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4.介護と不安

 部屋の真ん中で布団を敷いて寝ていた母親は、目をつむったまま軽く咳き込み、光理に後頭部を向けた。これは、後でという意思表示だ。

 帰宅した直後の光理が、母に「すぐ食べる?」と聞いたときは、「食べる」との答えだったのだが、病弱で長く(とこ)()せている母が言葉通りになったことは、少ない。


「残しておくね」


 と言いつつ、多くが中学二年生の弟のお腹に収まる予感がして、光理は静かに戸を閉めた。


 母親は、女手一つで二人の子供を養いながら、苦労してマンションを手に入れた。

 その無理がたたって病気になり、寝ていることが多いのだが、大好物のカレーで元気になってもらおうと思った。

 それなのに――。


 台所へ戻った光理が、ヘッドセットの電源を入れて、装着し直す。


「お母さんの病気、治ると思う?」


 前にも「ノヴァAIボイス」に母親の病気のことを尋ねているので、質問はこれだけで済む。


『現時点で、治癒率は28%にアップ。死亡率は――』

「それ以上、言わないで」


 スマホの画面の吹き出しで、「死亡率は」の部分が薄いグレー色になる。

 だが、彼女は、カレーの鍋を見つめているので、その動作には気付いていない。

 なお、この生成AIは、ジャンルにもよるが、数分~24時間前の情報を学習しているので、「現時点」というのは割と直近のデータだ。


「お母さんが治るかが、知りたいの」

『すまないが、その問いには、正確に答えられない』

「知ってて答えられないとか?」

『A市民病院が管理している患者のデータにアクセスできないので、正確に答えられない』

「正確でなくてもいいから。――間違ってたからって、責めないから」

『なら、この言葉を贈る』


 と、その時、スマホが鳴動し、イヤホンの音声が途切れた。

 これは、アプリが電話に切り替わったからだ。


 光理がヘッドセットのボタンを押して電話の音声に切り替えると、弟からだった。

 人身事故で電車が遅れているので、帰宅が遅くなると言う。


 ため息を吐いた光理は、スマホで「ノヴァAIボイス」の画面を開くと、生成AIの言葉が水色の吹き出しに書かれていた。


『どんな時でも、希望を持つことだ』

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