第79話
真境司は普通の高校生だった。たとえ、必要もない伊達眼鏡をかけ、高一になる今日まで友人と呼べる人間が1人もおらず、傲岸不遜で気難しく、排他的で他人のことなど歯牙にもかけない個人主義者であろうとも、彼は世間一般でいうところの普通の高校生だった。
その真境が、普通から外れるきっかけとなったのは「世界救済委員会」からのコンタクトだった。
夏休み明けの水曜日。
真境が帰宅後にパソコンの電源を入れると、画面に「世界救済委員会」からのメールが表示されたのだった。
「くだらん」
どうせ暇人のイタズラだろう。
そう思いながらも、真境は送られてきたメールに目を通した。すると、
今現在、この世界には魔物を封じる結界が張られていること。
その結界の限界が近いこと。
もし結界が完全に消滅すれば、この世界に魔物が復活すること。
そのとき、人類に多大の被害が出る可能性があること。
結界の弱体化に伴い、今この世界には異能力を持った人間が現れ始めていること。
その結界の弱体化の原因が、人間の悪意であることが記されていた。
そして最後に、
「あなたなら、この状況を、どう解決しますか?」
と問いかけていた。
「愚問だ」
真境はズレた眼鏡を右手の中指でかけ直すと、自分の答えを打ち込んでいった。その答えとは、
封印が解ける前であれば、クズどもを皆殺しにすること。
だが実際問題として、この案の実行は難しい。
そこで封印解除後の方策としては、
魔物との戦いを犯罪者にさせる。
というものだった。
元々、魔物の復活する原因はクズどもにある。ならば、その責任をクズどもに取らせるのは当然のこと。そんなクズどもの尻拭いのために、善良な人間が命をかけて魔物と戦うなど、理不尽極まりない。死ぬなら、まず元凶であるクズどもであるべきだった。
だが、犯罪を犯すような者がタダで戦うわけがない。そこで、
たとえば死刑囚ならば、100匹魔物を殺せば無期懲役に減刑する。
無期懲役犯なら、さらに100匹殺せば有期刑に減刑する。
そして有期刑の囚人であれば、1匹殺すごとに1か月減刑する。
という具合に餌を与える。
そうすれば、囚人のなかにも戦おうという者が出てくるだろう。
それが真境の答えだった。
「もっとも、実現は難しいだろうがな」
囚人にも人権がある。というのが、世間一般の建前となっている以上、たとえそれがいかに効率的であろうとも、罪人に戦いを強いるようなことを善良な庶民が良しとするわけがない。
それでも、どうせ暇つぶしの余興と考えていた真境は、嘘偽りない自分の考えを答えとして返信した。すると間もなく、
「おめでとうございます。審査の結果、あなたは「救済者」として認定されました」
という返信がきた。
「つきましては、あなたが思い描く救済を実現するために、わたくしどもよりささやかなプレゼントがございます」
そう言って、世界救済委員会が提示してきたのは、クオリティーの覚醒方法と、プロビデンスというクオリティとは別の300を超えるスキル、そして100を超えるキャラクターだった。
「クオリティの覚醒後、この中より、お好きなものを1つずつお選びください。その力が今日よりあなたのものとなります」
世界救済委員会に促されるまま、まず真境は画面にあったリアライズボタンをクリックした。結果、真境が覚醒させたクオリティは「境界」だった。
「境界? 境界線の境界か? つまり、俺は結界を作れるようになったということか?」
真境は世界救済委員会に答えを求めた。しかし世界救済委員会からの答えは、
「それは、ご自身でお確かめください」
というものだった。
仕方なく、真境はキャラクターとプロビデンスの選定にかかった。
そして、数あるキャラクターとプロビデンスの中から、真境が選んだのは「魔物使い」と「人間をモンスターに変える能力」だった。
クズどもを「人間をモンスターに変える能力」でモンスターに変えて、それを「魔物使い」の能力で操る。
そうすれば、ほぼ自分が思い描いた通りの方法で、魔物を撃退することができるはずだった。
「いいだろう。お望み通り「救済者」とやらになってやる」
真境はフンと鼻を鳴らした。
「ただし、俺、いや私が行うのは真っ当な救済ではない。毒を以て毒を制す。悪の力で正義を成す。必要悪としての救済だ」
真境はそう言い捨てると、パソコンの電源を切った。
後に「モンスターメーカー」と呼ばれることになる、異質の「救済者」が誕生した瞬間だった。




