第8話
異世界生活、25日目の夜半すぎ。
この日もダンジョンでのモンスター退治に明け暮れた小鳥遊たちは、遺跡近くの川辺で疲れた体を休めていた。
「よし、完全に油断してやがる」
茂みからテントを眺めながら、島はほくそ笑んだ。
こちらの動きに、木葉たちはまだ気づいていない。それどころか、普通なら必ず置いているはずの見張り番すら立てず、全員テントのなかで休んでいるようだった。
「じゃあ作戦通り、行くぞ」
島の号令に応じて、配置についた者のうち7人が行動に移る。
この7人のクオリティは、いずれも遠距離攻撃であり、その力で一気に木葉たちを殲滅する。
寝込みを狙った奇襲戦法。正々堂々とは言い難いが、確実性と安全性を兼ね備えた、堅実な作戦だった。
そして7人は島の合図に合わせて、各々のクオリティを発動させた。
ある者は炎を、ある者は風刃を、そしてある者は雷撃を放ち、そのすべての攻撃が容赦なく天幕へと叩き込まれていく。
これだけの攻撃を食らって、無傷でいられるわけがない。そして、この集中攻撃で奴らのうちの誰か1人でも倒せれば、それで島たちの勝ちなのだった。
しかし、
「は?」
奇襲が成功したはずの天幕には、焦げ跡1つついていなかった。
そして無傷の天幕から、まず木葉が姿を現す。が、やはり火傷1つ負っていなかった。
「あ、あの攻撃を食らって無傷だと?」
島には信じられなかった。
「あの攻撃って、たかが炎や雷撃じゃない。あんなもんで殺られるほど、ヤワな鍛え方してないってーの」
秋代は不敵に言い放ち、
「そういうことじゃ」
木葉も同意する。
「そ、そんな……」
動揺するチームメイトを、
「ビビッてんじゃねえ! ただのハッタリだ! ただ単に、オレたちに気づいて結界かなんかで防いだんだよ!」
島が一喝する。
「ハッタリって、結界だろうとなんだろうと、あんたたちの攻撃が通用しなかったことは事実だと思うんだけど?」
秋代は皮肉った。
「う、うるせえ!」
島は周囲を見回すと、
「何してんだ、おまえら! 攻撃だ! 攻撃しろ! あいつらを殺んねえと、オレたちが殺られちまうんだぞ!」
チームメイトを脅しまがいに急き立てた。
「なに勝手なこと言ってんのよ、あんた」
秋代は不快感を顕にした。人殺し扱いされることもそうだが、自分は他人の背中に隠れ、その背を押す島に不快感を覚えたのだった。
「最新のポイント数、見てないわけ? 小鳥遊さんたち最下位チームは、あんたたちのポイントなんて、とっくの昔に超えてんのよ。つまり、あんたたちをどうこうする必要なんて、今のあたしたちにはまったくないってことよ」
秋代はフンと鼻を鳴らした。
「う、うるせえ!」
痛いところを突かれた島は、秋代の言葉をかき消すように怒鳴りつけた。
「今現在がどうであろうと、おまえらが他のチームの魔石を奪ったのは事実だろうが! だったら奪われても文句言う権利はねえ!」
すでに矢は放たれた。たとえ経緯はどうであれ、上位チームのポイントを奪うしか、もう自分たちに生き残る道はないのだった。
「それも誤解だけど、言ったところで聞きゃあしないでしょうね」
予想していたことではあるが、クラスメイトの間では、自分たちは完全に悪認定されているようだった。
「で? あたしたちがやったから、自分たちもやっていい。百歩譲って、その理屈を認めてあげるとして、不意打ちは失敗に終わったわけだけど、まだ続けるわけ?」
「あ、当たり前だ!」
「あんたには聞いてないわよ、この卑怯者が。本当に、あたしたちが許せないなら、他人にどうこういう言う前に自分でかかってこいってのよ、このヘタレが」
秋代に軽蔑の眼差しを向けられた島は、
「ふ、ふざけんな! 卑怯者は、おまえらだろ!」
自らを正義とする拠り所を叫びながら秋代に斬りかかった。それを見て、
「おい」
「あ、ああ」
他のメンバーも木葉たちに攻撃を仕掛ける。しかし、
「ふぬりゃ!」
剣道の有段者である木葉と秋代はおろか、
「小鳥遊だ! 小鳥遊を狙え!」
最弱であるはずの小鳥遊にさえ、
「うわ!?」
一撃で剣を弾き飛ばされる始末だった。
「くそ、こんな卑怯者どもに」
島は歯噛みした。完全な計算違いだった。
「結託して、人の寝込みを襲うような奴らが、どの口でほざいてんのよ」
秋代は笑い飛ばした。
「う、うるせえ!」
島は気色ばみ、
「何よ! 先に仕掛けたのは、あんたたちでしょ!」
「そうだ! オレたちは自分の身を守ろうとしただけだ!」
クラスメイトたちも口々に自分たちの正当性を主張した。
「ならば、俺も俺の身を守るために、おまえたちを始末してもかまわない。そういうことだな」
それまで傍観していた永遠長が剣を引き抜いた。
「ちょうどいい機会だ。あの女の言っていたことが本当かどうか、おまえたちで試すとしよう」
「あ、あの女?」
「言っていただろう。チーム内の誰かが死ねば、連帯責任でチーム全員、即座に生贄になると。だが、その方法までは話さなかった。だから試してみる。ただ、それだけの話だ。チーム内の誰かが死んだ場合、果たして他の4人に何が起きるのかを」
永遠長の目は本気だった。
「1人が死んだ瞬間、残る4人も魔神の元に強制送還されるのか。それとも、燃え尽きるなりするのか。それ次第で対処法も変わってくるからな」
永遠長はそう言うと、島に目を止めた。
「おまえにしよう」
「待……」
島の表情が凍りつく。周囲にいるメンバーたちも、永遠長から発せられる威圧感に口さえ動かせずにいた。そんななか、
「何、バカなこと言ってんのよ、あんたは」
秋代が冷ややかにツッコんだ。
「バカなことなど言っていない。この先、あの女や魔神と対峙したときに役立つ。だから殺る。ただ、それだけの話だ」
「それだけの話だ。じゃないわよ。そんなことしたら、あたしたちマジで悪役確定じゃない。こいつらがどう思おうと、あたしたちは誰に恥じる真似もしちゃいないのよ。それを、こんなつまらないことで勝手に台無しにすんじゃないわよ」
秋代は憤然と言い放つと、島を見た。
「だいたい、あんた、こいつらの対処は対人戦の練習ってことで、あたしに一任したんでしょうが。だったら最後まで手え出してんじゃないわよ」
島たちの存在に気づいた秋代は、自分のやり方で対処することを、永遠長に申し出たのだった。永遠長に任せると、マジで皆殺しにしかねなかったから。
「任せたのは、あくまでも戦闘であって始末の仕方じゃない。が、まあいい。どうせ、この手の輩は懲りずにまた来るだろうから、そのとき息の根を止めればいい」
永遠長は、冷徹な眼光を島に向けた。その目に宿る漆黒の闇に、島は思わず息を呑んだ。
「ほら、いつまでもボーっとしてないで、さっさと逃げなさいな。グズグズしてたら本当に殺されるわよ。こいつは基本的に、ホントーに人殺すこと、なんとも思ってないんだから」
「くそ……」
秋代にそう忠告された島は、顔を強張らせながら逃げだした。
「ほら、あんたたちも、さっさと行きなさいな。それとも、まだあたしたちと戦ろうっての?」
秋代に睨まれたクラスメイトたちは、
「…………」
困惑した顔を見合わせた後、退却した。そして全員が渓谷まで逃げおおせたところで、
「くそ! このままで済むと思うなよ! あいつら!」
島は足元の小石に怒りをぶつけた。
こんなはずではなかった。5位と6位チームを取り込み、3チームで最下位チームを片付ける。そのうえで上位チームを1チームずつ狩っていき、最後は5位と6位チームを出し抜いて、自分たちが生き残る。その算段も、すでについていたというのに……。
秋代たちにリベンジするにしても、このままでは何度戦っても勝てる気がしない。早急に、何か作戦を考える必要があった。
「どうするんだ、これから?」
「もう1度、あいつらに仕掛けるのか?」
「もう1回って、やって勝てんのかよ?」
「あいつら、信じられねえ強さなんだぞ」
逃げ延びた各チームから、不安と困惑の声が上がる。島の口車に乗せられて今回の作戦に参加したメンバーたちは、自分たちが負けることなど考えてもいなかったのだった。
「落ち着け、おまえら。まだ何も終わってねえんだ」
島は舌打ちした。
いっそ、あいつらは無視するか? あいつらのポイントは約5000。あいつら以外の上位2チームのポイントを足せば余裕で上回る。ならば、今ここで無理して、あいつらと事を構える必要はない。
よし、これでいこう。
島がプランの変更をメンバーに伝えようとしたとき、
「!?」
上空から無数の閃光が島たちに降り注いだ。そして閃光に体を貫かれた者から消滅していく。
「悪いな、おまえら」
島たちを攻撃した犯人、それは2位チームの錦だった。
錦も島同様、今のままでは勝ち目がないと考えていた。そして下位チームの動きを知った錦は、島たちの作戦を利用することにしたのだった。
もし秋代たちが3チームを全滅させれば、その後で秋代たちを潰す。そして、もし3チームが秋代たちを潰せば、島たちが油断しているところに奇襲をかける。そうすれば、どちらにしろ4チーム分のポイントは2位チームに転がり込み、2位チームは総数で1位チームを上回ることになる。
そうなれば、後はタイムリミットまで逃げ切るだけ。最後に生き残るのは、自分たちという寸法だった。
唯一、木葉たちの強さだけが計算外だったが、3チーム分のポイントを足せばポイント数では永遠長チームを上回ることになる。ここで、これ以上のリスクを犯す必要はなかった。
「これで、後は3日逃げ切ればオレたちの勝ちだ」
たとえ、どんな手段を使おうが生き延びる。魔神の生贄など冗談ではなかった。
「何があろうが、絶対生き残ってやる」
揺るがない決意とともに、錦がその場を立ち去ろうとしたとき、
「が!?」
背中に強烈な痛みが走った。
「な?」
振り返ると、そこには1人の女子が立っていた。その手に、血のついたナイフを握りしめて。
「む、向井……」
それは間違いなく、1位チームの向井だった。
「悪いわね」
錦の背中からナイフを引き抜きながら、向井はつぶやいた。
「わたしも、まだ死にたくないのよ」
向井がそう言った直後、錦の体が消滅した。と、同時に、2、4、5、6位チームのポイント数が1位チームに移行された。
そしてチーム戦は、1位チームがトップを独走したまま、約束の日を迎えることになったのだった。