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ミステリーリレー小説2021『名探偵ミナミ・セイヨウの誕生』  作者: ミステリーリレー小説2021「学園ドラマ×ミステリー」参加者一同
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第7話 謎の「帰宅命令」 (庵字)

 その日の放課後となった。

 いつものように(りょう)(すけ)と一緒に下校しようとした正陽(せいよう)だったが、


南見(みなみ)くん」


 玄関を出たところで呼び止められた。振り向くと、そこに立っていたのは女性教師のミラーだった。


「ちょっと、いい?」

「あっ、はい……」


 正陽が素直に応じたのは、相手が教師であるということ以上に、夕日を受けて紅く染まった彼女の表情が、何やら不穏な陰を潜めているように見えたためだった。

 涼介もそれを感じ取ったのだろうか、美人教師から誘いを受けた正陽のことを(はや)し立てることもせず、「じゃあ、また明日な」と短い挨拶だけを残し、足早に校門を抜けていった。

 友人の背中が完全に見えなくなってから、正陽が改めて向き直ると、


「南見くん」ミラーは、まっすぐに、真剣なまなざしを向けて、「あなた、昨日の放課後、『帰宅命令』が出ていたのに、遅くまで校内に残っていたそうね」

「えっ?」


 予想外の――いや、彼女の見せていたシリアスな表情から、もしかしたら無意識化で察していたのかもしれないが――質問を投げかけられ、正陽は頓狂な声を返した。「そうよね」と問い直され、正陽は「は、はい」と返事をした。それを聞くと、ミラーは深いため息を吐いて、


「駄目じゃない。校長の『帰宅命令』は絶対なのよ。今度からはすぐに帰宅するようにしなさい」

「す、すみませんでした……」


 正陽が頭を下げると、ミラーは安堵したような笑みを浮かべ、


「わかればよろしい。じゃあね。See you」


 ひらひらと手を振り、(きびす)を返しかけた、が、


「――ま、待って下さい!」


 正陽の声に、半身を見せたまま立ち止まる。


「先生……『帰宅命令』って、何なんですか?」


 ここを絶好の機会と、正陽は尋ねた。

 しばらくの間、無言のまま夕日に染まる整った横顔を向けていたミラーは、何かを確認するように周囲に視線を走らせた。正陽も同じようにぐるりを見回す。自分たち以外、生徒も教師の姿もなかった。すると、


「……ねえ、南見くん」改まった様子で、かつ、先ほどよりも幾分か声のトーンを落としてミラーは、「何もなかった?」

「……えっ?」


 きょとんとした正陽とは対照的に、不穏な陰を表情によみがえらせたミラーは、


「だから、『帰宅命令』が出たあとに校内に残っていて、何かおかしなことはなかったかって、訊いてるの」

「い、いえ……特に……」


 実際は、バナナの皮で滑って頭を打ち、その日の三時間目の授業風景という中途半端な走馬灯を見る失態(?)を犯していたのだが、気恥ずかしさと、「バナナの皮で滑って転ぶ」という事象が、このシリアスな雰囲気にはそぐわないと思い、それを口にはしなかった。


「そう……だったらいいわ」


 ミラーは再び安堵の表情とともに、ため息を漏らした。


「よ、よくありませんよ」当然、これで話を終わらせるつもりは正陽にはない、「いったい、何があるっていうんですか? 校長の『帰宅命令』には……」


 改めて体を正面に向け、正陽と相対したミラーは、


「私も、詳しくは知らないんだけど……」と前置きしたうえで話し始めた。「校長から『帰宅命令』が出たのはね、じつに六年ぶりのことらしいの」

「ろ、六年ぶり?」

「そう。私は四年前にここに赴任してきたから、人づてに聞いた話なんだけどね。その六年前のときにも、『帰宅命令』を無視して校内に残っていた生徒がいたそうなの」

「僕みたいに?」

「ええ……」


 そこでミラーは、正陽から目を逸らした。


「そ、その生徒は、どうなったんですか?」正陽のほうは、伏目になったミラーの顔に視線を刺したまま、「さっきの先生の話からすると、その生徒に何かあったんですよね? だから、僕に『何もなかったのか』って訊いてきた。そうなんですね?」


 熱を帯びた正陽の声とは対照的に、ミラーは静かにじっと目を伏せたまま、


「……んだの」

「えっ?」


 か細い声を聞き取れなかった正陽は、体を前のめりにさせてミラーに近づく。ミラーのほうは、意を決したように今度ははっきりと声を張り、


「死んだの」

「……」


 あまりに予想外の答えを耳にし、正陽は絶句した。ミラーは覚悟を決めたのか、再び正陽の目をまっすぐに見つめ返して、


「翌朝になって、死体で発見されたの。だから私、南見くんが昨日、『帰宅命令』を無視して校内に残っていたって聞いて、心配になって……。ねえ、本当に何もなかったの?」


 ミラーの表情に憂いが重なった。昨日の放課後のことが正陽の脳裏をよぎる。『緋色の研究』の忘れ物、フルートの音色、あまりに静かすぎた校内、礼拝堂で出会った少女、(あずま)()(すず)、そして……。


「あ、あの……」正陽は、これだけは先に訊いておかなければ、と思い、「その生徒って、どんなふうに死んだんですか? まさか、殺人とか……?」


 だが、ミラーは、顔を横に振ると、


「警察では事故死として結論付けたそうよ」

「事故死……」

「ええ。なにせ、すべての扉や窓といった出入口が内部から施錠された礼拝堂の中で死んでいたそうだから」

「――礼拝堂?」


 正陽は、ぎょっとして声を張り上げた。


「朝一番に礼拝堂を開けた教師によって、死体は発見されたそうなの。それに、生徒の死因も死因だったし……」

「な、何ですか? 死因って?」


 正陽の喉が、ごくりと鳴った。


「転んで、床に頭を打ちつけたことによる脳挫傷だそうよ」

「こ、転んだ?」


 正陽の頬を汗が伝う。一度頷いてから、言いあぐねるように、ミラーは、


「死体のそばには、死んだ生徒の靴跡が付いたバナナの皮が落ちていて、それで滑ったんだろうって……馬鹿みたいな話だけれど、笑っちゃいけないわよね……」

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