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第75話

 翌日の昼休み。

 秋代たちは今後についての会議を、いつものように屋上で行っていた。


「ボクたちは常盤学園に行こうと思ってます」


 昨夜、禿と話し合ったようで土門の声に迷いはなかった。


 もっとも、この土門と禿の決断に関しては秋代も予想済みだった。

 この2人は住所地が東京でないため、今回のように団体で動く必要がある場合、不便をきたす場合が多い。その点、常盤学園に転校すれば合流時間も短縮できるし、常に一緒にいられるメリットもある。加えて、大学卒業までの学費を免除してくれるとくれば、医者志望の2人にとっては願ってもない申し出なのは容易に想像できた。


「小鳥遊さんは、どうするか決めた?」


 秋代は小鳥遊に尋ねた。


「私も常盤学園に行こうと思ってる」


 小鳥遊は迷わず答えた。


「私の夢は獣医師だけど」


 獣医師になるためには、国立でも約400万、公立だと700万、私学だと、多いところでは1500万円必要になる。


「うちの家、そんなに裕福じゃないから、半分はあきらめてたの。けど、常盤学園には獣医科もあるし、本当に学費を免除してくれるなら、このチャンスを逃したくないから」


 小鳥遊の話を聞きながら、秋代は我が身を省みていた。

 小鳥遊には獣医という夢と、それに至る人生設計がある。そして、それは木葉も永遠長も同じだった。

 木葉には、将来は警察官になるという夢があるし、永遠長にも常識離れしているが異世界で冒険者として生きるという夢がある。そうなると、この中で将来の展望がないのは自分だけなのだった。

 あせる秋代の視界に、加山の姿が入った。


「加山、ひとつ聞きたいんだけど」


 秋代は内心の動揺を隠しつつ、


「将来、何になりたいとか、あるわけ?」


 努めて冷静に尋ねた。逆に、


「え?」


 突然、話を振られた加山は戸惑いを隠せなかった。それでなくても、小鳥遊が転校してしまうことに動揺していた加山は、


「な、ないけど」


 思わず本音を漏らしてしまった。すると秋代は加山の肩に手を置き、


「強く生きるのよ」


 と、涙目で励ました。

 それは、半ば自分への激励の言葉だったが、むろん加山はそんな意味には受け取らなかった。


 バカにしやがって! バカにしやがって! バカにしやがって!

 見てやがれ! いつかビッグになって絶対見返してやるからな!


 そう、固く心に誓う加山だった。

 そして、そのためにも名門校である常盤学園に転入するのは悪くないかも。授業料はタダだし、小鳥遊も行くって言ってるし。


 他人の言動に左右される、この流されやすい性格が軽く見られる最大の原因なのだが、そのことには気づかない加山なのだった。


「で? あんたはどうするわけ?」


 焦燥感を加山に押し付けることで、自らは落ち着きを取り戻した秋代が永遠長に尋ねた。


「大まかな事情は、朝霞から聞いてんでしょ?」


 秋代が常盤学園に転校するかどうかは、ひとえに永遠長の動向にかかっていると言っても過言ではなかった。


「行かん」


 永遠長は即答した。


「俺は誰の思惑に振り回される気もなければ、誰の傘下に入るつもりもない」

「ま、あんたならそう言うと思ったけど、本当にそれでいいわけ?」

「どういう意味だ?」

「だってあんたって、ぶっちゃけ好奇心だけで動いてる人間じゃない」


 命よりも好奇心を優先する。それが永遠長イズムなのだった。


「常盤学園に行ったら、何か新しい発見があるかもしれないし、能力者だらけなら自分にプラスできる新しい能力も見つかるかもしれないじゃない。それこそ、あんたがずっと言ってる異世界を自由に行き来できる方法だって見つかる可能性だってあるわけだし。それを全部ほっぽって、本当に現状維持のままでよしとするのかって話よ」

「…………」

「ま、あたしとしては、あんたがここに留まってくれるなら、そのほうが助かるけどね。転校したら絶対問題起こしそうだから、あんた」


 この学校では、すでに永遠長はアンタッチャブルな存在になり仰せているため、喧嘩を仕掛ける者はおろか近づく者すら存在いない。だが、土地が変われば人も変わる。そうなれば、永遠長にちょっかいを出す人間が現れないとも限らないのだった。


「それこそ、あんたのことだから「転校生はイジメられると言うが、本当かどうか試してみよう」とか考えて、もし本当にちょっかいかけてくる奴らがいたら、最初は黙ってやられといて、頃合いを見計らって、それまで調子に乗ってた連中を血祭りに上げるとか普通にやりかねないでしょ。それこそ「それまで能力があるのをいいことに好き放題していた奴らが、それ以上の力で叩き潰されたとき、果たしてどんな反応をするのか興味があった」とかなんとか言って「だが、それも済んだ。もう、おまえたちに用はない」って、いつもの調子で、正当防衛の名の下に」

「…………」

「……あんた、今それも面白そうだとか思ったでしょ」


 秋代に問い詰められても、永遠長はなおも沈黙を保っていた。が、その反応だけで秋代には十分だった。


「……だから野放しにできないのよ、あんたは」


 しかも、今は悪知恵が働くサポートまでついている。

 永遠長と朝霞がタッグを組んで暴走したら、どうなるか。

 秋代は想像したくもなかった。


「まあ、いいわ。別に期限を切られたわけじゃないし、誰がどこの学校に通おうと、異世界ストアの活動に支障はきたさないわけだし、たいした問題じゃないわ」


 秋代は頭を切り替えた。


「それより今問題なのは、モンスター化のほうよ。結局、永遠長もなんの情報も得られなかったわけだし、現状、前に言った通りモスで資金集めをしながら情報を集めるしかないわけだけど」


 それで、どれだけ有益な情報が得られるか、はなはだ怪しかった。


「わしの武器も探さにゃならんしの」


 木葉が付け足した。


「あんた、まだ諦めてなかったわけ?」

「当たり前じゃ。おまえや小鳥遊だけじゃのうて、加山でさえも自分の武器を手に入れたっちゅうのに、わしだけ持っとらんとか、ありえんじゃろうが」


 加山でさえも……。


 木葉の口から出た何気ない言葉に、


 ナメやがって! ナメやがって! ナメやがって!


 加山の闘争心に再び火が付く。


 絶対強くなって、こいつら見返してやる! 


 そう固く心に誓う加山だった。


「まあ、いいわ。とりあえず、やることは変わんないわけだし。そこであんたの武器が見つければ、それに越したことはないものね」

「そうじゃ! 宝探しこそ冒険者の本懐なんじゃ!」

「そこは魔王退治じゃなかったわけ?」

「それは勇者の本懐じゃ!」

「まあ、いいけど」


 そこで予鈴が鳴った。


「勝手にするがいい」


 永遠長は立ち上がった。


「おまえたちがモスで何をしようが、俺にはなんの関係もない話だ」

「で? 関係ないあんたはどうするわけ?」


 単独行動するってことは、やっぱりなんか掴んでるんじゃないの?

 永遠長を見る秋代の目は、如実にそう訴えていた。


「言ったはずだ。同じ異世界ストアの運営でも、俺とおまえたちでは目的が違うと。おまえたちはおまえたちで、異世界ストアの運営としての仕事を全うすればいい。俺は俺のやり方で、異世界ストアとしての仕事を全うする。ただ、それだけの話だ」

「それだけの話はいいけど、何か掴んだら教えなさいよ。こっちはこっちで情報を提供してんだから」

「言ったはずだ。必要があればすると」

「だーかーらー、て、待ちなさいよ。まだ話は終わってないわよ」


 呼び止める秋代に構わず、永遠長はさっさと教室に戻ってしまった。


「たく。まあいいわ。んじゃ、とにかく、そういうことで、今日も帰宅次第、モスで合流ってことで」


 秋代が話をまとめ、屋上会議は終了した。


 そして放課後、モスで合流した秋代たちは、さっそく新たなクエストに取り掛かった。

 今回のクエストは、キケロという村を荒らす魔獣退治であり、その依頼はものの一時間で完遂することができた。までは、よかったのだが……。


「何、あんたたち?」


 魔獣を退治した帰り道、秋代たちは複数の男たちに取り囲まれてしまったのだった。いや、正確には男かどうかも定かではなかった。なにしろ、その全員が黒のローブで身を包み、顔も同色のフードで覆い隠しているため、容姿はおろか性別さえも判断できなかったのだった。


「さっそく、餌に食いついてくれたってわけね」


 秋代は剣を引き抜いた。それに呼応し、男たちも秋代たちへと間合いを詰める。


「上等じゃ!」


 いつものように、木葉が真っ先に斬りかかる。そして木葉の突き出した剣先は、正確に1人の右肩を貫いた。しかし、


「なんじゃ?」


 木葉の手には、なんの手応えもなかった。そして男は何事もなかったかのように、木葉に手を伸ばしてきた。


「食らうか!」


 木葉は、とっさに男の手を切り払ったが、やはり手応えはなかった。


「なんじゃ、こいつら?」


 切られても平然としている男たちに、さすがの木葉も困惑していた。


「……この人たち、もしかしてレイスなんじゃ」


 小鳥遊がつぶやいた。


「レイス?」


 秋代は眉をひそめた。


「レイスって、確かゴーストの又従兄弟って感じのモンスターだったわよね?」


 秋代も見るのは初めてだった。


「てゆーか、レイスって吸血鬼と同じで太陽が苦手だから、真っ昼間は出てこないんじゃなかったっけ?」


 今の時刻は、おおよそ夕方の5時。まだ幽霊が出現するには、早すぎる時間帯だった。


「そのはずだけど、それは、あくまで物語上の設定だし。と言うか、もしこれが例の事件の犯人の仕業なら、人をレイスに変えたのかも。今日は曇りで日が出てないから。そもそもレイスは単独で出現することがほとんどで、普通こんなに1度に現れるなんてあり得ないはずだし」

「なるほどね」


 小鳥遊の推測を聞いて、秋代は合点がいった。


「要するに、魔獣じゃ倒せなかったもんで、今度はアンデッド系で攻めてきたってわけね」


 アンデッド系は銀か魔法の武器でなければ倒せない。そして今木葉が使っている剣は、ただの鉄の剣でしかないため、ダメージを与えられなかったのだろう。実際のところ、人器でよければアンデッドに効果のある武器も購入できたのだが「わしだけ間に合せの人器とか嫌じゃ!」と、木葉は断固として固辞したのだった。


「てゆーか、もし小鳥遊さんの言う通りなら、こいつらは例の事件の犯人に、モンスター化された可能性が高いってことになるわね」


 しかも、この場合モンスター化されたのは、地球人であるとは限らない。土門の回帰で復活させられる可能性はあるとはいえ、生け捕りにできれば、それに越したことはなかった。そして、そのための役割分担も打ち合わせ済みだった。


「封印!」


 まず小鳥遊が2体のレイスの動きを封じると、


「回帰!」

「改変!」


 その2体を土門と加山が人間へと戻していく。そして残りの3人は、その間全力で小鳥遊たちをガードする。退治するよりも手間と時間はかかるものの、これがモンスター化された人間を元に戻す1番確実で安全な方法なのだった。

 そして狙い通り、無傷でレイス集団を人間に戻すことに成功した後、


「……とりあえず、ふん縛っといたほうがよさそうね」


 秋代たちは荷袋からロープを取り出した。この5人が、どういう経緯でモンスター化したのか不明な以上、用心するに越したことはない。

 秋代たちが5人を縛り上げようとしたとき、


「え?」


 5人の体が霧散した。


「どうなってるわけ?」


 秋代は残された服を手に取った。すると、服から金属の塊が地面に落ちた。


「なに、これ?」


 拾い上げると、それは見たことのない紋章の刻まれた掌大のメダルだった。


「こっちのやつも持っとったぞ」


 木葉も同じメダルを拾い上げて見せた。


「ちゅうか、フードだけ実物だったから、日が出てても平気だったんじゃな。レインコートならぬ、シャインフードだったっちゅうわけじゃ」


 木葉は感心しきりだったが、秋代はツッコむ気にもなれなかった。


「これは……」


 土門はメダルの模様に見覚えがあった。


「知ってるの、土門君?」

「はい、これは女神テネスティア様を信仰する、テネスティア聖道教会の聖印です」

「聖印?」

「キリスト教の十字架みたいなものです」

「ああ、あれね。て、ことは、さっきの奴ら、そのなんとか教会の人間だったってこと?」

「その可能性が高いですが、確かなことはわかりません。これぐらいなら誰でも手に入りますし、そもそも暗殺しようとする人間が、自分の正体がわかるものを、わざわざ持ち歩いてること自体が不自然ですから」

「罠ってこと?」

「で、なければ教団に濡れ衣を着せようとしているか」

「おお、近江屋事件で、わざとらしく原田左之助の鞘を現場に残して、竜馬の暗殺を新選組の仕業に見せかけようとしたのと同じ手口じゃな」


 木葉が興奮ぎみに言った。


「もっとも、わしは竜馬の暗殺は薩摩藩の西郷隆盛と大久保利通が、倒幕の邪魔になった竜馬を京都見廻役を利用して暗殺させたんじゃと思っちょるがのう」

「はいはい。あんたの薩摩藩暗殺説は、もういいってゆーか、聞き飽きたから」


 秋代は、鼻息を荒げる木葉を押しのけた。


「今問題なのは、誰が坂本龍馬を殺したかじゃなく、誰があたしたちを殺そうとしたか、なんだから」

「そんなもん、その教団に行ってみればわかることじゃろうが。もしそいつらが犯人なら、わしらを殺そうとするじゃろうから返り討ちにすればええ。簡単な話じゃ」

「ほんと、あんたは単純でいいわね」


 秋代は嘆息した。しかし、木葉の言うことに一理あることも認めないわけにはいかなかった。結果、他に手がかりもない秋代たちは、結局、この木葉の案を採用し、テネスティア聖道教会の本部へと向かうことにしたのだった。



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