3.
「 ここ、テスト出るからな 」
松浦はコンコン、と黒板を叩く。
教室にはむさくるしい熱気と項垂れる生徒と日本史の内容を分かりやすく解説する教師が一同していた。
やっと授業が終わると、1人の生徒が教室を訪ねてくる。
「 苗木先輩、これ、池上先輩からです! 」
梶である。梶は池上からだと思われる林間合宿のパンフレットとチケットを3枚ずつ取り出した。
どうやら生徒会で行われる林間合宿には自分と。また自分の周りの友人を2人招待出来るのだそうだ。
狭間と安室はそのパンフレットを見ながら、森とか久々だなあ、と呟いていた。
そういうことなので、と梶は教室から出ていってしまった。
「 今の1年ってやんちゃなやつばっかだと思ってた けど、意外と礼儀正しいんだな、 」
狭間はそう言うと、パンフレットとチケットをバッグにしまった。
「 テスト終わりの楽しみが増えたわあ 」
安室も軽くパンフレットを折りながら言う。
待って待って、と苗木が腕を組みながら2人を睨む。
まだ2人を招待したつもりでは無いのだが、もうそのつもりにすっかりなってる狭間と安室にため息をついた。
✲
放課後。
苗木は図書館にてテスト勉強をしていた。
狭間は母の手伝いに、安室はバイトがあるという。
特に生徒会の仕事も切羽詰まっている訳ではなかったので今日はテスト勉強をする日と決めた。
としても、苗木は理系がこれっぽっちも出来ないような文系な為、数学に苦戦していた。
なかなか進まない勉強に涙が出るくらいに困っているのだ。
そう、困っているところに池上はやってきた。
「 なにしてんのお前 」
池上は嫌なものでも見たような目をしてこちらを見る。
この池上はというもの、特に何も害を与えてる訳でもないのに何故か攻撃的というかなんというか。
そんな池上の横には見知らぬ男性が首を傾げてこちらを見ていた。
「 あー、これが言ってた2年の子? 」
なかなか仕事できるって池上が褒めてたんよー、といいながら、その男性はテーブルにスクールバッグを置いた。
スクールバッグのデザインから同じ牌乙高校の人だとわかった。
「 生徒会長が話してた幼なじみの…?? 」
仲の良さそうな様子を見て、そういえば池上には幼なじみがいるという話を思い出す。
男性はそうだ、と思い出したかのようにこちらをみて目の前へと座った。
「 あ、そうそう、池上の幼なじみっていうんかなー、
池上と同じ3年の半田 」
池上が褒めてた、というプチ暴露に池上は軽く否定をしていた。しかし、そんな事を気にせずに、半田はよろしく、と筆記用具をひろげていた。
「 2年の苗木です
生徒会長が半田先輩のこと話してたので何となく
知ってます! 」
池上とは変わって、穏やかな雰囲気の半田は、何話してたの?と苦笑しながら言った。
苗木もここぞとばかりに池上が話した一部始終を半田に伝えるのだった。
ひとしきり雑談を終え、いつの間にかそれぞれテスト勉強に戻っていた。苗木はというものの、やはりペンを持つ手は止まっていた。
池上はそんな苗木の様子に気付くと、とても分かりやすく解説を始まる。
今までどれだけ教科書やテキストをよんでも分からなかった問題がスラスラと解けるようになるほどにその解説は分かりやすかった。
今までの池上とのギャップに苗木は驚きを隠せなかった。
「 まじで分かりやすく説明するよな 」
と半田はその様子を、頬をつきながら見て関心する。
ふ、と池上は鼻で笑うと、嘲笑しながら半田をみた。
「 ま、どっかの留年しそうな誰かさんとは違うから な 」
留年しねーから、とまた半田はテキストと睨み合いをするのだった。
✲
窓の外も薄暗くなってきて、そろそろいい時間になってきた。池上のわかりやすい解説のおかげで思っていた以上にテスト勉強が捗った。
苗木は満足そうに自分の荷物をまとめる。
池上と半田はまだ少し残る様子だ。
苗木はお先に失礼します、とぺこりとお辞儀をする。
「 ん、またな〜 」
半田はテキストを進める手を止め、軽く手を振った。
池上も気をつけてな、と苗木の後ろ姿を見送るのであった。
図書館から出ると、なんともむさくるしい夜である。
林間合宿にいくのも若干億劫になるくらいだ。
2泊3日の林間合宿。
場所は芭姥山である。
資料を見た感じではかなり和風な小屋で、牧などは自分たちで割らなくてはいけないという。
近くにコンビニなどの公施設はなく、食材は自分達の持ち込み式だ。
自販機や温泉施設は一応あるらしい。
なぜ芭姥山に決まったのかというと、どうやら池上の知り合いの家族の所有している山であるらしく、いい機会なのでと決まったのだ。
というのも苗木も意外と林間合宿を楽しみにしているため、今のうちからわりとキャンプ用品を揃えてはいる。
なんてったって、仲の良い狭間や安室も参加なのだ、入ったばかりで親密度の低い生徒会メンバーだけでは2泊など不安で不安で仕方がない。
狭間や安室も楽しみにしている様子であった。
✲
テスト期間も早々と過ぎ去り、テストの返却がされた。
苗木は生徒会での林間合宿での予定立てや予約等も生徒会役員で分担して無事終わらせることが出来たのだ。
それぞれのテストが返却されると狭間が苦い顔をした。
苦い顔をしたいのは苗木の方である。
池上のとんでもなく分かりやすい教えをもってしても数学の点数が1桁なのだから。
苦い顔をした狭間の答案用紙を苗木は覗いた。
動揺を隠せない。
苗木ですら、予想にもしてなかった非常事態が狭間の答案用紙には起きていた。
0点である。
ひたすらに間違えた0点ではなく、ミミズ文字が走った解答欄と無記入になっている解答欄しか狭間の答案用紙にはないのだ。
安室もそんな答案用紙をみて引いていた。
それは狭間であっても苦い顔もしたくなる。
言い分を聞いてあげたのだが、どうやら眠かったらしい。
なんとも彼らしい。
「 安室はどうだったのさ、 」
苗木が安室の方を向くと、待ってました、と言わんばかりに、安室はにやついた。
これがほしいことを苗木と狭間は分かっていた。
ただ今回、狭間は机に項垂れているのだが。
「 まー知識量で僕の右に出るやつはいないからね 」
安室はそう自信満々に言うと、高得点の答案用紙を机に並べた。
安室は頭は良いみたいで、テストはいつも調子良さげだ。
これで気持ちよく森に行けるぜー、と気持ちよくなっている。
夏休みまであと3日。
林間合宿まであと8日と、着々と日々は過ぎていく。
林間合宿までの間に苗木の池上に対する嫌悪の気持ちは薄れ、意外と尊敬へと変わっていった。
勉強を教えてくれるのももちろんだが、人気なのにも、生徒会長なのにも、それなりに理由はあるらしい。
見えないところで小さな努力をしていたり、生徒会室の窓から校舎裏を覗くとしゃがんで猫に餌をあげていたりと、そういう小さな積み重ねが池上に対する苗木の気持ちを変化させたのだ。
そんな少しの変化を苗木は感じながら、明日からの林間合宿に挑むのであった。
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