第98話
夕日が差し込む廃工場の中に、
「ああああ……」
柏川がモスから強制転移されてくる。
「くっそおおおお!」
柏川は怒り任せに、地面を殴りつけた。
「あの野郎! 絶対許さねえ! ブッ殺してやる!」
柏川は、もう1度モスに向かおうとした。しかし異世界ナビは、いくらスイッチを入れても起動しなかった。
「あの野郎おお!」
柏川は異世界ナビを地面に投げつけた。
「これじゃ、あの野郎をブッ殺しに行けねえじゃねえか!」
柏川は怒鳴ってから、
「いや、あの野郎だって、ずっとあの世界にいるわけじゃねえはずだ。こっちに戻って来たところでブッ殺せば……」
柏川は携帯を手に取ると、ラインで仲間たちに呼びかけた。
こうなったら、野郎の家に直接乗り込むから全員東京に来い、と。
しかし、返ってきたのは、
「ヤダよ」
「冗談じゃない」
「嫌よ」
拒絶のオンパレードだった。
「そんなんだから、てめえらはダメダメなんだよ!」
柏川が、いらだたしげに送信すると、
「そんな言い方……」
「そうだよ」
「だいたい、あんな化物が相手なんて聞いてないよ」
「あいつこそ悪魔だ」
また仲間たちの消極的な返事が並んだ。
「情けねえこと言ってんじゃねえ!」
柏川は仲間たちに発破をかけたが、
「ヤダよ」
「冗談じゃねえよ」
「嫌よ」
やはり答えは同じだった。
「やりたきゃ1人でやれよ。オレはもうごめんだ」
「オレも」
「私も」
その送信を最後に、もう誰も柏川の書き込みに答える者はいなかった。
柏川の誘いに乗ったのは、悪魔と契約して無敵になったと思えばこそ。その前提が覆された以上、柏川の復讐に付き合う義理などないのだった。
「て、てめえら……」
柏川は怒りに肩を震わせると、
「このクソどもがああ!」
携帯を投げ捨てた。
そんな柏川の耳に、
「あー、ヤダヤダ。男のヒステリーとか、みっともない通り越して終わってるね、君」
同年齢と思われる男子の声が届き、
「ホントよねえ。そんなんだから、前の仲間にも見捨てられちゃったんだろうに、全然懲りてないしい。超受けるー」
さらに少女の含み笑いが聞こえてきた。
「てめえら!」
柏川は声の主を知っているらしく、周囲に視線を走らせる。
「出てきやがれ! ブッ殺してやる!」
「そう言われて、出ていくわけないじゃん。バカなの? ああ、バカなんだっけ。ごめんね。ホントのこと言って」
少年は嘲笑した。
「ホント、バカよねー。大口叩いて乗り込んだ挙げ句、アビリティ奪われちゃうとか。これじゃ、なんのために契約したんだかわかんないってゆーかー」
「丸損だね」
「うるせえ! そんなもん、すぐに取り返してやらあ!」
「それは無理だよ。だって君、ここで死ぬんだから」
「なんだとお!?」
「やり過ぎなんだよ、君。だいたい今時、復讐とか熱血とか流行んないんだよ」
「ましてー、あんたみたいな奴の復讐の手伝いなんて、誰がするかってーの」
「ふざけ」
「て、ことで、バイバーイ」
少年がそう言った直後、
「ぎゃああああ!」
柏川の体が燃え上がった。そして炎が柏川の体を焼き尽くしたところで、
「はい、おしまいっと」
1人の少年が闇の中から姿を現した。
「あー、スッキリした」
少年は晴れやかな顔で伸びをした。
「ホントにねえ。あいつ、マジでウザかったもんね」
少年に続き、中学生らしき少女が現れた。
「冴草も、そう思うだろ?」
まだ小学生のあどけなさを残している少年は、終始無言を貫いていた連れに話しかけた。
「そんなことより、しゃべり過ぎだ、おまえたち」
冴草は連れの2人をたしなめた。今回は相手が相手だけに、予定外のことは極力控えるべきなのだった。
「言われただろう。柏川が相手をしていた永遠長という男は、一種のサーチ能力を持っていて、1度マーキングした相手をどこまでも追跡することができると。下手をすると、今の会話も聞かれていたかもしれん」
「いーじゃん、別に」
少年は、あっけらかんと言った。
「悪魔と契約したのが、アイツらだけじゃないことぐらい、アッチだってわかってるだろうし」
「そうよお。そもそも手を出したのはあいつらであって、あたしらじゃないしー。あたしはただ、のんびり楽しく平和に暮らしたいだけなんだからさー」
少女もうなずく。
「もういい。行くぞ」
冴草は嘆息した直後、
「はいはい」
「お疲れー」
3人の姿は闇の中へと溶け込んだ。
そして、この一連の出来事を、一駅程離れたビルの屋上から覗き見ている女性がいた。
「あら、珍しいわね」
吹きすぎる風に銀髪をなびかせながら、風花は振り返った。すると、そこには赤い長髪と瞳をした、メイド服姿の女性が立っていた。
「こんなところまで、わざわざ出向いて来るなんて。私に何か用かしら、静火?」
風花は、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「それは、あなたが1番よくわかっているのではありませんか、風花さん」
静火と呼ばれた女性は、無表情のまま切り返した。
「さあ、とんと心当たりがないわねえ」
風花は空々しく惚けて見せた。
「あくまでも、惚けるつもりですか」
静火の瞳が輝きを増す。
「怖いわねえ。あ、もしかして、あのことかしら? 例の「マジックアカデミー」学園長就任の件」
「マジックアカデミー?」
「あら? 知らなかったの? 異世界ストア、世界救済委員会に続き、創様が地球を守るために創設した第3の組織よ」
風花は微笑した。
「そして、私は晴れて、その初代学園長に任命されたというわけ」
「…………」
「そのとき、創様はこう仰っておられたわ。勇者、ヒーローときたら、やっぱり次は魔法少女だよねって」
そのときの活き活きとした創造主の顔を思い出して、風花はクスクスと笑った。
「でもねえ。正直、今1つ乗り気しないのよねえ」
風花は、人差し指に髪を巻き付けた。
「だって、そうでしょう。異世界で魔法使いを選んでいる女の子は、言ってしまえば全員魔法少女なわけだし、世界救済委員会が推奨するキャラの中にだって、ちゃんと魔法少女があるんですもの」
楽楽も、その1人だった。
「なのに、今さら魔法少女を量産したところで、インパクトが薄いっていうか、新鮮さが乏しいのよねえ」
「…………」
「まあ、創様にとっては、かわいい魔法少女がイッパイいること自体に意味があるのでしょうし、創様にお願いされた以上、私もちゃあんと学園長としての勤めを果たすつもりではいるけれど。ここだけの話、魔法少女の育成以前に、本当に創様が地球人の存続をお望みなら、欠けているファクターがあると思うのよねえ」
「欠けているファクター?」
「敵よ」
「敵?」
「そう、敵。それも、この世界でのね。異世界でモンスターと戦わせるのもいいのだけれど、どうしてもゲームの域を出ないのよねえ。復活チケットがあるから」
風花は肩をすくめた。
「創様としては、子供たちが楽しみながら強くなるための配慮だったのでしょうけれども、本当の意味で自分の命がかかっていない戦闘なんて、いくら積み重ねても実戦じゃ役に立たないわ。それこそ、ちょっと強い相手が出てきたら、恐れをなして逃げ出すのが関の山よ。命惜しさにね」
「…………」
「私の見たところ、今の段階で実戦で使えそうなのは「マジカリオン」「ロード・リベリオン」「ノブレス・オブリージュ」のような、すでにこの世界の危機を知っている子たちを除けば、100人いるかいないかってところじゃないかしら」
風花に言わせれば、烏合の衆をいくら集めたところで時間の無駄でしかないのだった。
「その意味で、大地君のしようとしたことって、私的には間違ってなかったと思うのよね」
結界が崩壊する前に、地球人に魔物の存在を認識させて地球人への警告とする。
「そうすれば、バカな地球人も地球が自分たちの所有物ではないことを痛感して改心したかもしれないし、この先、本当のハルマゲドンを迎える日までに、それなりの対策を講じたでしょうから」
「……だから、地球人を「契約者」に仕立て上げたわけですか? 明確な「敵」を作り上げることで、地球人に命懸けの実戦を経験させ、反省を促すために」
そう問いかける静火の表情には、やはり微塵の変化も見られなかった。
「なんのことかしら? あれは悪魔の仕業でしょう?」
風花は惚けた。
「それは自白と受け取って、よろしいのでしょうか?」
静火は皮肉った。というよりも、心の底から、そう思っているようだった。
「酷い言い草ね。そんなんだから水乃に嫌われるのよ」
風花は苦笑した。
「でも、そうね。もし、そうだとしたら、それに何か問題があるのかしら?」
風花は小首を傾げた。
「現状で、もし地球の結界が崩壊すれば、人類の半数は死ぬことになるんじゃないかしら。そして、その場合、善人と呼ばれる者たちも当然含まれることになるわ。割合的には、そうね、0.01パーセント、と言ったところかしらね?」
それを未然に防ぐために、今の段階で「こいつら死んだほうがマシ」という人間をいくつか見繕って「敵」として「勇者」や「ヒーロー」にぶつけて、彼らの成長を促す。
「それができれば、たとえその過程で双方の陣営に多少の犠牲が出ようとも、総じて見れば死者数は、少なくて済むのではなくて?」
「……もし、その「契約者」によって想定以上の被害が出た場合は、どうするのです?」
「いいじゃない。そうなったらそうなったで」
風花は、さらりと言い切った。
「だいたい今の地球人て、数が多過ぎなのよ。地球人の適正数なんて、それこそ50億、いいえ30億で十分なのよ」
風花の目は本気だった。
「創様だって、そう。本当のところ、創様が地球人に肩入れしてるのって、地球にオタク文化があるからでしょ? もし現時点で、地球人が今ほどオタク文化を発展させてなかったら、果たして創様はここまで地球人の存続に熱心だったかしら?」
風花は、口元に人の悪い笑みを浮かべた。
「それって結局のところ、創様にとっても地球人なんて、その程度の存在でしかないってことでしょ。実際、今の地球人てロクなことしてないし。ハッキリ言っちゃうと「どうして生きてるの、こいつら?」ってレベルで、存在価値なんて皆無じゃない」
「わたくしは、そうは思いません」
即答する静火に、風花は目を瞬かせた。
「意外ね。あなた上辺はともかく、本音のところでは地球人のことを軽蔑していて、そこだけは私と気が合うと思っていたのだけれど」
「…………」
「私の知らないところで、何か心境の変化が起きるようなことでもあったのかしら?」
「あなたには関係のない話です」
そう言い捨てる静火の脳裏に、かつてのマジカリオンメンバーたちの顔がよぎる。
「それって、ひょっとして永遠長君の真似かしら? 確かに彼、面白いものね。創様も、前「私には、なんの関係もない話だ」とか「雷轟電撃!」とか、真似してたし」
「…………」
「あの子って不思議よね。善かと言えば善ではなく、悪かと言えば悪ではない。まさに混沌の申し子って感じで。これで、あの子が本当に闇堕ちしたら、さぞ面白い見世物になるでしょうね」
その日が今から楽しみだった。
「……以前にも、似たようなことをしようとして失敗しておいて、まったく懲りていないようですね」
静火は冷ややかに言った。
「あれは、あの子たちの暴走でしょ。あの子たち、この星に創様が居るって知らなかったみたいだし。それで悪巧みがバレて全員降格処分て、ホント、どこまでも笑わせてくれるわ」
風花は含み笑った。
「なんにせよ、私の仕業だと言うのであれば、口でなく明確な証拠を出してからにしてほしいものね。私が犯人だという、物的証拠を。もっとも、そんなものがあれば、の話だけれども」
風花は静火に歩み寄った。
「だいたい、私に変な言い掛かりをつけている暇があったら、自分のことを心配なさいな」
風花は静火の胸に指を当てた。
「創様、言ってたわよ。マジックアカデミーの次は、地球防衛軍を創設して「スーパー戦隊」を結成させるって」
風花の言葉に、静火の眉がかすかに揺れ動く。
「さすがに、巨大化して戦う「超人」はバランスブレイカー過ぎるから断念したようだけれど。それも、いつ心変わりするか、わかったものではないわね。何しろ創様って欲望に忠実で「面白ければ、後はどうでもいい」って方だから。まあ、そこがかわいいのだけれど」
「…………」
「どうやら知らなかったようね。でも、それって創様の補佐役として、どうなのかしら? 創様の補佐を任されているくせに、創様の信頼を得てもいなければ実際何も役にも立っていない」
風花はフンと鼻を鳴らした。
「まったく、それでよく私のことを非難できたものだわ。本当、どうして創様は、あなたなんかをお側に置いているのかしら。私に任せて下されば誠心誠意、創様のお望みどおりに、あなたなんかとは比べ物にならないくらい、うまく補佐して差し上げるというのに」
風花は嘆息した。
「でも、それもいつまで続くかしらね。創様は寛容で懐深い方だけれど、それにも限度があるでしょうから。そうでなくても、下からあなたの補佐役としての能力に疑問の声が上がりだしたら、創様としても、あなたの処遇を考え直さざるを得なくなるでしょうし」
「………」
「せいぜい気をつけることね。これは、友人としての私からのチュウコク」
風花は静火の耳元でささやいた。
「それじゃ、私はこれで失礼させていただくわ。とにかく、私を吊し上げたければ、それ相応の証拠を持ってきてからにしてちょうだいな」
風花は静火の肩を軽く叩くと、その横を通り過ぎた。
「そうですか」
静火は正面を見据えたまま、おもむろに口を開いた。
「では、最後にわたくしからも忠告しておいてあげましょう」
「あら、何かしら?」
「あまり人間を侮らないことです。たとえ何をしようと、自分は決して傷つかない。そう高をくくっていると、後悔することになるかもしれませんよ」
「大地君みたいに、かしら?」
風花の目が細まる。
「ご忠告痛み入るわ。でも大丈夫。私、大地君ほど脇が甘くないから」
風花は右手を上げると、
「じゃあ、ご機嫌よう」
そう言い残して姿を消した。そして時を置かず、
「…………」
静火の姿も屋上から消失した。
不穏な空気だけを、ビルの屋上に残して。
今回でモス編は終了し、次からは十六夜たちの過去編となります。
読まなくても本編に支障はありませんので、興味のない方は127話にお進みください。




