第74話
週が明けた月曜日の放課後。
秋代たちは、予定通り常盤学園を訪れていた。
常盤学園は、東京と神奈川の県境に位置し、毎年多くの優秀な人材を排出する名門校として、その名を全国に知れ渡らせていた。
もっとも、そんなお題目は秋代たちには関係ない話であり、正門横に設置された来客用の受付所で書類に名前等を記帳すると、気後れすることなく学園の敷地内に足を踏み入れた。
「さすが名門校ね。セキュリティもしっかりしてるわ」
秋代は感心しつつ、受付係から渡された校内地図を頼りに西の新校舎へと向かった。受付係の話だと、羽続は新校舎の2階にある学園裁判所で、秋代たちが来るのを待っているらしかった。
「確か法廷で待ってるって言ってたわね」
地図によると、新校舎の2階は丸々学園裁判所の関連施設となっていて、秋代たちが探している「法廷」の他に「受付」「調査官室」「資料室」「事情聴取室」「和解室」が設けられていた。
「ここね。法廷は」
秋代は第1法廷室の前まで来ると、ドアを開いた。すると、
「お、来たな」
やはり黒の上下で身を包んだ羽続が待っていた。そして、その周囲にはこの学園の学生と思しき4人の男女の姿があった。
「ま、入んな」
羽続は秋代たちを招き入れると、
「その辺に適当にかけてくれ」
傍聴人席を指さした。
「いや、その前に面合わせしとくか。そっちの人数も増えてることだしな」
羽続はそう言うと改めて名乗った。
「俺は羽続翔。この常盤学園の学園裁判所の裁判官だ。そして」
羽続は横にいる少年たちに目を向けた。
「横にいるのが久世来世。で、その隣が朝比奈日美子。で、こっちにいるのが英要人で、その隣にいるのが、愛希望。4人とも、この学園裁判所の調査官だ。一応な」
羽続がそう説明すると、
「羽、説明、雑」
愛希から容赦ないダメ出しが入った。
「いいだろ。どうせ名前なんて、どんなに丁寧に説明したところで、いっぺんに覚えられやしねえんだから」
「それ、覚えられない、違う。羽が、覚える気、ないだけ」
再び愛希から容赦のないツッコミが入る。
「それに、わたし、調査官、違う。救済者」
「いやいやいや、そこは違わねえだろ。おまえは救済者だが、ここの調査官でもあるんだからよ」
「そして、救済者の使命、悪人の処刑」
「違うからな。救済者の仕事は、あくまでも、この世界を救うことだからな」
羽続は嘆息した。この会話を何度繰り返したか。羽続は数える気にもならなかった。そして羽続側の紹介に続き、秋代たちの自己紹介も終わったところで、
「んじゃ、その辺に適当にかけてくれ」
羽続は傍聴人席を指さした。そして秋代たちが思い思いの席に座ったところで、羽続は本題に入った。
「さて、それじゃ挨拶も済んだことだし、昨日の続きといくか。えーと、どこまで話したんだっけか? 確か、そうだ、モンスター化の事件のあらましまでだったな。こっちは、あれから進展なしだが、そっちは何か進展あったか?」
「いえ、こっちでも調べてみたけど、何も出てこなかったわ」
あくまでも永遠長の言うことを信じれば、の話だけど。と、秋代は、心のなかで付け加えた。
「だろうな。こっちでも、わかってんのはモンスター化してるのが、全員「転移者」だってことだけだからな。もっとも、だからと言って犯人が異世界関係者だと決めつけるのは早計だけどな。もしかしたら「転移者」を見分けられる「救済者」か、でなければ「転移者」と結託してる「救済者」の仕業かもしれねえんだから」
「昨日から聞こうと思ってたんだけど、その「救済者」ってなんなわけ? あと「世界救済委員会」ってのも」
「「救済者」ってのは「世界救済委員会」に、世界を救うために選ばれた人間のことだよ。で「世界救済委員会」ってのは、簡単に言うと、おまえら異世界ストアの、ご同業だ」
「同業?」
「おまえらも運営なら、異世界ストアがなんであるか。本当の目的は知ってるよな?」
「え? ええ、もうすぐ、この世界に復活する化物に対抗するため、でしょ」
「そう。そして「世界救済委員会」も、設立目的自体は異世界ストアと一緒だ。唯ひとつ違いがあるとすりゃあ「異世界ストア」が、この世界を救うための「勇者」を育成するために設立された機関であるのに対して「世界救済委員会」は、この世界を救うための「ヒーロー」を育成するために設立された機関だってことだ」
「ヒーローじゃと!?」
木葉の目の色が変わった。
「ああ、そうだ。アメコミみたいなな」
羽続は鼻を指でかいた。
「この世界を創った創造主が、キモオタだってことは知ってんだろ?」
「キモ、重度のオタだってのは聞いたけど」
「そいつが、アメコミや最近の漫画なんかを見てて触発されたらしくてな。見てるだけじゃ我慢できなくなって、自分自身の手で本物のヒーローを生み出したくなっちまったんだよ。で、この世界に危機が訪れてるのを、これ幸いと「世界救済委員会」を設立して、見どころがありそうな奴を、世界を救う「救済者」と銘打ってヒーローに仕立てあげたってわけだ」
「……創造主って、バカなわけ?」
秋代は思わずツッコんでしまった。
「まあ、俺も正直そう思わねえでもねえけどな。それで俺は助かったから、そこんところはノータッチだ。それに実際のとこ、世界を救うために力を持った人間を増やすこと自体は悪いことじゃねえしな」
「まあ、確かに」
「だが力を与えるにしても、異世界ストアと同じシステムにしたんじゃ芸がねえし「勇者」との違いも出せねえ。そこで創造主が考えたのが「キャラクター」と「プロビデンス」てわけだ」
「プロ? なに?」
「プロビデンスってのは「救済者」のオリジナルスキルのことだよ。本来は、神の加護とか意志って意味だが、そこは深くツッコむだけ無駄だ。クオリティと一緒で、創造主が今までにないネーミングで、それっぽい名前ってことで付けただけだから」
「…………」
「で、そのプロビデンスがクオリティやジョブスキルと違うところは「救済者」になったときに、数ある能力の中から本人が好きなものをノーリスクで選べるってことだ」
「それじゃ、キャラクターって言うのは?」
「キャラクターは、ストアで言うところの「ジョブシステム」みたいなもんだが、ひとつ違うのは委員会の提示するキャラには戦士や魔法使いだけでなく、空想上の英雄やモンスターも入ってるってところだ」
「モンスターも?」
「ああ、それこそドラゴンやヴァンパイアもな」
「ヴァンパイアって。それじゃ、異世界戦隊の中にヴァンパイアになれる奴がいたのって」
「あいつらは別だ。あいつらの力は創造主のお友達特権と迷惑料ってことで、特別に授かっただけだからな」
「そう言えば、そんなこと言ってたわね」
「そもそも異世界ストアと世界救済委員会は、対象を被らせねえことが暗黙のルールになってて、1人の人間が両方の力を持つことは、できねえ仕様になってんだ。でねえと「勇者」と「ヒーロー」がごっちゃになって、世界を救ったのが「勇者」か「ヒーロー」かわからなくなっちまうからな。それじゃ「世界救済委員会」を設立した意味がねえ。まあ、委員会を創った理由の半分は解決策探しだったわけだから、まるっきり意味がねえってわけでもねえんだけどな」
「どういうこと?」
「ここからは、俺もくわしい話は知らねえんだがな。聞いたところをそのまま言うと、この世界の危機を解決する方法を、自分じゃ思いつかなかったキモオタは、発想を変えることにしたんだとよ。自分には、この危機を解決する方法は思いつかない。だが、その危機を若者に伝えれば、自分には思いもよらないような解決策を考え出してくれるかもしれない、とな。そして、その解決策により、もし本当に世界が救われたら、それは「若者に解決策を考えさせようと考えた、自分の功績になるのではないか?」と考えたらしい」
秋代の観点から見ても、それは他力本願でありながら、自分も功績を得ようとする、実に厚かましい計画だった。
「そしてネット経由で若者たちに真実を伝え、自分が納得する解決策を提示した者に「救済者」の資格ありとして力を与えて、ヒーローに仕立て上げようとした。それが「世界救済計画」の全容なのさ」
「マジで?」
「マジで。だが、その計画を実現させるには1つ障害があった。おまえらなら、もう知ってるかもしれねえが、そのキモオタは現在、力を封じられた状態にあってな。自分じゃ力を授けることができなかったんだ。そこで、そのキモオタは考えたわけだ。自分ができないのであれば部下にやらせればいいと」
「そこでも他力本願したわけね」
「そういうこった。そしてキモオタは、自分の部下のなかから自分の考えに賛同してくれそうな奴を見繕い、そいつに「世界救済計画」を代行させたんだ。まあ、そこまではよかったんだが……」
羽続は頭をかいた。
「あるとき、その計画が他の部下にもバレちまったらしくてな。面白半分で人間に力を与えて人外化させるような計画は、即刻中止するように進言されちまったんだそうだ」
「まともな奴もいたのね」
「そしてキモオタもその進言を受け入れ、計画を中止する決断をした」
「よかったじゃない」
「だが、ここで1つ問題が生じた。キモオタより計画を任されていた部下が、その決断に異を唱えたんだ。これは、あくまでも俺にこの話をした奴の言い分だが、そいつは邪推したらしい。キモオタが計画を断念したのは周りが無理強いしたからであって、決してキモオタの本心ではないってな。結果、そいつは独断でキモオタから与えられた任務を続行し、今も「救済者」を量産し続けてるってわけだ」
羽続は肩をすくめた。
「しかも、そいつは異世界ストアに無駄な対抗心を燃やしてるみたいでな。救済者の要望に応じて、与える力の種類がどんどん増えてるみたいなんだ」
羽続の話を聞きながら、秋代はしみじみ思っていた。寺林といい、創造主の配下にはロクな奴がいないと。
「まあ、唯一の救いは、そいつは今もキモオタが決めた「救済者」に選ばれる最低条件だけは守ってることだ」
「最低条件?」
「一言で言うと、ボッチってことだ」
「ボッチ? なんでボッチなわけ? て、もしかして……」
秋代は、かつて自分が同じような質問を、寺林にしたことを思い出した。
「決まってんだろ。最近のラノベや漫画じゃ、そういう奴が突然力を得てヒーローになるのが、お約束だからだよ」
やっぱりか。
秋代は心のなかでツッコんだ。
「で、そのお約束を、そいつは今も頑なに守ってるってえわけだ。とはいえ、このまま暴走を許せば魔物が復活する前に、この世界のパワーバランスが崩れちまいかねねえ。そこで、この話を俺にした奴は俺に学園裁判所の裁判官への就任を要請するとき、一緒に「救済者」に与えた力を回収することも依頼してきたんだよ。ま、キャラで「シェイド」を選んで「分離」のクオリティを持つ俺が、適任だと判断したんだろうな」
「シェイド?」
「シェイドってのは、影の魔人のことだよ。昨日見たろ。俺は、そのキャラを選んだことで自分の体を影化して、建物の中を自由に出入りできるんだよ。だから「救済者」に気づかれずに近づいて力を回収させるには、うってつけだったってわけだ」
「要するに、創造主の尻ぬぐいを頼まれたってわけね」
「それを言っちゃあ、おしめえよってやつだが、俺だって、ただ雑用押し付けられて黙って従うほど、お人好しじゃあねえ。そこで、力を回収するにあたって1つ条件を出した」
「条件?」
「ああ、そいつらから力を回収するかどうかは、俺の判断に任せるってことだ。確かに力を与えられた奴が好き勝手に暴れたら、世の中メチャクチャになっちまう。だが、全員が全員そうなるとは限らねえだろ」
与えられた力を、本当に世のため人のために使おうという人間だっているかもしれない。
「それを、どんな経緯があるにせよ、いったん与えといて、それは間違いでしたから回収します。じゃ、いくらなんでも酷すぎだろ。人は創造主のオモチャじゃねえんだ。与えるだの取り上げるだの、そっちの一方的な事情で振り回されてたまるかってんだ」
羽続はフンと鼻を鳴らした。
「それに力を取り上げた後に魔物が復活して、もしそいつが魔物に殺されでもしたら、間接的にとはいえ、俺がそいつらを殺したことになっちまうからな。あのとき力を取り上げられてさえいなければ、殺されなくて済んだかもしれねえのに、なんてことになったら、目も当てられねえ」
そいつが死んだのは俺のせい。
後で、そんな気にさせられるのは真っ平ごめんだった。
「で、そう言ってやったら、向こうもその条件を飲んだんで、俺は回収作業を引き受けたってわけだ。つまり、俺は常盤学園の学園裁判所の裁判官であると同時に、創造主に力を与えられた人間が、そのまま力を持ち続けるに値する人間かどうかを審判する裁判官でもあるってこった。ま、ファンタジー風に言うと、光と闇の学園裁判官ってところだな」
羽続は頭をかいた。
「だから今回のモンスター化事件にも、救済者が絡んでる可能性は十分あるってこった。なにしろ、今の救済者の行動原理は、現在の世界情勢同様3つに別れてるからな」
「3つって?」
「簡単に言うと、現状維持派。革命派。破滅派の3つだ」
「破滅って、最近よくある、死にたいから死刑にしてほしくて、事件を起こしたって奴らみたいな?」
「そういうこった。もっとも、そういう奴らの大半は「契約者」になってるから「救済者」や「転移者」のなかには少ねえがな」
「契約者?」
「ああ、それも知らねえのか。契約者ってのは、悪魔と契約した奴らのことだよ。おまえらも聞いたことぐらいはあるだろ。3つの願いを叶える代わりに魂をもらう、悪魔の契約の話。あれが今の世の中で、実際に起きてんのさ」
「あ、悪魔?」
あ然とする秋代たちに、
「ん? なに、驚いてんだ、おまえら?」
羽続は、あっけらかんと言った。
「おまえら異世界ストアは、ファンタジーが専門なんだから、それこそ悪魔なんて見慣れたもんだろうがよ。ラスボスの魔王は、いわば悪魔の親玉なんだし、レッサーデーモンやアークデーモンだって、モンスターとしちゃ定番だろ」
「そ、それは、そうだけど……」
秋代は言い澱んだ。これまで秋代たちは色々なモンスターと戦ってきたが、悪魔系のモンスターとは1度も遭遇したことがなかったのだった。
「たく、雁首並べて辛気臭え顔しやがって。悪魔ぐれえで沈んでたら、それこそ身が持たねえぞ。なにしろ、今この世界には下手すりゃ、悪魔より質が悪い奴らがウジャウジャいやがるんだからな」
「あ、悪魔より?」
「おうよ。言ったろ。今この世界には、現状維持派と革命派と破滅派がいるってよ。だが世の中、そんなに単純じゃねえ。その3派も実際にはさらに細分化されてて、そいつらが世界をてめえの思い通りにすっため、今も暗躍してやがるんだよ」
そいつらに比べれば、悪魔などかわいいものだった。
「わかりやすいとこで言や、国だ。国家は基本どこも現状維持派で、来たるべき危機に備えて対抗できる人材の発見と育成に尽力する。と、国家間で共通の意思を確認しているが、それは上辺だけのこと。本音じゃ、この状況を利用して主導権を握ることや領土を拡大させることを考えてる国も少なからず存在する。どこの国とは言わねえがな」
「特に、あそことあそこね」
「そして企業。財界は大方現状維持派だが、それだけに異能力者のリクルートには関心が集まってる。結界崩壊後の世界は、力が物を言う世界になるかもしんねえからな。今のうちに優秀な能力者を集めといて、それに備えようってわけだ。それでなくても、異能力者がいれば色々と便利だからな。企業にとっては」
羽続は、再びお茶を濁した。
「後は、自力で力に目覚めた超能力者や獣人。こいつらは基本バレたらヤバい自覚があるから、ほとんどは息を潜めて暮らしてる。が、中には同じ境遇のモンを集めて、人目をはばからなくていい、自分たちの理想郷を作るために動いてる奴らもいる。こういう奴らは、基本自分たちに偏見を持ってる一般人を敵視してやがるからな。改革派であり、普通の人間にとっては自分たちを滅ぼそうとする破滅派でもあるってわけだ」
「…………」
「そして救済者。救済者も、基本現状維持派だが、中には歪んだ思想の奴もいる。たとえば「世界を救うためには、この世から悪人を抹殺すればいい」と考えてる愛希みてえな過激思想の奴らや「愚かな人類を救う最善の方法は、自分が世界を支配して人類をコントロールすることだ」なんてことを、ガチで考えてる奴らも少なからず存在しやがるんだ。しかも、こういう奴らは本気で自分が正しいと思ってやがるから、邪魔する奴には容赦ねえんだ。それこそ殺すことさえもな」
完全無欠の正義が、もっとも多く血を求める。それは今も昔も同じなのだった。
「そして契約者。こいつらの厄介なところは、たいがいの奴が3つの願いの1つで、不老不死を選びやがることだ。だから切ろうが突こうが吹っ飛ばそうが、すぐに復活しちまいやがるんだ」
「じゃ、じゃあ、どうやって倒せばいいわけ?」
「ん? そーだな。俺の場合は「分離」で不老不死の力を取り上げるか、魂を引っ張り出してタコ殴りってとこだな。で、愛希は「ソウルチェンジ」で、魂を虫かなんかに移し替えて、久世は「無力」のクオリティで、不老不死自体を無効化させて攻撃するって感じだな」
「ソウルチェンジ?」
「ああ、愛希のプロビデンスだよ。愛希は、そのプロビデンスで人の魂を別の生物の魂と入れ替えることができるんだ。それこそ動物や虫とでもな」
人を殺せば罪になる。だが虫を殺しても罪には問われない。そこで愛希は悪人の魂を虫と入れ替え、その虫を「駆除」することで世界の浄化を図ろうと考えたのだった。
「どんなに腕っぷしに自信があろうが、虫にされたらどうにもなんねえからな。ある意味、最強の能力ってえわけだ」
それだけに始末が悪く、実際、羽続も当初は愛希の力を没収しようと思っていた。だが愛希が「たとえ力がなくなっても「救済者」として、これからも悪人を駆除する」と豪語したため「執行猶予」とし、手元に置いて教育し直すことにしたのだった。
「てゆーか、そんな奴らがいるんなら、今回の事件もそいつらの仕業って可能性もあるんじゃないの?」
というより、秋代からすれば、その可能性が1番高いように思われた。しかし、
「んー」
羽続の反応はイマイチだった。
「まあ、その可能性もなくはねえが、俺的にはかなり低いんじゃねえかと思ってる」
「どうして、そう思うわけ?」
「必要性が薄いからだよ」
「必要性が薄い?」
「ああ。今回の事件が、もし本当に「契約者」の仕業だとしたら、そいつはわざわざ転移者を探し出して、そいつが人前に出たところでモンスター化させたことになる。もしそうなら、そいつの目的はなんだ?」
「なんだ? て……」
秋代は言葉に詰まった。
「転移者が世界を滅ぼす上で邪魔になるってんなら、それこそ愛希みたいに弱いモンスターに変えたところで始末すりゃいい話だし、ただモンスター化した人間に人を襲わせてえだけなら、わざわざ手間暇かけて転移者を探し出すなんて真似しねえで、そこらにいる奴を適当にモンスター化すりゃいいだけの話だろ」
「た、確かにそうね」
「ま、世の中、いろんな人間がいやがるからな。絶対とは言い切れねえが、可能性はかなり低いと俺は思ってる。契約者の数自体、まだまだ少ねえしな」
「そうなの?」
「ああ、神と違って悪魔は自由に動けねえからな。今、悪魔が人間にコンタクト取れるのは、よっぽど結界が弱まったときか、人間側が魔法陣こしらえて結界に穴を開けたときしかねえ。しかも結界が強えときには、魔法陣自体が無効化されちまうからな。そう簡単には人間を勧誘できねえんだよ」
「魔法陣自体を無効化?」
「ああ。この世界に施された結界は、その強力さから魔物を封印すると同時に、それ以外のあらゆる力、たとえば法力とか超能力、狼男みたいな変身能力も使えなくしちまってるんだよ」
「そうなの?」
「ああ。そもそもおまえら、この世界でクオリティが使えるのを当たり前みてえに思ってるようだが、あれだって結界が完璧だったら使えてねえんだぞ。つーか、今でも結界が持ち直したときには使えなくなるか、使えても力が弱まるんだよ」
「え? そうなの?」
「ああ。わかりやすく言えば、今地球に張られてる結界は寿命が尽きかけた電球みてえなもんなんだ。だからクオリティが使えて当たり前、みてえに思ってると、痛い目見ることになるぞ。いつどこで結界が強まるかなんて、誰にもわかりゃしねえんだからな。そのときの相手が人間なら条件は同じだが、魔物を相手にしてるときなら致命傷になりかねねえからな」
「今回みたいな場合ね」
「それ以外でも、今この世界には、結構な数のモンスターが、すでに復活してやがるからな。そいつらとも、いつ遭遇戦するかわかったもんじゃねえんだよ」
「え? そうなの?」
「ああ、まだ結界が消滅したわけじゃねえから、大物は復活できずにいるがな。ま、たとえるなら、ボロっちくなっちまった網みてえなもんだ。至るところが破けちまってるから、小魚は自由に出入りできるが、大物は抜けられないってな。だから網を抜けられる小物は、すでに結構な数が、こっちの世界に入り込んでやがるんだよ。しかも、そいつらは質が悪いことに、こっちで自由に動くために人間に取り付きやがるんだ。だから、パッと見じゃわからねえし、わかっても普通の人間じゃ追い払えねえんだよ。そのせいで白羽の奴も、クソ狐に人生メチャクチャにされかけたしな」
白羽とは、羽続の妻の名前であり、彼女は1年前、羽続が元に戻すまでの数ヵ月間、化け狐に取り憑かれていたのだった。
「そ、そんなの、どうやって対処すればいいわけ?」
「どうするもこうするも、不審な案件を1つずつコツコツと片付けていくしかねえやな」
これがファンタジーの世界なら、悪い魔王を倒せば世界に平和が戻る。だが、あいにくと、現実世界はファンタジーではない。そして現実の世界では、いつの時代も人間の最大の敵は人間なのだった。
「どんなにがんばろうが、この世界から犯罪がなくなることはねえ。だからって警察が犯罪者を取り締まるのを止めるか? 止めやしねえだろ。それと同じだ。ぶっちゃけ言やあ、今の状況は犯罪者の中に魔物が加わったってだけのことなんだよ。問題は、今の世界にそれを取り締まる機関がねえってことなのさ」
「…………」
「まあ、そう暗え顔すんな。人間だってバカじゃねえ。黙って化物どもにやられっぱなしになってるわけじゃねえ。ちゃんと打開策だって考えてる。実際、この常盤学園もその1つなわけだしな」
「この学園が?」
「おうよ。この学園は、表向きはエリートが通う名門校ってことになってるがな。その実、ここに通ってる生徒の大半は異能力者なんだよ」
「え?」
「さっきも言ったが、結界のことを知らねえ一般人からすりゃ、力に目覚めた人間は化物でしかねえ。だからトラブルが起きる前に、そういう奴らをこの学園に引っ張ってきてんのさ。若い奴ほど力に目覚めやすいからな。ま、それを保護と取るか隔離と取るかは人それぞれだが、少なくとも国や怪しげな組織に取っ捕まってモルモットにされるよりは、充実した生活を送ってることだけは間違いねえところだ。別に入学を強制してもいねえしな」
そこで羽続は、理事長からの頼まれ事を思い出した。
「そう言えば、その件で理事長から伝言を預かってたんだった」
「伝言? あたしたちに?」
「ああ、聞いたところによると、おまえら、あのニヤケがキレて暴走しようとしたのを止めたんだってな」
「ええ。もっとも実際のとこ、あのチャラ男を止めたのは永遠長の奴なんだけど」
どっちも酷いな。と、小鳥遊は思ったが口には出さなかった。
「で、その礼として理事長は、おまえらが望むならこの学園への転入を認めるそうだ。それも大学卒業までの入学金、授業料、寮費、全額免除でな」
「転入? この学園へ?」
「ああ、もしおまえらがニヤケを止めなかったら、何人死んでたかわからねえそうじゃねえか。その功績からすりゃ安いもんだって、理事長からの伝言だ。おまえらが本気で異世界ストアを運営するつもりなら、異世界を狙う奴らのターゲットになるリスクが常につきまとうわけだし、その点でも、ここは万全のセキュリティが敷かれてるから、そうそう狙われる心配もねえ。その意味でも俺も悪くねえ誘いだと思うが、無理強いはしねえ。どうするも、おまえら次第だ。期限は別に区切ってねえそうだから、よく考えるんだな」
羽続は、そう話を締めくくった。そして秋代たちは、それぞれの思いを胸に常磐学園を後にしたのだった。




