表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

宿す

作者: 雉白書屋

 とある一軒家。リビングのソファに座っている女はため息をついた。その瞬間、寒気がして、彼女は自分の肩をさすった。そこへ男が一人やってきた。


「ねえ、ひざ掛けを持ってきたよ。寒そうにしていたよね?」


「え、あ、うん……ありがと……」


「いいんだよ、それで他に何か僕にしてほしいことはないかな?」


「いいの、ありがと。もう大丈夫だから」


「そうかい? でも本当に何もないのかな? ほら……」


「あっ、やめて! 今、妊娠中なんだから。この前説明したでしょ……」


「ああ、ごめん。でもさ、少し触るくらいなら」


「やめて。そんな気分じゃないの」


「ああ、そうかい」


 ――はぁ。


 彼の頭の中で、ため息が浮かび、そして溶けて淀んだ。

 彼女の妊娠は喜ばしいことだ。彼女からその報告を受けた時、僕も嬉しかった。でも、それからの僕に対する彼女の態度と言ったら……。

 子供ができると女性は変わると言われているが、まだ産んでいないのに、こんなに早く彼女は『妻』から『母』に変わっただろうか……。そして、彼女はずっとこのままなのだろうか……正直、僕には耐えられる自信がない。

 いや、違う。僕に急に冷たく当たるようになったのは、妊娠しているせいだ。ホルモンバランスが崩れて、ああ、いや、まるで妊娠が悪いことのように思うなんていけない。仕方がないことなんだ。いや、仕方がないだなんて、また僕はそんなことを……。

 

 彼は思い悩んだ。しかし、それを顔には出さないように心掛け、口角を上げて笑みを作った。

 そして、「もうあっちに行ってて」と彼女に強い口調で言われても、その笑みを崩すことなく、要望通り彼女の視界から消えた。

 それからも彼はめげずに彼女に対して献身的な態度で接した。愛を証明するように。膨らむお腹に視線が行き、どこか言いようのない感情が湧いても、決して自分の秘めた想いを彼女にぶつけることはしなかった。

 ただただ彼女のために存在し続けよう。これまで通りに。いずれ、この氷壁が瓦解すると信じて。彼はそう考えた。しかし……。


「……ねえ」


「うん? なに?」


 ある夜。洗い物をしている彼に、彼女が声をかけた。


「買い物とか家事とかいろいろしてくれるのはありがたいんだけど……その、あなた、気持ち悪い」


「え、それは……ああ、妊娠するとそういうこともあるんだよね。うん、僕のことは気にしなくていいよ。何を言っても大丈夫だから。それで君の気持ちが少しでも楽になるのなら嬉しいよ。大変だものね、一つの命を体に宿すというのはさ」


「まあ、そう、なんだけど……その、とにかくこっちに来て座ってくれる?」


「え、いいけど、あともう少しで洗い終わるから、これが終わったら行くね」


「いいから来て」


「そう? まあいいけど……」


「こっちに背中を向けて座って」


「ふふっ、なんだい? 話があるなら面と向かってしようよ。君の顔を見ていたいなぁ」


「話って言うか……まあ、いいけどその、最近のあなたの態度がちょっと」


「え? 変わったって? ああ、ふふふっ、まあ僕も夫として、父親としての自覚が芽生え始めたのかな。最近は、僕も子供会えるのが楽しみになってきているんだよ」


「……夫? 父親? もう、それが嫌なのよ! 嫌!」


「おっと、大丈夫。落ち着いて。二人で頑張っていこう。これまで通り、いや、これまで以上にさ」


「触らないでってば! 気持ち悪いのよ……」


「リラックス、リラックス。ほら、落ち着いて話してごらん。僕の何が気持ち悪い? どうして欲しい? あ、こらこら、暴力はダメだよ。さあ話してみて。僕もいい父親になりたいからさ」


「父親父親って……あなたの子じゃないのよ」


「え、それは……君は僕を傷つけたくて言っているの?」


「そうじゃないわ。本当のことなのよ。だって、この子は……」


「わかった。信じるよ。その上で僕は構わないよ。愛する君の子であることは確かだものね。僕は受け入れるよ。君のことなら何でも」


「だから触らないでよ! あなた、本当に怖いのよ……」


「全然怖くないさ! でも、いつの間に浮気なんて……ああ、責めてるわけじゃないんだよ。あんなに僕に夢中になってたのになぁ……」


「あ、あなた以外とはしてないわ……」


「え、でもじゃあ」


「ねえ、あなた、わかってるの? あなた、セックスアンドロイドなのよ……。精子をバンクから取り寄せて、あなたに装填して、それで……ねえ、やっぱりあなた変よ。お願い、スイッチを切らせ――」


「僕は父親だよ。変わったのはやっぱり君さ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ