第71話
小さな村で生まれ育ったセリルは、貧しいながらも幸せに暮らしていた。
だが、その幸せは突如村に現れた無法者たちによって、一夜にして奪われてしまった。
両親と婚約者を殺され、奴隷商人に捕らわれたセリルに待っているのは、奴隷としての生だけのはずだった。そしてセリル自身も、その運命を半ば受け入れていた。
そこに現れたのが永遠長だった。
永遠長は奴隷商人たちを情け容赦なく切り捨てると、囚われていた奴隷たちを解放していった。
「そしてルキ様は、帰る場所のなかったわたしに、新たな生活の場と生き甲斐を与えてくださったんです」
セリルは、そう自分の身の上話を締めくくった。
「いや、それ、ただ単に行き場がないのをいいことに、子供たちの面倒を押し付けただけだと思うわ」
秋代がミもフタもなく言った。そしてその場にいる全員が、口にこそ出さなかったものの秋代と同意見だった。
「かもしれませんわね」
セリルは笑顔で受け流した。
「でも、それでもいいんです。ルキ様のおかげで、わたしがここにこうしていられることは、紛れもない事実なんですから」
セリルは、広場で子供たちに剣の稽古をつける永遠長に、感謝と敬愛の眼差しを向けた。そして、その側には3分で立ち直った木葉と、1人の女戦士の姿があった。
「ステラも同じですわ。彼女は、元はルキ様を狙う賞金稼ぎだったんですけど、奴隷商人に騙されて囚われの身になっていたところを、ルキ様に助けられたそうなんです」
「いや、それも絶対、いや、もういいわ」
「そしてそれ以後、ここにルキ様が帰って来たときには勝負することを条件に、わたしと一緒に子供たちの面倒を見てくれているんです。最初は助けられた借りを返すためだと、嫌嫌やっている感じでしたけど、今では本人もすっかりここが気に入っている様子ですし。皆、居場所をくれたルキ様に感謝してるんです」
セリルが、そう目を細めた直後、
「死にくされ! クソトワナガがああ!」
殺気をみなぎらせ、永遠長に斬り込むステファランの怒号が飛び込んできた。
「……とても、そうは思えないんだけど」
「あれがステラの愛情表現なんです」
セリルは、やはり笑顔で言い切った。
これは何言っても無駄ね。
秋代はそう結論付けた。
「恐るべし、命の恩人補正ね」
「あら、そんなことありませんわ。事実ルキ様は、ああ見えて常に皆のことを考えてくださっていますから」
「どこがよ? 皇帝の1件以来、面倒がって、ここには来なかった薄情者でしょうに」
「確かに、姿はお見せになりませんでしたけど、毎日様子を見に来てくださってましたわ」
「どうして、そんなことがわかんのよ?」
「この村が結界で守られてることは、ご存知かしら?」
「ええ、さっき聞いたけど」
「あの結界のおかげで、この村は守られていますけど問題もあるんです」
「問題?」
「はい。あの結界は強力ですけど、それだけに外の物をすべて遮断してしまうんです。それこそ雨も」
セリルの指摘に、そんなこと考えてもいなかった秋代は目を瞬かせた。
「嵐のときは、そのほうが都合がいいですけど、作物の栽培に雨は欠かせませんし、結界が張られたままでは川も流れません。でも、ここでは1度として雨が降らなかったことはないし、川が枯れたこともないんです。ルキ様が姿を見せなかった、この1月の間もです」
「…………」
「ルキ様が、どのようにして、この村に雨を降らせているのか、わたしにはわかりませんが、結界があるにも拘らず、この村に雨が降る。そのこと自体が、ルキ様がこの村を気にかけていてくださっている何よりの証拠だと、わたしは思ってますわ」
セリルは穏やかに、だが力強く言い切った。そのとき、
「秋代さん」
小鳥遊が秋代に声をかけた。
「なに、小鳥遊さん?」
「秋代さん、そろそろ時間なんじゃ?」
小鳥遊にそう言われ、
「あ……」
秋代は口に手を当てた。
「ありがとう、小鳥遊さん。言われなきゃ、すっぽかすとこだったわ」
魔具選びや永遠長たちの稽古を見ているうちに、すっかり忘れてしまっていたが、今日は昼から小学校の同窓会なのだった。
「普通の同窓会なら、すっぽかしてもいいんだけど、今日のは担任の結婚祝いを兼ねてるから、そういうわけにもいかないのよね」
秋代は異世界ナビを取り出すと、
「じゃ、あたし一足先に帰るから、面倒だろうけど、あのバカたちが暴走しないように、しっかり見張っといてね」
帰還ボタンを押した。そして大急ぎで家を出た秋代は、
「ギリギリセーフってとこね」
なんとか開始時間前に、会場である駅前のレンタルカフェに着いたのだった。
店に入った秋代は、店内を見回した。すると、いくつか用意されたテーブルの上に、自腹を切ったジュースとお菓子類が置かれていた。
「ま、会費、3000円じゃ、こんなもんね」
秋代は納得し、自身も旧友の輪に加わった。
そして時間となり、同窓会が始まった。
まず最初に結婚する担任への祝辞と花束贈呈が行われた後、それぞれ親しい者同士、旧交を温めることとなった。
秋代も私学に行った級友と互いの近況を語り合い、楽しい時間を過ごしていた。しかし会が始まって1時間が過ぎた頃、
「うぜえんだよ、てめえは! 関係ねえ奴は引っ込んでろ!」
店内に怒声が響き渡った。見ると、1人のクラスメイトが尻もちをついていた。
「何があったの?」
秋代は近くにいた女子に尋ねた。
「堤君が、この後二次会に行こうって、朝倉さんのことをしつこく誘ってたの。それを見かねて堂本君が注意したら、堤君が怒りだして」
「なるほど」
秋代は嘆息した。
堤は小学校のときから我が強かったが、それは3年経った今も変わっていないようだった。
「モブが変にカッコつけて余計な真似するから、こういうことになるんだよ!」
堤は、さらに堂本の顔を蹴り飛ばそうとした。それを見て、
「このクソが」
秋代が堤の脇腹に横蹴りを入れた。
「ぐえ!?」
蹴り飛ばされた堤は、もんどり打った後、
「よ、よくも、やりやがったな、このクソ女」
憎々しげに秋代を睨みつけた。
「ひ、卑怯だぞ、秋代」
「そ、そうだ。不意打ちなんて卑怯だ」
堤の取り巻きである三浦と永瀬が責めたが、
「倒れてる相手に、蹴り入れようとするような奴に言われる筋合いはないわよ」
秋代は微動だになかった。
「だいたい、今日は井上先生の結婚祝いのために、みんな集まったのよ。その祝いの席でナンパしたあげく、注意されたら逆ギレするとか頭わいてんにも程があるわよ。ここは昔仲間と楽しくやる同窓会の席であって、女引っ掛ける合コン会場じゃないのよ。ナンパがしたけりゃ、よそでやれっての。お呼びじゃないのよ、あんたたちは」
「な、なんだと!」
「やるってんなら、相手になってやるわよ。かかってらっしゃいな。なんなら、3人一緒でもいいわよ?」
秋代は手招きした。
「この……」
暴発しかけた堤を、
「おい、やべえよ」
永瀬が押し止めた。そして三浦も、
「ああ、ここは引いたほうがいい」
周囲を見回しながら言った。それにつられて、堤も周囲に目を向けた。すると、クラスメイトたちの冷たい視線が自分に集中していた。
「な、なんだよ、おまえら?」
形勢不利を悟った堤は、
「くそ! やってられるか!」
いらだたしげにテーブルを蹴り飛ばすと、そのまま店を出ていってしまった。
「お、おい、待てよ」
三浦と永瀬も堤を追い、店内は元の平穏を取り戻すこととなった。
「たく、しょうもない」
自分のテーブルに戻った秋代に、
「相変わらずの男前ね、春夏」
クラスメイトから微妙な賛辞が送られた。
「女子からチョコ貰ったのは、伊達じゃないわね」
「言うな」
それは、秋代にとって忘れ去りたい黒歴史だった。
ともあれ、その後は目立った騒動もなく、同窓会は予定通り2時でお開きとなった。そして、続く二次会も4時で終了し、同窓生たちと別れた秋代は、その足で近場の公園へと向かった。
「ここなら、よさそうね」
秋代は園内に人気がないことを確認した後、
「出て来たら? お望み通り1人になってやったわよ」
公園の入り口に向かって言い放った。すると、
「気づいてやがったのか」
公園の入り口から、堤、三浦、永瀬の3人が姿を見せた。
「バレバレだっての」
「……わかってて、ここに来たってか? バカだろ、おまえ」
堤は、せせら笑った。
「バカは、あんたらでしょ。あんなくだらないことのために、3時間も無駄にして。1度きりの人生、もっと有意義なことに使ったらどうなの?」
同年代のなかには、すでに将来の夢に向かって邁進してる者もいるっていうのに。いい年こいて、なにやってんの、こいつら。
しみじみ、そう思う秋代だった。
「うるせえ! 女にやられたままじゃ、オレのプライドが許さねえんだよ! さっきは先生の手前、引き下がったが、今度はそうはいかねえぞ!」
「何が先生の手前よ。空気が自分に不利そうだったから、バックレただけじゃない」
秋代は容赦なく切り捨てた。
「う、うるせえ! このでしゃばりが! 2度と余計な」
「うるさいのは、あんたのほうだっての。このカスが」
秋代は嘆息した。モスでセリルや健気に生きる子供たちの姿を見てきた後だけに、秋代には堤たちが一層醜悪に見えていた。
「カ、カスだと!?」
堤は気色ばんだ。
「あんたたちを見てると、永遠長が地球を切り捨てようとするのも、やむなしと思えてくるから困ったもんだわ」
「何ブツブツ言ってやがる!? 今さら後悔しても、遅いんだよ!」
堤は秋代に殴りかかった。が、その動きは明らかに一般高校生のレベルを超えていた。
「オラオラ! さっきの威勢は、どうしたよ?」
堤が一気呵成に攻めたてる。堤の常人離れした力に、秋代は防戦一方となっていた。そして堤は元より取り巻きの2人も、そのまま堤が秋代を打ちのめすことを確信していた。しかし、
「こんなもん? なら」
秋代は涼しい顔で、
「今度は、こっちの番ね」
堤のみぞおちに右肘を叩き込んだ。
「が!?」
堤の膝が折れ、
「俊哉!?」
三浦と永瀬が、あわてて堤に駆け寄る。
「ナメんじゃないわよ。こちとら、あんたより遥かに強い化物どもと散々戦ってきてんのよ。女の尻追いかけることしか頭にない、あんたごときにやられるかっての」
「なんだと!」
「こいつ! 調子に乗りやがって!」
三浦と永瀬は堤の敵討ちとばかりに、秋代に殴りかかった。しかし、やはり返り討ちにあってしまった。
「口ほどにもないわね」
秋代はパンパンと手を叩いた。
「くそ。女だと思って手加減してやってりゃ、どこまでも調子に乗りやがって」
堤は吐き捨てた。
「どこがよ? どっからどう見ても、完全に本気だったじゃない」
「うるせえ! 今度こそ本気の本気なんだよ! 修、良、アレやるぞ」
堤は三浦と永瀬に言った。
「え? でも、アレは……」
「ああ、さすがに、これ以上はマズいんじゃ」
「うるせえ! バレなきゃいいんだよ! 今までだって、そうだったろうが!」
「わ、わかったよ」
三浦と永瀬は渋々うなずくと、
「重圧!」
まず三浦がクオリティを発動させた。
「!?」
そして三浦が秋代の動きを封じたところで、
「集中!」
永瀬が右手に収束させた空気を秋代へと撃ち放った。それを見て、
「転移付与!」
秋代も自身のクオリティを発動させた。
「な!?」
忽然と消えた秋代に、
「どこ行きやがった!?」
「ていうか、今のって……」
「まさか、あいつも」
「オレたちと同じ」
堤たちは鼻白んだ。直後、
「それは」
秋代が堤たちの正面に現れると、
「こっちのセリフよ」
堤を殴り倒した。そして続けざま、三浦の鼻面に裏拳を叩き込むと、最後に永瀬の顎を殴りあげた。
「まさか、あんたたちがストア利用者だったとはね」
秋代は息をついた。こんな奴らまで異世界を自由に行き来できる今のシステムは、永遠長じゃないが根本的に改正する必要がありそうだった。
「でも、だったらわかってるはずよね。その力は、この世界じゃ使うことを禁止されてるってこと」
異世界ストアの規約では、人命に関わることを除いて、地球でのクオリティの使用は禁止されているのだった。
「だから、なんだってんだ? そんなもんバレなきゃいいんだよ」
堤は笑い飛ばした。
「特に、オレの「透視」は使ったかどうかなんて、周りからはわからねえからな。実際、これまで何度も使ってるけど1度もペナルティなんて受けたことねえし」
あのチャラ男なら、さもありなん。
そう思う秋代だった。
「おかげで、ずいぶん楽しませてもらったぜ。なにしろ、この力があれば、どんな女の裸も見放題だからな」
堤は薄ら笑いを浮かべ、
「……このゲスが」
秋代の目が、これ以上なく鋭さを増す。
「だったらお望み通り、ペナルティを与えてあげるわ。異世界ストアの運営として」
秋代が毅然と言い放った。すると、
「あ? 何言って……」
不意に堤たちの動きが止まったかと思うと、
「う、うう……」
顔が急速に老けていった。その一方で体は巨大化し、背中からはコウモリのような羽が、尻からはサソリのような尻尾が生え出していた。さらに全身をライオンのような体毛が覆い、両手足の形状も4足獣のものへと変わっていく。そして変身が終わった後、秋代の目に映っていたものは、
「ウウウウウ……」
老人の顔にライオンの四肢。そしてコウモリの羽とサソリの尻尾を併せ持つ、3匹のマンティコアの姿だった。




