表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/224

第82話

 夏風に秋の風味が混じり始めた晩夏、人気のない沼地で真境とモナは7つの首をもつヒドラと奮闘していた。


「フォルムチェンジ! ドラゴンアーム!」


 真境は右腕をゴーレムからドラゴンに変化させると、最後に残ったヒドラの首を切り裂いた。


「モナ!」


 真境の声に、


「任せて!」


 モナが弓を引き絞る。そしてモナの手を離れた火矢は、狙い違わず切り裂かれた首の付け根に命中した。


「やった!」


 ヒドラを仕留めたモナは、会心の笑みを浮かべた。


「ああ、これでクエスト完遂だ」


 真境の口元にも笑みが浮かぶ。


 真境とモナが、共闘を約束してから3週間。

 2人は、互いをファーストネームで呼び合うようになっていた。

 モナの顔にも笑顔が増え、真境に対する偏見と憎悪は完全に消え失せていた。

 とはいえ、全地球人への憎悪が消えたわけではない。

 できれば今すぐにでも地球人をモスから追い出したい。

 だが、そのためには力がいる。

 そして、その思いは真鏡も同じだった。

 特に真鏡は、元から弓の名手であるモナに比べ、ロクに体を動かして来なかった完全なインドア派。

 今のままでは猫1匹殺せない。

 だが、今の自分には救済者の力がある。この力を完全に使いこなせるようになれば、他のプレイヤーとも渡り合えるはずだった。しかし、そのためにはモンスター化による精神汚染を解決する必要があった。


 試した結果、モンスター化による精神汚染は、強力なモンスターに変身するほど強いことがわかった。しかし強力なモンスターに変身できなければ、強敵には勝てない。


 思案の末、この問題の解決策として真境がたどり着いたのが部分変身だった。


 そのモンスターそのものに変身するのではなく、その力の根源である部位、たとえばメデューサであれば頭だけをメデューサ化する。そうすれば、そのモンスターの力は発揮できるが精神汚染は軽微で済む。


 そして次に真境が取り組んだのは、変身するモンスターの種類を増やすことだった。しかし、この厳選は真境に想像以上の苦労を強いることになった。


 サラマンダー、イフリートなど、有名どころが揃っている炎系こそ簡単だったが、その後が続かなかった。


 水系はウンディーネ、風系はシルフしかおらず、男の真境が変身するには、少なからず抵抗があった。

 それでも部分変身なら問題ないと自分を納得させた真境だったが、次の土系は候補自体が見つからなかった。


 ゴーレムやガーゴイルなど、岩石でできたモンスターは色々といたが、土砂を操ったり、ゲームによくいる地割れや地震などを起こせる土系のモンスターは、古典的なファンタジー世界のモンスターには、ほぼ存在しなかったのだった。


 仕方なく、真境は泥のモンスターであるマッドマンと、植物を操れるトレントで手を打つことにしたが、理想には程遠かった。


 そして光系は、候補こそウィル・オー・ウィスプとサンダーバードがいたが、どちらも候補に入れるには微妙だった。

 ウィル・オー・ウィスプは本体が球体で部分変身は難しそうだったし、サンダーバードはアメリカ北西部発祥の神鳥だが、その容姿や能力の伝承は部族によって違っていた。

 それでも変身しようと思えばできたかもしれないが、具体性のないモンスターを候補に入れることは、真境のポリシーが許さなかったのだった。


 残る有力候補はドラゴンだが、ぶっちゃけドラゴン系は、それでよければ全部ドラゴンだけで済んでしまうし、消耗も激しい。何より問題なのは、誰でも考えつく上、バカの一つ覚えで芸がないということだった。


 もちろん、いざというときのためにドラゴンも候補に入れてはおく。が、真境としては、自分ならではの「これは!」というモンスターを、ひとつは変身候補に入れておきたかったのだった。


 そこで、真境が目をつけたのが巨人だった。


 巨人は、ギリシャ神話においては神の眷属であり、モンスターと定義するには微妙なところがある。しかもドラゴンと並ぶ強力なモンスターであるため、変身には多大な労力を要する。しかしドラゴンほどはメジャーではないし、巨人のなかには他にはない氷を操れる「霜の巨人」や、嵐や雷を呼ぶことができる「ストームジャイアント」がいた。

 そうした事情を吟味した末、真境は、この2体の巨人を変身候補に採用したのだった。


 その他、特定の効果を持つモンスターで使えそうなものとしては、


 飛行特化なら、グリフォン、ペガサス、バードマン。

 機動特化なら、ヘルハウンド、ケルベロス、ケンタウロス、ユニコーン。

 水中特化なら、シーサーペント、ケラーケン、半魚人。

 後、単純な戦闘力なら、ミノタウロス、オーガー。夜限定だと、狼男、吸血鬼、トロール。

 不死特化だと、ゴースト、レイス、リッチが候補となった。


 そして変身リストを完成させた真境が、次に行ったことは実戦訓練を兼ねた資金稼ぎだった。


 モナに聞いたところ、彼女の所持金はゼロで、今日まで森を寝床に、自給自足の生活を送ってきたらしかった。

 それを知った真境は、モナに人並みの生活をさせるため、モナに冒険者ギルドへの加入を勧めた。


「そんなものに加入しても、復讐にはなんの役にも立たない」


 そう言って最初は渋っていたモナだったが、


「地球人は異世界に来ると、冒険者ギルドに加入するのがセオリー。だから地球人を見つけるなら、冒険者ギルドを探すのが1番」


 という真境の説得を受けて、冒険者ギルドに加入した。

 そして、それからの3週間、黙々とクエストをこなし続けた真境たちは、ヒドラを倒せるだけの強さと、モナの衣食住を街で賄えるだけの資金を確保したのだった。


 後は、この世界から地球人を排除するだけ。しかし、その前に真境には、どうしても片付けておかねばならない問題が残っていた。


 それは、雷系と氷系の必殺技の命名だった。


 変身自体は、いくつかの候補の中から1番真境の美的感覚にマッチした「フォルムチェンジ」に決定し、その他の技名も満足のいく出来となった。だがストームジャイアントが使う雷系の大技だけは、まだネーミングが決定していなかったのだった。


 街の宿部屋に戻った真境は、最後に残った難問を前に、思い悩んでいた。


 サンダーハリケーン。

 ダサい。


 サンダーサイクロン。

 ハリケーンよりはマシだが、今2つ。


 サンダートルネード。

 魔球じゃあるまいし。


 これは、あれだ。サンダーが陳腐なんだ。サンダー以外というと……。

 

 エレクトリック。

 悪くはないが、技名には軽すぎるきらいがある。


 イナズマ。

 サッカー技ならありかもしれんが、雷撃系には違和感がある。


 ライトニング! おお! いい感じだ。響きに、威厳と力強さがある。


 残るは嵐のほうだが……。


 トルネードはボツとして他に思いつくものとしては、タイフーンだが。

 ロック歌手が、コンサートのステージ上で叫びそうなネーミングだから、これもボツ。


 ハリケーン、サイクロンはなしとして、ブリザード。は吹雪だし。


 ストーム。おお、いいんじゃないか。


 真境は、さっそく試してみることにした。


「よし」


 真境は立ち上がると、ひとつ咳払いした。そして、両足を広げて、右手を突き上げると、


「ライトニング、ストオオオム!」


 高らかに必殺技名を叫んだ。


 うむ、いい感じだ。


 真境が頭の中で繰り出した必殺技の余韻に浸っていると、

 

「……なにしてんのさ、ツカサ?」


 モナが背後から声をかけてきた。瞬間、


「!?」


 真境は石化した。

 完全に自分の世界に没入していた真境は、モナが部屋に入ってきたことに、まったく気づいてなかったのだった。


 白々とした空気が部屋中に充満するなか、


「……ひとの部屋に入るときには、ノックをしろ」


 真境は、気まずさがにじみ出ている顔を隠すように、右手で眼鏡をかけ直した。


「ここ、あたしの部屋なんだけど」


 そういうモナの目は完全に冷え切っていた。


「……まあいい。そんなことより、これで準備は整った。後は地球人どもを排除するだけだ」


 この3週間で真境たちは、すでに20人の地球人をモスから地球へと送り返していた。方法としては、冒険者ギルドに立ち寄った際に、地球人を見つけて接触を図るというものだった。


 問題は、地球人を見分ける方法だったが、案ずるより産むがやすし。実際にやってみれば、それほど難しいことではなかった。

 何しろ地球人は、異世界にいる来ているときでも、地球人にしかわからない単語を連発しているからだった。たとえば、今度、この映画を見に行こうだとか、ブログがどうだのと言った具合に。


 なので、まずはその手の連中を見つけ次第、片っ端から地球へと送り返す。そして、あらかたいなくなったら次の街へ移る。そうして行く先々の街で地球人を排除し続けて行けば、最後には1人もいなくなる。

 それが真境の計画だった。


「……ねえ、もし、だよ? もし、異世界人を全員この世界から追い出すことができたら、ツカサも、もう来ないの?」


 モナは恐る恐る尋ねた。


「たぶん、そうなるだろうな。いつになるかは、わからないがな」


 実際、異世界ストアの利用者が何人いるか。正確なところは真境も知らないのだった。


「そして、それがおまえの望みなのだろう?」

「そ、それは、そうなんだけどさ」


 モナはベッドに腰を下ろすと、指で毛布をこねくり回した。

 今でも、自分の故郷と肉親を奪った異世界人を許すことはできない。だが、異世界人のすべてが悪人というわけでもない。

 真境と関わったことで、モナはそう思えるようになっていたのだった。


「けど、なんだというのだ?」


 追及の手を休めない真境に、


「もう! わかってるくせに、意地悪!」


 モナは枕を投げつけた。


「……そうだな。こういうことは、男のほうからハッキリさせんといかんな」


 真境は意を決すると、


「俺はおまえが好きだ。できれば、ずっと一緒にいたいと思っている」


 思いの丈を告げた。


「ホントに?」


 モナは不安げに聞き返した。

 モナは、向こうの世界での真境の生活を知らない。だが故郷を捨てることが簡単なことではないことは、誰よりも身にしみて理解している。それだけに不安なのだった。いつか真境が自分の世界に戻ってしまい、また自分が独りぼっちに戻ってしまう日が来ることが。


「ああ、本当だ。あっちには、なんの未練もないからな」


 今は学校があるため、日中は地球に戻っているが、それも異世界に定住するとなれば通う必要はなくなる。


「そ、そういう、おまえのほうはどうなんだ?」

「え?」

「だから、俺といることをだな」

「言わなきゃ、わかんない?」

「俺が言ったんだ。おまえも言わなければ、不公平というものだろうが」

「そんなの決まってるじゃない」


 モナは真境に抱きつくと、唇を重ねた。


「あたしも、ツカサと同じ気持ちだよ」

「モナ……」


 真境はモナを優しく抱きしめた。そして2人は、もう1度、唇を重ねたのだった。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ