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第72話

「あれって、確か、マンティコアってやつよね」


 秋代は、マンティコアとはディサースで戦ったことがあった。そのときは木葉と小鳥遊との3人がかりでなんとか倒したものの、それでも相当苦労したので、よく覚えていた。


 今は、あのときよりも強くなっているものの、今の秋代は剣も鎧もない丸腰状態。これでマンティコア3匹を相手にするのは、ほぼ無理ゲーに近かった。

 かと言って、ここで逃げれば、この3匹、いや3人が何をするかわからない。それこそ公園を出て人混みに飛び込んだら、どれだけの被害が出るか知れたものではなかった。


「せめて、あの剣があれば、だいぶ違うんだけど……」


 秋代の脳裏に、今日モスで手に入れた神器が浮かんだ。その能力は分身であり、今その剣が手元にあれば楽勝とは言わないまでも、もっと楽に戦えるはずだった。

 しかし、それだけに交換レートも高く設定されていて、手元に置くために必要なポイント数は800億となっていた。


「最高レベルの神器だからって、いくらなんでも高すぎでしょ。つーか、すべてにおいて高すぎんのよ、あの交換レート。絶対、ハナから渡す気ないでしょ、アレ考えた奴」


 秋代はボヤいた。しかし、いくら文句を言ったところでレートが下がるわけでも、神器がモスから飛んでくるわけでもない。結局のところ、手持ちのカードでなんとかするしかないのだった。


「とにかく、まずはこいつらを大人しくさせないとね」


 だがマンティコア3匹を、まともに相手にしたのではスタミナ負けする。


「なら、方法は1つっきゃないわね」


 秋代が攻撃に移ろうとした矢先、


「があ!」


 マンティコアの一体が襲いかかってきた。その攻撃を、


「転移付与!」


 秋代は瞬間移動で回避する。そして、一体のマンティコアの横に転移した秋代は、


「石化付与!」


 石化に成功したのだった。


「あと2匹」


 秋代が2体目に狙いを定めた直後、


「ジュウアツ」


 マンティコアがクオリティを発動させた。


「な!?」


 無警戒だった秋代は、地面に倒れ伏してしまった。


 完全な油断だった。正気を失っている今の堤たちには、クオリティは使えない。

 そう高を括っていたのだった。


「く……」


 秋代は、その場を転移で離れようとした。しかし、マンティコア化したことで堤たちの力も増しているらしく、指1本動かすことすらできなかった。そして動きの止まった秋代に、


「ウオオオ!」


 もう1体のマンティコアが襲いかかる。


 やられる!


 そう思ったとき、


「!?」


 秋代の視界が真っ暗になった。しかし、それは絶望から秋代が目を閉じたわけでも、死や気絶によるものでもなかった。突如、秋代の足元から湧き出た影が、秋代を包み込んだのだった。そして影は突進してきていたマンティコアも飲み込もうとしたが、紙一重の差で空へと逃げられてしまった。


『外したか』


 不意に傍らから聞こえてきた声に、


「え?」


 秋代が正面を見上げると、人影らしきものが地面から浮き出していた。


『ロクでもねえ気配を感じたから、とりあえず来てみたが、正解だったようだな』


 人影はそう言うと、マンティコアへと右腕を伸ばした。


「待って! あいつら、今はあんなだけど、元々」

『人間だってんだろ? わかってらあな。まあ、見てな。悪いようにはしねえからよ』


 人影は右手を巨大化させると、今度こそマンティコアを捕まえることに成功した。そして、


『ほれ、一丁上がりだ』


 人影がマンティコアから手を離すと、そこには人に戻った堤の姿があった。


『で、これで二丁上がり、と』


 人影がそう言った直後、残る1匹のマンティコアを、足元から吹き出した影が飲み込んだ。そして、その影が消えると、そこには人に戻った三浦の姿があった。


『後は、アレか。おーおー、見事に石化しちまってるな。ま、いいやな。物は試しだ。いっちょ、やってみっかね』


 人影は石化しているマンティコアに右手を伸ばすと、生身の人間に戻してしまった。そして3人を元に戻したところで、人影は自分自身も生身の人間へと変化させていった。


「あ、あんた、いったい何者なの?」


 秋代は、わからないことだらけだった。ここまでで、わかっていることといえば、目の前にいる男が25前後。そして上下共に黒で統一された衣服のせいで、人間に変化した今も印象があまり変わらないということだけだった。


「俺か? 俺は裁判官だよ。常盤学園、学園裁判所のな」

「学園裁判所? て、そういうことじゃなくて」

「ああ、名前か。羽続翔はねつぐかけるだ。よろしくな」

「て、そういうことでもなくて。あ、あたしは秋代春夏よ。何がどうなってるのか、サッパリわかんないけど、とりあえず礼を言っとくわ。助かったわ。ありがとう」


 秋代は羽続に頭を下げた。


「で、それはそれとして、あんた一体なんなわけ? いきなり現れたと思ったら、あいつら人間に戻したと思ったら、自分も人間になったと思ったら」

「ま、まあ、落ち着け。話せる範囲で話してやっから」


 羽続は秋代をなだめた。無理もないが、相当混乱しているようだった。


「一般人への機密漏洩は禁止されてんだが、まあいいか。まったくの一般人ってわけでもなさそうだしな」


 ただの一般人が、マンティコアを石化などできるわけがない。救済者か、転移者か。少なくとも、何らかの能力者なのは間違いなかった。

 

「じゃあ聞くけど、さっきのって、やっぱりクオリティなの?」


 少し落ち着きを取り戻した秋代は、核心を突いた。


「半分当たりで半分外れだ」

「半分?」

「あいつらを人間に戻したのは、確かにクオリティだが、他は違うってこった」

「違う? それって永遠長みたいに、あんたも異世界の力が使えるってこと?」


 そうでなければ、この状況は説明がつかなかった。


「いや、俺は異世界関係はノータッチでな。クオリティが使えるのは「世界救済委員会」に「救済者」として認められたからなんだよ」

「世界救済委員会? 救済者?」


 またまた羽続の口から飛び出した未知の単語に、秋代の小首は傾きっぱなしだった。


「知らねえのか? てことは、おまえは転移、異世界ストアの利用者ってことか?」

「その運営よ。一応ね」

「運営? おまえが?」


 羽続は眉をひそめた。


「……なのに、この事件のことは何も知らねえのか?」


 羽続は倒れている堤を親指で指さした。


「あいにくと、昨日なったばっかの新人なもんでね」

「なったばっかね。まあ、いいやな。それが嘘でも本当でも、こうして巻き込まれたことは事実なわけだしな。今後のためにも、知っといたほうが身のためってもんだ」

「どういうこと?」

「ここで起きたようなことは、今この日本中で起きてるってことさ」

「それって、こいつらに起きたみたいなことが他でも起きてるってこと?」

「そういうこった」

「でもニュースじゃ、そんなこと一言も」

「そりゃそうだ。国を挙げて報道規制してんだから」


 それまで普通だった人間が、突然モンスターに変身して人々を襲い出す。その事実が広まれば、それこそパニックは必至だった。


「だが、このままじゃ、どのみち時間の問題だろうけどな。配信された動画に、合成だって難癖つけてゴマかすのにも限界があるからなあ」

「……それって、この世界の封印が解けかけてることに関係あるわけ?」

「いや、花宮って奴の推測によると、今回のことは異世界絡みらしい」

「どういうこと?」

「今、モスってところじゃ、アホなアメリカ人のせいで、メンドクセーことになってんだってな?」

「え? ええ」

「で、その状況を快く思わねえ連中は、こんなことになったのは地球人のせいだって、ヘイトこじらせてるそうじゃねえか」

「ま、まあね」

「そして、そいつらにしてみれば、地球人は憎むべき外敵で排除すべき異物。だが復活チケットがある地球人は殺しても死なず、またすぐ戻って来ちまう。実に、クソ厄介な存在ってえわけだ」

「確かにモス人からしたら、そうでしょうね」

「だが、そんな地球人を異世界人が殺す方法が1つだけある」

「え? あるの? そんな方法?」

「簡単なこった。地球人が地球に戻ったところで殺せばいいんだよ」

「え? そりゃあ、そうだろうけど」


 秋代は拍子抜けした。どんな凄い方法かと身構えていただけに、肩透かしもいいところだった。


「でも、そんなこと不可能でしょ」


 異世界転移は、異世界ナビがなければ行えない。そのため殺す殺さない以前に、異世界ナビのないモス人は、地球に来ること自体が不可能なのだった。


「そうでもねえさ」


 羽続は、あっさり言った。


「たとえば異世界に来た地球人に、まず毒を飲ませる。で、その直後にナイフで息の根を止める。そうすると、そいつはチケットの効果で地球に戻されるが、その直後に毒の効果で本当におっ死んじまうって寸法だ。復活チケットってのは、あくまでも異世界限定で、地球では効果がねえらしいからな」


 羽続の説明に、秋代は鼻白んだ。


「ま、これは1つの例だがな。殺そうと思えば、方法はいくらでもあるってこった」

「…………」

「そして今多発してる事件も、その1つなんじゃないか? と、花宮は見てるんだよ」

「どういうこと?」

「あくまでも仮定の話だが、もしモス人のなかに人をモンスターに変える力を持つ者がいるとする。で、まず、そいつが特定の条件を達成したらモンスターに変身するよう、地球人の体に細工しておく。で、その後で記憶を消して、地球へと送り返す。すると、そいつはその条件が達成された時点でモンスター化して、周囲の人間を襲い出すってえわけだ」


 そうなれば憎き地球人に被害が出せるうえ、モンスター化した者は同じ地球人によってモンスターとして殺されることになる。モス人としては、一石二鳥というわけだった。


「さらに、その噂が「転移者」の間で広まれば、ビビッて誰もモスに近づかなくなる可能性がある。つまり、地球人を目の敵にしてるモス人からしてみれば、本来殺せないはずの地球人を同士討ちさせられる上に、自分たちの世界から排除することができる。一石二鳥ならぬ、一石三鳥の妙案ってえわけだ」


 もし羽続の話が本当なら、由々しき事態だった。というか、秋代としては前任者に「おまえ今まで何してたんだ、ボケ!」と、小1時間説教したい気分だった。


「ただ花宮が言うには、特定の条件下での人体のモンスター化は、呪いに属する高度な魔法らしくてな。魔法が復活して1月足らずのモス人に、そんな高度な魔法が使えるか、はなはだ疑問なんだそうだ」

「それって、力を貸してる第三者がいるってこと?」

「ああ、そして、それは地球人なんじゃねえかと、花宮は考えてるようだ」

「地球人が? なんで?」

「さあな。だが、ありえねえ話でもねえんじゃねえか? もし地球人のなかにモスのことを気に入ってる奴がいて、例のアメリカ人のしたことを許せねえと思ってる奴がいたとしたら、この先2度と、そういう奴が出ねえように、モスから地球人を排除しようと考えたとしても、おかしかねえやな」


 羽続にそう言われて、秋代の頭に真っ先に浮かんだのは永遠長の顔だった。

 確かに、あいつならやりかねない、と。そして、そんな永遠長と考えを同じくする者が、この広い世の中、いないとは限らないのだった。

 

「そして、もしそいつが封印の件を知ってるとすれば、モンスターを人目にさらすことで、一般人に警鐘を鳴らすことにもなって、それこそ一石四鳥」


 そこで羽続の携帯が鳴った。


「おっと、悪いな」


 羽続は携帯を手に取ると、秋代に背を向けた。そして羽続が電話に出ると、


「羽続さん、すぐに来てー!」


 少年の悲痛な叫びが飛んできた。


「落ち着け。どうせ、また愛希まなきが暴走してんだろ?」

「そ、そうなんです! のぞみちゃんのリミッターが、また限界突破しちゃったみたいで、ああ! 踏んづけちゃダメえええ!」

「おいおいおい」

「とにかく、すぐに来てください! こうなったら、もうボクじゃ止められない!」

「たく、しょうがねえ奴らだ」


 羽続は嘆息すると、


「すぐ行くから、それまでなんとか押さえてろ」


 携帯を切った。そして秋代に向き直ると、


「悪いな。急用ができちまった」


 再び影化した。


「ちょっと待って。まだ聞きたいことが」


 さっき言っていた救済者や世界救済委員会のことなど、秋代には羽続に聞きたいことが山ほど残っていた。


『もし続きが聞きたかったら、常盤学園に来な。うまくすりゃ、その辺の事情、俺よりもっと詳しい奴に聞けるかもしれねえからよ』


 そう言い残すと、羽続は再び地中へと姿を消した。と思った直後、羽続の頭が地面から飛び出てきた。


『忘れてた。その3人のことだけど、異世界ストアの運営だってんなら、任せていいか? これまでの被害者と同じなら、たぶん何も聞き出せねえだろうから、そのまま帰してやって問題ねえはずだ』

「わかったわ」

『んじゃ、頼まあ』


 羽続はそう言うと、今度こそ本当に地中へと姿を消したのだった。


 

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