3.完全対話型の生成AI
制服の上からエプロンをつけて、台所に立った光理は、片耳タイプのワイヤレスヘッドセットを左耳に装着し、買い物袋から食材を取り出し、シンクの左横のワークトップに並べ始めた。
「一番早い下ごしらえの手順を、ステップごとに教えて」
彼女がヘッドセットを通じて問い合わせている先は、テーブルの上に置いてあるスマホで起動中の「ノヴァAIボイス」。
ステップごとと断りを入れているのは、デフォルトだと、手順をずらずらと語り始めるからだ。
『まず、ジャガイモの皮をむいて、芽を取って』
即座に、イケメンボイスが、イヤホンから流れてくる。
「なぜ、ジャガイモから?」
『光理が苦手だから』
確かに、前にも肉じゃが料理で、ジャガイモの皮むきに難儀してアプリに向かって愚痴ったことがあるが、それを覚えていたようだ。
「いじわる」
『苦手なことは先にやった方が良い』
「次は?」
『ジャガイモの段取りは、そんな早くに終わらないはずだが』
「いいから、その次を教えて」
『残り全部か?』
「またいじわる言う。覚えきれないから、一つ二つ」
『ニンジンとタマネギの皮をむく。ジャガイモとニンジンは一口大にカットし、タマネギはすりおろす』
こんな調子で、光理はアプリから対話的に情報を引き出して、調理を進めていく。実際に対話しているのは、アプリの奥にいる生成AIなのだが。
対話型にしないと、準備から完成までのレシピ全体が一気にテキストで表示され、同時にそれが読み上げられるのだが、全体を聞いたところで、それを記憶して調理するのはほぼ不可能だ。
切って、炒めて、煮込んで。
「うん、美味しい」
小皿で味見をする光理は、笑みがこぼれる。
『煮込みが終わったら、ご飯を盛り付けて完成だ』
「そんなの分かってる」
『なら、この最後のステップは、今後、なくても良いか?』
「そこまで言っていない。聞き流して」
『了解』
何気ない一言を口走ると、このようにアプリが気を利かせることがあり、次回のレシピから消えてしまうので、要注意だ。
ヘッドセットの電源を切った光理は、エプロン姿のまま和室の引き戸を開けた。
「お母さん。カレー出来たよ。今、食べる?」