第62話
モスで死亡したビルヘルムが強制送還されたのは、自宅のマンションだった。その際、覚えているのは、
「うわああああああ!」
黒いモヤの様なものが自分の体を切り裂く激痛だけだった。
「な、なんだ? なんだったんだ? あれは? 夢?」
ビルヘルムは床にへたり込み、恐怖に体を震わせた。死ぬ寸前に土門の回帰を受けたことで、ビルヘルムは直近5年の記憶を失っていた。当然、自身の「模倣」のクオリティと「模倣」により手に入れた力の数々も。
すべては永遠長の考えによるものだった。
ただビルヘルムを殺しても、また力を蓄えて異世界に戻ってくるだけのこと。そこで、それを避けるために土門の回帰を利用したのだった。
回帰により、ビルヘルムの力と記憶を、異世界ストアの開設前まで戻す。
そうすれば、ビルヘルムは異世界の存在を忘れるうえ、貯め込んだ力もすべて失うことになる。もっとも、それでビルヘルムが2度と異世界に手を出さなくなるという保証はないが、少なくとも当面の危機は回避できる。
そう考えたのだった。
そして土門たちの力により、地球に強制送還されたビルヘルムを待っていたのは、
「やあ、おかえり、ビルヘルム君」
寺林だった。
「どうだった? 皇帝の椅子の座り心地は?」
「だ、誰だ、おまえは? どうやって、ここに?」
突然現れた不審者に、ビルヘルムは鼻白んだ。
「ああ、そうか。私のことも覚えてないんだっだね」
寺林は指を鳴らした。すると、ビルヘルムの脳裏に失われたはずの記憶が蘇った。
「ミ、ミスター・テラバヤシ」
ビルヘルムの顔が強張った。
「どうやら、思い出してくれたようだね。こんなこともあろうかと、君の記憶のバックアップを取っておいてよかったよ。いくら私でも「回帰」で失った記憶を蘇らせることはできないからね」
「な、なぜ、ここに?」
ビルヘルムは後ずさった。心の中の警鐘が最大級の危機を知らせていた。
「なぜって。そりゃあ、もちろん君を待ってたんだよ」
寺林は鼻で笑った。
「しかし、君は本当におめでたいね」
「な、何?」
「私が、本当に君の企てに気づいてないと思ってたのかい?」
「な……」
「ダイナマイトのことにしても、そうさ。君が目をつけた国に、たまたまダイナマイトの製造に必要な硝石が眠っていた。そんな都合のいい話が、本当にあると思ってたのかい?」
「そ、それは、どういう……」
「まあ、それをすべて神の思し召しで済ませる思考は、こっちも扱いやすくて助かったけどね。それに実際のところ、それも当たらずも遠からずだったわけだし」
「一体、何を言って……」
「まだ、わからないのかい? あの硝石を、あそこに運んだのは私なんだよ」
「え?」
「君がダイナマイトを作りたがってると知ってね」
「な、なぜ、そんなことを?」
「決まってるだろ。君にラスボス感を持たせるためだよ」
「ラスボス感?」
「やっぱり、ある程度強くないとラスボス感が出ないだろ。もっとも、そのせいで上司に怒られちゃったけどね」
寺林は頬をかいた。
「ちなみに君のお友達、ロバート・ヒューズ君だっけ? 彼が鳥を操って土門君たちを襲わせたとき、飛龍で邪魔したのも私だから」
「な……」
「君は、あそこで片を付けてしまいたかったようだけど、それじゃ面白くないからねえ」
ビルヘルムが異世界ツアーを企画した動機はともかく、引きこもりを異世界に連れ込んで更生させるという趣旨は、決して悪いものではなかった。
「で、それなりに有効利用させてもらったってわけさ」
「す、すべて、お見通しだった、というわけか」
「そゆこと」
寺林は目を細めた。
「けど、計算違いもあった」
寺林は相好を崩した。
「まず、いい意味での計算違いは、永遠長君が土門君たちと絡んだこと。君に言ってもわからないだろうけど、あの子が他人と5分以上話した上、行動を共にするなんて、天国君以来なんだよ。あの子ときたら、他人はすべて関わる価値がない、と決めつけてるからね。それが、たとえどんな形にせよ、他人と行動を共にすることを良しとした。これって凄いことなんだよ。ま、最初に自分を罠にはめた人間を、それでも助けようとしたのが大きかったんだろうね。あれで、土門君たちには敬意を払う価値がある、と永遠長君に思わせることができたってわけだ。そして」
寺林は嘆息した。
「悪い意味での計算違いは、君たちの不甲斐なさだ。私としては、もう少し君たちが永遠長君を苦戦させてくれると思ってたんだけどねえ。あれじゃ、レベルアップの足しにもならない」
寺林は肩をすくめた。
「まあ、しょせん猿真似が得意なだけの、虎の威を借る白豚には、ここいらが限界だったということかな」
寺林は皮肉った。
「あ、そうそう、最後に君のお友達たちのことだけど、こっちに戻ってきたところで全員始末したから」
「な……」
「あと、君のワイフもね。当然だろ。あれだけ好き放題しておいて、無罪放免で済むと思うほうがおかしい。もっとも、それを言うと私も同罪なんだけどね。実際、そのせいで降格されてしまったし」
寺林は肩を落とした。
「というわけで、あっちに逝っても寂しくないし、後腐れなく、安心して逝くといい」
寺林は満面の笑みを浮かべた。
「最後に、何か言い残すことはあるかい?」
「……あなたは、一体何者なんだ? さっき、当たらずも遠からずと言っていたが、まさか、あなたは」
「私かい? 私は創造主様から、この地球に遣わされた星務官。だけど、君にはこう言ったほうがわかりやすいだろうね。四大天使、地のウリエル、と」
「ウ、ウリエル!」
「そゆこと」
寺林は指を弾いた。直後、ビルヘルムの頭が胴体から滑り落ちる。
「ま、前座としては、それなりに楽しめたかな。それじゃ、長いプロローグは、これぐらいで終わりにして、そろそろ本編に入るとしようか」
寺林はそう言うと、首から血しぶきを上げるビルヘルムを残して姿を消した。
こうして、モスの支配を企んだ白人至上主義者たちの死をもって、寺林の言う、長いプロローグは終わりを告げたのだった。
 




