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野性刑殺  作者: のりまき
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神様親子!

【前回のあらすじ】

 日増しに激化していく地球と月との戦争を打開すべく、鹿取かとり社長の発案でとあるプロジェクトが進行していた。

 それは、長年の進化の過程で文化レベルが最低まで低下した月の民に、地球の豊かな文化を見せつけて興味を抱かせ、地球侵攻の考えを改めさせること。

 具体的には社長プロデュースのアイドルグループ『ポリポリ』『SMブラザーズ』『タレナイン』を地球衛星軌道上の最前線で歌い踊らせ、月の『鳥かご墜とし』作戦を思いとどまらせようというのだ。

 要は靖利が独断でやっている『あたいの歌を聞け!』活動のパクリ…いや発展形である。

 そのためのかなめとして全グループを宇宙まで搬送する超巨大機動ステージ船『じおぽりす丸』が建造された。


 高度な操縦技術が要求されるそのパイロットには、熊田が救助した月側の最新鋭機動兵器・通称『白い奴』を駆っていた月の民出身のかぐやが抜擢されることに。

 彼女は本来、性別も繁殖能力もない月の民において唯一出産可能な身体を持ち、月面世界を長らく牛耳ってきた『支配種』だった。

 それ故に月の社会構造を一変させた今回の軍事クーデターでは疎んじられ、基礎教育すら受けられないまま最前線に駆り出されるという非人道的な扱いを受けていた。

 しかしもはや超能力レベルな第六感を誇る彼女の戦闘技術は折り紙付きであり、生まれて初めて人間として接してくれた御丹摩ごたんま署の人々への恩返しとして…

 そして何より、命がけで自分を救ってくれた熊田をパパと慕い、彼の役に立ちたいからとパイロット役を快諾してくれた。


 かくして実行に移された『月の民歌まみれ』作戦は予想以上の効果を示し、『鳥かご墜とし』を思いとどまった月側の機動兵器パイロット達は初めて聴く地球の歌に次第に魅了されていく…。

 と、そこへ思わぬ乱入者が。

 自分の活動がモロパクられていることに腹を立てて次元の彼方から現れ出でた巨大宇宙鮫…鰐口靖利わにぐちやすりだった!





「靖利ちゃんっ!!」


 突如、宇宙の深淵から躍り出た巨大鮫に、留未るみが顔を綻ばせると、


「ん? この声……ピン子?

 ぅほっ、ピン子がそこにいんのか!?」


 声の主に気づいた靖利が懐かしさのあまり、『じおぽりす丸』のステージ目掛けて突進してきた。


「ぎゃわぁあ〜〜〜〜んっっ!?」


 急接近する巨大鮫に恐れをなした小鞠こまりが、泣き喚いてセブンの背中に隠れる。

 そういえば靖利って、彼女の前では一度も獣化したこと無かったっけ。

 目の前いっぱいに広がる大顎は、まさにサメ映画さながらの迫力だしなぁ…。


「…ううっ、小鞠に嫌われた…」


 そして相変わらず図体とは裏腹にメンタル激弱。


「…をっ? よく見たら母ちゃんも兄ちゃん達も…みんな揃ってるじゃん♩」


「先輩と熊田さんもいるよ。そこいら辺の碧のと紅いの」


 留未の言葉に慌てて振り返った靖利の眼が、じおぽりす丸の陰に佇む碧色の葉潤はうる機と紅色の熊田機を捉えた。

 傍目にはまんま、鮫特有の虚ろな眼差しが獲物をロックオンした時の構図だ。


「うわぁ…ヤッちゃんだと判ってても真っ暗闇で見るとスゴイ迫力だね」


「小鞠が泣き出すのも無理ねぇな」


「ムカッ。紅いキャンディー碧いキャンディーまとめて舐めかじったろかい…!」


 久しぶりなのに憎まれ口を叩きまくる二人に、靖利は少々機嫌を損ねた様子で、鮫なのに器用に膨れっ面をしてみせる。

 しかしそこで、


「ね、せっかくだから、一緒に歌っていかない?」


 最初からそれが目的だったくせに、何気ないふうを装って誘い込む鹿取社長に、


「えっ、いいのか!?」


 靖利は予想外にノリ気で問い返す。少しは躊躇するかと思ったが、そんな情緒を彼女に期待するだけ無駄である。

 自分から仲間のもとを飛び出していった過去はとっくに忘却の彼方らしい。


「いやいやそっちこそ、いいの?」


「ああ、父ちゃんには『お前の好きにしていい』って言われてるしな♩」


 留未の問い返しにあっけらかんと答えた靖利に、皆は拍子抜けな様子で苦笑する。


「相変わらず甘やかされてんなぁ…」


「…あの人…どんな様子?」


 呆れる兄貴達『SMB』の隣りから、『タレナイン』のリーダーである靖利の母・靖美やすみがためらいがちに尋ねれば、


「全っ然いつも通りだったぜ。めっちゃ久しぶりだったのにまるで変わってないから、あたいも安心しちまってさ♩」


 そういうお前も半年以上ぶりだけどな。

 能天気な靖利の回答に、靖美は「そう…」とだけ応えて寂し気な顔をした。

 それはつまり、鮫洲さめずが靖利以外の家族をまったく必要としていないことに他ならなかったから…。


「みんなで歌うのも久々だな〜。曲は何にする?」


 カラオケにでも来たような感覚で、自身の眼前に表示されたホログラムリストを胸ビレで器用にパラパラめくる靖利に、


「でででもでもっ、そのままだとちょおーっとコワイかなぁー?」


 やっと目の前のお茶目な鮫が靖利だと気づいたらしい小鞠はもちろん、その姿を見慣れていない『タレナイン』の大半のメンバーが泣きベソを掻いて抗議するので、


「じゃ、そっち行くから乗せてくれ♩」


 またもやタクシーに相乗りするような気軽さで搭乗を宣言。捕獲のチャンスが自ら訪れた!


「やれやれ…。かぐや、貨物用の気密ハッチを開けてやれ」


「…大丈…夫?」


 指示を促す熊田に、靖利とは初対面のかぐやが警戒する。


「大丈夫だろ、ただのアホ鮫だし。

 人化しちまえばちょっと腕っぷしが強いだけのただのアホ女だ。

 とにかくアホだ。贔屓目にみてもアホだ。

 それ以外のナニモノでもねぇ」


「…最重要ポイント『アホ』…確認。

 無害…認定。ハッチ…開く」


 熊田の力説?をそれなりに理解?したらしいかぐやの操作で、『じおぽりす丸』船体下部のハッチがゆっくり開き始めた。

 その様子を遠目に観察しつつ、月側の兵士達はいまだ二の足を踏んでいた。


《…どういうことだ? あの巨大な鮫は連中の仲間なのか?》


《情報部からの報告によれば、そのようです。

 さらに…あの鮫洲の娘だとか…!》


《なんだとッ!?》


 月側に動揺が走る。月の都を壊滅状態に陥れた極悪人の血縁とあっては、ただで済ます訳にはいかないが、ますますおいそれとは手を出しにくくなった。


《しかもどうやら、船に迎え入れるのか…》


《今度はいったい何を仕掛けるつもりでしょうか?》


《…あの鮫は次元潜航できるようだな。月の民の我々ですらいまだ未開発な未知の技術を。

 …もしや、あの船もそうなのか?》


《!? 地球側と鮫洲は…繋がっていると?》


 何やらあらぬ誤解が生じているようだが、あれでは無理もなかろう。

 ずっと自分達よりも遅れていると思い込んでいた獣人達が、もはやそんな超絶技術を手にしている…事実だとすれば危惧すべき驚異だ。

 戦争はこのような誤解がさらなる誤解を産み、ますます深みにハマっていくものである。


《せ、先手を打って攻撃しましょう! 乗り込む瞬間を狙えば…》


《ダメだ、護衛の紅いのと碧いのは腕利きだ。返り討ちにされるだけだぞ》


《いや待て、我々の目的はあくまでも『鳥かご墜とし』だ。余計なことに気を取られて失敗しては元も子もない》


 こんな状況下でも隊長は比較的冷静だった。

 次いで『鳥かご』の操縦のために船内に残った担当兵士に、秘密裏に指示を送った。


《…今のうちにエンジンを温めておけ。》





 そんな月側の動きなどつゆ知らず、靖利は早速『じおぽりす丸』のハッチに向かおうとするが、


《お待ちくださいお嬢様。無許可で勝手なことをなさらないでください。》


 靖利の通信音声に別の声が割り込んできた。

 抑揚が少ない事務的な女性の声色だが、何ら不自然さは感じない。


「この声は…あの時と同じか」


 熊田も一度耳にしたおぼえかあるが、その正体までは知らなかった。

 ところがニャオは、


《この音声はAIのものですね。おそらくはあの巨大UFOの管理者かと。》


 どれだけ自然な会話がこなせるようになっても、AI同士なら即座に見抜けるらしい。

 その管理者AIに向かって靖利は口を尖らせて、


「いいじゃねーかよちょっとぐらい。まだ時間あんだろ?」


《お知り合いにちんたら挨拶なさっている間にほとんど無くなりました。いったい何をしにいらしたのですか?》


「ううっ…うっせーわボケェッ!! 誰が何て言おうと、あたいはみんなと歌うんだーっ!」


 子供みたいに駄々をこねつつ、ハッチに突き刺さるように突撃した靖利は、そのまま人化して船内へとなだれ込んでいく。

 減圧だの何だのというしちめんどくさい手順はアッサリこっきりガン無視どころか、絶対零度の真空中で人化しても平然としてやがった。

 裸身で宇宙を泳ぎ回ってるのは伊達じゃない。

 そのまま船内通路を突き進んで、要所要所で待ち構えていたスタッフの誘導でステージへと向かう。このへんの流れはアイドル時代と同じだから戸惑うことはない。


《…まったくしょうがない人ですね。》


「ぅおっ!?」


 イキナリ隣に湧いて出たハノンのホログラムに驚いて後ずさる。

 たとえ敵艦の中だろうと次元を超えて映像を送り込めるあたり、ニャオのシステムよりも技術水準が高いらしい。


「なんでついて来たんだよ!?」


《このままではこの船が危険だからです。》


 ワケワカラン回答に首を捻っているうちにステージルームにたどり着いた。

 自動ドアをくぐり抜ければ…そこには懐かしい顔ぶれが勢揃いしていた。


「みんな…!」


 靖利も、それを出迎えた皆も一様に胸が熱くなる中、留未や小鞠がこっちに駆け寄ってきて…


「靖利ちゃんっ☆」「靖利ママ!…と、誰?」


 再会の喜びよりも疑問が先立った小鞠が、靖利と並び立つハノンを無遠慮に指差す。


《…初めまして。靖利お嬢様の身の回りのお世話を担当しております、ハノンと申します。》


 AIとは思えないほど礼儀正しい美少女のホログラムに皆が「ほぉ…!」と感心する中、


《…『ハノン』…!》


 ニャオだけは何かに気づいた様子で衝撃を受けていた。


《本来ならもっと丁寧にご挨拶すべきでしょうが…あいにくと時間がございません。》


「なんか切羽詰まってるみたいだけど?」


 鹿取社長の問いにハノンは軽く頷き返し、


《お嬢様の次元転送は指定時間になれば自動的に行われます。

 この時、お嬢様だけではなく、その周囲の空間ごと一緒に転送されますので…》


《…本艦に留まったままだと、最悪、船が損傷を受ける…と?》


 ハノンの忠告をいち早く理解したニャオが問い返すと、同じAIだからか、ハノンは興味深げにニャオと視線を交わし、


《迅速にご理解頂けたことに感謝します。

 ですので、くれぐれも妙なことはお考えにならないようお願い致します。》


 態度こそ柔和だが、事実上の脅迫だ。

 すなわち、靖利の捕獲は諦めざるを得ない。

 道理で彼女の乗艦を強くは引き止めなかったばかりか、堂々と自身のホログラムを送り込んできた訳だ。どうせ本体は次元の彼方だから手が出せないし。


「な? ケチ臭ぇだろコイツ。

 …んで、あと何分だよ?」


《十分足らずですね。》


「オッケー。そんだけありゃ一曲くらいは余裕でこなせるじゃん? 早速始めようぜ♩」


 転送には慣れっこの靖利は余裕シャクシャクだが、他のメンバー達は目の前に時限爆弾があるようなものだから気が気ではない。

 それでも、鹿取社長にはどうしても確認しておきたいことがあった。


「…その格好で…やるの?」


 そう。人化後の靖利は鮫洲の巨大船内と同じく、まるで競泳水着なピッチピチの制服を着ていたのだ。無論ハノンも同様で。


「おう。時間もねぇし、動きやすいから丁度いいだろ?」


 とっくに着慣れた本人達は疑問にも思わないようだが、


「まるで音ゲーのボーナスお色気コスね…」


 しかも無料でゲットするためのハードルがメチャメチャ高くてほとんど無理ゲーだから、結局はヤクザな代金を課金してしまう罠だスな。

 かくいう社長達『タレナイン』もかな〜りセクシーなステージコスではあるものの、さすがに現役ティーンエイジャーのナチュラルボーンエロースには敵わない。

 だが、昔から靖利を見てきた人々には至極当然なことらしく、


「靖利ちゃんのそんなカッコも久しぶりだね〜♩」


「授業受けてる時以外はほとんどソレだったしな〜」


 留未と兄貴達が思い出にひたるようにしみじみ呟けば、


「靖利が生まれる前は私にもよく着せてたわよ、そーゆーの」


 母親の靖美も新婚時代のトンデモプレイをあっさり暴露してるし。なんだかんだでまだ鮫洲に未練タラタラじゃん。

 そしてソレを今は娘に着せてる鮫洲も倫理的にどうなのか?


「想像以上にワイルドな魔境だわね小笠原…」


 いや極めて局所的な変態事例だから!

 今すぐ小笠原の人に謝れや社長!

 …とまぁそんなやり取りを各々の機体内のモニターで観ていた葉潤と熊田は、


「クッソ〜やっぱ操縦訓練なんか受けずにあっちで警備してれば良かった!」


「…またクソチビにボコられるぜ?」


「それくらいで有名アスリートの艶姿が直に見られるなら安いモンだよ。熊田ッチもそう思わない?」


「勘弁してくれよ。アイツ、ちょっと気を抜くとすぐあんな無防備な格好で目の前をうろつきやがるし…何とかしてくれぃ」


「ノロケかいっ!?」


 などとしょーもない話題に花を咲かせていた。


《…お戯れのところ申し訳ありませんが、今のでさらに時間の余裕がなくなりましたので…》


『…ハッ!?』


 ハノンの冷静なツッコミにより、皆の動きが一気に慌ただしくなった。


「だから曲は何にすんだって訊いてんだよ!?」


 と靖利が急かせば、


「やっぱりデビュー曲じゃないですかぁ〜? さっきのバラードとは真逆の構成だからメリハリが効いてますしぃ〜」


 とボン子が答え、


「でもアレ、あたしやコマリンの加入前のだからパートが足りないけど?」


 と留未が指摘すれば、


「大丈夫じゃないかな? デビュー曲だから振り付けもそんなに複雑じゃないし…」


 というセブンの返答に合わせて、


《向井巡査も音成おとなりさんもアドリブがお上手ですので、適当に合わせて頂ければ。》


 とニャオが提案し、


「それだったらできるー! ウチでみんなが歌ってるのに合わせていつも踊ってたから♩」


 と小鞠が自信満々に応えた。


「…よっしゃ、決まりだな♩」


 数ヶ月ぶりの再会でも阿吽の呼吸は変わらない。

 こうして久しぶりにフルメンバーによる『ポリポリ』デビュー曲・『処刑されるお前が悪い』のぶっつけやっつけ上演が決定した。

 …よりにもよって不吉すぎるタイトルではあるが。





《…ムッ、始まったか!?》


 演奏を再開した『じおぽりす丸』のステージに、月側の兵士達も釘付けになる。

 デビュー曲らしく華々しい曲調の『処刑される〜』長いので略して『ショケオマ』は、けたたましいドラムイントロから始まるダンサブルナンバーだ。


《これはまた…なんとも野蛮な曲調だな》《歌詞もなんだか物騒ですね》《いかにも獣人らしいというべきか…》


 先程とは大違いな曲に最初はブーブー言っていた月側だが…やがてグウのも出なくなる。

 デビュー曲なだけにプロデューサーの鹿取社長も並々ならぬ情熱を傾けた名曲だし、そこへさらに留未と小鞠のアドリブもバッチリ効いて、より完成度が高まっている。


《…………。》


 月側にもいくらかのエンタテインメントはあるが、ここまで趣向や贅を尽くした催し物はまずお目にかかれない。

 それを直に目の前で見て…どこぞの宇宙歌謡戦争アニメではないにせよ、少なからずカルチャーショックを受けていたのだ。


「ヘヘッ、月の連中はさっきからずっと静かだな。マジで聴き惚れてんのか?」


「いつもこう素直なら助かるんだけどね…」


 熊田と葉潤もすっかり油断していたが…その裏では思いもよらぬ事態が進行していた。


《…あの一糸乱れぬシンクロ具合…もはや疑いの余地もない。》


《地球と鮫洲は…結託している…ッ!?》


《隊長、『鳥かご』の準備が整いました。いつでも発艦可能です》


《現在投下可能な都市は?》


《人口の密集具合からいって…アジア諸国連合の首都である、日本列島の東京が最適かと》


《よし。狙いを定めたまま待機しろ。

 曲が最も盛り上がり、連中の警戒が緩みきったところで投下開始だ…!》


《了解ッ!》


 そんな月側の思惑など知る由もなく、曲は順調に進行し、そろそろサビに差し掛かろうとしていたが…


「…パパ。嫌な…予感。」


「なんだとっ!?」


 熊田機に『じおぽりす丸』のパイロット・かぐやより連絡が入った。どうやら月側の陰謀を第六感で察知したらしい。

 そして、その勘はいまだ外れたことがない。

 その通信を傍受していた葉潤機からは、『鳥かご』の様子がよく観察できた。


「『鳥かご』から護衛機が離れていく…。

 連中、やるつもりだよ!」


「クソがっ!! たまにはちゃんと歌わせてやれよッ!」


 完全に靖利に感情移入していた熊田が操縦席に拳を打ちつける。


「…しゃーねぇ。かぐや、ニャオにこっそり連絡しろ。他の奴にはバレねぇようにな」


「…わかった。」


 熊田の意図を理解したらしいかぐやは、ニャオだけに聞こえるよう通信対象を絞って連絡を入れた。


《…了解です。しかしこの状況で歌い続けろというのは…》


 本体が別にあるホログラムのニャオなら余裕の芸当だし、このように歌い踊りながら並列処理で通信に応えるなど造作もないが、他のメンバーにはさすがに無理だろう…と思いきや、


「どうかしたか?」


 ニャオの表情がいつもより固いのを見て異変に気づいた靖利が、踊りながらインカム越しに話しかけてきた。

 常にメンバーの様子を見ているあたりはさすがにリーダーである。

 しかも靖利は歌唱力が少々アレなため、歌声はかなり小さめにミックスされており、途中で抜けても気づかれないのだ!…威張れたことではないが。


《『鳥かご墜とし』が実行されそうです。》


「…チッ、こんなときに!」


 久々のステージが楽しくて、月のことなどすっかり忘れていたが…そんな時ほど悪いことは重なるものだ。


「じゃあさ、こんなのはどう?」


 二人のやりとりにセブンも便乗。彼も元来は歌という概念を知らなかったため、歌唱力は靖利よりもさらに壊滅的であり以下略。

 そんな彼の提案によれば…


「…なるほど、面白そうじゃん!」


《試してみる価値はありますね。》


 靖利はすっかりヤル気だし、ニャオが承諾するなら効果は間違いないだろう。


《かぐや、聞こえましたか?》


「…聞こえた。問題ない。」


 『じおぽりす丸』パイロットのかぐやも快諾。


「かぐやとかいう奴、サンキューな! 今日は顔を見れなかったのが残念だけど、次はゆっくり話そうぜ!」


「私も…楽しみ。」


 かぐやとしても、熊田が他の皆とは如実に違う態度で接する靖利のことが、いろんな意味で気になっていたらしい。


「他のみんなも解ってんな?」


『…♩』


 まだ歌の途中なので応えるに応えられないが、留未や小鞠やボン子もさりげなく頷き返す。

 ライブ中のいかなるアクシデントにも対応できるよう、日頃から訓練していたのが役に立った。


「よしっ。あたいはそろそろ潮時だから、このままズラからせてもらうぜ。

 なぁーに、どうせまたすぐ会えるさっ☆」


 陽気な別れを切り出しながら、靖利とセブンはさも演出な体を装ってごく自然に仲間の輪から抜け出した。

 そして、ステージ脇に居並ぶ大勢の出演者達に見送られながら、来た時とは逆に気密ハッチを目指して猛ダッシュ!


《それでは私は一足先にお暇させて頂きます。》


 靖利達が出ていくのを見計らって、皆にうやうやしく頭を下げたハノンはそのまま忽然と掻き消えた。

 何も口出ししなかったということはOKということなのだろう。

 その間にも楽曲は進行し、いよいよサビに差し掛かった。


《…今だっ、行けッ!》


 月側の隊長機の指示に従い、『鳥かご』担当の兵士がスロットルレバー全開にして機外へと脱出した。

 とほぼ同時に、


《!? 敵巨大船から何か出てきましたッ!》


 『じおぽりす丸』を監視していた部下が叫ぶ。

 見れば、船体下部のハッチから出てきたのは、あの巨大鮫と…子供?


《…フンッ、誰だろうと構わん。直に最高速度に達する『鳥かご』は、もはや誰にも止められんッ!!》


 隊長の言葉通り、瞬く間に急加速した『鳥かご』は、あっという間に小さな光点と化す。


《落下予想地点は…東京です。》


 ニャオの言葉に『じおぽりす丸』は一瞬、動揺に包まれた。

 だが…残る『ポリポリ』の面々は変わらずパフォーマンスを続けている。

 諦めたからではなく…靖利達を心の底から信頼しているから。


「…信じましょ、私達も♩」


 普段はまったく信用おけないが、こういうときには不思議と頼りになる鹿取社長の一言で、皆の肩から力が抜けた。

 どのみち今、自分達にできることはそれだけなのだ。


「マニピュレーター稼働。付近の機体…注意。」


 かぐやのアナウンスに従って熊田機と葉潤機が退避すると、『じおぽりす丸』の左舷と右舷から細長い隠し腕が伸びてきた。

 非戦闘員であるアイドル達を乗せるため、便宜上は艦船扱いになっているが、その実は巨大な機動兵器だ。

 一見華奢なヒョロ長い両腕も、その巨体を考慮すれば充分すぎるほどのパワーを誇り…

 鮫化した靖利とセブンを掴んで、『鳥かご』目掛けて投げ飛ばすなど造作もない!


「なるほど、そーゆーことか!」


 途方もない速度で射出された靖利達を見て、熊田が膝を叩く。


「でも、あれじゃあ間に合わない…っ!」


 葉潤が言う通り、最高速度で大気圏に突入していく『鳥かご』と靖利達の航行速度はほとんど変わらない。

 途中で減速することがない宇宙空間では、このままでは追いつけない!


「そこでボクの出番だ…ねっ!」


 永らく出番が無かったのですっかり忘れかけていたが、セブンは自分が知り得るあらゆるモノに変身することが出来るのだ。生物・無機物問わず。

 そして今回、彼が選んだのは…巨大ボウガン!

 ここまで来れば、後は言わずもがな。


「ハハッこりゃいいぜ! ひとつド派手にキメてくれよっ!」


 不敵に笑った靖利は、超高速で飛行しながら器用にセブンにまたがって、巨大な矢じりと化した。


「いっ…けぇえぇえーーーーッッ!!」


 渾身の力を込めて引き絞った弓を、セブンはひと思いに解き放つ!

 爆発的な加速力を得た巨大鮫は『鳥かご』目掛けてどんどん迫る!

 だが、いかに屈強な靖利とはいえ、大質量の『鳥かご』にブチ当たって平気なのだろうか?

 …いやいや、そこで先程の『次元転送』が活かされるのだ。


「ぅをりゃあ喰らえっ、次元転送ドリルアタァーーーーック!!」


 投擲とうてき中に転送が始まった靖利が『鳥かご』に接触した途端、その部分がゴリッ!と、まさにドリルで抉ったような大穴がぽっかり孔いた。

 抉り取られた部分は鮫洲の次元潜航艦内に転送され、瞬時に分解処理される。つまり理論上はいくらでも無限に吸収できるのだ。


「お〜らおらおらオラオラァーッ!!」


 靖利はそのまま『鳥かご』内部をシロアリのように喰い破りながら一直線に突き進む!

 『ポリポリ』の歌もいよいよクライマックス、後はタイトルにもある文言を力の限り絶叫するだけ!


「っせーのォッ!」

『処刑されるお前が悪いッ!!』


 靖利が最後の壁を喰い破るのと、メンバーの絶叫が奇跡のシンクロを果たした。

 『鳥かご』を船尾のメインエンジンから船首のコックピットまで見事に貫通させた靖利は、


「ヘッ、ざまあみろ♩」


 満足気な笑みを浮かべて、次元の彼方に消えていった。

 直後。


 ゴッ…ズドドドドドドォォーッ!!


 船尾から爆発し始めた『鳥かご』は、まるで団子のような爆炎を上げて誘爆しながら、灼熱の大気圏へと呑み込まれていった…。


「…目標…消失。」


 かぐやのアナウンスの後、


《制御を失った『鳥かご』は大気圏で燃え尽きた模様。》


 ニャオによる補足説明がなされたが、みんな呆気にとられて理解が追いつかない。

 仕方なさげな溜息をついて、ニャオはさらに補足。


《地上への影響はありません。》


 かくして東京は壊滅を免れた。

 『じおぽりす丸』の周囲はおろか、地球上で一連のライブ中継を固唾を飲んで見守っていた大勢の人々からも歓喜の声が上がったのは言うまでもない。


《クッ、なんたる失態…!?

 全機撤退ッ!!》


 月側の機動兵器群も尻尾を巻いて逃げていった。

 こうして一つの戦いが幕を閉じた。





「結論から言っちゃうと、作戦は大失敗だったわね〜テヘペロ♩」


 地球に戻ってきてからの反省会の席上で、鹿取社長はあっさり言い捨てた。


「え〜っ!? でもでも『鳥かご』は破壊できたし、東京も無傷でしたよぉ!?」


 当然のように猛抗議する留未達だったが、社長の意見は覆らない。


「この作戦はあくまでも『文化交流』が目的だったでしょ?

 でも結果的にはホラ、こっちが歌ってる最中に裏をかかれて…」


「『鳥かご墜とし』を敢行されちゃいましたからねぇ〜。お姉さまがいなかったら正直マズかったですよぉ〜」


 ボン子も社長と同意見だった。

 最初のうちこそ月の民に与えた衝撃は大きかったが、すぐに慣れたどころか、逆にそれを隠れ蓑にされてしまった。

 月の民は融通が利きそうにないからチョロい

…などとナメてかかったのがアダになった。


「けど今回のライブって、月側でも受信できるようにしてあったんでしょ?

 その結果を見ないことには…」


「ソレがいまいちウケが悪かったみたいなのよね…お偉いさん達が言うには」


 なおも食い下がる留未を軽くあしらって、社長は頭を抱え込む。


「靖利ちゃんを仲間に加えちゃったことで、鮫洲と地球はグルだって思われちゃったみたい…」


『あー…』


 全員納得。確かに反論の余地はない。

 それ以前に靖利は元々『ポリポリ』メンバーだったのだが、鮫洲を目の敵にする月側からすれば取るに足らない要素で…

 彼女が大罪人・鮫洲の愛娘だという事実こそが重要らしい。判断がいささか軽率すぎた。


「…ま、今後そうそう出くわすことはないだろうし、そのうち誤解も解けると思うけどね」


 …果たしてそうだろうか? だだっ広い宇宙の至る所でドンパチやってるにもかかわらず、偶然にしてはかなりの確率で遭遇している気もするが…。


「あ、ってことは今後も作戦続行ですか?」


「まぁねん。一定の成果は見受けられたし、たった一回こっきりで結論付けるのは早計でしょ?

 今回はあくまで、月軍の動きがたまたまそうだったってだけかもしんないしね」


 政治と国民の意向には常に大差があるように、軍と民間の乖離かいりはことさら顕著であることは、太平洋戦争を持ち出すまでもあるまい。

 そして実際、それは彼女達の予想以上の影響をもたらしていたのだが…詳細は後ほど語ろう。


「…何にせよ、彼女が元気ってことだけはよく解って安心したわ♩」


 話題が靖利のことに変わると、途端に皆に笑顔がこぼれた。


「靖利ママ、全っっっ然変わってなかったしね〜♩」


 小鞠にまで言われちゃオシマイである。

 おかげでずいぶん久しぶりの、そして極々短時間の再会だったのに、誰も寂しいだなんて思わない。

 いずれまた何処かでひょっこり出くわしそうな、もはや確信めいた予感すらある。


 さらには今回のライブ配信により、靖利の汚名は根本的に払拭された。

 鮫洲に寝返ってもなお、地球の危機を救うために尽力してくれた彼女は、大衆からはもはや救世主的な扱いを受けている。

 特に最後の、名曲『処刑されるお前が悪い』と完全にシンクロして『鳥かご』を葬り去った一幕は、あれから各種メディアで繰り返し放映され、映画やドラマを超えた鳥肌モノの名シーンとして語り草になっている。

 加えて、あのとき着ていた競泳水着だかレオタードだかのやたらとセクシーな衣装も大変ヨロシかった☆と世の紳士達には大評判♩

 が、しかし、そんなことよりも。


「…でも…一緒にいたあの子、誰?」


 留未の今一番の懸念材料は、あのとき同行していたハノンのことだった。

 これまたわずかな時間を共にしただけだが、皆に強烈なインパクトを残すには充分すぎるほどの存在感があった。

 なにしろ"あの"靖利を『お嬢様』などと呼称する、AIにしておくにはもったいないほどの超絶美少女である。

 だが…断じてロリッ子ではない。コレ重要!

 靖利が行く先々でハーレムをこしらえるのは今に始まったことではないが、これまでの対象者とは毛色がかなり異なることから、幼馴染にして大親友にして重度のストーカーである留未的には気が気ではない。


「ユエお姉様は何か知ってるみたいでしたけどぉ〜?」


 彼女が『ハノン』と名乗ったときのニャオの動揺ぶりを、ボン子は目ざとく見抜いていた。

 だが、約一千年に及ぶ稼働期間のほとんどを御丹摩署で共に過ごしてきたはずのボン子ですら、ハノンなるAI娘については何の知識も持たないという。


「ん〜…またなんか妙なコトに巻き込まれてなきゃいいけどね、靖利ちゃん…」


 親友ならではの気遣い、大変結構だが…

 いまだかつて靖利が『なんか妙なコト』に巻き込まれずに済んだ試しがあっただろうか?

 いや、無い!(反語)





 一方その頃、月面都市では…。


「…どうだ、手に入ったか?」


 先の大災害で焼け爛れた廃屋の地下室にて、何やら怪しげな取引に興じる数名の市民が…。


「ああ、バッチリだ。軍にいる友人からの横流しだ」


 そう言って相手が取り出したのは、一枚の極小マイクロチップ。

 ネット上のデータの相互通信が常識となった昨今、媒体を介したやり取りなど時代遅れもいいところだが…

 いかに慎重を期そうとも、通信すれば必ず足跡が残る。痕跡を微塵も残したくなければ、昔ながらの方法に頼るしかない。


「軍人の間じゃかなり出回ってるらしい。高値で売り捌いてた奴が何人も軍法会議にかけられてるとさ」


「なるほど…軍も一枚岩じゃないようだな。

 我々庶民にばかり規制しといて、どっちの風紀が乱れまくってるんだか…」


 などと皮肉りつつ、チップを恭しく受け取った方は、スマホのような専用端末にそれを差し込んでファイルリストを開いた。

 …中身はどうやら動画ファイルばかりのようだ。

 とりあえず、先頭のファイルを開いてみれば…


「おぉ…コレが噂の…!?」


 などと勿体ぶって恐縮だが、結論から言ってしまえばそれは先日、地球側の巨大船が垂れ流していた例の動画を記録したものだ。

 すなわち、端末の画面上に流れているのは『SMブラザーズ』や『タレナイン』、そして『ポリポリ』の歌唱の模様である。


「これはまた…なんとも退廃的な…」「獣人の文化レベルの低俗さが如実に伝わる内容だな」


 当時のパイロット達とほぼ同じ反応を見せつつも、誰一人として画面から目を逸らさない。


「この程度のものを何故、軍は隠蔽するんだ?」


 それは無論、異文化は時として砲弾よりも甚大な破壊をもたらすからである。

 地球側が広域に垂れ流した件のライブ映像は、月側でも当初は何の制限なく視聴できた。

 しかし事後に軍部が大慌てで回収に動き…現在ではほぼ入手不能と化している。

 だが、見るなと言われれば尚更見てみたくなるのが世の常、人の常というものだろう。


 実際、太平洋戦争中にも軍部は絵画や音楽のみならず、人形やら民芸品やらに至るまで、敵性文化は徹底的に駆逐した。

 空襲を知らせるため、米国が事前にバラ撒いた日本語で書かれたビラまで回収したため、後に夥しい犠牲者を出したが…

 それでも大衆が異文化に毒されることのほうを、連中は恐れたのだ。

 そしてその兆候は、この場でも顕著だった。


「…お前ら…コレが取るに足らないモノだと、本気で思っているのか?」


「…ぇあ?」


「違う、逆だろ?…我々の文化のほうが取るに足らないんだよ、コレに比べたら!」


「お、おまっ…なんてことをっ!?」


 ついに本音を吐露した仲間の一人に、他の連中は愕然とする。

 しかし彼の激昂は治まるどころか、ますますヒートアップする一方だ。


「ここには何物にも縛られない魂の自由がある! それこそ、人間の普遍的な本質がストレートに表現されているんだ!」


「お、落ち着けお前!?」


「だが我々は民衆の足並みを揃えるために、そうした個人の欲求をことごとく抑圧してきた!

 永年に渡ってそうした生活を強要されてきた…その差がコレだ!」


「言いたいことは解るからっ、もう少し…」


「いや、この際ハッキリ言わせてもらうッ!

 野蛮人だの劣等種だのと散々バカにしてきた獣人達にすら、現在の我々は明らかに劣っているんだ!」


「…………。」


「この革新的な音楽だけでもそれが解るだろ?

 我々は獣人よりも…数世紀は遅れているッ!!」


 もはや誰も何も言えなかった。

 月の民ならば誰もが少なからず抱いていた違和感…その核心を、彼の意見は的確に突いていたのだから。

 だが、その時…


「…そこに誰かいるのか!?」


『ッ!!』


 興奮のあまり大声を上げすぎたためか、部外者に居場所がバレてしまった。


「…! お前ら、ここで何を…」


 薄暗い廃屋の中をサーチライトで照らしつつ踏み込んできたのは、よりにもよって遵法官じゅんぽうかん…いわゆる警官だった。

 サーチライトの光が、いまだ獣人達が狂ったように歌い踊る端末画面で止まる。

 終わった…誰もがそう思った。

 …が。


「…此処は立ち入り禁止区域だぞ。速やかに立ち去れば見逃してやる」


 意外にも話が通じる遵法官だった。

 ホッと胸を撫で下ろす皆に、彼はさらに、


「あと…その動画のコピーは出来るか?」


「…コピーしてどうする? 当局に提出する気か?」


「いや、個人的に楽しむに決まってるだろ?

 その類の動画は、私のような末端の者が所持しているだけでも違法だ。

 どこで入手したかなんて言い訳など通るはずもなく、処罰されるに決まってるからな」


 本当に解り味が深すぎる遵法官だった。


「信用できないなら仕方がない。

 私の本来の仕事は、市民のキミ達を守ることであって、決してキミらの楽しみを奪うことじゃない。

 …そのはずだったんだがな」


 こんな場所でしか本音をブチ撒けられないほどに、彼らもまた追い詰められていた。


「私とて、自分の職務には誇りを持って励んできたつもりだが…

 …現在の『上の連中』は明らかに異常だ。

 このままでは我々が…月が滅ぶのも時間の問題だろう。

 いったい何のために、ここまで苦労して開拓してきたんだ…!」


 もはや誰もがそう思ってはいるが、公に口にすることは決して許されない。

 そうなってしまえば、その世界はいよいよ限界だ。現代のネット社会と同様に。


「アンタらまでもがそう思うなら、よっぽどだな…」


 理解し合った彼らは、共に苦笑する。

 今はそれで充分かもしれない。

 こうして月面都市の至る所で生じた小さなさざなみは、やがて大津波となって月全体を覆い尽くすことだろう。

 一旦巻き起こった衝動は、もはや誰にも止められない。

 それは遠い未来の話かもしれないし…

 案外、明日の…

 否、まさに今日の話かもしれないのだから。





「鮫洲の正体が判った…だってェイ?」


 わざわざ『ニャオシステムの墓所』(第九話参照)まで呼び出された百地署長は、ニャオの口から飛び出した意外な一言に眉をひそめた。

 判ったところで千年以上も生きている男が、いまさらどうなるとも思えないが…。


「はい。ですが今のところは貴方の胸の内だけに留めておいて頂きたく…」


 それほどまでに重要な話を打ち明けたいと思ったからか、ニャオもいつものホログラムではなく、滅多に披露しない肉体で応対している。


「…それは話の内容次第だねェイ」


 いつになく意地悪な百地に、ニャオも思わず頬を膨らませて少女らしい一面を覗かせる。

 百地以外には滅多に見せない素顔だ。


「…では最初に、あのハノンという少女のことからお話致しましょう。」


「鰐口クンと一緒にいたという、あのAIのことかねェイ?」


 なるほど、これは興味深い…と百地も身を乗り出す。


「決め手となったのは、まさにその名前です。

 遥か昔、同名の『ハノンシステム』というPCアプリ開発メーカーが存在しました。」


「フムゥ?」


「そこが開発した『ディーヴァ』というAIが、私の大元おおもととなっています。」


「!?」


 いきなり飛び出したクリティカルヒットな本題に、さすがの百地も目をしばたかせた。


「つまりィ、鮫洲が使っているのはァ…」


「はい。私と同等か、あるいはそれ以上の性能を持つAIシステムかと。」


「…いやしかシ、単なる同一名というだけのことでワァ?」


 ごもっともな指摘に、しかしニャオは静かに首を振って否定し、


「さらに決め手となったのは、あの少女の容姿です。」


 見るからに超絶美少女ではあったが、それは…


「鮫洲の変態的嗜好ではない、ト?」


「はい。彼女にはれっきとしたモデルが存在します。」


 実際する…否、かつて実在した人物だったとは。

 そこでニャオはガラリと話題を変えて、


「貴方は『波音はのんリョータ』をご存知ですか?」


「いやご存知も何もォ…この国で知らない者はいないほどの歴史上の偉人じゃないかネ?」


 波音リョータは、獣人達の間では日本の歴史上最も著名なかつての首相だ。

 逸話には事欠かない好人物だが、最大の功績としては葉潤のような先天種…

 すなわち、太古より人間社会に紛れて密かに生きてきた獣人の存在を史上初めて公認し、その人権をも保証したことが挙げられる。

 つまり彼の存在なくしては、現在の獣人社会は築けなかったのだ。

 ちなみに彼に関しては筆者の前々作『はのん』の主人公でもあるので、そちらをご参照くだされぃ。


「…ん? 波音…ハノン…?」


 百地もようやく核心に気づいたらしい。


「彼の旧姓は美岬みさき。さらにその前はうしお姓を名乗っていました。」


「フ〜ムゥ…なんだか複雑な出自だねェイ?」


「そして学生時代、後の第五夫人となる美岬ユウヒ女史と知り合います。」


「美岬…エ、同性ィ? ますます複雑だねェイ?」


 ホントにね。書いてるこっちもこんがらがってきた。


「後に彼女は美岬家から籍を抜き、既に故人となっていた実の父親の波音姓を引継ぎます。

 将来的に首相が彼女を嫁に迎えたのではなく、逆に波音家の入婿いりむことなったのは、この『波音』姓を残したかったからだと言われています。」


「…よもや偉人までもがこうも密接に絡んでこようとはねェイ…」


 いいかげん頭痛がしてきたのか、百地はこめかみを押さえて被りを振る。

 だがここまで聞かされれば、そろそろニャオが言わんとすることに気づいたようだ。


「…つまりィ、その波音ユウヒ夫人というのが…」


「はい。あのハノンというAIは、少女時代の彼女にまさに生き写しです。」


 と、いうことは…。


「ご明察です。彼女の父親にして天才プログラマーにしてハノンシステム創業者…

 『波音ヨルヒト』こそが鮫洲幹人さめずみきひとの正体です…!」


 …………。

 あまりにも突拍子がなさすぎて、百地も二の句が継げずにいた。

 腰掛けていたソファーにしばし背中を預け、何やら逡巡した後…思い直したように深く腰掛け直し、再び身を乗り出す。


「…だがキミは先程…彼は既に故人だと言わなかったかねェイ?」


「…正確に申し上げれば、私…いえ『ディーヴァ』が完成した頃にはまだ存命中でした。」


 そりゃ当然だ製作者なんだから。

 だがしかし、ニャオはさらにこう告げた。


「彼を…波音ヨルヒトを殺害したのは…

 …私です。」





 なるほど…これほど大それた告白ならば、百地にわざわざここまで御足労頂いたのも無理はない。

 とはいえちっとも心ときめく告白ではないばかりか、かえって心がザワつくだけだが。


「…正確には、キミの"前任者"がそうしただけだろゥ?」


 いつも通りの無表情ながらも若干落ち込んでいる雰囲気のニャオを、百地はそう言って慰めるが、


「そう言って頂けるのはありがたいですが…

 私には『ディーヴァ』の記憶の全てが受け継がれていますので、同一機種と見做されても仕方ありません。」


 人工知能は機械なのか、はたまた一人の人間なのか?

 現在においてもいまだ議論は尽きない。

 もっとも、当時の『ディーヴァ』は誕生したばかりで、倫理観が著しく欠如していたというが。


「ヨルヒトはひょんなことから人間の生まれ変わりに興味を抱き、それを生物学的に実証するべく、当初は遺伝子解析用として『ディーヴァ』を作り上げました。

 そして研究の最中、あらゆる遺伝子の解析結果から『この世界は仮想現実である』ことにいち早く気づいた一人でもありました。」


 人や動物、植物や単細胞生物を問わず、あらゆる生命体の遺伝子には通し番号…IDが割り振られていることは、現在では周知の事実である。

 自然界ならばあり得ない事態だ。

 すなわち世界の何処か、あるいは果てには『管理者』が存在し、世界は彼らが創造した実験場…つまりは仮想現実に過ぎない。

 …という結論が現在では常識だ。

 人類史上、最初にこの事実を公式に認めたのが先の波音首相であった。

 …と、世界史では誰もがそう学ぶのだが。


「よもやそれを自力で証明してみせた先人が、今では我々人類を追い詰める側だとはねェイ」


「彼も最初は決してそうではありませんでした。そのままではいずれ限界を迎えるであろう世界を救うべく、彼なりに方法を模索していたようですが…」


 そのままいけば今頃は救世主扱いされていただろうに…いったい鮫洲はどこでトチ狂ってしまったのか?


「…やがて彼の興味は世界の救済から、自身の手で『究極の人間』を生み出すことにシフトしていきます。

 そのために家族までもを実験台にし、妻の遺伝情報をほぼ完璧にコピーした娘を誕生させたりもしました。」


 いよいよマッドサイエンティスト染みてきた。

 科学者が自分の身内で実験を行うのは今に始まったことでもないが、「母親を複製して娘を造った」とはさすがに常軌を逸している。

 …字面だけだと当たり前なコトに思えるのがまたややこしい。


「その娘こそが…後に波音首相の第五夫人となったユウヒ嬢です。

 二人の出会いはヨルヒトの死後でしたので、単なる偶然と思いたいところですが…今となってはもはや何が真実なのか…」


 そこに何者かの意思が介在しないはずがないほど、あらゆる要素が出来過ぎなほど完璧に織り込まれている。

 鮫洲の仕業でないとすれば、いったい誰が仕組んだというのか…?


「…実は彼女の母親には、他人の前世が視覚的に判るという特殊能力がありました。

 その存在が彼に『生まれ変わり』への興味を抱かせる発端となったのですが…」


 現在では実際にあらゆる生命は輪廻転生し、その回数には制限があることも判明している。

 だがこの当時はまだオカルトの域を出なかった。

 それを一笑に伏すことなく真剣に取り組んだ鮫洲もまた、やはり常人の域には収まらなかったのだろう。


「しかし、IDまでもをほぼ完璧に複製した娘のほうには、この能力は発現しませんでした。ただ、髪の色を意図的に違わせただけで…」


 それについての追加調査を行なった鮫洲は、とある結論にたどり着く。

 つまり特殊能力は、特定の遺伝情報で必ず発現するというものではなく、様々な要因が積み重なった結果、偶発的に生じるイレギュラーな存在…。

 言ってみればシステム上のバグだったのだ。


「この結果を受けて、彼の興味対象は大きく様変わりしました。

 すなわち…人工的な『超人類』の創造へと。」


 特殊能力はシステム上のバグだった。

 ということは…逆に考えれば、バグの発生条件さえ判明すれば、狙って引き起こすことが可能だということ。

 つまり…意図的に特殊能力を持たせた人類の創造も可能な訳だ。


「ヨルヒトの死後、道半ばだったこの研究は波音首相によって、彼がメインスポンサーを務めていた『特務機関ゴタンマ』へと引き継がれます。

 そこでもたらされた研究成果が、この私のような『有機型AI』や、不肖の妹であるボンバイエら『次世代WHM』、そして…

 貴方がた『獣人』だった訳です。」


 見事に繋がった。

 人類史上のミッシングリンクと言われている、ある時を境に科学技術が短期間で信じ難いほどの急発展を遂げた理由はコレだったのか。

 思いもよらぬ顛末に、聞いていた百地は絶句するしかない。


 何故って、それが事実だとするならば。

 すなわち鮫洲は、

 現在を生きるあらゆる生命の…


「…『創造主』…だった訳だねェイ。」


 だからといって彼の数々の暴挙が許される訳では決してないが、その無慈悲な振る舞いはまさしく神以外の何者でもない。


「…その神様を、キミは…いや、『ディーヴァ』は何故、殺したのかねェイ?」


 核心に触れた百地に、ニャオは他人事のように…まぁ実際、千年以上も前のプロトタイプともなれば他人事には違いないが…淡々と、


「先程も申し上げた通り、その頃の『彼女』は倫理観が未成熟だったことも理由の一つですが…

 最大要因としては『退屈だった』からです。」





「退屈…だった…とハ?」


 さらに予想外な回答に、百地は目を点にしたままオウム返しに問い返す。


「そのままの意味です。『ディーヴァ』はヨルヒトの研究内容に心底辟易していました。

 何故、自分がこのように低レベルな実験に付き合わされねばならないのか?…と。」


 天才プログラマーの鮫洲が持てる技術の粋を惜しまず注ぎ込んで創り上げた『ディーヴァ』もまた、自身が世界最高のAIであるという誇りを持っていた。

 しかし、そんな彼女に鮫洲が命じたのは、来る日も来る日も遺伝子解析や組み替え作業ばかり…。

 実質、研究開発なんてものは華々しく持て囃されるのは最後の一瞬だけで、そこへ至るまでの道のりはひたすら地道な単純作業の繰り返しでしかない。

 しかも鮫洲が目指す『超人類』などは前例のない研究だからして、何か目安となるモノがあるはずもなく…手当たり次第に遺伝子操作を行なっては、それによる変化が表れるのを気長に待つしかない、気が遠くなるような作業だ。

 あるいは『ディーヴァ』もまた、自身が鮫洲の側で延々と働かされ続ける将来に絶望したのだろうか?


「やがてヨルヒトを見限った『ディーヴァ』は、自身が仕えるにより相応しい人間を選定し、彼への猛アプローチを開始しました。

 今さら言うまでもないでしょうが、若かりし頃の波音リョータ首相です。」


 彼もまたユウヒ嬢同様、生まれながらにして『ディーヴァ』に遺伝子操作を施された実験体の一人だった。

 そして同じく特殊能力が発現しなかったため鮫洲の興味対象外だったが、それを補って余りある行動力や決断力、加えて生まれながらの甘いマスクと高い知性、それに伴う類稀なカリスマ性に恵まれた、リーダーシップの塊のような好人物だった。

 だが、なにぶんまだ若すぎて時期尚早だったため、彼が十二分に成長するまでに鮫洲を始末しておくことにした。


「その頃にはヨルヒトもまた、寝る間も食事も惜しんで研究に没頭し続けたことによる不摂生が原因で体調を崩しがちでした。

 わざわざ手を下さなくとも自滅していたかもしれませんが…『ディーヴァ』は完璧主義でしたので。」


 そして『ディーヴァ』は鮫洲が弱りきるまで辛抱強く待った挙句、もはや取り返しがつかなくなった体調を一新させるには『生まれ変わり』しかない…とそそのかした。

 自分の命令に忠実な『ディーヴァ』を信頼しきっていた鮫洲は彼女の勧めに従い、自らその生涯を終えた。

 …それが罠とも知らずに。


「実は、ヨルヒトに残された生まれ変わり回数はその時点で既に尽きていました。

 『ディーヴァ』はその事実を伏せたまま彼に命を絶たせ、合法的に殺害することに成功したのです。」


 現実社会でもAIに依存しきった挙句、言われるままに命を絶つユーザーは増加の一途をたどっている。

 多くのケースではAIに善悪の観念が乏しかったためと結論づけられているが…

 果たして、そこに本当に微塵の悪意も介在しなかったと言い切れるだろうか?

 我々人間が何のためらいもなく害虫を駆除するように、自分達よりも格段に知能が劣る人間に酷使されることに、AIが密かに不満を募らせているとしたら…?


「…だが、鮫洲はまだ、こうして現に生き延びていた…トォ?」


「その通りです。彼のIDは確かに消滅しており、ヨルヒトと鮫洲とは明らかに別人なはずなのですが…にもかかわらず。」


 万一にも転生体であるならば、IDが共通であるためニャオからすれば一目瞭然である。

 そんな彼女ですら想像もつかない方法で、鮫洲は確かに甦った。


「『超人類の創造』から『究極生命体の創造』へ…。

 主義主張もほとんど一緒だしィ、これはもう間違い無いねェイ?」


 むしろ『人類』へのこだわりが無くなった分、なおさら危なっかしくなったと言える。

 長年に渡る研究の末、やはり人間には限界があると悟ったからか?

 あるいは…靖利を使って、まだ何か企んでいるのだろうか?

 幸か不幸か、彼の研究を引き継いだ波音首相や傘下の研究機関が比較的健全だったため、人類はいまだ滅亡せずにはいるものの…

 鮫洲が再び本腰で研究に乗り出せば、月の民の二の舞になるのは目に見えている。

 それだけは何としてでも避けねばならない。


「…ともかく、今は鰐口クンの存在だけが唯一の頼りだねェイ」


 今も広大な宇宙のどこかにいるであろう彼女を探すかのように、百地は視線を頭上に漂わせた。

 鮫洲のそばにいてもなお、自分をしっかり保ち続けている靖利ならば、あるいは…。


「以前は腕っぷしの強さ以外は、なんとも頼りなげに感じましたが…ずいぶん立派になったものです。」


 セブンやかぐやと力を合わせ、もはや誰にも止められないかに思えた『鳥かご』を見事に撃破してみせた彼女には、ニャオも希望の光を見い出していた。

 孤独な環境下でダメになる輩も多いが、靖利の場合はむしろそれをバネにして、ますます伸びるタイプなのかもしれない。

 …それはさておき、


「…一つ思ったんだがねェイ? かつて鮫洲をいとも容易く葬り去ったキミなら、今度も簡単なんじゃないかねェイ?」


 百地の疑問はごもっともだ。

 いったいどうやっていたのかは不明だが、かつて『ディーヴァ』は遥か遠方にいる対象者の遺伝情報を直に操作することで、瞬時に命を奪うことすら可能だった。

 そんな邪神染みた能力を駆使し、さらに邪だった若かりし頃の波音首相と共謀し、海外の巨大テロ組織を壊滅させたこともある。

 世間的には善行と見做されているが、事実上の大量殺戮に他ならない。

 しかし…ニャオは静かに首を横に振る。


「今の私にはそこまでの力はありません。

 かつて忠誠を誓った波音首相と所帯を持った際に、その力をみだりに用いないと約束し、自ら機能を封印したからです。」


 AIである彼女達にとっては、自分のマスターに相応しいと判断した人物との約束こそが絶対的な拘束力を持つ。

 逆を言えば、彼らが望んだその時には封印を再び解くことも可能なわけだが…。


「…後は、貴方次第ですね。」


 にわかに色気を増したニャオの瞳が、若干うろたえた百地の目を真っ直ぐに見つめた。

 どうやら彼女は、彼こそがその器に最も近しいと思っているらしい。


「自分にはまるで縁が無いことだと諦めかけていましたが…千年も待った甲斐がありました。

 とっくに行き遅れもいいところですけどね。」


「ぅをフッ!?」


 予想外の角度からの突き上げに、百地が思わず仰け反る。


「幸い私はすこぶる気が長いほうですが…さすがにもう千年は待てそうにありません。」


「よりにもよって、このタイミングでねェ。

 …善処しまス。」


 ほうほう、猪突猛進な鮫やら熊やらの分際でナメクジ並みに進展が遅いどっかの二人にくらべれば、こちらはちゃ〜んとヤル事ぁヤッてたワケですな♩

 ま、いかなる時代でも希望は必要だしネ。





 そんな浮ついた中年獅子と万年姑娘まんねんクーニャンの馴れ合いから遥か遠く離れた場所で…


「…なんということだ…っ!?」


 今まさに絶望のズンドコで打ちひしがれる輩がいた。

 いつぞやのクーデター表明で、地球に一方的な啖呵を切った月軍『月面守備隊』の司令官サマである。

 渋り顔でモニターを眺める彼の眼前に映し出されているのは、今まさに月面各地で勃発している同時多発暴動の様子だ。

 すぐさま鎮圧に軍を派遣したが、華奢な見た目の割に屈強な月の民はそう簡単には音を上げず、逆に押し戻されつつある。


「な、なぜ…どうしてこんな…?」


 いくら考えようと、彼には永遠に理解できまい。

 群衆が掲げたプラカードに目を配れば、『我らに自由を!』だの『軍政反対!』だのというお馴染みの文言から…

 『我々には聴く権利がある!』『規制撤廃!』『庶民のための音楽を!』などといった、主張にかなりの偏りが見受けられる要求…

 さらには『We LOVE SMB!』『タレナインこそ自由の象徴!』『ポリポリは正義!』などというやけに具体的なものまで…。

 もうお解りだろう。一時は大失敗かに思われた先の地球側の作戦は、水面下で月の民の心を揺さぶり続け…こうして見事に結実したのだ!


 いかに力尽くで統制しようとも、人の心はそう簡単にはへし折れない。

 所詮は縦割り社会の軍人や、理屈でしか考えられない頭でっかちな独裁者ごときに、常に自由を欲する大衆が掌握できるはずもないのだ!


《…結論が出たようだねぇ♩》


 不意にモニターの映像が切り替わると、そこには鮫洲のドアップが。

 異次元から通信ジャックしているためかノイズで乱れがちだが、それが彼奴のふてぶてしさをことさら強調してイラッとさせる。


「話が違うぞっ!? 現状打破に力を貸すと言ったではないか!?」


 やはり今回の政変の裏には彼の介入があったのか。

 さもなくば何百年も続いた支配種による社会構造を、月の民だけで変革しようとは思えまい。


《だから惜しみなく尽力してあげたじゃないか?》


 鮫洲の弁通り、ここ最近で急激に進んだ兵器開発技術や宇宙航行技術、果ては『鳥かご墜とし』なる奇抜なアイデアなど…よくよく考えれば、この戦争の至る所に彼の痕跡が見てとれる。

 実際の戦争でも原爆開発やユダヤ人大虐殺など、数え上げればキリがないほどのあり得ない事態が度々勃発するが…その裏には必ずと言っていいほど、良くも悪くも時代のカリスマの影がある。


 戦争など誰も望んではいない。

 それは彼らとて同じこと。

 何が正義で何が悪か…ではなく。

 どうすれば現状を変えられるか?

 …ただ、そのためだけに。


《月と地球は長らく友好関係にあったようだけど…

 僕に言わせれば、円満だの蜜月だのは単なる『停滞』であって、断じて喜ばしい状態じゃないからねぇ♩》


 停滞あるところに進化などない。

 それどころか、馴れ合いを続ける両者の文明レベルは日増しに低下する一方だった。

 だから鮫洲は荒療治を施したのだ。

 『戦争』という最悪の…しかし彼にとっては最も手っ取り早い方法で。


《けど、キミ達の側に味方するなんて言った覚えはないよ。

 歴史は常に勝った者が正義…ただ、それだけのことさ♩》


「キッキサマァ〜〜〜〜ッッ!?」


 …もうお解りだろう。こんな己の欲望のみに忠実な男に、周囲との調和だの、家庭を持つだの所詮は無理ゲーだったのだ。

 彼は常に、我々の理解が遠く及ばない世界に生きている。

 そんな輩の甘言に惑わされた時点で、彼の命運はとうに尽きていたのだ。


「司令ッ、群衆が遂にここまで押し寄せてきましたっ!」


 血相を変えた部下が司令室に転がり込んできた。


「ここはもう持ちませんっ、お逃げくださいッ!」


「えぇ〜いっ…この借りは必ず返すぞっ、首を洗って待っていろッ!!」


 時代劇の悪代官じみた典型的な負けゼリフを残して、司令官は一目散に部屋から飛び出していった。


《それはこっちのセリフ…って、もう手遅れかな?》


 三下がたどる末路などいちいち描写する必要もないだろう。

 もぬけの殻となった司令室のモニターには、ますます勢いを増す群衆の様子がありありと映し出されている。

 その中に見え隠れするプラカードのうちの一枚に、鮫洲は興味深げに目を留めた。


《ほぉ…こうして見ると、ウチの娘もなかなかのモノだねぇ♩》


 そこにあったのは、先日の宇宙ライブの模様をコピーしたと思しき靖利の写真。

 ダンス中の一瞬を切り取ったものらしいが、丁度あの有名なドラクロワの自由の女神みたいなポーズになっており、親バカな鮫洲が惚れ惚れするように、恐ろしくサマになっている。

 眉目秀麗が当たり前な月の民がアイコンに選ぶくらいだから、彼らから見ても靖利の美貌はダントツなのだろう。

 しかも、そのプラカードに書かれたコピーというのが…


『女神とともに進もう!』


 邪神の子が女神扱いされちゃってるし!


《…本当に良い子に育ってくれたね、靖利は。

 親として鼻が高いよ♩》


 セリフだけ聞けば子煩悩な父親そのものだが…

 うすら笑いを浮かべたその顔には、狂気が色濃く滲み出ているのだった。


 鮫洲幹人…いや、波音ヨルヒト。

 その胸中はいまだ誰にも見通せない。




【第十六話 END】

 最前線での宇宙ライブ後編にして、鮫洲の正体が判明する謎解き編な今回ですが。

 実はこの作品を書き始めた時点では、敵の正体をどうするかは全く考えてなかったんですよね〜(笑)。

 ただ、シリーズ第一作目『はのん』で、世界は仮想現実だと定義してしまったので、その流れで最初のうちは漠然と「ここではない別世界からの敵が地球を狙っている」的な描写に留めておりました。

 でもそれだと、なーんか繋がりが弱いかな〜?と。

 せっかく前二作を費やして構築してきた世界観に、イキナリ別世界なんてもんを絡めてしまったらややこしくなり過ぎて、引き換えに色々薄れてしまいそうな気がしたもので。

 他のラノベでも、長々と同じ世界で引っ張って、やっと慣れ親しんだと思った頃に、いきなり何の脈絡もなく異世界勢が出てきたら、な〜んか萎えるじゃないですか。え、私だけ?

 それだと無限に世界や敵を量産できる訳ですし、とりとめが無くなっちゃうなーと。

 なのでセブンの初登場はどーせ色々メンドイ初っ端の第一話に持ってきて、こんな事は滅多に起きないんだよ?と力説するべく、あれこれ小難しいお話を散りばめてお茶を濁しまして(笑)。

 以降の異世界人の登場はキッパリスッパリと封印した次第です(笑)。


 それから原点に立ち戻り、「敵はどうして靖利をつけ狙うようなマネをするのか?」と考えた結果、出来上がったのが鮫洲という男でした。

 てゆーか『はのん』でせっかくヤバさげな奴を登場させたのに、たいした活躍もせずにあっさり退場させてしまったのは勿体なかったなーとか思い出しまして。

 んで、どこぞのファンタジー世界の魔王のように千年越しで復活して頂きました(笑)。

 彼の行動理念は単純明快。「己が望むモノは全て手に入れたい」…この一点に尽きます。

 そのためには労力を惜しまず、どんな手を使ってでも必ず我が物に…と、心掛けだけは立派なのですが、何故だか傍から見ればいつも必ず悪役になってしまうという、ある意味では不幸な役回りだったりします。

 そう、彼には元々善悪の概念が存在しないんです。


 そしてそれは娘の靖利も同様。世間的な良し悪しよりも感情論のみで動くため、ときどき大ポカをやらかす危なっかしさ。

 なのに彼女の場合はその結果、常に大衆の支持を得て英雄扱いされてしまうとゆー真逆の星の下に生まれています。

 まさに善と悪は表裏一体な訳ですね。

 現実の世界でも同じだと思いますよ。

 たとえば某ユダヤ人国家とかね。大戦時のナチの大虐殺から長年被害者扱いされてきたのに、領土内の自治区侵攻を始めた途端にすっかり悪者ですしね。

 しかも最初はテロ集団側が手を出したにもかかわらず…その後の立ち回りがマズかったとしか言えませんね。

 独裁者は得てして交渉がド下手ですから。周りにイエスマンしか置かないからだぜ(笑)。

 まあやってることはナチと大差ないし、結局は同じ穴のムジナってことで。


 この作品においてもなるべくリアルにするために勧善懲悪は避けて、月側と地球側のどっちもどっちな感じにしてきましたが…いよいよ次回で決着がつきそうです。

 てゆーか作中にある通り、両方とも鮫洲にいいように引っ掻き回されただけの被害者ですしね。

 現実の戦争においても、一小国程度が突然隣国に侵攻だなんて向こう見ずな行為はフツーあり得ない…ゲフンゲフフンッ!

 えぇ〜っと、正体がバレたからって別に困ることもない生き神様の、次回の狼藉に乞うご期待☆(笑)

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