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第88話

 そして迎えた、木葉待望の昼休み。


 一同が屋上に集ったところで、永遠長は新イベントの概要を発表した。


「異世界競技会?」


 永遠長の口から出たイベント名に、秋代たちは顔を見合わせた。


「そうだ。これまでのイベントはギルド戦か武術大会、でなければモンスターの討伐数や特定のアイテムの獲得数、もしくは早期クリアを競うイベントの繰り返しだった。異世界ストアの目的が、プレイヤーのレベルアップにある以上、やむを得ないところもあるがマンネリ感が否めない」


 永遠長自身、イベント告知を見るたびに「またか」と思っていたのだった。


「まあねえ。でも選手権て、具体的に何するわけ?」


 選手権と一言で言っても、陸上競技、球技、格闘技と、色々あるのだった。


「それは、その時々において変えることになる。今回は初回と言うことで、個人でも参加できる陸上競技にするが、好評ならバレーやサッカーといった団体競技も選択肢に入れ、その回ごとに行う競技を変えれば、同じ選手権イベントでも、それだけマンネリ感が薄れるだろう」

「なるほどね」

「それに、このイベントには他にも意味がある」

「何よ?」

「プレイヤーのストレスを解消させることだ」

「ストレス?」

「そうだ。おまえたちも知っている通り、異世界ストアのプレイヤーには、地球におけるクオリティの使用が禁止されている。そのせいで、学生が大多数を占めるプレイヤーたちは、学校生活において我慢を強いられている」

「まあ、そうね」

「それはプレイヤーたちにとってストレスだろうし、こう思っているはずだ。クオリティさえ使えれば、こんな奴らに負けないのに、と」

「その鬱憤を、異世界で競技会を開くことで解消させてやろうってわけね」


 これまで異世界で培った力を戦闘や宝探しではなく、スポーツで活用できる機会を作る。そうすれば、確かに良いストレス解消になりそうだった。


「そして各競技の優勝者や上位入賞者には、これまでのイベント同様、ポイントを与える。そうすれば戦闘や宝探しには不向きなクオリティの持ち主でも、ポイントを稼ぐために参加してみようと思う者も出てくるだろう」

「確かにね。武術大会やアイテム探しだけじゃ、有利になるクオリティは限られるもんね」

「そういうことだ。ただし、今回は初めてということもあり、どれだけの参加者が集まるかわからない。そこで今回の競技会では、各競技とも参加できる人数をあらかじめ定めておき、定員に達したところで、募集は締め切るものとする」

「まあ、仕方ないわね」


 秋代も運営側に回って初めて知ったことだが、現在の異世界ストアの利用者数は、全世界で10万人を超えていた。そのため、たとえ利用者のうち1パーセントが参加したとしても、1000人が参加することになる。どれだけの参加希望者が集まるか不明な以上、出場者数を制限しておくのは、やむを得ないところだった。


「このイベント告知は、今日の午後6時に行うものとし、エントリーの締切は今週末、開催は来週の土曜日、雨天の場合は日曜日に順延するものとする」

「ずいぶん急ね。ルールとかも決めなきゃなんないんだし、もうちょっと先でもいいんじゃないの? もう、次のイベント告知もしてあるんだし」

「ルールに関しては、すでに俺が詳細を取りまとめてある。今日のうちに、おまえたちのナビにも送信しておくから、問題点があればチェックしておけ。後で修正する。それと、急がせるのには理由がある」

「どんな理由よ?」

「最近、プレイヤーのモラルが低下している。今回の事件にしても、その発端はプレイヤーの暴走にある。そこで、地球人にとって身近な競技会を開催することで、これがゲームではなく、リアルな現実であることを、プレイヤーに再認識させる」

「なるほどね。地球にもある競技会を行うことで、プレイヤーにルールの大切さを改めて認識させようってわけね」

「そういうことだ。それと、もうひとつ」

「もうひとつ?」

「新イベントの告知に合わせて、異世界ストアの名称を変更する」


 これも、永遠長にとっては前々から考えていたことだった。


「変更って、なんに変えるってのよ?」

「異世界ギルドだ」

「異世界ギルド?」


 秋代たちは再び顔を見合わせた。


「異世界ギルドに異世界選手権て。もうちょっと、捻りの効いた名前は考えられなかったわけ?」


 秋代が皮肉った。


「こんなものに捻りなど必要ない」


 必要なのは、利便性と汎用性なのだった。


「まあ、いいけど。ストアよりは貫禄あるし、正直ストアってありきたりだし、商売っ気が全面に出過ぎてて名乗るには抵抗があったから」


 まず秋代が同意すると、


「いいんじゃないかな? 異世界ストアのやってることって、異世界の冒険者ギルドがやってることと似てるし」


 小鳥遊も賛同した。


「確かに、そうね」


 冒険したい人間を集って、その冒険者たちが望む場所へと送り出す。言われてみれば、異世界ストアの行っていることは冒険者ギルドと同じだった。


「それと、後ひとつ知らせておくことがある」

「まだあんの?」


 秋代は眉をひそめた。


「たいしたことではない。今度、真境司を異世界ギルドに採用することにした。ただ、それだけの話だ」


 永遠長は淡々と言い、


「は?」


 秋代たちの目は、しばし点になった。


「まだ、本人からの正式な返答は聞いていないが、もし承諾を得られた場合、真境にはモス方面の管理を任せることになる。よって、これ以上の真境への干渉は無用であり、もしおまえたちがこの先も真境の行動を阻害しようとするならば、俺への敵対行為とみなして、俺がおまえたちを始末する」


 傲然と言い放つ永遠長に、


「ちょっと待って。真境って、あの真境のこと? 昨日、あたしたちが戦った?」


 とりあえず秋代は確認した。


「だから、そう言っている」

「あんたねえ」


 秋代は、こめかみを押さえた。


「あいつが何したか、わかってんの!?」

「当然、わかっている」

「それでなんで!?」

「あの男が、誰よりもモスの平和を願っていて、そのために誰よりも行動しているからだ」

「けど、あいつは罪を犯して」

「罪? 罪とはなんの罪だ。言ってみろ」

「なんのって、だから、あいつは地球人をモンスター化して……」

「言っておくが、地球人のモンスター化に関する記述など、日本の公式文書のどこにも存在していない。そして存在しない以上、それは事件ではなく、事件ではない以上、犯人も存在せず、犯人が存在しない以上、逮捕されることも裁判にかけられることもない」


 永遠長の論法に、秋代たちは二の句が継げずにいた。


「た、たとえ日本の法で罰せられなくても、やったことが消えるわけじゃ」


 秋代は、なんとかそれだけ言い返したが、


「何を勘違いしている」


 永遠長は容赦なく切り捨てた。


「俺は、おまえたちに相談しているわけでも、同意を求めているわけでもない。あくまでも採用する旨を知らせているに過ぎん」

「過ぎんて、一応、あたしたちも異世界ストア、じゃなかった、ギルドの運営なんだから、人事権については口出しする権利が」

「ない。なぜならば、それ以前の問題で、今回の件において、おまえたちには発言権がないからだ」

「それ以前て何よ?」

「負け犬に発言権はない」

「ぐっ」


 秋代の顔が引きつる。


「あの男を処罰したければ、俺が動く前に、おまえたちの手で片を付けるべきだった。それができなかった時点で、おまえたちに俺の決定に口を差し挟む資格はない」


 永遠長は言い放つと、


「話は以上だ」


 これ以上の問答は無用とばかりに目を閉じた。そこへ、


「待って、永遠長君」


 小鳥遊が声を上げた。


「なんだ?」


 永遠長は薄目を開けた。


「真境君のことはわかったし、選手権をやるのはいいとして、スタッフはどうするの?」

「スタッフ?」


 秋代が聞き返した。


「うん。この前のオリンピックでも、政府は人手が足りなくてボランティアを募集してたでしょ? 異世界選手権は、あそこまでの規模にはならないとしても、参加人数次第じゃ、ここにいるメンバーだけじゃ回らないと思うんだけど?」

「確かにそうね。受付や選手の呼び出し、観客の誘導とか、トラブルが起きた場合の対応とか、やんなきゃなんないことがいろいろあるもんね」


 秋代は永遠長を見た。


「それなら問題ない。人員は、その気になれば1000人でも2000人でも調達できる」

「どうやってよ? バイトでも雇うわけ?」

「分身を使う」

「分身?」


 秋代は眉をしかめた。


「分身って、もしかして、あたしの剣の力を当てにしてるわけ? 言っとくけど、あれでできる分身は、まだ3人が限度で」

「おまえの雀の涙のような力など、最初から当てにしていない」

「くっ」


 返す言葉のない秋代に代わり、


「それって、永遠長君が必要な人数を魔法で調達するってこと?」


 小鳥遊が質問を引き継ぐ。


「そういうことだ」

「でも、それって大丈夫なの?」

「魔力的には問題ない」

「そういうことじゃなくて、スタッフとして動くってことは観客を誘導したり、苦情を聞いたり、選手の受付をしたりするってことだよね? 永遠長君、そういう接客業みたいなこと、大丈夫なのかなって?」


 小鳥遊の不安に、


「…………」


 永遠長は押し黙り、


「確かに」


 秋代は思わず吹き出してしまった。


「いつものように、ぶっきらぼうな対応してたら、それこそ、そこらじゅうで問題が発生しちゃって、競技会どころじゃなくなっちゃうと思うんだけど」

「問題ない。来場客は俺の分身を見ても、決められた役目を果たすだけのNPCとしか思わないだろうし、それでもクレームをつけてくる奴は絶対恭順で黙らせれば済む話だ」


 平然と言い切る永遠長に、


「……どうやら、コミュ力が必要なところは、あたしたちがやるしかないようね」


 秋代の目が、これ以上ない真剣味を帯びる。


「ともかく、新生異世界ストアの初イベント、絶対成功させるわよ!」


 気合を入れる秋代に、


「応! どんな勝負じゃろうが、わしは負けん! 優勝は、わしらのもんじゃ!」


 木葉が勢いよく応じた。


「…………」


 とにかくも、こうして異世界ストア改め異世界ギルドは、初イベントの開催に向けて活動を開始したのだった。


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