第12話 遺伝と聖書と、それから漫談 (若松ユウ)
涼介、涼介の兄、東夜さん、東夜さんの姉、西荻、吉岡、ミラー先生、常利先生、校長。
六年ぶりの帰宅命令、礼拝堂、フルート、ベートーヴェン『悲愴』、漫才同好会、バナナの皮、地下室、赤ワイン、ステンドグラス、ナツ。
「まず、吉岡と漫才同好会は関係ないだろう。それから……」
涼介と東夜の二人と地蔵菩薩前で分かれ、親戚の家に帰宅した南見正陽は、二階の和室で机に向かい、7ミリ罫のルーズリーフに思い付く限りの単語を並べ、そこから無関係な言葉を二重線で消したり、関連性の高い用語を丸で囲んで線で繋いでいったりという作業に集中していた。
これは、正陽の脳内で情報が飽和状態に陥ったため、いったん外部化して視覚的に整理しようという試みなのである。この一連の作業により、一般的には多量の情報に優先順位を付けられたり、情報間の相関関係が見えてきたりするものである。
だが、あまりにも断片的な情報の寄せ集めのためか、それとも要になる情報に接していないためにリンクが繋がらないためか、あるいは両方の理由により、パタリとペン先を動かす手が止まり、正陽の推理は袋小路に陥ってしまった。
「こんな時ホームズなら、しばし安楽椅子で手を組んで考えるだけで、易々と真実を示す緋色の糸を探り当てるんだろうけど……。うう、頭が痛い」
もともと青白い顔を更に歪めつつ、正陽はシャープペンシルの消しゴム側で、こめかみの辺りを軽く擦った。頭痛の原因は、言うまでもなくナツが仕掛けた赤ワインのせいである。
余談だが、アルコールに対する体質的な強弱が決まる要因であるアセトアルデヒドを分解するアルデヒド脱水素酵素のはたらきというものは、ある程度まで遺伝的に決まるため訓練で強くなるものではない。
正陽が揮発した多量のアルコール分によって酔いが回るほどの下戸となったのは、彼の母方の家系が代々下戸であり、彼が今現在に世話になっている家の主である親戚のおじさんもお酒に弱く、この家では食卓で晩酌に一献傾けている様子を見ることは出来ない。つい一時間程前に済んだ夕食の席でも、テーブルの上にビールグラスや徳利の姿は無かった。
「語ってはいけない理由は何なんだ? 知らぬが仏とも言うが、隠されると余計に気になるじゃないか。でも、脳震盪で命を落とすのは惜しいし……」
禁止されればされるほど、秘匿されればされるほど、そのベールの向こう側に甘美な世界が広がっているに違いないと思い込み、底知れぬ興味を惹かれてしまうもの。
心理学ではカリギュラ効果と呼ばれるもので、楽園に生る禁断の果実も、押してはいけない非常ボタンも、決まって赤々と目立つ存在なのである。
未知への誘惑に、正陽の心の中の天秤では、右に自制心を求める天使が乗り、左に好奇心を揺さぶる悪魔が乗り、なかなか決着のつかないシーソーゲームを繰り広げている。
「正陽さん。お風呂、正陽さんで最後なんだけど、まだお勉強中なのかしら?」
「あっ、すみません! すぐ下ります」
階下から親戚のおばさんが呼ぶ声がしたため、正陽は咄嗟にルーズリーフを世界史の年表の間に挟み、箪笥から適当に着替えを出すと、電気を消して急ぎ足で風呂場へ向かった。
*
えー、毎度バカバカしい小噺をひとつ。
江戸の人々というのは、禁中武家から農民商人に至るまで験を担ぐのが好きなものでした。
現代でも縁起物を贈ったり、霊験あらたかな寺社にお参りしたりいたしますのは、その当時の名残でございましょうな。
たとえ日頃は神様を信じていない方でも、受験を控えて学業にご利益のあるスポットへ出掛けたり、恋愛を司る神が祀られているお宮で挙式を執り行ったりするものですから、不思議なものでございますね。
日本列島には、津々浦々に数多くの寺社仏閣、パワースポットがございまして、中には一風変わった場所というものがあるものでございます。
とある小さな稲荷では、漢字になぞらえたお守りをお配りしていた、という話がございます。
たとえば、安産祈願のお守りには、守り袋に朝という字が刺繍されておりました。
それは、どうしてか?
朝という字を分解すれば、すなわち十月十日で構成されているからであります。
そこで、あたくしも考えました。
泥人形を拵えて、子孫からの恩返しに効果があると謳ってはいかがかと。
その心は?
土ノ子が行なうと書いて孝行だからでございます。
おあとがよろしいようで
*
「だから、どうしてアイツが出てくるんだ。どうせなら……」
東夜さんが良かった、というセリフは欠伸でごまかし、正陽は転寝で見た厭夢を振り払うように垂れた前髪をオールバックに撫で付け、湯船から上がった。
アルキメデスならエウレカと叫んで町へ飛び出すところだろうが、正陽はギリシャ人でも哲学者でもないため、普通にパジャマに着替えて二階へ戻り、解決の糸口が無いものかと、ダメ元で編入学時に受け取った聖書を紐解いた。
「……ワインは私の血を表す。……古い革袋に新しいワインを容れると、革袋もワインも駄目にしてしまう。……あなたには穀物、ワイン、オリーブオイルの収穫がある。……すなわち人の心を喜ばすワイン、その顔をつややかにするオイル、人の心を強くするパンなどである。……キリストは、ワイン好きだったのか?」
病気や障碍に対する差別を避ける配慮から冗漫な訳文になっており、その上、学生へ向けての有難迷惑な注釈も多い聖書を斜め読みしていた正陽だったが、読めば読むほど核心に迫るどころかアサッテの方角へと迷走していると感じてしまい、詩編のページに適当にスピンを挟んで聖書を鞄に入れ、ベッドで仰向けに寝転んだ。
再び余談を挟むが、重厚長大の書物の一部分を齧っただけで飽きてしまうような、いい加減で中途半端な学問や教養のことを、全54帖に及ぶ源氏物語の初巻名にちなみ、桐壺源氏と表現することがある。覚えておいて損はないので、ついでに紹介しておく。
「ああ、駄目だ。疑い出したら、何もかもが怪しく感じられるようになってきた。……もう寝よう」
疑う心が強ければ、暗い夜に在りもしない鬼をみるものである。
天井板の木目が友人の顔のように思えてきた正陽は、時の流れに解決を任せるべく、ひとまず天井照明をオレンジの豆球に切り替え、掛け布団をかぶって身体を横向きにして安らえた。
この時の正陽は、一抹の不安を胸に抱きながらも、なんだかんだ言って、また明日もこれまでと変わらない学園生活が始まるだろうと高を括っていた。
まさか、この日の真夜中に、件の礼拝堂の地下室で、とある人物が暗躍していたとも知らないで。




