第31話 神々と少年たち (葵紀ノ未)
ようやく校内で標的を見つけた吉岡は、わざとらしく「やっほ~♡」と声を作った。無視されても気にすることなく相手の目の前へ回り込んでいくスタイルである。
「オイラは今をトキメク漫才師・吉岡義雄! かわい子ちゃんに睨まれるのは大歓迎! でも、みなみんがいつまで良い子にしていられっかわかんないから急いでるんだよ、ほんと情緒もへったくれもなくて困っちゃ~う! ――ってことだから本題に入っちゃうね、お姫様」
冷めた視線にたじろぐ様子は一切ない。舞台劇のような立ち回りで最後まで言い切ると、
「『かくれんぼ』しーましょ?」
あまりにも無邪気な提案に、お姫様こと東夜鈴も困惑を隠さない。
「かくれんぼ、ですか?」
「五分だけだよ。君、東夜鈴じゃないんでしょ? だったら敬語もいらない。今、この空間は他の誰にも感知されていないからね」
「何を」
吉岡は眉を顰める東夜に質問を許さず、携帯画面を突きつけた。協力者によって校舎の窓辺で撮影された映像だろうか。まだ発生から数時間も経過していない、正陽が中庭で貶められたシーンが収められている。
「もー、誰が見てるかわからないんだからこういうことしちゃだめでしょ。お兄ちゃんはプンプンだぞーっ!」頬を膨らませて見せるが、携帯との遠近法で東夜にはその顔が見えていない。
「緩みの無い制服のボタンとこの動画……冤罪の可能性をお巡りさんたちが知れば追及されんのはあいつじゃない、お前だよ」
「……」
(くそっ、南見に続いてこのガキ……あれは失敗だったか? いや……今、邪魔なのはこのガキだ。このガキとその映像が消えればそれで良い)
東夜は緩慢に目の前の吉岡へ手を伸ばす。
残忍さをたたえた笑みを浮かべる東夜。どこか間抜け面と形容できる吉岡。
両者の間にしばらくの沈黙が流れた。
しかし……自信に満ちた表情が次第に困惑へと崩れていく。
「ちょーぉっと視界が狭いんじゃない、恋するお姫様?」
吉岡は伸ばされた手の携帯からひょっこりと顔をのぞかせた。
「オイラも先代から聞いた話だから出どころは知らないけどさ……天界っていうの? 神様たちがいるところ。そういうとこで使える能力って、やっぱすごいんだろうね。
だから、影響を抑えるために地上に来るとき体を変換してテキオウさせる。
その体は、神であって神ではない。
その体は、人であって人ではない。
そーゆーなんか不思議なものとして存在するようになり、能力はほとんど抑えられる。
抑えられるっつっても本来なら、これだけでオイラのこと殺せるだろうねぇ。
わかっているかな、それはナツ派筆頭の“御神体”っていわれる身体だ……」
狼狽する東夜は手を下げて数歩後ずさった。
妙に親し気に話しかけてきたが、作られた真剣な表情が瞬時にほころぶ。
「ALTHOUGH☆」
にこやかで人懐っこい雰囲気を崩さない吉岡が不気味に思えてきた。
「所詮は人間として産まれた少女なんだから身体機能はオリンピック選手の限界を超えられないんだよ」
「……お前の目て――」
「ねえ、バナナ食べる? まだシュガースポット少ないよ」
「……」
「……」
「ふざけ散らかしやがって! てめぇ、土に還してやる!」
「あわわ、そんなことないって。ほら、建設的に話そーよ! カリウム取った方がいいよ。いえいえ、それを言うならカルシウムでしょう。おっと、それは失礼したしゃーした!」
勢いよく掴みかかったが、その体は小柄な少女。吉岡に何が面白いのかよくわからないひとり漫才されながら対応されてしまう。
「いいのかよ。あのくそガキが疑われようと殺されようと、俺は知らねえぞ」
「いやいや、あっちはオイラの管轄外。名探偵にお任せするよぅ」
「あ?」
「あれ? シャーロック・ホームズ知らない系神様?」
『かくれんぼ』は、三分を過ぎた――――
――良い子を演じてろ。
別人のような雰囲気の吉岡に圧倒されてうなずいてしまった。しかし、“良い子”というのは何をするべきで何をするべきでないのか。問題児だった自覚すらない正陽にはまさに難題。ひとまず監視されているとのことだったので、むやみな行動は止めておこうと決めた。
「新しいものじゃないとダメか……」
正陽は、片栗粉や油性ペンなどを散らかしたままの机の上に突っ伏せた。あることを検証しようと思い立ち用意できる道具で挑んだものの、見事に玉砕したのである。
「暇なの?」
いや別に。
答えようとして顔を傾けると、シンプルなワンピースに身を包んだ少女の呆れる瞳と交わった。
「……うわぁあああ?!」
少々タイムラグがあったが、いつの間にか隣にいた見知らぬ女の子に驚いた。咄嗟に飛びのいた正陽。耳を塞いだ彼女は「どうして大きな声出すの?」驚いた拍子に涙目になっている。
「あ、あああ。ごめん……」
(だって、いきなり、いや、とりあえず誰?)
謝罪しつつ疑問を思い浮かべた正陽の思考を神は読み取った。
「わたしは葵紀ノ未、神様だよ。ナツの暴走が止まらないから来ちゃった!」
(まさか、神様だって……?)
目の前でダブルピースされながらも思ったことをそのまま言葉にする直前、重要な名前が思考に留まった。
「ナツって、まさか!」
「ん? みんな大嫌い、あのナツだよ。いい加減キレた神様方が全会一致で消滅させることを決定したんだけど」
「消滅って、それ……ナツは納得したのか?」
「そんなわけないじゃん。皆様お珍しくガチギレって感じで、ハデス様もびっくりするほどの地獄絵図だよ。もう、さすがナツって感じ。
今さらどれだけ謝ってもあの神々方にすら慈悲は一切無いから、人間ごときが心配する必要ないよ! あっ、みんなにはナイショにしてね? お菓子禁止令出されちゃう……!
え? ここに来た理由?
地獄のピタゴラスイッチでゼウス様がナツをそそのかしたら、ちょうどゴールがわたしだったみたいでね。それで、立場は大丈夫だけどその他すべてヤバいことなっちゃって。ゼウス様はごめんねっておっしゃったけど、可及的速やかに天誅下さないといけないから協力してほしいの!」
情報量に混乱した思考では、幼い子供の無邪気らしいお願いにどのような表情をすればいいのかわからない。「……協力?」困惑に身を任せて差し出された飴を受け取った。
待っていましたと言わんばかりにすくりと立ち上がり顎をそらした。人差し指を正陽に突きつけて宣言する。
「東夜華鈴を殺した人間を告発しなさい!!」
「華鈴さんって、六年前の礼拝堂の」
「そうだよ、お願いね! がんばって!」
「いや、でも僕、複数の事件で疑われてて、まずは自分の冤罪を晴らさないといけないから……」
正陽は部屋の隅に視線をやり最近容量を増してきたくせのある髪を撫でつけた。何も反応がないことが気になり、そっと神様へ視線を戻す。
数度だけ瞬きして呆然と呟く。
「断るの? わたしがお願いしてあげているのに……?」
「いや、断るとは言ってなくて。ただ、自分の冤罪を晴らさないと自由に動けないので」
「暇だから白い粉とか光で遊んでたってこと?」
「白い粉って言い方……」
正陽は教科書に付着させてみた片栗粉を軽く払う。『緋色の研究』へ視線を投げながら、白くなった指先をこすり合わせた。
「ひとつ仮説があって……こういう材質なら指紋は数ヶ月は残るから、体格が近い僕と吉岡の違いはわからなくても小柄な東夜さんのものは識別できるはずだし、無いなら無いで自分の指紋を残さないために誰かが意図的に拭き取られたと考えられる。それで指紋とか痕跡とか調べるために試したけど……まあ、うん」
『緋色の研究』と類似する材質の教科書では、新しいつけたばかりの指紋であれば片栗粉で確認できたが、ネットで見つけた手作りブラックライトはあまり鮮明には検出できず数日前のものも確認できなかった。
素人の限界を悟り、片づけを開始する。
「へー、そっか。
で。なんでせーよーがその本持ってるの?」
「図書館で借りただけだけど」
「こじろーのじゃないの?」
「え? 僕、校長にはまだ会ったことないけど」
「……あれれ? ま、いっか」
「え、待って、何もよくは」
「そんなことよりさ、犯人は現場に百遍! 礼拝堂で証拠を探しに」
「いや、それは、だから、高校生が事件現場には立ち入れないんだって、警察の人に止められるだけだ。六年前の証拠が今さら見つけられるとは思えないし、そもそも僕は犯人じゃない!」
「じゃあ、どうやって暇つぶしやめて華を殺した人を見つけてくれるの?」
「そ、それは……」
「……」
(くそっ、役立たずだと思ってやがる……! 神様なら好きなようにやってればいいのに)
「うん。謝ったほうがいい? ごめんなさい。はい、これお詫び。
それから、お願い事を叶えるのがお仕事だから、わたしの能力だとその時点で最も可能性が高い未来を視ることしかできないの。
ちなみに人間への過干渉は禁止。ナツの暴走は、例外」
飴渡しておけばすべて許されていると思っているのか、この神様は……。
投げやりに差し出された飴をその腕ごと押し返した。
「殺人犯を告発しろって言うくらいなら、殺人だという証拠はあるのか? 被害者は密室の礼拝堂で頭をぶつけて亡くなっていたし、警察だってバナナで滑ったことによる事故死だと結論づけている。どうして殺人だと言い切れるんだ?」
「死んだのが華だから」
「厳しいことを言うけれど、それは証拠にならない」
「鈴を守るって言ってたもん! そのために秘密だって暴いて危険を冒してしゅーすけと接触してこじろーも協力するって決めたんだよ?」
「感情論になってる。本当に犯人を告発したいなら、冷静になるべきだ」
感情をあらわにする神様のおかげで落ち着き始めている一方、そもそも神様に論理的を説いているのもおかしいなと思った。見た目が子どもな神様にもうひとつ飴を返すと、彼女はそれを口に含んだ。大人しく宙に浮かび上がり留まって「じゃあ、せーよーはどこまでわかってるの?」と不満そうな声色で尋ねた。
ひとまず机の上に零れた片栗粉を集めてゴミ箱の上で手を払う。
そして、目の前にはルーズリーフを一枚、右手にはシャーペンを握った。
六年前 東夜華鈴の事故死→殺人?
二日前 礼拝堂 放火(23時~0時)
→六年前の事件の証拠隠滅?
一日前 ピラール神父 殺害(17時半)
「六年前の事件については無実を主張できるけれど、後のふたつについては僕が第一容疑者らしい。しかも、目撃証言まである」
「犯人なの?」
「違うから困っているし必死なんだよ。礼拝堂の目撃証言の意味が分からない。こんな時間に僕がアリバイ持っていたら持っているで疑いは晴れないままだし、ピラールさん殺害については下校から涼介と一緒だったし吉岡と西荻さんと一緒に涼介の家にいたからこれをアリバイで主張できるならいいんだけど、友人だからってことで証言は軽く見られるかもしれない」
不意に、夢で見た内容と時系列がはっきりしない記憶に身震いした。これには神様はノーコメントだったが、視線が話の続きを促す。
「話を戻すと……礼拝堂の火事は六年前のその東夜華鈴さんの事件と関係がある」
「それいったのせーよーじゃなくてあのおじさんじゃん」と文句に晒されながら紙面の六と二を線で繋いだ。
「わかってる内容を聞いているんだろう? ええっと、抜け道については」
「こーちょーたちが知ってるかもね」
「校長たち?」
「こじろーとこじろーじゃないほう」
「……吉岡?」
「うん、じゃあ、その人にしとく」
「じゃあって」
「おじさん、あとはバナナのお話してたっけ?」
吉岡 礼拝堂の抜け道について
興味はまだ吉岡についてだったが、メモを追加してから、しかたなく次の話題へ切り替わった神様に合わせる。
「松林警部は、華鈴さんはバナナの皮で転んで頭を打って亡くなったように偽装されただけで本当は殴られたからじゃないかって考えてるみたいだったけど……あり得るとは思う。
ミラー先生によるとバナナを踏んで滑って転んだことで何かに強く頭をぶつけたことで亡くなったってことだと思うから、さすがに当時の警察も事実確認をして事故だと断定したはず。だったら、華鈴さんがバナナを踏んだことによる不幸な事故と判断できる材料として三つ……足元のバナナに踏まれた跡があったこと。その踏まれた跡が華鈴さんによるものだと推測できるだけの情報があったこと。華鈴さんが殴られたんじゃなくてその場にあるものに頭をぶつけた傷が死因と判定できること……が必要だと考えられて」
「殴ったら死ぬの? 頭をぶつけたら死ぬの?」
「何が違うかよくわからないけど、頭の打ち所が悪ければなくなる場合はあるよ」
「だったら、どうしておじさんは殺人かもって今、言い出したの?」
「それは疑念を持ったからじゃ」
「人間の時間感覚だと六年って長いんでしょ? けーさつなら礼拝堂調べたりせーよーみたいな人間から話聞いたりできるのに、どうして今まで動かなかったの? めんどくさかったのかな」
「それは……」
一見、荒唐無稽な正陽の話を批判することなく信じてくれた人――疑いを向ける発想すらなかったが、そのように言われてしまうと、警部本人が事件へ介入した方が煩雑な問題は解決されてスムーズな捜査が実現できるのではないだろうか。
松林警部の言葉を思い出す。ここの学校の生徒だった、と。昨今の校内事情にも精通し、ナツの存在も承知していた。年齢や貫禄・威光からそれなりの地位にいると予想もついた。
(これ、僕が動く必要……)
「違う」
「そっか」
「警察は管轄とかあるから、事件当時は地元にいられなかっただけだよ、きっと。とにかく、事件は学校内で起こったんだから、いくら卒業生とはいえ目立ってしまうから簡単に出入りできない警察の人は一旦、犯人候補としては無視していいと思う。
靴に付着している物質を確かめる方法についてはミラー先生に協力を求めてるから、別に警察に頼る必要は今のところない……はず!
あとは、あれだ。バナナについて」
「バナナミルクおいしいよね。イチゴミルクも好きー!」
「今それ関係ない」
すげなく言い放った正陽だったが、葵紀ノ未神は口に含んだ飴に夢中で気にしていなかった。そのすきにルーズリーフに情報を書き連ねた。ある程度書き終えて、声に出してみる。
「撲殺なら、被害者を殴ってからバナナの偽装するのがスムーズだ。実際にバナナを踏んだのは華鈴さんの靴を借りた犯人だろう。バナナを踏んで滑ったなら、靴の裏にバナナの成分が付着するはずだけど、踏み方や角度によって残り方は変わる。でも、警察の人が当時そこまで疑問を抱かなかったのなら、華鈴さんの体格で踏んだ場合と大きな相違がみられなかったからだと思う。だから、吉岡の言葉をかりて……
学園関係者、抜け穴の存在を知っている人物、僕の身近な人物、六年前に被害者と体格が……せめて体重が近い人物。
これが、華鈴さんを殺した犯人像だと思う」
「わぁ……!」
「そして、六年前の事件の関係者・犯人もしくはその意思を次ぐ者を特定できれば僕の冤罪も晴らせ」
「え? せーよーのは興味ないよ。早く進めて!」
まったく悪気が見えない声色なのがまた辛いところである。いたたまれない心情に蓋をして正陽はシャーペンを動かしていく。
礼拝堂の見取り図を記憶の中から発掘することに時間はかかったが、全校生徒が朝の定例ミサに参加できる規模を考慮するとなんとなく再現度は高い気がした。
謎解きは、まだまだこれからである。




