第19話〜 狐のパーカー 〜
――夢を見ていた。それは、地球にいた頃の夢。
僕が、学校でイジメに遭い不登校になった時。
僕はずっと、家に引きこもりアニメやゲームばかりしていた。
そんな僕の姿を見ても、両親や唯一の妹の麗奈は優しくしてくれた。
ある日、いや僕が忘れていただけで僕の誕生日の日だった。
麗奈が、自動車事故に遭ったと聞いた。
僕は意味がわからなかった。
麗奈は、すぐに病院に運ばれたそうだが――――――死んだ。
麗奈は、こんな惨めな僕への誕生日プレゼントを買いに行った帰りだったという。
麗奈が買っていたものは狐のイラストが入った黒いパーカー。
狐のイラストの周囲には赤い炎が描かれている物で、フードは狐耳を意識させるような可愛らしい物だった。
麗奈の部屋の机の上には、僕に渡すつもりだったらしい手紙も置いてあった。
『お兄ちゃん、14歳のお誕生日おめでとう!
お兄ちゃん、最近はどうですかっ! 元気にしてる?
ご飯とかお風呂以外いつも部屋にこもっててレナはちょっぴり悲しいな。
たまには、ゲームの話とかアニメの話とか聞きたいなぁー。あっ、エッチなのとか怖いのはやめてね!
あ、そうそう。お兄ちゃんに誕生日プレゼント買ったんだ。
狐のパーカー! お兄ちゃん、狐大好きだったでしょ? 喜んでくれてるかな? 喜んでなかったら悲しいです……。
ちょっとフードの狐耳とか可愛くない?
恥ずかしくても着てね♡
レナはいつまでもお兄ちゃんの味方だからね。
お兄ちゃん、大好きだよ!
〜お兄ちゃんの愛しの愛しのレナちゃんより!〜』
麗奈の手紙の文字は、少し丸っこくて女の子らしい文字だった。
こんな僕の事を心配して、こんな暖かい言葉を贈ろうとしてくれた優しい妹の麗奈。
そんな優しい麗奈が――死んだ?
事故の原因は、自動車のブレーキの故障。
僕は、運命を呪った。あんなに優しい麗奈が死ぬなんて不幸にも程があるだろう。
そして、僕はこの日を境に――神様と言うものを信じなくなった。
「――――っ〜〜はあっ! はぁ、はぁ……」
僕は、夢の内容で胸が苦しくなって無意識に呼吸が浅くなっていたらしい。
ドクドクと早くなった心臓。
胸に手を当てて、乱れた呼吸を整えつつ思考を再開させる。
もう夜も開けて朝日が顔を出し始めていた。
麗奈が死んでから僕は泣き叫んで、前より一層部屋に引きこもるようになったんだったな……。
僕のせいで、麗奈が死んだと言っても過言ではないだろう。
あぁ、この世界に来る前にも誕生日が来たけどその日は麗奈の命日でもあって部屋にずっといたんだっけな……。
この異世界に来る事がわかってれば、こんな僕を今まで育ててくれた母さんや父さんにお礼の1つでもしたかったな……。
最後になるってわかってたら、もっと皆と沢山話したのに。
もっと、沢山『ありがとう』って言いたかったな。
思い出すと、後悔の念で押し潰されそうになる。
そして、この異世界に来てからも親のように優しくてくれたポーラさんやセル村の人達を失った。
その事実が、僕の心に重くのしかかって自然と涙が出てきた。
もちろん、こんな悲劇になったのは僕のせいでもある。
だが、果たして全部僕が悪いのだろうか?
世界やら運命やらを創っているのは神と聞いたことがある。
だから、僕は神様を信じない。信用しない。
神様が悪い。神様がこんな悲劇を創り出したから悪い。
そうやって、神様を恨むことで僕は自分の心を軽くする事しか出来ないような惨めな状態だった。
もちろん、僕にスキルとかをくれたおじいさんの神様には感謝はしているが、信用はしていない。
なんか、あの神様胡散臭いんだよな……。
本当に神様ではあるんだろうけど、何か裏があるように思えて仕方がなかった。
僕は、行動できなかった後悔。そして無力感。
いつだったか、学校虐められたときや麗奈が死んだ時と同じように感情が薄れていくのがわかった。
思い描いていた、楽しい異世界生活と現実の――乖離感。
大切な人達を失った――亡失感。
自分が何をすればいいのか分からなくなる――自虐感。
何もしたくない、生きているのが辛い。心が締め付けられて息苦しくなるような――――喪失感。
そんな暗い感情が僕を支配していた。
もういっそ、死んだ方が楽なのかもしれない。
けれど、僕には守るべき約束がある。
――――メアを護ること。
だから、僕はまだ……死んではいけない。
メアに心配させないようになるべく明るく振る舞わなければいけない。
言い換えてみれば、自分の感情を押し殺して演技でメアを騙す。
いや、自分をも騙す必要がある。
大丈夫だ。僕はもう、川崎健人じゃない。あの頃の僕はもういない。川崎健人の記憶を忘れろ。
思えば、僕へのイジメは最初は名前の弄りから始まった。
川崎健人と、テレビとかによくでてイケメンの俳優の山﨑〇人とかいう人と名前が似ていたから。
その俳優さんと僕は、名前が似ているというだけで比べられるようになっていったんだったな…………。
母さんや、父さんから貰った大切な名前。けれど、同時に辛い思い出の原因。
母さん達には申し訳ないけれど、この世界の唯一の大切な妹のような存在のメアを護るために、僕は地球での川崎健人としての生活の日々を忘れようと決意した。
僕は、7個のチート能力を持っているこの世界の住人――――ノアだ。
そう自分に言い聞かせてちゃんと明るく振る舞えるか、地球での嫌な思い出を忘れられるか不安を感じながら演技を始めた。
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