第81話
やった、か?
狙撃手は動かない真境の様子をしばらく伺っていた後、
「……どうやら死んだようだな」
被っていたフードを外した。すると、透明だった狙撃手が姿を現した。そして顕になった狙撃手は、褐色の肌に黒い髪と瞳をした、14、5歳の少女だった。
少女は真境に歩み寄った。見ると、自分の放った矢は確実に男の心臓と射ていた。たとえ異世界人がどんなに強靭でも、心臓を射抜かれて生きていられるはずがなかった。
「これも全部おまえらが悪いんだ。自業自得だ。ざまあみろ」
少女は倒れている真境に唾を吐きかけた。その直後、
「やっと姿を見せたな」
真境の右手が少女を左足を力強く掴んだ。そして、
「な!?」
驚く少女の足をすくい上げると、倒れた少女に馬乗りになった。
「これで形勢逆転だな」
真境は少女の両手首を掴んだ。
「は、離せ! 化物!」
「もっともな意見だ。だが断る!」
実際、今の真境は人間ではなかった。
真境は心臓を射抜かれる寸前に、自分で自分をゾンビ化すると、そのまま死んだフリをしていたのだった。
「離せ! この変質者!」
「し、失敬な! そもそも仕掛けてきたのは、貴様のほうだろうが!」
「黙れ! 悪いのは、おまえらだろうが!」
「さっき、自業自得とか言っていたな。それは、あの男が言っていたアメリカ人、異世界人がしでかした侵略戦争に関係してるのか?」
真境は少女を問い詰めた。しかし少女は、
「殺してやる! 異世界人は全員ブッ殺してやる!」
と喚き散らすばかりで聞く耳を持たなかった。
これでは話にならんな。不本意だが仕方ない。とりあえず魅了の力でおとなしくさせよう。魅了と言えば……。
吸血鬼か。
真境は吸血鬼に変身しようとして、
「て、アホか! こんな真っ昼間に吸血鬼になったら、一瞬で灰だ!」
寸前で思い止まった。
ヤバかった。危うく、考えなしで死ぬところだった。
真境は気を落ち着かせると、他の候補を探した。
吸血鬼はいかん。他に、他に、魅了の力を持ったモンスターは……。
そうだ! 夢魔がいた!
サキュバス、は女だ。男は、確か、あ行で、ア、アイアンメイデン、て、そもそもモンスターじゃないだろ! アメーバー、だから、モンスターじゃないだろ! アングロ、だから! もういい! 次いく。イ、インスタ映え、だから! いや、ちょっと待て! 今のは、なんだか近かった気が……。そうだ、インキュバスだ!
真境は、インキュバスに変身しようとして、また寸前で思い止まった。
いやいやいや、待て待て待て。今、俺の胸には矢が刺さったままなんだ。今はゾンビ化してるから普通に行動できてるが、このまま夢魔になったら死ぬんじゃないか、これ?
確か、夢魔は魔法の武器でなければダメージは与えられないはずだが、この矢がマジックアイテムでないという保証もない。大丈夫だとタカをくくって変身した途端くたばったら、それこそただのバカだ。そうならないためにも、何か手を考えねば……。
とりあえず、1度回復能力の高いモンスターに変身して、傷を回復させてから夢魔になればいいのでは?
そうだ! それがいい! 問題は、なんのモンスターになるかだ。回復能力の高いモンスターと言えば……。
トロール……はダメか。回復能力は高いが、日光を浴びると石化してしまうからな。
なら、吸血鬼、だーかーらー。
くそ、こうして改めて探すと、ノーリスクで治癒能力が高いモンスターというのは、いそうでいないな。ゲームだと、スライムですら回復呪文を使うというのに……。
スライム、スライムか。あれなら、いけるんじゃないか? スライムには頭も心臓もないからな。1度スライム化してから元に戻れば、あるいは胸の傷もなかったことになってるかもしれん。
いや、ダメか。アイディアは悪くないが、それだとこの女がモロにスライムの粘液を浴びてしまう。かと言って、今離れればここまでの苦労が水の泡だ。他に、何か……。
そうだ。原型を留めないだけなら、何もスライムにこだわる必要などないではないか。それこそ、ゴーストでもスケルトンでも、アンデッド系であれば問題ないはずだ。
よし。では、まずスケルトンになろう。ゴーストでもいいんだが、ゴーストだと霊体だから、逃げられる可能性があるからな。
真境は、さっそくスケルトンに変身した。そして全身が骨と化し、胸と肩から矢が落ちたところで人間に戻った。すると思った通り、矢傷は完全に塞がっていた。
よおおおし! 凄いぞ、俺! 偉いぞ、俺! よくぞ思いついた、俺! さすが俺!
真境は内心でガッツポーズすると、続けてインキュバスに変身するよう念じた。すると真境の頭に角が生え、背中からは服を突き破って、コウモリの羽が生えてきた。
よし! 後は……。
変身を完了した真境は、さっそく少女に魅了の力を使った。すると、少女の抵抗が止んだ。
どうやら、うまくいったようだな。まったく心臓に矢が刺さったせいで、無駄な苦労をさせられた。まあ、普通は心臓を射抜かれた時点で死んでるんだが。
真境は一息ついた後、少女にいくつかの質問をした。そして、わかったことは、
少女の名前がモナ・カリオンということ。
以前はセオドア王国に住んでいたが、アーリア帝国の侵略により祖国を追われたこと。
その侵略の際に家族は全員殺されたこと。
その復讐のために、ここで異世界人狩りをしていたこと。
以前は他にも仲間がいたが、生活するために1人2人と減り続け、今では自分1人しかいないこと。
異世界人は必ず銀の板を持っているから、それを目印に襲撃していた、ということだった。
「なるほど。話はよくわかった」
真境は少女の頬に触れると、
「では、そろそろいただくとしよう」
少女と唇を重ねた。そして、少女の唇に舌を差し込んだところで、
ちょっと待てい!
あわてて少女から身を引いた。
な、何をやってるんだ、俺は?
真境は少女に背を向けると、右手で口元を押さえた。
この女に魅了をかけたのは、あくまでも事情を聞き出すためであって、こんなことをするためではなかったはずだ。
真境が、なんとか自制心を取り戻した矢先、
「ねえ、もっとしよ……」
少女が背後から、しなだれかかってきた。そして少女の豊満な胸を背中に押し付けられた真境は、
「ああ、すぐ続きを」
少女を押し倒した。
「て、だから違ーう!」
真境は、かろうじて残っていた理性で淫欲を振り払うと、少女から飛び離れた。
なんだ、これは? こんなこと、普段の俺からは考えられんことだ。
真境はインキュバス化した両手を見た。
コレか? この格好が悪いのか?
インキュバス化したことで、心まで夢魔化してきてしまってるってことか?
それは、つまりモンスター化すると、心までモンスターになってしまうということなのか?
だとすると、デビルになったら心まで悪魔になるし、スライムになったら、そのうち周りを溶かすことしか考えられなくなってしまうってことなのか?
い、いかん。この能力は危険だ。特にインキュバスはヤバい。俺のクールでスタイリッシュでクレバーでダーティーなキャラ設定が、ただの下ネタキャラに成り下がってしまう。
冗談ではない!
真境は、あわてて変身を解いた。と同時に、少女にかかっていた魅了も解ける。
「こ、こ、この変態! 悪魔! 人でなし!」
自我を取り戻した少女は、真っ赤になって真境を罵倒した。
「ま、待て! 誤解だ! 俺は決して、そんなつもりでは……」
真境は必死に弁明したが、当然少女は聞く耳を持たなかった。
「何が誤解だ! 体の自由を奪って、無理やり犯そうとしておいて」
「あ、あれは不可抗力なんだ! 俺も、あんなことになるなんて知らなかったんだ! 本当だ! 信じてくれ!」
「信じられるか! このケダモノが!」
「なんでもする! だから許してくれ!」
「だったら、今すぐ死ねえ!」
少女は弓を拾い上げた。
「それで気が済むなら好きにしてくれ。だが、これだけは言っておく。たとえ君がここで俺を、いや異世界人を何人殺したところで本当に死ぬわけではない、ということを」
「え?」
今にも矢を放とうとしていた少女の手が止まった。
「ど、どういうことだよ?」
「君の言う異世界人には、この世界で殺されても元の世界で生き返れるアイテムがあるんだ。だから君がどんなに必死になって異世界人を殺しても、そのアイテムがある限り、異世界人は何食わぬ顔をして、また何度でも戻ってきてしまうんだよ」
「う、嘘だ!」
「嘘だと思うなら、俺を殺してみろ。そうすれば、俺の言っていることが嘘じゃないことがわかるだろう」
真境は濁りのない目で、まっすぐ少女を見据えた。
「そ、そんな……」
自分のやってきたことは、すべて無駄だったっていうの?
そう思った瞬間、少女は膝から崩れ落ちた。
この世界から異世界人を駆逐する。
それだけを心の拠り所に、今日まで生きてきた少女にとって、それは死刑宣告に等しかった。
「う、うう……」
少女の目から、涙がとめどなく流れ落ちた。
「この世界から異世界人を一掃する」
真境は泣き崩れる少女の前に立った。
「それ、よかったら俺にも協力させてもらえないか?」
「え?」
少女は真境を見上げた。
「でも、今、異世界人は殺せないって……」
「ああ、殺せない。だが2度と、この世界に来なくすることはできる」
「え? 本当に?」
少女の顔に希望が戻る。
「そ、そんなこと言って、あたしを騙すつもりだろ! その手に乗るもんか!」
「そのつもりなら洗脳を解いてない。そうだろう?」
確かに真境の言うとおりだった。
「でも、どうやって?」
「さっき君も見たように、俺には人をモンスター化し、そのモンスター化した人間を操ることができるのだよ。その力で、この世界にいる地球人を片っ端からモンスター化して、2度とこの世界に来ないように命じるのだ。そうすれば、いずれ、この世界から地球人を一掃することができるはず……」
真境は、そこまで説明して、あることに気がついた。
それは、今の自分なら「人をモンスター化する力」で少女をモンスター化して、そのうえで「魔物使い」の力で操れば、あんな醜態を晒すことなく事情を聞き出せた、ということだった。
真境は数秒硬直した後、震える指で何度も眼鏡をかけ直しながら続けた。
「き、君にとっては、いささか不本意だろうが、要は異世界人が、この世界からいなくなればいいのだろう?」
真境にそう言われた少女は、
「……もし、もし本当に、それができるなら、いいよ」
そう答えた。
「………でも、異世界人のあんたが、どうして、そこまで?」
「気に入らんからに決まっている!」
真境は憤慨した。
「他人の世界にズカズカと乗り込んできたあげく、その世界の人間の生活を脅かし、あまつさえ命まで奪うとは! 同じ地球人として看過できん! そんな輩は、この私が1人残らず、この世界から排除してくれる! 必要悪の名にかけて!」
「何、それ?」
少女は苦笑した。本人も気づいてはいなかったが、故郷を追われて以来、初めての笑顔だった。
「俺の行動原理だ。ともあれ交渉成立だ。これからよろしくな、カオリン」
真境は少女に右手を差し出した。
「ああ。て、まだ、あんたの名前、聞いてなかった」
「俺は、真境司だ。ちなみに真境が名字で、司が名前だ」
「よろしくな、マサキナ」
少女は真境と固く握手した。
そして、この日から2人の異世界人狩りが始まったのだった。




