第86話
くっ!
腹に風穴を開けられた真境は、そのまま地上へと落下していった。
とっさにスライム化して致命傷は避けたものの、変身が少しでも遅れていたら終わりだった。
くそ!
真境は翼を広げると、なんとか地上に降り立った。そして追撃してくる永遠長に気づくと、その場から姿を消した。直後、永遠長は地上に降り立つと、
「…………」
背後に回し蹴りを放った。すると、
「が!?」
その蹴り足の先に真境が姿を現した。
「そんな小手先のごまかしが、2度も通用するわけなかろう」
先の洞窟での戦闘中、姿を消した真境を見て、小鳥遊は真境が透明人間になったと考えた。
とっさに、その可能性に気づいた小鳥遊の判断力は称賛に値するが、その推測は間違っていたのだった。
あのとき真境は、確かに小鳥遊たちの前から姿を消した。だが、それは透明人間に変身したからではなく、転移アイテムで瞬間移動したに過ぎなかったのだった。
「そもそも、透明人間になって消えるのは本人のみ。服まで消えることはない」
そのことは映画や漫画でも散々強調されているし、実際、異世界に生息するインビジブルストーカーも服までは消せない。
とはいえ、真境が姿を消すことができることに変わりはない。ならば、消えても居場所を特定できるようにしておけばいいだけの話。
そう考えた永遠長は、今度また真境が同じ手を使っても居場所を見失わないように、あらかじめ真境と連結しておいたのだった。
「く、くそ……」
下腹部を押さえてうずくまる真境に、
「どうした? スタミナが切れたなら、もう1度回復してやるぞ」
永遠長は無機質な目を向けた。それは、完全にモルモットの調子を観察する研究者のものだった。
「ふざけたことを……」
真境は永遠長を睨みつけた。
「ふざけてなどいない。言ったはずだ。おまえが本調子でないと、実験が滞ると。だから回復させる。ただ、それだけの話だ」
永遠長の目は大真面目だった。
「それが……」
真境は歯噛みした。
「ふざけてると言ってるんだ!」
真境はデビルに変身した。
「消え失せろ!」
真境は永遠長へと黒球を撃ち出した。悪魔の力で生み出した超高密度の重力弾であり、これに永遠長が接触すれば、その瞬間にブラックホールが発生する。
たとえ、どんな攻撃も跳ね返せる反射板でも、ブラックホールは跳ね返せない。
そう考えたのだった。
だが永遠長は向かってくる黒球に右手を向けると、
「回帰」
一瞬で消滅させてしまった。
「な……」
必殺の一撃をあっさり破られ、真境の顔に動揺が走る。
なんなんだ、この男の強さは? 俺の全力の攻撃を軽々と。
本当に、奴にとって俺程度はモルモットに過ぎんというのか!?
だとしても!
「フォルムチェンジ! フェンリル!」
真境は巨大な狼に変身した。
フェンリルは北欧神話に登場するロキ神と巨人アンクルボサの子供であり、ラグナロクにおいては最高神オーディンを飲み込み、神々に終焉をもたらすと言われている最強のモンスターだった。
当然、それだけに変身で真境にかかる負担は、並のモンスターの比ではない。だが、この神話級怪物であれば、永遠長を蹴散らすことぐらい造作もないはずだった。
「ウオオオオオオ!」
狼と化した真境は、咆哮とともに永遠長へと襲いかかった。だが、最強の狼が繰り出す牙や爪は、ことごとく鞘付きの剣に弾き返され、
「リミテッド・シュート!」
最後は永遠長に顎を蹴り飛ばされてしまった。
「俺はモナに誓ったんだ! この世界を守ると!」
フェンリルの力を一蹴された真境は、
「フォルムチェンジ! レヴィアタン!」
今度は巨大な海蛇に変身した。
レヴィアタンは、リヴァイアサンとも呼ばれる旧約聖書に登場する海の聖獣であり、その硬い鱗はあらゆる武器を跳ね返し、その力はサタンやベルゼブブを凌駕する最強の生物と記されている。
そして、その容姿は伝説においては巨大なクジラやワニ、後世においては海蛇や竜の姿でも描かれていて一貫性がない。そのためレヴィアタンへの変身は、完璧を旨とする真境の主義には反するのだが、勝利のためにはなりふりかまっていられなかった。
レヴィアタンには、どんな攻撃も通用しない! 今度こそ!
海蛇と化した真境は口から炎を吐きながら、永遠長に襲いかかった。
それに対して、
「リミテッド・ジョブスキル」
永遠長は海蛇に右手を突き出すと、
「波動!」
海蛇に向けて衝撃波を撃ち放った。
どんなに硬い鱗に覆われていようとも、空気振動までは防げない。
衝撃波を無防備で受けた真境は、その場に倒れてしまった。
まだだ!
追い打ちをかけようとする永遠長を見て、真境は変身を解いた。
「地球人のために、犠牲になった異世界人たちの無念を晴らすまでは!」
レヴィアタンが駄目なら!
「フォルムチェンジ! ベヒモス!」
真境の姿が、今度は巨大なカバへと変身する。
ベヒモスは、レヴィアタン同様、旧約聖書において神が創りだした存在と言われ、レヴィアタンが最強の生物であるのに対して、ベヒモスは神の傑作、完璧な生物とされている。
ベヒモスは山ひとつ程もある。これなら多少の衝撃波を食らっても問題ない。
ベヒモス化した真境は、その巨大な前足で永遠長を踏み潰しにかかった。それに対して、
「飛翔付与」
永遠長は空へと舞い上がると、
「重圧」
上空からベヒモスへと高重力を食らわせた。
があ!
鈍重なベヒモスに回避するスピードはなく、為す術なく押しつぶされていく。そして高重力によるダメージで、
「う、お、おお……」
真境の変身が解けたところで永遠長も手を止めた。
「な、なぜ、攻撃を止めた? この程度の攻撃で、俺を仕留められたと思ったか?」
真境は、地上に降り立った永遠長を睨みつけた。その言葉が強がりでしかないことは、誰の目にも明らかだった。しかし、それでも真境はあきらめることなく、
「2度と、モナのような人間を出さないために!」
今度は地竜へと変身した。これ以上の変身は命に関わる。そう体からサインが送られ続けていたが、知ったことではなかった。
「グオオオオオオ!」
地竜の咆哮とともに大地が振動し、巨大な岩石が地面から突き出る。
「自然を壊すなと言っている」
再び空へと飛び上がった永遠長を見て、
今だ!
真境の姿が地竜からプラチナドラゴンへと変化する。
プラチナドラゴンとは、世界に一匹しかいないとされるドラゴンの王であり、その名に相応しく、あらゆる魔法に精通している上に、熱気、冷気、音波、3種類のブレスを使うことができる。
そのなかで、真境が選んだのは、
食らえ!
音波だった。
もちろん真境も、この一撃で永遠長を倒せるとは思っていない。実際、永遠長は超音波を食らっても、地上に落ちる気配がない。おそらく「反射」の力でしのいだのだろう。が、それも真境の計算の内だった。
岩石攻撃から超音波によるコンボで、永遠長を倒せればよし。
もし倒せなくとも、炎や氷と違い、目視できない音波攻撃は「反射」で対処するしかない。加えて、永遠長の左右後方は、さっきの地竜による攻撃で岩石に取り囲まれている。
その状況で「反射」でも受け止めきれない、ドラゴンの一撃を受けたらどうなるか?
真境は動きの止まっている永遠長めがけて、巨大な尻尾を振り下ろした。
今度こそ、もらった!
真境は勝利を確信した。しかし、
バカな!?
確かに打ち据えたはずの永遠長は、無傷で空に浮かび続けていた。
真境の作戦にミスはなかった。だが、このときの真境は、ひとつだけ見落としていたのだった。
永遠長が、物理攻撃を受けてもダメージを受けないクオリティを使える、という可能性を。
そして真境の攻撃を「透過」で凌いだ永遠長は、
「カオスブレイド!」
鞘付きの剣から撃ち放った漆黒の刃を、プラチナドラゴンへと撃ち放ったのだった。
「……まだだ」
黒刃のダメージにより、再び人に戻った真境は満身創痍の体で立ち上がった。
「まだ俺は負けたわけではないぞ」
真境は必死に崩れそうになる膝を抑え込んだ。
「俺は負けん! たとえ死んでも、貴様のような奴に、これ以上この世界を好きにはさせん!」
真境の決死の覚悟と執念を、
「思いだけで勝てれば、誰も苦労はしない」
永遠長が容赦なく切り捨てる。
「黙れ! 貴様に何がわかる!」
「……そうだな、ここまでの戦いでわかったことは、おまえは自分の能力を使いこなせていない、ということだな」
「な、なんだと!?」
真境は鼻白んだ。
「でなければ、ラグナロクをもたらすというフェンリルが、人間ごときに蹴り飛ばされるわけがない」
永遠長の指摘に、真境は言葉に詰まった。
「プロビデンスだったか? おそらく「世界救済委員会」とやらが与えた力にも、クオリティ同様、レベルによる能力の向上余地があるんだろう」
「そういえば……」
確かに「世界救済委員会」とのアクセス時に、キャラとプロビデンスの能力は戦闘を重ねるごとにレベルアップしていく、と注意書きがしてあった。しかしモスでモンスターと戦う上では支障がなかったので、ここまで深く考えてこなかったのだった。
「だが! 俺とて、この2ヵ月、たえずモンスターと戦い、経験を積んできた」
「たかが2ヵ月程度で何をほざいている」
永遠長は一刀両断した。
「ゲームじゃあるまいし、2ヵ月程度で強くなれれば誰も苦労はしない」
唯一の例外は、木葉、秋代、小鳥遊の3人だが、これも永遠長の持っていたチケットと指導があればこそだった。
「黙れ!」
真境は、これまでになく声を荒げた。
この世界はゲームじゃない。
そのことは、この世界に来る前からわかっていた。わかっていたが、心のどこかで遊び半分でいる自分がいたことは事実だった。
だからこそ、必要のない技名を考えもしたし、モナに告白したときも、たいした照れも緊張もなかった。それこそ、恋愛ゲームの1イベントのように。
そして、そんな自分の浅はかさが取り返しのつかない悲劇を生んでしまった。
散々偉そうなことを言っておきながら、結局のところ、自分もモナを殺した3人組と同レベルの最低野郎。
その思いは罪悪感となって、今も真境の心を責め苛み続けていた。
だからこそ、もう2度と、こんな思いを誰にも繰り返させるわけにはいかないのだった。
そのためにも、この世界を地球人の手から守る。
それが真境にできる、せめてもの贖罪なのだった。
「フォルムチェンジ!」
真境は残る最後の力を振り絞り、
「スルト!」
炎を帯びた赤褐色の巨人に変身した。
スルトとは、北欧神話に登場する炎の巨人であり、ラグナロクにおいては炎の剣で地上を焼き尽くすとされている、真境にとっては最強最後の切り札だった。
スルトと化した真境が炎の剣を振り上げ、永遠長も応戦すべく身構える。と、そのとき、
「!?」
永遠長の身に異変が起きた。眉間からシワが消え、鋭かった目は大きく見開かれ、何度も瞬きを繰り返す。
「なんじゃ、こりゃああ!?」
木葉が目を覚ましたのだった。




