第61話
「カオスブレイド!」
トドメとなる永遠長の黒刃を受け、両断されたビルヘルムの体が消失する。
「消えた?」
戸惑う土門に、
「復活チケットの効果が発動したんだ。チケット購入者が異世界で死ぬと、ああして地球に強制送還される仕組みになっている」
永遠長が説明した。
「それじゃ、ロゼさんたちも?」
「チケットを購入していれば、地球に戻っているはずだ」
「よかった」
土門は胸を撫で下ろした。その直後、3人の異世界ナビが振動した。見ると、異世界ストアの運営からの着信だった。
その内容は、
今回のビルヘルム一党討伐により、1億ポイントが進呈されること。
必要なポイントを獲得したことにより、地球への帰還が可能となったこと。
そしてクエスト達成により、モス以外の異世界への移動も可能になったことが記されていた。
「これって元の世界に帰れるってこと?」
「そうみたいだね」
思わぬ知らせに、禿と土門は顔を見合わせた。
とはいえ、今すぐ地球に帰還するわけにはいかなかった。
ハリクたちの救出と、ビルヘルムの残党の排除。
製造した爆薬と銃の廃棄。これらの製造工場の解体と材料の処分。
まずは、これらの後始末が先だった。
「永遠長さんは、て、あれ?」
土門は永遠長の姿を探した。しかし、永遠長の姿はどこにもなかった。
どうやら放出した流体金属を回収し終わったところで、さっさと帰ってしまったようだった。
「ボクたちも行こうか」
最後まで我が道を行く永遠長に苦笑しつつ、土門は禿とともにアーリア帝国へと戻っていった。
そして、そんな土門たちを少し離れた雪山から見つめる一団があった。
「ね、僕の言った通りだったろ。少し時間を稼げば、あの連中はいなくなるって」
童顔にあどけない笑顔を浮かべて、水澄光明は言った。
彼は土門たちと同じ異世界ツアーのメンバーで、
「別に、疑ってなんていませんでしたよ」
そう答えた国分と本郷、そして柏川の3人をアーリア帝国に送り込んだ張本人でもあった。
「あなたの「予知」が正しいと思えばこそ、指示通り、あのアメリカ人たちの忠実な下僕を演じてたんですからね」
アーリア帝国の皇帝が、この世界にいる地球人たちを皆殺しにしようとしている。そして、このままでは自分たちの身も危うい。
そう水澄から聞かされた国分は、彼の提案に乗ることにした。
その提案とは、あえてアーリア帝国に乗り込み、皇帝に自分たちの力を見せつける。そして利用価値があると皇帝に思わせることで、地球人の暗殺という汚れ仕事を任される、というものだった。
そして国分たちは皇帝の忠実な下僕を装いながら、その実、行く先々で地球人を匿っていたのだった。その際、役に立ったのが柏川の「炎上」のクオリティだった。
どこに監視の目があるかわからない以上、ただ見逃したのではバレる恐れがある。
そこで国分たちは、まず柏川の「炎上」でターゲットの周囲に火柱を立て、周囲から隔離したところで、本郷が「跳躍」のクオリティで、ターゲットを安全な場所に瞬間移動させていたのだった。もっとも、時間が経つにつれて柏川は皇帝に感化されていき、最近では地球人だろうと異世界人だろうと見境なく殺すようになっていたのだが。
そうして1ヵ月時間を稼げば、あの皇帝は失脚する。
国分たちは、水澄にそう言われていたのだった。
そして、もうひとつ。もし銀色の鎧を身に着けた地球人に出会ったら戦うな。とにかく逃げろ、と。しかし柏川は、その忠告も無視してしまったのだった。
「ほんと、バカですからね。彼女との戦いに熱くなって、すっかり忘れてしまってたんでしょうね」
国分の目は、やはり冷ややかだった。
「にしても酷くない? 君たちなら、彼のことも助けられたんじゃないの?」
水澄は非難の眼差しを国分に向けた。
「どうですかね。ただ、ひとつだけ言えることは、あの化物と事を構えるリスクを負ってまで、私には彼を助ける義理はない、ということです」
国分は冷厳に言い捨てた。
「君、柏川君のこと、嫌いだもんね」
「別に嫌ってはいません。害悪でしかないので、近づいてきてほしくないだけです」
「それを、世間一般じゃ、嫌ってるって言うんじゃないのかい?」
「見解の相違ですね。だいたい、あなたも人のこと言えないでしょう」
「なんのこと?」
「あなたの「予知」のスキルなら、今日のことも、あらかじめわかっていたのではないか、ということです。それを事前に忠告しなかったのは、柏川をあの化物にぶつけることで、厄介払いしようと考えたからじゃないんですか?」
国分の目から見ても、最近の柏川の暴走は度を超していた。これ以上行動を共にしても、トラブルの元にしかならない。
水澄が、そう判断するのは当然の帰結だった。
「そんなこと思ってないよ。だいたい、もしそうなら、あの永遠長君、だっけ? 彼のことを、柏川君には秘密にしておいたよ。教えたのに忘れちゃってたのは、柏川君自身の不注意であって僕のせいじゃない。だろ?」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
国分としても、これ以上いなくなった人間のことで無駄な時間を費やす気はなかった。
「さて、それじゃ、邪魔者もいなくなったことだし、始めようか」
水澄は振り返ると、自分の呼びかけに応じてくれた同志たちを見回した。その顔は、みな異世界ツアー当初からは考えられないほど、希望と活力にあふれていた。
「ここにいる皆で作るんだ! この世界に、僕たちの理想郷を!」
水澄は力強く言い放つと、同士とともに新天地へと旅立っていった。
その後、アーリア帝国に戻った土門たちは、地下牢からハリクたちを解放することに成功する。
もっとも、これは土門たちの功績というよりも、女神の大迷宮での永遠長の活躍が大きかった。女神の大迷宮の惨状は、帝都にも伝えられていたらしく、形勢不利を悟った王妃と宰相は、土門たちが帝都に戻ったときには帝都から逃げ出してしまっていたのだった。
皇帝は死に、政務を一手に取り仕切っていた宰相は雲隠れしてしまった。
混乱する城内で浮足立つ兵士たちの目を盗んでハリクたちを助け出すことは、神器で力を底上げされた土門たちにとって、さほど難しいことではなかった。
そして、解放されたハリクたちの手により、アーリア帝国は元の姿を取り戻すことになる。
同時に、これまで誰もなし得なかった大迷宮を攻略し、なおかつ皇帝を打ち倒した土門たちは、救国の英雄として讃えられ、勇者として、その名を大陸中に轟かせることとなった。
もっとも、土門自身は「女神の大迷宮が攻略され、魔法が使えるようになった」という事実と共に、最大の功労者である永遠長のことも伝えたのだが、世間では土門と禿だけで女神の大迷宮を攻略し、皇帝を打ち倒したことになってしまったのだった。
そのため、土門は罪悪感に苛まれたが、禿は、
「そんなこと気にして、どうするの? 実際、あのとき永遠長さんは、この世界に魔法を復活させる気なかったでしょ。つまり、私たちが一緒に行ったからこそ、この世界に魔法が復活したわけで、その意味で私たちが魔法を復活させたことは紛れもない事実じゃないの」
と、あっけらかんとしていた。
しかし、土門たちの武勇伝が広まることは、同時に、異世界人であるビルヘルムの悪行を、広く世に知らしめることでもあった。そしてビルヘルムの所業と異世界人の存在を知ったモスの人々に、地球人に対する憎悪を植え付ける結果となったのだった。
また、皇帝が手掛けたダイナマイトや銃の製造工場は閉鎖され、硝石の鉱床も廃鉱が決定した。
とはいえ、1度衆目を集めた技術を完全封印することは難しく、ダイナマイトや銃の製造に関わった者、または他国の間者により、その技術は他国に流出することとなる。
唯一の救いは、ダイナマイトの製造に不可欠な硝石の鉱床が、何者かの手により跡形残らず消滅してしまったことだった。そのためアーリア帝国を侵略してでも、火薬を戦争に活用しようとしていた各国の目論見は頓挫を余儀なくされた。
当然、各国の支配者は硝石の鉱床を破壊した犯人に、少なからぬ怒りを覚えた。しかし、鉱床の破壊が誰の手によるものかは、最後までわからずじまいだった。
その後、アーリア帝国を平和に導いた勇者たちは、学校に通う傍ら、今回の事件を引き起こした張本人である寺林の行方を追うこととなる。
そして、その結果として土門たちの運命は再び揺れ動くことになるのだが、それには今しばらくの時を要するのだった。




