小説の主人公みたいに事件はそうそう起きないらしい
木にサバイバルナイフで矢印を掘って目印にしながら森の中を真っ直ぐに進んで、現在は夜。
どっちに行けば人里に出るかなんて分からないので、立てた棒が転んだ方角に向かって真っすぐ進んで来ていた。
今はもう夜で木に付けた目印も見えなくなってるので、その場に留まって焚火をしている。
適当に乾いてると思われる木の枝を拾ってきて、火種にする為に今や使い道のない教科書とノートに松明で火を付けた。
よく燃えるぜ。
まあ、元の場所に戻れたとしても教科書もノートもまた手に入る物だし、別に良いだろう。現状じゃ生き残るのが優先。
そしてお腹は減ってるんだけど、まだ耐えられるのでカプセルの飲食物はまだ取っておこう。
問題は……うーん、寝るのがちょっと怖いって事だ。
大きな木に背中を預けてるから、座りながらでも寝る事は出来るだろうけど……焚火をしていたとしても、怖いものは怖い。
日本の山や森とかだって野生動物に猪とか熊とか、攻撃的な動物は居るのだし。ここがもし本当に異世界なのだとしたら、魔物なんてものも居たりするのかも知れない。
果たして、そんな場所で暢気に寝こけてて良いものなのか……。
「はあ、異世界物の小説や漫画なんかだと、こういう時にガサっと茂みから出て来たヒロインとかと出会ったりするんだろうけどなあ……」
現実は無情だぜ。ヒロインどころか人の気配なんて全くしないよ。
「まあいいや。おやすみなさーい」
何かあったら何かあった時だろう。もしかしたら獣が寄ってきた時に、今までなかった気配に気付いて起きたり出来るかも知れないし。
切り替えの良さは我が自慢の一つである。
そうして翌朝。
「何もないんかい」
凄い安全に寝られたようである。
なんて山のない冒険。俺は主人公にはなれなさそうだ。
昨日の松明は燃え尽きてしまったので、今日はウエストポーチと学生鞄にサバイバルナイフの装備のみ。片手が塞がらないのでありがたいかも。
そうして数時間も森を歩いていると、土の道が見えてきた。
ちなみに森の中で何かを採取とかはしていない。どんな植物がどんな物なのかも知らないし、カプセルの食べ物があるので無理にキノコとか果物を取って、毒があるかないかで悩む事もないからね。
「ふう……」
土の道に到着して息を一つ吐く。
この街道? みたいなものをどっちかに進めば人里があると思うので、一先ずは安心かな? 昨日から何も飲んでないので、一息吐いたついでに飲み物は一つ消費しても良いかもな。
「麦茶にしよう」
ごくごく飲みたいので。
カプセルをぽいっと放り投げて空中に現れたグラスを手に取る。ご丁寧にストローも付いているので、ちゅーちゅーと麦茶を啜る俺。
生き返るぅ。
「……はて?」
松明は燃え尽きたんだけど……飲み終わった麦茶の入っていたグラスとストローはそのまま残ってるぞ? これは消えたりしないのか……もしファンタジーな異世界だったら、ガラスで出来たグラスは売れるかな?
よし、取っておこう。
ポーチには大きいので学生鞄にグラスを仕舞ってから、また棒を立てて倒れた方に進むことにしよう。えーと……よし、左だ!
「ふんふんふ~ん♪」
晴れた天気の良い日に、人工物のない広々とした景色の中を歩く。思わず鼻歌が出ちゃうぐらいには気持ちいい。
「あ、そういえば」
音楽で思い出したけど、携帯を見てなかった。普段使わないからって、これを忘れちゃ駄目だろう。えーと……案の定圏外ですね。うん、やっぱ見る必要なかった。多分、無意識に見ても無駄だって分かってたんだろう。
「おーい、危ないぞー」
携帯を鞄に仕舞い直していると、背後からそんな声が聞こえたので振り返る。
「あ、すみません」
後ろから来ていた馬車に「あ、道の真ん中にいるから危ないんだな」と思って咄嗟に謝って端に避ける。
「真ん中は危ないからなー」
「はーい」
そして俺の進行方向に去って行く馬車。
「…………」
馬車!?
異世界確定だろ、これ! 地球で今どき、馬車が実際に動いてるわけがない! 資料館とかでしか見ないもん! あと昨日燃やした教科書とかに載ってるぐらい!
「あ!」
失敗した! 今の馬車の運転席らしき場所に乘ってた人に話とか聞くべきだった!
現状、ここが何処かも全く分からないんだから、ここがどの国なんだとかこの先にどんな街があるんだとか色々聞けただろ、俺!
馬車が実際に動いている非現実的な光景を見て呆気に取られちゃったよ!
あ、今はここが現実だった……。
「次に馬車が通ったら、話を聞いてみよう。運が良ければ乗せてもらえるかも」
独り言が多い奴だなって? 主人公の義務ってやつだろ。
異世界と確定しても魔物の一匹も出て来ないので、果たして本当に俺が主人公なのかという疑問は受け付けます。
それよりも、馬車って意外と早いわね。馬が二頭で引っ張って走ってるんだから、それもそうか。
「ま、俺はのんびり行きますかー」
事情を話して次の馬車に乗せてもらうのもありだなあ。ちょっと初体験なので乗ってみたい。
サスペンションが無いのでお尻が痛くなるって異世界転生物とかの小説には書かれてたけど、実際どうなのか気になるう。
僕は好奇心旺盛なので。