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野性刑殺  作者: のりまき
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緊急指令!

「だから、なんで熊を射殺するんだって訊いてんだよォ!?」


 受話器に怒鳴りつけてるのは、ウサギ頭の男性。髪型がウサギっぽいという訳ではなく、どこから見てもウサギという意味だ。

 頭上にピンと突き立った二本の長い耳に、純白の毛皮、そして血のように真っ赤な眼…まさしくウサギそのものだ。

 だがそれは頭部のみで、他は二本腕に二本脚…身体つきは人間そのもの。

 いかにも獣然としたその顔立ちから性別や年齢を窺い知ることは不可能に近いが、その口調や声色からかろうじて中年男性だと判る。

 いい年こいてウサギの被り物でコスプレかよ…という訳でもないのは、リアルに動く口元や表情から歴然だ。

 そのウサギ男が、元々赤い目をさらに血走らせて怒鳴りつけているお相手は…リビングソファにふんぞり返った彼の眼前に映し出されたテレビ画面を見れば一目瞭然だろう。


"全国各地でクマ被害急増!"

"地元自治体が猟友会に駆除要請"


 冬眠前の時期には熊の出没が激増するのは道理だが…現在の季節は夏真っ盛り。というか、もうずいぶん前から季節などという概念は消滅し、日中は絶えず直射日光が地表を炙り続けている。

 加えて、とっくに人里の味を覚えてしまった今日びの熊どもは冬眠などしないどころか、今さらクソまっずい木の実なんざ食えるか!とばかりに年がら年中街を荒らし回るようになった。

 そしてこのウサギ男は、菜食主義者のエコロジスト。故にこの自治体の方針に不満を爆発させ、最寄りの役場に絶賛苦情電話中…といった次第である。


《ですから先程も申し上げましたが、既に人的被害も出ておりまして、事態は急を要すると…》


 応対に出た役場の職員は、もはやろくに相手する気も失せた様子で、ひたすら同じ答弁を繰り返している。


「知るかよンなことっ!? 人を襲った熊は殺せってんなら、牛肉食った人間も殺さなきゃおかしーだろっ! ア゛ア゛ッ!?」


 確かに道理は通ってるが頭はオカシイ。

 まぁこの手の輩は何処にでも蔓延るものだ。


《ですから人間を襲い、その味を覚えてしまった熊は尚更すみやかに殺処分する必要が…。

 そもそも貴方、ウサギ型獣人とおっしゃいましたよね? どちらかと言えば捕食される側なのに、なぜにそこまで熊に肩入れなさるんですか?》


「ウサギが熊の味方しちゃいけねーってのかよオイッ!? なら大阪の奴が広島風お好み焼き食うのも禁止ってかゴルアッ!?」


 こんな塩梅の屁理屈合戦が延々繰り広げられ、もはや意地になって双方一歩も譲らない。

 だが本人達がエキサイトすればするほど、周囲はかえって冷めるもの。


「あなた、そのへんで止めといたら? 解らない人にはいくら言っても解らないし、そもそも熊の生息域から遠く離れたウチにとってはどーでもいい話でしょ?」


 ウサギ男の奥さんと思しき、やはりウサギ頭の女性…らしき獣人が呆れたように促せば、


「ニュースなんてつまんないよぉ! パパぁ、他のチャンネル見てもいい〜?」


 子ウサギ…いや一回り小さい、彼らの子供と思しき獣人が非難の声をあげる。

 家族が言うように、本来無関係な地方の人間が、単に撃たれる熊が可哀想というだけの個人的意見から、今まさに非常事態な地域の役場にクレームをつけまくる…実に迷惑な話だ。

 なにしろ自分自身はそんな被害になど絶対遭わないと鷹を括っているだけにお気楽そのもので、ひたすら自己主張のみに終始し、該当地域の人間の心情を推し量る気など毛頭無い。

 正義の味方気取りな連中は得てしてこんな輩ばかりで、自分が勝てそうな相手にしか勝負を挑まず、その他の相手には物陰からチマチマ小石を投げつけ続ける…ハッキリ言ってクズである。


《まあお好み焼きってぐらいですし、その好みは人それぞれですからね。

 ちなみに私は関西出身ですので、広島風はそもそも別種というか食うに値しないと思ってますし、人喰い熊もその味方をする人間も死ねばいいのにと思ってます》


 務めて事務的な態度を崩さない職員だが、さすがにそろそろ苛立ってきたらしい。


「ぅおぇいっ、何だその口の利き方はァッ!?

 そーゆーテメエの方こそ死ねやクソカスッ!

 今すぐ熊に喰われてくたばりやがれっ!!

 てかテメエの役場の周りにハチミツ塗りたくって熊ァおびき寄せたろかゴルアーッ!?」


 売り言葉に買い言葉ではあるが、いささか相手が悪かった。


《ハイ恐喝認定ー。申し遅れましたが、この会話は全て録音されてますから証拠になりますよー。

 あと、そろそろ通話開始から三十分が…あ、今経過しましたね。

 おめでとうございまーす、カスハラ及び公務執行妨害成立ですねー♩》


「ふっざっけっんっなァーッ!!

 ナメちょんのか貴様ァーッ!?」


《ハハハ、ご冗談を。藁クズだらけのウサギ野郎の小汚いツラなんて頼まれても舐めませんよ。まだコロコロに乾いた糞の方がキレイでマシってなもんです♩》


 なかなかイイ性格の職員は、ウサギ野郎がさらに反論する前に間髪入れずにこう言い放つ。


《ではこれより、カスハラ働いたカスの御自宅に熊をお送りしますねー♩》


「誰がカスだ誰がッ!?…って、あん?」


 熊を…送る???

 意味不明な言葉に赤い目を白黒させるウサギ男。ますます意味不明な表現である。

 だが直後、嫌が上にも理解せざるを得ない事態に直面し、その目を大きく見開いた。


「呼ばれて飛び出て以下略ー♩」


 往年の名ゼリフと共に…信じ難いことに…本当に熊が現れた。目の前に。忽然と。


「いやあの、断じて呼んでない…けど…?」


 ごもっともな受け答えを思わずしてしまいつつ、ウサギ男はその熊をよくよく観察する。

 顔は確かに熊だ。全方位どの角度から熊なく…いやくまなく見ても。

 そして当然、ガタイもゴツくてデカく、全身が毛に覆われている。

 しかしその屈強な体躯は、今にもはち切れんばかりにパッツンパッツンな警官風の制服にかろうじて覆われ…なにより今しがた、確実に人語を話していた。

 ということは…到底そうは見えないが、どうやらコレでも獣人らしい。

 良かった、それなら少なくとも言葉は通じるし喰われる心配も無さそうだ…と、解っちゃいてもにわかには話しかけられないほどの圧倒的な威圧感。


「ギャアーッ!? クックククマママッ!!」


 最初に悲鳴を上げたのは子ウサギだったが、


「ギャースカ騒ぐなウルセェッ!!」


 ズドバゴォッ!! やたら短気な熊男のノーモーションから繰り出されたベアクローによる正拳突きをモロに喰らい、顔面が肉塊となって周囲に弾け飛んだ。

 下顎を残してダラリと力が抜けた身体が、ずるりとソファから崩れ落ちる。

 良かった、やっと静かになった♩と思いきや、


「ヒィイイイ〜ッ!? ウサオ〜ッ!?」


 今度はウサギ女が金切り声で泣き叫ぶ。なんとも学習能力とネーミングセンスの無い輩である。


「騒ぐなっつってんだろがァーッ!!」


 そして当然、正拳突きのポーズからまたもノーモーションで真横に薙いだ熊男の手刀の餌食に。

 あまりの衝撃に上体がパァンッ!と水風船のように弾け飛び、血飛沫と臓物を部屋中に撒き散らして一瞬で挽き肉と化した。

 残酷? いやいや、力無き者から仕留めるのが野生の世界の常識であり、話し合いが通じない相手から潰すのはことさら当然である。

 そして、容疑者の犯行を間近で傍観しながら制止しようともしなかった彼ら家族も犯行補助罪で同類。

 すなわち、現行犯で処刑されても文句は言えないのであ〜るっ!


「…どうだ、これでもまだ射殺に反対か? エ゛?」


 拳にこびり付いた血と肉片とあと色んな汁を美味そうに舐め取りつつ凄む熊男に、一瞬で家族を血祭りに上げられたウサギ男は呆然自失で失禁状態。


「な、なんで…アンタだって熊型獣人だろ…?」


「悪ィが、俺は『熊型』であって熊そのものじゃねーし、オメーらみてぇな『悪人』はたとえ同族でも容赦しねぇ。

 よって、最も相応しい俺様が直々に出向いてやったぜ♩」


 どっちが悪人なのか定かではないが、警官の言うことは絶対であり、彼らの辞書でいう『任意』とは『強要』のことである。

 従って任意同行などというチンタラした手続きは存在しない。


「オラ立て、公務執行妨害で現行犯だ。おとなしく従ったほうが痛い目を見ずに済むぜ?」


 一応は警官らしく、過去の処刑者の血で錆だらけになった手入れの悪い手錠をチラつかせつつ促す熊男。

 先程も言ったが、『任意』ではなく『強要』である。

 そして彼らの辞書に『逮捕』はなく、犯罪者イコール『即処刑』である。

 すなわち手錠は処刑対象者のムダな逃亡を防止するための拘束具に過ぎず…速やかに刑が執行できるのならば特に必要ない。


「…ぼ、ぼぼ僕は間違ってない…っ!」


「あ゛〜?」


 この期に及んでまだ往生際悪く言い訳をおっ始めたウサギ男に、元々鋭い熊男の眼光がさらに邪悪さを極める。


「か、彼らは人間達に破壊されたこの自然界の犠牲者なんだ。そんな彼らのテリトリーを侵食する僕ら人類のほうが云々カンヌン…!」


「おいウサ公…」


 何処ぞで聞いたよーなエコロジストの受け売りみたいに安っぽく下手っぴすぎて、微塵も心に響かないパンピーの付け焼き刃な戯言に耳を貸す奴など皆無である。

 いいかげん怒り心頭な熊男は、へタレウサ公の長い耳をむんずと鷲掴むと、


「よく見やがれこんボケナスがァッ!!」


 ブチブチぶぢゅるっ!!と力ずくでカブのように首ごと引っこ抜いた。

 …やはり手錠は不用だったらしい。まあ一瞬でぶっこ抜かれてるから、痛みを感じる暇もなかったと思うが。

 勢い余ってくっ付いてきた脊髄の先からボタボタ滴る鮮血で床を真っ赤に染め上げながら、熊男はその生首をリビングの窓辺まで持っていくと…

 ガッシャアーンッ!とガラスを突き破って、その首を窓の外へと突き出す。


「何処に破壊し尽くされた自然があるってんだ…あん?

 終わったのはむしろ文明のほうだろがァッ!!」


 高層マンションの中程から見渡せる景色は…広大な青空の下、崩れかけた巨大ビル群と、廃墟と化した街並み。

 それらを覆い尽くさんばかりに生い茂った、蔦や樹木など…溢れんばかりの緑。

 …かつてこの地を支配した人間達は、もう此処にはいない。

 今やこの大地は、獣人達が闊歩する野生の世界へと逆戻りしていた。

 弱肉強食…それこそが大自然の掟なのだッ!


「ったくよぉ…人間に毒されすぎるから、ンなくだらねぇ屁理屈こねまくるんだぜウサ公?

 ぼんくらなテメーらの使い道が無ぇ脳みそは…せめて俺っちが残さず平らげてやるよ♩」


 もはや物言わぬウサギ男の頭をリンゴのように引き裂いて、中身をぢゅるぢゅる美味そうに啜る熊男。

 …と? 視線を感じて顔を上げれば、すぐそばのマンションのベランダから身を乗り出して、その食事風景を恨めしげに見つめる豹型獣人の子供と目が合った。

 野性の本能こそあるものの、彼等は半獣人…それなりに人間らしい父性や母性も備わっている。


「チッ…ほらよっ!」


 気前よくウサギ頭を投げつければ、熊男の怪力で投球されたソレは見事に子豹のもとへと。

 大喜びな様子でベランダの陰へと消えた子供に気を良くした熊男は、「イイこと思い付いた!」とばかりにポンっと手を打ち…


「どーせこんなには持ち帰れねーしな…」


 などとぼやきつつ、室内に残されたウサギ家族の亡骸をヒョヒョイっと摘み上げると、ベランダへと躍り出た。


「ぅおいっお前ら!」


 階下にいた通行人に呼びかけると、大ボリュームでよく通る熊の遠吠えに気づいた人々が「何だ何だ?」とこちらを見上げた。


「しがない公務員から、お仕えする庶民サマへのささやかなお裾分けだ! 持ってけドロボーッ!!」


 潰したてホヤホヤの新鮮なウサギ肉を投げ落としてやれば、辺りはにわかに騒然となった。


「ウヒョーッウサギ肉がこんなに!?」「こいつは上物だぜっ、丸々肥えてやがらぁ!」「ウサギの分際で贅沢しやがってチキショーめ!」「母さんっ、はやく鍋と包丁持ってきて!」「ンな悠長なコトやってたら全部掻っ攫われちまうよ!」「引き裂けっ、己の爪と牙でッ!!」


 ズビッ! ズバッ! ブッシャアーッ!!


 店へ行けば日常的な食料品はいくらでも手に入る御時世だが、獣人達が最も欲してやまない新鮮な生肉はなかなか出回らない。

 加えて、警察官…否、『刑殺官』の職務中に死者が発生するのは日常茶飯事であり、その後の処理も彼らの裁量に任されている。

 世の中は持ちつ持たれつ…助け合わなきゃネ☆


《ピピッ♩ 熊田我雄くまだがお巡査、任務遂行後は速やかに帰投要請しなさい。》


 せっかく上機嫌だったところに無粋な通信で水を差されて、再び不機嫌な様子に戻った熊男は、


「ケッ、わーってるよ。転送頼んだぜ」


《了解。状況終了》


 そして熊男は現れた時と同様に、忽然とベランダから姿を消した。

 いささかオツムが気の毒なウサギ一家が住んでいた、血まみれの部屋だけを残して。





 とある貴金属店の表通りが、唐突にガヤガヤ騒がしくなったかと思えば…


「う、動くなよっ!?」「死にたくなきゃ大人しくしてろッ!」


 突然、刃物やバールのようなモノを持った男達が店内になだれ込んできた。


「て、店内に入りました。次はどうすれば…?」


 最後に入店した男が、携帯電話にしきりと話しかけている。誰かに指示を仰いでるようだ。

 全員、全身黒づくめで、顔はてんでにマスクやお面、目出し帽などで隠している。

 今さら説明するまでも無いだろうが、いわゆる『闇バイト強盗』である。

 獣人達が支配する世界になっても、経済システムが人間時代を踏襲している以上、こうした連中も後を絶たない。

 だがしかし、彼らの唯一の誤算は…


「割と遅かったですねぇ。待ちくたびれちゃいましたよぉ〜♩」


 既に店内に制服姿の『刑殺官』が待ち構えていたことだ。

 こちらは先程の熊男とは異なり、見た目は極々フツーの人間の女性…かと思いきや、片耳に巨大なヘッドホン状のインカムを装置している。

 人間の美的感覚でいえばタレントばりの美少女で、頭身もずいぶん低く、どう見ても成年には見えない。

 だがそのあどけない顔を拝むなり、強盗一味は色めき立つ。


「じょじょ情報が漏れてる…っ!?」


 とっくに通達がなされていたらしく、店内には他に店員や客の姿はない。

 犯人達はまんまと罠にかけられた訳だ。


「もももしもしっ、一体どうしたら…っ!?」「電話なんかいいっ、逃げるぞッ!」「ダメだ逃げられっこねぇ…相手は『HWM』だ!」


 『HWM』…ヒューマナイズド・ワーキング・マシーンの略。いわゆるアンドロイドである。

 この地を人間が支配していた頃は、そのサポート役として無数のHWMが活躍していた。

 しかし人間達が去った後、残されたHWM達はサポート期間の終了と共にメンテナンスが次第に効かなくなっていき…現在でも稼働している個体数は極めて僅少と言われている。

 かつての初登場時にはまさに人間と見分けがつかない精巧な出来映えのモノも多く、それだけに何らかの区分を設けるべきとの意見が多数上がった結果…

 たとえば彼女が装着しているインカムのように、一目でそれと判る差別化がなされている。

 その運動性能は総じて人間よりも高く…加えて今日まで生き延びている個体は、獣人をも凌ぐ性能を持つことの証である。


「しかもアイツ…ヘボミ型じゃん!?」「よりにもよって、いちばんヤベェ奴かよ!」「嗚呼…終わった…何もかもオシマイだぁ!!」


 『ヘボミ』…何やらハングルっぽい響きだが全く無関係。

 現在のHWMはすべて独立した思考能力を有する自律型だが、世間に出回り始めた頃のものは人間の指示に従わねば行動できない受動型が多く、故に所有者すなわちマスターの登録が必要不可欠だった。

 件のなんとも不憫な名前を持つHWMは、それでも健気にマスターに尽くし、最期には自らの身を投じてマスターを守り抜いたという伝説から『忠ロボへぼ公』として広く長く親しまれ続けた。

 HWMのデザインは自由なんだから好き勝手に指定すれば良いものを、後年その伝説の存在を再現した『ヘボミ型』が発表されるや、瞬く間に世界中で大ヒット。最も売れたHWMとしてギネス記録にも認定されている。

 まあ車のデザインなんかも当時の人気車種に似たり寄ったりなモノばかりだし、人間の審美眼なんて所詮そんなもの。

 だがしかし…犯人達がここまで恐れるのは、この『ヘボミ型』がそのなんともほんわかした雰囲気からは予想もつかない、実にえげつない攻撃能力を有するからである…!


「犯人さん達はぁ、こないだ近所で起きた強盗事件と同一犯ですよねぇ〜?

 ずいぶん派手にやらかしてくれちゃったモンだからぁ、『駆除指定』されちゃってますよぉ〜♩」


 眠気を催す間延びした口調で、HWMは強盗一味に最後通牒を突き付けた。

 『駆除指定』は指名手配のさらに上位となり…つまりは発見次第、速やかに処刑すべし!

 大概の犯罪者に更生などは期待できず、そうさせたところで大半はすぐまた再犯に及ぶ。

 そもそも、楽して金を稼ぎたい一心であからさまに怪しい仕事に応募し、見ず知らずの上役の指示に従ってあっさり他人を殺められる輩などは更生以前の問題であり、人間の風上にも置けない。

 そんな扶養ならぬ『不要』国民を生き長らえさせることこそ税金の無駄遣いというものだ。

 どうせ奴等を取り調べたところで、下っ端ごときが大した情報なんぞ持っているはずもないし、まさに役立たず以外の何ものでもない。

 ならばとっとと風下に晒して、社会の寒風でカチンコチンに凍らせた後、速やかに叩き割るべし!


「クッ…ソォオ〜〜〜〜ッ!!」


 ヤケになった犯人の一人がHWMに刃物を振りかざす。

 が、その凶器は腕ごと一瞬にして微塵切りにされ無効化された。


「ヒィッ…ギャアァア〜〜〜〜ッ!?」


 遅れて自分の腕先が無くなったことに気づいた犯人が、悲鳴を上げて転げ回るところへ、


「うるさいですよぉ〜♩」


 HWMは両眼から放ったレーザービームで追い打ちをかけ、見事なお造りをこしらえた。

 焼き切れたマスクの中から、魚類と思われる素顔が覗く。

 HWMはその生首をヒョイっと指先で摘み上げると、こま切れになった死体の端にちょこんっと添えた。


「舟盛りの完成ですぅ〜。残念ながらお船さんはありませんけどぉ〜♩」


『ぅ…わぁあ〜〜〜〜っっ!?』


 仲間の無惨な…あるいは見事な最期を目の当たりにした強盗達は一斉に逃げ出した。

 とはいえここは店舗内だからして、出入口は正面の一箇所しかなく、既に防犯機能が働いて開かなくなった自動ドア前に折り重なるしかない。

 そこへHWMはのっそりと近づきながら、


「折り紙〜折り紙〜♩」


 楽しげに鼻歌を口ずさみつつ、眼からビームを乱射。


 ズルリッ…ガッシャアーン!!


 自動ドアのガラスごと賽の目斬りにされた犯人達は、崩れた積み木のように表通りにぶち撒けられた。


《と゜ーしたっ、何あったか゜!?》


 もはや誰の手首かも判らないソレが握りしめた携帯電話から、カタコトの指示役の声が漏れ聞こえる。

 HWMはその携帯を固まって剥がれない指ごと毟り奪ると、電話の相手に向かって、


「すみませんけど、次はそっちをお掃除させて頂きますねぇ〜♩」


《!?…誰か? ケーサツか゜!?》


「座標特定〜。さーん、にーい、いーち…ふぁいや〜☆」


 指示役が反論する間もなく、受話器の向こうからバリバリッと耳障りなノイズが流れ、


《…お掛けになった番号は、現在…》


「ハイっお仕事終了〜♩」


 電話会社の音声ガイダンスに切り替わったのを聞き届けて、HWMは携帯を血溜まりの中に放り込んだ。

 この直前…遠く海外から指示を出していた相手は、攻撃衛星の軌道上からのビーム照射により、アジトごと跡形もなく蒸発していたのだ。

 既に『処理』は済んだのだから、今さら証拠品など必要ない。

 と、そこにタイミングよく、


《ピピッ♩ 七尾ななおボンバイエ巡査、越境攻撃は許可なく遂行しないように。下手すると国際問題に発展しますよ?》


 捜査本部からのインカム越しの通信に釘を刺されて、HWMは少し不満そうに顔を歪めた。


「相変わらずウルサイ中華メガネですねぇ〜。

 どのみち叩くんなら、こ〜んな小蝿よりも主犯の敵国組織を壊滅しちゃったほうが早くないですかぁ〜?」


《反論無用。状況終了》


 そして先程の熊男同様、HWMの姿も忽然とその場から掻き消えた。

 最後までブツクサこぼしていた愚痴と、店の前に積み重なった肉塊ブロックを残して。





「え゛…妊娠!?」


 哀れな羊男の悲鳴じみた素っ頓狂な声がベッドルームに響き渡る。


「そーよぉ、だからちゃんと着けてって言ったのに…この落とし前どーつけてくれんのよぉ!?」


 ベッドを軋ませて男に詰め寄る、ブクブクに肥え太った豚女。まあ豚だから仕方ない。

 いかに貪欲で雑食な豚女とはいえ、何を食ったらここまで見事にデブれるのか?

 …ああ、決して差別や侮蔑の意図はなく、実際そんな見た目の獣人なんだから、これまた致し方なし。


「い、いや確かにアレは申し訳なかったと思うけど…でもアレ一回きりでしょ?

 それで何で僕の子だって…」


「あたしがホイホイ誰とでも寝るオンナに見えるっての!?」


 ハイ見えます。とはいえさすがにそれは失礼だろう羊男くん?

 いかにカラダ以外なんの取り柄もない豚女とはいえ…いやソレも違うか。なんせ豚だぞ、ブタ!

 ドブスでドデブでブヒブヒうるせえ糞尿まみれの飢豚がとんだぞ!? もっと寝るオンナ選べや!


「アンタって見た目だけはイケてるから、うっかり気を許しちゃったあたしも悪かったけどさぁ…」


 ブタの好みなんざ知る由もないが、イケメンの羊って何ぞ?

 ともあれ相手が別種でも構わないとは、さすがは飢豚。

 大抵の獣人は本能的に自身と同種目の伴侶を選ぶ。後先構わず手を出す輩は極めて稀な変人か、それで食ってる売女に決まってる。

 となると先の妊娠話も相当アヤシイが、彼女の見た目からは真偽の程は判断のしようもない。

 イヤハヤ…実に厄介なオンナに引っかかってしまったねぇ羊くん?


「ううっ…僕にいったいどうしろと…?」


 生贄がついに弱音を吐くと、待ってましたとばかりに豚女は眼をギラつかせる。


「そう悪いようにはしないわよ。残念だけど子供は下ろすし、治療費も要求しないわ」


 うなだれる男の肩にポンッと手を置いた女は、実に男らしい物分かりの良さで彼の不安を取り払う。

 …いや待て、いくらなんでも話が美味すぎないか? 男にとって都合が良すぎる。


「ほ、本当かい!?」


 渡りに船とばかりに笑顔を見せた男に、しかし女は残念そうに目を伏せて、


「その代わり…これであたし達の関係も終わりにしましょ?

 あたしはもう金輪際、アンタには近づかないから…アンタもそうするって約束して?」


 と言われてもまだソレは嫌だと駄々をこねる往生際の悪い男もいるかもしれないが、大概の男はこれでとっとと手が切れると内心大喜びだろう。


「ああ、する…約束するよ!」


 どうやら後者だったらしい羊男は、実にハツラツとしたイ〜イ笑顔で快諾した。

 そのツラ構えに豚女は若干イラッとした様子で、ベッド脇にあった自分の鞄に手を伸ばし、


「口約束だけじゃ不満だから…コレ書いて。」


 鞄の中から一枚の紙キレを取り出すと、男の眼前に突き出した。

 その冒頭には『誓約書』とあり、「私は今後一切彼女には近づきません」云々という文面の最後に、指名記入欄と指紋の捺印欄がある。

 一見なんら不審な点はないが…そもそも用意が良すぎないか?

 しかし羊男はまんまとその誓約書を手に取ると、これでやっと報われるとばかりに満面の笑顔を浮かべ、


「…これで確定だね?」


 その笑顔に想定外の不敵さを感じ取った豚女が「え?」と顔をしかめるも、


「今どき肉筆とはアナクロだけど、確実っちゃ〜確実な証拠だもんなぁ…ホラ♩」


 羊男はにこやかに微笑みながら、巧妙に貼り重ねられた二枚の用紙を器用に引き剥がした。

 すると…下から出てきたのは『健康保険』の加入申込書。

 加入希望者名と捺印欄が一枚目と丁度重なる位置にあって、その下には保険金の受取人として豚女の氏名があらかじめ記入されていた。

 保険金額は、一般人としては不自然に多い数千万円…。

 もはや説明するまでも無いだろうが、コレこそが豚女の手口だった。

 言葉巧みに男に近づき、あの手この手で攻め落としてから妊娠をチラつかせて動揺させた挙句、この用紙に記名させる。

 後は頃合いを見て相手を殺害…とバレないように死亡させれば、保険金は丸々豚女の懐へと。

 典型的とも古典的とも言える手口だが、遥かな未来になってもこの手の犯罪は後を絶たないものだ。


「殺りすぎたねぇアンタ。

 こんだけ不審死が重なりゃ、内定が進んでてもおかしくないって思わなかったのかい?」


「…ア、アンタ…何者…?」


「こーゆー者だけど?」


 先程までとは一転して顔を引き攣らせる豚女に、羊男は愉快そうにほくそ笑みつつ、あっさりと『刑殺手帳』を掲示してみせた。


「『刑殺』!?…チキショウッ!」


 ドジったと地団駄踏んでベッドをガタガタ揺らす豚女に、羊男はますます愉快そうにケタケタ笑い返すと、


「ま、騙してたのはお互い様だけどネ♩」


 そう呟くなり、羊男の顔がモーフィングみたいにグニャリと歪んで…一瞬にして狼の顔に!


「ヒィッ!?」


 大昔からの天敵のご登場に、本能的に怯える豚女。

 日本の昔話だと化けるのは狐や狸と相場が決まってるが、西洋では古来より化けるとくれば狼男が有名である。

 とはいえこの世界では大抵の獣人は元々、人間社会に巧みに溶け込んで生活していたため、人に化けるのはお手のものだ。

 その人間が不在となった現在では、わざわざ変化する必要もないから元の姿のまま暮らしてることが多いだけで。

 だがこの狼男は、人間以外の任意の姿にも変身可能な希少種である。かつて世界的に害獣と見做された狼の駆除が始まった際、その難から逃れるために苦心して磨いた技術だ。

 その稀有な能力を活かして、連続保険金殺人容疑がかけられた豚女を囮捜査中だった…という次第である。

 そして今まさに、その証拠品と犯行手口の確認に成功したのだ。

 となれば…残る仕事はただ一つ。


「猪口ピギ代。…アンタを『処刑』する。」


 繁殖力が強い獣人達は、放っておけば無尽蔵に増える。

 加えて、総じて気が短い彼らは裁判などというチマチマかつチンタラした制度を好まない。

 誰しも法の下に皆平等という名目だが、結局は金にものを言わせてより優秀な弁護士を雇った方が俄然有利であり、不平等かつ不完全極まりないシステムだからだ。

 しかし、死は誰しもに平等に訪れ、誰も逃れることは出来ない。

 だからこそ彼ら『刑殺官』が必要となる。

 彼らに任せておけば、世間はよりスムーズに回る。

 人類滅亡の危機に瀕した今、大切なのは人命よりも社会秩序であり、迅速かつ完璧な処理が求められる。

 故に…そんな社会の仕組みを悪用した『詐欺罪』は『殺人』よりも重く、両方犯すなら尚のこと徹底的に潰さねばならないのだ!


「い、嫌ぁ…お願い見逃して!? あたしのお腹には大切な赤ちゃんが…っ!」


「ふーん、そぉ? 今度は誰の子だい?」


「後生だから、お命ばかりはぁ〜っ!!」


 豚に真珠とは言うものの、嘘か真か真珠のような大粒の涙をこぼして哀願する豚女にも、羊男改め狼男の心は微塵も動じない。


「そーやって泣き叫ぶガイシャを何人手に掛けたんだい、お前さんは?

 …まぁ気持ちは解るよ。そんな哀れな子羊達の顔が絶望に歪むのを見届けながら、一思いに仕留めてやるのが一番楽しいからねぇ…ククッ♩」


 この際だから言ってしまうが、今話に出てくる登場人物中、最低最悪な邪心の持ち主が彼である。


「ヒッ…ヒィイァア〜〜〜〜ッ!?」


 到底言葉が通じる相手ではないことを悟った豚女は、男に背を向けて一目散に逃げ出した。

 が、どう見たってデブ女よりはスリムな男のほうが速いに決まってるし…実際、狼の走行速度は豚を上回る。

 あっという間に女の背中に飛び乗って取り押さえた狼男は、


「あばよ、デブスタ♩」


 デブとブスとブタが合体した造語で豚女を貶しつつ、その首筋を鋭い牙で引き裂いた。


「…!…!!」


 悲鳴も上げず…上げられる訳もないが…悶え苦しむ豚女の身体を、狼男は鋭い爪で掻き毟って小間切れ肉へと変えていく。

 瞬く間に女の肉はこそげ落ちて…激痛と苦しみに両目をカッと見開いたまま絶命した頭部と骨だけが残った。


ッッッ!!

 脂身ばっかで食えたもんじゃないねコレは。

 でも、お陰でずいぶんスリムになれただろ?」


 物言わぬ豚肉の頭を小突きながら、狼男は血を滴らせた口元を愉悦に歪め…


「けど…お腹に赤ちゃんってのだけは本当だったみたいだねぇ?」


 血溜まりと肉片が散らばる中から、小さな胎児の亡骸を摘み上げた。

 豚と何の掛け合わせかは不明だが、少なくとも羊や狼ではないらしい。


「お相手が誰かは知らないけど、二次被害は防がなきゃね。

 可哀想な仔豚ちゃん…恨むなら親を恨みな。

 ハイッ証拠隠滅っと♩」


 狼男はその亡骸をヒョイっと頭上に放り投げると、大きな口で美味そうに丸呑みにした。

 この世界でも子供の責任は親の責任だが、その逆もまた然り。

 第一、弱肉強食な野性の王国で幼くして親を失った子供は高確率で生き残れないし、どうせもう死んでるし♩


《ピピッ♩ 大神葉潤おおがみはうる巡査。勝手な証拠物件の隠匿は謹んでください》


「ハハッ、バレた? まぁいいじゃない、これくらいの役得は♩」


 釘を刺されても悪びれもせずに応える狼男に、通信機の向こうで溜息ともつかない息遣いが漏れる。


「をっ、なんだかセクシーだねニャオちゃん。この後一緒に食事でもどう?」


《貴方の摘み食いを見てたら食欲も失せましたし、元より私に食事は必要ありません。状況終了》


「ちぇっ、つれないなぁ」


 舌打ちと共に狼男の姿も一瞬にして掻き消える。

 新鮮な小間切れ豚肉をホテルのベッドに残して。





 パラララパラララパラララ〜♩

 ドロロロロロォーッ!!


 今日も街中にけたたましいクラクションと大排気量エンジンの爆音が轟く。


「ヒャッハァーッ!」「ウェイウェイ!」「ヤッフゥ〜〜〜ッ!」


 続けざまに耳をつんざくのは、実に耳障りな世紀末風の雄叫び。ただでさえ獣人達のオツムのデキは人間に劣るというのに、自らさらに知能指数を引き下げてどうするのか?

 そんな低レベルな連中でも、頭数を揃えれば脅威となる。

 彼らの美的感覚を疑うようなド派手な改造車両を何十台も駆って、通りを縦横無尽に走り回る害虫集団のご登場だ。


「『緑ピンフ』だァーッ!?」「『緑ピンフ』が来たぞォーッ!!」


 悲鳴を上げて逃げ惑う街の人々が口々に叫ぶ『緑ピンフ』なる呼称…それが連中のチーム名だ。

 いくら時代が変わろうとも、この手の迷惑集団が消えることはないが…どこからどう見ても暴走族な彼等自身は『自然保護団体』を名乗っている。

 今どき大昔に廃れ切った化石燃料車を乗り回し、街中に排ガスを撒き散らしてる分際で聞いて呆れるが、彼等によれば「昔のままの暮らしぶりはエコ活動に他ならないからセーフ♩」なんだとか…理解不能だ。

 そのどん尻に控える、一際巨大でド派手な車両を見た大衆の顔が一様に引き攣る。


 パ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜〜〜♩


 だからゴッドファーザーのテーマなんて奏でる骨董品級のクラクションとか、今どき何処に売ってんのよ?

 そんな調子っ外れなBGMに合わせて、マッコウクジラを思わせるゴッツい黒塗りの車に陣取った白黒ツートンのデカい顔が、悠然と街を進む。


「来たな…『グレたドンペリ』が…ッ!!」


 ドンペリのニックネームの如く、世界的に最も希少で高価とされる動物…熊猫。

 つまりは『パンダ』。それがアメ車のように巨大なオープンカーの後部シートにどっかりとふんぞり返っている。

 パンダの性別判定は非常に難しいとされるが、幸い獣人なのでその衣類からかろうじて女性と推察できる。

 自称『環境活動家』の彼女は幼い頃から地道に活動を始め、その舞台をネットに移すなり、その希少性と年齢の割に達者な演説から瞬く間に注目の的となった。

 無責任な大人たちはろくな検証もせず、彼女の人気におんぶに抱っこで自らの社会的地位を向上させようと目論み、それがますます彼女をつけ上がらせた。

 その後、彼女のカリスマ性に目を付けた、あまりタチのよろしくない環境保護団体にそそのかされて世界中の医療研究施設や議会への乱入を繰り返し、若くして逮捕歴は数知れず。

 それでも自身の言い分を聞こうともしない世間に絶望した彼女は遂にグレて…挙句ここまで落ちぶれた。


「うわっ煙てぇ!」「ゲホホッ…何だこりゃ!?」


 彼女の車を護送するように並走するバイク集団が撒き散らした白い煙に、逃げ遅れた人々が目をしばたかせて苦しげに咳込む。

 研究機関の分析によれば、コレは化学肥料の一種で人体には無害なことが判明しているが、だからって街中に撒いて良いものではない。

 彼らの主張によれば、街中を緑溢れる理想郷に変えるつもりらしいが…それでなくとも世界はとっくに密林に覆い尽くされている。

 そもそも肥料だけ撒いたところで効果は望めないだろうし…化学肥料の使いすぎはかえって自然破壊に繋がるぞ?

 こんな塩梅に迷惑千万な彼女は、以前とは打って変わって世界中でテロリスト認定され、別の意味で注目の的である。

…と、そんな珍走団の目前に迫った横断歩道を、えっちらおっちら渡り始めた人影が…!?


「ああっ車椅子のお婆ちゃんがっ!?」「危ないっ、はやく避けてぇ〜!?」


 車椅子といっても障害者用ではなく、単なる移動用。

 老婆はよりにもよってナマケモノ型獣人だった。

 とはいえ年金の支払い日に受け取りに出向かない訳にもいかず、こうしてはるばる外出したのだが…それが彼女の運の尽きだった。


「お退きなさい老人ッ! あなた達オトナはっ、いつもそうしてっ、あたし達の進む道を邪魔するつもりなのですかぁ〜ッ!?」


 過呼吸なのかはたまた肥え過ぎなだけか、若い美空で息も絶え絶えな珍獣の怒声にも、老婆はどうすることも出来ない。

 だってナマケモノなんだモン☆


「そうですか、そっちがそのつもりなら…亜瓶具あびんぐ和都尊わとそん、やぁ〜〜〜っておしまいッ!!」


『アイアイサー♩』


 号令一下、モヒカン刈りなデブとノッポの跨る二台のバイクが魚雷のように急加速し…老婆を車椅子ごと跳ね飛ばした!

 悲鳴とどよめきが交差する中、もはや身じろぎ一つしない老婆に近づいた二人組は、老婆の身体を足蹴にして仰向かせ…


「…クケケッ、鳴き声も上げずに逝きやがったぜ、このババア!」


 そりゃナマケモノは滅多に鳴かないが、それにしても何ともご無体な…!

 と、もう一人のモヒカンデブが、老婆が大切に握りしめていた茶封筒を奪い取って中身を確認し…


「ヒャハハッ、見ろよこのババア。こんなモン後生大事に隠してやがったぜ?

 今じゃ現ナマなんて何の役にも立たねぇってのによォーッ!」


 老婆が命を絶たれるまでに一生懸命積み立ててきた、僅かばかりの現金が路上に舞った。

 勘違いしてはいけない。このアホが言うように今日ではデジタルマネーが主流で現金の流通額は僅少だが、それでも基本は尚もこちらだし、まだまだ立派に通用する。

 そんな社会の仕組みもろくに知らず、力尽くで独善的な理屈を振りかざす…。

 連中はそれこそが正義だと信じ込んでるらしいが…所詮はただの犯罪集団だ。

 それが証拠に、街の人々は彼奴らがバラ撒いたカネに群がろうともせず、愚行の限りを働く連中を遠巻きに睨みつけている。

 獣人にだって人間並みの倫理観が備わっている。人間が支配していた頃の法律はほぼそのまま踏襲され…殺人はやはり御法度だ。

 しかしこの連中は、悪逆非道の限りを尽くすうちに感覚が麻痺して、そんなことさえ忘れてしまったらしい。

 そんな連中はもう、獣人ですらなく…ただのけものだ。

 今しがたの行為が彼らの命運を決定づけたことにさえ気づかない、実に愚かな。


「フンッ…行くわよっ!」『アイアイサー♩』


 過呼吸パンダの号令に従い、隊列を組み直した暴走集団は、抗議のために群がり始めた大衆を押し退けて再び走り始める。

 その背後では連中に轢き殺された老婆の遺体に大勢が群がり、合掌し、何処へともなく運んでいく。

 安心して欲しい。いかに血肉に飢えた獣人とはいえ、食用には向かない老いたナマケモノを欲したりはしない。単に哀れな犠牲者を弔おうとしているだけだ。

 その発端となった珍走団パンダを、胸中で思い思いに「死ね…っ!」と罵りながら。

 …そんな大衆の祈りにも似た懇願が天に届いたのだろうか?


「ヒャハハ…んん〜?」


 道端からフラリと路上に躍り出た人影に、アーヴィングだかワトソンだかいうモヒカンバイカーが眉をひそめた。


「…何なのですか…彼女は…っ!?」


 酸欠パンダが呟く通り、タイトスカートを履いた長い黒髪のシルエットは、明らかに女性。

 しかも、誰もが恐れるその制服は…


「…『刑殺』ッ!?」


 そう、彼女は昔で言うところの婦人警官…女性刑殺官だった。

 一頃は男女平等を合言葉に男女共通制服が採用された時期もあったが、見た目に雌雄の判別が付きにくい獣人には不向きだからと、再び一目でそれと判る専用制服に戻された。

 しかしその外見は…一見どこにも獣人らしき特徴が見受けられない。

 今日びでは滅多に見かけなくなった、耳も尻尾も無い、かつての人間そのものだ。


 …あぁ言い忘れていたが、人間は別に絶滅した訳じゃない。

 大半は此処ではない別の場所へと巣立っただけで、ごく僅かではあるが地上に留まった者もいる。

 体力腕力では遠く及ばない獣人の群れに紛れるなど、正気の沙汰ではないが…。


 そんな貴重な人間婦刑が、裸身一つで暴走車の前に立ちはだかっている。

 その片手に掲げられたタブレット状の電子機器には、何やら小さな文字でツラツラ書かれているが…この距離では普通の人間にはおおよそ読み取れない。


「『処刑令状』…だってよぉ!」


 しかし彼らは概ね驚異的な視力を持つ獣人。この遠距離でも充分に読み取れたらしい。

 殺人は無論御法度なこの世で唯一、それが許される数少ない職業…。

 それは軍人を除けば、あとは彼女達『刑殺官』のみである!


「クケケッ、たかが人間風情が…!」


 モヒカン獣人が不敵に笑い飛ばした。相手が取るに足らない人間だからと小馬鹿にして。

 それでも女性刑官はいまだ敢然と路上に立ちはだかったまま。

 片手には特殊刑棒…彼女達『刑殺官』は拳銃などは携帯しない。その程度の武装で仕留められる獣人など皆無だし…それぞれに強力な『特殊攻撃手段』を持つから。

 しかしそれも獣人だったら、の話だが。

 だから連中はもっと早く気づくべきだった。

 彼女が本当にただの人間なら…何の武装もしていないのは不自然だ、ということに。


「…フッ、良いでしょう。かつて、たかが毛無し猿の分際でこの世を汚しまくった者達の末裔に…引導を渡して差し上げましょうっ!!」


 寝不足気味なクマだらけの目…パンダなだけに…でほくそ笑むや、ドンペリ嬢ちゃんの車が急加速した。

 周囲を取り巻く族車もろとも、待ち構える女性刑官めがけて誘導ミサイルのように…あるいは回遊魚の群れのように突っ込んでいく!

 と、その時…


「ヒィハァ…何だぁ?」


 女性刑官の黒髪がふわりと風に舞ったかと思えば…その殺気が突然ブワッと一気に増大した。

 いや気のせいではなく、実際に身体が風船のように何倍にも膨れ上がっている!

 すなわちこれは…


「クケッ、やっぱコイツも獣人かよ!?」


 そう、何でかわざわざ人化した姿で現れて、ようやく元の姿に戻ろうとしているのだ。

 だが連中は彼女の『実態』を見誤っていた。

 日頃から人化した姿で過ごす者は、得てしてそのほうが何かと都合が良いからそうしているのだ…ということを失念していた。

 すなわち…!


「ヒィア〜〜ッ!? さ、さ、鮫だァーッ!!」


 突如として路上に出現した、全長十メートル以上にも及ぶ巨大なホオジロザメ…それこそが女性刑官の正体だった。

 実際の品種よりも明らかに大きく、パンダ女の車も一呑みできるほどデカい。ほとんどメガロドンだ。

 なるほど、確かにこの図体ではマトモな日常生活は営めない。

 それにしても、路上に巨大鮫…。かつてのB級サメ映画で観たよーな気もするが、現実にはあり得ない異様な迫力の光景だ。

 その鮫が大口を開け放つや、逆に珍走団めがけて突進開始!


「ヒィィーッハァーッ!?」「クッケェーッ!?」「ウェイウェイウェイウェーイッ!!」


 フルスロットルのマシンでは避けようもなく、次々とジョーズに呑み込まれていく緑ピンフの面々。

 くちゃっぐちょっちゅどどおーんっ♩

 巨体内で次々とリズミカルに人肉ツミレが突き上がり、マシンの連爆でこんがり焼き上げられてるようだが…

 当の鮫は映画のように爆死したりもせず涼しい顔で、エラから黒煙をたなびきつつ尚も突っ込んでくる!


「た、ただ車に揺られてるだけの無抵抗な市民に手を上げるなんてっ、これだからっ、これだから公僕はァーッ!?」


 散々やらかしといて今さら自己正当化する息切れパンダは、喚き散らしながら鮫の口に吸い込まれていき…バクンッ!

 途中で鮫が突然口を閉じたため、その上体が車体ごとゴッソリ削り取られた。

 ちゅどお〜んっ!と鮫の口内で大爆発が発生し、パンダが蒸し焼かれる香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。

 その鼻先に激突した車体がグシャッ!とひしゃげ、反動で路上に放り出されたパンダの下半身がべちょっ♩と轢かれたカエルのように路面にへばり付く。

 こうして自称・環境保護団体な社会のゴミ、暴走集団『緑ピンフ』は壊滅した。


『…!…?』


 一部始終を見守っていた大衆にとっては歓喜すべき光景だが、なにぶん路上に横たわったままの巨大鮫に圧倒されて、迂闊に近寄れずに右往左往。

 そこで鮫は再び人化を始め、あれだけの巨体が面白いようにシュルシュルしぼんでいく。


「…けぷっ。あ〜喰った喰った、もう熊肉は当分結構だぜ♩」


 女性刑官形態に戻った鮫は、よくよく見れば美人な顔が台無しなゲップと男勝りな言葉を吐き捨て、長い黒髪をパサリと振り乱して勝利の余韻に酔いしれた。

 そしておもむろに口の中に指を突っ込むと…歯に挟まっていた血走った眼球を引っ張り出す。


「所詮はオメーも憐れな見せ物パンダに過ぎなかったってコトだな? ぺっ!」


 吐き出された目ん玉が、路上に放置されたままのパンダの肉塊に埋もれる。

 世にも珍しい、そして文字通りな『パンダの目玉焼き』の完成だ。


『…ぉ…ぉぉ…っ』


 ゥワァーーーーッ!!

 遅れて巻き起こった大歓声と拍手喝采にギョッとして周囲を見渡せば…鮫女はいつの間にか出来上がった大団円の中心にいた。


「やるなぁ嬢ちゃん!」「お陰でスカッとしたぜ!」「鮫の獣人なんて初めて見たわ!」「長生きはするもんねぇ…」「カッコイイ〜!」


 口々に彼女を褒めちぎる大衆の視線はすっかり女性刑官に釘付けで、かつてあれだけ注目されたパンダの亡骸には見向きもしない。

 あんなツートンカラーの熊なんて、そんなに観たいもんかねぇ?…いとあはれ♩

 そして、日頃はどちらかといえば煙たがられがちな刑殺官が、ここまで皆の祝福を受けたのも前代未聞だろう。


「あー、えっと、そのぉ…」


 先程までの威勢はどこへやら、しどろもどろでうろたえる彼女のもとへ、


《ピピッ♩ 鰐口靖利わにぐちやすり巡査、お手柄でした。署長もお喜びですよ》


 指令本部から届いた通信にも珍しくケチがない。


「わかったから…さっさと転送してくれ」


 あまり褒められ慣れてないのか、照れまくる彼女の催促に従い、通信が告げる。


《了解。状況終了》


 そして鮫女の姿は風景に溶け込むように掻き消えた。

 いまだ歓喜に湧く大衆と、ドンペリパンダ…だったモノの亡骸を残して。





 鮫型女性刑官である靖利が所属する御丹摩ごたんま刑殺署に戻ると、他の面々も既に勢揃いしていた。


「お疲れ様ですぅ〜お姉さま♩」


 真っ先に駆け寄ってきて纏わりついたのは、HWM型女性刑官の七尾ボンバイエ。

 本人は気にしていないらしいが、あまりにもあんまりな名前なので、皆からは『七尾』または『ボン子』などと呼ばれている。

 HWMとは無縁なド田舎で育った靖利が、悪名高き彼女のタイプ名や過去の悪行を知らずに初対面で「…カワイイぢゃねーか♩」と褒めてしまったところ、一発で懐かれてしまった。

 靖利だってオニャノコだからして、ファンシーなモノは大好きなのだ♩

 …実際には見た目とは真逆に、ボン子の製造年月日のほうが靖利より遥かに…数世紀は年上なのだが。


「ケッ、まーた鮫女の一人勝ちかよ…!」


 ボン子とは対照的に、靖利をあからさまに敵視してくるのは熊型男性刑官の熊田我雄。

 この署には割と早くから在籍する古株だが、ベテランの威厳などは微塵もなく、やたら直情的で喧嘩腰だ。

 だがその腕っぷしの強さは署内イチで、鮫形態の靖利の巨大を軽々と持ち上げるほど。

 そんな彼がこぼした『一人勝ち』とは…言うまでもなく検挙数ならぬ『処刑数』のことであり、巨大な顎で大勢の処刑対象者を丸呑みにできる靖利が俄然有利なのだ。

 最も、その巨体故に活動場所が限定され、常にベストな成績をあげられる訳ではないが…。

 そしてその成績は彼らの報酬に直結するのはもちろん、将来的な身の振り方にも大きく関わってくる。


「ヤッちゃんお帰り〜♩ このあと一緒にお茶でもど〜お?」


 そんな熊田とはまたもや対象的に、女とくれば見境なしに粉をかけてくるチャラい狼型男性刑官・大神葉潤もここの所属だ。

 今どき古典的すぎるその誘い文句はどうかと思うが…これでもそこそこモテるらしい。

 だが最近所属したばかりの裏若き期待のルーキー・靖利から見れば年の離れたオッサンなので、その誘惑は当たりもかすりもしない。

 ちなみにボン子も見た目年齢的に彼の守備範囲外だとか。妙なところで律儀である。


「ンなことよか、そこのオッサン二人。そろそろ人化しといたほうが良かねーか?」


 鮫のままでは部屋に入りきらない靖利は日頃から人間形態。

 元々人間を模したHWMのボン子ももちろん人化はしない。

 だが熊はその巨体が嫌でも視界に入って目障りだし、やかましい狼はせめて人間形態になっててくれたほうが見た目だけは好みだ。チャラさは変わらんけど。


「ああ、そろそろかな? じゃあ…」


 葉潤は素直に応じてシュルシュルと身体を縮め…細身でサラサラヘアな優男の姿に。

 モテると自称するだけあって、人間の女性ウケなら良さそうなハンサムぶりだ。


「でもこっちだと視力ガタ落ちで困るんだよねー…」


 と、懐から引っ張り出したメガネをヒョイっと掛けると、多少なりとも理知的な感じが漂う。

 人化の際に何らかの制約を受ける獣人は少なくなく、熊田も靖利も体力がゴッソリ落ちる。

 だが葉潤が受けるペナルティは視力だけで、俊敏さや嗅覚は元のままらしい。


「チッ…めんどくせぇな」


 舌打ちしながら、熊田も人化。

 てっきり年相応なゴツいオッサンに化けるかと思いきや…意外にも細マッチョでニヒルかつワイルドな、クセ毛に顎髭のちょいワル風に。

 こっちのほうがモテそうなのに…と靖利は思うが、無精な彼は必要時以外は滅多に人化しない。

 葉潤と並んで立てばファッション誌の表紙を飾れそうなイケメンコンビなのに…惜しい。


「…全員揃ったようですね」


 タイミングを見計らったように、新たな女性刑官が一瞬にして皆のそばに現れた。

 靖利同様な東洋人風の黒髪をお団子に結い、フレームレスのメガネを掛けた、靖利より少し年下な印象の彼女。

 最も特徴的なのはその制服で、靖利達も着用している女子用のものをチャイナドレス風に改造し、タイトなロングスカートの横には大胆なスリットが入っている。

 人間の警察なら制服の改造は許されないが、獣人の場合はその特異な身体的に標準のままではフィットしない者が多いため、多少のカスタマイズは許可されているのだ。

 しかし、件のチャイナ刑官のはどう見てもいじくり過ぎな上に、彼女自身も獣耳も尻尾も持たないフツーの人間に見えるが…?


「ニャオちゃあ〜ん、相変わらずセクシーだねぇ〜♩」


 早速チャラっ気を発揮し、無遠慮に彼女のスカートスリットに手を差し入れた…はずの葉潤の手が、霞を掴んだかのようにスカッとすっぽ抜ける。

 当の彼女は呆れたように溜息をつき、メガネ越しのジト目で睨んで、


「たとえホログラム相手でもセクハラですよ、大神巡査。」


 そう…彼女は正解には刑官ではない。

 この地域一帯の交通警備システムを一手に担い、刑殺署や消防署の管理までもを統括する人工知能『ニャオシステム』のインターフェースなのだ。

 かつて人間が世界を管理していた頃からの繋がりで、コミニュケーションを取りやすいように人型をしているが、あくまでもイメージのみの存在であり実体は無い。

 相手の無用な混乱を招かぬよう感情表現も常に事務的でフラットだが、最低限必要な応対はしてくれるためか不思議と冷たさや不親切さは感じない。

 何故チャイナ風なのかといえば、当システムを最初に開発した当時の世界的巨大企業が中華圏発祥だったから…らしいが、なにぶん大昔の話なので定かではない。

 刑官達との通信相手も、担当現場等への転送ももっぱら彼女の担当である。


「ったくよぉ…顔合わせのたんびに、なんでイチイチ人化せにゃなんねーんだ?」


「それが署長の方針だからです」


 熊田にニャオが説明した通り、人間不在な今日では獣人のまま済ませている職場のほうが圧倒的に多い。

 だが同署署長は「円滑なコミニュケーションは公平な職場環境から生まれる」とのスローガンを掲げ、署内では極力人化を通すように呼びかけている。

 獣人としては実にユニークな取り組みだが…まあこの人ならば無理もあるまい。


「やぁ〜ちゃんと揃ってるようだねぃ。感心感心♩」


 やたらフレンドリーな愛想を振り撒きつつ笑顔で登場したのは、御大層な肩書きとは裏腹にえらく気さくで親しみやすそうな印象の初老の男性刑官。

 今にも「死後の世界はァ実在するゥ〜!」とか断言しそうな雰囲気だ。

 着用している制服は他の署員とそう変わらないはずだが、上着やネクタイまでキッチリ着こなし、年の割には豊富な頭髪もオールバックでバッチリキメているためか、大物感がハンパない…実際大物だが。


「まずはァ靖利くん、いや〜大手柄だねェ! 刑死総監賞間違いなしで、私も鼻が高いヨ!

 やはりキミの素質を見抜いた私の目に狂いはなかったようだねェ〜イッ!」


 褒められた靖利はそれなりに照れているようだが…よくよく考えたら自分を褒めてるだけじゃねーかこのオッサン?

 しかしその目つきがやおら険しさを増すや、その他の刑官へと向けられ、


「それに引き換え…まずはァ熊田クン。ちぃ〜っとムダな殺しが多過ぎやぁせんかねェ〜イ?」


 するとあの粗暴な熊田が、柄にもなく緊張した面持ちで、


「で、ですがソイツは職務規定通りの判断で…!」


「その判断がいつもキワド過ぎやしないかと言っとるんだがねェ〜…ッ?」


「ハッハイッ、サーセンっしたッ!! 以後、気をつけますッ!」


 終始朗らかな笑みを絶やさず、しかしその眼に尋常ならざる怒りを滾らせて詰め寄る署長に、あの熊田がついに折れた!?

 それはさておき…この世界でも命をムダに散らすのは推奨できないコトではあるが、昔のようにとやかく言われるコトでもなくなった。

 かつて命を大切にしすぎたが故に、今現在、世界はまさに滅びかけているからだ。

 解るかな?…解んねーだろぉな〜♩

 まあ、コレについてはいずれ詳しく説明する機会もあるだろう。


「それから大神クン。キミ…完全アウトォーッ♩」


「ですよね〜アハハッ♩」


「…笑い事じゃないんだがねェ〜? 下手したら次の処刑対象はキミになるところだったんだよォ〜ン♩」


 なおも微笑み続けたままだというに、この有無を言わさぬ眼光の鋭さと気迫はいったい何なのか…!?


「あ、あの…お命ばかりは、どんぞ助けて…?」


 せっかくのイケメンが台無しな泣きベソ状態の葉潤を、署長は鼻先でせせら笑いつつ、


「キミは貴重な変身能力の持ち主だから、大目に見てあげてはいるつもりなんだがねェ〜イ?」


「アザーッス!!」


 なんでどいつもこいつも急に体育会系?


「最後に…『ボンバイエ』クゥ〜ン?」


「ほぇえっ!? なんであたしもなんですかぁ〜!?」


 普段は『七尾クン』とか『ボン子クン』などと呼ぶ署長が、嫌味ったらしく正式名称で呼びかける場合は、相当怒ってる証拠だ。


「闇バイト連中を残らず始末できたところまでは良かったんだがねェ…余計なトコまで焼き切っちゃったんだよォチミはァーッ!?」


 最初に襲いかかった賊を目からビームで切り刻んだ際、周辺に置いてあった高価な商品まで傷付けられて台無しになっていた。

 次に、店の出入口に溜まった強盗団を一気に始末したまでは良かったが、自動ドアまで切断してしまった結果、他の泥棒が侵入し放題になった。

 さらには表通りの路面まで深々と刻み込まれた挙句、道路陥没が発生して大勢の通行人や車両が落下した。

 最後に…敵の親玉と一緒に吹っ飛ばしたのは、とある仮想敵国の重要施設だったため…


「いろんなトコからクレームが山のように届いちゃってねェ〜イ? 下手したら国際問題に発展しかねんトコなんだよォボンバイエクゥ〜〜〜ンッ!?」


「ひょほへえええーーーーいっ!?」


 そりゃ確かに笑い事じゃ済まんわなぁ…。


「それぞれへの懲罰として、熊田巡査と大神巡査にはプラス十年ずつの刑期追加。

 七尾巡査に至っては推計不能なため、活動停止まで同署での勤務を厳命します。

 よって今回の減刑対象者は鰐口巡査のみ…マイナス五十年です。」


「え゛…あんだけ喰い潰したのに、たったそんだけ!?」


 ニャオが淡々と読み上げた査定結果に、靖利だけでなく全員が不満を漏らしかけたが…署長にギロリンチョ!と睨みつけられると、二の句が継げずに押し黙るしかなかった。

 ところで今、『刑期』と聞こえたが…

 実はこの刑官達、いずれもドエラい犯罪を犯して処刑されかけたところを、署長のお眼鏡に適ってすんでのところで命拾いした者ばかりなのだ。

 今も昔も、こんな命がいくつあっても足りないような危険な仕事に就きたがる輩などはよほどの物好きか、はたまた戦争など国の存亡に関わるような大事件でも起きなければ居るはずがない。

 平和な時代ならいざ知らず、実際に人類滅亡の危機が間近に迫り、わざわざ試験を受けてまでお国のために死にたがる奴がめっきり減ってしまった昨今、署長自ら方々からめぼしい面子をスカウトしてくるしかないのだ。

 たとえ罪人だろうと…時には濡れ衣を着せようとも!

 そして実績を重ねる毎にそれぞれの刑期が短縮されていき、見事に全クリすれば晴れて過酷な職務から解放される仕組みだ。

 …まあ、命があるうちに刑期を終えられる幸運の持ち主など、ほぼ皆無な無理ゲーだけど。


「だがねェ、私も鬼じゃァ〜ない。制裁さえ受ければァ〜大幅に減刑してあげてもイィ〜と思っとるんだがァ…どーかねェイ?」


 皆の顔がますます引き攣るが…どのみち他に選択肢は無い。


『…お願いします…っ!』


「よォ〜しよく言ったァ〜。念の為、人化を解いたほうがァダメージは少ないと思うからァオススメだねェイ♩」


 勧められるままに(制裁対象ではない靖利を除いて)再び獣人形態に戻った彼らの目の前で…

 キッチリ整えられていた署長の髪がブワリと逆立ち、広がりながら黄金色に光りだす。

 元々ガッチリしていた身体は見る間に盛り上がり、やはり黄金色の体毛がフサフサと…。

 そして今…刑官達の前には、一頭の巨大な獅子…『百獣の王』ライオンが出現していた。

 これがっ、コレこそがっ…刑殺署長・百地金大夫ももちきんだゆうだッッ!!

 なるほど、他の獣人が怯える訳である。


「ではァチミ達ィ〜…歯ァー食いしばれェオァーッ!!」


 後半ほとんど雄叫びと化した合図と同時に、ネコネコパンチが容赦なく署員達に叩き込まれる!

 見た目はなんか可愛いが、その威力は絶大だ。

 あの熊田の巨体が紙キレのように吹っ飛び、そこに葉潤までもが折り重なって部屋の壁に激突!

 ドズゥーンッ!と隕石でも落ちたような衝撃が部屋を揺さぶる…が、元々獣人用に設計されているため、この程度ではビクともしない。

 だがそのそばに、


「ほげぇえ〜っ!?」


 とボン子も飛ばされて来ると、ゴバアッ!と何処ぞの超能力バトル漫画のような巨大クレーターを造った。

 一見華奢なHWMだが、実は獣人よりも遥かに頑丈で重いため、その質量に部屋のほうが耐えきれなかったようだ。

 が、どうやら本人はノーダメージ。

 そして反対側の壁には、


「なんであたいまでぇ〜っ!?」


 と、しっかりとばっちりを食らった靖利がドズンッ…と突き刺さる。

 あまりの衝撃にうっかり鮫に戻って皆を押し潰しかけたが、ギリギリで持ち堪えた。

 それにつけても、この威力…!

 日頃は群れのメス達に仕事を押し付けて寝てばかりのオスライオンだが、断じて弱い訳ではなく…一番の実力者だからこそ悠然と構えていられるのだ!


「…制裁終了。皆さんの今回の刑期は半減、七尾巡査は無期懲役に減刑されます。鰐口巡査のマイナス分はそのまま。」


「終身刑と無期懲役ってどー違うんですかぁ〜!?」


「あたしは結局貰い損かよっ!?」


 淡々と処分結果を伝えるニャオに、ボン子と靖利の抗議が炸裂するが、まるで聞く耳を持たない。


「これに懲りずゥ次の任務まで待機してくれたまェ〜イ諸君〜ゥ!」


 すっかりご満悦なご様子の署長はとっとと人化して身だしなみを整えると、フランクに手を振って高笑いしながら退室した。


「…ッキショ〜あのオッサンいつか絶対死なす…っ!」


 血反吐を吐いて立ち上がる熊田に、


「そんなコトしたって、ますます刑期が延びるだけだよ…」


 口元に滲んだ血を拭い去りつつ、葉潤が諦観したように呟く。


「はぃ〜。すぐにまた、もぉーっと強い署長さんが配属されるだけですからぁ…もぉ懲り懲りですぅ」


「え゛…お前、マジ殺ったの?」


 溜息をつくボン子に青ざめる靖利。何世紀も服役中のHWMは一味違う。

 てか無期懲役の原因ソレじゃね?


「では皆さん、次の任務まではご自由にお過ごしください」


 事務的に伝えて、ニャオも一瞬で姿を消した。


「ご自由…ねぇ」

「何処にあんだよ、そんなモンが…?」


 なんだかんだで割り合い馬が合う葉潤と熊田がぼやき合っている。

 待機中は外出も含めてかなりの自由行動が保証されている面々だが…この状況がほぼ永遠に続くことを思えば、溜息しか出てこない。


「とりあえずシャワーでも浴びるか…」

「それじゃヤッちゃん、まったね〜♩」


 気を取り直して連れ立って退室する二匹を見送った後、ボン子がポンっと手を打って、


「あー、あたし達はそろそろ非番ですよぉ〜お姉さま♩」


「そだっけ?」


 刑官の勤務時間は日付けではなく時間で厳密に管理され、昼夜の区別は無い。

 基本的には丸二日出て丸二日休み…の繰り返しだが、緊急の呼び出しも多いので実際に休めるのはごく僅か。地味にキツい職場環境だ。

 そして靖利はまだ配属されて間もない新人のため、しばらくは大先輩のボン子が面倒を見ることになっており、勤務日程も同一。住んでいる家も同じだったりする。


「さぁさぁお姉さま、早く帰って一緒にお風呂入りましょ〜…むひょひょ♩」


 大先輩でも見た目はカワイイ娘と一緒に入浴するのは、靖利もやぶさかではないが…時々やけに親父クサイ邪悪な視線を感じるのは気のせいだろうか?

 けどまぁ…カワイイから許す♩


「あ、でもまだ報告書が…」


「あたしが代わりに提出しときましたよぉ〜♩」


「…いや…そいつは正直ありがたいけど…他人のまで書いちゃっちゃ〜ダメじゃね?」


「お姉さまはマジメですねぇ〜♩

 でも熊田さん達のもあたしが書いてるからダイジョブですよぉ〜☆」


 …マジ大丈夫なのか、ここの署?





 靖利とボン子の住まいは、都心から離れた山中に忽然と建つ巨大ビル群の中にある。

 街中にある刑殺署までは結構な距離だが…実は専用の直通地下鉄で繋がっており、ものの数分で行き来が可能だ。

 物件はどこから見てもオフィスビルみたいな造りだが…実際、数世紀前まではとある研究機関の社屋として使われていて、ボン子はその創業家の正統な後継者らしい。

 無論、HWMは人工的に造られた存在ではあるが、一定の知能が認められたAIや獣人には人間同様の人権が認められ、養子などではなく正式な家族としての登録が可能だ。

 そしてかつては人間・獣人・HWMの三者が対等に協力し合って社会を支えていた。

 現在は空きビルとなり人気ひとけも失せてはいるが…いつかまた、人々が戻ってきた時のためにと自動メンテナンス機能が効いており、街の建物のように半ば廃墟化したりはしていない。


 …さて、その中央棟の最上階が丸々居住区となっており、通路の入り口に掲げられた表札にはちゃんと"七尾"の名前が。

 史上最悪な無期懲役HWMが、実は良家のお嬢様とは…本当の意味でも世も末である。

 そんな七尾家の片隅には広々としたバスルームがあり、そこから屋上へと上がれば、さらに開放的な露天風呂が。

 その湯にユラユラ揺蕩たゆたっているのは…一頭の巨大なホオジロザメ。


「ふぅ〜…極楽ゴクラク。ボンちゃんに拾われてホントに助かったぜ…♩」


 鮫形態では色気もへったくれもない上にババ臭いことこの上ないが、靖利が気兼ねなく全てを曝け出せる場所は、この街では此処くらいなものだ。

 鮫肌とはいえ素っ裸には変わりないが、滅多に客は来ないし、覗かれる心配もないから安心して羽を伸ばせる。

 着任したばかりの頃、急な召集で当面の住居さえ決まっておらず困り果てていた靖利に、


"じゃああたしと一緒に暮らしましょ〜お姉さま♩"


 とボン子が気さくに同居を申し出てくれたのだ。


"安心してくださ〜い。ウチには大っきいお風呂があるから鮫さんのまんま入れますしぃ…あたしがお背中流して差し上げますからぁ〜フヒョヘヘヘ♩"


 …ちっとも安心できない気もするが、その言葉が決め手になった。

 靖利は元来、風呂や水浴びは大好きな反面、身体を洗うのは大の苦手だし、鮫形態ならなおさらだから。

 で、そのボン子は今現在…


「むひょへへへ〜、お姉さまのカラダは黒くて硬くて大っきくってコキ下ろし甲斐がありますねぇ〜♩」


 言い方! どうやら彼女の性癖は若干歪んでるようだが、カワイイから気にしない♩

 湯水のようにヨダレをタレ流しながら、靖利の全身を余すことなく洗い流している。これぞまさしく掛け流し。

 かくいう靖利にはボン子のような趣味はない…と思いたいが、これだけカワイイ子の裸を間近で見ればイヤでもドキドキする。

 コレ大丈夫?と別の意味でもドキドキする見た目年齢もさることながら、ちっこい割にはちゃ〜んと出るトコは出て、引っ込むトコは引っ込んで…コンパクトグラマーってやつだろうか。

 ハッキリ言って、すんっっっげぇヤバい♩

 加えて入浴中はHWMアイコンの大きなインカムを外してるから、まるで人間と見分けがつかない。それだけで背徳感も爆上がりだ。

 靖利だってお年頃なおにゃのこだからして、これで人化した日にゃ〜自分を抑えられる自信がないので、風呂場では務めて鮫形態で通してる次第だ。

 が、そうなると、別の意味で心配事が…。


「ボンちゃん、その手…ホントに大丈夫?」


「ジョブジョブですよぉ〜また生えてきますからぁ〜♩」


 使い込んでチビた石鹸のように半分以上削れた両手を掲げて、ボン子はヘラヘラ笑う。

 そう、鮫肌の呼称は伊達ではなく…靖利の外皮は天然のヤスリと呼べるほどゴツゴツガサガサしていて、実際にワサビ用のオロシガネに使われているほどの強度を誇る。

 半端なタオルやアカスリではすぐボロボロになってしまうので、ボン子は直に素手で洗ってくれているが…それでこの始末。

 幸い彼女は自己修復能力を持つHWMなので、じきに元通りの両手に戻るだろうが…おかげであれこれイタズラされないのはありがたい。

 初日にはうっかり人化したまま一緒に入浴した挙句、文字通り揉みくちゃにされてしまったからなぁ…んギモヂイ゛がったけど♩


「でもでも、せっかく綺麗なお肌なのに…痛々しいですねぇ…」


 靖利の下っ腹を愛おしげに撫でて、哀しげに囁くボン子。

 そこには見るも無惨な手術痕があった。


「仕方ねぇさ。それが刑殺官の証みたいなもんだからな…」


 諦めたように靖利は応える。

 彼女だけではなく、熊田にも葉潤にも…懲役刑と引き換えに刑官として働く者には、例外なく同様の傷痕がある。

 HWMであるボン子には無意味なので傷口は見当たらないが、それ相応の機械的工作が体内に施されている。

 彼らが罪から逃れようと画策したところでどうにもならないのは目に見えているが…それでも中にはムダな逃走を企てる輩が少なからず出てくる。

 コレはそれを阻止するための物理的な対策措置であり…彼らの裏切りが発覚した時点で、刑殺本部からの遠隔操作により心臓が破壊される仕組みになっているのだ。

 いかに屈強な獣人達とはいえ、心臓を失えば御陀仏なのは当然の理。

 考えようによっては、そのまま罪人として処刑されていたほうが楽だったかもしれない。





 靖利は生まれも育ちもこの地区ではあるが、前述のように都会っ子ではない。

 区割的に都民という扱いにはなっているが、都会からは遠く離れた小島の田舎町で家族と共にひっそりと?暮らしていた。

 小島とはいえ、どこも人口過密な昨今。さらには自然あふれた環境を好む獣人も多いことから島民数はかなり多く、生活になんら不便さは感じなかったが。

 元が鮫型獣人なだけに水遊びが大好きで、物心ついた頃から暇さえあれば家のそばの浜辺で存分に泳ぎを満喫していた。

 …鮫型のままだと大騒ぎになるので、なるべく人化を心掛けてはいたが。

 その甲斐あってか学校に通い始めるなり水泳部にスカウトされ、小中高と続けるうちにメキメキと頭角を現し…やがて将来を有望視される有名水泳選手へと育っていた。


 だが、有名になればなるほど敵が増えるのは道理。

 周囲には彼女の才能を妬み「魚類なんだから速くて当然だろ?」と陰口を叩く者も多かった。

 けれども、そうした連中も大概はイルカやアシカ等の水棲生物型獣人なので、人のことは全く言えない。単に努力が足りないだけだ。

 アスリートが誠実だと思われているのは幻想に過ぎず、こんなクズ共も少なからず居ることを忘れてはならない。

 それでも靖利は自分の思うままに泳げさえすればそれで良かったので、何を言われようが平然としていた。

 そんな態度がますますクズ共の嫉妬の炎に油を注いでいようなどとはつゆ知らず…。


 そしてある日、靖利は全国大会の出場選手にエースとして大抜擢された。

 ライバルであるシャチ型獣人の部長を差し置いて。

 部長はその大会で好成績を収めれば、有名大学への推薦が半ば内定していたため、その落胆ぶりと怒りはそりゃも〜凄まじかった。

 日頃から裏での行いがあまりよろしくなかったクズ部長は、さっそく部内外のクズ共をかき集め…

 靖利の幼馴染みのペンギン型獣人の子を人質にとって海辺へと呼び出し、今すぐ出場を辞退しろと脅迫した。

 ペンギンなのに泳ぎが下手で、水辺が苦手で…でもとっても人懐っこくて可愛いくて、捕食関係の靖利とも不思議と仲が良かった(まあ聞いたコトないけど、たぶん)大親友の子を…!


 そんな悪どいやり方に怒りを覚えた靖利は、「テメーだけは絶対に出場させねぇ!」と部長に啖呵を切った。

 すると逆ギレした部長は、仲間に命じて幼馴染みを海中に叩き落とし、さらに深みへと引きずり込ませた!

 泣き叫び、苦しみもがきながら水中へと没した幼馴染みの姿に…


 ついに靖利はブチギレた!

 巨大な人喰いザメへと戻ると、逃げ惑うクズ共を片っ端から襲い、喰いちぎり、噛み殺し…

 恐れをなしてシャチに戻り、逃げようとした部長の尾ビレを噛みちぎって、二度と泳げない身体にしてやった。

 そしてそのまま海中深くへと潜り…海底に沈んでいた幼馴染みを発見して掬い上げた。


 果たして、幼馴染みは…かろうじて命だけは取り留めた。

 だが…苦手な水中に沈められたショックと、靖利が派手にやらかした惨状を目の当たりにしてPTSDを発症し…

 さらには長時間酸欠状態に置かれた後遺症から、別人のように変わり果ててしまった。


「お願い、やめて…あたしを食べないで…っ!」


 怯える眼差しで靖利に言い放ったあの子の言葉が…今も耳にこびり付いて離れない。

 長年を共にした彼女達の仲は、そこで終わった。


 終わったのはそれだけではなかった。

 殺人の現行犯で拘束された靖利は、自動的に退学処分となり…大会出場の夢も断たれた。

 駆けつけた家族にも、


「なんてことをしてくれたんだ…。

 お前のせいで私達はオシマイだ…っ!」


 と恨み言を吐かれ、見放された。

 もう、どう言い訳したところで、誰もマトモに聞いてはくれまい。

 半身を失ったクズ部長が生きている限り、補償し続けねばならないだろうし…

 一体全体どうしてこうなった?


 何もかもを失った靖利の前に…獅子型獣人の刑官と、メガネを掛けた人間?の女性刑官が現れた。


「もう、何もかもどうでもいい…。

 早く処刑してくれ…」


 自暴自棄に陥って力なく呟く靖利に…ライオンが応えた。


「そうはイカン。キミのように強力無比な能力の持ち主はそうそう居ないからねェーイ?」


 イキナリ訳わからんコトを言われてキョトンとする靖利に、今度は女性刑官が告げる。


「鰐口靖利"巡査"。現時刻を持って、貴女を当署所属の『刑殺官』に任命します。

 拒否権はありません。この場で即刻処刑されるのと…どちらがよろしいですか?」


 なんだかメンドイことになりそうだけど…

 こんなあたいでも、まだ必要としてくれる人がいるっていうなら…


「…わかり…ました。」


 こうして靖利は刑殺官になった。





 そして再び現在。

 身体を洗い終わった靖利は、いまだ湯船に揺られ続けていた。

 隣に並んで入浴しているボン子の両手が回復するまでは無害だろうということで、人型形態になっている。

 せっかくの高層階の露天風呂だというのに、鮫のままでは腹這いになるしかないから、風景がよく見えないし。

 それに、ホオジロザメの視力は意外に良いが、色盲なのがマイナスだ。大自然の綺麗な風景は色付きで楽しんでこそ。


「…今夜は満月ですねぇ〜♩」


 ボン子に言われて見上げれば、頭上には大きな白い月が昇っていた。

 今夜というにはまだ早い黄昏時だが、人間文明が発展していた頃と比べて空気が澄んでいる現在は、真昼間でもよく見える。


「大昔の日本では、『ウサギさんがお餅をついてる』とか言われてましたよぉ〜?」


「…そうだなぁ…ウサギくらいは生息してるかもしれないな…」


 何気ないボン子の昔話に、しかし靖利はマジメにそう応えている。


「…皆さんお元気でしょーかぁ…?」


 月の表面に広がる蜘蛛の巣のような模様を見つめて、ボン子は寂しげに呟く。

 彼女が一人だけ置いてきぼりにされた理由は言うまでもなく、彼女が『刑殺官』だからだ。

 しかも、靖利に比べれば相当しょーもない理由で。


 数世紀前、ボン子がまだ出来立てホヤホヤの新品だった頃。

 人間社会を学ぶために通わされた学校で、初日から背丈のチビっ子さをからかわれた。相手はキリン型獣人の子だったから、そりゃ無理もないが。

 ところが、まだ完成したばかりのボン子は沸点が異様に低かった。

 で、「アナタもあたしと同じ目線に立てば、気持ちがよぉ〜っく解りますよぉーっ♩」と、お得意の眼からビームでその子の脚を切り詰めちゃったらしい。

 いくら脚をちょん切ったところで、相手は首が長ぁ〜いキリンなんだから、結局同じ目線にはならんだろうに?

 それを皮切りに色々やらかしまくった挙句、今じゃ立派な凶悪犯罪者の出来上がり。

 なんでこんなヤッヴァイのを雇い続けてんだろーね、署長サンも?

 靖利とすぐに打ち解けられたのも、そんな寂しさを抱えた者同士、自然と惹かれ合うものがあったのかもしれない…。


 そんなボン子の家族は…いまだに生きていればだが…きっと、あの模様の何処かに住んでいることだろう。

 なぜならアレは…月面に広がる人間の『街明かり』だから。

 人間は絶滅した訳ではないが、今の地球には居ない…と何度か説明した。

 …その行き先が"あそこ"だ。

 環境汚染が進み、いよいよ人間が住むにはツラくなってきた頃…大半の人間はすぐ隣の星・月への移住を決意した。火星なんぞよりもよっぽど近いしね。

 そして、現在よりも優れた科学力を駆使してテラフォーミングを施した後、次々に地球から去っていった。

 自分達に勝る環境適応力を有する獣人達に、この星の未来を託して…。

 だから今では月面にも空気があり、豊かな自然が生い茂り、ならばウサギくらいは居るだろう…という理屈だ。

 ちなみに今でも地球と月の交流はあり、時々双方の特使が互いの星を往来している。

 また、全ての人間が月に移った訳ではなく、地球に残る決断をした者は遺伝子操作を受けて獣人と化した。現在の地球人口の大半はその子孫だ。

 さらには新たな新天地…居住可能な惑星を目指して外宇宙へと旅立った者もいるが、さすがにそちらは今どうなっているのか知る由もない。

 それでも尚、世界滅亡の脅威が去った訳ではないが…


「…ぁん?」


 急に視界が揺らいだような気がして、靖利は顔をしかめた。

 どうやら細々と説明している場合ではないらしい。

 さては長風呂でのぼせたか?


「次元が揺らいでますねー…」


 ボン子が言うなら見間違いではあるまい。

 見上げる月と重なり合うようにして、次元の彼方から何かが現れ出でようとしている…!?

 一見、刑官達が転送される時に似ているが…


「アレは次元は関係ないそーですよぉ〜?

 単に対象物の周辺座標を空間ごと入れ替えてるだけって、ニャオさんがぁ〜…」


「…うん。よーわからん☆」


「ですよねぇ〜♩」


 などと和んでる間にも揺らぎはどんどんハッキリ視認できるようになり…

 終いにはそこから何かがペッ!と吐き出された。

 何の支えもないソレは、当然のごとく自由落下を始め…

 バッシャアーンッ!と盛大な水飛沫を上げて、靖利達のすぐそばに着水した。


「…な、何だぁ!?」


 慌てふためく靖利の目の前で、一旦湯船の底まで沈んだソレは、ゆっくり浮かび上がってきて…


「あ…カワイイですぅ〜♩」


 仰向けになったソレの股間に目ざとく着目したボン子が歓声を上げる。


「いやいやイヤイヤ、それ以前に…!」


 急に空から降ってきたソレは…

 一糸纏わぬ男の子だった!


「お空から男の子が降ってくるとかぁ…テンプレですねぇ〜♩」


「ソレ言うなら女の子だろ?…って話でもなくて!」


 風呂の湯にプカプカ浮かんだ少年は微動だにしないが…どうやら気を失ってるだけらしい。

 背丈はボン子と同じくらいだから、人間年齢だと十歳前後だろうか?

 ボン子が喜んだ通り、ナニもまだ成長しきってないから、靖利も比較的冷静に観察することができるが…皮被ってるし…

 …ぢゃなくてっ!

 ソコだけじゃなく、確かに思わず見惚れてしまうほどに可愛い、天使のようにフワフワした雰囲気の美少年だが…

 重要なのは、彼には残念ながら天使の羽はおろか、獣耳や尻尾などが一切合財見受けられず、インカム等の装着具も備わっていないことだ。

 と、いうことは…


「…人間…?」


《ビィーッ! ビィーッ!》


「おわっビックリしたぁーっ!?」


 幼い男の子を視姦しまくってイケナイコトしてる気分に浸ってたところへ、イキナリ警報が鳴り響いてビビりまくった靖利の横で、


「署からの緊急警告ですねぇ〜…」


 いつの間にかインカムを装着したボン子が小声で囁きつつ、軽く目を閉じる。

 警告内容を確認しているらしい。

 靖利も慌てて風呂から飛び出し、湯船のそばに転がっていた自分の携帯端末を確認すると…


[緊急警告:リソース限界値突破。不測の事態に備えよ]


 初めて見るメッセージ内容だ。今でも充分不測の事態だが…これ以上があるというのか?

 それに、この…


「…リソース…って?」


《着任した時、最初に説明したはずですが?》


「ぅどわああああっ!?」


 急に端末画面が切り替わってニャオのドアップになったものだから、靖利は仰天してひっくり返った。

 そして自分がマッパだったことを思い出すと、慌てて身体を手脚で覆い隠す。

 気心が知れたボン子はともかく、AIとはいえ他人に見られるのはやっぱり恥ずい…。


《今はそんな場合じゃありませんよ鰐口巡査?

 詳しい説明もこの際省いて、緊急指令を発動します…!》


 ニャオは顔色一つ変えず…しかし明らかに緊迫した様子で端的に命令した。


《最優先事項です。

 即刻、その子を殺処分しなさい。》




【第一話 END】

 久しぶり…ってほどでもありませんが、新年早々新シリーズスタートです。新春シャンソンショー!

 この『野性刑殺』は時代も内容もかな〜りブッ飛ばしてますが、実は前作『へぼでく。』の正式な続編です。それ以前の作品とも割と関連性があったりしますが。

 よくあるパラレルワールド的なヤツではなく、世界観もしっかり繋がってます。

 ですが、本作だけでも充分楽しめるように配慮してありますのでご安心を。


 今作の主人公は、前作の最終話にとってつけたように出てきた獣人達。

 アレはつまり、今作への伏線だったんですね〜。わかりやすっ!(笑)

 人間不在の弱肉強食世界を逞しく生き抜く獣人達…ということでバイオレンス度はかなり上がってますが、野性だから仕方ないよネッ♩

 シルバニ◯ファミリーみたいなヌルい世界に生きてる奴らは、片っ端から喰い殺しちゃる☆

 てゆーか、すぐにコンプライアンス云々いわれる世知辛い御時世において、ヤバさげな行為が自然と許される世界観を創造するために、あえて獣人を主人公に選んだとゆー(笑)。

 今回はまだおとなしめだけど、人間離れした今までにないアクションも可能ですしね。

 こんな具合に、あらゆる常識がひっくり返ってる作品を一度やってみたかったんですよ。


 でも、こうした人間以外のキャラをメインに据えると、どうしても共感性や感情移入度が薄くなりがちなので、そこいらへんをどうクリアするかが一番の悩みどころでしたね。

 過去の同様な作品を見ればわかる通り、単純に動物を擬人化しただけでは発言や思考がなーんか稚拙になりがちですし、そもそも何故わざわざ人型にしたのか意味不明ですし…。

 やはりそこには何らかの必然性が要るだろうと試行錯誤した結果、こんなカタチに落ち着きました。

 獣人とはいえ中身は人間同様なので、ごまかし一切ナシ!です。


 あと、昨今の時事ネタで自分が感じた率直な意見も極力ごまかさずに書いてます。なので元ネタばればれ(笑)。

 せっかくの自己表現の場なのに、なんでどこの誰かもわからん受け取り手に配慮して無難だけど無益な表現に落とし込まにゃならんのか、自分にはサーッパリ解りまへん。

 誰もが納得できるお話なんて誰にも書けっこないのに、ビビりまくったってしょうがないっしょ?

 くだらねーモンはくだらねー!とハッキリ叫びたいお年頃♩

 でもそんなくだらねーお話がイチバン好き☆(笑)


 そんなこんなで第一話からさっそく大波乱な展開ですが、次回以降はもぉーっと荒れ狂う予定です。

 こんな感じでよろしければ、今後しばらくお付き合い頂ければと。

 あ、ついて来れる人だけで結構ですので。

 万人受けなんて疲れるコトは一切しませんからー!!(笑)

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― 新着の感想 ―
それぞれのキャラが抱える苦悩や葛藤がリアルで特に靖利の過去や現在の立場が深く心に残りました。物語の展開やキャラクターの個性が豊かで、読んでいて飽きませんでした
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