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ミステリーリレー小説2021『名探偵ミナミ・セイヨウの誕生』  作者: ミステリーリレー小説2021「学園ドラマ×ミステリー」参加者一同
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第4話 神1 (ナツ)

 これが東夜鈴と南見正陽の最初の出会いだった。劇的でもなければ、退屈でもない邂逅ではある。しかしながら礼拝堂という場所であったところがそうさせたのか、正陽の眼には東夜がどこかミステリアスな女子生徒に見えた。そのあと彼は手に持っている『緋色の研究』を読みながら帰路に向ったが、彼女のことが頭に過って内容が頭に全く入ってこなかった。なぜか考えていたら悶々とする。頭が熱くなる。本の表紙を掴んでいる手がじっとりと汗で濡れる。この症状を読書家の彼は一瞬で悟った。『高慢と偏見』や、『赤毛のアン』で勉強済みであったのだ。


 これ恋じゃね?


 しかし彼はその考えをすぐに一蹴した。ひとつは東夜が彼のタイプでなかったことと、もう一つは一目惚れをするなんて阿呆らしいと思ったからである。日ごろから、友人たちに好きな女子のタイプを訊かれたら、「いや、俺は内面重視だから容姿とか気にしないし……」とか言っていたのに、この有様では何とも浅はかで認められない。しかしそれならばこの胸の高鳴りをどう説明してしまおうか?

 

 読めなかったら意味がないので正陽は本を閉じた。悶々としながら歩いていると、彼はうっかり転んでしまった。頭をアスファルトに強く打ち付け、頭を押さえながら立ち上がると、足元にバナナの皮があった。靴底の跡を残したバナナの皮を見て、こんなもので転ぶなんてまるで漫画みたいだと恥ずかしくなった。


 一方、その頃、そうしてさらに顔を赤くさせながら悩んでいる正陽をこっそりと伺うように盗み見て笑う者がいた。実のところ、その者は正陽が東夜と礼拝堂でばったり出会った時からずっと彼のことを睨んでいたのだが、もちろん正陽も東夜もその者には気づく気配もなかった。それももちろん仕方ないことであり、けっして正陽が東夜に目を奪われていたせいではない。その者は二人の頭上の上にある礼拝堂の屋根のその先の雲を突き抜け、さらに大気圏を突破して宇宙空間の遥か向こうのその外側にいたからだ。一言でいえば、彼は神と名乗っていた。名前はナツ。

 

 しかしこのナツを名乗る神は神を自称しているに過ぎず、はたして自分がどんな神であるのか自分でもわからなかった。あるとき星を眺めていたら地球を見つけ、そこにいる人間の歴史を知るうちに自分こそが神だと思い込んだ者たちのなかの一人に過ぎない。宇宙の外側にはナツと同じような考えをもっている者も少なくなく、地球でキリストが現れた時には自分こそがイエス・キリスト本人だと自称する者が次々に現れ、次の日に俺を磔にしてくれとナツに頼む者や、なかには我こそが仏陀であると信じてやまず額にニキビを作ろうとそこに油を塗る者もいた。この者たちは食事も必要とせず、娯楽に興じるよりも娯楽を興じる者を眺めることが好きな種族であることから、地球の人間を眺めることは特に好きだった。そして誰もが神を名乗るわけだ。


 このナツも同じように神を名乗り、時たま雷を落として悪戯をしたり、気が乗れば干ばつの地に日に雨を降らしたりもした。しかしそのような遊びも長い時間やっていると飽きてしまい、最近ではもっぱら人間を観察しながら、まるでドラマでも観るかのように愚痴を言ったり笑ったり応援していた。


 ある時、その堕落した生活を見かねて、キリストを名乗る者と仏陀を名乗る者から、「隣人をもっと愛しなさい」とか、「もっと精進なさい」とか説教を受けたが、このナツは笑って「下位の神共が偉そうにするな」と言う始末であった。おそらくだが宇宙の外側にいる者たちのなかでも最も手を付けられない神であるだろう。


 しかしこの神を名乗る者は十年と少し前にひょいと態度を変えた。これまで宇宙の外側から地球が最も見えやすい位置の順番待ちを無視して何百年間もそこに座って見ていたが、そこから三メートルばかり離れたのだ。これにはキリストと仏陀を名乗る者たちもにっこりした。


 「君も改心したのだね。感心なことだ」とキリストは言った。


 「よろしい。さらに精進なさい」と仏陀は言った。


 「黙れ」とナツは言った。


 二人は顔を驚いたような顔をして見合わせたが、これもナツが改心したことを恥じて突っぱねただけだろうと思って、わははと笑いながらその場を去った。しかしこのナツにはそのような改心する考えや他者を思いやる気持ちは一切持ち合わせていなかった。彼が地球を最も全体的に見渡せる場所から離れたのは、ひとりの誕生するときに叫んだ産声に興味が惹かれたからだ。それが当時赤ん坊だった東夜鈴だった。


 ナツはふと思った。この赤ん坊の生涯を見届け、それを一作の小説として脳内に残そう、と。それは歴史や社会ばかりで個人の生活様式に関心を抱かなかった他の神々が未だやっていない未踏の試みだったのだ。ナツはそれからこの南見という男子生徒が東夜と邂逅するまで彼女だけをじっと眺めていた。彼女がはじめて立ち上がった瞬間も、歯が入れ替わった時もナツは知っていた。それでいながら一切の接触はしなかった。天変地異を起こして環境を変えたり、彼女に思わぬ幸運を送ったりもしない。あくまで自身の研究対象であり、ナツのこれからの長い時間における栄光のための礎に過ぎなかったからだ。


 しかし不思議なものでこの神も長らくひとりの人間を見ていたら愛着というものが湧いてしまったらしい。東夜が十五歳の頃に車で轢かれそうになった時、なんとナツは突進してくる車を上下逆にして彼女を助けてしまったのだ。ナツはこのような行為をしたことを悔いたが、次第になぜこの女を助けてしまったのか考えるようになった。そうしたら頭が熱くなり、彼女を眺める視線に熱が籠っていることを知った。長らく人間の歴史に詳しい彼はこの感情がなんであるのかすぐに悟った。


 これ恋じゃね?


 しかしナツはこの考えをすぐに捨てた。仲間たちに好きな人間のタイプを訊かれたとき、「いや、別にただの研究対称なだけだし」と答えていたのに、これではあまりに滑稽で認められなかったのだ。


 だが、それでいながらナツはそれからも東夜がピンチになった際、彼女を助け続けた。階段から転げ落ちそうになった時はバナナの皮を彼女の足元に瞬間移動させて踏みつけた勢いで身体を一回転させて元の姿勢にもどしたり、彼女が盗撮犯に出くわしたら盗撮犯の足元にバナナの皮を置いて一回転させ、電柱に頭を打ち付けさせて気絶させたり、他にも色々な奇跡を起こしてやった。そしてたった今、南見をバナナの皮で滑らせたのだ。


 このようにして東夜は自身の知らないところで自称神の加護を得たのだった。

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