炎のマテリアル
…朝日が眩しい。
カーテンの隙間から太陽が顔を照らす。
「んっ…んん……もう朝かあ…」
すぐ近くに置いてある携帯を手に取り、現在の時刻を確認した。
時間はいつも起きる時間より少し早い。
「ちょっと早いな…でもまた目を瞑れば寝過ごしてしまうかもしれない…微妙な時間だ…」
そう言いながら、少しずつ重い身体を起き上がらせる。
カーテンを開け、眠そうな目つきで窓の景色を眺めた。
外は雲ひとつなく天気が良い。
風もなく、とても過ごしやすそうだ。
そう分かった途端、少し心がウキウキした。
「今日も仕事頑張るかぁ。天気も良いし帰りは寄り道でもして帰りたいな~」
寄り道をどうするか考えながら仕事に行く準備をする。
今日は朝から夕方までのバイトの日らしい。
歯を磨き、服を着替え、髪を整えて玄関に置いてある仕事用の靴を履く。
「よぉし、今日はまだ時間あるし通勤途中にあるコンビニで優雅に朝ごはんでも食べていくかぁ。」
彼の名はフラン。母親と二人暮らししながらフリーターをしている。とある事情で元々していた仕事を辞め、バイトの日々に追われている。
フランは家を出て、ゆっくり歩きながら通勤途中にあるコンビニまで向かった。
少し狭い路地裏を抜け、広い大通りに出ると、そこから見えるコンビニがある。
それが職場に1番近いコンビニらしい。
コンビニに到着すると、フランは店内に入って朝ごはんを探す。
「今日は何を食べよっかなぁ。やっぱりコンビニの中ではメロンパンだけが光って見えてしまう。メロンパンが一番美味しいんだよなぁ。」
少し悩んだ後、商品棚に並べられているメロンパンと紅茶を手に取り、レジに向かい支払いを済ませる。
外に出て、すぐ近くにある噴水広場のベンチまで向かい、フランはそこへ腰掛けた。
メロンパンの袋を開けながら、周りの景色が目に入る。
小さな二人の子どもが遊ぶ姿…ティッシュ配りをしているお姉さんの姿…空には気持ち良さそうにスズメが飛んでいる。
「今日も平和だなぁ。この街は犯罪も少ないし本当にいい街だよな。」
フランにとってこの街、アーモンディは幼い頃からの思い出が詰まった大事な街。
生まれた時から今日までずっとアーモンディで暮らしてきた。
街並みを見渡しながら朝ごはんをゆっくりと口に運ぶ。
メロンパンを食べ終わり、残った紅茶をのんびりと飲んでいるとき、さっきまでなかった熱い風が吹いてきた。
「ん?なんだこの風…熱い、夏に吹く風くらい熱い。」
突然のことで周囲にいた人達も少し動揺を見せている。
すると、広場の近くにある路地裏の方から大きい、人ではない何かがこちらに向かって歩いてくるのが分かった。
それは大きな声で唸りながら近づいてくる。
「グルルルル……グルルルル…」
「あれは一体なんだ?暗くて良く見えない…」
フランは立ち上がって目を凝らす。
近づいてくる程に少しずつ見えてくる姿は、人とはかけ離れていた。
馬のような頭をし、身体は大きく厚い筋肉に覆われ、手足もゴツく岩のような肌質をしている。
その姿に言葉を失う広場の人々。
フランも呆然と立ちすくんでしまう。
「…化け物!!」
広場にいた一人が大きな声で叫んだ。
すると、他にいた人達もそれをしっかりと化け物だと認識しパニックになり始めた。
そんな彼らに向かって化け物は大きな声で唸り出す。
「グルアァァァアアアア!!!」
広場の人は一斉に逃げ出す。
だが、化け物は逃げる人達に向かって大きな火球を口から放つ。
ドォォォン!!!
辺りの建物や電灯に火球が当たり爆発する。
「おい!何してんだよ!そんなことしたら街がめちゃくちゃになるだろうが!」
化け物の攻撃は止まらない。
どうすればいいか考えるが何も答えが出ずその場で立ちすくむフラン。
「くっそぉ…俺に出来ることは…もうこれしかないな。」
広場に落ちている防犯ブザーを拾う。
それはさっきまで子どもが身に付けていた物で、逃げるときに外れて落ちてしまっていた。
フランは路地裏の方まで走り、その場で防犯ブザーを化け物に向かって鳴らす。
音を聴いた途端、大人しくなりフランの方に体を向ける化け物。
その時フランの手と足は少し震えていた。
「こっちだ!こっちに来い!お前と相手してやる!」
フランは化け物が振り向くとすぐに、路地裏の中の方に走った。
化け物は逃げるフランに向かって火球を飛ばしながら追いかける。
なるべく人がいない道を選んで、逃げ続ける。
しかし、化け物の勢いも止まらない。
逃げながら辿り着いたのは民家も何も無い場所に位置する誰も使っていない廃工場だった。
あたりはとても静かで閑散としている。
「はぁ…はぁ…ここまで来れば何も被害は出ないだろ…でもこの先行き止まりなんだよな…」
この廃工場は子どもの頃によく友達と遊んでた場所だった。
この周辺、廃工場の中がどうなっているか全て知っていた。
分かっていながらも廃工場の中に逃げるフラン。
化け物は足を止めず、ひたすらに追いかけてくる。
「グルアァァァアアアア!!」
逃げるフランに向かって火球を飛ばす。
あたりは爆発しその周辺は燃えている。
「危ねぇ!あいつ何であんなもの飛ばせるんだ…!」
気が付けば廃工場の奥の方まで来ていた。
目の前には大きな壁。周りには窓も扉も何も無い。
フランは壁の方に背を向け、化け物と向き合う。
「はぁ…はぁ…ヤバい…こっからどうすればいいんだ…」
後退りしながらどうするか考える。
しかし考える時間など化け物はほとんど与えてはくれない。
フランに向かって火球を勢いよく飛ばす。
ブオォン!!!
フランは反射的に左に向かって大きく飛び、火球をかわした。
かわした火球は壁に当たり爆発する。
「…ぐはっ!…危なかった…あれを食らえば俺は死ぬ…どうすればいいんだ……あぁもう、わからねえ!ぶっ倒して何とかしてやる!」
近くにあった鉄パイプを手に取り、化け物に向かって殴りかかった。
しかし、その攻撃は全く通らず、受け止められた後、勢いよく殴り返される。
それでも攻撃をやめないフラン。
何度も何度も立ち向かうも同じように反撃を食らい、体は傷だらけになっていく。
服も破れ、顔や身体にはアザや擦り傷が多くできていた。
そんな状態でも容赦なく化け物は唸りながら少しずつ近づいてくる。
「まずい…このままじゃ俺…本当に死んじゃうかも…バイト行かなきゃ行けないのに…」
抵抗する力も無くなり、壁にペタっと体をつけ、何も出来なくなっていた。
ただ化け物が近づいてくるのを見ていることしかできないフラン…そんな時、カバンに付けてあったお守りが突然光り出す。
「ん…何だこれ…お守りが光ってる…ハハッ…幻覚でも見ているのか…」
それは子どもの頃、父親からお守りとして貰ったダイヤモンドのような結晶のキーホルダーだった。
フランはそれを子どもの頃からずっと肌身離さず出かける時は身に付けていた。
光り出したお守りはひとりでにキーホルダーに取り付けられている部分から離れ、フランの目の前に移動する。
移動した結晶はフランの目の前で止まった後、フランの体内にすーっと入っていった。
「う、うおお!お守りが身体に入っていった!…って、熱い!身体が燃えるように熱い!ああぁぁぁ…!!」
突然熱くなり始める身体。
しかしそれはすぐに治まった。
「熱かった……って、俺は夢でも見てるのか?…化け物もいるしお守りは動き出すし…」
そんな事を言っていると、お守りを貰った時の記憶がブワッと甦る。
「…それはフランの身に何かがあった時フランのことを守ってくれるお守りだ…炎なんて使えるかもな…ハハハ…」
フランは父親の言葉を思い出す。
「そういえば…そうか、これってもしかして…」
気付くと化け物はすぐそばまで近づいて来ていた。
化け物は両手を大きく振り上げ、両手の爪をフランに向かって振りかざした。
「頼む、…出てくれ、俺も救ってくれ…!」
フランはボロボロの右手の手のひらを化け物に向かって突き出し、祈るように目を瞑る。
すると、手のひらから勢いよく燃える炎が目の前に放たれた。
「グオオオアアアア!!」
化け物はその炎を食らい、後ろに退いていく。
「父さんの言葉…本当だったんだ…これならまだ戦える、乗り越えれる気がする…!」
フランは残った力を振り絞って立ち上がり、目の前の化け物と戦うことを心に決める。