第58話〜 決闘(前編②) 〜
その声の主は顔を見らずともわかる。まさにさっき話していた、脳筋筋肉ダルマスキンヘッドのケニーさんだ。
一気に血の気が引いたかと思うと、背中や額から冷や汗が次々と出てくる。
「昨日はよくも逃げやがったな?」
笑顔で言っているが、その笑顔のせいで余計に怖くて怖くて仕方がない。
しょ、しょうがないでしょうっ!?ケニーさん貴方滅茶苦茶怖いんですから。そりゃそんな脅されたら逃げるに決まってるやん!
こちとら、異世界くるまで普通の高校生だったんやからな!!
訂正、普通の高校生ではなくいじめられっ子の不登校野郎。
「さぁ、昨日の続きしようぜ」
僕はケニーさんの手から逃れられないので、何をされるんだとゴクリと唾を飲み込んで、覚悟を決めるほかに選択肢はなかった。
パシられたりしたら、ちゃんと言うことを聞いて従おう。
そういうのは慣れてるからね!…………。
その程度で済むと良いな。もっと酷いことをされるとは想像もしたくない……。
1日経ってるし、頭冷えてると思うし……許してくれるよね……。
「さてと、それじゃ歯食いしばれよ」
やはりそんな甘い話じゃないようだ。
ケニーさんは振り上げた拳を大きく振りかぶる。
ただでさえ大きな拳が、段々と迫ってくる事で余計に大きく見える。
一瞬で僕の眼の前までくるも止まることはなく、そのまま拳は顔面にクリーンヒット。
鈍い音と共に顔に痛みが走ったかと思えば、身体が後ろに吹き飛ばされる。
飛ばされた勢いのまま僕は床に倒れ込む。
辺りは何事だと反応して一瞬静寂に包まれるも、気にした様子はなく直ぐにガヤガヤとまた喧騒に包まれる。
「いたた……」
ギルドではこういうのが日常茶飯事なのだろう。周りは止める様子は一切ない。というか、寧ろ「やれやれー!」と楽しんでる人もいる始末。
膝をつき、立ち上がると鼻から血が出ている事に気が付いた。仮面の下から血がポタッポタッと数滴床に落ちる。
鼻血はすぐに止まった。《自然回復S》のスキルのおかげで。
顔を上げると、ケニーさんが拳や首を鳴らしながら待っていた。
「これで意識を失わないとは運が良かったな?ゆっくりいたぶってやるよ」
ニヤリと笑い、もう一度拳を振り上げた所でドタドタと大きな音を立て「ちょっと待ったー!!」と大声で言いながら誰かが近くまで来た。
僕は突然の事に驚き、声の方に首だけ向ける。
ケニーさんも拳を振り上げたまま少し目を見開いて声の主をみていた。
「ちょっと、ケニーさん!?また喧嘩ですか!?何回言えばわかるんですか!!一方的ではなく、しっかり【決闘】という形でやってくださいって!」
いきなりなんだと思うと、ケニーさんに説教を始めた。
ケニーさん相手に説教を始めたのは、先程までいなかった昨日ギルド登録手続きをしてくれた受付のお姉さんだった。
「ほんとにもう、何回言えばわかるんですか!いい加減にしないとまた【任務】増やしますよ!?」
「へっ、【任務】ぐらい増えたってどうってことねぇさ」
余裕のケニーさん。しかし、受付のお姉さんは、ニヤッと意味ありげな笑みを浮かべて言葉を発する。
「では、【任務】増加に追加して報酬も減らさせていただきますね?」
受付のお姉さんがそういった瞬間、ケニーさんは「それだけはやめてくれ!この通りだ!」と態度を急変させて、土下座して懇願していた。
あまりの衝撃的なやり取りで僕は今の自分が置かれている状況を忘れていた。
ハッと我に返った僕は今のうちに逃げようと思い、四つん這いで音を立てないようにソロソロと行動を始める。
バレないようにゆっくりと出口に向かう。その最中もまだケニーさんは受付のお姉さんに怒られていた。
屈強な体つきをしているケニーさんが華奢なお姉さんに怒られている姿は中々に面白い。
扉を開けるために立ち上がり、そーっと外に出ようとしたその瞬間。
「ということで、リサーさん!ケニーさんと【決闘】をしてください!!」
受付のお姉さんが、再び大きな声を出して僕を指す。
おいいぃぃ!!? なにしてくれとんじゃ!もう少しで逃げれたのに!
てか、ということでってどういうことやねん。何故に僕はケニーさんと決闘せなあかんねん。いややわ。お断りするわ。
僕はお構いなしに無視して扉から出ようとしたらガシッとケニーさんに首根っこを掴まれた。
いつの間にかケニーさんは近くに移動していた様だ。
「…………俺と決闘しろ」
ケニーさんは僕の顔をジッと見て、真剣な表情で決闘を申し込んできた。
「嫌です」
そう即答すると、ケニーさんが「あっ!?なんでだよこの野郎!」と言って殴る直前で拳を止めた。
さっきの説教が効いたのだろうかと思ったのもほんの一瞬。
ケニーさんは耳元で「決闘を受けろ。さもないとお前の家族がどうなっても知らないぞ」
僕は一瞬返答に迷った。
「…………わかりました。やります」
少し思案した後に、【決闘】を受けることにした。
家族はこの世界にはいない。けれど家族と言っても良いほど大切な存在は出来た。
その人達を危険に晒すような事はしたくない。昨日の今日だ。僕の家族とかそういうのはケニーさんは全く知らないはず。
けれど、もしもの時のためだ。《不幸体質》の呪いがあるからには、不安要素は早めに取り除いておくべきだ。




