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3.治療師

 病に伏せるリュドミラの牢の前に2人の看守がいた。

 リュドミラをこのような有様にした元凶の一員であるその看守達は、リュドミラの様子を見ながら言葉を交わしている。

 特に罪悪感を懐いている様子はない。だが、困ってはいるようだ。


「流石に拙いんじゃあねぇか? 殺すな、とは言われていただろ」

「勝手に病気になったんだ、このまま死んだって、俺たちが殺したわけじゃあねぇ」


「そんな理屈が通用するわけねぇだろうが。何とか治さねぇと、やばいことになるぞ」

「つっても、ここの様子は他に知られないようにしろとも言われているんだ、城付きの治療師に診せるわけにはいかねぇし、まともな神聖術師とかに診せれば俺らが責められるぞ」


 神聖術師とは神聖魔法を使用できる者のことである。

 この世界に存在する幾種類かの魔法の中でも、素養がある者が神々からの許しを受けることで使用出来るようになる神聖魔法は、怪我や病気の治癒に関する術が豊富だった。

 だが、神聖術師がリュドミラの状況を知ったなら、それを黙視するとは思えない。

 少なくとも、光の神々の神聖魔法を使う者は、看守達の行いを糾弾するはずだ。

 光の神々には、光明神、戦神、地母神、などいろいろな考えを持つ者たちがいるが、抵抗できない婦女子への虐待を肯定する神はいないからである。


 神々は、神話の時代の終わりに神々の戦を引き起こした末、滅びたり、異なる空間へと姿を消したりしており、もはや現世に対して神としての力を振るう事は出来ない。

 出来る事は神聖魔法の使用を許可する事と稀に神託を下す事くらいだ。

 つまり、直接的な神罰が下る事はない。だがそれでも、信じる神の教えに背く神聖術師は余りいない。まあ、全くいないわけではないのだが、そんな背教的な神聖術師を短期間に探すのは無理だろう。


「まともなのが無理なら、まともじゃあねぇのに頼むしかねぇだろ」

「おい! まさかッ、闇司祭を使うつもりなのかッ」

 同僚の言葉を聞き、看守の1人が驚いて声を荒げた。


 闇司祭というのは、闇の神々の神聖魔法を扱う者達のことである。

 闇の神々の中にも、暗黒神、破壊神、冒涜神、など幾柱もの神々がいるが、その教義は概ね排他的且つ利己的で、婦女子を陵辱することを咎めることはない。

 だが、そんな神々を信じる闇司祭は凶悪な犯罪者か異常者である事が多い。そんな者に何かを依頼するのに忌避感を持つのも当然だろう。


 特にこのオルシアル王国では闇司祭を恐れる傾向が強い。過去に暗黒神の信者によってとてつもない被害を被った歴史があるからだ。

 それはもう270年近くも昔の話なのだが、実質的に一度国が滅びその後再興するというほどの大動乱をもたらした。この為、その出来事はオルシアル王国に住む者にとって、今もなお忘れ得ぬ出来事となっている。


 実のところ、大陸の多くの国では闇の神々でも信仰するだけなら犯罪とはしていない。何らかの実害を生じさせた時点で初めて犯罪とする。という、ある種寛容な政策を採っている国が多いのだ。

 だが、オルシアル王国においては信仰するだけで犯罪とされている。それだけ、闇の神々やその信徒である闇司祭に嫌悪や恐怖を懐く者が多いのである。

 特に暗黒神に対してその傾向は顕著だった。


 オルシアル王国の多くの者に嫌悪され同時に恐れられている暗黒神、その名はアーリファといった。


 リュドミラに対して非道の限りを尽くしたこの看守達ですら、闇司祭を恐れ嫌う気持ちは強かった。

「馬鹿野郎! そんなわけねぇだろうが」

 もう1人の看守も、慌てて闇司祭に頼るという考えを否定する。

 そして改めて自分の考えを口にした。


「闇司祭なんぞに関わってどうする。そもそも、闇司祭なんざぁ、探して見つかるもんじゃあねぇだろうが。

 そうじゃなくて、もぐりの治療師を雇うんだよ。街の裏社会を探せば、訳ありの仕事でも受ける治療師くらいいるはずだ。

 その中で出来るだけ腕のいい奴を雇うんだ。出来りゃあ他の街から王都に来た余所者の方が都合がいい。そういう奴に病気を治させれば良いんだ」

「そうか、そうだな。それしかねぇな」


 こうして看守達は、とりあえずリュドミラを治すために治療師を探し始めた。

 その時彼らは、その行為が何か大きな意味を持つことになる可能性を、特に考慮してはいなかった。




 リュドミラの意識がゆっくりと覚醒した。幾日か振りの目覚めだった。だが、彼女は何ら感慨を懐かない。

(まだ、生きているのか……)

 そう思っただけだ。


(生きているなら、またアレをされる)

 そうとも思ったが、それでも嫌悪も恐怖すらも湧き起こらなかった。彼女の精神はそれほどまでに磨耗していた。


 そんなリュドミラに声がかけられた。しわがれた女の声だ。

「目が覚めたのか」

 嘲りや蔑み、或いは嬲る言葉以外を聞いたのは久しぶりだ。

 リュドミラの視線が、声がした方にゆっくり動く。そして、しばしの時間を経て焦点が定まり、リュドミラの瞳は人の姿を捉えた。灰色のローブを着た者が床に座っていた。

 だが、フードを目深にかぶっていてその容貌を知る事は出来ない。


「誰?」

 リュドミラの口からそんな言葉が漏れる。といっても、思った事がそのまま声に出ただけで、別にその者の正体を知りたい訳ではない。今のリュドミラには、それが誰でも関係がなかった。

 しかし、返答があった。


「私は治療師を生業としている者だ。“治療師”と呼んでくれ。

 そなたの病を治す為に雇われた者だ。まあ、そなたにとっては望む事ではないかもしれないがな」

「……」

 リュドミラは何も答えない。彼女からは会話を交わそうという意欲すら失われていた。


「とりあえず、まだ休んでおいた方が良いだろう」

 若干の沈黙の後“治療師”がそう告げる。そして、皺くちゃの手袋をつけた右手を扇ぐように動かす。

 リュドミラは甘い香りを感じ、そして直ぐに眠りに落ちた。




 “治療師”の施術は適切だった。リュドミラは数日のうちに見る見ると回復した。

 “治療師”が処方するのは、魔法的な効果すらある霊薬(エリクサ)で、普通なら酷い跡を残さずにはおかなかっただろう深い傷すらも癒した。

 さすがに、跡形もなくとは行かないまでも、少なくともその身体は以前の健康と美しさを取り戻したのである。

 そして、その心も、多少の受け答えが可能な程度には治った。


 “治療師”がリュドミラに声をかける。

「ところで、そなたはリシュコフ公爵家のご令嬢と見受けたが違いないか?」

 リュドミラは小さく頷く。今更身分を隠してもさほど意味はない。彼女はそう思った。


「なるほど。では、改めてご令嬢殿。社交界の花と謳われていたご令嬢殿が今やこの有様。その境遇に同情しないでもないが、悪いが私も仕事だからな。治療は続けさせてもらうぞ」


 “治療師”の声はしわがれた老婆のもののように聞こえるが、その声音は優しげだった。そして、とるにたらないような事を話しかけてくる。

 それは、リュドミラの心を癒そうとする行為のようにも思えた。


 ちなみに、“治療師”の施術が始まってから看守達がリュドミラに狼藉を行う事は無くなっていた。

 それどころか、なぜかリュドミラと“治療師”の様子を監視する事すらしていない。“治療師”の施術は、奇妙なことにリュドミラと2人だけで行われていた。

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