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忘れないで

作者: 弐兎月 冬夜

 私の家は大学のすぐ近くにあって行き来はいつも徒歩である。

ほんの5分くらいの道で、家から近いと言う理由だけでこの大学に決めたようなものだ。大学生活に何の不満も無いし、それなりに楽しんでいる。今は物理学の教授の研究室で助手のような事もしていた。

 ただ私にはちょっと困ったことがある。

人に話すとどうという事は無いと言われるだろう。

自分でも困っているのかどうかよく分からない。

 けれどちょっと困っているのである。


 大学から家にまっすぐ帰る。ほんの5分だ。時々遅くなったりもするが、大抵はまっすぐ帰る。

時にはコンパや友達と遊びに行って帰る時もある。

 当たり前の事だ。

 家では大抵両親が待っていて、大学受験に頑張っている弟の部屋の前を通って自分の部屋に入る。

 これも日課のような物だ。

だけど、いつもその記憶がないのである。

 帰り道。

大学を出たところまでは覚えている。

けれど家に入って自分の部屋に着くと、さて、今日の帰り道はいったいどこをどう通って何があったのか、まったく思い出せないのである。母親に家に帰ってからの事をそれとなく聞いてみても、特に変わった様子も無いらしい。

 大学の事も遊びに行ったことも覚えている。

 なのになぜか帰り道の事だけは記憶に残らないのである。


 あまりに続くので友達に頼んで自分の帰り道を尾行(ツケ)てもらった事がある。

友達は不思議そうな顔をしていたが、快く了承してくれて、スマホで記録までしてくれた。1週間ほどそれを続けて動画も見たけど何の変哲もない動画で、確かに大学から家まで普通に帰っている。時には近所のおばさんと話をしたり、顔見知りの友人と出会って何気ない会話をしたりしているのに、その記憶が全くないのだ・・・。


 高槻教授は初老の人で、穏やかな人柄と分かりやすい講義でわりと人気がある。私も研究内容と言うよりは教授の人柄にひかれて助手の真似事のような事をしているようなものだ。

 ある時、高槻教授に思い切って相談してみた。

「それは()()()()ですねえ。」

高槻教授は笑いながら答えた。

「僕も車で通ってますが、時々行き帰りの記憶がすっかり抜け落ちてることがありますよ。危ないので気を付けるようにはしてますけどね。」

 教授が言うには最近の脳科学では人間の脳のキャパシティが決まっていて、メモリーの容量を押さえるために必要のない情報を随時削除しているのだと言う。特に作業記憶については僕もしょっちゅうですと笑っていた。

「でも若いあなたがそうなるのはまだ早い気がしますね。疲れやストレスがそうさせるのかもしれません。気休めかもしれませんが、その動画を僕にも見せてくれませんか。」

 教授は老眼なので、スマホのデータをパソコンに落として二人でそれを見る事にした。

 やっぱり何気ない日常の風景が続くその動画は、面白いことなど何もない。私自身も何度も見ているけれど、やっぱり何もないのだ。

 見終わった後、教授は難しい顔をしていた。

「どうかしましたか?」

「もう一度いいですか?」

 教授の声に、どこか緊張が漂っていた。

もう一度再生して見る。けれど、私には見飽きた動画でしかない。

「止めて。」

私は慌ててポーズを押す。

 そこはいつも通る帰る道の交差点で、信号待ちをしている自分の後ろ姿があった。よく見てもなんら不思議の無い風景だ。正面のお店のショーウインドーのガラスに、私がたった一人で映っていて、あくびしている間抜け顔が恥ずかしい・・くらいである。

「あの・・何かあるんですか?」

「・・あなた、()()()()()()撮ってもらったんですか?」

 「え?」


 そう言えば、それも思い出せなかった・・。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰も死んでない、不幸にもなってない、只不気味な中そっとお出しされる一言 おぉ…背中が冷えました
[一言] よくわからないのでもっとわかりやすく書いてください
[良い点] これは上手い、と思わず唸ってしまいました。毎日繰り返す単純な(脊髄反射的)行動における「記憶の喪失」という、若者ではありえない痴呆初期の怖さと、その病状を確定して行く怖さ、それだけでも「帰…
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