第57話
最下層を守るメタルドラゴンを倒した後、土門は、ここに至るまでの3日間を思い返していた。
女神の大迷宮は、不可能と同義語。
そんな定義が生まれるぐらいだから、女神の大迷宮の攻略が難しいことはわかっていた。しかし、その想定が甘かったことを、実際チャレンジした土門たちは痛感することとなった。
大迷宮の全容は不明だが、結果的に土門たちが迷宮を制覇するまでに踏破した階層は100以上。しかも、この大迷宮は、ただひたすら下に向かえばいい、という単純な作りではなかった。
この大迷宮を攻略するためには、まず30の階層を下り、そこから20の階層を上がり、そこからまた5つの階層を下るというように、変則的な移動を繰り返して、ようやくたどり着ける仕様になっていたのだった。
むろん、その間もモンスターの襲撃は絶え間なく続き、ここまでの総出現数は軽く2000を超えていた。
回帰の力さえあれば、なんとかなる。
以前、土門はハリクたちにそう大見得を切ったが、その考えが甘かったことを、土門は10階層を過ぎた辺りで思い知ることになった。
それでも大迷宮を攻略できたのは、言うまでもなく永遠長のおかげだった。
最短距離で大迷宮を突き進み、2000を超えるモンスターを、実質1人で、顔色ひとつ変えることなく討ち倒す。その力量は、最強と呼ばれるのも納得のものだった。
返り見て、自分たちは付いて行くだけで疲労困憊の体たらく。
永遠長の強さを間近で見せつけられた土門たちは、自分たちの非力さを改めて痛感することになったのだった。そして、強くなければ何も成せず、何も守れないことも。
門番を倒した永遠長は、最後の扉を押し開いた。すると、大聖堂のような広間の中央で、1人の女性がソファーに寝転がり、テレビに映るアメリカのものらしいドラマを見ていた。
「…………」
その奇異な光景を前に、土門たちが反応に苦慮していると、
「そんなとことに突っ立ってないで、こっちにいらっしゃいな」
女性が土門たちを手招きした。
「よく来たわね。私が女神テネステアよ」
女神テネステアはソファーに座り直した。青い長髪と同色の瞳をし、水色のドレスに身を包んだ姿は、一見すると人間のようだった。
「あの、ボクたちは」
「あ、そういうのいいから。て言うか、もう知ってるから。土門陸君に禿水穂ちゃん。それに、永遠長流輝君でしょ」
女神は1つあくびをすると、大きく伸びをした。
「で、なんだっけ? あ、そうそう、魔法の復活だったわね。やってあげてもいいけど、本当にそれでいいわけ?」
「え? それって、どういう?」
土門と禿は困惑した顔を見合わせた。
「だあって、あなたたちが魔法を復活させたかったのって、あのアメリカ人たちを出し抜いて、連中が魔法を習得する前に奇襲をかけるためだったんでしょ? でも、すでにあなたたちの計画は連中にダダ漏れなわけじゃない。今さら魔法を復活させたところで、一発逆転は難しいと思うんだけど? あのリーダー君たちも捕まっちゃったし」
確かに女神の言うとおりだった。この地に来た直後の、柏川たちによる奇襲。そして、その後の永遠長の登場と柏川と自決。予期せぬ出来事の連続で、土門たちは初期の目的をスッカリ忘れてしまっていたのだった。
「ま、よく考えなさいな。で、次に君だけど」
女神は永遠長を見た。
「君、あの本が読めるようになるために、魔法を復活させたがってるみたいだけど、実際のところ魔法が復活しても、あの本は読めないのよねえ」
「何?」
永遠長は眉をひそめた。
「だあってえ、あの本て、この世界を管理統括する「守護聖人」に選ばれた者だけが読むことのできる、特別な聖典なんだもの」
「守護聖人?」
「そ。あの本は、この世界に5冊ある真理の書の1冊で、その持ち主として選ばれた者は守護聖人として、この世界の理を守る役目を担うことになるのよ。見返りに強力な力と、不老不死を与えられてね」
女神はテーブルに置いてあった、オレンジジュースを手に取った。
「だから、それに選ばれない限り、たとえ魔法が復活したとしても、君にはあの本を読むことはできないってわけ」
女神はオレンジジュースに口をつけた。
「で、見たところ、まだ君は、その本に主とは認められてないっぽいのよねえ。世界の理を守るところはいいんだけど、君、この世界のことを冒険する世界の1つとしか認識してないでしょ? そこがネックみたい。守護聖人となるからには、当然のことながら、この世界を守ることを何より優先することが求められるから。だから、真理の書は今このときも君を品定めしてるのよ。果たして、君に守護聖人となる資格があるか否かを、ね」
「…………」
「どう? それでも、まだ君は、この世界に魔法が復活することを望むのかしら?」
「望むわけがない」
即答する永遠長を横目に、
小揺るぎもしないわねえ。あいつが苦労するのも、わかるってものだわ。
女神は内心で「いい気味だ」と舌を出した。
寺林には、この数ヵ月テリトリーを荒らされ続きで、少し頭にきていたのだった。
「君たちのほうは、どう? 答えは出たのかしら?」
女神は土門たちに注意を移した。
「はい。それでも、やっぱりボクたちは魔法が復活することを望みます」
土門は迷わず答えた。
「本当に、それでいいの? 後で後悔しない?」
女神は重ねて尋ねた。土門が後悔しやすい性格であることを、十分に承知したうえでの念押しだった。
「わかってます。でも、それでも魔法が復活すれば、アーリア帝国の優位を多少なりとも減らせると思うんです。この世界の人たちが強力な魔法を使えるようになれば、ダイナマイトは強力な兵器ではあっても、数ある攻撃手段の1つでしかなくなる。そうなったら、アーリア帝国も今までのように、簡単に他国を侵略できなくなると思うんです」
これは、半分は土門の願望だった。
「そう。まあ、確かに、その可能性はないとは言い切れないわねえ」
女神は立ち上がった。
「いいわ。そういうことなら、魔法を復活させましょ。元々、ここに人が来たら戻す約束だったわけだし」
女神は右手を上げると、
「まあ、それが異世界の人間だったっていうのが、少し残念だけど」
魔法の封印を解いた。
「はい、終わり。これで、この世界に魔法が戻ったはずよ」
女神はソファーに座り直すと、やれやれとばかりに右肩を叩いた。
「あ、そうそう。すっかり忘れてたわ。ここまで来た人間には、ご褒美をあげようと思ってたのよね」
女神はそう言うと、3人の手元に手提げバッグを出現させた。
「あの扉の奥に財宝があるから、好きなだけ持っていくといいわ。そのバッグは限界なく物を収納できるようになってるから。異世界転移モノのお約束ね」
「え? いいですよ、そんなの。ねえ、ミッちゃん」
「う、うん。そんなことのために来たんじゃないし」
そう土門に答えながら、内心では少し欲しいと思っている禿がいた。
「いいから、持っていきなさい。あなたたち、将来お医者さんになりたいんでしょ? 医者になるには、お金がかかるわよ。特に、あなた。あの両親に余分な学費を出してくれなんて、死んでも言いたくないんじゃないの?」
女神は禿を指さした。
「国公立に入れれば、学費もそうそうかからないけど、入れるとは限らないし、できれば2人そろって同じ医大に入りたいでしょ? だったら、どちらかは移住することになるんだし、先立つものは必要だと思うけど?」
女神の言うとおりだった。
「それと」
女神は土門と禿に右手を向けた。すると、土門たちの装備が一新された。
「その神器もプレゼントするわ。もし本当に、あなたたちがこの世界で生きていくつもりなら、きっと役に立つはずよ」
「あ、ありがとうございます」
土門たちは女神に礼を言うと、宝物庫へと向かった。
「さて」
女神は永遠長を見た。
「それと、あなたにも神器を、と言いたいところなんだけど、それ以上の装備はないのよねえ。まあ、そのカバンだけで、破格の報酬といえば報酬なんだけど。なにしろ、それの交換レート、9999兆ポイントだから」
女神は永遠長に与えた手提げバッグを指さした。
「そんなことはどうでもいい。それよりも、まだおまえに聞きたいことがある」
「そうね。あなたが今、2番目に知りたがっていることなら教えてあげてもいいわよ」
「……つまり、異世界間を自由に行き来する方法は教えられない。そういうことか?」
「ま、そういうことね。それは私の権限を超えてるから」
「現状、なぜ地球に戻れないのか。その理由を教えることは、権限内というわけか」
「そういうこと。いい、あなたが元の世界に戻れないのはね。アーリア帝国のメリケンたちが、この世界に結界を張ったせいなのよ」
「……やはり、そうか」
永遠長にとっては想定内の答えだった。
「その結界には、強力な力を持つ5つの宝玉が使われていて、この結界を解くためには、その宝玉を設置された場所から取り除かなくてはならないの」
女神は永遠長に右手を向けた。すると、永遠長の脳裏に宝玉の設置場所が鮮明に表れた。
「私にできることは、ここまで。後は君次第よ」
「十分だ。これだけで、ここまで来た甲斐があったというものだ」
異世界の移動法は、また探せばいいだけのこと。とにかく今は、これ以上人生設計が狂わないうちに、さっさと地球に戻ることが最優先だった。
「ま、せいぜい頑張りなさいな」
女神はそう言うと、戻ってきた土門たちとともに永遠長を地上へと送り返したのだった。
 




