第70話
曜日が移動し、約束までの時間を5分残した8時55分。
永遠長は、秋代たちの前に瞬間移動で現れた。しかし、その隣には秋代たちが予想もしていなかった人物の姿があった。
「何よ? なんか文句あんの?」
秋代たちの注目を一身に浴び、朝霞は憮然とした顔で言った。
「言っとくけど、私だって好きで来たわけじゃないんだからね。こいつが、どうしても来いって言うから、しょうがなく来ただけなんだから」
朝霞は永遠長を指差した。
「別に、何も言ってないでしょ」
実際、秋代は朝霞が同伴している理由を、永遠長に聞く気などなかった。聞くだけ野暮と言うものだし、何より聞いたところで「おまえには、なんの関係もない話だ」と言われるのがオチだから。そして木葉に至っては、朝霞のことなど最初から眼中になかった。
「そんなことより、永遠、おんし巨大ロボット持っとるってホンマか!?」
木葉は永遠長に詰め寄った。昨日、土門からロボットの話を聞いたときから、気になって仕方なかったのだった。
「ロボット? 無限の鎧のことか」
永遠長は、左腕にハメた腕輪に目を落とした。
「無限の鎧?」
「この腕輪には、別の空間に大量にストックされている流体金属を呼び出す力がある。そして、呼び出された流体金属は召喚者の意思で、自由に形を変えることができるんだ。こんな風にな」
永遠長は流体金属を操作して、左腕に銀色の盾を形作った。
「おおー! カッコええー! わしも欲しー!」
変形した流体金属を見て、木葉は目を輝かせた。
「それで巨大ロボットも作ったわけじゃな」
「そういうことだ」
「ほうほう。あ、そうじゃ。それと、おんし、この世界のなんとかっちゅう国の女王と婚約しとるっちゅうんは、ホンマか?」
空気の読めない木葉は、己の興味の赴くままに質問を投げかけた。
「ミルボンのシルベーヌのことか? だったら本当だ。もっとも、婚約自体は偽装だがな」
永遠長は淡々と答えた。
「偽装?」
「依頼を完遂するために必要だったから、世間的には婚約したことにした、ということだ」
「それじゃわかんないわよ。あんたが二股野郎じゃないってんなら、ちゃんと説明しなさいよ」
秋代が冷ややかに言った。
「……誰も二股などかけていないし、説明する義理もないが、まあいい」
永遠長は、そう断ってから説明を始めた。
事の起こりは、ミルボン王国で起こった王弟アシュレイダによる国王ブレイダの暗殺だった。
そして兄王の暗殺に成功した王弟は、その手で第1王子と第2王子も亡き者としたが、王女シルベーヌだけは取り逃がしてしまった。そして叔父の手から逃れたシルベーヌは、王都からの逃走中、永遠長と出会った。
「そして、俺はシルベーヌから受けた「元の、平和だったミルボン王国を取り戻す」という依頼を遂行するために、王都に乗り込んで王弟一派を排除した」
永遠長は事もなげに言ったが、もう秋代たちの顔に驚きはなかった。
「めでたしめでたしじゃない。それで、あんたとその王女様が恋仲になったと」
秋代が白け眼で言った。他人に惚気話ほど、聞いててアホらしいものはない。そのことを秋代は再認識していた。
「確かに、本来ならば、それで依頼は完遂のはずだった。だが親兄弟を失い、後ろ盾もないシルベーヌを、周囲の連中は与し易いと見て取ったんだろう。その後、貴族たちは次々とシルベーヌに縁談を持ちかけるようになった。自分や自分の子供と婚姻関係を結ばせることで、ミルボン王国の実権を握るためにな」
永遠長の説明に、秋代たちの顔に不快感が湧き上がった。
「……で、そいつらからの防波堤になるために、あんたは王女の婚約者になりすましたってわけね」
秋代は合点がいった。
「そういうことだ。俺が受けた依頼は「元のミルボン王国を取り戻すこと」だ。シルベーヌが不本意な婚姻関係を承諾し、外戚が好き放題に権勢を振るうようになっては、依頼を完遂したことにならないからな。そしてシルベーヌも俺の提案を受け入れ、俺との婚約を正式に発表した」
「でも、そんなことしたら、今度は永遠長君の命が危うくなるんじゃ?」
小鳥遊の懸念は、もっともだった。
女王と婚姻関係を結び、権勢を振るうことは、永遠長がいる限り不可能となった。
ならば権力を狙う連中が次に考えることは、婚約者である永遠長の排除だろう。
「元々、それが狙いだ。そして案の定、ミルボンを狙う貴族どもは俺に暗殺者を差し向けてきた」
「……で、その暗殺者たちを、雇い主である貴族もろとも始末したってわけね。正当防衛の名の下に」
目の前に餌をチラつかせて、おびき出された害虫を取り除く。効率的と言えば効率的だが、他人のために自分がリスクを負うなど、普段の永遠長からは考えられない選択だった。
「あんたにしては、ずいぶん親身になって対応したのね」
「別に、親身になってなどいない。1番手っ取り早かった。ただ、それだけの話だ。実際、あれ以後誰もシルベーヌに我を押し付けようとする輩は現れなくなったからな。だから、もう婚約は解消していいんだが、後ろ盾のいないシルベーヌには「婚約者が白銀の解放者」ということは、諸外国への、それなりの牽制になるようでな。あいつに意中の人ができるまで、という条件で継続しているに過ぎん」
「ふーん」
「なんだ?」
「別に。あ、そうだ。そういえば、あんたに伝言を頼まれてたんだったわ」
「伝言?」
「そう、魔法少女マリーから。もし、あんたが異世界を守りたいなら、2度と創造主の力は使うなってね」
秋代はそう言うと、花宮から聞いた話を永遠長に伝えた。
「……なるほど。周囲の力をか」
話を聞き終えた永遠長は、しばらく熟考していたが、
「まあいい。どの道、戦う相手がいない以上、今は試しようがない」
そう自己完結した。
こいつ、また何かトンデモなこと考えてたわね。
秋代はそう思ったが、それ以上追求しなかった。
その代わり、昨日から疑問に思っていたことを尋ねた。
「それはそうと、ずっと思ってたんだけど、あんた昨日「異世界ストアは乗っ取った。これからは俺が異世界ストアを運営する」みたいなこと言ってたけど、それって実際のところ無理なんじゃないの?」
昨日は、なんとなく納得してしまったが、冷静になって考えると、どう考えても無理筋としか思えないのだった。
「あんたが昨日やったことって、世間一般で言えば、会社のシステムを一時的に乗っ取ったハッカーが「これで、この会社は俺の物だ」って言ってんのと同じでしょ? それで会社の経営権乗っ取れるなら、世界中の会社は、とっくの昔にハッカーの物になってるっての」
「そのことなら問題ない。昨日、俺のところに異世界ストアに関する権利書、その他運営に必要な書類が送られてきた。俺に、異世界ストアの経営権を委譲するという委任状付きでな」
「マジで?」
「ああ。おそらく創造主とやらの意向だろう。異世界ストアを運営できるものなら、やってみろ、とな。創造主とやらにとっては、いい退屈しのぎ程度の感覚なんだろうが、とにかく、これで法的にも俺が異世界ストアを運営することに、なんの障害もなくなったということだ」
「それで、昨日は忙しいって言ってたわけね」
秋代は納得した。
「そういうことだ。おまえたちにも雇用契約その他、サインする書類がある。明日、学校で渡すから、読んで納得したらサインして持ってこい。後、土門と禿には郵送するからサインして送り返してこい」
「わ、わかりました」
「話は以上だ。では行くぞ」
永遠長は用件を言い終えると、呪文の詠唱に入った。そして呪文の完成とともに、秋代たちの目に映る風景は帝都から木々が生い茂る森に変化した。
「ここが、あんたの村? 一応、普通そうね」
秋代は周りを見回した。永遠長の治める村というから、城壁やゴーレムで村を防衛しているとか、浮遊城のように宙に浮いているような、常識外れの場所を想像していたのだった。
「ていうか、ここってどこなわけ? ミルボン王国?」
「その南の辺境地だ」
永遠長はそう答えると、再び呪文の詠唱に入った。そして呪文を唱え終えると、
「行くぞ」
獣道を歩き始めた。
「今の呪文て、なんだったわけ?」
永遠長についていきながら、秋代が尋ねた。
「村の周囲には、外部からの侵入者を阻むための結界が張ってある。それを解除した」
「ああ、特にあんたの場合、どこで誰の恨み買ってるか知れたもんじゃないもんね」
「そういうことだ」
永遠長は悪びれもせずに答えた。
「その点、今は精霊至宝石を要に使っているから以前よりは安心できるが、用心するに越したことはない」
「精霊至宝石?」
「アーリアの皇帝が、この世界を外界から隔離するために使った5つの宝玉のことだ。それを俺が回収して、この村の結界に転用した。だから極端な話、この星が吹き飛んでも、この村だけは無傷で残る。なにしろ星ひとつを隔離できる力を持ったアイテムで、村ひとつを守っているのだからな」
「……やっぱり、普通じゃなかったわね」
秋代がそう言った直後、前方に人家が見えてきた。だが、それは村によくある一軒家ではなく、塔や中庭を備えた、館と呼ぶ方が似合う大邸宅だった。しかも、そんな大邸宅が見えるだけで3軒建っていた。
「……また、斬新なスタイルね。初めて見たわ。豪邸だけでできた村って」
秋代は呆れ半分、皮肉半分で言った。
「館も財産だからな。俺の物になった以上、回収するのは当然のことだ」
「てことは、これ全部、元は奴隷商人の物だったってこと?」
「そういうことだ。ディサースの転移魔法が使えなかったから、あのブレバンとかいう奴の館だけは持って来れなかったがな」
永遠長はそう言った直後、
「え?」
不意に小鳥遊が周囲を見回した。
「どうかしたの、小鳥遊さん?」
「今、誰かに呼ばれた気がしたんだけど……」
しかし、それらしい人物はどこにも見当たらなかった。
「気のせいだったみたい」
小鳥遊は申し訳なさそうに言うと、また歩き出した。
「…………」
そんな小鳥遊を一瞥した後、永遠長も歩みを再開した。そして館に到着した永遠長は、玄関の取っ手を叩いた。すると、間もなく玄関が開き、
「おかえりなさいませ」
黒髪をした20歳前後の女性が出迎えに現れた。
「あら? 珍しい? 今回は随分と大人数ですのね」
「こいつらは、おまけに過ぎん」
永遠長はそう言うと、連れてきた3人の子供を女性と引き合わせた。
「新しい住民として連れてきたのは、この3人だけだ」
「そうでしたの。わたしの名前はセリル。よろしくね」
セリルは子供たちの前に屈み込むと、笑顔で語りかけた。
「では俺は行くが、何か問題はあるか?」
「そうですわね。強いて言うなら、ハイエルトとステファランが、ここ最近ルキ様が来ないので、勝負できないと怒っていたことぐらいでしょうか」
「約束した覚えはない。だが、今度はもう少し早く来る予定だから、もしそのとき会ったら勝負してやる。そう、伝えておけ」
「承知しました」
セリルがそう答えたとき、
「あー、やっぱり、いたあああ!」
子供の声がした。見ると、青色がかった黒髪をした、10歳前後の少年が永遠長を指差していた。
「空気が変わったから、もしかしたらと思ったんだ。最近全然来ないから、おかしいと思ったら、こっそりセリルにだけは会いに来てたんだな、この色魔」
「色ボケのおまえに言われる筋合いはない」
「うるさい! 今日こそ、おまえを倒して、オレのほうが凄い男だってことをセリルに証明してやる! 勝負だ! トワナガ!」
少年は腰に手をやった。しかし畑帰りだったため、帯剣していないことに気づくと、
「ちょっと待ってろ! 絶対逃げんなよ!」
と言い残して、館に飛び込んでいった。
「ずいぶんと、元気のいい子ね」
少年を見送りながら秋代が言った。
「今のがハイエルトですわ。何かというと、すぐルキ様に突っかかって。きっと甘えたい盛りなんだと思います」
セリルは笑顔で言ったが、秋代にはさっきのやり取りが、そんな微笑ましい光景には到底思えなかった。そして、
「待たせたな!」
剣を手に飛び出してきたハイエルトと永遠長は、場所を広場に移して勝負することとなった。とはいえ、誰の目から見ても勝敗は明らかだった。しかし、
「行っくぞお!」
ハイエルトの剣から放たれた風刃が、その予想を吹き飛ばすことになった。
「なんじゃあ!?」
少年が繰り出した予想外の力に、木葉は目を見張った。
「ハイエルトの持っている王器の力ですわ」
セリルが説明した。
「王器じゃと!?」
「はい。ルキ様が持って帰られるお屋敷は、元々奴隷商の物だってことは、皆様もご存知ですよね? ですから趣味や転売目的で奴隷商が集めた貴重な物が、色々と屋敷内に残っていることが多くて、それをあの子が譲り受けたんです」
「マジでか!? ちゅうことは、ここにはあんな武器が山程あるんか!?」
木葉は目を輝かせた。
「はい。300個ほど」
「300!」
「もっとも、そのうち50個ほどは、すでに所有者を選んでしまっていますけど」
「それでも、まだ250は残っとるんじゃな! どこじゃ!? どこにあるんじゃ!?」
木葉は目の色を変えて周りを見回した。そして木葉が物欲センサーをフル活動させている間に、永遠長とハイエルトの勝負は決着がつこうとしていた。
「おまえなんかに、絶対セリルは渡さないんだからな! セリルとはオレが結婚するんだ!」
ハイエルトは渾身の力を込め、永遠長へと竜巻を繰り出した。それに対して、
「カオスブレイド!」
永遠長は黒刃で竜巻を切り裂くと、続く攻撃でハイエルトの剣を弾き飛ばしてしまった。
「ここまでだな」
「くっそー! もう1度! もう1度だ!」
ハイエルトがリターンマッチを要求したが、
「ことわる。今のままでは何度やっても結果は変わらない。今のおまえでは、この村を守ることはおろか、セリルを守ることすらできはしない。本当に俺に勝ちたいのであれば、魔剣の力に頼る前に、おまえ自身が地力をつけろ」
永遠長は取り付く島なく言い捨てると、剣を鞘に収めた。すると、
「永遠ああああ!」
木葉が駆けこんできた。
「おんし、奴隷商人から武器をかっぱらってきて、ためこんどるっちゅうのはホンマか!?」
「かっぱらってなどいない。正当な権利として持ち帰って来たんだ」
永遠長は不本意そうに反論した。
「経緯は、この際どうでもええ。ホンマにあるっちゅうなら、見せてくれ! ちゅうか、くれ!」
「見せるのは構わん。が、その先は俺が決めることではない」
「どういうことじゃ?」
「前に言ったはずだ。この世界では、武器が持ち主を選ぶと。おまえが神器や王器の使い手となれるかどうかは、魔具自身が決めることであって、俺が口を差し挟むことではない。そういうことだ」
「要するに、武器を使いこなせたらええんじゃろ? そんなもん、試してみればわかることじゃし、試してみなきゃわからん。そうじゃろ?」
「いいだろう。ならば、ついて来るがいい」
永遠長は、木葉たちを倉庫代わりにしている別館に案内すると、宝物庫を木葉たちの前に開放した。
「おおおお!」
見るからに強力そうな武器がズラリと並んだ光景に、木葉の目が、これ以上ないほど輝く。
そして感情の赴くまま、1番手前にあった剣を手に取った。
「で? で? 武器に選ばれたかどうかは、どうすりゃわかるんじゃ?」
「おまえが所有者に選ばれたなら、武器のほうから、おまえに話しかけてくる。だから、もし手に取っても、なんの声も聞こえないというのであれば、おまえはその武器には選ばれていない。そういうことだ」
「むぬう」
木葉は無念そうに、剣を元の場所に戻した。そして、木葉が次の武器を試す傍らで、小鳥遊の耳に、さっきと同じ声が再び聞こえてきていた。
「あなた、なの? さっきから、私を呼んでたのは?」
小鳥遊は飾られていた魔具のなかから、青く輝くサークレットを手に取った。
「エセルマーニャ。それが、あなたの名前なのね」
小鳥遊には、魔具の発する声が確かに聞こえていた。そして伝わってきた魔具の力は「動物の心がわかる」という、獣医師を目指す小鳥遊にとっては戦闘よりも重要な力を秘めたものだった。
「永遠長君、このアクセサリー、もらっていいかな?」
小鳥遊は永遠長に尋ねた。
「言ったはずだ。決めるのは、その魔具自身だと」
「ありがとう。永遠長君」
小鳥遊は、サークレットを優しく抱きしめた。そして小鳥遊の後も、その場に居合わせた者は加山に至るまで、なんらかの魔具に所有者として選ばれることになった。
ただ1人、
「なんでじゃあああああああ!?」
木葉を除いて。




