第82話
夏風に秋の風味が混じり始めた晩夏、人気のない沼地で真境とモナは7つの首をもつヒドラと奮闘していた。
「フォルムチェンジ! ドラゴンアーム!」
真境は右腕をゴーレムからドラゴンに変化させると、最後に残ったヒドラの首を切り裂いた。
「モナ!」
真境の声に、
「任せて!」
モナが弓を引き絞る。そしてモナの手を離れた火矢は、狙い違わず切り裂かれた首の付け根に命中した。
「やった!」
ヒドラを仕留めたモナは、会心の笑みを浮かべた。
「ああ、これでクエスト完遂だ」
真境の口元にも笑みが浮かぶ。
真境とモナが、共闘を約束してから3週間。
2人は、互いをファーストネームで呼び合うようになっていた。
モナの顔にも笑顔が増え、真境に対する偏見と憎悪は完全に消え失せていた。
とはいえ、全地球人への憎悪が消えたわけではない。
できれば今すぐにでも地球人をモスから追い出したい。
だが、そのためには力がいる。
そして、その思いは真鏡も同じだった。
特に真鏡は、元から弓の名手であるモナに比べ、ロクに体を動かして来なかった完全なインドア派。
今のままでは猫1匹殺せない。
だが、今の自分には救済者の力がある。この力を完全に使いこなせるようになれば、他のプレイヤーとも渡り合えるはずだった。しかし、そのためにはモンスター化による精神汚染を解決する必要があった。
試した結果、モンスター化による精神汚染は、強力なモンスターに変身するほど強いことがわかった。しかし強力なモンスターに変身できなければ、強敵には勝てない。
思案の末、この問題の解決策として真境がたどり着いたのが部分変身だった。
そのモンスターそのものに変身するのではなく、その力の根源である部位、たとえばメデューサであれば頭だけをメデューサ化する。そうすれば、そのモンスターの力は発揮できるが精神汚染は軽微で済む。
そして次に真境が取り組んだのは、変身するモンスターの種類を増やすことだった。しかし、この厳選は真境に想像以上の苦労を強いることになった。
サラマンダー、イフリートなど、有名どころが揃っている炎系こそ簡単だったが、その後が続かなかった。
水系はウンディーネ、風系はシルフしかおらず、男の真境が変身するには、少なからず抵抗があった。
それでも部分変身なら問題ないと自分を納得させた真境だったが、次の土系は候補自体が見つからなかった。
ゴーレムやガーゴイルなど、岩石でできたモンスターは色々といたが、土砂を操ったり、ゲームによくいる地割れや地震などを起こせる土系のモンスターは、古典的なファンタジー世界のモンスターには、ほぼ存在しなかったのだった。
仕方なく、真境は泥のモンスターであるマッドマンと、植物を操れるトレントで手を打つことにしたが、理想には程遠かった。
そして光系は、候補こそウィル・オー・ウィスプとサンダーバードがいたが、どちらも候補に入れるには微妙だった。
ウィル・オー・ウィスプは本体が球体で部分変身は難しそうだったし、サンダーバードはアメリカ北西部発祥の神鳥だが、その容姿や能力の伝承は部族によって違っていた。
それでも変身しようと思えばできたかもしれないが、具体性のないモンスターを候補に入れることは、真境のポリシーが許さなかったのだった。
残る有力候補はドラゴンだが、ぶっちゃけドラゴン系は、それでよければ全部ドラゴンだけで済んでしまうし、消耗も激しい。何より問題なのは、誰でも考えつく上、バカの一つ覚えで芸がないということだった。
もちろん、いざというときのためにドラゴンも候補に入れてはおく。が、真境としては、自分ならではの「これは!」というモンスターを、ひとつは変身候補に入れておきたかったのだった。
そこで、真境が目をつけたのが巨人だった。
巨人は、ギリシャ神話においては神の眷属であり、モンスターと定義するには微妙なところがある。しかもドラゴンと並ぶ強力なモンスターであるため、変身には多大な労力を要する。しかしドラゴンほどはメジャーではないし、巨人のなかには他にはない氷を操れる「霜の巨人」や、嵐や雷を呼ぶことができる「ストームジャイアント」がいた。
そうした事情を吟味した末、真境は、この2体の巨人を変身候補に採用したのだった。
その他、特定の効果を持つモンスターで使えそうなものとしては、
飛行特化なら、グリフォン、ペガサス、バードマン。
機動特化なら、ヘルハウンド、ケルベロス、ケンタウロス、ユニコーン。
水中特化なら、シーサーペント、ケラーケン、半魚人。
後、単純な戦闘力なら、ミノタウロス、オーガー。夜限定だと、狼男、吸血鬼、トロール。
不死特化だと、ゴースト、レイス、リッチが候補となった。
そして変身リストを完成させた真境が、次に行ったことは実戦訓練を兼ねた資金稼ぎだった。
モナに聞いたところ、彼女の所持金はゼロで、今日まで森を寝床に、自給自足の生活を送ってきたらしかった。
それを知った真境は、モナに人並みの生活をさせるため、モナに冒険者ギルドへの加入を勧めた。
「そんなものに加入しても、復讐にはなんの役にも立たない」
そう言って最初は渋っていたモナだったが、
「地球人は異世界に来ると、冒険者ギルドに加入するのがセオリー。だから地球人を見つけるなら、冒険者ギルドを探すのが1番」
という真境の説得を受けて、冒険者ギルドに加入した。
そして、それからの3週間、黙々とクエストをこなし続けた真境たちは、ヒドラを倒せるだけの強さと、モナの衣食住を街で賄えるだけの資金を確保したのだった。
後は、この世界から地球人を排除するだけ。しかし、その前に真境には、どうしても片付けておかねばならない問題が残っていた。
それは、雷系と氷系の必殺技の命名だった。
変身自体は、いくつかの候補の中から1番真境の美的感覚にマッチした「フォルムチェンジ」に決定し、その他の技名も満足のいく出来となった。だがストームジャイアントが使う雷系の大技だけは、まだネーミングが決定していなかったのだった。
街の宿部屋に戻った真境は、最後に残った難問を前に、思い悩んでいた。
サンダーハリケーン。
ダサい。
サンダーサイクロン。
ハリケーンよりはマシだが、今2つ。
サンダートルネード。
魔球じゃあるまいし。
これは、あれだ。サンダーが陳腐なんだ。サンダー以外というと……。
エレクトリック。
悪くはないが、技名には軽すぎるきらいがある。
イナズマ。
サッカー技ならありかもしれんが、雷撃系には違和感がある。
ライトニング! おお! いい感じだ。響きに、威厳と力強さがある。
残るは嵐のほうだが……。
トルネードはボツとして他に思いつくものとしては、タイフーンだが。
ロック歌手が、コンサートのステージ上で叫びそうなネーミングだから、これもボツ。
ハリケーン、サイクロンはなしとして、ブリザード。は吹雪だし。
ストーム。おお、いいんじゃないか。
真境は、さっそく試してみることにした。
「よし」
真境は立ち上がると、ひとつ咳払いした。そして、両足を広げて、右手を突き上げると、
「ライトニング、ストオオオム!」
高らかに必殺技名を叫んだ。
うむ、いい感じだ。
真境が頭の中で繰り出した必殺技の余韻に浸っていると、
「……なにしてんのさ、ツカサ?」
モナが背後から声をかけてきた。瞬間、
「!?」
真境は石化した。
完全に自分の世界に没入していた真境は、モナが部屋に入ってきたことに、まったく気づいてなかったのだった。
白々とした空気が部屋中に充満するなか、
「……ひとの部屋に入るときには、ノックをしろ」
真境は、気まずさがにじみ出ている顔を隠すように、右手で眼鏡をかけ直した。
「ここ、あたしの部屋なんだけど」
そういうモナの目は完全に冷え切っていた。
「……まあいい。そんなことより、これで準備は整った。後は地球人どもを排除するだけだ」
この3週間で真境たちは、すでに20人の地球人をモスから地球へと送り返していた。方法としては、冒険者ギルドに立ち寄った際に、地球人を見つけて接触を図るというものだった。
問題は、地球人を見分ける方法だったが、案ずるより産むがやすし。実際にやってみれば、それほど難しいことではなかった。
何しろ地球人は、異世界にいる来ているときでも、地球人にしかわからない単語を連発しているからだった。たとえば、今度、この映画を見に行こうだとか、ブログがどうだのと言った具合に。
なので、まずはその手の連中を見つけ次第、片っ端から地球へと送り返す。そして、あらかたいなくなったら次の街へ移る。そうして行く先々の街で地球人を排除し続けて行けば、最後には1人もいなくなる。
それが真境の計画だった。
「……ねえ、もし、だよ? もし、異世界人を全員この世界から追い出すことができたら、ツカサも、もう来ないの?」
モナは恐る恐る尋ねた。
「たぶん、そうなるだろうな。いつになるかは、わからないがな」
実際、異世界ストアの利用者が何人いるか。正確なところは真境も知らないのだった。
「そして、それがおまえの望みなのだろう?」
「そ、それは、そうなんだけどさ」
モナはベッドに腰を下ろすと、指で毛布をこねくり回した。
今でも、自分の故郷と肉親を奪った異世界人を許すことはできない。だが、異世界人のすべてが悪人というわけでもない。
真境と関わったことで、モナはそう思えるようになっていたのだった。
「けど、なんだというのだ?」
追及の手を休めない真境に、
「もう! わかってるくせに、意地悪!」
モナは枕を投げつけた。
「……そうだな。こういうことは、男のほうからハッキリさせんといかんな」
真境は意を決すると、
「俺はおまえが好きだ。できれば、ずっと一緒にいたいと思っている」
思いの丈を告げた。
「ホントに?」
モナは不安げに聞き返した。
モナは、向こうの世界での真境の生活を知らない。だが故郷を捨てることが簡単なことではないことは、誰よりも身にしみて理解している。それだけに不安なのだった。いつか真境が自分の世界に戻ってしまい、また自分が独りぼっちに戻ってしまう日が来ることが。
「ああ、本当だ。あっちには、なんの未練もないからな」
今は学校があるため、日中は地球に戻っているが、それも異世界に定住するとなれば通う必要はなくなる。
「そ、そういう、おまえのほうはどうなんだ?」
「え?」
「だから、俺といることをだな」
「言わなきゃ、わかんない?」
「俺が言ったんだ。おまえも言わなければ、不公平というものだろうが」
「そんなの決まってるじゃない」
モナは真境に抱きつくと、唇を重ねた。
「あたしも、ツカサと同じ気持ちだよ」
「モナ……」
真境はモナを優しく抱きしめた。そして2人は、もう1度、唇を重ねたのだった。




