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野性刑殺  作者: のりまき
13/18

父娘慕情!

【前回のあらすじ】

 鹿取かとり社長にスカウトされた靖利の実兄、號壱ごういち號弍ごうじ號留ごうるの三人で結成された『SMブラザーズ』と、母の靖美をリーダーとして人妻ばかりで結成された九人組アイドルグループ『授乳戦隊タレナイン』が公式デビュー。

 収監中だったため合流が遅れていた小鞠の母・真里子を迎えに行った熊田は彼女から猛アピールで迫られるが、かつての親友でありチームメイトだった鹿取社長の婚約者を自ら射殺してしまった負い目から受け入れる気にはなれない。

 ならば靖利とはどうなのかと問われ、やはり答えられなかった熊田ではあるが、その心境は少なからず変化し始めているようで…。


 そんな最中に開催された三グループ合同ライブイベントに、あろうことか彼らの実父であり前夫である鮫洲幹人さめずみきひとが横槍を入れてきた。

 ステージ上の巨大モニターに登場した彼に言われるまま夜空を見上げた靖利達は、そこに赤々と燃え上がる月の都を目撃する。

 結果的に、大惨事の割にはDNAレベルで強化されていた月の民の犠牲者数は比較的少数に留まった。

 だが、首謀者・鮫洲の家族であることが知れ渡った鰐口わにぐちファミリーへの非難は避けられない状況となり…。





《皆様こんにちわ、黒山羊鉄子です。》


 放送開始から早数十年目を迎える、お昼の某長寿テレビトークショーが今日も始まった。

 司会はヤギ型獣人の有名ベテラン女性タレントで、やたら早口な独特の口調でまくしたてるのが特徴。

 もうずいぶん長いこと放送業界にいるため、本当はヤギではなくシーラカンスなのでは?との噂もあるほど高齢なのにお元気そのものだ。


《本日のステキなゲストは、この方たちで〜す♩》


 司会者が呼びかけるなり、セット上方から階段を飛び降りる勢いで活発な三人組が飛び出してきた。


《ちーっす皆の衆! 『SMブラザーズ』でーすっ☆》


 実の三兄弟とのことで息もピッタリな自己紹介を終えて、さっそくスタジオ内のソファーにふんぞり返る彼らに、


《ま〜どうでしょ、ついこないだデビューしたとは思えないこのふてぶてしさ♩》


 この司会者が悪態を突くのは、大概ゲストをいたく気に入ったときだ。


《早速ですけど、皆さんはあの鰐口靖利さんの…》


《ハイ兄貴でぇーす!》《兄貴扱いされたことなんて一度もねーけどな》《俺達のこと散々コキ使ってくれやがったしな!》


 ここぞとばかりに靖利の過去の悪行を洗いざらいぶちまける三兄弟。


《いつだったか、自分が寝小便タレたの俺の仕業にしやがったこともあったぜ!?》《姫…向かいに住んでた留未タンが大事にしてたアクセ壊したの、俺に押しつけてコッソリ直させようとしたこともあったしな!?》


 相当ディープな過去バナまで暴露してるが、止めに入るべき靖利はこの場にはいない。

 無論、三人がこの後どうなるかは知る由もないが。


《あ、皆さんは向井留未さんの幼馴染でもあるのね?》


《幼馴染っつーか、兄貴代わり?》《姫は一人っ子だったから、ガッツリ俺達に懐いててな?》《あの頃はムチャクチャ可愛かったな〜♩》《今でもカワイイじゃん、あんま変わってないし》《まったく成長してないとも言えるな》《背丈もおっぱいも小っこいまんまだし》


 ハイ三人死亡ケテーイ♩

 そんな三人の軽妙なトークに散々笑い転げていた司会者は、


《ま〜ま〜とっても愉快なお三方で。

 でも…これまでは結構なご苦労をなさってきてるのよね?》


 超ベテランの貫禄ともいえる合いの手で、話を超強引に軌道修正した。


《たとえば…こないだ月の都を燃やしちゃった、あのトンデモナイお父様とか?》


 さて、ここからが本題…とばかりに先日の鮫洲の悪行に触れた司会者に、三人は辟易した様子であ゛〜…と唸る。


《言っちゃアレですけど、俺達》《アイツを父親だと思ったことなんて一度も無いですよ!》《父親らしいコトなんて何一つしてもらった覚えが無ぇしな!?》


 三人の話に嘘偽りが無いことは、事件直後に故郷の小笠原に飛んだマスコミや政府関係者の調査により明らかになっている。

 ご近所の証言から、彼らが鮫洲からネグレクト的な扱いを受けていたことが判明したのだ。

 従って、鰐口ファミリー中では最も鮫洲の関心が薄いと判断され、身辺警護に割く人員も最小限となっている。

 それでも…


《今だって、あんな連中が四六時中くっついてくるんだぜ!?》《もぉウザってぇったらねーよ!》《こんなんじゃナンパもろくに出来ねーじゃん!》《いやアイドルがナンパすんなよみっともねー!》《え〜? いいじゃん、職権濫用ってヤツだよ》《なおさら悪いわっ!!》


 憤慨する三人からカメラが大きくパンするあと、セット外で待機する厳つい黒服たちの姿が。

 一人につき二人ずつ、そしてそれらを取りまとめる主任やら連絡役やらで、総勢十人前後はいる。コレらが朝から晩まで行動を共にするのだ。

 SMBは芸能活動については一切の制限を受けていないが、これでは何をするにも著しい障害が生じることは想像するまでもない。


《まー大変ねぇ。お父様はどうしてあんな事を?》


《知らねーよンなもん!》《アイツは昔っから何考えてんのかちーっとも解んねぇ奴だったぜ》《家族でいても、いつも一人だけ別んトコ向いてるような奴だったな…》《母ちゃんも辟易したから別れたんじゃねーのか?》


 散々彼に引っ掻き回されてきた彼らなだけに、その憎悪はハンパない。

 あまりの剣幕に司会者もどう接して良いものかと途方に暮れかけたところで…


《でもよ…心配なのは靖利だよな?》《あぁ。アイツはメチャ父ちゃんっ子だったからよ…》《あんまし思い詰めてなきゃいいけどな…》





『ブッッッ殺ォーーーーッス!!』


 デカ部屋備え付けのテレビの前で大憤慨たけなわな靖利と留未。

 心優しき兄貴達がせっかく気遣ってくれたというのに、彼女達の恥ずらかちぃ過去や気にしてるコトを思クソ暴露してくれやがったせいで台無しである。


「クソ兄貴ども、調子ブッこいて何バラしてやがんだァッ!?」


「ガキの頃の話だろ? カワイイじゃねーか寝小便タ」ガブリッ!「レェア〜〜〜ッス!?」


 笑い転げながら茶々を入れた熊田の肩に、間髪入れずに靖利のシャークマウスが炸裂!

 小鞠に会いに頻繁に熊田の部屋を訪れるようになってから、だいぶん遠慮がなくなった二人ではある。


「今でもお漏らししてるなら、ソレはソレで需要があるけどネ♩ 潮吹」ズドビュンッ!「きぃやぁあ〜〜〜〜っ!?」


 懲りずに絡んでいった葉潤は、留未が左手でブン投げたボールペンが耳たぶを貫通してか弱い悲鳴をたなびいた。


「でもたしかに昔、靖利ちゃんのお布団が干してあるのをよく見かけたけど!」


「クゥッ…ピン子お前もか…っ!?」


「てゆーか…あのアクセ壊したの、やっぱり靖利ちゃんだったんだ?」


「んなっ…気づいてたのか!?」


「そりゃ誰でも気づくよ、あんなに接着剤ハミ出しまくりでベッタベタに直してあったら。ホントに大切にしてたのにぃ…」


「ううっ…畜生あんにゃろっ、絶対バレないよーにしとけって言っといたのに…!?」


「そもそも靖利ちゃんが壊さなければ直す必要もなかったんじゃない?」


「ゔゔゔゔゔ〜〜〜っ!?」


 ジト目で睨む留未に大正論で追及され、たじろぐしかない靖利だが、


「でも…一生懸命直してくれたって解ったから、ますます宝物になっちゃったけどね♩」


「ピン子…♩」


 幼馴染の優しさにじんわり涙ぐむ靖利だが、


「…あ、直してくれたお兄ちゃんには感謝してるけど、壊したのを隠した靖利ちゃんは今でも許してあげないヨ♩」


「がちょーん。」


 今さら言えないが…かつて二人がまだ幼い頃、靖利の部屋に遊びに来た留未が、いつも愛用していた髪留めを落としていったことがあった。

 すぐに届けようとしたものの…そこはズボラで呑気な靖利のこと、すぐ向かいなんだし明日でいいや、必要なら自分から取りに来るだろうとそのまま放置。

 だが…靖利のお気に入りな女の子のお気に入りの品が、すぐ目の前にある。

 あたかも好きな子のリコーダーを盗んだクラスの悪ガキのごとく、そのまま返すのはもったいないな、と。

 で、興味本位で付けてみようとしたところ…案の定、力加減を盛大に誤り、見事にバッキョリやってしまった!

 そこへたまたま通りかかった號留が、愕然としている靖利と、その手に持った見覚えのあるアクセを見つけて…。

 いつも父親にエコ贔屓されてばかりの妹に、せめてもの仕返しとばかりにからかってやろうかとも思ったが…


"せっかく仲良くなれたのに…また嫌われちゃう…"


 そう呟いて泣きべそを掻く妹を見てると、居ても立ってもいられなくなった。

 たとえ自分より背がデカくて、いつもコキ使ってくれてばかりのワガママな女だろうと…可愛い妹であることに変わりはないのだ。


"貸せ、俺が直してやる。お前は明日、なーんも知らんぷりして突っ返してやればいい。

 バレたら俺が壊したことにしとくから"


 この時ほど兄の存在が頼もしく思えたことは過去の靖利にはなかったし、今後もまずないだろう。

 そして翌日、一見して恐ろしく不恰好になって返ってきた髪留めを見て、留未はすぐに気づいた。

 天性の不器用者な靖利には、ここまでの修理技術は無い。とすれば、コレを直してくれたのはたぶん、お兄ちゃんだろうと。

 一人っ子の留未にとって、三人も兄がいるお向かいの幼馴染はすごく羨ましかったし、そのぶん実の兄のように存分に甘えていた。

 その兄が一生懸命直してくれたのなら…それはもう、この世に二つとない超レアな宝物じゃ〜ないか♩

 ということで、実はその髪留めは今でも後生大事に取ってあったりするのだ。

 そしてそれを見るたびに、このどーしょーもない乱暴者な妹は自分が守ってあげなきゃな…と思う(二人は互いに相手を妹分だと認識している)。


「…ええ話やなぁ…♩」


 傍らで聞き耳を立てていた鹿取社長がもらい泣きしているが…この流れ、前にもどこかで…?


「いやいや感心してる場合ですか? 現実問題どーすんのコレ?」


 と社長を嗜めた留未が部屋の片隅を指差せば…そこにはSMBに群がってるのと同様な黒服の一団が。

 靖利は最も鮫洲に狙われる可能性が高いことから、護衛の人数も一人でSMBと同等以上。

 てか護衛付きの刑殺官て何やねん。

 無論ガッツリ行動制限くらってるから、おちおちパトロールにも行けやしない。かといってこうしてデカ部屋に詰めてたって何もすることが無いし…もう商売上がったりだ。


「ソレについては我慢してもらうしかないけど…『鮫洲ネガティブキャンペーン』は予想以上に好調よ♩」


 と社長が差し出したのは、今日発売されたばかりの週刊誌。内容は大半がゴシップ記事と健康改善記事のアレだ。


「ソレならもう読みましたよデジタル版で」


 と留未が差し出したスマホには、申告通りネット配信版の週刊誌の記事が。デジタル版は書籍版よりも早く発刊されるのだ。

 その表紙及び巻頭特集には『月を滅ぼしかけた凶悪犯・鮫洲幹人の真実!!』なる見出しが躍る。

 すなわち、鮫洲を徹底的にクソミソのケッチョンケチョンにコキ下ろして完全な悪役に仕立て上げることで、引き換えに鰐口ファミリーの保身を図ることが狙いだ。

 所属タレントのスキャンダルなら過去に何度も煮え湯を飲まされた鹿取社長が陣頭指揮を執り、連日テレビやネット・週刊誌等のマスコミをフル活用して彼奴の悪行を洗いざらいぶちまけている。

 その矢面に自ら立つのは、かつて彼と所帯を持っていた靖美本人だ。

 今日はコレとは別の雑誌の取材に出掛けているし、仮にスキャンダルなど無くとも絶世の美女は引く手数多だ。


「どれどれ…"私は前々から思ってたんですよ。あの男ならきっとヤルって。"

 う〜ん、母ちゃんならまず言いそうにないセリフだなぁ」


 てかそもそも鰐口家の家訓は「どうせヤルならテッテ的に!」だし。

 それはともかく靖利の指摘通り、ほとんどはでっち上げだ。

 だいたいスキャンダルなんてモノは大抵の場合、男側が悪者になるに決まっている。

 さらにはどっかで見たようなテンプレ記事のほうが読者も想像が容易で共感を得やすい。

 その中に正真正銘の事実を混ぜ込むことで、より信憑性が向上するのだ。

 既に「鮫洲は靖利を産ませるためだけに、何の愛情も抱かないまま靖美に接近した」ことは吹聴済みで、女性層を中心に「なんてヒドイ奴だ!」と大いなる反響を呼んだ。

 その甲斐あって、当初は同じ家族ということで少なからず批判を受けた靖利達も、ほんの短期間で世間ではすっかり被害者として認識されている。


「フッフッフッ、今に見てなさいよ鮫洲…。

 この私肝入りの一大イベントを台無しにして大損失を出させた報いは、キッッッチリ受けて貰うんだからァーッ!!」


 それが社長の本音か。一見無害なようで、実は怒らせると一番手に負えない輩やもしれぬ。

 だがそんな彼女の尽力で、靖利達のダメージ回復は急速に進んでいるのだ。

 …表向きは。


「…父ちゃん…」


 しかし靖利の胸中は複雑だった。

 昔から鮫洲を嫌悪していた兄達や母は、もはやすっかり吹っ切れた様子だが…

 靖利にとっての彼は、いまだに昔のままの優しい父親なのだ。

 そりゃあ大衆の面前であれだけのことをしでかしたのだから、世界中が彼を世紀の大悪党呼ばわりするのは致し方がない。

 それでも…靖利はまだ、彼を信じたいと願っていた。

 同じ血を分けた家族を…大好きな父を。

 でなければ、自分の今までの努力はいったい何だったというのか…?


《ジッ…ザザアッ!》


 点けっぱなしだったテレビから、突然耳障りなノイズ音が流れ出した。


《あ、あらあら…いったいどうしたのかしら?》


《おい、このパターンは…》《まーたアイツかよ!?》《どんだけ俺達の邪魔すりゃ気が済むんだよ畜生がッ!》


 いまだトークの最中だった番組司会者と兄達が困惑したまま、映像が乱れて掻き消える。


《今しがた次元振動を観測しました。今度はかなり大きいです…!》


 入れ替わりにデカ部屋に出現したニャオのホログラムが、いつも通りの無表情ながらも切羽詰まった様相で告げる。

 次いで、別室でレッスン中だったボン子・セブン・小鞠をはじめ、タレナインのメンバー一同も「なんだなんだ!?」と詰めかけてきた。 SMB以外のアイドル活動は当面自粛中なのに、みんなマジメだな。そしてどうやら、練習の合間に皆も同じ番組を見ていたようだ。


「これだけ美女揃いだと華やかだねぇ♩」


 と鼻の下を伸ばした葉潤が留未にケツバットされるのを呆れて眺めていた熊田が、ふと窓の外に視線を走らせ…


「…なんだ、ありゃあ?」


 真っ先に異変に気づいた彼につられて、全員が窓に目をやる。

 真昼の青空に、沸き立つような入道雲。夏場にはよくある光景だ。

 …ただし、直前までそこには何も無かった。

 あれだけ巨大な雲が、いくらなんでも一瞬で生じるはずがない。


「…やはり来たようだねェイ?」


 別室で真羅樫まらがし刑視正と今後の対応を協議していた百地ももち署長らも揃ってデカ部屋に現れ、窓の外の巨大雲を睨みつけている。

 ということは…やはり。


《フフ…予告通り、迎えに来たよ…靖利。》


 ブラックアウトしたままのテレビから、ノイズまみれの鮫洲の声が流れ…

 それに呼応するように、雲間からソレが姿を現した。





 それは突然のことだった。

 入道雲を食い破るようにして、中から巨大な機体がゆっくりと這い出てきたのだ。

 見た目はあのシャチUFOに似ているが、アレとは比較にならないほどの途轍もない大きさだ。

 先日ライブを行った大型ドーム球場が真下に見えるが、ソレが何個も余裕で収まるほどなのだ。


「…大昔のSF映画みたい…!」


 誰かが呆然と呟いたが、まさにソレだ。

 宇宙人など実際には居ないことが明らかになった現在では、そんな荒唐無稽な作品は作られなくなって久しいが…それだけに、こうして目の前で展開されていてもまるでリアリティがない光景だ。


「…アレも鮫洲の作品なのかね?」


「…そのようだねェイ。奴にこれほどの力があったとは、正直驚きだがネ…」


《今しがたまで彼の存在がどこにも検知できなかった訳ですね。次元航行能力を実現するには、あれだけの質量が必要だったのでしょうか…?》


 真羅樫と百地のやりとりに、ニャオも思わず口を挟んだ。

 あんなに巨大な構造物が、今まで次元の狭間に潜んでいたというのか。


《…おいで、靖利。》


 テレビから再び鮫洲の声が。

 見れば、いつの間にか鮮明になった映像の向こうから、彼がこちらに向かって手招きしている。

 こちらの次元に完全に移動し終えたらしい。


「父ちゃん…っ」


 弾かれたように身を翻す靖利だが、


「行っちゃダメッ!」


 留未が必死に羽交締めにする。しかし小柄な彼女に大柄な靖利を踏みとどまらせるだけの力はない。


「マズイぞっ、取り押さえろッ!」


 真羅樫の号令一下、熊田たち御丹摩ごたんま署メンバーと護衛官達が慌てて靖利を取り囲むが、


「えぇいっ…どけぇーーーーッ!!」


 靖利は物凄い力でその全員を跳ね除けた。獣人化していないにもかかわらず、信じ難い怪力だ。

 頭数だけの護衛官なんぞでは、"火事場の馬鹿力を日常的に発揮できる"単純バカを御すことなど所詮不可能だったのだ。

 その他大勢が恐れをなして後ずさる中を掻き分けて、靖利は部屋の外へと飛び出していく。


「くっそぉっ、アイツがここまで単純バカだったとはな…っ」


「思い切りの良さはヤッちゃんの魅力だけど、見境の無さは頂けないかな…?」


 ヨロヨロ起き上がる熊田と葉潤に、


「感心してる場合ですか!? 追いかけますよっ!」


 断じて感心はしてないと思うが、留未はそうどやしつけると先頭切って駆け出した。

 他の皆もとりも直さず、その後を追う。

 部屋を出て廊下を突っ切り、署の外へ。

 もともと小さな留未の後ろ姿は見る間にますます小さくなって、今にも見失いそうだ。

 その先に飛び出ていった靖利の姿は、もうどこにもない。


「ゼェハァ…な、なんだアイツら、メチャクチャ足速くねーか!? 本当にこれで海洋生物なのかよ!?」


「鮫はともかく、ペンギンは海鳥だから違うけどねっ…ハヒィッ!」


 熊も狼も陸上動物の範疇ではかなりの俊足のはずだが、何故だか水辺の生き物にはなかなか追いつけず、早くも虫の息だ。

 その後からついてくる皆もご多分に漏れず。

 それでも必死に靖利達を追いかける。


「てかあのクソチビ、靖利がどこ行ったか判ってんのか?」


 ペンギンは水中の獲物を捕えることがほとんどのため、他の鳥に比較して嗅覚が退化していると思われるが…


「そこは二人の仲に賭けてみるしかないんじゃない?」


 などとやり取りしながら街中を駆け抜けていた葉潤達だったが…やがて。


「…なるほどな」「これはもう確実だね」


 目の前に迫る建造物を見て、そこが目的地だと確信した。

 すなわち、先日のイベント会場でもあるドーム球場だ。

 見上げれば、ここはあの超巨大UFOのちょうど真下に位置していた。周辺には既に大勢の野次馬が詰めかけているし、間違いないだろう。


「うわーんっ、ちょっとどいて! 靖利ちゃあーんっ!?」


 現場に先行していた留未が、その野次馬に行く手を阻まれて立ち往生している。

 頭上に浮かぶ巨大UFOを仰ぎ見てギャアギャア騒いでる大衆には、彼女みたいなちんまいガキんちょは目に入らないようだ。

 そして目に入ったら入ったで「あっポリポリの留未タンだー!」とますます取り囲まれる。人気商売とは実に因果なものである。

 それはさておき、靖利は…いた。


「おお…靖利様!」「靖利お嬢様がお見えになられたぞ!」「嗚呼なんて神々しい…!」


「ちょっ…道開けろテメーら! 邪魔すんじゃねぇーっ!!」


 こっちも行く手を阻まれて球場内に入れずにいた。これだけの人数に取り囲まれると、さすがの靖利も突破は困難らしい。

 ただし、こちらの集団は一般大衆とはかなり様子が異なり、誰も彼もが夢遊病者のように虚ろな顔で、靖利を崇め奉っている。

 中にはあのヤギ頭の教祖と思しき者もいることから、いつぞやの潜入捜査で対峙したあの新興宗教の連中だろうか。

 たしか教団は刑殺の一斉捜査で壊滅したと思われていたが、まだこんなに残党がいたのか。ヤギ教祖にも何人か兄弟がいると聞いていたし、ゴキブリ並みにしぶとい連中である。

 それにしても…彼らの信仰対象は、どうやら鮫洲だったらしい。千年近く生きているし、妖しげな技術も持っているし…たしかに生き神様扱いされても仕方がないが。

 そして靖利がその神様の娘だと判った途端、こうも態度を覆すとは。以前は思くそ敵視していたのに、現金なものである。


「相変わらず人気者だねぇ♩」


「まぁいい、この隙に取り押さえるぞ!」


「取り押さえられると思うかい、アレが?」


「乳でもケツでも揉んで怯ませろ、俺が許す!」


「なんで熊田ッチが許可出すのか不明だけど、了解☆」


 示し合わせて、ラストスパートを決めようとした葉潤と熊田だが、


「…いや、どうやらもう手遅れだねェイ?」


 追いついた百地署長がそう呟いて空を見上げた。

 …巨大UFOの最下部がポッカリ開いて、そこから地表へ向けてビームがゆっくり降下してくる。

 SFアニメでは古来より当然のように扱われてきた演出だが、実際に見るとかなり異様だ。可視光線速度を自在に制御し、あまつさえ物質まで運搬可能とか、いったいどんな理屈なのか?


《おそらくは織家小蘭華おるかおらんか容疑者の搭乗機が用いた牽引ビームと同様の技術ですね。》


 署長の隣に忽然と現れたニャオのホログラムが推察する。

 シャチUFOはそれで鹵獲した大型旅客機を力尽くで小笠原まで投擲した。つまりは光線に質量を持たせる技術があるということか。物理法則を根本的に無視している。

 そしてそれ以上に…一人だけ走ってないのはズルいぞニャオ! 生身だと壊滅的に体力がないクセに!

 …閑話休題。

 ビームの中には鮫洲と、護衛と思しき人間数名が見てとれる。これだけの大混乱の最中、自ら愛娘を迎えに現れるとは、なかなかに大胆な行動である。


「ををっ鮫洲様だ!」「生き神様のご降臨じゃ!」「ありがたやありがたや〜!」


 彼の姿を確認した信者達が、なおさら靖利のそばに群がって揉みくちゃにされている。押し合いへし合いお尻合い乳繰り合い、なんとも羨まケシカランおしくらまんじゅう状態だ。


「あっちゃ〜先を越されたか」


「…待て、なんか様子が変だぞ?」


 熊田が指差す方を見れば…鮫洲達を乗せて降下してくるビームエレベーターの底がポッコリ膨らんで、眩く輝き始めた。


《…!? あの付近に高エネルギー反応! 小笠原上空と同じ状況です!》


 緊迫した様子のニャオが叫ぶ。

 小笠原上空で小蘭華にトドメを刺したのは、異空間より放たれた謎の高出力ビームだった。

 アレの正体がコレだったとすれば…!?


「避けろっ靖利ィーッ!!」


 などと言われたところで避けられるはずもなく…

 やがて光の矢と化した光球は、まさに光の速さで靖利達の頭上に降り注いだ!


「ぎゃ…!?」「鮫洲さ…」「嗚呼、光栄…」


 ある者は悲鳴を上げる間もなく、またある者は何故?と疑問をかかえたまま、あるいは恍惚とした顔で地獄の業火に焼かれ、瞬く間に消し炭と化していく。


『ぅ…ぅわあああぁぁぁぁっっ!!』


 一瞬にして壊滅した教団の最期を目の当たりにした大衆が我先に逃げ惑うなか、


「靖利ちゃんっ!? 靖利ちゃーんっ!!」「靖利ィーッ!!」


 その流れに逆らうように留未や熊田らが爆心地へと向かっていく。

 果たして、靖利は…無事だった。

 ただ一人、まるっきり無傷で呆然と立っている。


《信じられない…対象識別能力まであるなんて…!》


 ニャオが興奮気味にこぼすのも無理はない。

 ゲームでは自キャラの攻撃が味方には当たらないのは半ば常識だが、現実には非常識極まる現象なのだから。

 だが実際にあのビームは靖利だけにはノーダメージだった。あるいは靖利の方にビームを無効化する能力でもあるのだろうか…鮫洲の娘なだけに。


「…やれやれ、地上は相変わらず騒がしい限りだね」


 いつの間にやら鮫洲がすぐそばまで降りてきていた。常に余裕の笑みを絶やさない態度が実に憎たらしいが、実年齢千才とは思えないほど爽やかな好青年だ。

 その周りを取り囲む護衛達もかなりの美男美女揃いだが、彼とは違ってクスリとも笑わず徹底して無表情。

 というよりも…感情が根本的に欠落しているのか、まるで生気を感じない。

 武器は所持していないようだが、何をしてくるか判らないので迂闊に手が出せない。


「…父ちゃん…」


 念願の父親を前に…しかし靖利は何もできずに戸惑っていた。

 それはようやく追いついた御丹摩署の面々も同様で、親子の邂逅を遠巻きに観察するしかない。

 だが、それをさらに取り巻く大衆は違う。


「引っ込め悪党!」「お前のせいでどれだけ死んだと思ってるんだ!?」


 先ほどの信者達の末路を目撃しているため詰め寄りこそしないが、遠巻きに罵詈雑言で囃し立て、時折り道端の石を拾っては投げてくる。

 それを鮫洲の護衛達が、無言のまま身を挺して庇うことで彼の盾となっている。

 どうやら何も仕掛けてこないと気づいた大衆は、手に手に石を取って鮫洲めがけて連続投擲を開始した。

 文明が衰退する一方の昨今、自然崩壊していく街中には石なんぞどこにでもゴロゴロ転がっているから、弾数は無制限だ。

 だがその命中率は思いのほか悪く、まれに運良く?鮫洲や靖利に当たりそうになるのを、護衛達が顔色一つ変えずに受け続ける。

 時折り当たりどころが悪く大きくよろめき、額から血を流そうとも、愚直なまでに。

 それを目の当たりにした靖利は…


「…やめろ…やめろぉーーーーッッ!!」


 アイドル仕込みのよく通る絶叫が辺りに轟き、今や暴徒と化した群衆も思わず投石の手を止めた。

 シーンと静まり返った群衆に、靖利は怒りの形相もあらわに怒鳴り散らした。額から血を流す護衛の首根っこを掴み、目の前に突き出して、


「よく見ろ! お前らの敵はあたいや父ちゃんだろっ!? コイツらに何の恨みがあるってんだ!?」


 そう問われれば群衆も返す言葉がないが、そもそも敵は靖利ではなく鮫洲ただ一人…


「だいたい、父ちゃんがお前達に何をしたってんだッ!?」


 ハァ? いやたしかに大半の地球人には何ら危害を加えてないが、月面世界を壊滅状態に陥れたのは事実だし、つい今しがたも信者達を…


「これ以上父ちゃんを悪く言う奴は、あたいが許さねぇっ!!」


 これはイカン、怒り心頭に発するあまり、正常な判断ができなくなっているようだ。

 靖利にとって鮫洲は昔の優しい父のままなのに、周りの誰もが彼を目の敵にする。

 それが自分達のイメージを保つための鹿取社長の作戦だと理屈では解ってはいたが、内心ではとても納得ができないままここまで来てしまった。

 そして大衆の野蛮な姿を目の当たりにして、ついにプッツン逝ってしまわれたのだ。

 護衛の代わりに自ら鮫洲の前に立ち、鉄壁の大盾と化した靖利に、


「…それはつまり…キミは今後、我々とは敵対するという認識で良いのかね?」


 御丹摩署の誰もが言えなかったことを、憎まれ役を買って出た真羅樫刑視正があえて問いかけた。

 うぐっと口篭った靖利は、たった今までの仲間の顔をグルリと見回してから…思いを断ち切るようにブンッと大きく頭を振って、


「…そうだッ!!」


「では、キミを我ら刑殺への反逆者と見做し、こちらも速やかに対抗措置を取らせてもらおう」


「お、おいっちょっと待て!?」


 熊田が慌てて止めに入るも、真羅樫は構わずニャオに目配せを送った。

 彼女は珍しく少々戸惑った挙句、


《…仕方ありませんね。悪く思わないでください。》


 と空を仰ぎ、何処かと交信するようなそぶりをみせた。


「ぅむ゛っ…!?」


 直後、靖利は激しい胸の痛みを覚えてその場にうずくまる。

 この痛みは…小蘭華討伐のため管轄エリアの首都圏から出たときと同じ。

 具体的には、心臓の血液循環が胸部に埋め込まれた制御装置により強制的に停止されたのだ。

 いかに屈強な獣人といえども、心臓を抑えられてしまってはもう太刀打ちできない。


「靖利ちゃん!?」


 苦痛に顔を歪ませる靖利を見て、留未は慌てて左手を掲げたが…それを葉潤が押し留め、諭すように首をゆっくり左右に振った。

 ここで迂闊に手を差し伸べれば、彼女まで反逆者扱いされかねない。


「やり過ぎだろがオイッ!? やめろっ、やめさせろッ!」


 真羅樫の胸ぐらを掴んだ熊田が彼やニャオに怒鳴りつけるが、いち早く動いたのは…


「フム…少しだけ我慢してくれるかい?」


「父…ちゃん…?」


 この期に及んでいまだ余裕の表情を見せる父親の言葉に、靖利が救いを求める眼差しを手向けた途端。

 ズムッ!…右手を手刀の形にした鮫洲が、それをそのまま娘の胸元に突き立てた。

 手刀の先端は明らかに靖利の体内まで届いている。


『…!?』


 予想外の事態に誰もが愕然とする中、朦朧とした顔の靖利の身体から力が抜けて…。





 崩れゆく我が子の身体から手刀を抜き取った鮫洲は、いまだ涼しい顔のまま平然としている。


「や…すり…ちゃん? 嘘…?」


 無敵の大親友がこんなに簡単に討たれるなど信じられないという様子で、留未は視線を彷徨わせる。

 その他大勢はあまりの衝撃に青ざめたまま突っ立っているしかない。


「て、てめぇ…自分の子供になんてことすんだ…っ!?」


 やや遅れて、怒りのあまりかえって冷静になった熊田が、震える声で問いかけた。

 すると鮫洲はまるで無警戒に笑いかけながらこちらに接近し、


「早とちりしないでくれよ。靖利のためを思えばこそさ」


 などとワケワカラン理屈をこねながらスタスタと熊田の真横を素通りし、その背後に立つニャオ達の前で、


「あまり妙なモノをウチの子に仕掛けないでくれるかい? 術後の縫合も酷い有様じゃないか」


 朗らかな中にも静かな怒りを感じる文句とともに、靖利の胸から抜き取ったばかりの右手を地面に向けて静かに広げた。

 その手の中からわずか一センチ四方の大きさの樹脂片がポトリと地べたに落ちるのを見て、ニャオの顔色が変わる。


《…制御回路…!?》


 コレこそが数多の刑官の行動を制限するための抑制装置の本体だ。

 この極上基盤一枚で、刑殺本部から反逆者への心臓停止命令の受信や締め上げ強度、爆破処理などを一手に担う。

 実際には心臓を機械的に締め付けるパーツや、最悪の場合、爆破して一撃で息の根を止めるパーツなどとワンセットで機能するが、制御さえ奪ってしまえば完全に無効化できたも同じだ。


「後でもう少しマシに治してあげるからね…って、いつまで寝てるんだい?」


「だ、だってあたい、父ちゃんに殺され…て…ない?」


「殺すわけないだろ、僕の大切な娘を」


 やっと自分が無事だったことに気づいた靖利は、半信半疑でヨロヨロ起き上がる。

 そして先ほど鮫洲に突かれた胸を確認するが…驚いたことに、傷や出血はおろか、衣服が破れた痕跡すら無い。

 確かに体内に仕掛けられていたはずの装置を引きずり出したにもかかわらずだ。


「ふぅムゥ…心霊手術みたいな芸当だねェイ?」


「これはご挨拶だね。僕はちゃんと医師免許を持ってるよ。あんなまやかしと一緒にしないでくれるかい?」


 妙な感心を示した百地署長に、鮫洲はイラッとした様子で切り返す。

 だがやってることは実際まんまソレだった。


 心霊手術とは…現在では知らない人が大半だろうから解説しよう。

 昭和時代…主に七十年代から八十年代にかけて頻繁にテレビ中継され、世界を騒然とさせた医療行為?の一種である。

 霊能力者を自称する施術者が、重病患者の患部に手を当ててなにやら怪しげな仕草を見せると…なんと指の隙間から血まみれの臓物が飛び出す。

 しかしその付け根は手で覆い隠されていてカメラにハッキリとは映らず、全体的な出血量も極めて少ないことから、それが患者の臓器である確証は持てない。

 施術者はその臓物を握りしめて願を掛け、あるいは病巣と称した一部を素手でむしり取り、再び患者の身体に押し戻す。

 そしてやっと患部を覆い隠していた手を離すと、傷口はもちろん出血跡すら見当たらない。そこで施術者は「この患者は完治した」と高らかに宣言するのが一連の流れである。

 なかには「この者に取り憑いていた悪魔を退治した」などと言い出すトンデモ術者もいたりして、ずいぶんピンポイントな部分に巣食う悪魔もいたものだと妙な感心を覚えたりした。

 また施術者の出身地がいずれも当時における発展途上国だったことも特色だろうか。


 治療内容においては、当時ではまだ手術が困難だった心臓病や、現在でも完治が難しい癌までもが含まれており、藁にもすがる思いで放送局に問い合わせたり、施術者本人に治療を懇願する者が後を絶たなかった。

 ネットなどというモノもまだ無かった時代、大衆にはマスコミから得る情報こそが全てであり、そのマスコミがこんな露骨な代物を放送すればどうなるかは想像に難くないだろう。

 しかもこのようなエグい映像が、さほどの規制もないまま公共電波に乗り、平日のゴールデンタイムに堂々と全国のお茶の間で流れていたという事実は、今にして思えば時代がトチ狂っていたとしか思えない事態である。


 しかし近年、オウム真理教をはじめとするカルト教団の犯罪行為が問題視されるにつれ、マスコミがオカルトを取り上げることにもクレームが多々寄せられるようになると、一番ヤバいと思われるこの心霊手術は真っ先に追放された。

 なにしろ正式に医師免許を持たないズブのド素人が、明らかに詐欺行為(あ、言っちゃった)とはいえ公の場で患者に治療を施しているのである。

 なお今日では、あの生々しすぎた臓物は人間ではなく肉屋などで仕入れた動物の内蔵だったと分析されており、明らかに人間のものと形状やサイズが異なることが専門家により指摘されたケースもある。

 要するにアレは悪趣味なマジックショーに過ぎなかったのだ。


 …だが、今しがた鮫洲が靖利にやってみせたことは、どうやらまやかしではなかった。


《…鰐口巡査の抵抗防止機能の無効化を確認しました。》


「これでお前は自由だよ、靖利。

 今後はどうしようとお前の勝手だ。たとえ刑殺に残ろうともね」


 無表情ながらも苦々しさを感じる口調のニャオの報告を受けて、なおも余裕を崩さず娘に選択権を委ねる鮫洲に、


「ほォ? 千年かけて、やっと他人を気遣えるようになったかねェイ?」


 百地署長が憎まれ口を叩けば、鮫洲も負けじと、


「自分の娘をどう扱おうと僕の勝手じゃないかい?

 千年経っても相変わらず頭が固いねぇキミは」


 と切り返す。

 表面上は和やかに微笑み合いつつ、水面下では熾烈な罵り合いが続く、千年越しの因縁の睨み合いだ。…という割にはいささかセコいが。

 そして景品扱いの靖利はといえば…フツーのJKなら親にこんなコトを言われれば「私はアンタのモノじゃない!」と反発しそうなものだが、何故だかポッと頬を赤らめて夢見心地になってる。

 やっぱオカシイわこの子。


「さてさてェ、どうするネ鰐口くゥン?

 キミに無理強いはさせたくないがネ。ここで私達に背を向けるというなら…その瞬間から、キミも『世界の敵』となルゥ。」


 百地署長は靖利に悩む余裕を与えないよう、あえて急かすように質問したが…それはハッキリ言ってミスチョイスだった。

 今やすっかり正義の味方みたいに扱われている靖利だが、それは彼女が選んだ行動がたまたま社会のニーズにマッチしていただけのこと。

 現に最初は留未を守るためだったとはいえ、不良生徒を皆殺しにするという大間違いな選択をしてしまっている。

 つまり、靖利は常に自分のやりたいようにして、単に気に入らない奴を叩きのめしているだけで、悪だとか正義だとかは二の次なのだ。

 そして百地は今、明確に鮫洲を『世界の敵』と定義した。

 靖利がこの世でいちばん敬愛してやまない父を…。


「…アンタも…父ちゃんが嫌いなんだな?」


 自分が大好きな父を嫌う奴は、靖利も気に入らない。まるで子供な理屈だが、それが靖利だ。


「靖利ちゃん…?」「…………」


 おっかなびっくり呼びかける留未と、その隣で何も言えずに立ち尽くす熊田を見て、靖利はしばし逡巡したが、


「…いいんだよ…靖利ちゃんの好きなように選んで?」


 予想外なことを言い出したのは留未のほうだった。


「おまっ何言ってやがんだ!?」


「一巡査の分際で勝手に判断するんじゃない!」


 などと慌てる熊田と激昂する真羅樫を「まぁまぁ」と押し留めて、葉潤も「それがいい」というように頷き返す。

 ここで無理に従わせても行く行く禍根を残すだけだし…どうせ靖利は納得しまい。

 そんな皆の態度に、靖利はやっと踏ん切りがついたようにキリッと表情を改めた。


「…ごめん。あたいはやっぱり父ちゃんについてくよ。このまま放っとけないから」


「…そっか。」


 短く応えて、留未は靖利から距離を取った。


「…じゃあ、もういいかな?」


 鮫洲が合図すると、彼と靖利の足下に再びあのビームエレベーターが出現した。


「なんならピン子ちゃん、キミも一緒に来るかい? 靖利の話し相手になってくれたらありがたいんだけどね」


「お断りします。昔のあなたはそれなりに気に入ってましたけど…今は大っ嫌いになりましたから。」


 靖利の前だというのに率直な意見を曲げない留未。何故なら…


「織家部長を焚きつけて小笠原をメチャクチャにさせたこと…絶対許しませんから!」


 ありったけの憎悪を叩きつけられても、鮫洲はどこ吹く風な表情で、


「あれは僕がやらせたんじゃないよ。靖利を連れ戻してきてって頼んだだけなのに…やっぱりオツムの弱い子はダメだね。」


 そう言って被りを振る鮫洲に、留未は対照的にますます表情を険しくして、


「その最たる例がそこの…じゃなかった。

 今のでますますあなたが嫌いになりました♩」


「おいっ、いま何言いかけた!?」


 オツムの弱い娘さんもさすがに自分のことだと気づいたようで、鮫洲の代わりに留未を睨み返す。

 今生の別れになるかもしれないときに、人はどうしてなおもいがみ合おうとするのだろうか?

 その間に鮫洲は、話の流れについていけず呆然と佇んでいる熊田を見つけると、わざわざビームエレベーターを降りて、何の警戒もせず自然体で近づいた。


「…靖利が散々世話になったようだね。父親代わりご苦労さま、熊田くん。

 でも、もう心配いらないよ。これからは僕がずっとあの子のそばにいるからね」


「……っ」


 一方的にそう告げられただけなのに、それだけで熊田は戦意を喪失した。

 靖利が求めているのは、お前じゃなく僕だ…と暗に明言されてしまったのだから。


「…よし、じゃあ行こうか?」


 周囲に呼びかけながら鮫洲が再びビームエレベーターに乗ると、周囲で警戒にあたっていた護衛達もゾロゾロと乗り込んで、主人とその娘の守りを固めた。

 エレベーターがゆっくりと地表から離れ、徐々に速度を上げていく。

 群がっていた群衆は、それをなす術なく見守るしかない。

 その間、中央に乗った靖利はこちらに背を向け続けて…その肩の震えが次第に大きくなってきた。

 すると鮫洲が、娘を気遣うようにそっと肩に手を置き、なにやら話しかけた。


「〜〜〜〜っっ!!」


 ついに堪えきれなくなった靖利は、父親にしがみついて子供のように大声で泣き喚きはじめる。

 その様子をつぶさに見届けていた御丹摩署の面々は即座に悟った。

 「負けたな」…と。

 鮫洲以外の他の誰が、あんなに素直な靖利の顔を引き出せるというのだろうか。


 …やがてビームエレベーターは小さな光点となり、それも巨大UFO内に消えると、本体下部のハッチが音もなく閉じて…

 どこからともなくにわかに沸き立つ雲の渦に呑み込まれると、あっという間にその姿を掻き消して…

 気づいたときには、そこにはもう何も無かった。

 まるで最初から何事もなかったように…。

 すべては夢だったかのように…。


「…ぅぅ…ひっく…」


 出し抜けに聞こえた嗚咽に、皆がギョッとして振り向けば…泣き声の主の留未はもう号泣状態だった。


「バカぁ…靖利ちゃんのバカぁ! なんで行っちゃったのぉ〜〜〜〜っ!?」


 真夏の陽射しを遮っていた巨大な傘が無くなり、再び暑さを取り戻した地上から、留未は虚空に向けて泣き叫ぶ。

 そんな彼女の肩を抱いて、


「…痩せ我慢しちゃって…」


 と呟く葉潤の瞳もにわかに潤んでいた。

 そんな彼らのそばでは、へなへなと地べたにへたり込んだ熊田が…悔しげに唇を噛み締めて、


「…くそっ…クソがっ…クソッタレがァッ!!」


 力任せに打ちつけた拳の下の瓦礫が弾け飛び、粉塵が巻き起こる。

 それでも熊田は大地への殴打をやめない。やがて手の皮や爪が剥がれ落ち、辺りに血が滲もうとも。

 それは誰への罵倒なのか?

 大切な娘という割には今の今まで散々ほったらかした挙句、突然現れてまんまと靖利を掻っ攫っていった鮫洲にか?

 あるいは、あんなに酷い男と知りつつ、見境いなくノコノコついていった靖利へか?

 それとも、そんな彼女が自分のもとから去っていくのを、指を咥えて見ているしかなかった、己自身が許せないからか…?


「…もういいでしょ? バカなことはやめて…」


 いくら自分を痛めつけても靖利が帰ってくるわけじゃなし…と鹿取社長が止めようとしたが、


「…ほんっと、どいつもこいつも大バカヤロなんだから…っ」


 全身をわななかせて男泣きしている熊田に気づくと、ハンカチを渡すだけ渡してさっさと身を引いた。


「あーあ、ホントに大損失だわ。どーしてくれんのコレ?」


 誰にともなく愚痴をこぼして、ごまかすように目尻に溜まった涙を拭う。

 かつて最愛の男を失ったときでさえ、ショックが大きすぎて一滴の涙も出なかったというのに…。


「…靖利ちゃん…もう帰ってこないの?」


 大人同士のやり取りが難しくて理解できなかったものの、なんとなく長い別れの気配を感じ取った小鞠が、母親の真里子に抱かれて不安気な顔を見せると、


「どうだろうね…なんだかあっちのほうが居心地良さそうだったし。

 ボクには家族なんてモノはよく解らないけど…これからどうなるのかな?」


 他の者に比べれば幾分サバサバしているセブンだが、こちらには今現在、靖利の考えを改めさせるだけの手札が無いことは理解できたらしい。

 その隣ではボン子が涙を浮かべて、


「お姉さま、今までずっとどこかお寂しそうだったから…これで良かったんじゃないですかぁ〜?」


 もう会えないであろう家族に寄せる気持ちは、彼女には痛いほどよく解るから…。

 問題は山積みだが、それで靖利の心が癒せるならと、この状況を積極的に肯定しようとしていた。


《…巨大UFO並びに鮫洲と鰐口巡査の識別コードが、この世界から完全に消失したことを確認しました。》


 胸の内ではどう思っているか、いつも通りの無表情さからは窺い知れないが…ニャオは務めて淡々と状況報告に徹していた。


「フム…これで現状では何も手の打ちようが無くなってしまったねェイ。はてさて、どうしたものかねェーイ…」


 親しい者との別れなど、この千年間で嫌というほど見てきた百地は、これしきで感情を揺さぶられることはない。

 ただ、このまま鮫洲がおとなしく引き下がることはないだろうという嫌な予感に穏やかならざる心境だった。


「何を悠長な。おそらく獣人最強の即戦力を敵に奪われてしまったんだぞ? このまま済む訳が無かろうが…!」


 真羅樫が歯噛みする。加えてあれだけの科学力や得体の知れない能力を持つ相手だ。

 それに…鮫洲はこう言っていた。

『自分の娘をどう扱おうと僕の勝手』だと。

 今のところ、靖利だけには父親らしい態度を見せていた鮫洲だが…そんな人間的な輩が、あれだけ非道な振る舞いを平然と行えるものだろうか?


「すぐに緊急対策会議を招集するよう手配してくれたまえ!」


 ひとり気を吐く真羅樫がニャオに指示する以外は、誰も何もできずにいた。

 それぞれの複雑な思いを胸に抱きながら、父娘が消えた空の彼方を無言で見つめる、かつての仲間達。

 彼らの目の前には、何事もなかったかのように澄み渡る青空が広がるだけだった。


 こうして、この日…

 靖利は『世界の敵』になった。





《えー、この度は当プロダクション所属の鰐口靖利が…》《うちの子が大変世間様をお騒がせしてしまいまして…》《誠にサーセンっした!!》


 テレビの中で頭を下げる、鹿取社長と鰐口靖美、そしてSMBの兄貴達。

 今日の事件後にすぐさま開かれた謝罪会見の模様が、ニュース番組の度に繰り返し報道されていた。

 だが、あれだけの大騒動にもかかわらず、靖利の行動への意見は比較的好意的なものが多かった。

 それは…


《これが、鰐口靖利さんが姿を消す直前、最後に撮られた映像です》


 ニュースキャスターの解説に合わせて、これまた本日もう幾度となく報道された映像が再生される。

 それはあの、ビームエレベーターの上で抱き合う父娘の邂逅シーン。

 近隣の高層ビルの屋上から撮られたと思しき映像はいささか不鮮明ではあったものの、長年離れ離れになっていた父との再会と、もはや日常となっていた仲間との別れに子供のように泣きじゃくる靖利の表情を見事に捉えた感動的なカットとなっていた。

 いかに鮫洲が極悪人とはいえ、思えば今のところ地球には何ら被害を及ぼしてはいないし(小笠原の一件が実は彼の差し金だったことを大衆は知らない)、そんな彼との再会に涙する靖利はいつにも輪をかけて美人だった。

 だから、それほど恋焦がれた父親なら、たとえ地球を裏切ってでも連れ添うのは無理もあるまい、と…。

 要は『やっぱり美人は得だネ♩』というお話である。


「…てな訳で先輩、今夜もヨロシクお願いします♩」


「え…はぁ!?」


 帰宅後、寮のリビングでソファーに寝転がり、物思いに耽りつつテレビニュースに見入っていた葉潤は、予想外にケロッとして毎晩恒例の豊胸マッサージをせがむ留未に拍子抜けした。

 今夜くらいはおとなしくしててくれるだろうから、久々にゆっくり過ごせると思ったのに。

 だからといってぐっすり眠れる気はしないが…。


「ってま〜たこんなの見てぇ。なんべん見直したって状況が変わる訳じゃなし」


「いやいやイヤイヤ、でもコレがヤッちゃんの最後の姿…」


「そんなん、散々泣いて涙もとっくに涸れちゃったし、いつまでも落ち込んでばかりいられませんよ♩」


 どうやら留未は葉潤の予想以上に芯の強い子らしかった。

 いかにもチビっ子な見た目に騙されがちだが、一度は長々と引きこもった経験もあるし、靖利との別れもこれが初めてではないから、メンタル面ではかなり鍛えられているのだ。

 それに…今では葉潤という心の拠り所がある。なので早速よりかかってみた、と。


「てゆーか、キミがあんなこと言い出すなんて思いもしなかったよ…」


 『靖利の好きなように選んでいい』と、あのとき留未は言った。

 そして、彼女が父を選ぶことも最初から解りきっていた。

 鮫洲の再来は、それだけ靖利が待ち望んだことだと知っていたから。

 しかしそこは計算高い留未のこと、何の考えも無しにそう言い出す訳がない。


「大昔のSF超大作『星間戦争』の主人公は、父親とは一度も逢うことなく育てられたんですよ」


 …はい? いったい何を言い出すんだこのクソチビは…と一旦は思った葉潤だったが、


「だから、宿敵が実は自分の父親で、悪虐非道な帝国の片棒を担いでると判っても、そのまま敵対し続ける気になれたんです。

 だって、父親らしいことなんて何一つされていないどころか、その息子の片腕を斬り落とすような完全無欠の『悪』なんですから。

 でも…靖利ちゃんは違いますよね?」


 そう。それこそが今回の事件のキモだ。


「靖利ちゃんには、幼い頃の自分にずっと優しくしてくれたパパの記憶しかないんですよ。

 なのにそれが今になって極悪人だって言われたところで、納得なんて出来ないし…。

 それならいっそ、パパを悪く言う世界のほうを敵に回しちゃえ!…って思いますよね?」


 そして靖利にはそれが実行可能なだけの実力がある。だから厄介なのだ、あの父娘は。


「今はやっと再会できたパパにベッタリ甘えられるから、喜びしかないと思うんですよ。

 けど…あーんな悪党なら、きっとそのうちボロを出すし、ママやお兄ちゃん達みたいに靖利ちゃんも愛想を尽かすのは、時間の問題かな?って」


 それで、まずは靖利の気が済むまで存分に甘えさせよう。奪還はそれから考えればいいし、そうするまでもなくきっと靖利は自分から帰ってくる。

 ついでに敵を内側から引っ掻き回してくれれば、大幅に手間が省けるし♩…という魂胆だったらしい。


「…つくづく、敵に回したくはない子だねキミは」


 親友までもを手駒に使って、あえて敵地に送り込むとは、なんたる策略家!?

 幼い見た目に惑わされると、後で手痛いしっぺ返しを喰らわされそうだ。


「そう思うなら、もっと丹精込めておっぱい揉んでくださいよ。なんか最近、単なる作業的になってますよ? 杜氏じゃあるましい」


 いや杜氏ならなおさら丹精込めてるだろ、と思わなくもないが…どうやら葉潤はトンデモネー子に手を出してしまったらしいことを、今更ながらに思い知った。

 どうやら留未への認識を改めざるを得まい。

 いつまでもお子様扱いするのも気の毒だし…今日一日で、彼女のいくつもの新しい顔に魅了されてしまったのは事実だ。


「じゃ、今までのお詫びも兼ねて…♩」


 等身が低すぎるため、寝転がった自分のちょうど目の前にあった留未の顔を片手で引き寄せた葉潤は、そのおでこに軽くキスをした。


「……?……!?」


 あっけにとられた留未の顔が、どんどん赤く染まっていく。

 あらら、キスは初めてだったっけな? じゃあこれはマズイかも…とビンタの一つも覚悟する葉潤だったが、


「…だから、子供扱いしないでくださいよぅ」


 という割にはますます甘えさくって、留未は葉潤が寝るソファーに転がり込んできた。

 そして切なげな表情で葉潤を見上げる。

 …もっとちゃんとシテ欲しい、ということだろうか?


「…なんだかんだ言いましたけど。ホントはあたし、靖利ちゃんの願いを叶えてあげたかっただけなんです。

 他のみんなには会えたのに、いちばん大好きなパパにだけ会えないなんて、可哀想だったから…」


 やっぱりそれが本音だったか。

 そう言う留未も、刑殺官となった今はもう両親と自由に会うことはできない。

 親をママパパ呼ばわりしていることからも、靖利以上に甘えん坊なのは明らかだろうに…。

 なんだか放っておけなくなって…葉潤は留未の小柄な身体をそっと抱きすくめる。


『…………』


 無言で見つめ合ってしばし…留未は覚悟を決めたように、揺れる瞳を静かに閉ざした。

 そこへ葉潤もゆっくりと顔を寄せて…


「…まぁ〜た乳くり合ってるし。」


『!?』


 唐突に間近で聞こえた第三者の声に驚いて跳ね起きれば…鹿取社長が呆れた様子で立っていた。


「あ、あれっ!? でも今、記者会見…」


「そんなんとっくに終わってるっつーの。収録よ収録」


 くうっ、テレビ業界の姑息な罠にしてやられたか!?


「つーか所構わずイチャつくのはやみろって。そこのご家族も居たたまれなくて困ってるでしょ?」


 と社長が指差すほうには、戸口から三つ首並べてこちらを窺う熊田・小鞠・真里子ら偽装ファミリーの赤らんだ顔。

 そういや此処は寮のリビング…公共スペースだった。

 事件直後には誰よりも落ち込んでいた熊田も、偽装母娘の癒しのおかげでようやく立ち直れたらしいが…


「ンなことよりも、大変よ。こんなしょーもないモン観てる場合じゃないっての…!」


 自らが出演している芸能報道をザコ呼ばわりした社長は、テレビのリモコンを奪い取って片っ端からチャンネルを切り替えていく。


「…何かあったのか?」


 テレビニュースはあえて観てなかったらしい熊田が問えば、鹿取社長は一転して険しい表情で、簡潔明瞭に答えた。


「…『戦争』よ。」


 ちょうどテレビが、それを伝える臨時ニュースに切り替わる。


《あ、えと、たったいま入ってきたニュースです!

 月の民が突然、地球に一方的に宣戦布告したと…!》


『何だとッ!?』


 血相変えて葉潤はソファーから飛び降り、熊田はヌイグルミのように抱いていた小鞠を真里子に放り投げて、その他の面子もつられるようにテレビに齧り付く。


《あ、VTRが整いましたか? まずはご覧ください!》


 緊迫した面持ちのキャスターが慌ただしく告げた直後に映像が切り替わり…

 そろそろ見慣れた感のあるいつもの月の代表とは違う、まるで見覚えのない顔が画面に登場した。

 性別のない月の民ならではの中性的で線が細い顔立ちだが…常に優しげな微笑みをたたえた代表とは大違いで、やたらとイカツく、クスリとも笑わない。

 そして、その衣装は一見して誰でも判る…軍服だ。


《先刻、我々『月面守備隊』は前代表を拘束し、臨時議会を経て政権を掌握した。》


 守備隊などという若干弱気な名称ではあるが、技術喪失ロストテクノロジーの危機に瀕した地球を遥かに凌駕する高度な科学力に支えられた、れっきとした『軍隊』である。

 それが強引に暫定政権を築いた…。

 早い話がクーデターだ。


《我々月の民は長らく、氏と地球に欺かれ続けてきた…だが結果はどうだ?

 鮫洲なにがしの仕業とはいえ、こうも容易く崩壊する文明を築き上げた責任は誰にあるのか?

 そして地球は何故いまだに鮫洲の残党をかくまい続けるのか?》


 つまりは先日の大災害を利用して、責任の矛先を他になすりつけることで自分達を正当化し、大衆を焚きつけて蜂起させるつもりか。


《地球は元々我らの故郷だ。

 それが何故、今はこのような物資に乏しく狭苦しい星に閉じ込められ、劣悪な環境下での生活を余儀なくされているのか…!?》


 いやいや先に出て行ったのはアンタらのほうでしょ!?

 そしてやはり、月ではいまだに地球を闊歩する獣人への反感が根強く残っているのか。

 それらの不満が大災害をきっかけに一気に噴出したらしい。


《我々はここに宣言する。

 我ら月の民こそが正統な地球人であり、故に地球は我らの星であると!

 現時刻をもって我々は、獣人が不当な占拠を続ける地球への奪還作戦を開始する!!》


 あ〜マジで宣戦布告しちゃったよコイツら。

 つまるところ戦争なんてものは、勢力拡大の野望に取り憑かれた時の権力者が、歴史を歪めて都合よく解釈したもので大衆を煽動するが故に、起こるべくして起こるのだ。

 従って、そこに正義も悪もないのは当然のこと。元々すべてがでっち上げに過ぎないのだから。


「…あっ!? ほらほら見て!」


 小難しいニュースに早々と飽きて窓の外をぼんやり眺めていた小鞠が、急に歓声を上げて窓辺に飛び乗る。


「流れ星! キレーーッ☆」


 夜の帳が下りた街の上空を横切って、幾筋もの光が滑り落ちてゆく。

 実に幻想的な光景ではあるが…その中心にあるのは、煌々と青白く光る満月だ。

 大災害により街明かりが消失し、再び元のウサギが餅つきする情景を取り戻したその星の至る所から、宇宙に向けて無数の光の粒が打ち上がっては、流れ星と化して降り注ぐ…。

 つまりコレは…


「連中の攻撃だ…!」


 はしゃぎまくる小鞠の声を打ち消すように、誰かの呟きが重々しく響き渡った。




【第十三話 END】

 前回に引き続き、なんだか感傷的なサブタイトルとは裏腹に、予想外のアクシデントまみれの佳境回です。

 本編を読んでない人には思くそネタバレですが、靖利が敵側についてしまった挙句、星間戦争勃発です!

 この作品を単なる勧善懲悪にはしたくないってのはどこかで言った覚えがありますが、同様に主人公が寝返ってしまう展開も一度やってみたかったことでして。

 作中で留未も言及してますが、身内が悪事に手を染めていることを知ったとして、すぐに正義感にかられて警察に連絡できるような人なんてそうそう居ないかと。

 よほど家族仲が険悪でない限りは、逆にどうにかして犯人を庇おうとするのが普通の反応だと思うんですよね。

 結局、正義だの何だのは自己正当化の大義名分に過ぎず、大多数の人にとってはどーでもいい事だと自分は思うのです。

 人間はそんなに単純じゃないだろ、と。


 だからといってヒロインばかり擁護する気もさらさらありませんが。

 どうも最近の漫画やラノベは主人公にやたら甘いヤツばかりなのが前々から気になってまして。

 よくよく考えれば敵を遥かに凌駕する極悪非道で到底受け入れられないような行動に出ても、それに味方する周囲の権力に助けられて無罪放免ってのは、なんか違うんじゃないか?と。

 たまにはポーンッと冷たく突き放す作品があってもいいかな〜って思ったんで、さっそく実践してみました。

 てゆーか鮫洲はどうしてここまで非情に徹しきれるのか?…それも今後追々ですかね。


 あとは終盤で勃発した地球vs月の戦争にも、自分なりの意見を散りばめとります。

 こう言うと必ず非難されることを承知で打ち明ければ、自分は戦争が絶対悪だとは必ずしも考えてはおりません。

 二大勢力間のいざこざが極限に達してしまえば、それを解決する方法は戦争しかあり得ないことは実情であり必然です。

 元々互いへの理解が全然足りてない民族同士に、平和的に話し合えと言ったところで、マトモに会話が成立するわきゃ〜ないですし。

 日常生活においても、コイツ苦手だな〜って敬遠してた相手と、急に仲良くしろとお偉いさんから言われたところで、素直に従えるはずないでしょう? それと同じことですよ。

 とりわけ敗戦国である日本で戦争モノを扱うと、どうしても感情論に傾いてしまいますが、個人的には観てるだけで疲れるような恨み節はもうお腹イッパイでして。


 ならばどう解決すべきか?

 …なんてことがすぐに解りゃアータ、誰も苦労なんかしまへんて。

 かくいう自分もこの局面で大風呂敷を広げまくってしまって、どこからどうやって畳むべきかと思案に暮れてる真っ最中ですから(笑)。

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