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野性刑殺  作者: のりまき
11/18

家族風景!

【前回のあらすじ】

 かつて宇宙探索隊に参加していたという百地ももち署長の経歴から、ボン子やニャオの父である『不死人』七尾ななおが探索事業の発起人であることが判明。

 そうして月を離れた彼の現在の居場所は不明ながらも、今も存命中であり、セブンを地球に送り込んだのも彼だったことがセブン本人の証言から明らかとなった。

 永らく仲違いし続けてきたボン子とニャオの実姉妹だったが、これを契機に少しは仲直りできそうな雰囲気に。


 それはさておき、どさくさ紛れにほとんど下着同然な部屋着姿を熊田に目撃されてしまった靖利は、「そんな安物な下着では体型が崩れるぞ」という彼や周囲の熱弁に押し切られ、なんでか熊田同伴でちゃんとした下着を買いに行くハメに。

 翌日、待ち合わせ場所である彼の自宅マンションを訪れた靖利は、そこで熊田をパパと慕うリス型獣人の少女・小鞠こまりに出くわして狼狽える。

 彼女はもちろん熊田の実子ではなく、理由あって長期間不在中の隣の住人から預かった子供だった。

 成長著しいその子の体型が日々女性らしくなってきたことに困惑していた熊田は、グッドタイミングで巡ってきた靖利の買い物を利用しようと画策していたのだった。


 だが経緯はともかく、靖利と小鞠はすぐに打ち解けて本当の姉妹(だと靖利は思っているが、小鞠的には母娘のつもり)同然に。

 以前にもボン子達と訪れた洋品店にて買い物を済ませ、ファミレスで昼食を摂ったりしている内にはしゃぎ疲れて眠ってしまった小鞠を背負い、家路を引き返す熊田と靖利。

 なんだかんだで親密さを増す二人の関係も少なからず進展した様子だった。


 一方、葉潤はうるは留未から靖利の過去を聞き出すうち、おそらく獣人最強な彼女の誕生にその父親が大きく関与していた事実に気づく。

 そして靖利も父親を慕い、一時期はかなり歪な父娘関係に陥っていた。

 靖利がかつて水泳選手のトップを目指していたのも、現在は母親と離婚して消息不明な父親に自身の存在を知らしめるためだった。


 そこはかとない不穏な空気を察知した葉潤は、さっそく百地署長に報告。

 すると案の定、百地も靖利の父親・鮫洲幹人さめずみきひとをよく知っていた。

 彼は宇宙探索隊時代の同僚であり、先日のマチルダ製薬絡みの事件にも関わっていたのだ。

 小笠原で大量殺戮事件を引き起こした靖利を御丹摩ごたんま署に迎え入れたのも、その陰に彼の存在を感じ取ったからだった。

 はたして、あの百地をここまで警戒させる男・鮫洲幹人の正体とは…?





「本当に許しがたい輩だヨ…鮫洲という男はねィ…!」


 珍しく全身をわななかせて、憎々しげに何度もその名を吐き捨てる百地署長。

 普段は温厚な彼がここまであからさまに他人を憎悪するなど、少なくとも葉潤は見たことがなかった。


「…何者なんですか、その鮫洲とやらは?」


 留未からの情報等で、比較的最近の彼がマチルダ製薬の重要ポストに居たであろうことは既に知っているが…なにしろ百地同様に一千年近く生きている輩だ。

 娘である靖利の身体を実験台にしてまで己が野望に突き進む、まさしくマッドサイエンティストと呼ぶにふさわしい有様だが…


「単なる医務員だネ。少なくとも、私が知る限りではねェイ」


 百地によれば、宇宙探索隊に自ら志願した彼は、医務要員…いわゆる保健医として百地と同じ船に乗り込んだ。

 本来の研究分野は生物学らしいが、詳細は誰も知らない。とにかく人付き合いが悪く、長期間に渡る航海中も他者に関わることなど滅多になかったからだ。


「それでも最初は淡々と業務をこなして、働きぶりは問題なかったがねェイ…。

 行く星々で独自に採集した動植物を勝手に船に持ち込もうとするもんだから、しょっちゅう他のクルー達と衝突していたねェイ」


 未知の惑星で発見した生物を不用意に船に持ち込んだばかりに、後々ろくでもない目に遭うのは映画『エイリアン』等のSFホラー作品ではもはや常道である。

 宇宙探索隊の主目的は人類が居住可能な惑星の発見であり、そうした意味では重要な研究課題と言えなくもないが、そのために生態不明な代物を船内に放って人命を危険に晒すわけにはいかない。


「そのうち、なかなか成果が上がらない探索活動に痺れを切らして…挙句、『人体そのものを生体強化すれば多少の無理はきく』などと訴え始めてねェイ」


 探索活動の目的は、あくまでも人類がありのままで移住できる環境を発見・構築するためだ。

 人体改造を嫌った者達が月面という新天地を目指すも、テラフォーミングという強引な環境変化では適応しきれないと悟った。

 そこで、人類の最後の希望として始まった再移住計画だというのに…結局、人体改造に舵を切ってしまっては元の木阿弥である。

 同然のごとく鮫洲案は周囲の猛反発を食らったが、野望に目覚めた彼はもはや誰の意見も受け入れようとはせず…


「その矢先、彼が秘密裏に持ち込んで繁殖させていた宇宙生物が脱走し、クルーを殺害する事件が発生したんだねェイ」


 結局、常道通りの展開となってしまった。

 過去に何度も啓発がなされているにもかかわらず、一向に学ぼうとしないのも人類の業なのだろうか?


「対処が早かったから犠牲者はわずか数名で済んだものの…これで彼を擁護する者は一人もいなくなったァ。

 最後まで『人類の進化のためにはやむを得ない犠牲』などと主張し続けたがァ、もォそんな世迷言には誰も耳を貸さなーイ…」


 そして鮫洲は拘束され、月面に強制送還。当然の措置である。


「それが、私が艦長の座に着く数世紀前のことだったねェイ…」


 ただでさえ殉職者が後を絶たない危険な任務において、人命を救う役割の保健医がむしろ積極的に犠牲を産んだ行為は許し難い。

 百地の顔が苦々しくなるのもやむを得ないだろう。

 鮫洲の以後の処分は月政府に委ねられたが、あれだけのことをしでかせばもう生きてはいないだろうと誰もが思っていたという。

 …あるいは拘束したその場で速やかに処刑しておいたほうが、後腐れがなくて良かったかもしれない…今にして思えば。


「…あーそゥそゥ。彼が艦から去った後、職場だった医務室から彼の手記が発見されてねェイ。

 それを読んだ皆は驚いたァ…というより、揃って呆れ返ったねェイ」


 そこに記されていたのは…

 鮫洲の目的は最初から『自身の手で史上最強の生物を生み出す』こと。

 そのための生体サンプルを捕獲するためだけに探索隊に志願したのだ。

 新天地の発見や、あまつさえ人命救助など、彼にはどうでもよかったのだ。


「史上最強の生物…?」


 それを聞いた葉潤の表情がにわかに強張る。

 まさか、それが…?


「…月の民があそこまで変容してしまったのもォ、思えば彼が送還されて以降だねェイ」


 葉潤の懸念を後押しするかのように、百地は決定的な一打を放つ。

 かつてあれだけ人体改造を嫌っていた月の民も、終いには件の五脚の宇宙甲虫のDNAを取り入れて事実上の獣人と化し、かろうじて月面環境に順応することが出来た。

 結果オーライではあるが、その代償として彼らからは性別や繁殖能力が失われてしまった。

 そうまでして生き延びることを選択した彼らを…そうするように仕向けたのは、いったい何処の誰だったのか?


「…ここまで来たら言わずもがな、ですかね?」


 だがしかし、罪人として捕らえられたはずの彼が…いったいどうやって?

 額に浮かぶ脂汗を拭おうともせずに同意を求める葉潤に、百地はゆっくり頷き返して、


「どうやってそこまでの立場に至ったかは知らんがねィ。

 月の民にとって彼はある意味、滅亡の危機からすくい上げてくれた救世主…のはずなんだがねェイ。

 その名が今日ではまったく表沙汰になってはいないあたり、月側にも思うところがあったのかもしれないねェーイ…」


 歴史に名が残らなかった偉人というものは、得てして当時の時勢で好ましがらぬ人物と判断されたからに他ならず、後々再評価されて有名になることもままある。ツタンカーメン然り、杉原千畝然り…。

 だが果たして、鮫洲が周囲の評価を勝ち得る日など巡ってくるときがあるのだろうか?


「それどころか、外交官以外は基本的に行き来できないはずの地球に下りて、現地人との間に子供まで…。

 本当にどんな手段で?」


「さぁーてねェイ?

 だがァ…彼ご自慢の『傑作』は、今は我々の側についててくれるのが唯一の救いだねェイ♩」


 鮫洲がどこまで意図したかは知らないが、彼の娘の靖利は良くも悪くも真っ直ぐに育ち、良くも悪くも悪は絶対許さない名実ともに『正義の味方』となった。

 だが、あまりにも真っ直ぐな刃はそれ故に欠けやすく折れやすい。


「…ま、そのへんは熊田っちに任せとけば大丈夫じゃないですか?」


「他力本願っちゃあ何だがァ…今はそれが最善だろうねェイ。

 あとはくれぐれも二人の仲がこじれないことを祈るばかりだねェイ♩」


 靖利と熊田との現在の関係は無論、百地の想定外だった。

 が、この際、利用できるものは何でも利用させてもらう。

 幸か不幸か、靖利には裏表というものがない。これは一見安心材料にも思えるが、一旦裏返ってしまえば修復はかなり困難だ。


「…大切に育てていかなければ…ねェイ♩」


「…ですね♩」


 顔を見合わせて笑う百地と葉潤。

 と、そこへ、


「それならこんな薄暗いトコでオッサン二人でコソコソしてないで、もっと他に協力して貰ったらどうなんですか?」


 呆れ果てた溜息とともに署長室の照明が灯り、留未が断りもなく室内に入ってきた。


「人にばっか仕事押し付けて、どんだけ長いトグロ巻いてんのかと思ったら…」


 トグロて。葉潤は彼女にトイレで大をしてくると言い置いて此処へ来たのだが、少々長居しすぎたようだ。

 が、靖利の幼馴染にして親友である彼女をないがしろにする訳にもいくまい。この際、情報交換と洒落込もう。





 留未は一呼吸おいて、気持ちを整理してから…


「あたしも昔から気になってはいたんですよ。靖利ちゃんだけ他のご家族とは全然違うし。

 けど、さすがに面と向かっては訊けなくって…。

 おかげでやっとスッキリできました」


 当時まだ幼かった彼女でさえそれだけ違和感があったのなら、さぞかしご近所中で噂になっていたのではなかろうか?


「でも…ホントなんですか、今の話?

 あたしが知ってるおじさんとはずいぶんイメージが…」


 たしかに留未は先程、鮫洲の人柄については気さくで接しやすかったと言っていた。

 百地が語る彼の人物像とは百八十度異なるが…?


「それはまァ…私と同じく千年近くも生きていれば、少しは世渡り上手になるのかもしれないけどねィ?」


 人の印象などわずか数年でも豹変するものだからと、不審がる留未を説得する百地だったが、


「本当ですかぁ〜? あ、写真ありますよホラ」


 と自分のスマホを手早く操作した留未は、一枚の写真画像を指し示した。

 幼い頃の靖利と留未が公園らしき場所で仲良く遊んでいる背後に、その様子を朗らかに見つめる眼鏡姿の若々しい青年が写り込んでいる。

 それを見た百地は眉をひそめ…


「…誰だねコレはァ?」


「へ? いや、だからおじさん…靖利ちゃんのお父さんですけど。小さい頃はあたしも一緒に面倒見てもらってて…」


 などと昔を懐かしむ留未の前で、百地は懐から一枚の古びた写真を引っ張り出す。

 同じデザインの制服に身を包んだ軍人風な集団の集合写真だ。ザッと百人前後はいるが、若かりし頃の百地はほぼ中央…昨日見た七尾ななお代表のすぐそばに写っているからすぐに判った。

 ということは、これが宇宙探索隊の第一陣か。

 問題は…百地が若干震える指先で示した、集団の端っこにはみ出すように写り込んでいる、長髪の貧相な医学生風の男性だ。


「…私が知る鮫洲は、コレなんだがネィ?」


「え゛…全っっっ然違うじゃないですか!?」


 誰がどう見てもまるで別人と思えるほど違いは明白。これはいったい?


「まさか…僕同様な『変身能力』の所有者なんですか?」


 という葉潤の問いかけに百地も頷き、


「あるいは『不死人』七尾ななお氏のように、他人の身体に潜り込める『憑依能力』の持ち主なのかもしれないねェイ?」


 いずれにしても、数百年の間に厄介な芸当を身につけてくれたものだ。


「なるほど。最強生物を自ら生み出すのが夢なら、自身の身体をいじくるくらいお手のものという訳ですか」


 千年前からブレない野望…どうやら相当な粘着質だ。


「さらに厄介なことだガ…彼はまだ鰐口クンを手放すつもりはないみたいだねェーイ?」


 百地の一言に、葉潤と留未の顔が強張る。

 思えば…ここ最近の事件は、ほとんど靖利の周りで起きている。

 あからさまに彼女を狙ってきたかつての水泳部長・織家小蘭華おるかおらんかなどはその最たるものだ。


「ここまで来ると、離婚後にヤッちゃんに一切接触しなかったのも計画的とさえ思えてきますよね…」


 葉潤の指摘通り、おそらく現時点では獣人最強の靖利は、鮫洲が直に働きかけずとも大量殺戮事件を起こした。

 そしてなす術もなく刑官へと…。


「まさか…靖利ちゃんが刑官になったのも、おじさんの予定通りだったって言うんですか?」


 冷や汗を滴らせる留未に、百地は頷き返しつつも首を捻り、


「だがァ…キミまで刑官になってしまったのは、さすがに彼の想定外だったと思いたいがねェイ」


 靖利が討伐した小蘭華。

 それが乗っていたUFOは突如飛来した謎の怪光線により木っ端微塵に撃破され、破片が広範囲にバラ撒かれた。

 その一つが偶然、留未の左手に宿り…彼女の意思であらゆるモノを破壊する脅威的な殺戮兵器と、欠損した肉体ですら瞬時に修復可能な治癒能力を併せ持つ未曾有の特殊能力者と化した。

 しかし左手以外はむしろ他メンバーよりも非力な極々フツーの身体能力にすぎないため、使いどころが難しいが。

 所詮はペンギン型獣人に多くを期待してはいけない。


「…セブンくんを靖利ちゃんのもとに送り込んだ七尾ななおサンとかいう人も、あたし達の味方って認識でいいんですよね?」


「ン〜…正直、それは判らんがネィ」


 留未の今さらな質問に、百地も改めて首を捻りつつ、


「鮫洲が明らかに社会悪的な立場である以上、相対的にはそう解釈するしかないんだヨねぇ〜コレが」


「…でも、何かこう…助け船を出すタイミングが良すぎませんか?」


 葉潤も改めて今までの疑問を捻り出す。


「実際、セブンくんが送られてきたのは、シャチUFO事件発生以前でしたし…

 その彼だって、この世界の生命リソースを遥かに逸脱したチートすぎる存在です。

 その気になれば、とっくに世界支配を実現できるほどのね」


 誰もが苦戦を強いられ、月面では夥しい犠牲者を出したあの宇宙甲虫を、彼はいとも容易く撃破してしまった。

 しかも通常は生命体一体につき一つしか備わらないはずのリソース…早い話が『魂』を一人で数万個も所持している。

 これだけ余裕があれば一撃では殺られないため、いくらでも無茶な特攻が可能。事実上の無敵状態だ。

 たしかにこれは…靖利のヘルプとして送り込まれたにしては過ぎたる力に思える。


「今のところイイコちゃん過ぎるのも、たしかに不気味ですよね〜?」


「登場するなり犯罪まみれだったキミとはエライ違いだしね。放火はやらかすわ警備ドローンは大破させるわ…」


 留未が靖利の前に現れたときの、やりたい放題な衝撃的すぎる登場シーンを回想して苦笑する葉潤。

 愛らしい見た目とは裏腹な凶悪な本性に危うさを感じた彼は、元聖職者として放ってはおけず、自ら彼女の養育係を申し出たのだった。


「…まァともかく、今はすべての駒がこちら側に揃ってるからねェイ。

 いかに鮫洲といえども、そう簡単に手出しはできないだろうがネェーイ♩」


 皆を安心させるためにも、あえて楽観的な見通しを示した百地署長だが…


『署長。ソレ、負けフラグです。』


 ここぞとばかりに意見の一致をみた師弟コンビに、二の句が継げない署長サンだった。





 翌日。


「ぅわーいっ、『ポリポリ』メンバー勢揃いだぁ☆」


 目の前の靖利・留未・ボン子・ニャオ・セブンに、朝っぱらから大はしゃぎな小鞠たん。

 何故だかついつい忘れがちだが、刑殺イメージ改善アイドルユニット『ポリッシュ・ポリシー』としてはファンは大切にすべきである。

 すべきではあるが…その大ファンのしかも現役小学生が、何故に御丹摩署にいるのか?


「いやはやァ…無邪気な子供を見ているだけで、本来ここに居るのが当然なはずの我々の場違い感が凄まじいねェーイ♩」


 名実ともに最年長者な百地署長はもうすっかりお年寄りモードで顔が綻びっぱなしだが…

 ソレ、むしろ逆に「子供がこんなトコにいちゃイカーン!」って言ってない?


「…靖利ちゃん〜?」


 名前通り小鞠のように所狭しと跳ね回るお子様に目を見開いたボン子は、まさしく油が切れたロボ子のようにギギギィ〜ッとぎこちなく靖利に振り向き…


「昨夜はついに帰って来なかったと思ったら〜…いよいよ子供までこさえちゃいましたかぁ〜♩」


「っていくら小っちゃくてもそんなに早く産めるかぁーいっ!!」


 当然のごとく顔を真っ赤にして否定する靖利だが、どさくさ紛れに産むこと自体は否定してないコトには本人も気づいてはいない。

 てゆーか、だからどぼぢで小鞠がここにいるのか?(二度目)


「ちうわけでな、昨夜はこの子の世話で帰ってこれなかっただけだから!

 やらしい…いや、やましいコトなんかこれっっっぽっちもしてねーんだからなっ!?」


 ここぞとばかりに力説する靖利だが、そうすればするほど逆に不審感が募るものである。肝心なトコで言い間違えてるし。


 昨日の買い物からの帰り道。

 はしゃぎ疲れて寝入ってしまった小鞠が寂しがるとイカンから、起きるまでついててやってくれと熊田に頼まれた靖利は、断る理由などあるはずもないからと再び彼らの自宅へ。

 そして、結論から言えば…小鞠はそのまま朝まで目覚めることは無かった。

 どんだけ寝たら気が済むのよ、育ち盛りのリアルJSは?

 とゆー訳なので仕方なく熊田と寝床を共に…するわきゃないでしょウブな靖利が。


 幸い、隣室の本来の小鞠の部屋は解約されずにそのまま残っていたため、風呂もベッドもそちらを使わせてもらって一泊したのだ。

 寝巻きも小鞠の母親のものを借りた。鮫とリスでは体格が全然違うからパッツンパッツンだったけど。

 それで熊田の部屋に戻って夕飯をゴチになったが、彼はなんでか一度も目を合わせようとはしなかったのが少々寂しかった。

 ちなみに靖利は料理など一切できず、熊田も放っておけばカップ麺や冷凍食品しか食わない派だが、小鞠が作った昨夜の夕飯がけっこう残っていたので助かった。

 さすがは鍵っ子、この年齢で調理技術はかなりのレベルだ。


 そして朝。十二分に睡眠がとれた小鞠はツヤツヤしていたが、靖利は逆にやつれ果てていた。

 このまま朝帰りしたら、ボン子達に絶対アレコレ詮索されるに決まってるからネ♩

 それだけはイヤだ、あたいはまだ死にたくない!

 …なので、代わりに熊田に死んでもらうことにした。


「ふぅ〜ん? 道理で誰にも自宅を教えなかったはずだわねぇ♩」


 久々に署に顔を出した鹿取社長が、さっそく熊田をからかいまくる。事情は一通り聞いてるのに、それでも追撃の手は止めない。


「なのに靖利ちゃんにはあっさり教えちゃったんだ? ふぅ〜〜〜ん?」


「…し、仕方ねーだろ…」


 天下無敵を誇った熊田のHPも、幼馴染の猛攻に早くも残りわずか。

 かろうじて矛先をかわすことに成功した靖利も密かに手を合わす…が、割と流れ弾に被弾してるぞお前も。


「にしても、確かにカワイイわね〜♩

 ちんまいのに存在感バツグンだし、これだけ大勢の大人に囲まれても物怖じしないし。ま

 そこいらのひと玉ナンボのクソガキどもと一緒くたにして遊ばせとくのはもったいないわ…」


「っておい、ちょい待て!?」


 軒並み漂い始めた不穏な空気を敏感に察知した熊田が止めるより早く、鹿取社長は跳ね回る小鞠の肩をガシッとドッヂボールのようにキャッチして、


「小鞠ちゃん…You、デビューしちゃいなYo♩」


 だから今の御時世、その口上はモロアウトだっちうに。

 イキナリぶっこまれて「ほへ?」と放心状態な小鞠に、社長は続け様に殺し文句をば。


「『ポリポリ』入りたくない?」


「…!? 入るぅーっ☆」


 『ポリポリ』イチオシな女子が、かくも魅力的なお誘いに抗える訳もなく。

 有無を言わさず本人の快諾を取り付けることに成功。業界コワッ。


「だーから待てって! こいつまだ小学生だぞ?」


 という靖利の至極当然なツッコミには、


「いまどき小学生デビューなんて珍しくもなんともないわよ。むしろJSだからこそ一部の層には猛烈なアピールポイントになるわ!」


 などと確信犯めいた回答ですげなくあしらい、


「そもそも刑殺関係者ですらありませんし。」


 というニャオの冷静なツッコミにも、


「元々、刑官でなきゃいけないって縛りなんて無いもの。

 靖利ちゃん一人だけじゃ心許ないな〜とか思いながら此処に来てみたら、たまたまイイ塩梅に美少女揃いだったから全員ひっくるめてデビューさせただけだし」


 いま明かされる、身も蓋もない『ポリポリ』結成のテケトーすぎる裏話。


「てゆーか僕は少女ですらないしね…」


 と頭を掻くセブンに、小鞠は興味深げにトコトコ歩み寄って、


「セブンくんてすっごくカワイイのに、本当に女の子じゃないの?」


「へ? だからずっとそー言って…」


「証拠カクニン♩」


 ぎゅむっ☆

 イキナリ同意も得ずにセブンの股間に手を伸ばした小鞠は、無遠慮に鷲掴み!


『んがっ!?』


 予想外すぎる行動にセブンだけじゃなく全員がお口アングリとなる中、小鞠はさらにニギニギを繰り返して、


「ホントだ、ちゃんとタマタマ二つある。しかもけっこー大っきい♩」


 末恐ろしい新メンバー爆誕!


「をっほ〜コレよコレッ! こんな予測不能なアクシデント要員が欲しかったのよ!」


「…トラブル要因の間違いでは?」


 一人で大喜びな鹿取社長に、務めて沈着冷静なニャオのツッコミが虚しく響くのだった。

 そんなナチュラルボーントラブルメーカーな小鞠は、満足したようにセブンをほったらかすと、真っ赤な顔でわななく靖利のそばへと寄って…こっそり耳打ち。


「パパのはもぉ〜っと大っきいヨ。楽しみにしててネ♩」


 …何故それを靖利に言う?

 楽しみて、何をどうして?

 様々な疑問や憶測が乱れ飛ぶ中、靖利が卒倒寸前なまでに顔を充血させたのは言うまでもない。


「…ママも見てくれるかな〜♩」


 何気なくポツリと漏れた小鞠の実に子供らしい独り言に、皆もう何も言えなくなる。

 とりわけ靖利は今でもまったく同じ理由を日々の励みにしている訳だし。

 どれだけ会いたくても会えない相手との再会を願う者は、それだけに気高く凛々しい。


「ってな訳で、次のライブは一ヶ月後だから、皆んな練習しといてね〜☆

 さぁー忙しくなってきたーっ!」


「毎度のことながら急だなオイッ!?」


 自然呼吸のように爆弾を投下していく鹿取社長に、もうすっかり遠慮が無くなった靖利が抗議するも…

 社長の判断は常に最終決定であり、覆ることなどあり得ないのだった。





 他のアイドルグループに比べれば極端に芸能活動が少ない『ポリポリ』だが、それは彼女達の本業があくまでも刑殺官だからだ。

 活動分野も他のアイドルとは異なり、刑殺主催の防犯イベント出場が大半である。これによって自ずと市民の防犯意識を高めると共に、幼少から御年配まで幅広いファン層の獲得に成功している。

 彼女達の活躍ぶりは公式サイトでも定期的に通知されるが、巷に溢れる有志達の非公式ファンサイトが競い合ってありとあらゆる情報を日々提供し続けている。

 いわゆる戦隊風コスチュームを身に纏うアイドルグループはよくあるが、彼女達は本物の『戦うヒロイン』だ。

 超絶美少女揃いなのも無論アピールポイントだが、それ以上に彼女達がウケているのはそんな唯一無二のプレミア感ゆえである。

 従って、いつ何が起きても…あまり考えたくはないが、たとえ殉職などのアクシデントが発生しても『ポリポリ』自体は存続できるように、十把一絡げの『グループ』ではなく個々が集った『ユニット』と銘打たれているのだ。


 『ユニット』であるからには、逆に新規メンバーの追加も自由で、鹿取社長いわく刑官である必要もなく、可愛ければ年齢性別も問わない。

 要は主目的である防犯及び刑殺イメージの改善に繋がりさえすれば良い訳で、これほど社会貢献に直結している芸能グループは前代未聞だろう。


《てな訳でぇ、小難しいことゴチャゴチャ抜かすよりも手っ取り早く、新メンバーの発表でーっす♩》


 ステージ上に立った靖利の突然の発表に、ライブ会場はにわかにざわめいた。

 事前に公式でも非公式でもメンバー追加がほのめかされていたにもかかわらず。

 そして会場を照らす照明が一旦消えると、ステージ中央にスポットライトの光が伸びて…

 いつの間にかそこに立っていた、やたらと小柄な人影をライトアップ。

 小柄にも程があるというか、既存メンバー中最も小さかったセブンよりもさらに一回り小さい。

 コスチュームは皆と同様、刑官制服がモチーフだが、動きやすさを優先したチアリーディングスタイルにアレンジされている。


 そのトレードカラーは、今まで有りそうで無かった燃えるような情熱の真紅…ではなく、ややオレンジ味を帯びた陽気なシャインレッド。まさに遅れてやって来た真リーダーのような佇まいだ。

 同系色としてはセブンのショッキングピンクがあるが、そちらよりも健全だ。いやピンクが卑猥という訳でもないが…明らかに狙ってるだろ?

 他もおさらいすると、本来リーダーの靖利は掟破りのエメラルドグリーン。ボン子は要注意色の蛍光イエローで、ニャオは沈着冷静なコバルトブルー。後に加わった留未はシスター風な漆黒となっている。


《こんにち…じゃなかった、こんばんわ〜! 音成小鞠おとなりこまりでぇーす☆

 ピチピチの十才どぇえ〜っす♩》


 どよどよざわわっ!?


「まさかのリアルJSキタコレ!」「ピチピチすぎんだろ!?」「さすがに刑官じゃないよな?」「カワイイ!けどなんで!?」「児童福祉法と労働基準法違反だぞー!? ガキはウチ帰ってクソして寝」パンッ☆ ばたんっ。


 最後に要らんツッコミを入れた観客は、天井裏に待機していた狙撃班にドタマ撃ち抜かれて強制鎮圧された。

 この界隈では日常茶飯事なので、特に騒ぎ立てる観客もおらず、間髪入れずにライブスタート!

 花火やレーザー光が飛び交う最中、ステージに他のメンバーも全員集結して、のっけから全力投球!

 小鞠が加わって歌唱やダンスにさらなるバリエーションが生まれたことから追加された最新曲『KoDoMoナメンナ☆』をイキナリお披露目である!


『うをををををっ!?』


 さっそく観衆の度肝を抜いたのは、小鞠のチアリーディングさながらなアクロバティックなパフォーマンスだ。

 なにしろリス型獣人なことに加え、小回りがきく軽量ミニマムボディを活かし、ステージ中を所狭しと跳ね回る!

 小鞠ならではの…小鞠にしかこなせない、スーパースペシャルデラックスマーベラスな舞踊に、観衆のボルテージは青天井に上がりまくり!

 メンバー中最年少なだけにそこまで複雑な振り付けはないが、その圧巻ぶりと…なんといっても、実に楽しそうに笑顔を振りまく小鞠の愛らしさが、見ているだけでも微笑ましい。


 小鞠の加入とセカンドライブが決まった日から今日までの一ヶ月間、彼女も皆と一緒に猛特訓に励んだ成果だ。

 刑官ではない小鞠は出勤こそないが、忙しい学業の合間を縫って積極的に、そして実に楽しそうに練習に参加していた。

 成績優秀なだけあって物覚えや勘の良さも抜群で、まさしくアイドルになるべくしてなったような子である。


『せーのぉ…小鞠ィ〜ンッ!!』


 瞬く間に全員なす術もなく骨抜きにされた挙句、どさくさ紛れに愛称まで決まってしまった。

 その後の曲は小鞠加入前に出来たものなので彼女のパートはないが、靖利と手を繋いでデュエットしたり、はたまた巨木のごとき靖利によじ登ってポールダンスのように振り回されたりと、今までにない仲睦まじいパフォーマンスに誰もが新鮮な気持ちで魅了された。


『小鞠ーン!!』『靖利ママ〜!!』


 そして靖利の愛称も決まった。


《ハァーイ♩…って、だから何でだよ!? あたいぁまだピチピチのJKだぞっ!》


 会場は大爆笑の渦に。

 そんな和やかな雰囲気のまま、約二時間に渡るライブコンサートは滞りなく終了…するかに見えたが、


《えー、ここでプロデューサーのKYより告知があります。》


 ニャオの唐突なアナウンスに、会場全体が瞬時に水を打ったように静まり返った。

 靖利たち他のメンバーも誰一人として内容を知らない、まさにゲリラ発表だ。

 てゆーかKYて…あ、鹿取蓉子かとりようこ社長のことか。『空気読めない』ではなく…当たってるけどメチャ懐かしいなオイ。

 次いで、スポットライトに照らされたステージ中央から、二本の鹿角がゆっくりせり上がってくる。


「おいおい、KY直々にお出ましかよ!」「作詞作曲も手がける超有名人だろ?」「コイツはよほどの大発表だぜ…」「まさか…解散!?」


 観衆も密かにざわめいているが…さすがに解散はないだろ新メンバー加えたばかりなのに。

 超人気アイドルなくせに芸能界に疎い靖利は知らなかったが、鹿取社長は業界では知らない者はいないほどの敏腕カリスマプロデューサーでもある。

 つーか『ポリポリ』の攻めすぎなタイトルナンバーって、全部アンタの作品だったのかよ。納得♩


《ハーイ皆さんコマンタレブー♩

 『ポリポリ』セカンドライブ、お楽しみ頂けましたか〜?》


 超大物な割には腰砕けな滑り気味の挨拶をかました社長は、なおも静寂を貫く観客をものともせずに威風堂々と胸を張り、


《私が『ポリポリ』でチャレンジしたかったのは、単なるありふれたアイドルではありません!

 まさにニューエイジのアイコンとなるプリミティブにしてスタンダード、ユニバーサルにしてプログレッシブ、そしてイノベーティブでエモーショナルな…云々カンヌン》


 出たよワケわからん横文字の羅列。聞いてる方は遅れてると思われないようしきりとウンウン頷きまくるも、実際には誰一人理解してないアレな。

 くっちゃべってる方も白熱しすぎて、気がつきゃ場がしらけ切っててヤベェとは思うものの、もう誰にも止められないヤツだ。


《…要点をかいつまんでお願いします。》


 あ、止めた。ニャオ、あんたマジ勇者だわ。

 そして社長はこれ幸いとばかりにコホンッと咳払いして、


《皆の者っ、小鞠に続けッ!!》


《…かいつまみすぎましたね。》


《あ゛〜…つまり、『ポリポリ』はまだまだ新メンバーを大募集中です。出身性別年齢は問いません。

 我こそはと思う方は、今後定期的に開催される公開オーディションにて…》


 ツッコまれすぎた挙句、急に普通になったが…その発言は観客のみならず、世界中を大いに沸かせた。





 天才なるものはたいがい説明がド下手。

 鹿角が生えてる分オツムの容量が若干少ないはずの鹿取社長が天才の範疇に収まるかどうかはさておき、このままではあまりにも説明不足なので補足させて頂ければ…

 よーするに社長の構想としては、当初は全員刑殺官のみで構成された『ポリポリ』のような専門職集団を、次々にアイドル化したい!ということらしかった。


 きっかけは、シャチUFO撃破後に疲れ果てて熊田の腕の中で眠りこけていた、あの靖利のスクープショット。

 おとなしく寝ているうちは可憐な美人以外のナニモノでもないその一枚に、社長は衝撃を受けた。

 所詮は作り物の一般的なアイドルでは、たった一枚の写真でここまで人の胸を打つことはないだろう。

 それはやはり、靖利が本物の英雄ヒーローだからだ。

 庶民のために命懸けで闘い終えた後、ふと気の抜けた彼女が見せた束の間の穏やかな表情。それは一般庶民や役者の芝居では絶対出せない奇跡の一瞬だ。

 これまで数多のアーティストを輩出してきた彼女にとっては、自らのプライドがズタズタに引き裂かれ…その向こうに新たな希望の光が垣間見えた瞬間だった。


 やはり本物は違う。

 ホンマモンには何の演出も必要ない!

 だからといって、せっかくの逸材をこのまま放っておくなんて勿体無さすぎる…。

 てな訳で鹿頭はふと思いついた。

 ならばこちらは必要最低限のプロデュースにとどめ、後は当人達にお任せしようと。

 他力本願だが、これがいちばん彼女達の魅力を引き出せる。

 なので日頃から必要以上には構わないようにしているのだ…とか言ってる割にはちゃっかり留未や葉潤と同居を決め込んでるが。

 そして今回もさっそくお節介を焼いて…


「ぅわ、うわっ、今までのお家よりカッコいい!」


「確かに雰囲気あるな…。

 余計な先住民がいるのが玉にきずだがよ」


 とりあえず、既に社長や留未、葉潤が住んでる寮に小鞠と熊田を引っ越させた。

 今までのマンションはすぐ近所とはいえ、ボロボロだし治安は悪いしで、熊田はともかく小鞠が住まうには不安が付き纏う。

 熊田も内心そう思っていたのか、はたまた小鞠との同居がバレた時点でどうでもよくなったのか、案外すんなり転居に応じた。


「なんだかもう宗教関係者のってより刑殺寮になってきたけど…教団本部の認可もとれてるみたいだから、いっか?」


「ここもずいぶん賑やかになってきましたね〜♩」


 『先住民』の葉潤は渋々、留未は大歓迎。


「あたいらんトコも部屋ならいっぱい空いてるんだけど…」


「とか言って、靖利ちゃんとこの男を一緒にしたら際限なくイチャつきまくるでしょ〜♩」


 てな次第で、ボン子宅こと七尾邸に住まわせなかったのは鹿取社長のせめてもの良心だろうか。


「それにぃ〜あたしん家は最近、変な虫が湧くようになりましたからねぇ〜♩」


《それはもしかしなくても私のことでしょうか? 姉に対してずいぶんとご挨拶ですね…》


 ニャオとボン子姉妹の長年に渡る確執が明らかとなって以降、かつて彼女達の父である七尾ななお氏と共に働いていた百地署長は気を揉んで?か単なる好意かはいざ知らず、頻繁に七尾家を訪れるようになった。

 その際にはボン子だけに応対させておくと何をしでかすか皆目不明なため、ニャオも必ず同席するようになった。

 今までは同じ家族でありながら先々代・先代ニャオの墓所にしか立ち入らなかった彼女、一千年ぶりの里帰りである。


「いやいや、断じてイチャついたりなんかしねーぞあたいは!? 単に小鞠の様子を見に行きたいだけで…!」


 などと今さらすぎる言い訳をしておるが…

 靖利としても、ボン子ん家に居候してる分際で、さらには署長が出入りする場所でイチャつく気になどなれまいて。

 その点、寮には親友の留未も住んでいるから、何かと理由をつけて通いやすい。

 …さて、話題が大幅に脱線してしまったが、


「ライブのときに言った通り、今後ますます増えていくメンバーにも、希望するなら住居を提供するわ。

 当面はこの寮か七尾家のどっちかになるだろうけど」


 まるで自分ん家のような勝手な言い草だが、すでに社長は葉潤・ボン子両者からちゃっかり許可をとりつけている。

 アーティストとしても専門職としても最高のパフォーマンスを発揮してもらうため、メンバーへの助力は惜しまないのが鹿取のポリシーだ。


「あ〜そうそう。小鞠ちゃんはこれからお母さんとは自由に連絡取り合ってもいいからネ♩」


「えっ…!?」


 社長の言葉がにわかには理解できない様子でしばし逡巡する小鞠。

 アイドルになった彼女へのご褒美としては、高額なギャラや知名度なんぞよりもよっぽど価値あるお達しだろう。

 これも社長が刑殺や関係機関にすでに話を通してある。

 直に会うのは無論NGだが、母親は重犯罪者などではないため、連絡を取り合うくらいなら問題なかろう…という判断だ。


「…………」


 おっかなびっくりスマホを取り出しつつも、小鞠はまだ踏ん切りがつかない様子で連絡先の一点を見つめる。

 と、そこで唐突にスマホがけたたましく鳴り出した!

 驚きのあまり危うく落っことしかけたその画面に目を走らせれば…


「…!? も、もしもし…ママ!?」


 長い間連絡が途絶えていた相手からの、待望の電話だった。


「う、うんうん、見てくれたんだ! あたしアイドルになったんだよ、スゴイでしょ!?」


 後はすっかり打ち解けて、普段通りの他愛ない世間話に花が咲く。

 どうやら母親は仕事終わりにテレビを点けた途端、画面いっぱいに娘の元気な笑顔が映し出されていて驚いたらしい。

 ライブの模様は当然のように有料配信だが、『ポリポリ』に新メンバー加入という"大事件"はトップニュースで日本中を駆け巡った。

 母親は得意げに「この子、私の娘!」と周囲に触れ回ったが、誰も信じてくれなかったので、守衛に拝み倒してスマホを借りたのだという。

 直前に小鞠との連絡に限り自由化されていたのもタイムリーだった。じゃなければ無断通信で刑期が延びていたところだ。


「ヤルじゃねーか社長、見直したぜ♩」


「…見直しが必要だなんて、あーた今まで私をどんな目で見てたの?」


 肩を小突く靖利に、鹿取社長は冗談めかして応え、


「いちばん甘えたい盛りに自由に会えないだなんて、残酷すぎるものね…」


 社長の過去について、靖利はいまだ詳しくは知らない。

 が、おそらくは一番大切だった人と、もう二度と逢うことは叶わないのだろう…ということくらいは予想がつく。

 彼女が創る楽曲はどんなにくだけた曲調だろうと、その根底には必ず、ままならない想いに振り回される苦悩や葛藤が描かれている。

 そんなメッセージがリスナーの共感を呼び、心を打つのだろう。

 彼女の曲が名作揃いと云われる所以だ。


「…え、もう切っちゃうの? 他人の携帯だから? あっそ…。

 …あ、スマホ返して貰えた!? あたしとの通話なら自由!? やたっ!」


 前科者のスマホには細工がなされ、許可された連絡先以外への通信は自動的にシャットダウンされる仕組みだ。

 使用履歴も逐一チェックされるから、おかしな使い方は出来ない。

 それでも自前のスマホが返却されたということは、よほどの模範囚なのだろう。

 そして順調にいけば、母親はあと二〜三か月で刑期を終え釈放予定だという。


「早く帰ってきてねママ、待ってるから!」


 そして元気に通話を終えた小鞠は、いまだ余韻が冷めやらないままスマホを携えて呆然と佇んでいる。


「…良かったな、もうすぐじゃねぇか?」


 熊田はそんな彼女の頭にポンッと手を置いてねぎらい…すぐにその異変に気づいた。

 小鞠の目からこぼれた数滴の涙が、瞬く間に滝のように溢れ出て、彼女の頬を濡らしていく…。


「…今までよく我慢したわね。でももう無理はしちゃダメよ?」


 あっけにとられた熊田を押し除けるようにして小鞠を抱きすくめた鹿取社長に、


「あたし、アイドルになって良かった!

 おばさんありがと!」


「おばっ…!?」


 小鞠も泣きじゃくりながら社長に抱きついて、感謝感激雨あられ。おばはん呼ばわりされた社長がショックを受ける暇も与えねーぜ!

 まぁ十才児にとっては靖利くらいの見た目でママの感覚だしな…。


「ハハッ、社長も形無しだな?」


「…そうでもねーさ。アレはアレで満足してんだよ」


 小学生パワーに圧倒されっぱなしの鹿取社長に苦笑する靖利に、小鞠を盗られた熊田が寄ってきて、そっと耳打ちした。

 何故に社長がここまで骨を折ってアーティストに尽くすのか?

 それは前述のように常にベストなパフォーマンスを発揮してもらうためでもあるが…

 それ以上に、もう二度と叶うことはない自身の夢を代わりに叶えてもらうために他ならない。

 そうすることで鹿取もまた、自身の夢が叶ったような一時の悦楽に浸ることができるのだ。

 …けれども、そうして夢を実現させた彼らや彼女達を見るたびに、やはりそれは他人事であると痛烈に思い知らされ…。

 かくして、決して見果てることのない、永遠に実現不能な夢のため、鹿取社長は今日も走り続ける。

 それが不毛なことなのか、はたまた幾度となく繰り返される夢の真っ只中に囚われ続けることこそが幸福なのかは…彼女のみが知り得る話だ。


「…難儀なもんだな」


 その点、ウチの家族は…と言いかけて、靖利は口を噤んだ。

 おおよそ恵まれなさげな幼少期を過ごしたっぽい人間が多いこの場では慎むべき話題だろうと。

 両親が離婚してからは明らかに変容したし、その後に靖利が引き起こした大量殺戮事件のせいで家族は引き裂かれてしまったが…それまでは比較的どこにでも転がってそうなありふれた一般家庭だった。

 事件後も、後に被害者側だった小蘭華おらんか側の悪どさが明らかとなるにつれ、靖利同様に家族の名誉も回復したとは思うし。

 あれから一度も会ってはいないが…皆、元気でやっているだろうか?

 幸い、離散したというだけで皆、小鞠の母や鹿取社長の恋人のように罪を犯した訳でも死んだ訳でもない。

 生きてさえいれば、そのうちまた顔を合わせる機会もあるだろう。靖利の近況なら芸能ニュースで勝手に伝わってることだろうし…。


「…ぅをっ!?」


 そこでマナーモードにしていた個人用のスマホが唐突に震え出した。どこぞからの着信があったらしい。

 とはいえ日頃からすぐそばにいる仲間達とはマメに連絡を取り合ってるし、もっぱら刑殺支給の通信端末しか使わないから、こちらの出番はほとんど無い。

 唯一の連絡先だった留未も、今は仕事仲間として目の前にいるし。

 てことは、また詐欺業者か何かか?

 …などとJK世代らしからぬ侘しいスマホライフに嘆息しつつ、待ち受け画面を確認した途端。

 思わず息が詰まった。


「…おいおい…タイムリーすぎんだろ、さすがに?」


 通信履歴の先頭にあったのは、あり得ない相手だった。


[母ちゃん]



 


 次の休暇日の昼下がり。

「太ってパンツが合わなくなった」などと適当な嘘をつき、これならコンビニでも買えるからわざわざ付き合う必要はないと留未やボン子をまいた靖利は、その足で街中まで出向いた。

 先日、小鞠達と利用したファミレスが、この手の用件にはうってつけだった。世間的には平日だから空いてたし。


「…ぃよっ!」「久々だな!」「元気してたか?」


 靖利とどこか似た顔立ちの学生風の男子三人が陽気に呼びかけてきた。

 以前と何も変わらないその様子に安堵しつつも、気恥ずかしさと申し訳なさで背中を丸めて応えた。


「久しぶり…兄ちゃん達。」


「ハハッ、ずいぶんしおらしくなったな?」「着てるモンもオシャレになったし、見違えたぜ」「おまけに今じゃ、押しも押されぬ人気タレント様だしな♩」


 兄貴達はべた褒めだが、実は熊田の趣味に合わせてるだけ。靖利個人は動きづらくてあまり好きではないが、こういう格好でなければ小鞠に合わせてくれないから仕方がない。


「あたいだって少しは成長してんだぜ?」


「それに関しちゃ昔っから少しどころじゃねーだろ?」


「うっせ。ま、正直なトコ、周りに流されっぱなしでさ。気がついたらこんなコトになってたんだよ。都会の荒波にゃついていくのがやっとだぜ…」


「ふ〜ん、お前でもそんな感じか? こいつぁ俺らも腹ァくくんねぇとな」


 三人揃って頷き合う兄貴達の口ぶりにオヤ?っと思いはしたものの…今、最も気になるのはソコじゃない。

 その三人に取り囲まれて奥の席に着いていた、やはり似た顔立ちで落ち着いた雰囲気の女性と、靖利はしばし目を合わせる。


「…変わらないわね。安心したわ…靖利。」


「そーでもねーだろ、メチャメチャ変わったはずだぜ?」


 務めて気さくに答えて周囲の笑いをとってから、改めて呼びかける。


「…色々ごめん…母ちゃん。」


 結局、最初に口を突いたのは謝罪の言葉だった。自分のせいで、家族は…。

 一家離散だけじゃなく、両親の離婚の原因すら自分にあることを知ってるだけに、靖利の心境は穏やかならざるものが…。


「気にしないで。むしろせいせいしてるから♩」


 が、母から返ってきた言葉は予想外にふっ切れていた。


「そうだぜ、姫をあんな目に遭わせた連中なんてブッ殺されて当然だ!」「お前が殺んなきゃ俺達が殺ってたところだぜ!」「よくやってくれたよ、お前は♩」


 いずれ劣らぬイケメン揃いなのに、中身は靖利とどっこいどっこい。

 どうやら天然なのは靖利だけじゃなく、一族特有の性質らしい。実に残念な一家である。

 んで、彼らが言う『姫』とは、幼馴染の留未のこと。靖利とは真逆な女の子らしい彼女の存在は、三兄弟の心の癒しだったらしい。

 …実態を知らないのは幸せなことだ。


 話もそこそこに、まずはテキトーな料理を注文。

 先日は熊田の奢りだったので最大限に食い散らかしてやったが、今回は一旦は離散した家族の手前、控えめなオーダーに留めておく。

 フツー好きな男の前なら真逆な態度をとるべきかとは思うが、そんな常識を靖利に期待するだけムダというものである。


「でもその言い分だと、なんか…まるであの成金野郎のカネだけが目当てだったよーな?」


 母親にもあんにゃろうへの愛情はさほど無かったことを悟った靖利が無遠慮な質問をぶつけると、


「だって、その通りだもの♩」


 またもや割り切りすぎな母の回答に、靖利はもはや開いた口が塞がらない。


「あなたはお気楽に泳いでただろうけど、有名選手にするのって何かとお金が掛かるのよ?」


 そう言われてしまうと身も蓋もないが。


「あんにゃろ、お前のおかげで資金繰りがうまく行かなくなってよ」「結局、俺達を放っぽり出して夜逃げこいちまいやんの!」「ケケッ、いい気味だぜ!」


 一時的とはいえ父親だった相手に容赦ない言い草。三兄弟が彼をいかに煙たがっていたかがよく解る。

 それでも兄妹全員を学校に通わせてくれたりと、親としての務めはちゃんと果たしてくれたから、そこは感謝しかないのだが。


「そんなら…そもそも、なんで元の父ちゃんと離婚したんだよ? よく知んねーけど、アレだってたんまり稼いでただろ?」


 靖利はついに長年の疑問を口にした。

 これを訊いてしまったら家族は終わりだと薄々思ってたから今まで訊くに聞けなかったが、マジで一家離散した今ならもう関係ない。


「だって、あの人…私を微塵も見てくれなかったんだもの。その点、次の人は私だけを真っ直ぐに見てくれたから、よっぽどマシだったわ」


 やっぱりそれが一番の原因か。


「年齢的にはもうお年寄りだったから、夜の営みもせいぜいオッパイ触る程度で満足してたしね。あ〜楽チンラクチン♩」


「や…そーゆー具体的な報告はいらねーし」


 靖利が何かにつけて明け透けなのは、間違いなくこの人の遺伝である。


「その分、あたいらには見向きもしなかったけどな…あの野郎は」


 ふてくされてみせる靖利に、兄貴達も激しく同意。最も親の愛情が欲しい時期にそれが一切得られないとくれば、あとは憎しみしか残らない。

 再婚した時の母の弁によれば、相手の成金は元の父親・鮫洲と知り合う前からずっと彼女に言い寄り続けていたらしい。

 年齢的には二回り以上も年上だったため、さすがに対象外だと思っていたし、鮫洲と所帯を持っている間はおとなしくしていたが…

 離婚が成立した途端にまたもや猛烈アタックが再開し、愛情のカケラも感じられなかった鮫洲よりは誠実そうに見えたため、終いには根負けしてしまったそうな。


 こういうと、母親はまるで水商売の人みたいなイメージだが…実際にはまるっきり真逆な、地元の図書館に勤める司書だった。

 靖利も含めてアホ四兄妹の親とは思えないほどの才女だったのだ! 加えて美人! 天は気に入った者には二物も三物も与えるが、嫌いな輩には一物も与えない。まぁ神様だって人だからネ。

 当時からその美貌で人気を博し、来館者の大半(件の成金親父を含む)は彼女目当てだったことは言うまでもない。

 だがしかし、彼女が鮫型獣人ということもまた界隈では有名だったため、海洋生物型獣人が大多数を占める島民の中にはわざわざ自ら狩られに行くような猛者はいなかった…成金親父以外には。

 ちなみに親父はトド型獣人である。うむ、納得。


 …そんな穏やかながらも刺激の少ない静かな島暮らしの最中、ひょっこり尋ねてきたのが鮫洲だった。


「この島には鮫型獣人の方が住んでいると小耳に挟みまして。どなたかご存知ないでしょうか?」


 と、若干お門違いな質問をした彼の、そこいらの島民には見受けられない、いかにもインテリ然とした都会的な雰囲気に、田舎のウブな司書娘はイチコロだった。

 あからさまに彼女狙いな野郎ばかりの中、まったく気にも留めず研究に打ち込む彼の姿勢に魅了された母は、


「あの…私がそうです。」


 あっさりデレた。

 そこから先はトントン拍子。何処ぞの研究員だという鮫洲の稼ぎがかな〜り良かったこともあり、両親も何ら反対しなかった。

 地元でもタラシで有名な悪徳成金親父にくれてやるよりはマシだと思ったのかもしれない。

 そんなこんなで所帯を持てば、鮫洲は意外や積極的に子作りに励み、あっという間に三人の男子に恵まれた。ウブなネンネだった母もすっかりご満悦である♩


「でも…その頃には、私は彼の態度に疑念を抱いてたわ」


「奇遇だな」「俺達は生まれた時からそうだったぜ」「なにしろアイツ…俺達への無関心ぶりは成金親父以上だったしな」


 …あれ? 大好きだった父への、母や三兄弟の散々な評価に、靖利はうろたえるしかない。


「…いや、だって…あんなに優しくって…」


「だから、それはお前にだけだったんだよ」「俺達はあえて我慢して、お前には黙ってたけどな」「お前は俺達にとってもカワイイ妹だったからよ…」


 幼い頃はワガママ放題で暴君のように振る舞っていた靖利には、そんな兄貴達の心情をおもんばかる術はなかった。

 そして、母親にも…。


「もう三人も男の子に恵まれたというのに、あの人はまだしきりと子作りに励んで…。

 ある日、彼が独り言を呟いてたのを耳にしてから、私の疑念は確信に変わったわ」


"オスじゃダメだ、メスじゃなきゃ…!"


「そして…靖利が生まれた途端、案の定あの人の関心はあなただけに移って、私には見向きもしなくなった」


 鮫洲がなぜそこまで雌雄の別にこだわったのかは、現時点では解らない。

 だが…そもそも『男女』ではなく『オスメス』という呼称が、彼の本性を如実に物語っている。


「つまり、あの人は…あの人間は…っ。

 最初から鮫型獣人の女の子を手に入れたくて、計画的に私に近づいたのよ…っ!」


 血を吐くような母の独白に、靖利は背筋が凍りつくのを感じた。





 とても優しくて大好きだった父が、甲斐甲斐しく自分に世話を焼いてくれていたのは…

 断じて我が子への愛情などではなく、念願叶ってやっと手に入れたペットやオモチャを弄り倒していただけなのだと知り、靖利は身震いした。

 言われてみれば…たしかに身に覚えが。

 たとえば…靖利がかなり大きくなっても、父との毎日の入浴が欠かさず続けられたこと。

 当時はどこの家庭でもそんなもんかと思い込んでいたが、その後に留未に指摘されてからやっとおかしなことなのだと気づいた。

 無論、性的な行為に及ぶことは一切なかったが…

 

 そして母親の言葉には、さらに耳を疑う発言があった。


「え、人間…?

 父ちゃんって…獣人じゃなかったのか!?」


 にわかには受け入れ難いが…そう言えば確かに靖利は、鮫洲が獣化したのを一度も見た覚えがなかった。


「私も結婚するまで知らなかったくらいよ。鮫洲なんて紛らわしい名前だったから…」


 いやそこは知っとこうよ母ちゃん結婚相手だろ!?

 そしてそれが事実だとすれば…自ずと導き出される、また新たな事実が。


「てことは…」「アイツ、地球人ですらなかったんだな?」「道理でなよっちい奴だと思ったぜ」


 そう。環境汚染からは脱したものの、以前の環境と大きく様変わりした現在の地球では、人間はそのままでは生きてはいけない。

 必然的に鮫洲は、身体強化を施された上で他の世界から大地に降り立った、広義の意味ならば『宇宙人』ということになる。

 すなわち、その血を受け継いだ靖利は…深海ザメではなく『宇宙ザメ』だったのだだだ!!

 嗚呼なんたるB級サメ映画臭!? 当作品も正統進化しているようで幸いである♩


「…ま、待ってくれ…色々飛躍しすぎて理解が追いつかねー…」


「安心しなさい、私もよ」『右に同じく!』


「…なら、いっか?」


 あまり細かい事にはとらわれないのも鰐口一家の家風であった。


「まぁね、あれだけあなたににご執心だった人だもの。まだ用があるなら自分からチョッカイ掛けてくるでしょ?」


 という母の読みは大当たりで、鮫洲はとっくにチョッカイ掛けまくりなのだが、靖利が気づいていないだけである。

 離婚時に一応、裁判所命令により我が子への接触を禁止しておいたが、あれだけ粘着質な変態ならどんな手段にでも訴えるだろうと。

 彼女が鮫洲と別れた最大の理由は、彼の危険性がハンパないことに気づいたからに他ならない。

 幸い靖利が法の番人である刑官になってくれたので、それほど酷いことにはならないだろうと思っていたが…まぁ実際には早くも大惨事である♩


 ついでに…子供達の精神ダメージに配慮してあえて伏せておいたが、彼女が再婚相手に成金親父を選んだ理由は、自分以外には全く無関心だったことが実はいちばん大きい。

 母はもう、鮫洲のような見てくれだけのド変態にはトコトン愛想を尽かしていたのだ。

 同じ変態なら、そりゃやっぱ自分以外は標的になり得ない上にカネ持ってたほうがよっぽどマシでしょ♩と。

 一見考え無しなように思えて、実はちゃんと色々考えてくれていたのだ。


「まぁ何にせよ…あなたが元気そうで何よりね」


「…それはあたいもだせ。兄ちゃん達もな♩」


 そしてお互いの無事を讃え合う。

 なんだかんだ言っても、やはり最強家族である。

 思えばあれから小笠原も壊滅状態になり、彼らが島を出て行ったことも留未から聞いてはいたが…。


「んで、今どこに住んでんだ?」


 いちばん気になっていたことを訊いた靖利に、家族は声を揃えて、


『東京。』


 …は?


「実はな、俺達もとっくに島から出てたんだよ」「お前が刑官になって島を後にした直後にな」「こんな島じゃもう仕事にならんって成金親父が言うもんだからよ」


 意外にも始めっからメタクソ近所に住んでいた!?


「あなたが落ち着いたら連絡しようと思ってたんだけど…英雄になったりアイドルになったり、全ッッッ然落ち着きそうになかったから…ねぇ?」


「…なんかスンマセン。」


 おかしい。良いことづくめなはずなのに、なぜ責められなければならんのか?


「あたいはともかく、あんたらこれからどうやって生活してくんだ?」


 靖利もまだまだ新米刑官&新人アイドルの身なのでさほど余裕はないが、いくらか力になれるなら…と。


「そうねぇ、あの人が残してったお金もそろそろ底を尽きそうだし…」


 考えてなかったんかい!?

 今までは成金親父からの手切れ金でなんとかやり繰りできていたらしいが…これから東京砂漠で生き抜くのは何かと大変である。


「やっぱお水しかなくね?」「俺達と母ちゃんで店やれば」「簡単に客が集まりそうだしな♩」


 そして案の定、人生ナメくさってたよコイツら!?

 でも確かに美人&イケメン揃いだから、それでなんとかなってしまいそうなのがさらに始末に負えない。

 つくづく世の中は美男美女には激アマ仕様に出来ている。贔屓目なんてレベルではないほどに。

 しかしその時、


「…そゆことなら、お力添えできそうね?」


 靖利達と背中合わせのボックス席に陣取っていた女性客が、やおら話しかけてきた。

 よくよく確認するまでもなく、パーテーションの上から突き出たその立派な鹿角は…


「か…鹿取社長!?」


「いや〜、街中で靖利ちゃんを見かけたから興味本位で後つけてみたら…なんだかオモロいことになってるじゃなーい?」


 以前から再三述べているが、周囲よりも頭一つ飛び出ている長身な靖利は非常に目立つため、どんだけ入念に変装しようが、まるっきし無駄むだムダなのだ!

 加えて、社長がさっきからずっと後ろにいたのにまったく気づかなかったばかりか、ド素人にすら容易く尾行を許してしまう、警戒心が底抜けな新米刑殺官が驚愕するそばで、


「社長?ってことは…」「コイツがKYかよ!?」「ヒュ〜ッ業界人ヤッベェーッ!!」


 急にギャル男化したアホ三兄弟を捨て置き、


「靖利がいつもお世話になっております」


 うやうやしく頭を下げる、この場で唯一の常識人な母ちゃんだった。

 だが惜しむらくは、その相手にまっっったく常識が備わってなどいなかったことにある。

 なんかもー先の展開が読めて当然な光景ながらも…開口一番、社長は言った。


「あなた達、全員ひっくるめてアイドルデビューしてみない?」


 ホラやっぱり!!


『ヤリますっ!!』


 そして全員即答☆


「ってだからもうちょい考えろやこんアホンダラどもがぁ〜〜〜〜っっ!?」


 悲鳴染みた靖利の怒号が店舗中を揺るがすのだった。




【第十一話 END】

 今回は前回までよりは若干更新ペースが上がりましたかね?

 そしていつも以上に最初から最後まで予想外の展開目白押しです。

 まぁ小鞠を出した時点で、こうなるルートはほとんど確定でしたけど(笑)。

 当初は恋愛感情が互いにお子様レベルな靖利と熊田を焚き付けるべくこさえた救済キャラでしたが、作者の予想外にデカい存在感を醸してましたので、せっかくだから…と。

 クセモノ揃いな今作中では割り合い素直で使い勝手が良い子なので、今後もなにかと重宝しそうです。


 あと、ここ最近な〜んか鹿取社長の出番が少なかったもので、久々に活躍して頂こうかな〜と。

 ついでに彼女が背負った宿命が垣間見えて、人物像により厚みが出せればいいかなってことで…予想以上に水面下で何かと世話を焼いてくれてる苦労人みたいな描写と相成りました。

 胡散臭い面も多々ありますが、基本的には善人ですからね彼女は。

 でも彼女を立たせると必然的にコメディ路線になってしまうので、その後の軌道修正が大変なんですよ。

 今回もラストがドえれぇオチになってますし…ホントどーすんだコレ?(笑)


 そんなこんなでドサクサ紛れに靖利の家族も勢揃い致しました。

 彼女がここまで"男らしい"人物となったキッカケを与えた人々なので、いずれ何処かで紹介せにゃなーと、ずっと登場の機会を窺っておりました。

 ちなみに第一話の時点では件の『成金親父』こと養父しか登場しとりまへん。なす術なく刑殺官にならざるを得なかったヒロインの悲劇性を演出するには、アットホームな雰囲気は極力排除しようと目論んだ結果です。

 でも実は、それ以外は誰一人として靖利を恨んでなどいなかったとゆー。現代日本でここまで大事件を起こせば勘当もやむなしでしょうが、そこは獣人社会ですから、ぇぇ。

 何よりも個人感情を最優先として動き、すべては自己責任で済まされるという、ある意味では現代人以上に人間らしい世界となっとります。


 てなわけで役者もほぼほぼ出揃いまして、過去のしがらみも明かされ、後は最終決戦を待つのみ…とゆー感じですが、もちろんそうすんなりとは進みません(笑)。

 なぜなら人として生きていく以上、しがらみは常に生まれ続け、変化し続けるからです。

 それは現状ラスボス的な立場の鮫洲とて同じこと。

 果たして彼は本当に皆が口を揃えて非難するほどの極悪人なのか…?

 ちなみに作者はどーしょーもない極悪人ほど肩入れしたくなるヒネクレ者ですからねぇ…フフリ♩

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