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23.戦後処理

 ゲオルギイの“自害”を見届けたリュドミラは、それが一応は自害に見えるように最低限の工作を行い、諸々の手続きを済ませた後自身の屋敷に戻った。一時王国政府に接収され、ドナートの物とされていたあの屋敷だ。

 そして、リュドミラが1人で私室に入ると“伝道師”が姿を現した。また、その美しい素顔を晒しソファーに腰掛けている。


「首尾はどうだった?」

 “伝道師”はそう聞いた。脱獄から今まで、ほとんどリュドミラの傍らにいた“伝道師”だったが、王城までは同行していなかったのだ。


「はい、作っていただいた薬を有効に使わせていただきました。恨みも憎しみもなくなることはありませんが、多少気は晴れました。これで我慢するしかないと思っています」

 その答えは、リュドミラの素直な気持ちだった。


「そうか、一段落ついた、といったところかな。

 だが、全てが終わったわけではない。そなたの人生も、そして戦いも続いてゆく。当然分かっていると思うが、気を緩めないようにな」

「承知しています」

「では、今後の為に何が必要かもわかっているな?」

「はい。強さ、です」


 “伝道師”は満足げに頷く。そしてまた、話し始めた。

「その通りだ。その事で、言っておくことがある。

 そなたの神聖魔法の才能はたいしたものだ。前にも言った通り、天才的といって良い。事実、短期間で驚くほどに熟達した。

 それも強さには違いない。だがな、神聖魔法は神によって許される事で使用可能になる魔法だ。つまり、いくら才能があっても神の考え次第で使えなくなる。考えようによっては、神から与えられた力と考えてもよい。

 その点で、本質的にそなた自身に帰属する強さではない。他者から与えられた力は、そなた自身の力ではないのだ。だから、神聖魔法に頼ってはならない」


 リュドミラには、その言葉を意外に感じた。

 確かに神聖魔法は神の意に逆らえば使えなくなることもある魔法だ。だが、神に仕える者ならば、だからこそ神の意に逆らうな。と、そう説くのが普通ではないだろうか?

 そう思いつつ、リュドミラが告げる。

「私は、アーリファ様の意に逆らうつもりはございません」

「だとしても、だ。

 或いは神が気まぐれを起こすかもしれない。それに、そもそも神は全知でも全能でもない。誤る可能性もある」


 リュドミラは今度こそ驚いた。神に仕えるべき者が神の不完全性を説くとは、リュドミラの常識の中では、それはありえないことのように思えたのだ。

 驚きを露わにするリュドミラに向かって、“伝道師”が話しを続ける。


「何も驚く事ではない。アーリファ神は事実を偽ろうとはしない。そして、神々が不完全だというのは明白な事実だ。

 もしも、神々が完全なる者だったならば、神々の戦などは起こらず、今も神々が世を統べていたことだろう。

 実際、多くの信仰において、高位の聖職者は神が不完全だと承知している。それでもなお信仰を続ける事こそ真なる信仰の道というものだ。

 中でも、アーリファ神こそが、神の不完全性について最も深く理解している神と言える」

「……そうなのですね」


「そうとも。良い機会だからそなたにアーリファ神の真意というものも伝えよう。

 アーリファ神は、信徒が何かに依存する事を良しとしない。それは、依存の対象がアーリファ神そのものですら変わらない。

 アーリファ神は、信徒が己1人の強さのみに頼る事を良しとしている。アーリファ神の信徒たる者は、神の言葉を指針とはしても、神に縋ってはならない。

 つまり、神聖魔法に頼る事はアーリファ神の意に沿う行いではない。

 もちろん、神聖魔法を使うな、などとは言わない。大いに使って結構だ。だが、最後の拠り所にはするな。使えるだけ幸運だ。と、その程度に思っているべきだ」

 “伝道師”はそこで一旦言葉を切った。そして、静かに“伝道師”の言葉を聞くリュドミラの様子を確認し、言葉を続ける。


「拠るべきは、己自身の強さのみ。

 そして、究極の意味で己自身の強さ、絶対に裏切られる事がない強さとは、己の肉体と精神に宿る力。端的に言えば、個人の戦闘能力と、何者にも屈さぬ心だ。

 とはいっても、不屈の心はともかくとして、そなたが今から最強の戦士や魔法使いを目指すのは現実的ではない。そなたが持つ強さはもっと別の種類のもの。他者を動かす能力だ。

 それは、他者が存在しなければ使えないもの、そして、裏切られる可能性もある不確かなものに過ぎない。だが、上手く使うならば途方もない強さにもなる。

 そなたはそれを用いて、より強くなり、そして己の戦いを続けるのだ。よいかな? 女公爵殿よ」


「はい、よく分かっております。己が欲するものを得て、それを守る。その為に、己の強さを鍛え続けます。この後も私の戦いをどうぞご覧になっていてください」

 リュドミラは、静かに、しかし強い意思を込めてそう告げた。




 それから数日後、新たに国王として即位したデモスレス・ラフマノスは、今後の国の行く末を定める会議を開いた。

 参加者は12人の男女、新王デモスレスと有力貴族11名だ。今や名実共にリシュコフ公爵であるリュドミラもそこに参加した。

 また、リュドミラの伯父オレグスト・レマイオス伯爵も参加している。家格という面では他の参加者に及ばないものの、愚王ゲオルギイを討つ“義挙”において、最初に兵を挙げた事が評価された為だ。


 12人の参加者は、全員が円形に並べられた机に着いている。国王デモスレスすらも含めてだ。このことが、今のオルシアル王国の状況を象徴していた。

 そして会議が始まり、最初にデモスレス王が発言した。

「まずは、改めて皆に謝罪したい。

 此度は、他に例を見ない愚物、痴人ゲオルギイの愚劣を極めた暴挙により、我が国は取り返しがつかない被害を被った。同じ王家の者として、申し訳なく思っている」

 そして深々と頭を下げる。


 貴族達に反応はない。

 デモスレスの言葉を肯定し、謝罪を当然の事として受けとったのだ。

 デモスレスは頭を戻し言葉を続けた。

「私は、今後二度とこのような暴挙がなされないように、体制を整える事が急務と考えている。

 ついては、今この場にいる者達を中心に貴族院会議を設立し、国政に関わる事は何事につけ、その助言と承認の下に執り行う事としたい。みなの意見を聞かせて欲しい」


 この発言は、事実上王権を放棄するという宣言だ。普通なら衝撃的な言葉のはずである。だが、貴族達は誰一人動じない。

 そして、一拍の後に王の左側に座るインクレア侯爵が発言した。

「賢明なお考えと存じます。我らは皆、王国の為に微力を尽くしましょう」

 続いて王の右からオルゴロード辺境伯が発言した。

「某も賛成いたす」


 他の貴族達も、次々と賛同の言葉を述べた。

 それを受け、デモスレスがまた口を開いた。

「ありがたく思う。では、皆の賛同の下、ここに貴族院会議を設立する。

 会議の議長は、我が国きって名門であるリシュコフ公爵に任せたいと思うが、どうか」


 貴族達の視線が、国王の対面の席に座るリュドミラに集まった。

 リュドミラは静かに告げた。

「私のような若輩者には、過ぎたお役目と存じます。他に適任の方がおられるでしょう」


「いや、歳など気にするに及ばない。その才覚をみれば、リシュコフ公爵こそ相応しいと存ずる」

 オルゴロード辺境伯がそう告げる。

 インクレア侯爵も続いた。

「如何にも。私もリシュコフ公爵こそが議長に相応しいと考えます」

 この事についても他の貴族達も皆賛意を示す。


 そして最後に、リュドミラの右隣りに座っていたオレグスト・レマイオス伯爵が口を開いた。

「この重責を担えるのは、そなたしかいない。リュドミラ、リシュコフ公爵。

 もしも手助けが必要となったならば、このオレグスト・レマイオスが助力は惜しまない。我が身命の全てをかけてそなたの為に戦おう。この先、どんなことが起ころうとも、な」

 静かな口調だったが、その表情は厳しく引締められ何事にも屈せぬ確固たる意思が示されていた。


 リュドミラは、オレグストの方に顔を向けると微笑みを見せ、僅かに頷いた。

 そして、そのまま正面に顔を戻し改めて口を開く。

「皆様にそのようにおっしゃっていただけるならば、僭越ではございますが、謹んで議長の任を務めさせていただきます。皆様、よろしくお願いいたします」

 そして、頭を下げる。

 貴族達は皆、拍手をもって改めて承認の意を伝えた。

 

 ここまでの流れは、全て事前に打ち合わされていたものだ。

 ゲオルギイの“自害”の後、次期国王に担がれた王弟デモスレスには、命を賭けて権力を望む気概はなかった。その為、傀儡になることを速やかに了承した。

 そうなれば、今後のオルシアル王国の政は、インクレア侯爵とオルゴロード辺境伯の2人が牽引する事になる。しかし、両者はリシュコフ公爵家に次ぐ勢力を持ってはいたが、他の追随を許さないというほど突出した勢力ではない。他にも有力貴族は存在する。

 そのような貴族達もあわせて、合議制で国を動かす事となったのである。それが、貴族院会議の設立だった。


 そして、議長にリュドミラが選ばれたのは、インクレア侯爵とオルゴロード辺境伯が互いに牽制した結果だった。両者は共に議長の地位を狙ったが調整がつかず、結局リュドミラを担ぎ上げる事にしたのである。

 リシュコフ公爵家であれば家格は申し分がない。また、それなりの行動力はあるにしても、所詮は小娘に過ぎないリュドミラならば担ぎ上げても問題はないとの判断によるものだった。

 要するに、新王デモスレスと同様にリュドミラも傀儡にしようというのである。


 しかし、リュドミラは傀儡の立場に甘んじるつもりはなかった。強くなければ何も守れない。全てを奪われる事になる。と、そう実感していたからだ。

 そして彼女が目指すべき強さとは政治力。彼女は政治の世界で己の力を強めてゆかなければならない。つまり、今後はこの会議が彼女の主戦場になるのである。


 無論、容易い戦いにはならない。リュドミラもその事は分かっている。自滅したも同然のゲオルギイなどよりも、この場にいる貴族達の方が遥かに強敵だろう。

 とりあえず、議長となれたのは大きな成果だった。それはリュドミラの意図した結果でもあった。

 だが、この程度の事で気を緩める事はできない。

 リュドミラは、改めて気を引き締め、しかし、そのような決意などおくびにも出さず、ただ嬉しそうな笑顔を作って頭をもどし、貴族達の拍手に応えた。

 彼女の新たな戦いはこれから始まるのである。

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