえば靖利は知らなかったのか。かつてななおと鮫洲、そして百地署長が同じ宇宙探索船に乗っていたことを。
「ああ。知り合いも何も、コイツを救い上げたのは俺だしな」
『…はぁ!?』
ななおの予想外な回答に、全員お口あんぐり。
「か…艦長ォ!? 初耳ですヨ、どーゆーことですクワッ!?」
さすがの百地もそこいら辺の裏事情は知らなかったらしい。
ななおは鮫洲に「…どうする?」と目配せするが、鮫洲はさほど気にする様子もなく「どうぞご自由に」と両手を広げてみせる。
「…まーあんまし他人に言うべき事じゃなかったからな。
ホラ、前に波音首相ってのがいたろ?」
千年以上前の偉人を、ついこないだの近所のダチみたく言うななお。
「ソレの第一夫人がニャオの婆さんに当たるんだけどよ。アレ、元々は『ディーヴァ』に遺伝子ちょこまか弄られただけの、タダのイイトコのお嬢さんだったんだ」
旧姓・福海鳥は、台湾国籍の巨大企業グループ総帥の一人娘だった。
後に本人の承諾を得て『ディーヴァ』と意識を統合し、史上初の生体AIとなるが…
その統合処理を担当したのが首相直属の特務研究機関『ゴタンマ』…つまりは七尾ななおの企業だった。
「で、そん時になんか大量のデータが余っちまってよ。『ディーヴァ』自身も知らないっつーから、スパムか?って話になってな」
人間にも時々、いつ頃のなんの記憶か解らないが不意に思い出すことがあるように、AIでも処理不能な余剰データというものは存在する。
しかしそれは理路整然と作業を進めるAIにすれば微々たるもので、万一作業の妨げになるようならデリートなりデフラグなりすれば済む話…だったのだが。
「でもスパムにしちゃデカくね?ってんで、色々調べていくうちに…どうやらコレ、人間丸々一人分の生体データだぞって判ったんだよ」
言うまでもなく、それが鮫洲だった。
とはいえ意識はなく、まさに人間をそのまま数値に置き換えたデータの塊に過ぎなかったのだが。
《…それで理解できました。》
ニャオはそれだけ言って後は口を噤んでしまったので、他の者には「???」だったが、百地には彼女の言うべきことがよく解った。
つまり鮫洲…いや波音ヨルヒトは生前『ディーヴァ』に生まれ変わりを勧められた折、念のため自らのバックアップデータを『ディーヴァ』自身も手が届かない記憶領域の最深部に保存しておいたのだ。
さもなくば、あの慎重なヨルヒトがそう易々と他人の忠告を受け入れるはずがない。
そして『ディーヴァ』の思惑通り、ヨルヒトはこの世から永久に消滅した。
しかしやがて、ヨルヒト"だったモノ"はまったくの別人として、再びこの世に生まれ落ちるように仕組まれていたのだ…!
「んで、試しにそこいら辺の余った身体にそのデータを入れてみたら、奇跡的に復活したって次第さ♩」
余った身体…要は『死体』か。
「なーるほどォ、私が見たときの鮫洲はその『死体』だった訳だねェイ? 道理で陰気な顔をしてた訳だァ…」
「ご挨拶だねぇ。まぁ既に一度死んでる身体だから、多少荒っぽく扱っても差し支えなくて気に入ってたんだけど…やっぱり痛みが酷くてね」
百地やニャオの推察通り、どうやら鮫洲は定期的に新しい身体にすげ替えることで今日まで生き長らえてきたらしい。
『不死人』ななおとの一番の違いは、別段無敵ではないので死んだらそれっきり…という所か。
「当たり前だけど、生体情報には名前とかのパーソナルデータや記憶は残んねーから、生前のコトは何も覚えてなかったけどよ」
ニャオに素性を知られても平然としていた理由がコレか。
開き直っていたのではなく、まるで記憶にない…いやむしろ、生体データが同じというだけの赤の他人だから知ったこっちゃなかった訳だ。
「けど、コイツはなかなかの掘り出しもんだったぜ。短時間でニャオに匹敵する完成度のAIシステムを一から創り上げちまうしよ!」
そりゃ〜そのニャオシステムの制作者ご本人なんだから当然っちゃあ当然だが。
しかし生前の記憶が一切無いのに、AIインターフェースにかつての自分の娘そっくりのハノンを採用したのは…?
《それは私自身がマスターの嗜好を分析した結果です。なるべく円滑なコンタクトを心掛けたかったもので。》
ハノンがすかさず解説。なるほどOK。
愛娘の靖利でさえも基本的には放任主義の鮫洲が、ハノンにはあれこれ口うるさいのも、あるいは自作への愛着故なのかもしれない。
「あとは一番重要なのが、コイツの『野望』への執念が半端なかったことだな」
鮫洲の野望は昔から一貫していた。
すなわち『己の手で史上最強の生物を産み出す』こと。
たとえ死しても、自身に課したこの命題だけは捨てきれなかったらしい。
「それは、いずれ滅ぶこの世界をなんとかしたいという俺の目的とも一致していたからな。
実際に世の中を動かすのは、いつの時代も、コイツみたいに異常とも思えるほどの執着心がある奴だけだ。
…やり方の善悪は別として、な」
世界を変えようと思えば、大切なのは薄っぺらな正義感や、いずれ醒める夢や情熱、はたまたすぐに捻じ曲がる信念などではない。
鮫洲のように、どんな手を用いてでも目標に近づこうとするアグレッシブな姿勢こそが重要なのかもしれない。
だが、それは得てして常人の理解を逸脱した行為に陥りがちだ。
しかしななおは鮫洲のやり方にはあえて口を出さない。彼のようなタイプは、その手法を無理に矯正してしまっては満足な結果を得られないことを熟知しているからだろう。
つまり、この二人は一見まるで違うように思えて、驚くほど共通点が多いのだ。
そして『不死人』ななおのような変人でもない限りは、鮫洲を正しく理解し評価することは不可能なのだろうか…?
◇
「艦長が鮫洲を高く評価してるのは解りましたがねェイ。
実際問題、彼のせいで我々はつい先日までドンパチやってた訳なんですがねェイ?」
百地が言うように、鮫洲がかつての月の民をそそのかして宇宙甲虫の遺伝子を取り込ませることさえ無ければ、彼らの生態系がここまで大きく歪むことも、獣人を見くびって攻め込んでくることもなかったのでは…?
「弁解する訳じゃないけど、千年前も今と同じ状況だったんだよ。それをなんとか回避する方向に持ってったんだから、感謝して欲しいね」
弁解どころか感謝を要求するずーずーしい鮫洲ではあるが…
当時の月はテラフォーミングには成功したものの、一向に治まらない住民の異常死、故に一向に進まない月面開発、そして一縷の望みを託した新天地探索も一向に吉報が得られず…と、一向に如何ともし難い状況だった。
元々、獣人化してまで地球に住み続けることに反対した者が月に移住した訳だからして、ままならない苛立ちを地球にぶつけたい気持ちも解らなくはないが。
「そこで僕が進言したんだよ。いっそ住民達を身体強化すれば環境に適応できて愛着も湧くだろうし、戦争なんかでムダな死に目を見ずに済むんじゃない?…ってね♩」
やはり、月の民が宇宙甲虫化した背景には鮫洲の暗躍があったのか。
…てゆーか、それから月の民の進化が熟すのを千年間待ってやった後で、まんまと焚き付けて地球に攻め込ませたのも鮫洲の仕業だし。
本当に何がしたいんだろうかコイツは?
「そこが解せんのだヨ。なんでキミごときが月面社会でそこまでの権限を得られたのかねェイ?」
などといまだに鮫洲への嫌悪感を顕にする百地に、ななおはポリッと頭を掻いて、
「あ、ソレたぶん俺のせいだわ。てへっ♩」
「…またアンタの仕業ですかァイ?」
信じ難いモノを見る目を向ける百地に、ななおはさすがに申し訳なさげな様子で、
「いやぁ、コイツの技術と知識は何かしら役に立つだろうと思って俺の探索船に乗せたんだけどよ…案の定、すぐにお前達と険悪な仲になっちまっただろ?」
保健医の肩書きで乗船した鮫洲は、探索先で捕獲した危険生物を独断で船内に持ち込み犠牲者を出すなど度々トラブルを起こしたため、最終的には追放処分となり、月面へと連行された。
「ずっと住んでもらわにゃならん船内がギクシャクすんのは避けたかったし、ああでもしないとお前らは納得しなかっただろ?
けど、コイツを雇ったのは俺だしな。
そこで本人承諾の上、実際には月の都の技術顧問として受け入れるって条件で船から降りてもらったんよ」
「僕としては研究さえ出来れば場所は問わなかったし、せっかく現場に出向いても獲物を連れて帰れないんじゃ〜しょうがないからね。
あ、ちなみにそん時の月の代表は彼の娘さんだったから、二つ返事で受け入れて貰えたよ」
何ソレどこの北の独裁国家!?
結局、ななおと鮫洲の二人掛かりであちこち引っ掻き回しとるんじゃないかァーィッ!
「そしたらまぁ…そこでも盛大にやらかしてくれちまってよぉ」
「それで戦争どころじゃなくなったんだから、結果オーライじゃないか♩」
月の民の遺伝子を改造すべく宇宙甲虫を召喚した際、暴れ回る虫どもに散々手を焼いて、かなりの犠牲者が出たんだっけな。
そりゃ確かに地球にケンカ売ってる場合じゃないわ。
「ハァ…ま、コイツはずっとこんな調子だからな。こりゃもぉ俺が直接面倒見てやるしかないわってコトになって、艦長はライオン丸に譲って俺も降りたんだよ」
いま明かされる百地艦長就任の舞台裏!
そうなるだけの人望と実力があったことは間違いないが、その陰に鮫洲の度重なるやらかしがあったと知って、百地自身も複雑な顔色を浮かべている。
「それからずいぶんご無沙汰でしたがネ…いったいアンタ方は今まで何処で何をやってらしたんですかねェイ?」
「まずは次元超越技術の開発が急務だったね」
「ああ。実はセブンの前にも何人か強化しようとしたんだけどよ。必ずイイトコで原因不明の邪魔が入って失敗するんだよ…」
「…失敗だと?」
鮫洲とななおのやり取りを聞いて、靖利の目が吊り上がった。
「コレがセブンってことは、他にあと六人居たってこたろ? そいつらはどうなったんだよ?」
「…死んだよ。」
「あ゛あ゛っ!?」
瞬間湯沸かし器のような靖利の怒りが爆発する寸前で、
「靖利、少し落ち着こうか?」
鮫洲が助け船を出した。
「クローン体は人工子宮…羊水で満たされた容器内で培養される。
そこから生まれ出ることによって初めて一人の人間と見做されるが、それ以前に死亡した場合は死産と同じ扱いになる。
つまり便宜上、彼らはこの世には存在しなかったことになるんだ」
「ぅむ?…う…うん…?」
あえて紛らわしい言い方で煙に巻いたようだが、理解が追いつかなかった靖利の溜飲は「父ちゃんがそう言うなら…」と急降下した。
現実世界ではクローン生成は倫理的なアレやコレやで現在もなお喧々囂々(けんけんごうごう)な議論がなされているが、本作品内ではとっくに確立された技術であり、それ自体が非難されるものではない。
そもそも月の民がソレで増殖しているのだから、何を今さらだ。
◇
「…話を戻すよ?
失敗するときってのは決まって『生物としてのカテゴリーを大きく逸脱』した場合なんだ。
不老不死にしようとしたり、際限なく身体を再生できるようにしたり…ね」
という鮫洲の解説に、
「それが実現できてるのは、今のところ俺だけだしな」
とななおが応じれば、
《全身をナノマシンに置換することに成功したのも私だけですね》
とニャオも補足した。
「そうした唯一無二なユニークスキルは存在を許されるのに、量産を目指した途端に頓挫する…。
僕らはコレを『創造主の干渉』と判断した。
どうやら彼らは、この世界の生命体が自分達の思惑以上の発達を遂げることを好ましく思わないらしい」
逆に考えれば、創造主も我々人類と大差ない身体機能を所有しており、それを超えることは許さないのでは…とも思えるが。
「ともかく、あんまし極端なコトばっかやってて創造主に目ェ付けられたらヤベェからな」
「で、色々考えた結果、創造主の想定外の場所にいる限りは感知されることも横槍を入れられることも無いだろう…ってね」
出る杭は打たれ、ほつれた糸くずはちょん切られるのが世の常である。
それを回避するべく、二人は共同で異次元に居場所を確保する研究を始めた。
「基礎技術は会得できたものの、これがまた途方もないパワーと資材、そしてそれを確保するための大金が必要でな。
んで、資金繰りをコイツに任せといたら…コンニャロ、新興宗教で荒稼ぎしやがっただろ?
さすがにそりゃダメだろお前ってんで、そこで喧嘩別れしちまったんだよ」
よーやくかい。よくもそれまで辛抱強く付き合い続けたものだ。
そして葉潤が長年追い続けていた宗教団体がまさにソレだった。当初は教会の神父だった彼は、事件追及のため自ら志願して刑官になったのだが…。
ここまで来ればもう、御丹摩署メンバーの集結は運命的だったとしか考えられない。
「それから俺の方は独自に研究を重ねて…
なんとか使い物になる方法を編み出したのは、本当につい最近なんだぜ?」
ひとまず異次元空間内に本拠地を構えたななおは、自身のクローンを応用した『最強生物』の創造に力を入れた。
そうして産み出されたのがセブンだった。
「本当は俺みたいな不死能力を付与できりゃベストだったんだが、どうやっても再現できねぇ。
ならば…と発想を変えて、なるだけ多くの魂リソースを持たせてやったんだよ。
これなら一度や二度殺られたってビクともしねーだろ?」
《…そのおかげで、こちらではリソース異常が発生して大変だったのですが?》
通常は生命体一体につき一個しか割り当てられない魂数を大幅に超過したセブンが顕現した結果、リソース異常を感知した世界システムが警告を発し、原因是正…すなわち『異物』であるセブンを除去するために宇宙甲虫が呼び寄せられた。
御丹摩署の面々が総がかりでかろうじて退治できたが、失敗して市街地にでも逃げ込まれようものなら月の都の二の舞になっていたところだった。(第一話〜第二話参照)
「ぇ゛あ゛。」
ニャオのツッコミにななおは顔を歪ませた。
最強個体の開発に躍起になるあまり、どうやらその辺は本気で失念していたらしい。
「ま、まぁ結果的にはセブンをこっちの世界に送り込めたから良かったってことで♩」
「ちっとも良くありませんよぉ〜。何の説明もなしにイキナリ寄越しちゃったから、この子は何者なのかって一悶着あったんですよぉ〜?
…スッポンポンでしたしぃ〜♩」
何故だかちょっと嬉しそうなボン子。
「うぅっ…しょーがねぇだろ!? まだ次元超越システムが未完成だったから、コイツを次元の隙間に放り込むだけで手一杯で、余計なモンまでくっつけられなかったんだよっ!
下手に暴れられたらこっちまでヤバかったから、誕生直後で寝てる間にコッソリやるしかなかったしっ!」
今度はボン子にツッコまれて逆ギレしてるし。そげにヤバさげな代物をやっつけでブチ込まないでほしい。当時の現場のバタバタ具合が目に見えるようだ。
それにしても、ななおの熱中すると周囲がまったく見えなくなる性格は、まさに鮫洲とどっこいどっこいである。
「ぐぬぬぬ…た、たぶん何編聞かされてもよー解らんってコトがよぉ〜っく解ったァッ!」
ささやかすぎるオツムの処理能力が早くも限界を迎えた靖利は、潔く一切合財を放り投げた。
他の者も大概似たり寄ったりだろうが、ともかくセブン誕生の経緯は理解できた。
「彼がセブンくんにかまけていた間に、僕はまず次元潜航艦の開発に着手したんだが…コレがまぁ〜苦労させられてね。
結局、日の目を見たのはつい最近だったんだ」
かつて鮫洲が靖利を取り戻すべく皆の前に現れた時が、そのお披露目も兼ねていたのだろう。
ほんの一年前のことなのに、今となっては大昔のように感じる。
「開発資金だけには事欠かなかっただろうしな、オメーはよぉ。
こちとら先日よーやく一人乗りの潜航艇を完成させただけで精一杯だったぜ」
それでななおの御丹摩署への来訪が今頃になった訳か。
「せっかく上手い資金繰りの方法を考えてあげたのに、変に良識人ぶるからだよ」
「だから、そのやり方はよぉ…」
目指す所は同じなのに、彼らそれぞれの信念が互いの協力関係に水を差した。
だが傍から見れば、もはや何が良識で何が害悪なのか…極めて曖昧な境界でしかない。
人間のエゴなど、所詮はその程度のものだ。
「…とまぁ、いつになったら艦を完成できるか、全然メドか立たなかったから…その間に本来の研究も進めることにしたんだ」
そこで鮫洲は靖利を指差し、
「愛娘の『仕込み』をね♩」
仕込みて…なんか生々しい言い方だな。
割と妄想猛々しい靖利なんて、もう顔中真っ赤になってるぞ。
「僕は今回、彼とは真逆に、あえて正攻法にこだわってみたんだ。
その方が得点も稼ぎやすいようだしね」
『得点?』
不意に鮫洲の口から飛び出した単語に、ななお、ニャオ、それからハノンが興味を示した。
「…おや、まだ言ってなかったかな?
僕はつい最近、遺伝子の完全解析に成功したんだよ」
「何だとぉ!?」
途中まで共同研究を行なっていたななおの驚愕ぶりが特に顕著だった。
「『無量大数桁』が解析できたってのか!?」
鮫洲以前にも生物遺伝子はほとんど解析され尽くしてはいたが、どうしても理解が及ばず最後まで残されていたのがこの『無量大数桁』。
その名の通り無量大数…すなわち十の六十八乗もの膨大な数値である。
だが、その内容は生物個体によりマチマチで、極端に低いものから恐ろしく高いものまで千差万別であり、まるで一貫性が無い。
人間なら人間、植物なら植物など、同一種属であれば数値の内容も似通ってくるのが普通だが、これがものの見事にバラバラなため傾向すら掴めず、いったい何を意味するモノか皆目見当がつかなかったのだ。
研究者によっては何らかのメッセージではないかと文字に置換したり、様々な暗号解読法を試してみたが、さっぱり意味をなさず…
挙句、本当にただのノイズではないかと思考を放棄する者まで現れたが…。
「ああ。いざ解析できてみれば何のことはない。下手に小細工せず、逆になぜこれだけの桁数が必要なのか?と考えたほうが良かったのさ」
膨大な桁数が必要になるモノといえば…
昨今の、点数がインフレ化する一方のビデオゲームをプレイしている人ならすぐに解っただろうか。
「いわゆる『得点』…『スコア』と言い換えたほうが理解し易いかな?
だから個体によっててんでバラバラなのも当然だったのさ」
「なんてこった…そんな単純な…。
ってことは、やっぱり…?」
「そういうことになるね。
この世界はまさに『ゲーム』そのものだったのさ。」
◇
驚くべき解釈を披露した鮫洲は、実例として…
「コレが現在の僕のスコアだね」
と、懐から引っこ抜いたスマホ状の端末を皆の前に差し出した。
画面には数字の羅列が表示されているが、素人目には何のことやら皆目不明だ。
「ハノンに解析させた、現在の僕の遺伝情報…その該当部分だよ。
データの海から僕を掬い上げたキミなら、すぐに気づくだろ?」
「コレは…間違いないんだな!?」
信じ難いことに、ななおの眼前に提示された端末の数値は途轍もない高得点をマークしていた。
「間違いも何も…最初のスコアは『0』だったろ?」
鮫洲は波音ヨルヒトだった時点で一度死んでいる。しかも自殺だ。
「大抵の宗教が唱えている通り、自ら命を断つとスコアが著しく減衰するんだ。
幸い?最小値は0で、それより下がることは無いけどね」
「すると、逆のパターンは…」
「そ。善行を積むとスコアアップするんだ。
とはいえこの『善行』ってのは僕ら人間が思うような基準じゃなくて、あくまでも"創造主にとって好ましい行動"だけどね」
それはズバリ『生命の死守』。
何が何でも自己の命を守り抜こうとするほど高得点となり、また他人を守った場合もボーナススコアが付与される。
故に医者や軍人は一般人よりもポイントが高めの傾向があるという。
「面白いのは、他己の命を奪うと、相手のスコアが丸々奪い取れることかな。
もっともその場合は人間社会の法律で裁かれることになっちゃうけどね」
一人二人殺せば殺人犯と非難されるのに、戦争で大勢の敵を倒せば英雄扱い…。
そんな矛盾に満ちた人間ルールよりは、一貫性のある創造主ルールのほうがむしろ潔さすら感じられる。
「自分の命を守れなかったのは自己責任って創造主の意向が見てとれるし、これぞまさしくゲームだよね♩」
すなわち創造主は個々の経緯や生き様などには興味関心が一切なく、その結果しか評価していないことがよく解る。
「あと、ここ見てくれる?」
と鮫洲が指し示したのは、今しがたのスコアとは異なり、たった一桁しかない数字欄。しかも表示されているのは『1』というささやかすぎる数値。
「!?…マジかコレ?」
しかしそれはななおを驚嘆させるには充分すぎる数だった。
それは残りの転生回数…つまり『残機』。
鮫洲は既にそれを使い切っていたため、本来ならば表示は『0』でなければならない。
だが、実際には…
「増えてる…のか!?」
「『1UP』だとか『エクステンド』だとか言い方は色々だけどね、予想通り一定得点で増えるみたいだよ。
とはいえ具体的にどの時点で増えるかは判らないし、常に一定とも限らないけどね。たぶん増加すればするほど必要得点も鰻上りに上昇するんじゃないかな?」
要するにチート染みた不正な方法で強化を図るよりは、マジメにコツコツ点数を積み重ねたほうが得られるボーナスも美味しかったのだ。
「だから僕は今まで、最も効率良くポイントを稼げる方法を実行してきたのさ。
キミが最も毛嫌いする方法のね♩」
鮫洲がやってて、ななおがやっていないことといえば…
「…まさか…宗教活動かよ?」
「ご明察♩」
「クッソォーッ!? なんであんな妖しさ炸裂なモンで!?」
本気で悔しがるななおだが、それは宗教を善悪でしか判断していないからだ。
たとえそれが邪教だろうと紛い物だろうと、信者達は本気で一心不乱に信仰している。
大概の宗教は質素倹約を善しとし、富みや権力にまみれた生き方を悪とみなす。そして実際、力を手にするほど周囲から妬まれ疎んじられ、それだけ死亡リスクが増す。
逆に宗教の教義や戒律通りに生きれば、結果的に健康で心安らかに過ごすことが出来るため、より安全な人生を謳歌できてしまうのだ。
…周囲からはどれだけ奇特に見えようとも。
一般的に認知されている仏教やキリスト教、イスラム教にヒンズー教などの創始者は、あるいはこの仕組みを知っていたため、大衆をより心豊かにすべく布教に専念していたのではなかろうか?
そしてまた、彼らには処刑や暗殺後に甦ったという伝説が多いが…これも『エクステンド』の効果と考えられなくはないだろうか?
「それでもカンストさせるには並大抵の行動じゃ無理だろうけどね。なにしろこの桁数だし、それこそ無理ゲーじゃない?」
最大桁数の無量大数値に達した時点でカンスト…すなわちカウンターストップするだろうと鮫洲は予想しているようだ。
もしかすると、その時点でまた何らかのボーナスがあるのだろうか?
「クッソ、それが解ってりゃ今頃こんなことには…!」
とななおが取り出した端末にある、彼の現在スコアは…すこぶる低い。膨大な桁数を誇るスコア領域の、わずか数万ポイント分しか貯まっていない。
「キミの場合は『不死身』ってチート能力を持ってるし、世間的には違法と見做される人体実験を散々やらかしてるから、そのぶんペナルティを食らってるんじゃないかな?」
だから鮫洲は正攻法にこだわっているのだろう。マジメ?に得点を稼いだ場合、どこまで到達できるかという興味本位で。
もうお解りだろうが、一見不可解な彼の今までの行動はすべて、単なる気まぐれなどではなく…この遺伝子スコアの採点基準に基づく理論的なものだったのだ!
「おおよそ埋まりきらないほどのスコア桁数…得点次第では残機追加もアリ…強い者ほど得になる弱肉強食システム…。
創造主が僕らに何を求めているのか、もはや一目瞭然だろ?」
鮫洲のまとめの言葉にななおは大いに頷き返して…
「俺達を競わせてるんだな?
誰がトップランカーに君臨するのかを…
連中の予想以上に活躍してくれることを!」
創造主はそれを知ってどうするつもりなのか?
世界が彼らの用意した一種のシミュレーションゲームだとすれば…そこから彼らが生き延びる術を探そうとでもいうのだろうか…?
「…とはいえ、僕自身は何の特殊能力も持たない極々普通の人間にすぎないから、今後は加点が伸び悩むだけで、あまり期待できないかな?」
主な収入源や得点源となっていた新興宗教も自ら潰しちまったしな。
大勢の信者を巻き添えにしたことで、一時的な大量ボーナスは稼げただろうけど。
「けどま、これだけ稼げれば当面は楽して暮らせるだろうけどね♩」
「ヘッ、どうだかな…。お互い散々ヤバいことをやり尽くしてきただろ?」
ニンマリ笑い合う鮫洲とななおを傍らで眺めつつ、つくづくトンデモナイ連中を相手にしてきたのだと思い知った御丹摩署の面々だった。
敵がすぐ間近にいるというのに、まったく捕まえられる気がしない。
しかし、それでも…
「…それで今度は靖利に期待したいって訳なのね?」
「あ、母ちゃん…兄ちゃん達も!?」
見計らったように署長室に踏み込んできた鰐口靖美とその息子達に、靖利が嬉しそうに顔を綻ばせた。
戦争終結のきっかけとなった星間ライブ以来の再会だから無理もない。
以来、彼女達はあちこちのマスメディアに引っ張りだこで、寝る間も惜しんで精力的に活動してきた。
そして、この場に靖利と鮫洲が揃って現れたと聞き付けて、さっそく乗り込んできたらしい。
無論…感動の家族の再会などという心温まる雰囲気とは真逆の、えらく殺伐とした空気だ。
「おや、ずいぶん久しぶりだね。みんな元気そうで何よりだよ♩」
街を見回せばそこいら中に彼女達の顔が溢れ返っているのに、しらじらしく挨拶を交わす鮫洲に、
「ケッ、よく言うぜ」「普通なら真っ先にオレ達のとこに顔出すべきだろ?」「本当にいつも蚊帳の外だよな、オレ達…」
彼には常にいない者扱いされてきたSMブラザーズの三兄弟は呆れ返った様子で溜息をつく。
だが、もっと複雑な顔色を浮かべているのは…
「あなた…今度はいったい何を企んでるの?」
かつての伴侶・靖美の言葉に誰もがハッとする。
あの鮫洲がわざわざ自ら乗り込んできたのだ、きっと只事では済むまい。
「フフ…さて、どこから説明しようかな?」
不敵な笑みをこぼして、鮫洲は思わせぶりに顎に手を当てた。
我々の常識が根本的に揺らぐ話を散々披露しておいて、今度は何を言い出そうというのだろうか…この男は?
【第十七話 END】
前回ラストで匂わせた通り、結局は民衆の一斉蜂起で月の軍事政権は短命に終わり、つかの間の平和が訪れました。
大衆を締めつけてばかりの国など長続きするはずもない…と思いたいところですが、実際にもう何十年も抑圧状態が続いてる独裁国家って結構多いですね。
かくいう日本も戦国時代からほんの八十年前まではずーっとそんな国家体制だったわけですし…。
実は人間は意外と、誰かに支配されていたほうが安定して生きられるのかもしれません。
自分はまっぴらゴメンですけどね(笑)。
閑話休題。以前からその存在をほのめかしていた前作『へぼでく。』の主人公・七尾ななおも今回ようやく出てきて、物語はいよいよ世界の核心に触れ始めました。
最初は悪役っぽく出てきた鮫洲も、実は…ということで、ヒロイン靖利の直感が当たっていたというオチです。
ラノベ主人公なんてたいがい犯罪者なのに、たかだか二、三人殺めたくらいで罪人呼ばわりされてたんじゃ〜物語なんて成り立ちませんよ〜♩(問題発言)
つまるところ、誰が善人で誰が悪人かなんてのは、所詮は人間が決めたルールの枠内だけの決まり事であって、世界全体を通して見ればまた違っているのかも…ってことを訴えたかった訳です。
本作を始めたきっかけが「あらゆる常識がひっくり返ってる世界を描きたい」でしたので、それをさらに推し進めた感じですかね。
「この世界は無理ゲーだ」と言ってそこで諦めるんじゃなくて、そこからクリア条件を見つけるべくひたすら悪あがきする連中が大好物なもので(笑)。
でもそこは私も人間ですから、今まで悪い奴だと思ってたのが、イキナリ今日から善人だから…などと言われてすんなり納得できるわきゃ〜ありません。
かといって完全に善人ぶらせるのも面白味がない。
悪人は悪人のままで、けれども自分の思い通りに生きてる奴にはな〜んか共感を覚えるような…そんな感じで充分かなと。
所詮、鮫洲はどこまで行っても鮫洲ってことで。
とかく最近は悪人呼ばわりされた者を徹底的にこき下ろして社会的に抹殺し、きっちりケリを付けようとする風潮が強いのが気になりますが…
それで自分が優越感を得たところで、世の中なんにも変わりゃーしませんよ。そうしたテメーがますます嫌われるだけでね。
白か黒かハッキリしなきゃ気が済まないようなデジタル人間とは自分は付き合いません。疲れるから(笑)。
などとまた取り留めのないコトばかりツラツラ書いとりますが、次回もきっとそんな感じで進行しつつ、ジワジワとラストスパートに向かっていけたら…とか考えとります。
今のところ着地点は全ッッッ然見えてませんけどね(笑)。