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第59話

 予想もしなかった大軍団の出現に、ビルヘルムの顔からは完全に笑みが消えていた。


「ビル、何ボケッとしてるの!」


 ベロニカはビルヘルムの右腕を肘で小突いた。


「これ以上増えられたら、それこそ手がつけられないわ。今のうちに殺ってしまわないと」

「そ、そうだな。その通りだ」


 我に返ったビルヘルムは、兵士たちに攻撃を命じようとした。しかし、


「ば、化物だ」


 変身、分身と、変貌を続ける得体の知れない化け物を前に、兵士たちは完全に気後れしていた。


「ええい! うろたえるな! バカ者どもが!」


 クリストファーは浮足立つ兵を一喝した。


「あんなもの、しょせん虚仮威しだ! オレ様が、まとめて捻り潰してやる!」


 クリストファーが吠えた直後、彼の体が巨大化し始めた。クリストファーのクオリティは「拡大」であり、彼は自分を含めたあらゆる物を10倍まで巨大化させることができるのだった。


「巨大化勝負が望みか? なら、アレを試してみるとしよう」


 永遠長はそう言うと、


「出現!」


 永遠長は右手を高々と上げた。すると、右腕の腕輪から銀色の液体が大量に吹き出した。そして放出された流体は永遠長を飲み込むと、その後も増大を続け、最後は50メートルを超える巨人へと、その姿を変貌させたのだった。


「な……」


 自分の3倍近い巨人を見上げるクリストファーの顔からは、さっきの威勢は消し飛んでいた。そして狼狽するクリストファーの頭上へと、白銀の巨人の右腕が振り下ろされる。それはクリストファーにとって、巨大なハンマーを振り下ろされたのと同じだった。


「う、うおお!」


 直撃すれば即死必至の鉄拳から、クリストファーはあわてて逃げようとした。しかし、どうしたことか、足が動かない。見ると、クリストファーの足は、いつの間にか白銀の流体金属に飲み込まれてしまっていた。直後、


「待、ぎゃああああああ!」


 身動きを封じられたクリストファーへと、巨人の鉄拳が振り下ろされる。そして巨人の右腕が引き上げられた跡には、全身を叩き潰されて、息絶えているクリストファーの姿があった。しかし、巨人は手を休めることなく、クリストファーの死体に攻撃を続ける。そして10発目の鉄拳を食らわせたところで、巨人の動きが止まった。しかし、それは永遠長の意思ではなく、マーガレットの手によるものだった。

 

「今よ、エドワード!」


 巨人の足に触れながら、マーガレットは弟に合図を送った。マーガレットのクオリティは「拘束」であり、触れた物の動きを封じることができるのだった。


「OK!」


 「飛翔」のクオリティで上空に待機していたエドワードは、剣から雷撃を打ち放った。

 どんなに大きかろうと、金属である限り電気を通す。そして巨人本体に電撃は効かなくても、中にいる人間は別のはずだった。


「やったか? いや、念の為、もう1発いっとくか」


 エドワードが剣を振り上げたとき、巨人の側頭部に穴が空いた。そして、その穴の向こうには操縦席に座る永遠長の姿があった。


「やはり、ここまで巨大化すると、メリットよりもデメリットのほうが大きいか」


 永遠長は何事もなかったかのように、操縦席から立ち上がった。流体金属は思念で操作するため、本来コックピットは必要としないのだが、こういうものは気分が大事なのだった。


「パワーは上がるが、機動性が無さ過ぎる」


 1度やってみたかったから試してみたが、やはりロボットは15メートルから20メートルが最適解のようだった。


「あれを食らって、ノーダメージだと?」


 無傷の永遠長を見て、エドワードの顔が強ばる。


「雷の魔剣か。だったら、こっちもアルカミナで勝負してやる」


 永遠長は魔剣を引き抜いた。


「顕現」


 永遠長はエドワードへと剣先を突きつけると、


「電」


 そのまま剣を後ろに引く。すると、


「光」


 剣身が目映く光り輝いた。それを見て、


「だから、雷撃は効かねえんだよ。これだからイエローは」


 エドワードの口元に嘲笑が浮かぶ。しかし永遠長は構わず、剣の輝きが最高潮に達したところで、


「石火!」


 エドワードに向かって、魔剣を突き出した。すると魔剣から閃光が迸り、その閃光が消えたとき、エドワードの姿も消え去っていた。


「……レ、レーザーだと?」


 ビルヘルムは唇を震わせた。

 伝説では、アルカミナは雷の魔剣であり、レーザー光線を発射できるなどという記述はどこにもなかった。だからこそアルカミナ対策として、兵士たちには帯電使用の鎧を装備させ、万全の体制で待ち構えていたのだ。それなのに……。


 いや、それ以前に、電撃とレーザーでは、そもそもの発生原理が、まったく違うはずだった。


 本来、雷とは雷雲内に蓄積された静電気を地上に放出させることで、雷雲内のマイナス電荷と地上のプラス電荷を中和させるために起こる火花放電のことを指す。

 つまり、その発生源は静電気であり、その静電気は物体に外部から力が加えられた際に、プラスとマイナスの電荷バランスが崩れることで引き起こされる。そしてバランスの崩れた電荷は、プラスとマイナスに帯電した状態に分かれ、プラスとマイナスは引き合い、プラス同士マイナス同士は反発し合う。

 これが静電気のメカニズムであり、雷を発生させられるアルカミナは、つまるところ、この静電気を自在に発生させる力がある、ということなのだった。


 一方、レーザーは、レーザー発振器と呼ばれる光を増幅する装置によって、人工的に作られた光のことをいう。

 その仕組みは、2枚の鏡の間にルビーのような触媒をセットし、その触媒に光を等間隔で通過させ続ける。すると、触媒を通過するたびに光は増幅されていく。そして、その増幅された光を外部に取り出したものが、レーザーと呼ばれることになる。


 つまり雷とレーザーは似て非なるものであり、雷が出せるからといってレーザーも撃てる、などという単純なものではないはずなのだった。


 だが、このときのビルヘルムは1つ勘違いをしていた。

 それは、永遠長が撃ち出したものは、レーザーではなくプラズマだった、ということだった。


 プラズマとは、気体を構成する分子が電離し、陽イオンと電子に分かれて運動している状態であり、電離した気体を指す。具体的な例を挙げれば、電離層や太陽風、星間ガスなどがプラズマ状態であり、宇宙の質量の99パーセント以上がプラズマ状態であり、炎や雷もプラズマの1種である。


 雷は帯電した雲と大地の間に存在する電圧が、一定限度を超えると電極間、この場合は積乱雲と大地、の間で発生する火花であり、このとき電極間に存在する気体分子が高電圧によって加速された電子との衝突により電離することでプラズマ状態となる。

 そしてプラズマは、気体、液体、固体とは異なる新たな物質の状態であり、極めて多くのエネルギーを有するため、これと接触した対象に大量の熱エネルギーを与えることになる。

 しかし、その一方でプラズマはその性質上、物体に触れると急速にエネルギーを拡散させ、プラズマ状態ではなくなってしまうため、兵器として使用する場合には、プラズマを閉じ込めておく、なんらかの処置が必要となる。そのため、地球では古くから構想されている兵器であるにも関わらず、実用化には至っていないのだった。

 そして、それは雷を発生させられる神器も同じこと。そこで、永遠長は神器によって発生させたプラズマを、同じ神器によって発生させた電磁バリアで閉じ込めることにより、プラズマのエネルギーを損なうことなく、標的を攻撃することを可能としたのだった。


 もっとも、永遠長理論だと、


「アルカミナは雷を操る魔剣。そして雷が発生したときには、大気が電離しプラズマ状態になる。つまり、アルカミナにはプラズマを発生させる力があるということだ。そして、発生させたプラズマを電磁バリアで閉じ込めたまま発射すれば、プラズマ砲を作り出すことも可能なのではないか? と考えた。そして試してみたらできた」


 ただ、それだけの話なのだった。


 そしてエドワードを始末した永遠長は、巨人の全身から無数の鞭を射出した。そして射出された鞭は、アーリア兵を次々となぎ倒していく。


 たった3人。それも普通の人間だと思っていた者が、突然狐に変身したかと思えば分身したうえ、高速移動で火まで吐く。だけでは飽き足らず、巨人を出現させると、将軍を粉砕。さらに人1人を一瞬で消し去る閃光を放ち、巨人からは無数の鞭が飛んでくる。


 永遠長の容赦ない連続攻撃を前に、アーリア兵たちは完全に恐慌状態に陥っていた。そして、


「うわああああああ! もう嫌だああ! 助けてくれえ!」


 ついに恐怖に耐えきれず、兵士の1人が逃走した。すると、残るアーリア兵たちも次々と逃げ出し始めた。


「無茶苦茶だ。本当に無茶苦茶だ、この人」


 命からがら逃げ惑う兵士たちを見ながら、土門はただただ唖然とし、


「これじゃ、どっちが悪者かわかんないじゃないの」


 禿は冷めた目で酷評していた。そして、同時に思っていたのだった。自分は絶対に、こうはならないようにしよう、と。


「なぜだ? なぜ、こんなことに……」


 ハイトクのボッチートの強さは、ビルヘルムも十分理解しているつもりだった。だからこそ、たった3人相手にクリストファーたちにも同行してもらったし、千を超える兵を動員し、その全員に帯電使用の鎧も装備させた。後は聞き分けのない猿を連れ戻す。ただ、それだけのはずだったのに……。


 ここは、いったん帝都に戻って……。


 ビルヘルムは激しく首を振った。


 いやダメだ。そんなことをしたら、奴はますます増殖するかもしれない。このまま増殖し続けて、それこそ100万を超える軍勢になって帝都に攻め込まれたら、それこそ終わりだ。なんとしても、ここで奴を食い止めないと。


 ビルヘルムは頭を抱えた。


 くそ、こんなことならダイナマイトを持ってくるんだった。そうすれば、あんな猿……て、奴は雷の魔剣を持ってるんだぞ。だから、ダイナマイトは持ってこなかったんじゃないか。


 ビルヘルムは深呼吸した。


 お、落ち着け。落ち着くんだ。ダ、ダイナマイトはダメだ。だが、どうする? どうすれば、あの化物を止められる? 止める? そうか!


 迷走の末、ビルヘルムのなかで起死回生の一手が浮かんだ。


 こんな簡単なことに気づかなかったとは。


 ビルヘルムは苦笑した。どうやら焦りすぎて、冷静さを失ってしまっていたようだった。


 アーリア兵士たちが霧散したところで、永遠長は巨人の肩から降りてきた。


「素晴らしい力だ。たった1人で千の兵を余裕で蹴散らす、その強さ。ハイトクのボッチートと呼ばれるのも、納得というものだ」


 ビルヘルムは拍手した。


「俺はチートじゃない」


 永遠長は憮然と言い返した。


「チートじゃない?」


 ビルヘルムは笑い飛ばした。


「何を言ってるんだ、君は? それだけ反則的な強さを、これみよがしに見せびらかしておいて」

「見せびらかした覚えはない。俺は、おまえに男なら同じ土俵で戦えと言った。だから俺も相手と同じ土俵で戦った。ただ、それだけの話だ」

「それだけね。まあいいさ。たとえ君がどう思おうと、君の強さが変わるわけじゃないからね」


 絶体絶命の窮地とも言える状況で、あくまで余裕を見せるビルヘルムに、


「一体、何を考えてるんですか?」


 土門の警戒心が、いや増す。


「なに、もったいないな、と思ってね」

「もったいない?」

「君の、その力がね。どうかな、トワナガ君、考え直す気はないかな? 君とワタシが手を組めば、この世界を統べることなど造作もないと思うんだが」

「興味ないと言っている」


 やはり取り付く島もない永遠長に、


「そうか。それは残念だ」


 ビルヘルムは肩をすくめると、


「なら、こうするしかないな」


 模倣した「洗脳」の力を発動させた。直後、ビルヘルムの目が赤く光り、永遠長の意識を奪いにかかる。そしてビルヘルムと対峙していた永遠長には「洗脳」を回避する術も暇もなかった。


「やった。やったぞ!」


 洗脳が成功したという確かな手応えに、ビルヘルムはガッツポーズを取った。


「やったわね、ビル」

「ホント、一時はどうなるかと思ったわ」


 ベロニカとマーガレットも安堵の笑みを浮かべる。


「ワタシもだよ。だが、これでもう安心だ。それどころか我々は、これ以上ない最高の兵器を手に入れたのだ」


 ビルヘルムは永遠長を見た。このイエローさえいれば、どんな屈強な砦だろうと簡単に落とすことができる。

 最強の兵器と不老不死。その2つが同時に手に入るとは、これこそまさに天啓というものだった。


「ではトワナガ、最初の命令だ。その2人をワタシのところまで連れて来い」


 ビルヘルムは永遠長に命じた。そしてビルヘルムの洗脳を受けた永遠長は、その命令に従うはずだった。しかし、


「断る」


 永遠長から返ってきたのは拒絶の言葉だった。


「な!?」


 ありえない永遠長の反応に、ビルヘルムの顔から血の気が引く。


「な、な、なぜ?」


 ビルヘルムは、そう口にするのがやっとだった。


「洗脳のクオリティか。そんなものがあるのならば、もう少し早く使っておくべきだったな」

「な? そ、それは、ど、どういう」

「まだ、わからないのか? なら、見せてやろう」


 永遠長は懐から異世界ナビを取り出すと、


「召喚!」


 魔法陣から召喚した暗黒竜を、


「来い、バルムング」 


 自分の体内へと呼び込んだ。そして、


「化現」


 永遠長に取り込まれた暗黒竜は、その身を漆黒の鎧へと変化させていく。

 それは「連結」のクオリティを持つ者のみに可能な、異世界の垣根を超えた相乗武装であり、その姿の意味するところは、


「つまり、こういうことだ」


 「背徳のボッチート」永遠長流輝の完全復活だった。




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