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第80話

 その夜、真境の姿は繁華街にあった。

 目的は手に入れた力を試すことであり、そのために必要なモルモットを求めて、真境は夜の街に繰り出したのだった。


 チンピラが絡んできて、カツアゲでもしてくれれば、しめたもの。容赦なく、実験台にできるというものだった。


 しかし、いくら街をうろついても、そういう輩は一向に現れない。それどころか、逆に自分がパトロール中の警官から職務質問される始末だった。


 おかしい。テレビや漫画だと、青少年が夜に出歩くと、肩が触れたのなんだのと、必ず因縁つけてくる輩が現れるのが、お約束だというのに……。


 アレはフィクションだったのか?


 それとも場所が悪いのか? ゴキブリと一緒で、もっと薄暗くて人通りの少ない場所でないと、あの手の輩は現れんのか?


 いっそのこと、こっちから仕掛けて……。


 真境は、安易な妥協を振り払うように首を振った。


 い、いや、それは、いかん。それでは俺がチンピラじゃないか。

 俺がなろうとしているのは、あくまでも必要悪なのだ。どんなにガラが悪そうでも、何もしていない人間に危害を加えたのでは、ただの悪に成り下がってしまう。それは俺の美学に反する。どうすれば……。


 いや待てよ。そういえば、前にニュースで、最近橋の下に未成年者が集まってるとか言ってたような。よし、ここでこうしていても埒が明かん。とにかく行ってみよう。仮に、なんとか族はいなくても高架下なら人気も少ないし、チンカスの2、3人ぐらいならいるかもしれんからな。


 真境は意気揚々と、手近な線路へと足を向けた。しかし、


「……いない」


 たどり着いた高架下にも、それらしき人間は見当たらなかった。


「おのれ。だが、こんなことでは挫けんぞ」


 こうなったら学校だ。学校なら、それこそゴミクソどもが掃いて捨てるほどいる。正体がバレるリスクがあるから、できれば避けたかったが、背に腹は代えられん。


 真境が今夜は諦めて帰宅しようとしたとき、


「自分から、人気のない場所に来てくれて助かったニャ」


 背後から少女らしき声がした。


「ニャ?」


 真境が振り返ると、そこには14、5歳の少女が立っていた。


「おまえ、強い力持ってるニャ。おまえを食えば、ニャーはもっと強くなれるニャ」 


 舌なめずりする少女の頭に、猫耳が生えた。と、思った直後、


「ぐ!?」


 真境の左足に痛みが走った。見ると、左足の太ももが切り裂かれていた。


「これで逃げられないニャ」


 少女は右手に着いた真境の血を舐め取った。その右手からは刃物のような爪が伸び、瞳も金色に変化していた。


 こいつが、なんとか委員会が言ってた魔物か。というか、すでに復活してるなら、先にそう言っておけ。バカ者めが。


 真境は悪態をついたが、時すでに遅しだった。


「では、いただくニャ」


 化け猫は真境に止めを刺すべく、身を屈めた。


「むざむざ食われてたまるか」


 真境も応戦すべく身構えた。とはいえ、速さでは対抗できない。加えて、あの爪。どう考えても、素手で太刀打ちできる相手ではなかった。


 頼みの綱は、手に入れた「魔物使い」の力だが、魔物を服従させるためには契約印を施した右手で触れなければならない。しかも自分よりレベルの高い魔物を服従させるには、相手が自分を主人と認めるか。力づくで言うことを聞かせるしかない。だが、この場合、そのどちらも不可能に近かった。


 何か、何か方法はないか?


 生き残る方法を、真境が必死に探していると、


「ニャ!?」 


 突然、化け猫の全身が総毛立った。そして、


「ニャアアアア!」


 化け猫は真境に背を向けると、その場から一目散で逃げ出したのだった。


「なん、だ?」


 真境が困惑していると、


「私に気づいて、あわてて逃げだしたんだよ」


 背後から声がした。振り返ると、そこには1人の男性が立っていた。暗がりで顔はよく見えなかったが、声と背格好から40歳前後のサラリーマンのようだった。


「あんたは?」

「私かい? 私の名は寺林。異世界ストアの、しがない雇われ社員さ」


 寺林は指を鳴らした。すると、真境の足の傷が完治した。


「異世界? そんなもの、あるわけ」

「君が、それを言うのかい? 世界救済委員会で、人外の力を手に入れた君が」

「どうして、それを?」

「まあ、細かいことは置いといて」

「いや、細かくないだろ」

「もう、真面目だね、君は。まあいい。ま、アレだ。世界救済委員会の担当者とは、ご同業というか、部署違いの同僚でね。だから、君のことも知っているというわけさ。納得したかい、真境司君?」

「……それで、同業のよしみで助けてくれたというわけか?」


 真境は眉をひそめた。その目には警戒感が満ちていた。


「いや、君への個人的興味からさ」

「俺への?」

「言っておくけど、そっちの趣味はないからね」

「誰も、そんなことは言ってない」

「で、よければ君に、これを進呈しようと思ってね」


 寺林は内ポケットから、


「異世界ナビー!」


 銀色のタブレットを取り出した。


「…………」

「……ここは「どこの猫型ロボットだ!」って、ツッコむところだろ。ノリ悪いね、君」

「貴様の悪ふざけに付き合う気はない。なんなんだ、それは? さっさと言え」

「せっかちな男は、女性に嫌われるよ。まあいい。これはね、異世界ナビと言って、これがあれば異世界に行くことができるんだよ」

「興味ない」


 真境は即答した。


「そうかい? 異世界自体には興味がなくても、君がやろうとしていることのタシにはなると思うんだけど」

「どういうことだ?」

「君、自分の力を試すためのモルモットを探してるんだろう?」

「それがどうしたと?」

「いや、何ね。最近、異世界に来る地球人は、マナーがなってない者が多くてね。タガが緩んでるって言うのかな? 力があるのをいいことに、現地人や他のプレイヤーに対して、横暴な真似をする人間が増えてるんだ」


 寺林は頭をかいた。


「私も取り締まってはいるんだけど、何しろ数が多いからね。手が回りきらないんだよ」


 寺林は嘆息した。


「最近だと、モスという世界で支配欲に取り憑かれたアメリカ人が、アーリアという帝国を乗っ取って、皇帝一族を皆殺しにした上、モスにはない鉄砲や爆弾を量産して他国に戦争を仕掛けちゃったしね」


 寺林の言葉に、真境の眉がピクリと反応した。


「つまり、異世界に行けば君の探しているクズどもがゴロゴロいるってことさ。しかも相手は君の素性など知らないから、何をしてもこっちの生活に支障を来すことはないってわけさ。どうだい? 君にとっても悪くない話だろ?」

「……いいだろう」


 真境は寺林から異世界ナビを受け取った。


「だが、なぜ俺に? クズどもを取り締まりたいだけなら、他にいくらでも人はいるだろうに」

「なに、君のやろうとしてることが、私の目的とも合致するからさ。ま、できればモンスター化したプレイヤーを、こっちの世界で魔物化してくれれば、なおいいんだけどね」

「何をバカなことを。そんなことをしたら、パニックになるだろうが」

「だろうね。でも、もしそうなれば国のお偉いさんたちも結界のことを隠し仰せなくなるだろうし、この世界に魔物が復活する原因を知れば、この世界の人間も一丸となって対処法を考えるだろうし、少しは悔い改めるかもしれないじゃないかな。それに心構えと準備ができれば、魔物が復活したときにも、それだけ犠牲者を減らせるはずだ。コッソリやってたんじゃ限界があるんだよね」

「…………」

「と、私は思うんだけど、上司はダメだっていうんだよ。酷くない? こっちは昼も夜もないブラック企業で、それでも文句ひとつ言わずに、ここまで頑張ってきたっていうのにさ」


 寺林は、わざとらしく涙ぐんだ。


「ま、それでもやっちゃうつもりなんだけど、多分失敗すると思うんだよね。社長は、その辺ある程度寛大なんだけど、副社長がメッチャ怖い人だから。でも、その副社長も、それをやるのが君だったら手出ししないと思うんだよね。ま、どうするも最終的には君の自由だ。じゃ、そういうことで」


 寺林は一方的に話を終えると、


「おい」


 真境が呼び止めるのも聞かずに、夜の闇に溶け込むように消えてしまった。


「なんだったんだ?」


 散々振り回されるだけ振り回され、


「まあいい。今日は、もう疲れた」


 訳のわからないまま帰宅した真境は、とりあえず異世界ナビを調べることにした。


「どこにも電源プラグがない」


 真境は異世界ナビを余すことなく見回したが、電源プラグもコンセントも存在しなかった。


「これで、どうやって動かしてるんだ? 動力源はなんだ?」


 しかし、いくら考えても答えは出なかった。


「まあいい」


 真境は異世界ナビの電源スイッチを押した。すると、液晶画面に異世界ナビの使用法と、使用上の注意が表示された。それによると、異世界に行くためには異世界チケットというアイテムを購入する必要があるらしかった。


 説明を読み終えた真境は、次にアイテムの購入項目を見た。すると、異世界チケットは1日100円、1週間だと500円となっていた。そして、その他にも異世界で死んでも復活できる復活チケットが、1枚10000円で販売されていた。


「転生チケットなんてものまであるのか。庶民は100万円、王侯貴族は1億円からか。ま、当然と言えば当然だな」


 真境は、次に移動可能な異世界の項目をチェックした。


「魔具メインの世界モス。これか、あの男が言っていた世界は」


 寺林の言っていたことが本当だとすれば、見過ごすわけにはいかなかった。


 真境は最初の目的地をモスに決めると、その日は眠りについた。そして一夜が明け、学校から帰宅した真境は、さっそくモスへと向かった。


「ここが異世界か」


 真境が降り立ったのは、荒野だった。見渡す限り赤茶けた大地が続き、人はおろか草木一本見当たらなかった。


「確か、異世界ナビにマップ機能がついていたはずだ」


 真境は異世界ナビで現在地を調べた。すると、東に少し歩いたところに街があることがわかった。


「まったく、不便この上ない。こういう場合、普通スタート地点は旅支度がしやすいように、どこかの街か村が、お約束だろうに」


 真境は愚痴りながら東の街へと歩き出した。そして、


「あれか」


 真境の視界に街が見えたときだった。


「ぐ!?」


 真境の左腕に痛みが走った。見ると、二の腕に矢が刺さっていた。


「これは?」


 真境は、あわてて周囲を見回した。が、誰もいない。


「気のせい、なわけあるか」


 真境が1人ツッコミした直後、彼の鼻先を矢が通り過ぎた。


「この!」


 真境は矢が飛んできた方角に目を向けたが、やはり誰もいなかった。

 そうこうしているうちに、第3射が真境の右太ももを貫いた。


「くそ! 昨日といい今日といい、なんだというんだ!? 一体、俺が何をした!」


 真境は己の不遇を呪った。が、それで矢が止むわけもなく、


「ちょっと待てい!」


 真境にできることは、引っ切り無しに飛んでくる矢から必死で逃げ回ることだけだった。しかし身長こそ170以上あるものの、インドア派で、これまで運動らしい運動をしてこなかった真境は、すぐに息が上がってしまった。


 このままでは殺られるのも時間の問題だ。1度、地球に戻るか? いや、戻ったらチケット代が丸損だ。1円を笑う者は1円に泣く。たとえ100円と言えども、おろそかにはできん。だいたい、なぜ何もしてない俺が逃げねばならんのだ。


「そ、そうだ。アレがあった。また、すっかり忘れていた」


 真境は、自分のバカさ加減に舌打ちすると、


「境界!」


 自分の周囲に光の壁を張り巡らせた。


 調べたところ「境界」とは、境界線という言葉もある通り、物事や領域などを分ける境目を示すとあった。そして実際に試してみると、自分の周囲に薄ボンヤリと光る結界らしきものを作り出すことができたのだった。


「これで、とりあえず安心」


 真境がそう思った直後、


「!?」


 真境の左肩に痛みが走った。見ると、左肩に矢が刺さっていた。


「なんだと!?」


 真境は思わず声を上げた。しかし、それは痛みでなく、怒りから発せられたものだった。


「ふざけるな! これは誰がどう見ても結界だろうが!」


 それが攻撃を素通りさせるなど、どう考えても納得できかなかった。

 確かに、結界の強度を確認しなかった自分にも非はあるかもしれない。しかし、


「自分の周囲に光る壁ができたら、普通、結界だと思うだろうが!」


 真境は吐き捨てた。


「昨日といい、使えると思った力が使えな過ぎる! クソゲーも大概にしろ!」


 これが本当にゲームなら「責任者出てこい!」と、制作会社に殴り込みをかけているところだった。


 しかし、いくら憤慨したところで、それで矢が止むわけではなく、


「くそ! なんで俺ばっかり、こんな目に!」


 ボヤきながらも真境は次策に頭を切り替えた。


 何か、何か方法はないか。何か……。


 考えを巡らす真境の頭に、昨日の猫又の姿が浮かんだ。


 人をモンスター化する能力は、他人を操るために選んだ能力。だが人をモンスター化することができるのであれば、同じ人である自分自身もモンスター化できるのではないか?


 ぶっつけ本番で、できる保証もない。だが、やってみる価値はあった。


「どうせ、このままこうしていても殺られるだけだ」


 そうなると次の問題は、なんのモンスターに変身するか、だった。


 あの矢をかわして取り押さえるとなったら、素早さが必要だ。それに見えない相手を認識できる能力もなければならん。となれば……。


 そうだ! 狼男! あれなら素早いし、匂いで相手の位置もわかるはず。


 いや、ダメだ。狼男は月夜の晩でなければ変身できない。となると、他の候補は……。


 ゴブリン。

 なってどうする!


 メデューサ。

 悪くないが、石にしたあと元に戻せん。どういう事情で攻撃してきているのかわからん以上、致命傷を与えるのはマズい。


 グール。

 だから、なってどうする!


 落ち着け、落ち着け! 俺!

 て、こんな状況で落ち着いてられるか!


 自分で自分に突っ込んでから、


 待て。待て。待て。


 真境の頭に、ひとつの考えが浮かんだ。しかし、その直後、


「が!」


 真境の胸に矢が突き刺さった。そして心臓を射抜かれた真境は、その場に倒れ込んだのだった。












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