第66話
「ここがモス……」
モスの大地に降り立った秋代は、周囲を見回した。すると、青い空と地平線まで続く荒野のなか、少し離れた東に森と街が見えた。
「雰囲気的には、他の異世界と変わらないわね」
問題の世界ということで、注意深く、周辺の様子を観察する秋代をよそに、
「うおおおお! かっこえええ! どこで買ったんじゃ、その鎧!? わしも欲しいいいい!」
木葉は、土門と禿の鎧に羨望の眼差しを向けていた。
「これは売り物じゃありません。女神の大迷宮を攻略した、ご褒美ということで、女神様が授けてくださったんです」
土門は、青く輝く胸当てに手を触れた。
「なんじゃと!? ちゅうことは、もしわしもその女神の大迷宮っちゅうのを、おんしらと一緒に攻略しとったら、わしも鎧を貰えとったっちゅうことなんか!?」
「ま、まあ、そういうことになりますね」
「なんてことじゃ! くそー! もうちょっとだけ早く、この世界に来れとったら、わしもゲットできとったのに! なんで、わしのところには勧誘が来んかったんじゃあ!」
木葉は頭を抱えた。
「あ、でも永遠長さんは、女神の大迷宮を攻略する前から、自前の神器を装備してましたよ」
土門が見るに見かねてフォローした。実際のところ、それはあまり慰めになっていなかったのだが、
「マジでか!?」
根が単純な木葉の気を逸らすには十分だった。
「はい。銀色の鎧で、そのことからもモスでは永遠長さんは「白銀の解放者」と呼ばれてるんです」
「そういえば、そんなこと言ってたわね、あいつ。奴隷商人が自分の剣パチろうとしてきたから、返り討ちにしてたら、そう呼ばれるようになったって」
秋代は屋上での永遠長の話を思い出していた。
「そんなことは、どーでもええ!」
木葉は土門に詰め寄った。
「それより永遠の神器は、どんななんじゃ? 神器っちゅうからには、なんか凄い力があるんじゃろ?」
木葉は好奇心に目を輝かせた。
「ボ、ボクたちも詳しくは知りませんけど、流体金属でできた鎧みたいでした」
「流体金属?」
「はい。それを魔力で鎧化してるみたいで。だからブレバン、奴隷商人のところで魔具の力を封じられてしまったときはドロドロになって、体から溶け落ちてましたから。だよね、ミッちゃん?」
「ええ。それに、あの皇帝との戦いのときも、腕輪から鎧と同じ銀色の金属を出して、それをゴーレムっていうか、巨大ロボットにして戦ってたから、きっとあの腕輪が永遠長さんの鎧の神器なんだと思うわ」
「巨大ロボットじゃとおお!?」
木葉の目が、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「え、ええ。皇帝の仲間が巨大化して、それに対抗して腕輪から流体金属を出して。あれ、100メートルぐらいあったわよね、リッ君?」
「うん。それぐらいはあったね。しかも、その後も鞭とか球体とかにも変化させてたし、きっと永遠長さんの意思で、どうにでも形を変られるんじゃないかな、あの流体金属」
そう土門は推測し、実際その通りだった。
「ぐぬう。永遠の奴め。ディサースやエルギアだけじゃのうて、ここでも最高レベルの装備を、とっくにゲットしておったんじゃな」
木葉は悔しがり、
「ま、今さら驚きゃしないけどね。なにしろデタラメチートだから」
秋代はあっけらかんと言った。
「なら、わしは永遠の神器を超える、超神器をゲットしてやる! そんで、永遠を超える超絶必殺技を使えるようになってやるんじゃ! 見ておれ、永遠!」
「また無駄な対抗心燃やして」
秋代は木葉が不憫だった。どんなにムキになったところで、永遠長は木葉のことなど屁とも思っていないというのに。
「てか、その前にやることがあんでしょうが」
「なんじゃ?」
「このモスの現状調査よ。そのために、まずは皇帝が支配してたっていうアーリア帝国に行って、関係者から話を聞くことにしたんでしょうが」
「そうじゃったか?」
「そうよ。武器探しはその後よ、その後」
秋代たちは渋る木葉を連れて、土門の転移魔具でアーリア帝国の帝都へと転移した。しかし、帝都の規模こそ大きいものの、そこに暮らす人々は活気がなく、街全体の雰囲気も陰気臭く、寂れた印象だった。
その最大の理由は、統率者の不在だった。
ビルヘルムが異世界人であり、彼の即位が前皇帝を洗脳したために起きたことであることは、政権奪還後、すぐ白日の下に晒された。そして本来であれば、この時点で皇位は前皇帝に返上され、返り咲いた皇帝の手によりアーリア帝国の復興が始まるはずだった。
しかし、そうはならなかった。
理由は、前皇帝を始めとする皇帝の血を引く者は、この時点でことごとくビルヘルム一派により根絶やしにされていたことにあった。
すべては、ビルヘルムが後顧の憂いを断つために行った処置であり、そのためビルヘルム亡き後、アーリア帝国を統治する権限を持つ者は、名目上存在しなかったのだった。
誰が、次のアーリア帝国を統治するのか?
そこで、がぜん勢いづいたのが元反乱軍だった。
元々、反乱軍はビルヘルム一派を打倒するために組織されたものだが、その全員が同じ志のもとで戦っていたわけではない。なかには打算で加わっていた者もいるし、この機に専制君主制そのものを打倒しようと考えている者たちもいた。そして、そういう者たちにとって、この皇帝不在の状況は専制君主制を駆逐する千載一遇のチャンスとなったのだった。
そこで現体制に反対する勢力は、議会民主制度を推奨し、混乱に乗じて平民による議会を設立。
貴族から国を取り戻すべく、専制君主制度からの脱却に乗り出したのだった。
これに対し、むろん貴族たちも黙っていなかった。
一触即発の状況下で、この危機を回避させたのは、グレクトン伯爵と、彼が連れてきた1人の少女だった。
その少女は、ホーラ・ミルシャ・ラル・アーリアと名乗り、自分が前皇帝の血を継ぐアーリア帝国の正当後継者であると主張した。
前皇帝の血を引く者は全員殺されたはず。
貴族たちは皆そう思った。しかし、このときの貴族たちは、それ以上に平民の横暴に憤慨していた。
そこで貴族たちは、ニセモノの可能性を考慮しながらも、この10歳の少女が前皇帝の世継ぎであることを承認し、彼女の皇位継承権を認めたのだった。
しかし、そうなると次に収まらないのは国民議会側だった。
彼らは貴族側に、ホーラの皇位継承権の正当性を裏付ける証拠の提出を求めた。これに対し、グレクトン公爵は前皇帝がホーラを自分の娘と認めると印の押された直筆の封書を提出し、議会側もこれを本物と認めた。だが封書が本物であるということと、少女が本物の皇女であるかどうかは別の話だった。
国民議会は、それが証明できない限り、少女への疑惑は晴れないとした。
だが、そんな反対派の意見を押しのける形で、ホーラ・ミルシャ・ラル・アーリアは、アーリア帝国の皇帝に即位。
貴族たちは皇帝の権威を立てに、議会側に対して巻き返しを図ることになる。
だが国民議会側も、一度火がついた民主制度を簡単に消すことをよしとしなかった。前皇帝を打倒した功績を持って、国民議会の存続を宣言する。
結果、帝都では帝政を維持しようとする貴族勢力と、民主化を推し進めようとする国民勢力が対立し、権力闘争が激化していくことになった。
そして、帝都でアーリア人同士が内部闘争に明け暮れている間に、各地で反乱が発生。ビルヘルムの死を知り、占領下に置かれていた国々も、祖国を取り戻すべく一斉に決起した。
結果、アーリア帝国は、この数ヵ月で支配下においた隣国をすべて失うこととなった。のみならず、爆弾の製造法を狙う周辺諸国が、新技術ごとアーリア帝国を手中に収めんと隙を伺い、いつどこの国が攻め込んできてもおかしくない、風前の灯。
そして、そのことに気づきながらも、誰も滅亡への歩みを止めない。
秋代たちがアーリア帝国を訪れたのは、そんな内憂外患の只中だった。




