第9話
「皆さん、1ヵ月の魔石集め、ご苦労さまでした」
廃城の庭園で、魔女は満面の笑みを浮かべた。そして、その魔女の前には1月前と同じ、室伏高校1年2組の生徒たちが、強制転移させられてきていた。石化された朝霞たちや、途中リタイアとなった島たちを含めて。
「では皆さんお待ちかね、結果発表と参りまーす」
魔女は白けた空気の中、1人拍手した。
「じゃ~ん! では、発表します。今回の魔石争奪戦、映えある優勝者チームは……」
魔女は無駄な間を取った後、
「小鳥遊、永遠長、朝霞、白瀬チームでーす!」
優勝チームのメンバー名を告げた。その発表に、
「え!?」
もっとも衝撃を受けたのは向井の所属する1位チームだった。
「ど、どういうことだよ?」
「ちょっと待ってよ」
「何よ、それ?」
1位チームの口から不満が噴出する。そして、それは他のクラスメイトも同じだった。
「なんで、こいつらが優勝なんだよ?」
「そうよ! 絶対おかしいわよ!」
「最初から出来レースだったんじゃ?」
「ああ、そうとしか思えねえ」
「だいたい、突然5000以上も増えるなんて、普通に考えてありえねえもんな」
クラスメイトたちから、溜まりに溜まった不満が怒りとなって吹き出した。たとえ、それが卑劣な手段であろうとも、実際にポイントで上回られたなら、まだあきらめもつく。だが、何もしなかった最下位チームが、出来レースで生き残るなど納得できなかった。
理不尽極まりない決着に、生徒たちが憤るなか、
「皆さん、ご静粛に」
魔女はパンと手を叩いた。
「皆さんの疑問は、もっともです。ですが、この結果に不正行為は一切ありません」
「イカサマしてねえ?」
「じゃあ、どうやって勝ったってんだよ?」
「昨日の夜まで、あいつらのポイント、全然動いてなかったよな?」
「今朝も見たけど、変わってなかったぞ」
クラスメイトの不審の目が、小鳥遊たちに集中する。しかし、もっとも困惑しているのは、当事者である小鳥遊だった。
実際、クラスメイトが言っているように、小鳥遊自身、自分たちが優勝するとは、さらさら思っていなかった。
なのに、結果は自分たちの優勝だという。さっぱり訳がわからなかった。
訳がわからない?
そう思った瞬間、小鳥遊の頭に1人の顔が浮かんだ。
「もしかして……」
小鳥遊は永遠長を見た。
「あんた、またなんかしたわけ?」
秋代も小鳥遊と同じ結論に達したようだった。この男なら、どんなトンデモをしても不思議じゃない。というか、それ以外、この状況の説明がつかなかった。
「タイムリミットぎりぎりで、魔石を1位より集めた。だから勝った。ただ、それだけの話だ」
永遠長は事もなげに言った。そして、その言葉に再びクラスメイトたちがざわめく。
「集めたって、そんなぎりぎりで、どうやって集めたってんだよ!?」
クラスメイトから疑問の声が飛び交う。
「この前、集めに行ったときに、どうすればポイントとして加算されるのかを色々と試してみた。その結果、直接手で触れない限り、ポイントとして加算されないことがわかった。そこで転移魔法で石を別の場所に集めておいて、タイムリミットぎりぎりでポイントに加算した。ただ、それだけの話だ。疑うのなら証拠を見せてやろう」
永遠長は呪文を唱えた。すると呪文の完成とともに、魔法陣の上に1万を超える魔石が出現した。
目の前に積み上げられた魔石に、クラスメイトたちが言葉を失うなか、
「てか、あんた、ここじゃ目立たないんじゃなかったの?」
秋代が冷ややかなツッコミを入れた。そのために、これまでも色々と画策してきたんだろうに、と。
「……絶対に勝てないとタカをくくっていた最下位チームが、最後の最後で大逆転したら、こいつらがどんな顔をするか見てみたかった。ただ、それだけの話だ」
「要するに、好奇心に負けたわけね」
「それに負けた以上、こいつらは魔神とやらの生贄になるんだろう。なら、知られても問題ないと判断した」
永遠長の言葉に周囲が絶句するなか、
「はーい。彼の説明で皆さん納得しましたね」
魔女はパンと手を鳴らした。
「というわけで、優勝者は間違いなく彼ら4人です。おめでとうございまーす。はーい。皆さん、拍手拍手ー。」
魔女はパチパチと手を叩いた。しかし祝福しているのは魔女だけで、周辺には白けた空気が流れていた。特に、絶対に生き残れると思っていた1位チームの絶望感は、ひとしおだった。
「では、優勝チームの4名は、約束通り元の世界にお返しするとして、残りの皆さんには魔神様の生贄となってもらいます。どちらも、おめでとうございまーす」
魔女が、そう話を締め括ろうとしたとき、
「勝手に話を終わらせるな」
永遠長が流れを断ち切った。
「こっちの要件は、まだ済んでいない」
「要件?」
「そうだ。おまえには、まだ聞きたいことが残っている」
「何かしら? 私は優しいから、答えられることなら答えてあげるわよ? 優勝して、なんのご褒美もないっていうのも味気ないものだし」
「聞きたいことは、いくつかある。だが今1番知りたいのは、異世界を移動する方法だ」
永遠長の質問を聞き、魔女は肩をすくめた。
「残念だけど、それは答えられない。というか、知らないの。あなたたちをこの世界に召喚したのは、あくまでも魔神様だから」
「ならば、その魔神とやらの居場所を教えてもらおう。俺が、その魔神とやらと直接会って問い質す」
「魔神様に、あなたが?」
魔女は含み笑った。
「おかしい。そんなこと、本気でできると思っているの?」
「おまえの意思など聞いていない。おまえは、いわば魔神とやらの使い魔なんだろう。ならば、おまえを通して魔神とやらの居場所を突き止めて、異世界の移動法を吐かせた後で始末する。ただ、それだけの話だ」
「始末する? 魔神様を?」
「だから、そう言っている」
「そんなことができると、本気で思っているの?」
「だから、おまえの意見は聞いていないと言っている」
永遠長は魔女へと踏み出した。
「人の人生設計を狂わせておいて、タダで済ませてやるほど、俺はお人好しじゃない。だから迷惑料として、異世界の移動法を聞き出した後で始末する。ただ、それだけの話だ」
「口だけとはいえ、魔神様に仇をなそうなんて、悪い子だこと。悪い子には、お仕置きが必要ね」
魔女は右手を上げた。すると、周辺に待機していた使い魔たちが、いっせいに永遠長に襲いかかる。それに対し、
「よっしゃあ! 戦闘開始じゃ!」
まず木葉が先陣を切って、リザードマンを切り捨てると、
「てか、そんなに魔神に会いたかったんなら、素直に負けてりゃよかったでしょうに。そうすりゃ嫌でも会えたのに」
秋代も炎を付与した剣でスケルトンを粉砕し、
「それだと、いきなり燃やされたりとか、会う前に殺されちゃう可能性があったから」
小鳥遊もリザードマンを一刀の下に葬り去った。
「こいつら、ここに来たときは、オレたちと変わんなかったはずだろ? なんで、こんなに強くなってんだよ?」
島の疑問は、すなわちクラスメイト全員の思いだった。
この世界でのレベルアップの仕組みやジョブシステムは、すでに島も熟知していた。しかし、それを考慮に入れても、この強さは異常だった。おそらくは自分たちが魔石集めをしている間も、ひたすらレベルアップに励んでいたのだろうが、人の体力には限度がある。たった1月で、ここまで強くなることなど、ありえない話だった。
「特訓したからに決まっとる! 友情、努力、勝利は、勇者のお約束じゃろうが!」
木葉が力強く言い放ち、
「何、偉そうに言ってんのよ。全部、永遠長のおかげでしょうが」
秋代が、ため息混じりにツッコミを入れる。と、その秋代の背後にオークが迫る。
「!?」
その気配を察した秋代は、フェニックスウォーリアーの飛行能力で空へと飛び上がると、
「オメガバースト!」
両手から撃ち放ったエネルギー弾でオークを吹き飛ばした。
「あー、ずっこいぞ、春夏!」
秋代に先を越された木葉は、
「ドラゴンバスターじゃ!」
負けじと必殺技を放った。そして木葉から放たれた人頭大の赤熱弾は、コボルド5匹を一瞬で焼失させた。
2人とも活き活きしてるなあ。
そんな2人に負けじと、小鳥遊もグラビティキャノンでヘルハウンドを圧殺する。
この時点で、すでに3人ともレベル50を超えており、もはや下級モンスターで対処できる次元を超えていた。そして小鳥遊たちの奮戦により、モンスターは着実に数を減らし続けていた。しかし、
「あらあら、この短い間に随分と強くなったのね」
それでも魔女には、まだまだ余裕があった。
「でも、私には敵わない」
「そんなことは、やってみなければわからない」
永遠長は異世界ナビの画面を召喚獣リストに切り替えると、
「出現」
50メートルを超える暗黒竜を召喚した。
「うおおおお! ドラゴンじゃ! カッコえええ! 永遠の奴、あんなもんまで持っとったんか!?」
木葉が羨望の眼差しを向けるなか、
「化現! バルムング!」
暗黒竜は永遠長の体内に吸い込まれていき、その身を漆黒の鎧へと変質させた。
「あらあら、魔神様からお聞きしてはいたけれど、本当に、この世界で召喚武装ができるのね」
魔女は楽しそうに声を弾ませた。
「けれど、その程度で魔神様に勝てると思うのは、自惚れが過ぎると言うものではなくて?」
魔女は召喚陣を形成すると、
「出てきて、アブソ-ル」
20メ-トルを超える水蛇を召喚した。
「おいで、アブソ-ル、私とひとつになりましょう」
魔女が手招きすると、水蛇は魔女の体内へと吸い込まれていった。そして魔女に取り込まれた水蛇は、彼女の全身を守る鎧へと変貌を遂げたのだった。
「どう? 私の召喚武装。素敵でしょ?」
魔女はくるりと1回転し、青白く輝く鎧姿を披露してみせた。
「驚いた? これが魔神様の御力。魔神様の御力を持ってすれば、あなたの専売特許である異世界での召喚武装ぐらい、この通り容易いことなのよ。つまり、あなたの力は魔神様の前では、その程度のものでしかないということ。それで魔神様に勝とうなんて、おこがましいというものじゃないかしら?」
魔女は、永遠長の傲慢を一笑に付した。しかし、永遠長に動じる色はなかった。
「そんなものは、ポイントがあれば誰でもできることだ。そのレベルなら、1000億ポイントというところか」
異世界ストアでは、クエスト達成により得られるポイントにより、異世界のものを自由に持ち出せる仕様になっているのだった。
「いいえ、魔神様の御力よ。そして、異世界の力を自在に使えるという、唯一無二のアドバンテージを失ったあなたには、魔神様はおろか、私に勝つことさえ到底不可能」
「これが全力だと、誰が言った?」
「え?」
「いいだろう。見せてやる」
永遠長は異世界ナビを手に取ると、新たに、サンダーバタフライ、サファイアタートル、ファイアーバード、サンドスパイダーを召喚した。
「化現!」
永遠長の呼び声に応じて、召喚された4体の召喚獣が彼の体内に飛び込む。
そして5体の召喚獣が、暗黒竜は胴体の鎧に、残る4体は両手足の装甲へと、それぞれ姿を変えていく。
「連結合体、ファイブ・サモンズ・アーマー、といったところか」
5体の召喚獣による力を確かめながら、永遠長は独りごちた。
「5体の召喚武装? そんな負荷に、普通の人間が耐えられるはずが……」
召喚武装は、1体でも装着者にかなりの負担をかける。それを5体同時など、魔女にも不可能だった。
「こ、こんなことができるなんて、魔神様は、一言も……」
「それは、そうだろう。その魔神とやらを倒すために、考えたものだからな」
「あ、あり得ないわ。こんなこと……」
5体の召喚獣を装着した永遠長の力は、魔女をはるかに凌駕していた。しかし、それと勝敗は別だった。
「それで、勝ったつもり?」
魔女は、両手から激しい水流を放出した。たとえ相手がどんな力を持っていようと、その力を使う前に倒してしまえば関係ない。これまでも自分を理解しない者は、この力ですべて排除してきた。水蛇の召喚武装をした自分に、敵などいないはずだった。
これに対し、
「カオスブレイド!」
永遠長は剣を一閃。
漆黒の刃は水流を切り裂くと、
「キャア!」
そのまま魔女を切り飛ばした。召喚武装していたことで致命傷こそ免れたものの、永遠長の力は明らかに魔女を凌駕していた。
このままでは負ける。
そう思ったとき、魔女の頭に魔神からのメッセージが届いた。
「わかりました、魔神様」
魔女はうなずくと、改めて永遠長を見た。
「魔神様からの伝言ですわ。異世界の移動法を教えることはできないが、優勝した報酬として、あなたが2番目に知りたがっていることを教える、と」
「2番目? そんなものは」
「あの日、なぜアマクニシラベが現れなかったか」
魔女の言葉に、永遠の口が閉じる。
「あの日、翌日の再会を約束しておきながら、アマクニシラベが現れなかったのは、子供を助けようとして車に轢かれてしまったから、だそうよ」
魔女から告げられた理由に、永遠長の眉間に、これ以上ないシワが寄る。
「本来ならば即死級の衝撃だったけれども、異世界で鍛えられていた彼女は一命を取りとめた。でも、頭部に受けたダメージにより意識が戻らないまま、今もホシザキ総合病院に入院している。これが魔神様からの、あなたへのメッセージよ」
「どこまでもバカな奴だ」
永遠長は言い捨てた。
「バカ?」
魔女は眉をひそめた。
「そうかしら? 自らの身を投げ出し、子供を助けた。賞賛されこそすれ、罵倒されることではないのではなくて?」
「称賛されて、それになんの意味がある? 百歩譲って称賛とは、己が敬意を払うに値する者から受けるからこそ価値がある。ドブでのたうつボウフラからの称賛など不快でしかない。ここにいる連中が、そのいい見本だ」
永遠長はクラスメイトたちを見回した。
「今回のチーム戦、もしここにいる連中が、全員で生き残る方法を考えようとしていたならば、あるいは結果は違っていたかもしれない。そして、ここにいる全員が生き残る方法はあった。たとえば1人1人が魔石を1つだけ持ち、最終日を迎える、とかな。そうすれば全員が横並びの1位という形となり「1位だけが生き残る」という、魔神とやらが出した条件を全チームがクリアすることもできたかもしれない。しかしこいつらに、そんな考えは微塵もなかった。考えていたことは、ただただ自分が生き残ることだけ。そんな連中の感謝はおろか、好意も好感も不快でしかない。むしろ嫌われたほうが、せいせいする。なぜなら嫌うということは、こいつら自身が、俺が自分たちとは違う、異質の存在であると認識しているという証なのだからな」
永遠長の容赦ない糾弾に、クラスメイトたちが鼻白む。
「自分と一緒にしていいのは、アマクニシラベだけ、というわけね。ならば、なおさら彼女を助けなくてはならないのではなくて?」
魔女は微笑した。
「……おまえには関係ない話だ」
永遠長は魔女に右手を突き出した。そして小鳥遊の「封印」のクオリティで魔女の動きを封じようとしたとき、
「え?」
不意に魔女の体が炎に包まれた。
そして永遠長たちが見つめるなか、魔女は跡形残らず燃え尽きてしまった。
「何?」
「どうなってんの?」
困惑する一同だったが、事態はこれで終わらなかった。魔女が焼失した直後、今度はクラスメイトたちが一斉に姿を消してしまったのだった。
「マジでどうなってんのよ、一体?」
秋代がボヤいた直後、4人の異世界ナビが振動した。
「着信? どこからよ?」
秋代たちはナビを見た。すると、メールは異世界ストアの運営からのものだった。
そして、その内容は、
魔神のことは、異世界ストアも把握していたこと。
そして、その魔神の行動が、異世界ストアの経営に支障をきたすと認識していたこと。
そのために、異世界ストアでも魔神を追跡し、たった今、配下であった魔女ともども、その討伐を完了したこと。
そして永遠長たちを除くクラスメイト全員を、無事元の世界に送り返したことが記されていた。
そして最後に、今回のことに異世界ストアの機能が利用されたことへの謝罪と、永遠長たちが被った被害に対し、それぞれに「1年間の異世界フリ-パスチケット」「3000万ポイント」「異世界ナビ購入権1枚」を進呈すると書き添えてあった。
「おお! つまり、これでわしらはこれから1年、どこの異世界でも自由に行けるっちゅうことじゃな!」
木葉は無邪気に喜んだ。その一方で、
「これで今回の件からは手を引け、というわけか。ていのいい口封じだな」
永遠長は召喚武装を解いた。すると直後に、別の鎧が永遠長の体に装着された。
「うお!? 今度は、なんのモンスターの鎧じゃ!?」
木葉は好奇心に目を輝かせた。
「これは、この世界で俺が元々着ていた鎧だ。おそらく魔神とやらが討伐されたんで、戻って来たんだろう」
「かっちょえー! わしも着たい! 貸してくれ!」
「ダメだ。と言うより、無理だ。これは、あくまでもカオスロード専用の鎧だからな」
「そうなんか」
がっくりと肩を落とす木葉を、
「そんなことより!」
秋代が押しのけた。
「さっきのは、どういう意味よ?」
秋代は聞きとがめた。
「そのままの意味だ。ストアとしては、異世界の移動方法を知られたくなかったんだろう。商売の根幹に関わる話だからな」
「まあ、そうね」
「だから、あの女を始末して、こっちには1年間のフリーパスチケットを送ることで手打ちにしようとした」
「て、待ちなさいよ。あんたの言い草だと、まるで今回の1件、異世界ストアが黒幕みたいに聞こえるんだけど?」
「その可能性がある。という話だ」
「その根拠は?」
「タイミングが良すぎる」
「まあ、確かにね」
「それに、ここに来てから他のプレイヤーをまったく見ていない。つまり、それは何者かが、地球からの転移を不可能にしていたうえ、それまでこの世界にいた全プレイヤーを、地球に強制送還したということになる。魔神とやらが、どんな強力な力を持っていたのか知らないが、この世界に結界を張って、地球から誰も侵入させないだけならばともかく、それまでいた何人いるともわからない地球人をすべて把握し、強制送還させるような細かい作業をできたかとなると疑わしい」
そんな真似ができる者がいるとすれば、それはプレイヤーの全情報を握っている、異世界ストアの運営だけだろう。
しかし、その永遠長の推測も憶測に過ぎず、真相は闇の中だった。
「まあ、それはそれとして」
秋代は、もう1度メールに目を落とした。
「なんなわけ? この3000万ポイントと異世界ナビ購入権って?」
秋代は、さっきからずっと気になっていたのだった。
「さっきも、あんた、あの魔女にポイント交換がどうとか言ってたけど?」
「ポイントは、異世界で冒険者ギルドから支払われる報酬とは別に、異世界ストアから支給されるクエスト報酬のことだ」
「クエスト報酬? それ集めると、何かいいことあるわけ?」
「これを一定数貯めると、異世界で手に入れたアイテムや宝を日本に持ち帰ることができる」
「マジで?」
秋代は身を乗り出した。
「で? で? 3000万ポイントだと、どれくらい持ち帰れるわけ?」
秋代は鼻息を荒げた。
「金貨3000枚ぐらいだな。だいたい金貨1枚が1万円だから、3000万円というところだ」
「さ、3000万円!」
秋代は思わぬ臨時収入に目を見開いた。
「もっとも、手持ちの財産がない今のおまえたちには、宝の持ち腐れでしかないがな」
ここまでクエストで稼いだ金は、ほぼすべて生活費と装備代に消えてしまっていたのだった。
「つまり、現実で現金を手に入れるためには、地道にクエストをこなさなきゃならないってこと?」
「そういうことだ。1件の依頼をこなせば、最低1件で金貨1枚分ぐらいのポイントは手に入る。だが、そのためにはチケット代として1日100円かかるから、差し引きすると9900円が懐に入る計算になる。もっとも、同じだけバイトをしていれば月に5、6万は稼げるだろうから、収入としては知れている。しかしクエスト次第で、今回のように多額のポイントを獲得できる可能性もあるから、そう考えれば普通のバイトよりも、おいしいとも言える。実際、金を稼ぐために異世界に来ている奴らもいるからな」
「あ、あんた、確か、ここに5年いるって言ってたわよね? て、ことは、もうかなりのポイントを稼いじゃったりなんかしちゃったりなんかしてるわけ?」
秋代は動揺を抑えつつ、永遠長に探りを入れた。
「今で、だいたい5億ぐらいだな」
「5億!」
秋代と木葉の声が重なった。
「よっしゃ-! そういうことなら、わしも明日からクエストこなしまくってポイント稼ぎまくってやるぞ! 目指せ、億万長者じゃ!」
木葉は鼻息を荒げた。
「て、その前に帰るのが先でしょうが」
秋代はそう言ってから、
「て、どうやって帰るの、あたしたち?」
根本的な問題に立ち返った。クラスメイトは異世界ストアの力で元の世界に戻ったようだが、秋代たちは戻る方法など何も知らされていないのだった。
「異世界ナビを見てみろ。移動できる異世界の一覧に地球がある。そこを押せば戻れる」
永遠長に言われ、秋代たちは異世界ナビの電源を入れた。すると、
「あ、本当だ」
これまではなかった「移動可能な異世界」の項目が追加されていた。
「おお! これで、わしらも永遠長と同じように、この異世界を自由に行き来することができるようになったっちゅうわけじゃな!」
木葉は無邪気に喜んだ。
「たく、あんたは本当、能天気でいいわね」
秋代は嘆息した。
「ま、いいわ。とにかく、これで帰れるってんなら、さっさと帰りましょ。早く帰ってシャワー浴びて、さっぱりしたいわ」
秋代は地球への帰還ボタンを押した。すると、秋代の姿が忽然と消えた。
「そうじゃな。わしも早く、あっちの飯を腹いっぱい食いたい」
木葉と小鳥遊も秋代の後を追い、
「…………」
最後に残った永遠長も、誰もいなくなった廃城を見回した後、地球に戻っていった。
こうして1ヵ月に及ぶ秋代たちの異世界生活は、どこか不完全燃焼ながら、とりあえず一応の決着をみたのだった。