第59話〜 決闘(後編) 〜
僕とケニーさんはお互い向かい合って開始の合図を待つ。
ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、「始め」という掛け声がどこからともなく聞こえてきた。
ケニーさんは声が聞こえるとともに、早速殴りかかってきた。
決闘をやったことがない僕は取り敢えず後手に回る。
ケニーさんをよく見て身体を少し捻って拳を躱す。
ケニーさんは避けられるとは思っていなかったのか、少し体勢を崩すも直ぐに立て直す。
僕の方に向き直り、構える。今度は向かってこない様だ。
ケニーさんはその場で軽くジャンプをしながら待つ。その様子は様になっていてボクサーにみえなくもなかった。
ケニーさんが手をクイクイとして挑発してきた。
次は僕の番らしい。
……嫌だなぁ…………。
てきとうにやって直ぐ降参しよう。うん、そうしよう。
僕はケニーさんに向かって小走りでかけていく。
軽く拳を握り、ケニーさんの身体を目がけてパンチするも案の定避けられた。
すると急に視点が180度回転したかと思うと衝撃が、体を襲う。
どうやら足を蹴られて倒れたようだ。
「おいおい、その程度かよ。そんなんじゃ自分の身さえ守れねぇぞ」
「……そうですね」
「つまんねぇぞ!ちゃんとやれ!!」
「ガギがでしゃばんな!!」
気付けば野次が飛び始めていた。辺りを見回すと、大勢の人が盛り上がってこの決闘をみていた。
目立ち過ぎてる……最悪。
こうなったらもうしょうがない、さっさと終わらせよう。
「いきます」
「おぉ、こい」
僕の雰囲気が変わったのが伝わったのか、ケニーさんは体を強張らせた。
僕は拳を構え、少し姿勢を低くしてケニーさんに突撃する。
ケニーさんのお腹めがけて力いっぱい拳を振り抜く。
――その拳は空を切った。
ケニーさんは余裕の表情で避けると、体勢を崩した僕を床に叩きつける。
「かはッッ……ッ!」
床に叩きつけられ、痛みと共に肺の空気が一気に外に出る。白目を剥き、一瞬意識が飛んだが、【自然回復S】のおかげで直ぐに目を覚ました。
「はぁ……こんなもんか」
ケニーさんは呆れた声と共に頭を掻きながらゆっくりと立ち上がる。
その瞬間を狙い僕は今度こそ、拳を腹に振るった。
「ッッッぐぉッ………!?」
僕が気絶したと思い込んでたケニーさんの油断を突いての攻撃。見事お腹にヒットした。
ケニーさんはうめき声を上げお腹を抑えながら、ふらふらと数歩下がる。
「けっ……やるな」
苦痛に歪んだ顔で微笑するケニーさん。
周りの傍観者達は僕のまさかの一撃に目を見開いていた。
対人戦って難しいなと思いながらも、一発食らわせて少しスッキリした。
「おら、いくぞ」
今の一撃を食らいイラついたのか今度はケニーさんの方から殴りかかってくる。
僕はその攻撃を手で受け流したり、避ける。
ここに来ての激しい打ち合いで観戦者達はより熱くなっていた。
見てる人達の方に気を取られた瞬間「よそ見すんな」と言う声と共に顔面めがけて拳が飛んでくる。
油断していた僕は急いで腕を顔の前でクロスして防ぐも勢いが強く、後ろに滑らされた。
後ろに下がったわけじゃない。別に床が滑りやすいとかでもない。単純に力で後ろに押されたのだ。
ケニーさんって何レベルなんだよ……絶対僕より高いじゃん!?大人気ないよ!?手加減してよ!!
腕が少しジンジンする中、文句を言う余裕はある。
再び打ち合いを始めるも、両者一歩も譲らず数分が経過した。
「はぁはぁ……ッ」
お互いに息は絶え絶え。流石にずっと動き続けるのはキツイ。
「あー、やめだ」
すると、ピタッとケニーさんが攻撃を止めて両手を上に上げて参ったというようなポーズをしながら言う。
突然のことに僕は目を丸くする。
驚いたのは【決闘】を見ていた人たちも同様。
「これ以上続けても面白くねぇだろう? だからもう終いだ終い」
その一言によって周りがザワザワとしだす。
「リサー、お前もそれでいいよな?」
僕は最初からこんな面倒くさい事はしたくなかったので、凄い勢いでコクコクと頷いた。
「しょ、勝敗は引き分け!これにて【決闘】終了です」
「ちぇ」
「凄かったなぁ」
「あのガキやるなぁ!?」
終了の合図が告げられると、それぞれ決闘の感想を口から零す。
ほ、褒められてる……。嬉しい!!
「リサー、中々やるな。色々馬鹿にして悪かったな」
ケニーさんが握手を求めてきたので僕もそれに応えるために握手をする。
「い、いえ大丈夫です……」
物凄く気まずい。今すぐこの場から逃げ出したい。けど【任務】がぁ……。おのれ【不幸体質】め……。
突然始まった【決闘】は引き分けと言う結果で幕を閉じた。
改めて今日から【リサー】という謎の狐の冒険者生活が始まるのだった。
後に数々の偉業を成し遂げることを今は誰も知らない。
僕が黒髪黒目の劣等人の忌み子だと言うことも。




