第84話
「ネルソン、あの3人で間違いないな?」
冒険者ギルドの片隅で、真境は確認を取った。その視線の先には、頭髪を茶色く染めた3人の少年の姿があった。3人の顔には笑みさえ浮かび、その態度からは人を殺した罪悪感など微塵も感じられなかった。
「うん。間違いないよ」
モナたちが殺された後、ネルソンは3人組を逃さないように仲間たちに尾行させていた。しかし、仮にも殺人を犯したにも関わらず、3人組に逃走する気配はなく、何事もなかったように冒険者ギルドに顔を出したのだった。
「おまえは、ここまででいい。後は俺がやる」
真境はネルソンを残して、3人組へと歩み寄った。そして、3人組のうちの2人の肩に手を置いた。
「なんだ?」
肩に触れられた2人は、真境を振り返った。だが真境は構わず、残る1人の口を右手で塞ぐと、
「黙って、ついて来い」
支配下に置いた3人組を連れて、冒険者ギルドを後にした。そして人気のない荒野まで来たところで、ある命令を下した後で3人組の支配を解いた。
「あれ? オレたち、なんでこんなところに?」
3人組は突然変わった風景に困惑したが、すぐに真境の存在に気づいた。
「おまえ、さっきの」
「これ、おまえの仕業かよ?」
「なんなんだよ、てめーは?」
3人組は腰の剣に手をかけた。
「やろうってんなら相手になってやんぜ!」
「覚悟はできてんだろうな!」
「見たところ、ロクな装備もねえじゃねーか。そんな奴が、この世界で3年以上冒険者やってるオレたちに、本気で勝てると思ってんのか!?」
3人組は息巻いた。
こっちは3人、相手は1人。しかも相手は、ほぼ無防備。負ける要素は皆無だった。
「おまえたちに聞きたいことは、ひとつだけだ」
真境は感情を押し殺した声で尋ねた。
「なぜ、モナを殺した?」
その真境の問いかけに、
「モナ?」
3人組は小首を傾げた。どうやら本気で忘れているようだった。
「モナって、誰だよ?」
「もしかして、さっきの色黒のことじゃね?」
「ああ、そういえば、ガキどもがそんなふうに呼んでたな」
「なんだ。おまえ、あの女の連れかよ?」
「もしかして恋人だったとか?」
「マジか? ウケる~。異世界人の、それも、あんなのが彼女なんてよ。リアルで、よっぽど誰にも相手にされないんだな」
「なんなら、俺たちが紹介してやろうか?」
「ああ、あんなのより、よっぽどいい女紹介してやんよ」
口々に勝手なことを言い募る3人組に、
「俺は! なぜ殺したのかと聞いているんだ!」
真境は声を荒げた。しかし3人組は、なおも悪びれた様子もなく、
「なに、ムキになってんだよ、おまえ?」
「そうだよ。たかがスラムのガキが1人2人死んだところで、別にどうってことねえだろ」
「そうそう。だいたい悪いのは、あいつらのほうなんだし」
むしろ自分たちの行為を正当化しだした。
「だよな。元々、ああなったのは、あのガキがオレの財布を盗もうとしたのが原因なんだからよ」
「そうそう。オレたちゃ、むしろ被害者様よ」
「それで、なんで文句言われなきゃなんねえんだっつーの。なあ」
「そうそう。オレたちゃ、あのガキに教えてやったんだよ。他人の物に手え出したら、どうなるかってことをよ」
「そしたら、あの女がやって来て、やり過ぎだとか、もういいだろとか勝手なこと言いやがってよ」
「だから、おまえがオレたちに付き合ってくれたら許してやるって言ったら、ふざけんなって逆ギレして、暴力振るってきやがってよ」
実際には、モナは肩に触れた手を振り払っただけなのだが、3人組にとってはそれも立派な暴力なのだった。
「だから、オレたちも仕方なく応戦したんだよ」
「よーするに、せーとーぼーえーだよ。せーとーぼーえー」
「ストアの規約にも書いてあるだろ。正当防衛なら、異世界人を傷つけても許されるってよ」
「そーそー、あの「背徳のボッチート」だって、この世界の人間をメッチャ殺してっけど、全部せーとーぼーえーってことで、お咎めなしって話だし」
「それに比べりゃ、オレたちのやったことなんて、かわいいもんだぜ」
「でも、あのガキの右手を切り落としたのは、さすがにやり過ぎだったんじゃね?」
「問題ねえよ。あんなもん、寺院に行きゃ、また生えてくんだし」
「それ、ディサースの話じゃね?」
「そうだっけ? まあ、いいじゃん。スラムのガキなんて、ほっといても毎日何人も死んでんだし。1人や2人増えたところで、どうってこたねえよ」
「むしろ、この世界のためになったんじゃね?」
「てか、スラムのガキ殺しても、罪とかなんのかな?」
「オレたち、賞金首になんのかな?」
「なったらなったまでだろ。ウザくなったら、2度とここに来なきゃいいだけだし、なんならあの背ボチみたいに、賞金出してる奴らを皆殺しにすりゃいいんだからよ」
「いいな、それ」
「そうすりゃ、オレたちも背ボチみたいに、一躍有名人だな」
「サインとかねだられたりしてな」
3人組は嘲笑した。この3人にとって、この世界はゲームであり、そこに済む人間はゲームに登場するNPCに過ぎないのだった。
「……よく、わかった」
真境は眼鏡をかけ直した。
「おまえたちが生きる価値のない、正真正銘のゴミクズだということがな」
真境の言葉を聞いて、3人組が気色ばむ。
「やろうってのか?」
「マジで勝てると思ってんのか?」
「はい。せーとーぼーえー、せーりーつ!」
3人組は剣を引き抜いた。そして真境も戦闘形態へと姿を変えていく。
頭からは2本の角が生え、背中からはコウモリのような羽が生え、肉体は巨大化するとともに漆黒へと変色していく。
そして間もなく変身を終えた真境の姿は、まさに伝承にある悪魔そのものだった。
「な?」
「なんだ、こいつ?」
真境の異様な姿に、3人組は鼻白んだ。
「ビ、ビビんな。ハッタリだ、あんなもん」
リーダー格が残り2人を叱咤する。
「あれが、あいつの能力なんだろ。きっと、変身かなんかなんだろ。見た目に騙されてんじゃ」
リーダー格の言葉は、そこで途切れた。本人の意志ではない。
リーダー格の眼前に瞬間移動した真境が、リーダー格の顔面を掴み上げたのだった。そして暴れるリーダー格に構わず、右手に込める力を少しずつ強めていく。
「離、痛え! やめ! 見てないで助け、ぐあああ! マジやめ、いでええ! ひい! ぎゃあああ!」
真境の込める力が強まるに連れて、リーダー格の声が悲痛なものに変わっていく。
「や、やめろ!」
「この野郎!」
残った2人が、真境に斬りかかる。しかし、あっさり真境に殴り飛ばされてしまった。そして、
「ギャアアアア!」
断末魔の叫びを残して、リーダー格の頭は真境に握り潰されたのだった。
「う……」
「うわあああ!」
リーダーの無惨な最後を目の当たりにした2人は、青ざめた顔で逃げだした。
それを見た真境は、右手を振り払った。そして右手から放たれた風刃が、2人の足を膝から切り離した。
「ひぎいいい!」
それでも、なお這いずって逃げようとする1人の背中を真境が踏みつける。
「て、てめえ、オレたちに、こんな真似して、ただで済むと思うなよ! 絶対、仕返、ぐええ!」
真境は、吠える少年の後頭部を掴むと、ジワジワと体を反り返らせていく。
「やめ、背中、背骨が、折れる。痛、嫌だ、やめ、誰か、助けて、ぎえ! うげ! ひ、ぎいやあああ!」
泣きわめく少年に構わず、真境は完全に少年の背骨をヘシ折った。そして虫の息となっている少年の胸を右手で貫くと、心臓を握りつぶしたのだった。
「う、ああ、や、やめろ! 来るなあ!」
最後に残された少年は、残された両腕で必死に後ずさった。
「オ、オレたちが何したってんだよ! 異世界の奴らがどうなろうが、おまえには関係ないだろ!」
少年の叫びは、心からのものだった。それが、自分に引導を渡す最後通牒になるとも知らず。
真境は少年に馬乗りになると、
「が!」
少年の顔面を殴りつけた。
「ぐあ! ぶ! ぎゃ! ぐえ!」
真境の少年への加撃はその後も容赦なく続き、
「…………」
それは少年が死んだ後も止まることはなかった。
復活チケットの効果によって、少年の亡骸が真境の前から消失するまで……。
そしてこれ以後、3人組がモスに現れることは二度となかった。
理由は、これまでと同様、真境の「魔物使い」の力によるものだった。が、その命令は、これまで真境が他の地球人に下していたものとは異なっていた。
真境は3人組を街から連れ出した際、こう命じていたのだった。
今度、地球に戻ったら日の当たる場所で吸血鬼に変身しろ、と。
そして3人組は、この命令を忠実に実行に移したのだった。
そのことが自分たちの身に、何を引き起こすかもわからないままに。
そして3人組を排除した真境は、本格的に地球人狩りを開始した。
地球人は見つけ次第モンスター化し、その地球人を使ってより多くの地球人を捕獲、モンスター化する。そしてモンスター化した地球人を地球でモンスター化させることで、彼らを地球人自身の手で始末させるように仕向けた。
また、それとは別に、真鏡が地球人と知り、殺害しようと近づいてきた教団を支配下に置き、信者たちに地球人狩りを行わせた。
どれだけの血を見ようと、もはや真境の心が揺らぐことはなかった。
モナとの約束を守る。
そしてもう2度と、地球人のせいでモナのような犠牲者は出させない。
真境の心にあるのは、それだけだった。




